2019年05月27日

安田拓人ほか「ひとりで学ぶ刑法」(有斐閣2015)

 私が刑法の事例問題を解くことなんて、もうおよそないと思うのですが。
 なぜか読んでみました。



安田拓人ほか「ひとりで学ぶ刑法」(有斐閣2015)


 位置づけとしては、教科書と演習書の橋渡し、という感じ。中二階的な。

 教科書からいきなり演習書にいってみたけど、どうやってアプローチしたらいいか分からない人が、読んでみたらよさそう。
 で、知識があやふやなら教科書へ戻り、いけそうなら演習書へ進むと。

 これ読んだあとなら、教科書の理解度もかなり深くなるはず。
 記述が特定の説を押し出すようにはなっていないので、教科書の記述を相対的に読めるようになると思います。

 内容について私がどうこう言えることはないんですが、例によって外在的なイチャモン。


目次があっさり過ぎる。

ひとりで学ぶ刑法(出版社のサイト)

 出版社のサイトに書いてある、このとおりしか書いていません。
 「体系対応一覧」なんて綴じ込みの表を、わざわざ時間をかけて作るくらいなら、素直に目次を充実させたほうがいいのでは。


 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」をモチーフにしているとかいって、下記の三部構成になっています。

  Stage1 Schüler
  Stage2 Sänger
  Stage3 Meister

 が、Stage1の前に、みんな大好き「前奏曲」が無いのは何故なのか。
 マイスタージンガーにとって、絶対はずせないと思うんですけど。

 全幕見た・聴いた人じゃなくても、当然、前奏曲だけは知っていますよね。



 内容的には、Stage1のNo.1「犯罪論体系」とNo.2「行為無価値と結果無価値」がそれに相当している感じなので、次回改訂の際にご検討ください。

 あと、英語+ドイツ語というハイブリッド感はなんなのか。
 LUNA SEA様のマネでしょうか。


 表紙に「Do it Yourself! Exercise of Criminal Law」と書いてあります。
 (誰のお気に入りなのか、ダメ押しで「背」にまでねじ込まれている)。

 ここもドイツ語じゃないのか!というツッコミはさておき、外国語感覚0%の私からすると、「自分でやれや!」と命令されている印象を受ける(被害妄想)。


 内容については触れないつもりでしたが、1点だけ。

389頁 事例
 「Yは、インターネットバンキングで、Xからの入金が始まったことを満足そうに確認すると、」

395頁 解説
 「Yは、Xを恐喝して、月々10万円を、Yの指定するG名義の口座に振り込ませ、Xからの入金を確認してにんまりしている。」

 上が事例の中の文章、下が解説の文章。
 事例問題を解くにあたって、「にんまり」などという、事例に書かれていない事情を勝手に付け加えてはだめですよ。
タグ:刑法
posted by ウロ at 10:02| Comment(0) | 刑法

2019年05月20日

松澤伸「機能主義刑法学の理論―デンマーク刑法学の思想」(信山社2001)

 先日、トロペール先生の「リアリズムの法解釈理論」について記事を書きました。

ミシェル・トロペール(南野森訳)「リアリズムの法解釈理論」(勁草書房2013) 

 こういう「法原理論」とか「法解釈論」に関する本、私のような素人が中途半端な知識で手を出すとドツボに嵌まります。
 ので、なるべく避けていたんですが、ちょっと読んでみて面白そうだったので、まあ読んでしまったわけです。

 ただ、こういう方向に進んでしまうと、業務上優先して読むべき実務書が後回しになってしまって、実務家的にはあまりよろしくはない。

 なんですが、同書に、アルフ・ロス先生のお名前を見かけてしまって、そういえば、松澤伸先生の著書がロス理論について紹介されていたなあ、と思い出し、そして結局、こちらの本も読むことに。



松澤伸 機能主義刑法学の理論―デンマーク刑法学の思想(信山社2001)

 例によって、私が要約するなどおこがましいってことで、ご興味ある方は、まずは松澤先生ご自身が「再論」と題してまとめられている、こちらの論文をご覧になるのがよいかと。

松澤伸 機能的刑法解釈方法論再論(早稲田法学2007)

 ちなみに、「現状認識重視型」の法解釈論ということでいうと、戸松秀典先生の著書が同じ方向性かなと思いました。

戸松秀典『憲法』(弘文堂 2015)


 ということで、いつもの、個人的にいいなと思った記述の引用。
 刑法学に限らず、ここで批判されているような論述の仕方、私も常々疑問に思っていたんですよね。

254頁
「従来の伝統的刑法学の議論を見てみると、そこでは、『構成要件は違法有責類型だから折衷的相当因果関係説が妥当』とか、『行為は主観と客観の統一体であるから折衷的相当因果関係説が妥当』というような議論が行われることが多いが、この議論は一定限度での説得力しか持たない。というのは、この議論は、最初に打ち立てられた原理、すなわち構成要件は違法有責類型であるという教義や、行為は主観と客観の統一体であるという哲学的な表明に賛成する者には説得的であるが、その前提となる教義や哲学的表明そのものに疑念を抱く者には何ら説得力を持たないからである。」

「また、『因果関係が認められる範囲を考えると、主観説では狭すぎ、客観説では広すぎる、したがって折衷説が妥当』という議論にも説得力はない。結論の妥当性を全面に押し出すだけでは、単なる価値観の押し付けになってしまうからである。」

256頁
「不能犯論においても、『定形的な実行行為が欠ける場合を不能犯とする』とか、『行為は主観と客観の統一体であるから、行為者の主観面だけでなく社会一般の通念にしたがって実行行為が欠ける場合を不能犯としなければならない』というような体系からの演繹による議論が説得力を持たないのは、因果関係の議論と全く同様である。」

337頁
「故意犯と過失犯は違法性の段階ですでに質的に異なると考えた方が常識的な感覚にあうとか、厳格責任説は正当化事由の錯誤すべてを故意犯として処理する点で常識的な感覚にあわないとか、価値観を全面に押し出したあいまいな議論がなされていることにも注意すべきであろう。」

posted by ウロ at 09:43| Comment(0) | 刑法

2019年05月13日

渡辺徹也「スタンダード法人税法 第2版」(弘文堂2019)

 この本、今までの記事の中でもおすすめしていましたが、やっと第2版をひと通り読み通せたので、正面から扱ってみます。


 渡辺徹也 スタンダード法人税法 第2版 (弘文堂2019)

【租税法の教科書イジりの旅】
アクティブラーニング租税法【入門編】
岡村忠生ほか「租税法 (有斐閣アルマ) 」(有斐閣2017)
中里実ほか『租税法概説 第3版』(有斐閣2018)
税法思考が身につく、理想の教科書を求めて 〜終わりなき旅


 私が租税法の「教科書」に求めていることは、

 ・前提知識無しでも理解できること
 ・具体例(数値例)が記載してあること

といったあたり。

 そういう評価軸からすると、この本はベストです。

 なぜそのような制度があるのか、なぜそのような要件が課されているのか、といった点をしっかり記載してくれています。

 また、数値を用いた説明も多めなので、具体的に理解することができます。
 「みなし配当」のところとか、数字と図解を交えての説明なので、「資本金等の金額・利益積立金額」の分け方とか、イメージがつかみやすいと思います。
 類書だと、単に、掛け算割り算の計算式だけ書いて終わり、みたいのが多くて、なんでそういう計算するの、ということがわかりにくかったりしますし。

 ちなみに、この数値で説明する、については、佐藤英明先生の「所得税法」の教科書がさらに徹底しています。



  佐藤英明 スタンダード所得税法 第2版補正2版 (弘文堂2020)


 ということで、「法人税法」の勉強としてはもちろんですけど、その他の税目を自分で勉強するにあたっても、こういう観点から分析していけばいいのか、という意味で参考になると思います。


 と、全力で褒めておいてから、以下、若干のツッコミ。


 「目次」がざっくりすぎで使いづらいです。

 この本、本文が「Lecture」(基本)と「Next Step」(応用・発展)と別れているんですが、「Next Step」の中にもいろんな項目が含まれています。その中には横断的な内容もあるので、その記載箇所以外でも参照すべき項目だったりもします。

 にもかかわらず、目次には「Next Step」としか書かれていません。ので、そこにどんな項目が含まれているかが分からない。
 なもので、あとから探すのも大変。

 ご丁寧に、目次の全部の箇所に「Next Step」とだけ書かれているの、見ているうちに、シュールレアリズムを感じずにはいられない。


 で、この「Next Step」、本文よりフォントを落として記述しているんですが、結構な長さのものもあります。
 これを延々と読んでいくのかなりきつい。内容的にも込み入った話がでてきますし。

 この感じ、どこかで読んだな、と思い出したのが、佐久間毅先生の『民法の基礎』。

 こちらの本も優れた教科書なんですが、「発展学習」「補論」と題した項目のフォントが極々小(極悪小)。

 ページ数(=お値段)を圧縮するための手段なのかもしれませんが、極々小フォントが数ページにわたって続くの、読んでいて苦しくなってきます。

 

佐久間毅 民法の基礎1 総則 第4版 (有斐閣2018)
佐久間毅 民法の基礎2 物権 第2版 (有斐閣2019)


 数値例はあるんですが、「仕訳」までは書いてないです。
 でもたとえば、無償取引、低額・高額取引のところとかグループ法人税制のところなんかは、仕訳を書いたほうが圧倒的に理解しやすいと思うんです。

 まあ、そうすると簿記の説明もしなきゃいけないし、ということでボリューム増々になってしまう、てことですかね。



 中里実ほか『租税法概説 第3版』(有斐閣2018)
 この記事の中で、適格要件のうち「支配関係継続要件」の「見込み」の評価についてツッコミを入れました。
 ので、渡辺先生の本ではどう書いてあるか探してみたんですけど、特に評価までは書いていませんでした。
 というか、「共同事業」の場合だけにこの要件が書いてあって、「完全支配関係」「支配関係」の場合の要件としては書かれていません(249頁)。

 なんでそういう記述になるかを邪推すると、法令の構成が、

 法: 親子関係+政令で定める場合
 令: 親子関係+兄弟関係(継続要件必要)

となっていて、継続要件が必要な「兄弟関係」の場合が施行令にしか書いてないから、なんでしょうね、たぶん。

 でも、他の箇所ではしっかり施行令含めた記述をしているのに、なんでここだけ施行令の内容を削ったのかがよくわかりません。
 しかも、あとのほうには、適格合併後に適格合併が見込まれる場合のこととか、分割の場合に分割法人側の継続保有は要求されなくなったとか、継続要件が「緩和」されていることには触れられています。
 のに、原則としての「継続保有要件」が正面から書かれていないわけです。

 なんか、私の見落としですか。
posted by ウロ at 09:12| Comment(0) | 租税法の教科書

2019年05月06日

ミシェル・トロペール(南野森訳)「リアリズムの法解釈理論」(勁草書房2013)

 南野森先生翻訳による、トロペール先生の法解釈論に関する論文集。



ミシェル・トロペール(南野森訳) リアリズムの法解釈理論(勁草書房2013)

 このブログでもちらちら漏れ出していますが、「法解釈」というものに対するモヤモヤをずっと抱え込んでいます。
 リーガルマインドがどうたら、とか語っているくせに。

 で、来栖三郎先生から始まって、川島武宜先生や平井宜雄先生の法解釈論に関する著書を読んで、なんとなく理解した気になったりして。
 が、しばらくすると、やっぱりよくわからない状態に戻ってきたり。



来栖三郎 来栖三郎著作集1(信山社2004)
川島武宜 「科学としての法律学」とその発展 (岩波書店1987)
平井宜雄 法律学基礎論の研究 平井宜雄著作集1 (有斐閣2010)


 そういったモヤモヤを解消してくれそう、ということで、この本を読んでみることにしました。

 が、一度通して読んだだけでは、理解するの難しかったです。
 法の「一般理論」ではあるのですが、フランスをはじめとする各国・各時代の諸制度に対する前提知識がないと、ちゃんと理解するの厳しいのかなと。

 単に私の勉強不足。

 ので、南野先生には、トロペール理論を「日本法」に落とし込んだ理論書を書いていただくことを熱望。
 共著や論文ではそのエッセンスの一端が書かれているのですが、『憲法の解釈原理』といったかたちで、ぜひ単著の一冊本に仕上げてほしい。


 私には本書を要約する能力はありませんので、私がいいなと思った記述を一部引用する形をもって、書評に代えさせていただきます。

【これらと同じ方式の】
ホッブズ『リヴァイアサン』 〜彼の設定厨。
金子宏・中里実『租税法と民法』(有斐閣2018)

88頁
「このような全員一致の状況は当然のことながら怪しむに足るものであり、また、それ以外の部分ではあまりにも異なっているさまざまな言説がなぜか一致して法治国に言及していることからすると、きっとそこには何らかの曖昧さや混乱が潜んでいると考えないわけにはいかない。事実、もはやそれなしではすまなくなった法治国とは一体何であるかを明確にしようとするや否や、判然としない点が多く存在することに驚かざるをえないのである。」


 こういう疑問、憲法上のほぼすべての概念に対してあるんですよね。
 法の支配、国民主権、立憲主義、民主主義、立憲民主主義、とかその他諸々。
 
 人工的な創作物なのに、『○○とは何か?』みたいなかたちで、中身に何を盛り込むかで争いが生じるのは何故なのか。
 『東京ディズニーランドとは何か?』という問いで、争いが生じることはないわけで。

96頁
「だからこそ、広く信じられているのとは反対に、実質的法治国という考え方は、全体主義国家によってもまったく否定されることがなかったのである。ヒトラーのイデオロギーでは国家社会主義的という概念が用いられ、それは一つの正義のあり方と説明され、形式的に有効なルールであればその内容がどうであれ拘束力をもつものであった。」

98頁
「解釈者ーここではコントロールを行う者であるがーの有する自由は多大であり、結局、統治者は最終的には統制者ーつまり人間ーにのみ従属しているということになる。
 すなわち、法に従属する国家など、ありえないと言うに尽きるのである。」


 もちろん内容に対してもなるほどと思うのですが、「ありえないと言うに尽きるのである」という言い切り表現、素敵ですね(南野先生の訳のおかげ?)。

103頁
「解釈は意思の行為であり、必然的に遡及的なものである。テクストが採択された時点におけるテクストの意味を決定しようとする行いなのだから。法律が発効したその日からその法律が解釈される日までに行われた行為に対して、そのように解釈された法律が適用されるのである。」


 あたかもはじめからそのような意味であったかのような物言いに対して、『解釈は遡る』とはっきり言い切ってくれている。 

106頁
「まず、ケルゼンの主張、すなわちあらゆる国家は法治国である、あるいは、「法治国」という表現は冗語にすぎない、という主張は、完全に正当なものと考えられる。というのも、もしこの表現が、諸規範が階統構造をとるシステムを意味するにすぎないのであれば、およそ法秩序たるものすべて法治国であるということになるからである。法治国とは、このようなシステムにおいて、国家が法に従属するとか、自由がそこでは保障されるなどを意味するものではなく、たんに階統性の存在を意味するにとどまるのである。」


 「冗語」って用語、はじめて知りました。
 長尾龍一先生訳の『純粋法学』だと、どう訳されているんだろう。



ハンス・ケルゼン(長尾龍一訳) 純粋法学 第2版 (岩波書店2014)

113頁
「憲法制定権力は幾何学的な方法で作動するのではなく、また、原理を制定した上でそこからルールを演繹しているのではない。実を言うと、原理は時としてルールより後に表明されており、さらに、たとえ原理が最初に表明されたとしても、それはつねに討論の過程で解釈され直している。原理の役割は大前提としてのそれではなく、時宜性に基づいて採用される実際的な問題の解決策に価値論的根拠を提供するための論拠としてのそれなのである。」


 「原理」というものの機能がよくわかります。

114頁
「主権の諸理論が国家を構成するという考え方は、近代国家がボダンとともに現れたという主張が前提としているものである。当然のことながらこの主張は、ボダン自身が国家を構成したとか、また、彼が一定の方法で国家が構成されることを勧め、その勧めが現に実行されたということを意味するわけではない。」


 「ボダン自身が国家を構成した」みたいな記述、楽しいですよね。

127頁
「すなわち、主権者人民は現実の人民ではありえず、「永遠の人民」「超越的人民」でしかなく、憲法を解釈することによって超越的人民の意思を表明する者は、選挙された議会に代わって、「代表者」と呼ばれるべきことになるのである。」


 この記述だけでも、主権論とか代表概念とか見直しが必要なんだろうな、と感じさせられる。


 ちなみにですけど、【訳者注】に、本文に典拠のない18世紀の引用文献を図書館で探して突き止めた、みたいなことが書いてあって(147頁)、翻訳するって大変だなあ、と感じました。

 『法哲学』の翻訳まだですか、と言おうと思いましたが、こういう翻訳の苦労を見せられると、安易に催促できるものではないですね(と、言いながら書く)。

 下記書籍に収録された論文を読みすすめながら、気長に待ってみることにします。




南野森編 憲法学の世界 (日本評論社2013)
南野森編 新版 法学の世界(日本評論社2019)
南野森編 ブリッジブック法学入門 第2版(信山社2013)
安西文雄他 憲法学の現代的論点 第2版 (有斐閣2009)
内山奈月他 憲法主義(PHP研究所2015)
posted by ウロ at 13:45| Comment(0) | 憲法