2019年07月29日

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その3)

 ということで、「租税条約」との関係についても一応触れておきます。

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その2)

所得税法 第百六十一条(国内源泉所得)
 この編において「国内源泉所得」とは、次に掲げるものをいう。
十一 国内において業務を行う者から受ける次に掲げる使用料又は対価で当該業務に係るもの
 ロ 著作権(出版権及び著作隣接権その他これに準ずるものを含む。)の使用料又はその譲渡による対価

所得税基本通達 161−35(使用料の意義)
 法第161条第1項第11号ロの著作権の使用料とは、著作物(著作権法第2条第1項第1号((定義))に規定する著作物をいう。以下この項において同じ。)の複製、上演、演奏、放送、展示、上映、翻訳、編曲、脚色、映画化その他著作物の利用又は出版権の設定につき支払を受ける対価の一切をいうのであるから、これらの使用料には、契約を締結するに当たって支払を受けるいわゆる頭金、権利金等のほか、これらのものを提供し、又は伝授するために要する費用に充てるものとして支払を受けるものも含まれることに留意する。



 一般的な使用料条項だと、「著作権」(copyright)の「使用若しくは使用の権利の対価」(consideration for the use of, or the right to use)などと書かれているところ。

 ここでは思いっきり「使用」と書かれているわけで、これを日本の著作権法と同義とすると、所得税法+通達との関係はどうなるか。

・著作権法と同義とすると法定利用行為以外の行為は・・

  所得税法 「著作権の使用料」 ⇒含む
  基本通達 「著作物の利用につき支払を受ける対価の一切」 ⇒含まない
  租税条約 「著作権の使用若しくは使用の権利の対価」 ⇒含む

と、変なねじれ現象が生じます。
 これでいくと、なぜか通達だけが適用範囲を制限しているということに。


 租税法の解釈について、学説上は一般的に次のようなことが唱えられています。

  ・文言を重視すべきでむやみに論理解釈、趣旨解釈しない
  ・借用概念は借用先のとおりに解釈すべき


 このポリシーを素直に守ると、上記のようなねじれ現象が生じてしまいます。

 しかも、ここに

  ・通達は課税当局の一見解にすぎない

なんてものを加えたら、条約や法律が優先されるので、当然に含むという結論になってしまいます。


 とすると、プラスアルファの解釈をしないと、ここから抜け出せない。
 以下、プラスアルファを付け加えてみます。

1 限定説

 所得税法 含まない
 基本通達 含まない
 租税条約 含まない

・法の「使用料」は他の箇所にあわせただけで、著作権法上の「使用」とは別物だ。
・法には「著作権の」とあるのだから、使用料は「利用料」のことだ。
・通達は法定利用行為に限定する趣旨だ。
・租税条約にも「著作権の」とあるから、使用は「利用」のことだ。

 ついでに、含む説のほうも同じノリで解釈してみると、

2 非限定説

 所得税法 含む
 基本通達 含む
 租税条約 含む

・法では「使用」料とあるから、著作権法上の「使用」のことだ。
・通達でも、列挙行為に続けて「その他」とあるとおり法定利用行為以外の行為を想定している。
・租税条約には「使用」とあるから、著作権法上の「使用」のことだ。

 どっちにも解釈は可能。
 が、解釈論としては限定説のほうが違和感ないですかね。やっぱり「著作権の」とあるのが強い気がします。


 ここでは日本の著作権(法)を前提に解釈していますが、そもそも租税条約上の「著作権」(copyright)を国内法に引き寄せて理解してよいのか、ということも問題にはなります。

 たとえば著作権の支分権が、

  日本法:ab
  甲国法:bc

とずれている場合に、日本・甲国間の租税条約上の「著作権」に含まれる支分権はどこまでと解するべきなのか。

  1 国内法説 ab (bc)
  2 両国説  abc
  3 一致説  b
  4 全世界説 abcdef〜
  
 理屈上は四通り考えられるわけです。

 ここは、日本側は日本法で、甲国側は甲国法で理解する(国内法説)、ということになるんですかね。
 一般的な租税条約だと、そのあたりの解釈規定が書いてあるはずです。

(似たような話は、法の適用に関する通則法における「単位法律関係」の性質決定でも出てきます。あちらは法律、こちらは条約と、レベルは違いますが。)


 一般論としてはそうなんでしょうが、「著作権」の場合にそれでうまく解釈できるのかどうか(以下、著作権のほうの条約は考慮外とします)。

《事例》
 日本の居住者A社が甲国の居住者B社に対し、Bの著作権を甲国内で利用するための利用料を支払った。

 よくある、使用料条項の教科書事例です。

 教科書的には(あくまで一例)

  ・国内法  税率20.42%
        しかし使用地主義なので課税なし
  ・租税条約 税率10%
        債務者主義なので課税あり
  ・国内法  租税条約で源泉地が置き換わるので課税あり

といった感じで解決されています。
 
 が、ここまで「著作権」についてあれこれ考えてきているせいで、ふと疑問が。

 前提として、著作権法はあくまで「属地主義」となっています。
 ので、事例における許諾の対象は「甲国の」著作権法上の著作権ということになります。

【疑問1】
 利用料が支分権aに対するものだったらどうか。

 日本の著作権法では、aは著作権にあたります。
 もし日本の所得税法における「著作権」が日本の著作権法の借用概念だとすると、利用料aは「著作権の使用料」に該当することになります。
 また、国内法説によればaは租税条約でいう「著作権」に含まれることになります。

 ところが、当事者間の契約では、甲国の著作権でないaに対する「使用許諾契約」となっているはずです。
 これを日本の所得税法の側から「著作権の使用料」と扱ってしまってよいものかどうか。

【疑問2】
 利用料が支分権cに対するものだったらどうか。 

 日本の著作権法では、cは著作権ではないわけです。
 もし日本の所得税法における「著作権」が日本の著作権法の借用概念だとすると、利用料cは「著作権の使用料」に該当しないことになってしまいます。

 ところが、当事者間の契約では、甲国の著作権であるcに対する「利用許諾契約」となっているはずです。
 にもかかわらず「著作権の使用料」に該当しないと扱ってよいものかどうか。

【疑問3】
 利用料が支分権bに対するものだったらどうか。

 bは、両国ともに著作権だから問題ないように思えます。
 が、許諾の対象はあくまでも「甲国の」著作権であるbに対するものであって、「日本の」著作権bではありません。

 もし日本の所得税法における「著作権」が日本の著作権法の借用概念だとすると、利用料bは「著作権の使用料」に該当しないことになってしまいます。
 そういう結論でいいのかどうか。


 このような疑問が生じる原因は、税法の「借用概念」×租税条約の「国内法説」×著作権法の「属地主義」をそのまま掛け合わた結果です。
 いずれも、国内法のみで問題を解決しようとすると、おかしなことになる。

 せっかく租税条約に「債務者主義」への置換え規定があっても、国外で使用する場合はすべて「著作権」にあたらないなら、この規定がはたらく余地がないことになってしまいます(常に使用地でしか課税できない)。


 ちなみに、これとの対比で、たとえば非居住者に対する「配当」の場合だと、こういった悩ましい問題が生じません。
 というのも、配当の場合、国内源泉所得になるのは「内国法人から受ける」となっています。
 ので、ここでいう配当はあくまでも、日本の会社法で設立された会社などの法人が支払うものに限られます。

 そして租税条約上、ソース・ルールの置き換えはないのが通常。
 結果、配当については日本の会社法等で判断すれば足りることになります。

第百六十一条(国内源泉所得)
1 この編において「国内源泉所得」とは、次に掲げるものをいう。
 九 第二十四条第一項(配当所得)に規定する配当等のうち次に掲げるもの
  イ 内国法人から受ける第二十四条第一項に規定する剰余金の配当、利益の配当、剰余金の分配、金銭の分配又は基金利息


 他方で「著作権」の場合、所得税法のレベルでは、国内で使用したら国内源泉所得となっているので、この限りでは属地主義との間にずれは生じません。
 ところが、租税条約が「債務者主義」を採用していたりすると、税法と著作権法の適用国がずれるパターンが発生してしまうわけです(支払者住所と利用地が違う場合)。


 ここから抜け出そうとするには、たとえば、
  『国内法と共通する限りで当該国法上の概念も含まれる』
などと拡張せざるをえないのでは。
(さらに共通しない支分権cまで拡張してもよいのかどうか)

 ただ「共通」とはいっても、著作権は事実概念とは違った法概念なので、具体的にどうやって「共通」と判断するかは問題。
 両国を並列にみて共通要素を抽出するのか、あくまでも日本側に引き寄せて理解するのか。

 なお、この拡張、通達とは一見矛盾します。
 というのも、通達は、

  著作物(著作権法第2条第1項第1号((定義))に規定する著作物をいう。)

と、日本の著作権法を前提にしてしまっていますので。

 あるいは、これは著作物の定義だけをお借りしているだけで「地理的範囲」までは含んでいない、といえばいいんですかね。
 同じように、所得税法でいう「著作権」も、地理的範囲以外の部分を日本の著作権法からお借りしているだけ、ということですか。


 共通する他国の著作権を含めるとして、以下のような場合にはどうやって判断するのか。

【疑問4】
 支分権自体は同じだが
  ・「権利制限規定」レベルでずれがある場合
   (日本では権利制限規定が適用されるが甲国にはそのような規定がない、など)
  ・「解釈」レベルでずれがある場合
   (日本では権利制限すべきとする判例があるが、甲国にはない、など)
などの場合に、どうやって「共通」するかを判断するのか。

 要するに、支分権の規定だけをみて判断すればいいのか、それ以外の規定や解釈まで含めて判断すべきなのか。そこまで含めて判断するとして、地理的範囲だけは頑なに含めない、というか。

 実際の判断方法としては、

  もし利用地が日本なら著作権の利用に該当するか

と、利用地を日本に置き換えて判断する、ということになるんですかね。


 そもそも「著作権」というのは、各国それぞれの法制により創設された権利概念にすぎません。そして、その国内でしか効力が生じない。

 なのに、それを国際源泉の場面にもちだすこと自体に、無理があるんじゃないですかね。
 どの国が絡んでも支障がない事実概念によって、源泉の要否を画すべきではないかと。

 以上、たぶん何か思い違いをしている気もしますが、疑問として残しておきます。

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その4)
posted by ウロ at 11:13| Comment(0) | 国際租税法

2019年07月22日

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その2)

 前回「著作権の使用料」の源泉徴収について書きました。

  非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その1)

 そこでは、所得税基本通達に「その他著作物の利用につき支払を受ける対価の一切」とあるのを、著作権の支分権が及ばない使用に対する対価も含める趣旨に読めるのでは、と書きました。
 「その他」とあるので、「複製〜」以下の法定利用行為以外の使用を含めているのだと。

 で、その記事の最後で仄めかしたとおり、結論逆の読み方がある、というのがこの続編。


所得税法 第百六十一条(国内源泉所得)
 この編において「国内源泉所得」とは、次に掲げるものをいう。
十一 国内において業務を行う者から受ける次に掲げる使用料又は対価で当該業務に係るもの
 ロ 著作権(出版権及び著作隣接権その他これに準ずるものを含む。)の使用料又はその譲渡による対価

所得税基本通達 161−35(使用料の意義)
 法第161条第1項第11号ロの著作権の使用料とは、著作物(著作権法第2条第1項第1号((定義))に規定する著作物をいう。以下この項において同じ。)の複製、上演、演奏、放送、展示、上映、翻訳、編曲、脚色、映画化その他著作物の利用又は出版権の設定につき支払を受ける対価の一切をいうのであるから、これらの使用料には、契約を締結するに当たって支払を受けるいわゆる頭金、権利金等のほか、これらのものを提供し、又は伝授するために要する費用に充てるものとして支払を受けるものも含まれることに留意する。


 通達でいう「著作物の利用」という文言、本家の著作権法63条にも出てきます。

著作権法 第六十三条(著作物の利用の許諾)
 著作権者は、他人に対し、その著作物の利用を許諾することができる。
2 前項の許諾を得た者は、その許諾に係る利用方法及び条件の範囲内において、その許諾に係る著作物を利用することができる。


 これは「法定利用行為」の許諾ができることを定めているわけです。

 他方で、法定利用行為にあたらない場合は「使用」という用語を使っています。

【「使用」の使用例】
著作権法 第三十条(私的使用のための複製)
 著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。


 このように著作権法については、明らかに「利用」と「使用」を使い分けているところです。

  利用:法定利用行為に該当する行為
  使用:法定利用行為に該当しない行為



 もし、通達にいう「利用」も著作権法上の「利用」と同義だとすると、通達上も法定利用行為に対する利用料だけが国内源泉所得に該当する、という結論になりそうです。

(以下、所得税法の「使用料」という文言をさしあたり無視して、
  ・著作権法上の「利用」の料金 ⇒「利用料」
  ・著作権法上の「使用」の料金 ⇒「使用料」
ということにします。)

 が、そうだとすると「その他著作物の利用につき支払を受ける対価の一切」とは一体何を想定しているのか、という疑問が。
 「複製〜」以下で列挙されていない、貸与権・頒布権(貸与)・著作隣接権のことなのか。
 そうだとしても、やはりなぜこれら権利だけ列挙行為から外したのかが謎ですよね。

 《著作物の複製、上演、演奏、放送、展示、上映、翻訳、編曲、脚色、映画化、貸与、貸与による頒布その他の著作物の利用又は出版権の設定につき支払を受ける対価の一切》

という感じで、貸与等も明記しつつ、「その他」とすることで支分権が追加された場合でも対応できるようにしておく、でいいんじゃないかと。
 「その他」であれば、「複製〜」以下の行為は「著作権の利用」の例示にすぎない、と読めることになります(ので、ここでの「利用」は法定利用行為に限定される)。
 これを「その他」としているせいで、法定利用行為以外の行為も含んでいるように読めてしまうわけで。

 ただこのように言い換えても「著作隣接権」がここに収まりきっているのか怪しい。「著作物の利用」ですべてカバーできているのかどうか。
 いっそのこと列挙やめて、完全に著作権法に委ねたほうが楽になれそう。
 
 また、所得税法では「使用料」となっているので、そもそも法レベルで著作権法上の使い分けに倣っているといえるのかどうか。
 まあこれは、所得税法の他の箇所にあわせただけ、という言い訳はできますが、紛らわしい。


 しかし現実的に考えて、源泉徴収をするしないを判断する場面で「利用」と「使用」を区別するの、今どきの契約だと難しくなっていると思います。

 たとえば、一般に「使用許諾契約」とか「利用許諾契約」と言われているもの、よくよく見てみると「利用」と「使用」が一緒くたになっていることがあります。

 期間1年のパソコンソフトのサブスクリプション契約で考えてみると・・
 (特許権の問題は省略します)

 著作権が働くのは最初のインストール(複製)のところだけであって、1年間しか使えないというのは著作権による制御ではないです。
 著作権だけだったら、同じパソコンで使い続けるかぎり使用制限できないわけで。

 ので、この契約には、

  利用:インストールしていいよ(複製権の不行使)
  使用:1年間使っていいよ

の異なる性質のものが含まれていることなります。
 ので、著作権法上の使い分けに倣うなら、タイトルは「利用及び使用許諾契約」とするのが正確。

 なんですが、料金が月額いくらとか年額いくらといったかたちになっていて、利用料と使用料が区分されているわけではない。
 たまに、違うパソコンに入れたい場合は別料金とる、みたいのがありますが、あれは別途利用料(複製料)をとっていると言えそうですけど。

(なお、サブスクリプションの場合は所有権が移転しないのが普通なので、47条の3は働かないはず。)

第四十七条の三(プログラムの著作物の複製物の所有者による複製等)
 プログラムの著作物の複製物の所有者は、自ら当該著作物を電子計算機において実行するために必要と認められる限度において、当該著作物を複製することができる。ただし、当該実行に係る複製物の使用につき、第百十三条第二項の規定が適用される場合は、この限りでない。


 というのが現実なので、

  利用料(利用の料金):源泉必要
  使用料(使用の料金):源泉不要

なんて源泉ルールだとしたら、使いづらくてしょうがない。

 という考慮があって、通達レベルでは、著作権法上「使用」にあたるものでも「著作物」に係るものであれば源泉必要と読ませようとしている、というのが私の邪推だったわけです。
 少なくとも、課税側は「利用」か「使用」かなんて気にせずに、著作物(媒体)を使うことの対価ならすべて源泉徴収必要、ていってくるでしょうね。

 これを所得税法が許容しているのかどうか。
 「著作権の」を強調すれば許容していないことになりそうだし、「使用」料を強調すれば許容していることになりそう。
 要するに、所得税法の中で著作権法上の概念がバッティングしている(著作権×使用)からそうなる。
 「著作権」は借用概念だが「使用(料)」は固有概念だ、とでもいうか。

 なんにしても、実務的には、法定利用行為が混ざっていないことが明らかでないことがかぎり源泉徴収しておく、というのが無難。


 もし、所得税法+通達は「法定利用行為」に限定しているという立場なのだとしたら、次のような契約は国内源泉所得に該当しないことになるのかどうか。

 ・インストールはご自由にどうぞ。
 ・試用期間後も使いたい場合は年間使用料払ってね。

 これは文字通りの「使用許諾契約」なわけです。
 複製権はあらかじめ放棄しているので、年間使用料は単にソフト使うための料金であって、複製権の対価ではないと。

 形式的にはいかにも大丈夫そうですけど、こういうの危うい。


 こういう話、たとえば、土地建物の購入で課税仕入れを増やしたい(あるいは償却額を増やしたい)からといって、代金内訳の土地の価格を下げて建物の価格を上げる、みたいなことをやって否認されるのと、似たような話です。

 契約書に書きさえすればどうとでもなる、という世界ではない。

 特に著作権法の場合、現行の著作権法が「複製権中心主義」をベースに組み立てられていることに対する評価が関わってくる気がします。

 つまり、著作権法が、著作物の使用は自由だが複製は制限していることに対する評価として、
  A 使用の価値は重視しておらず、複製の価値を重視している
  B 本来は使用を制御したいが技術的に困難・プライバシーにもかかわるので
   仕方なく複製のところを制御している
のいずれと見るかで、このような契約の評価もかわってきそう。

 すなわち、Aからみれば、 
  複製が無料で使用が有料なんて著作権法的に考えて不合理だ
となるし、Bからみれば、
  本来著作権法がやりたかったことを契約で制御しているだけなので合理的だ
と評価できると。

 Aの考えからは、この契約を字義通りに解釈することを否認する、一材料になるわけです。

 特に、著作権の場合は、土地建物と違って「排他性」のない情報にすぎません。
 なので、たとえば土地が「借地権/底地権」に区分して評価できるのとは違って、人に使用させたからといってその分評価が下がるとはかぎりません。
 独占的に使用できないことで価値が下がる場合もあるかもしれませんが、それをどうやって評価するのか。


 ちなみに、財産評価基本通達148に「著作権の評価」の規定があります。

 もし、ここでいう「印税収入」が「利用料」のことだとすると、同じように利用料無料で使用料のみ徴収することで評価額を0にする、みたいなこと誰かやりそうですけど。

 もっと際どいことやるなら、いわゆる「印税」としてではない料金としてもらっておくとか。
 ここでは「使用料」とも「利用料」とも書いてないんですよね、なぜか。

(著作権の評価)
148 著作権の価額は、著作者の別に一括して次の算式によって計算した金額によって評価する。ただし、個々の著作物に係る著作権について評価する場合には、その著作権ごとに次の算式によって計算した金額によって評価する。
 年平均印税収入の額×0.5×評価倍率
 上の算式中の「年平均印税収入の額」等は、次による。

(1) 年平均印税収入の額
 課税時期の属する年の前年以前3年間の印税収入の額の年平均額とする。ただし、個々の著作物に係る著作権について評価する場合には、その著作物に係る課税時期の属する年の前年以前3年間の印税収入の額の年平均額とする。
(2) 評価倍率
 課税時期後における各年の印税収入の額が「年平均印税収入の額」であるものとして、著作物に関し精通している者の意見等を基として推算したその印税収入期間に応ずる基準年利率による複利年金現価率とする。



 ここまでごちゃごちゃ書いてきたこと、国内の著作権法と所得税法+通達しか視野に入れていません。
 この次に「租税条約」との関係を検討しないといけないのですが、これは次回あたりに。


 以上、通達の役割って、本来こういう読み違いを防ぐためにあるものだと思うんですけど、なんか余計悩まされる結果を招いている。

 や、私がイジり前提でひねくれた読み方をしているだけかもしれませんが。

 まあ通達を法令と同じノリで解釈すること自体が無意味な行為なのかもしれません。

 が、以前検討した東京高裁の判決のように、通達の文言に乗っかって解釈論展開したりする判決もあるので、意外とおろそかにできない。
 学説上、通達は課税側の一見解にすぎない、とは言われているにもかかわらず、現場だけでなく裁判にまでも通達の文言が影響を及ぼしているのが現実。

【通達を文言解釈する、という裁判例】
解釈の解釈を解釈する(free rider) 〜東京高裁平成30年7月19日判決
「株式譲渡に係る譲渡所得の収入金額を配当還元方式によって算定した金額(譲渡対価も同額)は低額譲渡に当たるとした課税庁の主張を認めた地裁判決を取り消した事例」(東京高裁平成30年7月19日判決)

 この判決は「理屈としてはおかしくても文言通り解釈すべき」という立場をとったわけですけど、この判決の立場からは「著作権の使用料」をどうやって解釈するんでしょうかね。
 文言だけみたら「著作権」と「使用」でバッティングしているわけで。

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その3)
posted by ウロ at 11:40| Comment(0) | 国際租税法

2019年07月16日

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その1)

 サブタイトルは『所得税法&所得税基本通達による著作権HACK!』になります(JACKでも可)。


 Windows機でUSB機器を取り外す際に「ハードウェアの安全な取り外し」を実行するか否か、のように、

  ・初級者 ⇒やらない
  ・中級者 ⇒やる
  ・上級者 ⇒やらない

と、初級者と上級者において結論が一致する、という現象が生じることがあります。

 税務の分野でも、たとえば報酬等の支払調書の集計方法について、

  ・初級者 ⇒支払ベース
  ・中級者 ⇒発生ベース
  ・上級者 ⇒支払ベース

というものがあったりします(あくまでも個人の観測範囲で、です)。

支払調書における「支払金額」(支払の確定した金額)について

 これら現象から読み取れることは、中途半端な勉強ではむしろ正しい判断ができなくなる場合がありうる、ということかと思います。


 で、今回の題材(以下、超絶私見なので全く自信がありません)。

 非居住者が「著作権の使用料」を得た場合、それが国内源泉所得に該当すれば所得税の納税義務(≒源泉徴収)が生じます。

 これに関する所得税法の条文と所得税基本通達の規定は次のとおり(適宜省略)。

第百六十一条(国内源泉所得)
 この編において「国内源泉所得」とは、次に掲げるものをいう。
十一 国内において業務を行う者から受ける次に掲げる使用料又は対価で当該業務に係るもの
 ロ 著作権(出版権及び著作隣接権その他これに準ずるものを含む。)の使用料又はその譲渡による対価

161−35(使用料の意義)
 法第161条第1項第11号イの工業所有権等の使用料とは、工業所有権等の実施、使用、採用、提供若しくは伝授又は工業所有権等に係る実施権若しくは使用権の設定、許諾若しくはその譲渡の承諾につき支払を受ける対価の一切をいい、同号ロの著作権の使用料とは、著作物(著作権法第2条第1項第1号((定義))に規定する著作物をいう。以下この項において同じ。)の複製、上演、演奏、放送、展示、上映、翻訳、編曲、脚色、映画化その他著作物の利用又は出版権の設定につき支払を受ける対価の一切をいうのであるから、これらの使用料には、契約を締結するに当たって支払を受けるいわゆる頭金、権利金等のほか、これらのものを提供し、又は伝授するために要する費用に充てるものとして支払を受けるものも含まれることに留意する。


 これ読んで最初は、まあそうなんだ、くらいの感想でした。
 が、よくよく考えてみて、「著作権法」との整合性がどうなっているのか疑問がでてきました。

 ということで、詳しく検討してみます。
(以下、所得税法にいう国内業務を行う者の当該業務に係るもの、という要件は満たすものとします)


 まずは、「著作権」について整理。

 なにせ、著作権についても、憲法のように『ぼくのかんがえたさいきょうのちょさくけんほう』みたいなものが、しばしば観測されがち。

【『ぼくのかんがえたさいきょうのけんぽう』とは】
 戸松秀典『憲法』(弘文堂 2015)

 ので、著作権について書くのであれば、この法概念に対する正確な理解をする必要があると。

 著作権法について真面目に勉強するなら、たとえばこういう本。
 特に『著作権法入門』のほうは、タイトルに「入門」とあるものの、かなりハイレベルなところまで論じられています。



 島並良ほか 著作権法入門 第2版(有斐閣2016)
 平嶋竜太ほか 入門知的財産法 第2版(有斐閣2020)


 今回の主題に関連するかぎりで、自分なりに「著作権」について要点のみまとめると、

・著作権は、自己の著作物を他者が利用するのを制限できる権利(禁止権)であって、自己が著作物を利用できる権利ではない。
・著作権によって制限できる「利用」は限定列挙されており、すべての使用行為が禁止されているわけでない。
 「支分権の束」と言われるとおり、個々の支分権の集まりにすぎず著作権なる抽象的な概念が実在するわけではない。
 これはグループ名、と捉えればいいんですかね。安室奈美恵とSUPER MONKEY'SではなくMAX、みたいに。

といったあたり。


 そして、著作権法が定める著作権(等)の権利内容は次のとおり。

1 著作権(著作者財産権)
 複製権、上演権・演奏権、上映権、公衆送信権等、頒布権、譲渡権、貸与権、二次的著作物の利用に関する権利、展示権、口述権、翻訳権・翻案権

2 著作者人格権
 公表権、氏名表示権、同一性保持権

3 出版権

4 著作隣接権
 実演家、レコード製作者、放送及び有線放送事業者


 と、著作権について整理したところで、次に税法側へ。

 この、著作権が行使できる利用行為が限定されている、ということからすると、税務上も国内源泉所得に該当しうるのはこれらの利用行為だけだ、該当しなければ国内業務に係るものでも国内源泉所得にならずにすむ、と解釈できそうです。
(人的役務の提供とか別のカテゴリーに入るかどうか、というのは考慮外とします)

 が、このように素直に読んでいいのか一旦立ち止まって考えないといけないのが、税法の怖いところ。

 税法の条文は、学説上「明確性の原則」などといったお題目が一生懸命唱えられているわりに、かなり広く適用範囲がとられていることが多いです。

 今回の161条でいうと、一見すると、著作権法上の「著作権」に依拠している(借用概念)かのように読めます。
 が、カッコ内に『その他これに準ずるもの』と書かれています。
 そして、通達でこれを敷衍する、という連携プレイ。


 まず法を展開してみると、

 ・著作権
 ・出版権
 ・著作隣接権
 ・その他これに準ずるもの

が含まれていることになっています。

 ここでの曲者が「その他」の使い方。
 つまり、著作権、出版権、著作隣接権とは「別に」ここに含まれるものがある、ということを言っています。
 これが著作隣接権だけにかかっているのか、著作権にも及んでいるのか。

 で、通達では「複製」やら何やらと、あたかも著作権法に依拠しているかのように見せかけて、ここでも「その他」を使って、適用範囲を広げているように読めます。


 このことをバラすために、通達と著作権法の利用行為を並べてみます(通達⇒著作権法)。

1 複製 ⇒複製権
2 上演、演奏 ⇒上演権・演奏権
3 放送 ⇒公衆送信権等
4 展示 ⇒展示権
5 上映 ⇒上映権
6 翻訳、編曲、脚色、映画化 ⇒翻訳・翻案権
7 その他著作物の利用 ⇒∞(無限大?)
8 出版権の設定 ⇒出版権

 明らかに7が異常。

 並べてみて気づくのが、

・譲渡権、頒布権(譲渡)がない
 ⇒この通達自体は「使用料の意義」についてで譲渡対価は別ものなので、ここに書いてないのはセーフ。

・貸与権、頒布権(貸与)と、法にある著作隣接権がない
 ⇒結論的には7に入れるんでしょうけど、他のものがずらずら並んでいる中で、これらだけ抜いているのが謎。
 引用のとおり最終改正は「平28」となっているわけで、どこかのタイミングで追加できたはずですよね。
 「利用」という用語に自然に含められるから、あえて明記していない、ということですか?

・著作者人格権もない
 ⇒これも7に含めるってことになるんですかね?
  あるいはそもそも「使用料」に含まれないのかどうか。


 で、連携プレイというのが

   法「その他これに準ずるもの」
  ⇒通「その他著作物の利用につき支払を受ける一定の対価」

のところ。

 「著作権の利用料」だったら、著作権法に列挙されている利用行為に係る利用料だけに限定されていたわけです。
 著作を利用する、ということは論理必然的に法定利用行為によらなければやりようがないわけで。

 が、法と通達とで「その他」と「その他」を重ねがけしたうえ、通達では「著作物の利用につき支払を受ける対価の一切」と言い換えています。
 ので、一旦著作権が発生したもの(著作物)であれば、その著作物の利用行為が支分権等に該当しなくても、その行為に対する使用料はここに該当する、と読みくずすことも可能になっています。
 なんかしおらしく著作権法2条1項1号を引用したりして、著作権法に対して従順な態度をとっているかと思いきや、著作権の及ばない領域にまで及ぼそうという雰囲気を感じる。

 というか、「著作権×使用」(法)と「著作物×利用」(通達)のカップリングが、どうもねじれているような気がしてしょうがない。
 これは必ずしも、通達が税法を逸脱して好き勝手に暴れている、わけではないです。

   著作権法:著作権+出版権+著作隣接権 
     ↓
   所得税法:著作権+出版権+著作隣接権+準ずるもの の使用料
     ↓      
   基本通達:著作物(著作権+出版権+その他) の利用料

 通達が法に書いていないことを勝手に付け加えている、のではない。


 ということで、ここでの中級者の罠というのは、「著作権は支分権の束にすぎない」というのを知ってしまったせいで、税法を著作権法に引き寄せて読んでしまう、というものになります。

 学説上「固有概念/借用概念」などという概念が唱えられているのも、ダメ押しの一要因のような気もします。「著作権」は著作権法からの借用概念なんだから著作権法にのっかって解釈すべきだ、といった方向に思考が行きがちになるので。

【借用概念についてはこちらも】
金子宏・中里実『租税法と民法』(有斐閣2018)

 これらのことからすると、税法解釈のスタートラインはあくまでも税法側にあって、私法の解釈を所与の前提とすべきではない、といえるのでは。


 以上、あたかも自分が上級者であるかのような書きぶりですが、実はさらに上があってまた結論がひっくり返る、なんてことがあったとしても、驚きはしない。

【追記1】
 と予告したとおり、さらなる上級職があったので、続編書きました。
 まさしく自分自身が「中途半端な勉強ではむしろ正しい判断ができなくなる」状態だったわけです。

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その2)

【追記2】
 そして租税条約の解釈にまで手を出して、収拾がつかないことに。

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その3)
posted by ウロ at 13:16| Comment(6) | 国際租税法

2019年07月08日

平井宜雄「債権各論I上 契約総論」(弘文堂2008)

 本物の、契約「総論」の教科書。



平井宜雄「債権各論I上 契約総論」(弘文堂2008)

 「本物の」と形容した理由を、少し敷衍してみます。


 民法典の編成と、民法学(財産法)における講学上の編成を対比すると、次の通り(講学上のほうは、あくまで最大公約数的な)。

(民法典 ⇒ 民法学)

 第一編 総則    ⇒民法総則
 第二編 物権    ⇒物権法
 第三編 債権 
  第一章 総則   ⇒債権総論
  第二章 契約 
   第一節 総則  ⇒債権各論(契約総論)
   第二節 贈与〜 ⇒債権各論(契約各論)
  第三章 事務管理 ⇒債権各論(事務管理)
  第四章 不当利得 ⇒債権各論(不当利得)
  第五章 不法行為 ⇒債権各論(不法行為法)

 並べてみて、いくつか疑問が思い浮かぶんですけど、

・物権法というなら、「債権法」ではないのか。

・不法行為だけ「法」がつく(つきがち)のはなぜか。
(穿った見方をすると、『事務管理・不当利得・不法行為法』をそのまま分解しただけのような。
 が、『手形・小切手法』を「手形」と「小切手法」に分けたら明らかにおかしいわけで。)

・民法総則というなら、債権総論は「債権総則」、契約総論は「契約総則」ではないのか。

 こういった法典との微妙なズレ、なにか明確な理由があるならいいんですが、そういった説明をちゃんとしてくれているもの、見かけたことないです。

 で、3つ目の疑問が、今回の主題になります。


 実際のところ、債権総論や契約総論で扱われている事項って、それぞれの総則に規定されている制度の説明にとどまることがほとんど。

 総則規定とは区別された「総論」なるものが、正面から論じられているわけではない。

 もし、総論ぽいことがちょっとでも書いてあれば「総論」と名乗っていい、というなら、逆に「民法総則」を「民法総論」と呼ばずに、頑なに「民法総則」であり続けている理由はなぜなのか。
 むしろ「民法総則」こそ、最初に勉強する領域ってことで総論ぽいことをそれなりの分量やるはず。
 なのに、あくまでも「民法総則」なんですよね。


 という前置きがあって。

 平井宜雄先生のこの本は、契約法の『基礎理論』というものを正面から扱っていて、これこそ「契約総論」と名乗るのに相応しい教科書です。

 契約とは何かということやその機能がしっかり論じられていたり。

 普通の教科書だと、民法総則の「意思表示の解釈」に依存しがちの「契約の解釈」についても、「契約の」ということを意識的に正面に出して、かなり詳細に論じられています。
 ここは、普通の教科書だと意思表示の項目の中で論じられてしまっているせいで、契約法理論との結びつきがいまいち理解しずらくなっているところ。
 この関連が明確になっているわけです。

【イケてない代表例として思い浮かんでしまう、同じ出版社なのに。】
 後藤巻則「契約法講義」(弘文堂2017)
(せっかくの1冊本なんだから、単なる制度の羅列でなく、こういうことしっかり書けばいいのに、と切に思う。)


 平井先生のこの本読んでて思い出したのが、前に書いた記事で引用した記述。

三木義一ほか「よくわかる税法入門 第13版」(有斐閣2019)

24頁
 「民法の場合は、当事者が原則として契約の自由を行使して、紛争が生じたときに裁判所に判断してもらう規範(裁判規範)ですから、裁判官が合理的に判断できればいいかもしません。しかし、税法は税務署と納税者に直接向けられていて、両者ともに税法に定められたとおりにしなければならず(行為規範)、しかも、納税者は申告をしなければならないのです。」

 こういった切り分けにしっくりこないものを感じたわけです。

 たぶんですけど、民法における契約理論というものを、
  ・売主「売ります」(申込)
  ・買主「買います」(承諾)
  ・申込と承諾が一致したから契約成立
みたいな、素朴な理論枠組みとして捉えているから、こういう物言いになるのかなと。

 が、実際にはそう単純な話ではない、ということが、こういう本を読むとわかりますよね。



 ちなみに、この本の書評、梅本吉彦先生が書かれたものがネットにPDFで上がっていたはずなんですが、いつの間にか読めなくなっていました。

梅本 吉彦
「契約法における民法と民事訴訟法の交錯:平井宜雄著『債権各論・I上 契約総論』について」
(専修大学法学研究所所報40巻20頁)

専修大学学術機関リポジトリ

 これとは直接関係ありませんが、ロースクールの廃止にともなって、そこのロー・レビューとかが見られなくなる可能性があるわけですよね。
 明治学院大学法科大学院における加賀山茂先生の論文だったり(加賀山先生の場合はご自身のサイトに掲載されていますけども)。

仮想法科大学院

 速やかにダウンロードしておかないといけない。
posted by ウロ at 16:04| Comment(0) | 民法

2019年07月01日

高橋美加ほか「会社法(第3版)」 (弘文堂2020) 〜付・税理士と会社法の教科書

※以下は「第2版(2018)」時点での記事です。



 実務家にとって、ボリュームたっぷりの教科書を頭から読む、というのはなかなか大変ですが、やっと読み通せました。

 このブログでは、商法総則・商行為法、手形法の記事は書いてありましたが、会社法の教科書は正面から扱っていませんでした。

会社法・商法

 ということで、この本の感想の前に、税理士が会社法の教科書とどうやってお付き合いするか、という観点から書いてみます。

 「税理士が」なのは、もちろん私が税理士だからではありますが、射程としては「法曹以外」と捉えてもいいと思います。


 会社法に限らず、実定法の学者の書く教科書って、

  ・条文に書いてある制度の解説
  ・裁判で問題となった論点に対する判例、学説

で構成されているのがほどんどです。

 ・制度解説でも、単なる「条文引き写し」から「制度趣旨」をしっかり書いたものまで、
 ・判例解説でも、学説からみた判例理解から判例を内在的に理解したものまで、

幅はありますが、基本線は上記のとおりだと思います。


 わがブログタイトルとの対比でいうと『訴訟系法務』とでも称せる内容。

  日常系 ⇔ 訴訟系
   税務 ⇔ 法務

 裁判で問題になるような論点がメインで、日常的にどう使うか、という視点は薄め。

 もちろん「将来紛争になったらどうなるか」ということを見据えて、という視点は、それはそれで大事。
 なんですが、法律を使う場面て、必ずしもそれだけではない。

 判例のない領域だったり、あるいは、そもそも判例になりえない領域について、この制度どうやって使うの、ということが、日常の業務ではあれこれ出てくるわけです。


 また「紛争」といっても、民法だったり会社法の教科書で扱われている紛争は、基本的に

 「私人×私人」

の紛争がほとんど。
 「納税者×税務署」で起こりうる紛争については、触れられていない。

 もちろん「対税務署」なんていうのは、直接的には税法上の紛争ではあって、私法上の紛争ではありません。
 が、その前提として、その行為が私法上どう扱われているか、というのが、当然問題になりうるわけです。

 ここでは、単に税法だけ知っていればいいのではなく、会社法についても精通している必要があるわけです。
 で、こういった形の紛争というのは、必ずしも判例として現れているわけではない。

 ここで、あえて「対税務署」と書いたのは、国が相手となる「訴訟」レベルの話でなく、訴訟になるほどでもない「税務調査」レベルで使えるかどうか、という意味合いからです。



 学生にとって会社法の学習が難しいのは、会社を経営したこともなければ、株式取引をしたこともない、のでイメージがしにくい、という問題があるからだと思います。

(このこととの対比でいうと、「刑法学」が、刑法典に規定されている「自然犯」メインで議論されているのは、学生がイメージしやすい、という意味では望ましい。
 はずなのに、刑法学を難しいと感じてしまうのは、扱っている事柄のほうでなく「理論」がややこしいから、ではないかと。
 おそらく、細々とした構成要件を扱う「特別刑法」までやるようになったら、細かい理論詰めてる暇ない、てなる気がします。)

 他方で、税理士なり実務経験のある人にとっては、そういうハードルは低め。

 もちろん、私のようにお客さんに上場企業がいない場合は、上半分は想像の世界。
 
  ・上場会社法
  ・中小会社法

と区分して構想されることもあるとおり、別々に論じたほうが本当は理解しやすいはず。

 のに、同じ「会社法典」の中に入っているせいで、並列的に論じられてしまっているのがほとんど。

 たとえば、「持分会社」が会社法の中で別立てになっているように、大会社と中小会社も別立てにしたほうがわかりやすいんじゃないかなあと。

 適用される制度が異なるだけでなく、そこで衡量される事情も、大会社と中小会社では違うわけで。
 裁判例の読み方も、どちらの会社の紛争かで違ってくるはずですし。

 法制上、条数節約したい、とか、大会社⇔中小会社のシームレス感を出したい、ということで一緒くたに規定するにしても、教科書までそれに倣わなくてもいいんじゃないかなあと。
 まあ、こちらはこちらで紙数制限、という問題があるのかもしれませんけども。


 会社法の教科書の理解しにくさ、という点でいうと、実体法と手続法が地続きで入り乱れている、という点もあるかもしれません。
 当然、実体法と手続法では、考慮(衡量)される事情が違うわけで。

 この区別を意識的にしてくれている教科書って、あまり見ない。


 と、長い前置きはこの程度にして、この本自体について。

 「教科書」の場合、前から読んでいってすんなり理解できるか、ということで論じる順番が大事だったりします。

 この本の構成は次の通り。

【主要目次】
 第1章 総 論
 第2章 株 式
 第3章 機 関
 第4章 資金調達
 第5章 計 算
 第6章 設 立
 第7章 定款変更
 第8章 企業買収・再編
 第9章 親子会社
 第10章 種類株式
 第11章 解散と清算
 第12章 持分会社

 何も考えないと、条文構成どおりに並べてしまいがちなところ。

 なんですが、この本では、条文構成と違って、設立が後ろのほうだったり、資金調達や種類株式、親子会社を別立てしているので、頭から順番に読むのに最適だと思います。

 しかしまあ、「定款変更」てのはどこにも行き場所がないんですかね。
 条文上は1章1条きりだし、どの本見ても、だいたい所在なさげなので。


 「条文ガイド」というのがあって、因数分解的な特殊な会社法条文について、読み解き方を書いてくれているのが親切。

 会社法の立法理由、「国民にわかりやすくするため」みたいなこと謳ってたくせに、出来上がった条文は、頭のいい人向けの込み入った構成になってしまいました。

 ので、こういう解説があると、自分で条文読み下すための取っ掛かりになりますよね。

 このノリで、全条文を分析した一冊本があってもいいと思う。


 具体例が豊富なので、イメージがしやすい。特に数字での説明が多めなのがいいですね。

 なぜそうなっているのか、といった制度趣旨がしっかり書かれてて。
 制度趣旨にそぐわない部分は、「立法論的には」と断った上でちゃんと批判しているし。

 機関構成のところとか、制度趣旨だけでなく、商法時代からの歴史的な沿革も触れられていて、経時的にも理解できます。


 税理士的には、「計算」の章がいかに分かりやすく書かれているかが、関心事になります。

【会計トライアングル】
 ・企業会計
 ・会社法会計
 ・税務会計

 「トライアングル」といえるほど、綺麗な音色を出せるような三角かは極めて疑問ですが、3つの会計があることについて、そう言い習わされています。

 で、「会社法会計」について、実務本だけでは理解できない、法的な観点から勉強するには、こういった会社法学者による本を読む必要があります。

 たとえばですけど、『無償減資で均等割下げよう!』みたいなやつ、あれは、「会社法○条による云々」という感じで、会社法上のルールにのっかってちゃんとやってるか、で判断されるので、会社法上の制度を勉強する必要があるわけです。

 「計算」のところ、ありがちな教科書だと、条文引き写しで終わっていたり、ただ貸借対照表を貼り付けただけだったり、力を入れてない感がダダ漏れだったりします。
 でも、「計算」の章こそ、具体的な数字で説明しないとだめな箇所なはず。

 で、この本がどうかですが、図やら表やら数字やらでかなり具体的に書かれているので、他書と比べたらかなり理解しやすくなっていると思いました。

 とはいえ、簿記の知識があったほうが、より理解は深まるでしょうが。


 第8章 企業買収・再編

 この章、合併、分割、株式交換・移転といった制度を横断的に論じています。

 一通り勉強した人からすると、こういう整理をしてくれると、自分の知識を整理し直すのにちょうどいい感じです。

 ですが、初めて勉強する人からすれば、合併なら合併と、縦割りで記述したほうが理解しやすそうですが、どうなんでしょうかね。
posted by ウロ at 10:58| Comment(0) | 会社法・商法