2019年04月29日

三木義一「よくわかる税法入門 第14版」(有斐閣2020)

※2020年に「第14版」が出ました。以下は第13版についての書評。

 2001年に初版が出版されてから、もう「第13版」だそうで。



 三木 義一 よくわかる税法入門 第14版 (有斐閣2020)

 私も初期のころに読んだきりで、まあわかりやすい普通の入門書だったかな、程度の認識でした。

 久しぶりに読んでみようかと思いつつ、特にブログのネタにすることもないだろうなと軽く読みはじめたら。

 まさかのアクティブ・ラーニング系!

【アクティブ・ラーニング系とは】
後藤巻則「契約法講義」(弘文堂2017)

 最初お気軽な気持ちで読んでいたのが、途中から「アレじゃないですか、あのアレ。」となって、気持ちを切り替えて読み進めざるを得なくなる、例の展開。

 まずは端緒から。


 この本、国税庁とか内閣府、財務省などのサイトから、統計情報とか図表とか、まあまあの数の資料を転記しています。
 で、親切にも「URL」を記載してくれているんですが、古いリンクのままで更新されていないものがいくつか(全部なんてチェックしていられないので、控え目に「いくつか」と言っているだけで、実際どれくらいの数かは分かりませんよ)。

 たぶん、最初に載っけたきり、改訂時に見直ししていないんでしょうね。
 まあ、いまどきURL手打ちするやつなんていねえよ、ということで誰も気がついていないんでしょうけども。

 が、私、こういうのに無駄に鼻が利く。

 国税庁のサイト、最近リニューアルしてたけどちゃんと反映してるんだろうか、とか、昔の税調の答申なんてもう内閣府のサイトに残ってないんじゃないの、みたいな端緒から、探ってみたら案の定、という流れ。
 (ちなみに、上の記事の本に対するツッコミも、そういう鼻の利かせ方から始まっています。)

 で、こういうこまいチェックが抜けてる本て、大抵ほかにも何かしらある、という推測がつよーく働くわけです(そんなつもりなかったので、帯を読まずに捨ててしまったのは失敗)。

 以下、そういう穿った見方からのツッコミのいくつかを。


初版はしがき
 「この本を読んだ方が、税法の中に数式ではなく、人々の生活の息吹や社会の動きを感じ取って、税法の面白さを少しでも理解してくれたら」

 なぜか数式に否定的な見方をしています。

 ここは捉え方の違い、といってしまえばそれまでですが、わたし個人は、数式の中にこそ税法の中身が詰まっているのだと感じています。

 この本の捉え方:
  税法 ⇒ 人々の生活の息吹や社会の動き (数式ではなく)
 わたしの捉え方:
  税法 ⇒ 数式 ⇒ 人々の生活の息吹や社会の動き

 たとえば、自己株式の取得とか有償減資するときに、資本等の金額・利益積立金額をそれぞれいくら減らすかの計算式ありますよね(みなし配当)。
 あの計算式に数字をいろいろ入れてみることで、法人税法が「元手」と「利益」をどのように捉えているか、が理解できるじゃないですか。
 抽象的に文章であれこれ書き綴るよりも、ずっと理解が早くなるはず。

税法思考が身につく、理想の教科書を求めて 〜終わりなき旅

 この記事でも書いたんですが、数式の扱いがうすい本では、税法について充分な理解が進まないように思います(一応フォローすると、この本自体はそこそこ数値例がでてきます)。

 もし、上の引用文の趣旨が「単に数式を暗記するだけでなく、その背後にある考え方をしっかり理解しなさいよ。」ということであれば、それはおっしゃる通りだと思います。
 でも、そういう趣旨だというならば、「数式ではなく」なんて否定的な表現ではなく、「数式の中にある」とか「数式の背後にある」と書くべきでなんでしょうね。

【この記述イジり】
横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)
窪田充見「家族法 第4版」(有斐閣2019)
浅妻章如「ホームラン・ボールを拾って売ったら二回課税されるのか」(中央経済社2020)

24頁
 「民法の場合は、当事者が原則として契約の自由を行使して、紛争が生じたときに裁判所に判断してもらう規範(裁判規範)ですから、裁判官が合理的に判断できればいいかもしれません。しかし、税法は税務署と納税者に直接向けられていて、両者ともに税法に定められたとおりにしなければならず(行為規範)、しかも、納税者は申告をしなければならないのです。」

 う〜ん、こういう切り分け方どうなんだろう?
 これは批判とかではなく、何かしっくりこないだけです。

(田中二郎先生の体系書が出どころっぽい)
 田中二郎「租税法(第3版)」(有斐閣1990)

 そして、この記述を起点にして、法規範についての記事を書くことに。

 税法・民法における行為規範と裁判規範(その1)


145頁
 「配偶者控除の本質は専業主婦の最低生活費控除だからです。」

 私のほうからはコメントいたしませんが、この本にこう書いてありました。

156頁
 「個人所得課税の基本的な仕組み(イメージ)」という図表が載っています。
 この図表の中で、「税額控除」に矢印が向かってて、「税額控除後の税額の一定割合を控除」と書いてあります。

 最初これ、なんのこっちゃ?て思ったんですよね。
 そして「あ!」と思い出して。

 「定率減税」のことかー!!! 2006年までで廃止されたアイツ!
 こんな子いたの、すっかり忘れてたわ(ごめんね)。

 もしかしたら『昔の税調の図をいただいてきただけなんですー。』て、言うのかもしれません。

 が、残念ながら「一部加筆修正」て書いてあって、実際、もとの図表に記載してあった「定率減税」の文字はしっかり削っているんですよね。

 なぜわざわざ内容だけ残す?
 元カレ・元カノのメール残しとく的な、連絡先は消したのに。
 まさか復活(復縁)するつもりですか?

175頁
 「資料14−4 法人税率の推移」

 「18(注)」「15(注)」の(注)は何や! 注の中身がどこにも書いてないぞ!

189頁
 「この『グループ法人税制』とは、従来の連結納税制度適用企業グループを含む100%支配企業グループのすべてを対象に、企業グループの内部取引の譲渡損益の課税繰延べ等を可能にする制度です。」

 いいえ、強制です〜。

 完全支配関係を選択すれば(←これが任意)繰り延べできるよ、という趣旨かもしれませんが、まあ誤解を招く表現。
 「可能にする」って、あたかも繰延べしてもしなくてもどっちでもいい、みたいに読めてしまう。

 「できる規定」なのか「しなさい規定」なのかの区別って、税法だとかなり神経質にならざるをえないところなんですが、こういう表現みると、そのへんに対する無頓着を感じてしまう。

196頁
 「【第38条】(法人税額等の損金不算入)法人税は、法人の所得に対して課されるものです。これは、法人が株主に対して配当をすることと同じく、法人の所得の処分と位置づけられます。ですから、法人税を納付することは、所得稼得活動ではなく所得の処分行為であり、納付された法人税額は損金に算入されないのです。」

 これ、理由付けとして成り立ってます?
 私にはよく理解できませんでした。

 しかもこの「所得課税」を軸にした説明だと、住民税均等割が損金不算入だったり、事業税所得割が損金算入な理由が説明できないですよね。

197頁
 「『収益認識に関する会計基準』及び『収益認識に関する会計基準の適用指針』はこれまでの法人税実務と相容れないものとなっていました。」

 そういうことでしたっけ?

 『法人税法の側では、これまでの確定主義・実現主義ルールを明確にした上で、22条4項経由で取り込んじゃまずい会計基準についてだけ別段の定めを設けた』というのが私の理解だったんですけど、相容れないものとなっていたんですか、そうでしたか。

 このへんはがっつり勉強していないので、私の認識不足なんでしょう。

209頁
 「相続を禁止するなら、当然生前贈与も禁止しなければいけないわよね。」

 なぜそうなる???

 『死後の処分は禁止するので生きているうちに処分しときなよ』という制度設計だってありうるわけですよね。

 決めつけの角度がきつすぎる。

223頁
 「相続が争続・争族といわれるようにトラブルが多く、個人主義化している現実と大きな隔たりができてしまっています。こうした観点から相続税を見直してみると、面白い論点がたくさん出てくるはずです。」

 「トラブルが多く」と書いたすぐあとに、「面白い」と書ける勇気。
 ちょっと怖いかも。

226頁
 「不動産鑑定士さんに頼んで、実際の時価を調べて、そちらの方が安ければ、その鑑定評価額で申告すればいいのよ。」

 や、そんな簡単に鑑定評価が通るなら、皆さん苦労しませんて。

228頁
 「時価を取引価格として課税すると事業承継が困難になります。そこで、事業に関する資産の評価額を減額するなどして、一定の条件の下で負担を軽くする事業承継税制があります(措法70条の7等参照)。」

 一般に「事業承継税制」て言われている制度は、財産評価の特例じゃなしに、納税猶予の制度じゃなかったでしたっけ。

 これは「小規模宅地等の特例」(措法69条の4)のことを言っているんですか?
 引用条文違うけども。

337頁
 「資料27-4のように、申告所得税だけで、年間約1万8000件の重加算税処分がある」

 この資料の中のどこにも、この数字出てきません。
 たぶんですけどこれ、前年の件数じゃないの?資料を新しいのに差し替えたのに、本文がそのままではないかと。

 最初に書いたとおりリンク切れだけならまだしも、資料と本文が対応していないところもあるわけです。

340頁
 「所得税を脱税している場合には市町村民税も脱税しているので」

 都道府県民税は?

 個人の場合は一緒に徴収だからかもしれませんが、まあ不正確。
 素直に「住民税」って書けばいいのに。


 以上、専門書が売れない売れないと嘆かれる昨今、こういう感じの書籍出版するのってどうなんですかね。
 しかも、初版ならともかく「第13版」まで出ているのにですよ。逆に、今まで誰にも指摘されずにスルーできていたのが不思議。

法学研究書考 〜部門別損益分析論

 手間ひまかけて丁寧に作ったって大して売れ行きに影響ないんだから、さっくし作って教科書採用活動に精力を注ぐ、そういう風潮なのかどうか。
 がんがん改訂していけば、先輩のお下がり貰う、も防げますしね。

 お前らみたいな重隅系のマニア(重箱の隅をつつく系)は、マケプレのクレプラ(アマゾンマーケットプレイスのクレイジープライス)で消耗しながら絶版本でも買ってれば、と言われている気がして悲しいわ(熱い被害妄想)。

 しかしまあ、当時いい本だと思っていたのに、自分が勉強して戻ってきたらツッコミどころ満載だった、という経験、これと一緒じゃないですかやだあ。

小林秀之 「破産から新民法がみえる」(日本評論社 2018)

 これとはまったく逆に、団藤重光先生の『法学の基礎』のように、勉強して戻ってくるたびに新たな発見がある本もあるわけです。

団藤重光『法学の基礎』(有斐閣2007)

 ということで、いい本探しの旅はいつまでも終わらない。
posted by ウロ at 11:56| Comment(0) | 租税法の教科書

2019年04月22日

裁判所職員総合研修所「刑法総論講義案 (四訂版)」(司法協会2016)

 「理論刑法学」を勉強するには、このブログでも紹介していますが、井田良先生の本などをおすすめしています。

井田良『入門刑法学・総論』(有斐閣2018)ほか
井田良「講義刑法学・総論 第2版」(有斐閣2018)
井田良「講義刑法学・各論」(有斐閣2016)

 他方で「実務における刑法」を知りたいのであれば、この本。



 裁判所職員総合研修所 刑法総論講義案 (四訂版)  (司法協会2016)

 学者本だと、どうしても学説から評価した裁判例になってしまうところ。
 が、この本は裁判所職員向けの研修教材なので、そういったフィルター無しに裁判例を理解することができます。


 私自身、刑法の勉強は、山口厚先生の『問題探究 刑法総論』からスタートしました。
 ので、ゴリゴリの「結果無価値論」で判断枠組みが出来上がっていたわけです。



 山口厚 問題探究 刑法総論 (有斐閣1998)

 そのせいか「行為無価値論」の学者本はなかなか読めずにいました。
 が、行為無価値論をベースにしているはずのこの本については、なぜか自然に読むことができました。


 とても具体的でわかりやすい記述なんですが、たとえば。

 過失犯の判断構造について、判決書記載の「罪となるべき事実」をもとに分析されています。
 ここを読んで、学者本ではいまいち理解できていなかった過失犯の具体的な認定の仕方を、理解することができました。

 あの、「たぬき・むじな事件」「むささび・もま事件」の事案の違いについても、図解までして具体的な説明がされています。

 また、実務書ということもあり、学者本では手薄になりがちな「罪数論」や「刑罰の適用過程」についても、具体的に書かれています。
 ここだけでも読む価値はあるのでは。


 さて、ここでクエスチョン。

  Q.本書の本文で唯一名前が出てくる日本人刑法学者は?(参考文献は除く)




 正解は・・・。


  A.藤木英雄先生

 この本、裁判例ベースの記述でありながら、それなりに学説にも配慮した記述もでてきます。
 たとえば、井田良先生の「規範論的一般予防論」らしき記述とか、山口厚先生の「修正された客観的危険説」らしき記述とか。
 のに、そこでは文献の引用や先生方の名前は一切出てきません。

 が、なぜか藤木先生だけお名前が。
 しかも、危惧感説とかではなく「防衛の意思の具体的内容」のところで。不思議。
posted by ウロ at 09:40| Comment(0) | 刑法

2019年04月15日

岡村忠生ほか「租税法 (有斐閣アルマ) 」(有斐閣2017)

 ※2020年に「第2版」が出ました。以下は「初版」の書評。

 コンパクトな租税法の教科書。
 所得税、法人税、消費税、租税手続法をカバーしています。



 岡村忠生、酒井貴子、田中晶国「租税法 (有斐閣アルマ) 」(有斐閣2020)

【租税法の教科書もの】
税法思考が身につく、理想の教科書を求めて 〜終わりなき旅
中里実ほか『租税法概説 第3版』(有斐閣2018)
金子宏『租税法 第23版』(弘文堂2019)

 独学に向いているか、という観点からすると、残念ながら向いていない。
 凝縮した記述が多めなので。

 逆に、実務をやっている人が、知識の整理に使うにはいい感じです。
 記述密度が高めでかなり行間を読み込む必要があるので、自分の知識のあやふやなところを再確認できます。


 で、行間読み込みしてて、ちょっと理解ができなかった箇所があったのでメモ。

 「配当(税額)控除」についての記述(108頁)。

 「配当税額控除(配当控除)は、法人・個人の二重課税を緩和する措置であり、きわめて簡便な株主税額控除(インピュテーション)と考えられる。配当所得のうち、日本の法人税の対象となる利益から支払われたとみられるものは、その10%または5%(証券投資信託では、利子やキャピタル・ゲインを含むため、5%または2.5%)を、税額控除することができる(92条)。
 税額控除の率が変わるのは、そうしなければ高い税率を適用される者ほど有利になるためである。」


 配当控除についての説明、これだけです。
 これだけ読んで内容理解できますか?

 初学者からすれば、

・なんで二重課税になるの?
・なにインピュテーションて?
・簡便て何と比べて?
・その10%の「その」ってどの?
・法人税の対象となる利益から支払われたものって?(税引前or税引後?)
・利子等を含むとなんで控除率かわるの?
・税額控除の率が変わるって、「10%または5%」と「5%または2.5%」の間のことをいっているの?、それとも、10%⇔5%、5%⇔2.5%それぞれの間のことをいっているの?

て感じで、頭の中が「???」となるんじゃないかと(というか、ここまで具体的な疑問が浮かぶならまだましで、実際は、ただただよく分からない、てなると思う)。

 当然、我々実務家からすれば、そのへんは自分の保有知識で補いながら読んでいくわけですが、初学者には難しいですよね。

 こういう「なぜ・なに」がしっかり書いている本じゃないと、独学には向きません。

 それはそれとして、最後の一文の「有利」っていうの、どういう事例を想定しているのか。

 具体例をあげてみますけど、

No.2260 所得税の税率
No.1250 配当所得があるとき(配当控除)

 配当所得(剰余金の配当)200万円で、それを含む課税総所得が
  A 2000万円
  B 1000万円

の場合に、所得税額(総合課税)がどうなるかというと、
(分離でいいじゃんとか住民税がどうとか、そういう事情は諸々捨象します)

A
 所得税額  5,204,000円(限界税率40%)
 配当控除  ▲100,000円(200万円×5%
 納付税額  5,104,000円(税負担率25.52.%)

B 
 所得税額  1,764,000円(限界税率33%)
 配当控除  ▲200,000円(200万円×10%
 納付税額  1,564,000円(税負担率15.64%)

となりますよね(しかし超過累進課税、あらためて凄いっすね)。

 当然、Aが「高い税率を適用される者」なんですが、仮に適用控除率が「10%」になったとして、どのへんが「有利」になるんですかね。

A’
 所得税額  5,204,000円(限界税率40%)
 配当控除  ▲200,000円(200万円×10%
 納付税額  5,004,000円(税負担率25.02%)

 確かに、もし配当控除額の計算が、「税額」そのものにパーセントかけるようになっていたら、有利かもね、という気もします。

A”
 所得税額  5,204,000円(限界税率40%)
 配当控除  ▲520,400円5,204,000円×10%
 納付税額  4,683,600円(税負担率23.42%)

B”
 所得税額  1,764,000円(限界税率33%)
 配当控除  ▲176,400円1,764,000円×10%)
 納付税額  1,587,600円(税負担率15.88%)

 だから、控除率下げるんだと。これならまあ分からないでもない。
 でも、実際は「配当所得」にパーセントをかけるだけなので、別に有利ってほどでも。

 それとも、法人税率より所得税の限界税率が高い人でも控除受けられる一方で、逆に低い人が還付してもらえないのはずるい、ということですかね。
 おそらく、法人と個人の所得と通算してみたときに、同じ控除率のままだと限界税率が高い人が減らしすぎになってしまう、ということだと思いますが、この一文からそこまで読み取るの無理でしょう。

 この具体例も書いてみます。

・法人所得 1000万円 法人税率30%(単純税率とします)
・税引後利益を全額配当したとする。
・配当除く課税総所得(所得控除は無視)
 C 4000万円
 D    0円

法人
 法人所得  10,000,000円
 法人税    3,000,000円(30%)
 税引後利益 7,000,000円

ここまではCDとも共通です。

C
 配当所得  7,000,000円
  他所得 40,000,000円
 課税所得 47,000,000円
  所得税 16,354,000円(限界税率45%)
 配当控除   700,000円(700万円×10%)
 差引税額 15,654,000円

 合算税額 18,654,000円(3,000,000円+15,654,000円)

 合算所得 50,000,000円(10,000,000円+40,000,000円)
 理論税額 17,704,000円(限界税率45%)
  過納付   950,000円

D
 配当所得  7,000,000円
  他所得      0円
 課税所得  7,000,000円
  所得税   974,000円(限界税率23%)
 配当控除   700,000円(700万円×10%)
 差引税額   274,000円

 合算税額  3,274,000円(3,000,000円+274,000円)

 合算所得 10,000,000円(10,000,000円+0円)
 理論税額  1,764,000円(限界税率33%)
  過納付  1,510,000円

 と、あるべき税額(理論税額)と比べたときに、Dのほうが納めすぎになっているということですね。Cも過納付ではあるんですが、Dは理論税額との比率がすごいことに(85.6%増)。

 ので、控除率を5%にすることで(控除額▲35万円)、Cの過納付が130万円になって多少は緩和されると(が、この例だと大したことない)。

 ここの例では法人税の税率を単純化してしまいましたが、実際には資本金とか所得で法人税率も変わってくるので、さらにややこしいことになるはずです。
 また、法人と個人の所得を通算する、といっても、法人が上場会社なのか同族会社なのかでも、利益状況が違うように思いますし。

 今回はブログネタ用に、長々と具体例を展開してみましたが、実際にはすべての文章について、逐一ここまで考えているわけではないです。
 基本的には「たぶんこういうことね。」くらいの理解で読みすすめていきます(すぐ上の「ややこしいことになるはず」と書いたのがそういうノリ)。

 が、自分の理解があっているかどうかあやふやな場合には、こうやって具体例書いて確認してみるわけです。
 実際、私が最初に頭に思い浮かんだABの例は正しくなかったですし。

 にしても、ここまでの具体例を思い浮かべなければこの文章を理解できないわけで、初学者がこれを教科書として使うの、なかなかハード。


 消費税の章(209頁〜)。

「コンビニ」(209頁)
「レストラン」(209頁)
ケーキ屋さん」(221頁)
「牛乳販売業者」(225頁)
「美容院」(242頁)

 明らかに「ケーキ屋さん」だけに思い入れが出ちゃっている。
 せめて、「牛乳販売業者」は「牛乳屋さん」でしょう。しかし「牛乳販売業者」て・・。



カメントツ こぐまのケーキ屋さん(小学館2018)
カメントツ こぐまのケーキ屋さん そのに (小学館2018)
カメントツ こぐまのケーキ屋さん そのさん(小学館2018)
カメントツ こぐまのケーキ屋さん そのよん(小学館2019)

 確かにこの子見たら、「おい、ケーキ販売業者!」と言えないのは理解できますが。


 この本、最初に書いたとおり、基本的に行間読み込み系の簡潔な記述なんですが、国際絡みの消費税の箇所だけが、異様に詳しめ(消費税の章50頁のうち20頁がそれ)。

 単なる制度の記述ではなく、なぜそういうルールになっているのか、相当丁寧説明してくれています。
 他の箇所からは、思いっきり浮いていますが。

 この箇所読んで、川口恭弘先生の金融商品取引法の入門書と同じノリだな、と感じました。

川口恭弘『金融商品取引法への誘い』(有斐閣2018)

 ので、論点絞って、これと同じノリで論点本みたいのを書いてくれれば、ぜひ読みたいところ。


 「内外判定基準の役割」という表をまるまる1ページつかって載せているんですが(249頁)、この表の意味がいまいちよくわかりません。

 たとえば、「資産の譲渡等(2条1項8号)」とか「電気通信利用役務の提供(同項8号の3)」は判定の要否が『否』となっていて、他方で、「課税の対象(4条1項)」とか「納税義務(5条1項)」は『要』となっています。

 でも「電気通信利用役務の提供」だったら、役務の提供を受ける者の事業所の所在地で内外判定、てやるわけですけど、この表では『否』って書いてあるわけです。

 これはどういうことかと。

 もしかすると、それぞれ用語の定義の中に「国内において」が含まれている(built-in)かどうか、という趣旨なのかもしれません。
 が、用語ごとに分断して判定の要否並べておくって、どういう場面で必要になるんでしょうか。私にはわかりませんでした。

 何かしら、私の不勉強なんでしょう。
posted by ウロ at 10:12| Comment(0) | 租税法の教科書

2019年04月08日

加賀山茂「求められる改正民法の教え方」(信山社2019)

 2019年の債権法改正については、『公式見解』に寄り添う系の解説本ばかり出版されています。
 そんななか、加賀山茂先生の著書は、正面から批判的検討をしている数少ない本です。



加賀山茂 求められる改正民法の教え方―いや〜な質問への想定問答 (信山社2019)

 上の本は薄い本で突っ込んだ検討まではされていませんが、成立前に出版されたこちらはもう少し詳細。



加賀山茂 民法改正案の評価 ―債権関係法案の問題点と解決策(信山社2015)

 しかし、これら批判が、全く何にも改正法からは無視されてしまっているのが、如何ともし難いところ。


 私自身もこのブログで、債権法改正に対してはどちらかといえば批判的な観点からイジってきました。

どんな子にも親に内緒のコトがある。 〜民法98条の2の謎に迫る(迫れていない)
ドキッ!?ドグマだらけの民法改正
時効の中断・停止から時効の完成猶予・更新へ
後藤巻則「契約法講義」(弘文堂2017)
Janusの委任 〜成果報酬型委任と印紙税法
潮見佳男「基本講義 債権各論1 契約法・事務管理・不当利得」(新世社2017)
私法の一般法とかいってふんぞり返っているわりに、隙だらけ。〜契約の成立と印紙税法
潮見佳男『新債権総論1(法律学の森)』『新債権総論2(法律学の森)』(信山社 2017)

 あらためて読み返してみて、その中でドキッ!?ドグマだらけの民法改正(ひどいタイトル。黒歴史現在進行系)で引用した潮見佳男先生の体系書の記述、もしかしてこういうことなんではと思ったので、そのあたりを追記として。
 再引用するのもアレなので、内容はリンク先の記事にてご確認ください。

(以下の内容は加賀山先生の著書とは直接の関係もなく、また記述レベルも加賀山先生とは比ぶべくもない低空飛行ですが、批判精神のみは承継しているということで)


・民法95条1項柱書(要約)
 錯誤が「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるとき」は、意思表示を取り消せる。

・民法412条の2(要約)
 債務の履行が「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるとき」は、履行請求権は発生しないが損害賠償請求権は発生する。

 潮見先生は、給付の履行が不能であることは「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要」でない(から不能を理由にした錯誤は成立しない)、という主張をされています。

 履行が可能かどうかは契約当事者にとって最重要な要素のはずなのに、なんでこんなこというのか正直よく理解できませんでした。
 ので、前の記事では、不能の問題を「債務不履行責任」に一本化したかったからじゃね、と邪推しておきました。

 今回読み返して思ったのが、これ、「改正民法様が『不能でも契約は有効』と仰っている以上、錯誤ごときに効力をひっくり返されるわけがない!」と言いたかったのではないかと。
 なんでかよく分かりませんが、錯誤のうち不能を理由としたものだけは、412条の2に上書きされてしまうと。

 それはそれで「何故なのか?」という疑問がありますが、他方で、他に無効事由・取消事由があればそっちが優先される、とも書いてあります。
 そうすると、

  不能を理由とした錯誤(95条)
    < 不能でも有効(412条の2)
      < 不能以外の錯誤(95条)、その他の無効事由・取消事由

という、優先劣後関係が構築されることに。

 一体、どういうポリシーなんですかこれは。
 不能が「重要」かどうかは契約当事者が決めること(で、裁判官が、当事者が重要とみていたかを評価する)だと私は思うんですが、そうではなく、412条の2によって、「当然に」重要でないとされてしまう(いわゆる法規からのアプローチ)、ということでいいのかどうか。

 なんとなくですが、さっくん(錯誤くん)が、改正民法様に「動機の錯誤」という重石を担がされた上、412条の2によって海に沈められる様が思い浮かんで悲しいよ(沈むのか浮かぶのか)。


 そもそも、412条の2には「不能でも契約は有効」なんて一言も書いてないんですよね。
 同条からその意味を引き出すには、

 ・契約が有効 ⇒損害賠償責任が発生する
 ・契約が無効 ⇒およそ損害賠償責任は発生しない

という見えないドグマ(Invisible Dogma)をどこから持ち込まないといけないわけで。

 で、

  ・412条の2は不能の場合でも損害賠償責任を認めている。
  ・損害賠償責任が発生するのは契約が有効の場合で無効の場合は発生しない(ドグマ)。
  ・とすると、412条の2は不能でも契約が有効であることを前提としているはずだ。

と、ドグマ繋ぎで逆算していかないと、この結論にはたどり着けない。


 まあそのドグマが正しいという前提にたったとします。
 が、よくよく考えてみると、改正民法で錯誤の効果を無効⇒取消しに落っことしたってことは、錯誤の場合も契約はとりあえず有効なわけです。
 とすると、

 ・有効な契約を、不能を理由とする錯誤で取り消す。
 ・有効な契約を、不能を理由として損害賠償責任を請求する。

と並べて書けるように、契約が有効であることと同時に錯誤要件も満たしている、という状態はありえます。
 錯誤が無効だったときのように「不能でも有効なんだから、当然無効である錯誤は成立しえない」とは言えなくなったはず(これはこれで概念チックすぎますが)。

 ので、412条の2を「不能でも契約は有効」と読み込んだとしても、不能を理由とした錯誤が「当然に」排除される、という結論には直結しない。

 ・不能による錯誤は当然無効  − 不能でも有効 ←両立しない。
 ・錯誤でも取り消すまでは有効 − 不能でも有効 ←両立する。

 もちろん、結論として「不能を理由とした錯誤は排除される」という見解になるのはいいんですが、412条の2を持ち出すだけでは単に「矛盾していない」ということしかいえず、それ以外の実質的な理由付けが必要になる、ということです。


 ちなみに、錯誤の効果が取消しになったことについては加賀山先生も触れているところです。

【改正前】
・意思の欠缺 − 無効 − 心裡留保・虚偽表示・錯誤・(意思能力)
・意思の瑕疵 − 取消 − 詐欺・強迫・行為能力

と、改正前は表向きは綺麗に揃っていました。
 で、無効だと不都合なところを「相対的無効」「取消的無効」とかいって取消に効果を近づけていました。

【改正後】
・意思の欠缺 − 無効 − 心裡留保・虚偽表示・意思能力(←明文化)
・意思の欠缺 − 取消 − 錯誤(1号)
・意思の瑕疵 − 取消 − 錯誤(2号)・詐欺・強迫・行為能力

 改正後では、錯誤が2号の「動機の錯誤」を押し付けられた上で、欠缺と瑕疵にまたがって股裂きの刑にあっているような状態に。
 ほんと錯誤かわいそう。

 これ、一体どういうポリシーで無効と取消を使い分けているんだ?、と思いますよね。
 改正前は、「意思ドグマ」をベースにした理屈の側からの使い分けだったわけですが、改正後はどうにも説明がつかない。
 「表意者保護」という機能を重視するのであれば、列挙した制度全部「取消」にしておかないとおかしいし。


 この一覧みてて思うのが、『意思ドグマぶっ壊してやったぜ、いえ〜い!』とかドヤってるくせに、心裡留保と虚偽表示は無効のままだし、さらにいえば、「意思ドグマ」界の裏ボス的存在たる「意思無能力⇒無効」様を、わざわざ「節」まで新設して無防備に迎え入れちゃってるわけですよね。
 「意思能力がないから無効」なんて、ゴリゴリ「意思ドグマ」だと思うんですけど、なんで平気な顔していられるんだろうか。
 本当にただ、さっくん(錯誤くん)一人だけがぶっ壊されただけじゃんか。

 …「ドグマ狩り」の強襲にひとり犠牲となる錯誤
 …その陰で迫害を逃れた心裡留保と虚偽表示
 …残されたふたりの願いにより、亡くなった錯誤の魂が意思能力に転生して蘇る

そんな「テイルズ・オブ・イシドグマ(TAILS OF ISYDOGMA)」

 ついでにいうと、意思表示の「受領能力」という点では、意思能力と行為能力とは全くの並列になっているんですけど(第98条の2)、無効/取消という効果との整合性はどうなっているのか。
 なお、同条そのものについては、以前の記事でイジり済みです。

どんな子にも親に内緒のコトがある。 〜民法98条の2の謎に迫る(迫れていない)


 話はもどって、私としては、不能が「重要」かどうかは、個々の契約当事者の意思表示ごとに判断すべきことであって、契約内容を見ないで判断できるものではないと思っています(まあ普通は重要だと思いますが)。

 不能な場合に、錯誤取消ルートでいくか契約責任追及ルートでいくかなんて当事者の選択に委ねればいいと思うんですが、なぜにわざわざ錯誤取消ルートを排除しようとするのか。
 最近あまり流行らない、契約責任が成立するなら不法行為責任は成立しない、とか、意思能力欠如で無効なら行為能力取消しはできない、といった「非競合説」を復活させようという試みでしょうか。

【請求権競合については】
多層的請求権競合論と、メロンの美味しいところだけいただく感じの。

 なんか、このへんから、新しい『概念法学』(概念法学Neo)が始まりそうな予感がします。

第三条の二(意思能力)
 法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。


第九十五条(錯誤)
1 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
4 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

第九十八条の二(意思表示の受領能力)
 意思表示の相手方がその意思表示を受けた時に意思能力を有しなかったとき又は未成年者若しくは成年被後見人であったときは、その意思表示をもってその相手方に対抗することができない。ただし、次に掲げる者がその意思表示を知った後は、この限りでない。
一 相手方の法定代理人
二 意思能力を回復し、又は行為能力者となった相手方

第四百十二条の二(履行不能)
1 債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない。
2 契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは、第四百十五条の規定によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない。



加賀山茂 求められる法教育とは何か (信山社2018)

【加賀山茂先生のサイト】
 仮想法科大学院
posted by ウロ at 12:00| Comment(0) | 民法

2019年04月01日

団藤重光『法学の基礎』(有斐閣2007)



団藤重光 法学の基礎 第2版(有斐閣2007)

 ふと思い立って、団藤重光先生の『新刑事訴訟法綱要』を読んでみました。



団藤重光 新刑事訴訟法綱要 七訂版(創文社1967)

 平野龍一先生に徹底的に批判し尽くされた後の学説状況しか知らなかったので、今まで手が出ずにいたところ。



平野龍一 刑事訴訟法 法律学全集(有斐閣1958)

 読んだ印象としては、そこまで糾問的でも職権主義的でもないかなあと。
 「基礎理論」から出発して法解釈論が始まるので、人権保障の観点からは不徹底だって評価になるんでしょうけども。

 1967年で改訂止まってしまっていますが、このあとに最高裁判事に就任されているので(1974-1983)、もしその後改訂されていれば、また違った様相になっていたかもしれない。残念。


 しかし、こういう名著が再版もされずに埋もれてしまうの、極めて大きな損失だと思うんですけど。
 著者も出版社もお亡くなりになってしまって、もう復刊は見込めないんですかね。

 刑法のほうは1990年が最終版ですが、同じ出版社だし、こちらも同じ運命を辿るのでしょうか。



団藤重光 刑法綱要総論(創文社1990)
団藤重光 刑法綱要各論(創文社1990)


 一方の平野先生の体系書は、1958年出版の初版のまま最近まで再刷されてて、今でもオンデマンド版が出ていたりと、随分優遇されているのと比べても、不遇な気が。

 我妻栄先生の『民法案内』シリーズにおける勁草書房さんのごとく、あるいは、蟻川恒正先生の『憲法的思惟』における岩波書店さんのごとく、どこか別の出版社で出さないのかどうか。



我妻栄「民法案内1」(勁草書房2013)
蟻川恒正「憲法的思惟」(岩波書店2016)


 で、何事か中身について書こうと思ったんですが、そのためには、アンチテーゼとしての平野先生の体系書も読まないとだし、また、最高裁判事を退任した後のミッシングピースを埋めるためには、団藤先生の『法学の基礎』あたりを読まないとだし。

 ということで、『法学の基礎』を読んでみることにしました。

 前にも書いたとおり、この本は初学者がいきなり手を出す本ではなく、法学の勉強が進むごとに、自分の実力を推し量る用に読むものです。

大屋雄裕「裁判の原点:社会を動かす法学入門」(河出書房新社2018)

 文章自体は決して固くはないのですが、書かれていることを十二分に理解するためには、個別法についての理解が先に必要になります。
 私も過去何度か読んでますが、個別法の勉強を進めてから戻ってくると、そのたびに何かしら発見があったり。

 今回読んでてふと思ったのが、こんなこと(直接そういうことが書いてあるわけではないですし、むしろ逆)。

 「自然法」思想について、私自身はどちらかというと積極的な評価をしていないのですが、

【こちらは自然権ですが】
ホッブス『リヴァイアサン』 〜彼の設定厨。
戸松秀典『憲法』(弘文堂2015)

 たとえば「禁酒法」のように「お酒くらい自由に飲ませてよ」といった程度の自由を抑圧するような法律は、いくら正式な手続によって成立したとしても実効性をもちえない、という意味あいでなら、理解できるなあと。

 「人間の本性に基づく」とか「人が人たるがゆえに」といった高尚な表現をされるとピンと来ないのですが、こういう卑近な例なら理解しやすい(いわゆる日常系自然法)。
posted by ウロ at 15:13| Comment(0) | 法学入門書探訪