2019年09月30日

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その12)

 前回は「借用概念」を労うつもりでステージにあげてみたんですが、「判例の拘束力」のほうが目立っていたような気がします。

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その11)

 ということで、今回は「判例の拘束力」を正面から扱ってみることにします。


 (その11)では、税法学説がもっぱら実体法レベルの問題として借用概念論として論じているけども、実は手続法レベルの問題もあるのではないか、ということを書きました。

  借用概念   ⇒実体法レベルの議論
  判例の拘束力 ⇒手続法レベルの議論


 この2つの関係性がどうつながってるのか、いまいち分かってないので少し深堀りしてみます。

(ちなみに、続き物の連想ものということでタイトルを(その12)としていますが、もはや著作権でも国外源泉所得の問題でもなくなっています。)


 「借用概念」というのは、税法に私法上の用語と同一の用語がある場合には、私法と同義に解するべき、というものです。

 で、最高裁も借用概念を認めている、ということで、たとえば次のような判決。
 いわゆる「武富士事件」ですね(最高裁平成23年2月18日判決)。

1「法1条の2によれば、贈与により取得した財産が国外にあるものである場合には、受贈者が当該贈与を受けた時において国内に住所を有することが、当該贈与についての贈与税の課税要件とされている(同条1号)ところ、ここにいう住所とは、反対の解釈をすべき特段の事由はない以上、生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である〔最高裁昭和29年(オ)第412号同年10月20日大法廷判決・民集8巻10号1907頁、最高裁昭和32年(オ)第552号同年9月13日第二小法廷判決・裁判集民事27号801頁、最高裁昭和35年(オ)第84号同年3月22日第三小法廷判決・民集14巻4号551頁参照〕。」

2「原審は、上告人が贈与税回避を可能にする状況を整えるために香港に出国するものであることを認識し、本件期間を通じて国内での滞在日数が多くなりすぎないよう滞在日数を調整していたことをもって、住所の判断に当たって香港と国内における各滞在日数の多寡を主要な要素として考慮することを否定する理由として説示するが、前記のとおり、一定の場所が住所に当たるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かによって決すべきものであり、主観的に贈与税回避の目的があったとしても、客観的な生活の実体が消滅するものではないから、上記の目的の下に各滞在日数を調整していたことをもって、現に香港での滞在日数が本件期間中の約3分の2(国内での滞在日数の約2.5倍)に及んでいる上告人について前記事実関係等の下で本件香港居宅に生活の本拠たる実体があることを否定する理由とすることはできない。

このことは、法が民法上の概念である「住所」を用いて課税要件を定めているため、本件の争点が上記「住所」概念の解釈適用の問題となることから導かれる帰結であるといわざるを得ず、他方、贈与税回避を可能にする状況を整えるためにあえて国外に長期の滞在をするという行為が課税実務上想定されていなかった事態であり、このような方法による贈与税回避を容認することが適当でないというのであれば、法の解釈では限界があるので、そのような事態に対応できるような立法によって対処すべきものである。そして、この点については、現に平成12年法律第13号によって所要の立法的措置が講じられているところである。」



 これ、読んでもらえば分かるんですが、

   借用概念:相続税法の「住所」は民法の「住所」と同じ。

というだけで結論を出しているわけでなく、それに加えて、

   判例の拘束力:民法の住所は客観的に判断するのが判例の立場。

ということも言っていますよね。
 この2つの理屈によって、相続税法の住所は民法と同じく客観的に判断すべき、という結論を出しています。
 租税法学説だと前者しか意識されていませんが、実際に民法解釈を借りてくるためには後者も必要になるわけです。

 つまり、「借用概念だ」と言っただけでは、「民法と同じ」というところまでは言えたとして、じゃあ過去の最高裁判例と同じく客観説をとるべきか、というと必ずしもそうとはならない。
 過去の判例が現時点でも正しいとは限らないわけで。

 むしろですけど、この判決の論述の順番に意味があるのであれば、「判例の拘束力」のみで結論だしているといえなくもない。
 というのも、引用した1と2の間を省略したんですが、そこには「あてはめ」と「結論」が書かれています。ので、1の規範定立⇒あてはめ⇒結論で判決としては完成しちゃっているんですよね。
 2であれこれ言っているのは、結論を出した後の補足的な理由付けにすぎない。


 それはともかく、住所が民法からの借用概念だというならば、現時点での民法解釈としてあるべき解釈、というものを検討する必要があります。
 で、過去の判例と同じでいいというなら過去の判例を引用すればいいし、変更したほうがいいというなら射程を限定するなり正面から変更するなりすると。
 で、そうやって導かれた私法解釈を税法に代入する。

 もしこういう判断構造(すげえ迂路)が借用概念論の実態なのだとしたら、「民法と同じ」とはいいながら、何の判断も入れずに過去の私法判例をそのまま税法解釈に当てはめているわけではないことになります。
 当該事案における解釈として妥当かどうか、というチェックを(私法解釈のかたちで)常にしているということに。

 私個人としては、そんなん正面から税法解釈としてすればいいんじゃね、と思うんですけど。
 過去の私法判例が税法解釈にも妥当するというなら、それをそのまま引用すればいいのであって、わざわざ私法解釈経由で導入する必要はない気がしますけど。

  借用概念必要論: 私法判例 ⇒ 私法解釈 ⇒ 税法解釈
  借用概念不要論: 私法判例 ⇒ 税法解釈


 私法判例は生のままでは税法解釈に使えない、ので「借用概念」を梃子にして私法⇒税法をつなぐ、そういう理屈なんでしょうかね。


 ちなみにこの判決、「租税回避の意図を判断要素に入れるの法解釈の限界」だとか言っているんですが、これを私は「ヤラセ」という。
 
 と、いうのも、民法の規定。

民法 第二十二条(住所)
 各人の生活の本拠をその者の住所とする。


 ここに書いているのは、住所=生活の本拠ということだけ。
 客観的に判断するなんて、どこにも書いていない。

 じゃあどこに書いてあるか、といえば最高裁自身の過去の判例。

 最高裁が「住所は主観も考慮して判断する」と判決しさえすればいいだけの話であって、決して法解釈の限界などではない。
 しかも、正面から判例変更しないでも、過去の判例とは事案が異なる、とかいって事実上の判例変更で済ます、というテクニックだってあるわけだし。

 ので、本来最高裁がここでいうべきことは、「相続税法の住所の判断に租税回避の意図も含めて判断すると課税範囲が不明確になる、ゆえにそういう考慮を入れたいなら立法で課税範囲を明確に規定せよ」ということなはずです。

 つまり、民法が客観説だから税法も客観説という「借用概念論」の問題ではなく、税法固有の「明確性」の問題。

 そしてこの判決を、税法における「文理解釈」を重視した、と評価するのは持ち上げすぎ。
 文理が及ぶのは「住所⇒生活の本拠」までで、その判断要素を客観に限定するといっているのは、自分とこの過去の判例に従っただけよ。


 仮にどこかに法解釈の限界ラインがあるとして、この判決がいう、客観/主観の間にそのラインがあるとかいうの、疑問。

 住所とは
  ア 生活の本拠 ←文言解釈(民法から借用)
  イ 客観のみで判断 ←法解釈の範囲内?
  ウ 主観もいれて判断 ←法解釈の限界超える?


 この判決によれば、イとウの間に解釈の限界ラインがあるってことですよね。
 が、客観のみで判断といっても、結局のところ、諸般の事情を総合考慮してるのであって、決して明確じゃないです。
 これが「形式/実質」ならば、形式的判断であれば明確といえるんですけど。

 主観を入れた場合との明確性の違いは程度問題にすぎないのでは。
 そんな程度問題にすぎないラインをもって、最高裁が「司法権/立法権」の限界ラインとしているの、なんか大げさすぎません?


 そもそもですけど、なぜに「民法」から借用なのか。

 これが「抵当権」とかなら明らかに民法上の概念だろうな、と分かるわけです。
 が、「住所」なんて事実概念みて「あ、これ民法のやつじゃん」と思えるって、どういう思考回路なんでしょうか。

 参考までに「現行の」相続税法1条の2。

相続税法 第一条の二(定義)
1 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 扶養義務者 配偶者及び民法第八百七十七条(扶養義務者)に規定する親族をいう。


 民法から借用したいなら、こういう書き方ができるわけです。
 文理解釈にも明確性にもめっちゃ資する。

 これは余談ですが、この規定の仕方だと、877条2項の「親族」にしか掛かっていないように読めるんですけど。同条1項の「直系血族」「兄弟姉妹」が含まれていない、みたいな。

民法 第八百七十七条(扶養義務者)
1 直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
2 家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。

 
 相続税法基本通達には、ちゃんと含まれるって書いてはありますが。

(「扶養義務者」の意義)
1の2-1  相続税法(昭和25年法律第73号。以下「法」という。)第1条の2第1号に規定する「扶養義務者」とは、配偶者並びに民法(明治29年法律第89号)第877条((扶養義務者))の規定による直系血族及び兄弟姉妹並びに家庭裁判所の審判を受けて扶養義務者となった三親等内の親族をいうのであるが、これらの者のほか三親等内の親族で生計を一にする者については、家庭裁判所の審判がない場合であってもこれに該当するものとして取り扱うものとする。



 また、この人みたいに、「法の適用」なら何でもいけるぜ、みたいなことは書いていないわけで。

法適用通則法 第一条(趣旨)
 この法律は、法の適用に関する通則について定めるものとする。


 「民法に規定する住所」と書いてもいないのに民法と同義だと解釈するのは、逆に文理解釈に反することになるんじゃないんですか。


 しかもですけど、この判決が引用している過去の判例、ことごとく民法以外の事案(というか公法事案)。

 「民法上の概念である住所」なんてものが、引用できるような判例の中には存在していないってことなんじゃないんですか。


 と、ここまで展開してみてふと思うこと。

 判例を、

  結論命題 判例となる
  理由付け命題 判例とならない


とする二分論、少なくともこの場面では採用していないんだろうな、ということ。

判例の機能的考察(タイトル倒れ)

 というのも、この二分論からすれば、《結論命題》は、

  ○○ならば、日本に住所がある(ない)

という箇所であって、

 民法上の住所(生活の本拠)は客観的に判断する

というのは《理由付け命題》にすぎないからです(しかも、引用判例は民法ですらなく公職選挙法とか)。

 でも、最高裁は、この部分を「参照」して判断を下している。

 こういった判決を素直にみるならば、

  ・結論命題も理由付け命題も判例となる
  ・借用概念論を梃子にして私法判例は税法判例ともなる

というのが実際のところなんじゃないんですかね。
 さらに、後者を本件に即していうならば、民法をハブにして公職選挙法等の判例が税法判決に流れ込んでいる、ということに。

 結論命題/理由付け命題という区分を採用するかどうかは別として、判決を判例になるもの/ならないものに分けて、判例の射程を制限しようとするのが一般的な見解かと思います。

 が、ここでの最高裁は、理由付けの部分にも判例の射程を及ぼした上で、さらに公法⇒私法⇒税法へと射程を広げていると。
 一般的な見解とは随分違って、射程の捉え方がかなり柔軟であるように思います。


 最後、この事案が問題になってから改正が入ったやつを引用しておきます。

相続税法 第一条の三(相続税の納税義務者)
1 次の各号のいずれかに掲げる者は、この法律により、相続税を納める義務がある。
一 相続又は遺贈(贈与をした者の死亡により効力を生ずる贈与を含む。以下同じ。)により財産を取得した次に掲げる者であつて、当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有するもの
イ 一時居住者でない個人
ロ 一時居住者である個人(当該相続又は遺贈に係る被相続人(遺贈をした者を含む。以下同じ。)が一時居住被相続人又は非居住被相続人である場合を除く。)
二 相続又は遺贈により財産を取得した次に掲げる者であつて、当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有しないもの
イ 日本国籍を有する個人であつて次に掲げるもの
(1) 当該相続又は遺贈に係る相続の開始前十年以内のいずれかの時においてこの法律の施行地に住所を有していたことがあるもの
(2) 当該相続又は遺贈に係る相続の開始前十年以内のいずれの時においてもこの法律の施行地に住所を有していたことがないもの(当該相続又は遺贈に係る被相続人が一時居住被相続人又は非居住被相続人である場合を除く。)
ロ 日本国籍を有しない個人(当該相続又は遺贈に係る被相続人が一時居住被相続人又は非居住被相続人である場合を除く。)
三 相続又は遺贈によりこの法律の施行地にある財産を取得した個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有するもの(第一号に掲げる者を除く。)
四 相続又は遺贈によりこの法律の施行地にある財産を取得した個人で当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有しないもの(第二号に掲げる者を除く。)
五 贈与(贈与をした者の死亡により効力を生ずる贈与を除く。以下同じ。)により第二十一条の九第三項の規定の適用を受ける財産を取得した個人(前各号に掲げる者を除く。)


非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(まとめ)
posted by ウロ at 11:24| Comment(0) | 国際租税法

2019年09月23日

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その11)

 さてこのバンド、所得税法と日本の著作権法のツインボーカルから始まって、租税条約が外国の著作権法を連れてきたり法適用通則法が飛び入りしたり、さらに、消費税法と相続税法がゲストボーカルとして参加してくれたりと、いろんなメンバーが絡んできました。

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その10)

 皆さんほんのりお気づきだと思いますが、裏方では常に「借用概念」が頑張ってくれていました。

 ということで、本筋からは外れますが、その労を労って最後にステージにあげてみたいと思います(またの名を、晒し者という)。


 借用概念の解釈について、一般的に、私法上の用語と同一の用語がある場合には、私法上の意義と同意に解するべき、とされています。
 で、それによって、法的安定性や予測可能性が高まるんだと。

 以下、これに難癖つけるわけですが、記述が拡散しそうなので、使用する用語のお約束を。

・私法
 一応、私法とは書きますが民法を想定しています。

・法的安定性と予測可能性
 文意に反しない限り法的安定性で代表させます。

・判決・判例
 最高裁のそれを指すことにします。
 判決・判例の違いは一応気にしつつ、厳密に区分せず互換的に用います。

・借用概念
 私法に定義規定がないものを想定します(「住所」とか)。
 というか定義規定が少ないせいで、解釈を借りてこざるをえないわけですが。


 まず思うのが、税法を私法解釈と別意に解したからといって、一度税法判決が出さえすれば、その解釈でさしあたり確定するわけですよね。
 とすると、別意に解することで「法的安定性」が害されることがありうるとしたら、私法の判決はあるけど税法の判決はまだ、という状況に限った話なはずです。

 私法判決 税法判決
1 あり   あり 
2 あり   なし ←この場合
3 なし   なし
4 なし   あり


 2の場合に、「私法判決を信頼して行動していたのに税法判決で別意に解された」とすれば、確かに予測可能性を害された、とはいえなくもない。
 が、それって「私法判決と同意に解すべきだ」という解釈論を前提として行動するからそうなるにすぎない。
 はじめから、「税法は税法の趣旨・目的にしたがって解釈されるので私法と別意に解されることがある」と理解しておけば防げる話です。

 勝手に「統一説」を妄信しておきながら『信じてたのに害された!』なんていうの、当り屋というか転び屋というか、ヤラセ感が半端ない。

 で、それぞれの帰結ですが、

3、4
 ⇒借用すべき私法判決がないので、借用しようがない。

 ⇒税法判決があるのだから、わざわざ私法判決から借用する必要がない。

 ⇒私法判決を借用するか検討する必要がある。

 ということになります。


 が、よくよく考えると、2の場面て『判例の法源性』のことも考えないといけないんじゃないかと。
 単なる実体法レベルの問題だけではなく。

【判例については】
 判例の機能的考察(タイトル倒れ)

 今まで、「私法解釈を税法にもってくる」というのが、私にはどうにもしっくりきてませんでした。
 その理由は、本来そこに介在しているはずの『私法判例』をすっ飛ばして、私法⇒税法という実体法同士の問題として論じられていたからかもしれません。

  従来の見方: 私法 ⇒ 税法
  本来の姿 : 私法 ⇒ 私法判例 ⇒ 税法


 そして、実体法レベルで私法解釈を借用すべきか、という問題を論ずるのとは別に、手続法レベルで、私法判例は税法裁判に対して拘束力があるのかどうか、という問題も論ずる必要があるはず。

  私法判例 ⇒ 税法裁判  拘束される?

 特に、「統一説」をとった場合には、私法判例に税法解釈が連動することになります。
 とすると、高裁が私法判例と異なる税法判決を下した場合には、それが上告受理の申立理由となるのかどうか。


 上記場合分けは、「ある/なし」でしか区別していません。

 が、たとえば、1のあり・ありの状況で、私法判例に「変更」があった場合、税法判決もそれに引きずられて変更しなければならないのか。
 正面から「変更」としない場合でも、「事案が異なる」(区別)として別意に解釈されることもあるわけで、そういう場合も税法は私法にお付き合いしなければならないのかどうか。


 また、「借用概念は税法の文理解釈に適っている」みたいな言い方がされることがあります。

 が、もし本当に借用する気があるなら、

  『△△(□□法第○条に規定する△△)』

と明記したはずです。

 とすると、「そのような引用がない場合は借用すべきでない」と解釈するのが文理解釈ではないのかと。
 にもかかわらず、それを借用概念だと解釈するというのは、文理解釈を超えた論理解釈・目的論的解釈をしてしまっている、といえるのでは。


 結局のところ、「統一説」をとらなくても、税法判例さえ確定していれば法的安定性は保たれるわけです。
 逆に、私法判例に連動して税法解釈も動くのだとしたら、むしろ法的安定性は害されることになりかねない。

 素直に、『税法は「税法の趣旨・目的」にしたがって解釈される』としておいたほうが、安定的な運用ができると思う。
 税法の趣旨・目的とは異なるところで出された私法判例を一旦税法解釈に移植してみて、不具合がでたら別意に解する、という判断プロセスが無駄に思えて仕方がない。

 だったら、はじめから「税法は税法の趣旨・目的のみによって解釈される」としておいてもらったほうが、見通しがよくなる気がします。


 以上、一旦記事にはしたものの生煮え感が強いので、もうしばらく火を入れ続けてみます。

 なお、以下に、(その10)までで論じた借用概念論のイケてない点を列挙しておきます。

・「外国」の私法が借用先になるのかが分からない。

・「私法」以外も借用先になるのかが分からない。

・借用の仕方として「法適用通則法」を適用するのか直接適用するのかが分からない。

・「権利概念」の場合にどの範囲で借用してくるのかが分からない。

・税法の趣旨・目的によるチェックを入れるなら、もはや借用とはいえないのでは。

・実質重視の私法解釈を借用したら、税法の文理解釈が害される場合があるのではないか。


※なお、日本語の問題として、
  借用元⇒借用する側(税法)
  借用先⇒借用される側(私法)
として私は使っているのですが、語感的にはなんか逆に思えなくもない。

   借用先:私法(借りられる側) → 借用元:税法(借りる側)

 これが依頼元・依頼先だと

   依頼先:受託者(依頼される側) ← 依頼元:委託者(依頼する側)
 
となって、こちらは特に違和感はないですよね。

 おそらくですけど、「借りる」と「元/先」の接合による不具合かもしれません。
 「貸す」側から書いてみると、

   貸し先:税法(貸される側) ← 貸し元:私法(貸す側)

となって、接合面の違和感みたいのはなくなります。

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その12)
posted by ウロ at 09:33| Comment(0) | 国際租税法

2019年09月16日

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その10)

 前々回は「消費税法」にふれたので、今回は「相続税法」です。

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その9)

 著作権も財産権なわけで、相続財産たりうるわけです。
 ので、相続税法も無関係を決め込んでいるわけにはいかない。


 で、相続税法にでてくる「著作権」は以下の箇所。

相続税法 第十条(財産の所在)
1 次の各号に掲げる財産の所在については、当該各号に規定する場所による。
十一 著作権、出版権又は著作隣接権でこれらの権利の目的物が発行されているものについては、これを発行する営業所又は事業所の所在
3 第一項各号に掲げる財産及び前項に規定する財産以外の財産の所在については、当該財産の権利者であつた被相続人又は贈与をした者の住所の所在による。


 制限納税義務者の場合に必要な、財産の所在の「内外判定」のところにでてきます。

相続税法 第二条(相続税の課税財産の範囲)
1 第一条の三第一項第一号又は第二号の規定に該当する者については、その者が相続又は遺贈により取得した財産の全部に対し、相続税を課する。
2 第一条の三第一項第三号又は第四号の規定に該当する者については、その者が相続又は遺贈により取得した財産でこの法律の施行地にあるものに対し、相続税を課する。


 で、ここまで検討してきた我々からすると、ここでいう「著作権」には外国法に基づくものが含まれているかどうか、が気になりますよね(著作隣接権の後ろに「その他これに準ずるもの」がないとか、気になるところはありますが、以下「著作権」のみで代表させます)。

 制限納税義務者と無制限納税義務者とで、分けて考えてみましょう。
 なお、上記の10条1項11号のとおり「発行されている」前提で考えます。未発行だとすると、通常は評価額がでないと思われるので。


 まず、「制限納税義務者」の場合。

 2条+10条によると、「発行者の所在地」が日本の場合に課税対象となることになっています。
 ここでいう「発行」については著作権法に規定がありますが、これは「借用概念」てことでいいんですかね。

著作権法 第三条(著作物の発行)
 著作物は、その性質に応じ公衆の要求を満たすことができる相当程度の部数の複製物が、第二十一条に規定する権利を有する者又はその許諾(第六十三条第一項の規定による利用の許諾をいう。以下この項、次条第一項、第四条の二及び第六十三条を除き、以下この章及び次章において同じ。)を得た者若しくは第七十九条の出版権の設定を受けた者若しくはその複製許諾(第八十条第三項の規定による複製の許諾をいう。第三十七条第三項ただし書及び第三十七条の二ただし書において同じ。)を得た者によつて作成され、頒布された場合(第二十六条、第二十六条の二第一項又は第二十六条の三に規定する権利を有する者の権利を害しない場合に限る。)において、発行されたものとする。
2 二次的著作物である翻訳物の前項に規定する部数の複製物が第二十八条の規定により第二十一条に規定する権利と同一の権利を有する者又はその許諾を得た者によつて作成され、頒布された場合(第二十八条の規定により第二十六条、第二十六条の二第一項又は第二十六条の三に規定する権利と同一の権利を有する者の権利を害しない場合に限る。)には、その原著作物は、発行されたものとみなす。
3 著作物がこの法律による保護を受けるとしたならば前二項の権利を有すべき者又はその者からその著作物の利用の承諾を得た者は、それぞれ前二項の権利を有する者又はその許諾を得た者とみなして、前二項の規定を適用する。


著作権法 第四条の二(レコードの発行)
 レコードは、その性質に応じ公衆の要求を満たすことができる相当程度の部数の複製物が、第九十六条に規定する権利を有する者又はその許諾(第百三条において準用する第六十三条第一項の規定による利用の許諾をいう。第四章第二節及び第三節において同じ。)を得た者によつて作成され、頒布された場合(第九十七条の二第一項又は第九十七条の三第一項に規定する権利を有する者の権利を害しない場合に限る。)において、発行されたものとする。


 そうだとして、「発行者の所在地」で判定するとなると、

  1 日本の企業が日本で発行した場合
  2 日本の企業が外国で発行した場合
  3 外国の企業が日本で発行した場合
  4 外国の企業が外国で発行した場合


と場合分けが必要となります(外国は条約加盟国とします)。

 1が課税対象、4が対象外なのはいいとして、2と3はどうなるのか。

 2は、10条の文言からすれば課税対象で問題ないように思えます。
 が、「外国で発行」となると、ここでいう「発行」含め、外国の著作権法に基づいて判断する必要があります。外国が利用地となるので。
 そうすると、2の場合には外国の著作権法を参照しなければならない、ということになるがそれでいいのかどうか。
 あるいは、発行についてはあくまで日本の著作権法に基づいて判断するのか。

 他方で3は、10条の文言からすれば対象外で問題ないように思えます。
 が、日本に輸出してめちゃくちゃ稼いでいたものでも、発行元が外国の企業だから、ということで対象外となってしまっていいのかどうか。

 ここでそこはかとなく感じる違和感は、著作物の発行地(利用地)ではなく、発行者の所在地で内外判定していることによるものだと思います。
 必ずしも、発行地に発行者の営業所なり事業所があるとは限らないですよね。

 著作権の属地性からすると、相続税法においても「利用地」で内外判定するのが自然な感じがするのですが、そうなっていないわけです。

 10条を文字通り解すると、日本で発行する場合でも、外国の企業に発行をお願いすれば課税範囲から外せる、ということになりかねないのですが、そういう読み方でいいんでしょうか。


 ちなみに、特許権などの登録主義による権利の場合は「登録地」判定になっています。

相続税法 第十条(財産の所在)
1 次の各号に掲げる財産の所在については、当該各号に規定する場所による。
十 特許権、実用新案権、意匠権若しくはこれらの実施権で登録されているもの、商標権又は回路配置利用権、育成者権若しくはこれらの利用権で登録されているものについては、その登録をした機関の所在


 このルールなら、

  日本で登録⇒日本で効力発生⇒日本の相続財産になる
  外国で登録⇒外国で効力発生⇒日本の相続財産にならない


と、効力発生地と課税範囲が一致するのですっきりします。
 なぜ著作権のほうも同様に効力発生地判定としなかったんでしょうか。

 ところで、著作権にも「登録」制度というものが一応存在します。
 こちらは効力要件ではなく、あくまで対抗要件ですが。

 が、相続税法からすると、「日本」で登録した著作権を「外国」の企業が「日本」で発行した場合でも、やはり対象外、ということになりそうですが、この理解でいいんでしょうか。

 発行者:外国 ←ここで判定?
 発行地:日本
 登録地:日本


 そういった疑問を残しつつ、では「無制限納税義務者」の場合はどうかというと。

 無制限納税義務者の場合は「内外判定」は不要で、すべての財産が課税対象となります。
 そうすると、上記1〜4全て課税対象となるということになります。
 
 ということは、2条1項にいう「財産の全部」には、外国の著作権法に基づく著作権も含まれている、と読むことになります。
 もちろん、外国の著作権法が無条件に日本人の著作権を保護しているわけではないはずで、日本の著作権法でいう6条2号3号に対応する規定の有無を確認する必要はありますが。

著作権法 第六条(保護を受ける著作物)
 著作物は、次の各号のいずれかに該当するものに限り、この法律による保護を受ける。
一 日本国民(わが国の法令に基づいて設立された法人及び国内に主たる事務所を有する法人を含む。以下同じ。)の著作物
二 最初に国内において発行された著作物(最初に国外において発行されたが、その発行の日から三十日以内に国内において発行されたものを含む。)
三 前二号に掲げるもののほか、条約によりわが国が保護の義務を負う著作物


 これと同様の規定が条約加盟国の著作権法にもあるとすると、著作権は「無方式主義」なので、条約加盟国における著作権が自動的に発生しているってことですよね。
 とすると、それら加盟国の著作権も全て課税対象に含めなければならない、のが理屈上の帰結になるはず。

 ただ、著作権の場合、その評価方法が「財産評価基本通達」に定められています。
 この定めに従えば、「印税収入」が発生していないかぎり著作権は0円となります。
(ここでいう「印税」って著作権の利用料全般のことなの?という疑問もありますが、さしあたりそういうものとしておきます)

財産評価基本通達 (著作権の評価)148
 著作権の価額は、著作者の別に一括して次の算式によって計算した金額によって評価する。ただし、個々の著作物に係る著作権について評価する場合には、その著作権ごとに次の算式によって計算した金額によって評価する。
 年平均印税収入の額×0.5×評価倍率

 上の算式中の「年平均印税収入の額」等は、次による。
(1) 年平均印税収入の額
 課税時期の属する年の前年以前3年間の印税収入の額の年平均額とする。ただし、個々の著作物に係る著作権について評価する場合には、その著作物に係る課税時期の属する年の前年以前3年間の印税収入の額の年平均額とする。
(2) 評価倍率
 課税時期後における各年の印税収入の額が「年平均印税収入の額」であるものとして、著作物に関し精通している者の意見等を基として推算したその印税収入期間に応ずる基準年利率による複利年金現価率とする。

154(出版権の評価)
 出版権の価額は、出版業を営んでいる者の有するものにあっては、営業権の価額に含めて評価し、その他の者の有するものにあっては、評価しない。

154−2(著作隣接権の評価)
 著作隣接権の価額は、148≪著作権の評価≫の定めを準用して評価する。


もちろん、6のちゃぶ台返しには注意が必要ですが。

6(この通達の定めにより難い場合の評価)
 この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。


 ので、世界中に広がりかけた課税範囲は、結果的には「印税収入」という事実概念の側から制限がかかることになります。


 評価方法がでてきたので、先の「制限納税義務者」の場合に戻ってみます。

 問題となりうるのが、パターン2の場合。

  2 日本の企業が外国で発行した場合

 もしこれが課税対象になるのだとすると、外国での稼ぎを考慮して日本の相続税額がかわる、ということになるが、それでいいのかどうか。それとも、日本の稼ぎだけに限定されるのか。

 「対象外」となる4と比較すると、発行者の所在地が日本か外国かという違いしかありません。

  4 外国の企業が外国で発行した場合

 2 発行者:日本
   発行地:外国 ←含まれる?

 4 発行者:外国
   発行地:外国 ←含まれない

 この事実をもって、相続税の対象/対象外と結論が異なる理由として十分ですかね?


 また、
  
  1+2 日本の企業が日本と外国で発行した場合

に、課税対象になること自体はいいとして、評価額は「日本+外国」の印税収入を合算しなければならないのでしょうか。
 制限納税義務者のそもそもの課税根拠を踏まえた上での、素朴な課税感覚からすれば、「日本での稼ぎ」にだけ課税となりそうですよね。
 が、特にそういう限定が明記されているわけでもなく。

 日本の発行者から得られる印税収入はすべて評価対象なんでしょうか。

 この、「組み合わせ」ということを考え出すと、たとえば、ある著作権につき、

  1+2 日本の企業が日本と外国で発行
  3+4 外国の企業が日本と外国で発行


と内外複数の企業が内外で発行した場合の印税収入はどこまで含めるのか。

 同じ著作権につき日本の企業が発行していることを梃子にして、外国の企業からの印税収入分も評価額に含めることになるのかどうか。

 ・課税範囲の判定 日本の企業が発行しているので課税範囲に含まれる
   ↓
 ・評価額の算定  その著作権に対するすべての印税収入が含まれる??


 ややこしくなるので、ここまでは「発行」を1つの行為として記述してきました。
 が、正確に言うと、著作権法上の「発行」は、条文記載のとおり、「作成」+「頒布」という行為から構成されています。

 そうすると、作成者は日本企業だが頒布者は外国企業(あるいはその逆)みたいな場合に、どうやって発行者を判定するのか。
 どちらかの行為が日本の企業なら該当するのか、あるいは頒布に重点を置いて判断するのか。


 以上、いまいち腑に落ちないので、もう少し考えてみます。

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その11)
posted by ウロ at 11:36| Comment(0) | 国際租税法

2019年09月09日

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その9)

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その8)

 国内税法に外国の著作権法を持ち込む方法として、外国法を直接持ち込む方法と、法適用通則法を経由する方法があることを書きました(その6)。

《利用地法説》 直接日本の所得税法に取り込む。

  所得税法 ←外国の著作権法

《法適用通則法説》 法の適用に関する通則法を経由する。 

  所得税法 ←法適用通則法 ←外国の著作権法

 これ考えていて思ったのが、「渉外要素」含まない場面でも、税法に私法概念が規定されているかぎりこの問題が出てくるんじゃないかと。


 というのも、純粋な「国内案件」の場合であっても、法適用通則法を経由すべき、と考えることもできるわけです。
 この考え方は、道垣内正人先生の論点本に書いてあります。

視野を広げるための、国際私法

 すなわち、「渉外案件」のときだけ法適用通則法を持ち出すのではなく、「国内案件」のときでも結果的に国内法が準拠法になるだけで、法適用通則法によるあてはめがバックグラウンドで粛々と行われていると。

ア 一般的には 《渉外案件限定説》
 国内案件 ⇒ 日本法
 渉外案件 ⇒ 法適用通則法 ⇒準拠法

 まず、国内案件/渉外案件かを区別して、渉外案件のときだけ法適用通則法をもちだす。

イ 道垣内先生の考え 《全案件適用説》
 すべての案件 ⇒法適用通則法 ⇒準拠法

 すべての案件について法適用通則法を経由する。


 税法における私法概念にも、これら考えをあてはめることができます。
 《利用地法説》だとすっきりしないのですが、同じようにあてはめてみます。
 
《利用地法説》の場合

 ア 《渉外案件限定説》
  使用地日本 ⇒ 日本の著作権法
  使用地海外 ⇒ 外国の著作権法

 使用地が日本か海外かを区別して、使用地が海外のときだけ外国の著作権法を取り込むか検討する。

 イ 《全案件適用説》
  すべての使用地 ⇒日本or外国の著作権法

 すべての案件について、どこの著作権法を適用するか検討する。

《法適用通則法説》の場合

 ア 《渉外案件限定説》
  使用地日本 ⇒ 日本の著作権法
  使用地海外 ⇒ 法適用通則法 ⇒外国の著作権法

 使用地が日本か海外かを区別して、使用地が海外のときだけ法適用通則法をもちだす。

 イ 《全案件適用説》
  すべての使用地 ⇒法適用通則法 ⇒準拠著作権法

 すべての案件について法適用通則法を経由する。

 《法適用通則法説》⇒《全案件適用説》のコンボが綺麗だと思うのですが、どうでしょうか。


 と、いずれにしても外国法を税法に取り込むことになるのを見ていて、ふと思ったのが、やはり借用概念て脆弱な基盤によっているなあということ。

 税法学説上は、

租税法律主義
 税法は文理解釈を大原則とすべきでむやみに目的的解釈などをおこなってはならない。
借用概念
 私法概念は私法のとおりに解釈すべきでむやみに税法独自に解釈すべきではない。

ということが強烈に強調されています(あえての重複感)。

 この強力なツートップにより、税法における法的安定性・予測可能性が高度に高められているのだと(重ねてあえての重複感)。

  法的安定性×予測可能性 ⇒ 俺たちは最強の盾と盾!!

 が、よくよく考えてみると借用先の民法なんて、実質的妥当性重視の、文理解釈から離れた解釈がまま横行しています(その究極体が反制定法的解釈)。
 のに、その結果たる民法の概念をそのままお借りしておきながら、「これで法的安定性保てるぜ!」とか言っているの、あまりに呑気すぎやしませんか。

  税法【文理解釈?】 ← 民法【目的論的解釈】

 これ、思いっきり《トロイの木馬》案件じゃないですか。
 あるいは、庇を貸して母屋を取られる案件。

 なんか税法学さん、民法学さんのこと古色蒼然とした静的学説しか存在していないとでも、舐め腐っているんですかね。

 確かにこのブログでも、他法と比べて民法はイジりの対象であることが多いです。

【民法イジりの例】
私法の一般法とかいってふんぞり返っているわりに、隙だらけ。〜契約の成立と印紙税法

 が、そうやって油断していると足元すくわれるよ、という一場面ではないかと。
 民法さん、やっと一矢報いることができましたね、よかったね。

 や、もしかしたら、表向き自分はきれいな文理解釈のままでいながら、汚れ仕事(目的論的解釈)を民法にやらせている、という見方もできるかもしれない。

 やだ、腹黒いですね。

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その10)
posted by ウロ at 22:37| Comment(0) | 国際租税法

2019年09月02日

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その8)

 さて、触れないわけにはいかない「消費税法」。

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その7)

 この論点に深入りする前は特に意識していなかったんですが、消費税法基本通達の括弧書き。

消費税法基本通達 5−7−6(著作権等の範囲)
 令第6条第1項第7号《著作権等の所在地》に規定する「著作権」、「出版権」又は「著作隣接権」とは、次のものをいう(外国におけるこれらの権利を含む。)。(平23課消1-35により改正)
 (1) 著作権 著作権法の規定に基づき著作者が著作物に対して有する権利をいう。
 (2) 出版権 著作権法第3章《出版権》に規定する出版権をいう。
 (3) 著作隣接権 著作権法第89条《著作隣接権》に規定する著作隣接権をいう。


 しれーっと書いてある。

  (外国におけるこれらの権利を含む。)だってよ。

 もう結論出ましたね解散、というわけにはいかない。
 ここまで検討してきた『国内税法への外国法の取り込み方』について、これではどうやるのかわからないわけで。
 この書きぶりからすると《利用地法説》っぽいんですが。

 《利用地法説》 税法 ←外国の著作権法
  外国の著作権法は直接日本の税法に含まれている。


 なんですけども、(1)(2)(3)では思いっきり「日本の」著作権法を引用してしまっているわけで。

 どうしろっていうの、これ。

消費税法 第四条(課税の対象)
1 国内において事業者が行つた資産の譲渡等には、この法律により、消費税を課する。
3 資産の譲渡等が国内において行われたかどうかの判定は、次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定める場所が国内にあるかどうかにより行うものとする。
一 資産の譲渡又は貸付けである場合 当該譲渡又は貸付けが行われる時において当該資産が所在していた場所(当該資産が船舶、航空機、鉱業権、特許権、著作権、国債証券、株券その他の資産でその所在していた場所が明らかでないものとして政令で定めるものである場合には、政令で定める場所)

消費税法施行令 第六条(資産の譲渡等が国内において行われたかどうかの判定)
 法第四条第三項第一号に規定する政令で定める資産は、次の各号に掲げる資産とし、同項第一号に規定する政令で定める場所は、当該資産の区分に応じ当該資産の譲渡又は貸付けが行われる時における当該各号に定める場所とする。
七 著作権(出版権及び著作隣接権その他これに準ずる権利を含む。)又は特別の技術による生産方式及びこれに準ずるもの(以下この号において「著作権等」という。) 著作権等の譲渡又は貸付けを行う者の住所地



 こんな大事なことが、消費税法の、通達の、しかも括弧書きにしか書かれていない。

 確かに、消費税法とは事情が違っていて、所得税法で外国の著作権法を取り込む必要がでてきたのは、租税条約が「債務者主義」を採用したせい。
 法の「利用地主義」のままなら、国内法同士で『うふふあはは』と宜しくやれていたのに。

 租税条約の余計な横槍。
 利用地判定大変だろうから、とかいって、債務者主義に置き換えやがって。

 ので、所得税法+通達を責めるのはお門違い、かもしれません。

 ならばということで、租税条約のほうで『租税条約解釈通達』みたいな解釈指針を出しておいてほしい。
 OECDモデル租税条約コメンタリーの国内版みたいな。
 条約ごとに内容違うとはいえ、ある程度の類型化はできるわけで。

 財務省と外務省の、縄張り的なアレは私にはわかりませんが。


 それはともかく、所得税法の解釈に、消費税法基本通達のこれをもってきていいものかどうか。

 「借用概念」というのも、もっぱら「私法⇒税法」が想定されているはずで「税法⇒税法」にも適用されるのか。しかも通達からだし。

 「法的安定性」云々いうなら、「税法⇒税法」にも適用すべきなんでしょう。
 所得税法と消費税法とで別意に解するのは法的安定性を欠く、とかなんとか。

 ここで、消費税法と所得税法とでは「目的」が違う(からもってこれない)、とか言いだしたら、お前は借用概念を否定するのか、と責められること必至。

 借用概念を肯定する人のなかには、「借用先のとおりに解するのが原則で、税法の趣旨・目的を考慮するのはあくまで例外にすぎない」とかいう人もいます。
 が、この「原則・例外」って言い方、まやかしワードです。

 例外といいながらも、「常に」税法の趣旨・目的の観点からその借用が妥当かどうかをチェックをしているのであれば、もはやそれは借用概念を否定しているのと同じ。

 他方で、「文理」を強調するなら、消費税法(通達)には明記されているのに所得税法に明記されていないということで、外国法は含まないと解すべきとなりそう(反対解釈)。

 さあどうなんでしょう。

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その9)
posted by ウロ at 11:19| Comment(0) | 国際租税法