2020年01月27日

税法・民法における行為規範と裁判規範(その6)

 前回の(その5)で「文書回答手続」について触れました。

税法・民法における行為規範と裁判規範(その1)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その2)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その3)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その4)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その5)

税務上の取扱いに関する事前照会に対する文書回答について(国税庁)

 これ「事前照会に対する」とあって、この「事前」は「申告期限前」を意味しているんだと思います。
 国税庁の立場からすればまあそうだよなと思いつつ、(その3)までで引用した「記述B」のように、租税法学者が取引後申告前の時点で働く規範を行為規範というのはやはり解せない(しつこい)。

 この文書回答手続、取引後のみならず、資料一式揃っていて具体的な事実が動かないなら取引前でも照会できることになっています。

  「自ら実際に行った取引等又は将来行う予定の取引等で個別具体的な資料の提出が可能なもの」

 こういう絞りをかけているのは、事実がすべて確定している状態でないと回答がちがってきてしまうから、ということなんでしょう。
 いわゆる「税務シュレディンガーの○○」ですね(違う)。

【税務シュレディンガーの○○】
パラドキシカル同居 〜或いは税務シュレディンガーの○○

 また、回答の対象とならないものとして、たとえば、

 1 照会の前提とする事実関係について選択肢があるもの
 2 個々の財産の評価や取引等価額の算定・妥当性の判断に関するもの
 4 取引等の主要な目的が国税の軽減等であるものや通常の経済取引等としては不合理であると認められるもの


ということが書いてあります。
 ので、何でもかんでも事前に回答もらえるわけではない。

 としても、個別の事案で回答がもらえるのは、「現実の」納税者の予測可能性を高めるのに役に立つといえますよね。


 と、こういう制度があるものの、税務上の争いというのは未だ現実に存在しているわけで。
 すべての税務上の問題が「文書回答手続」を経由することになっているわけではない。

 こういう現状で、税法の予測可能性を高めるにはどうすればよいのか。

 一つの極端な方向としては、疑義のある場合はすべて文書回答手続を経るべきで、照会しなかった場合は不意打ち的な課税をされてもドンマイ、というように考えるか。
 もちろん、現状の「文書回答手続」のままではなく、法律レベルに昇格させた上で手続保障を充実させる、といった手当てが必要でしょうが。

 ただ、法律レベルに昇格させるとしても、ここでの回答がのちの裁判所を拘束するとなると「三権分立」の問題が出てきます(中身はだいぶ違うが、かつての公取委の「実質的証拠法則」のような議論)。
 これがたとえ納税者有利だとしても「合法性」の観点からは問題があるわけです。

 ので、たとえば「当該事案限りで課税しない」という結論のみに拘束力が生じる、というように拘束力の範囲を限定する必要があるんでしょう。


 他方で、すべて照会しろなんて、何でもかんでもお上にお伺いを立てる「護送船団方式」の復活かよ、というのであれば、事後的な救済理論を充実させるべき(結果、それが事前規範として働く)。

 かといって、「不明確なら違憲!」みたいなデカい理論はなかなか発動されない。
 とすると、やはり「個別の事案限りで課税しない」という理屈を考えると。

 「将来効」的なやつ。

 と、個別の事案を救済しつつ、判例+その後の立法の積み重ねによって税法の明確性を志向していく、というのが現実的な司法過程⇔立法過程なんでしょうね。

 ひとり法律レベルでのみ税法の明確性を志向する、というのは無理がある。


 そう考えると、下記判決が当事者救済のために奇妙な理論を打ち立てたり、

解釈の解釈を解釈する(free rider) 〜東京高裁平成30年7月19日判決

 下記裁決が課税庁救済のために奇妙な理論を打ち立てたり、

加算税をめぐる国送法と国税通則法の交錯(平成29年9月1日裁決)

と、個別事案の救済・非救済と一般論を連動させてしまっているの、どうにかならなかったものかと。

 たとえば前者であれば、「信義則」のような例外則で両者を分断できたわけですよね(後者のフォローは、理論が奇妙すぎて思いつかない)。


 このあたりに裁判規範と独立した意味での行為規範のポジションがありそう。

税法・民法における行為規範と裁判規範(その7)

2020年01月20日

税法・民法における行為規範と裁判規範(その5)

 さて、予告どおりにちゃぶ台返し。

税法・民法における行為規範と裁判規範(その1)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その2)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その3)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その4)

 「行為規範はあります!」前提でここまで論じてきたわけですが、「それフィクションちゃう?」ということを以下書きます。


 なお、ここでいう「フィクション」という用語について、それ自体には決して否定的な意味合いは含めていません。

 小説にしても映画にしても、人の感情を良い方向に動かすこともできるわけで、必ずしも有害・無益とは限りませんよね。
 法分野においても、フィクションを現実と混同することなく、用法用量を守って正しくお使い下さる限りは有用なものになるはずです。

【法とフィクション論】


 来栖三郎「法とフィクション」(東京大学出版会1999)


 話はずれますが、この法におけるフィクションを悪用したのが会社法制定であり民法(債権関係)改正だ、というのが私の見立て。

 というのも、どちらも改正理由の一つとして「国民に分かりやすくするため」ということを謳っていました。

 が、現実に出来上がった条文を見れば分かるどおり、どう考えても国民に分かりやすいとは思えない。
 努力したけど駄目でした、というわけではなく、はじめからそんな気なかっただろ、と言いたくなる仕上がり。
 国民に分かりやすくなんて、どうせ無理だと分かっていたくせに、改正理由に掲げていたんじゃないかと。

 このあたり、潮見佳男先生が「プロ向けの改正」だとぶっちゃけているところで。

潮見佳男『新債権総論1(法律学の森)』『新債権総論2(法律学の森)』(信山社 2017)


 話は戻って論より証拠、たとえば、皆さんご存知「小規模宅地の特例」について、条文だけを読んで要件を正確に抽出してみましょう。
 
租税特別措置法69条の4
租税特別措置法施行令40条の2

 専門家でもなかなかハードなのに、納税者一般にこれを読んで理解しろ、とか無茶振りだと思うんですけど。

 なんとなくの制度趣旨は想像できると思います。
 が、以前ネタにもしたとおり、その制度趣旨からストレートに要件を抽出することができないほどややこしいのが現状。

【小規模宅地の特例イジり】
パラドキシカル同居 〜或いは税務シュレディンガーの○○
イタチ、巻き込み。 〜家なき子特例の平成30年改正
ヤバイ同居 〜続・家なき子特例の平成30年改正

 じゃあってことで、「この規定は納税者の予測可能性を害するから、要件満たすと誤信した人は特例受けられる」と主張できるかといったら、まあ無理ですよね。

 比較的メジャーな制度でもこんな具合なんだから、他は推して知るべし。


 もし「現実の」納税者を基準に予測可能性を判断するならば、現行の税法のほとんどは無効だということになるはずです。
 にもかかわらず、納税者の予測可能性が「ある」といおうとするなら、それは現実に存在する個々人を捨象して、あるべき納税者(規範的納税者)を想定しなければならなくなります。

 そこまでいくと、フィクションどころか「嘘」じゃねえかと。


 だとすると、納税者の予測可能性というものは、立法政策上の努力目標として掲げるのはありうるとしても、解釈論レベルで使えるものではないのでは、と思います。
 論者がそれぞれ心の中に「仮想納税者」を召喚し、それを基準に予測可能性があるとかないとかいうの、終わりなき空中戦という感じがします。

 式神とか幽波紋とか、そういうイメージ。
 「視えない」我々からしたら、あの人達何やっているの?てなりますよね(かなり滑稽な姿)。
 本人たちは我々納税者のために闘っているつもりかもしれませんが。

 頭のいい人たちの想定するあるべき納税者なんて、相当賢いレベルで想定しがちだし(その結果が会社法制定と民法(債権関係)改正)。

 そうすると正面から、専門家にとっての予測可能性とか、あるいは一義性を基準にしたほうが、適切な運用ができる気がします。


 ちなみに、このブログでイジりを入れた判決や裁決は、専門家からみての意外性というのが出発点にあります。
 結論に賛成か反対か、というのではなく、その解釈なんか不自然じゃね?という違和感からの。

解釈の解釈を解釈する(free rider) 〜東京高裁平成30年7月19日判決
加算税をめぐる国送法と国税通則法の交錯(平成29年9月1日裁決)


 もし納税者の予測可能性ということを持ち出すことがあるとしたら、税務署に相談して回答どおりに処理したら後から違うと言われた、みたいな例の場面くらいかと。

 これは予測可能性というより「信義則」とか「信頼の原則」などとして論じられているものですね。


 ということで、前回までの記事で書いた税法における行為規範というものを、生の納税者に直接向けられたものとして理解するのは非現実的。
 エーテルで現代の物理学を説明する的な所業ではないかと。

 実際には、専門家の助言や税務署への照会などを通して具体化されたもの、と読み替える必要がある、というのが今回の記事の結論。

【税法における行為規範】
 虚構: 税法 ⇒ 納税者
 現実: 税法 ⇒ 専門家 ⇒ 納税者

 現実にはそういうものだと頭の中で理解した上で、「行為規範はあります」というべきだろうと。

 ちなみに、ここの「専門家」のポジションをAIで完全代替できるようになれば、いよいよ「税理士はいらない」ということになるんでしょうね(と、同じ話を(その1)で「張り切り行為無価値おじさん」として書きました)。


 ところで、行為規範という観点からすると、「文書回答手続」の対象が取引後に限られているのは不十分、と評価できますよね(一応、取引前でも資料一式揃っている場合も含みますが)。

事前照会に対する文書回答手続(国税庁)

 そして、(その3)までで引用した記述Bが、「取引後」に働く規範を行為規範と呼んでいることのアレさ加減に、再度がっかりさせられる。


 頑張って生の納税者に寄り添おうとするならば、たとえば「課税常識」のようなものを措定して、ここから逸脱した課税は納税者に不意打ちとなるから無効、というような理論をたてるか。

 フィクション: 税法 ⇒ 課税常識 ⇒ 納税者

 それでも結局は、あるべき納税者(規範的納税者)を基準とせざるをえないでしょうが。
 こういう理屈立ての場面こそ、フィクション論の主戦場な気がします。

税法・民法における行為規範と裁判規範(その6)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その7)

2020年01月13日

税法・民法における行為規範と裁判規範(その4)

 前回の続き。

税法・民法における行為規範と裁判規範(その1)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その2)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その3)

 「民法は行為規範ではない」なる物言いが税法に返ってきちゃってさあ大変、というのがここまでの話のメイン(そんな話か?)。

 で、前回仄めかした「延長線上」というのは、税法の先、というか中にある「刑罰規定」のこと。
 以下、これを「租税刑法」と称することにします。


 たとえば所得税法のやつ(省略入れてます)。

所得税法 第238条
1 偽りその他不正の行為により、第百二十条第一項第三号(確定所得申告)に規定する所得税の額につき所得税を免れた者は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。


 この「所得税を免れた」かどうかについて、課税要件を充足しているかが前提となるわけです(租税実体法の問題)。
 で、もし、課税要件の判断が民法に従属するというなら、なし崩しで租税刑法も民法に従属することになってしまいます。

  税法   「俺は明確だ!」
   
  租税刑法 「俺も明確だ!」
   
  民法   「あっしは不明確でっせ!!」(できる限りのアホ面で)

 税法と租税刑法が頑張って明確でいようとしているのに、民法のせいで税法も租税刑法も不明確に。
 できの悪い長男のせいで、全員ひっくるめてポンコツ三兄弟扱いされる的な。

 刑法といえば「刑罰法規の明確性の原則」、税法といえば「租税法規の明確性の原則」が高らかに謳い上げられているところ。
 のに、民法従属説がやってきた途端、みんなゆるふわ系に。

 腐った蜜柑のテーゼ。


 ちなみに「刑法×民法」でも、刑法上の違法性の判断を民法に従属させるか独自に判断するかということが議論になっています。
 で、独自説は処罰範囲拡大、従属説は処罰範囲縮小、という一般的な傾向。

【刑法×民法】


佐伯仁志、道垣内弘人「刑法と民法の対話」(有斐閣2001)

 が、独立説それ自体は処罰範囲を拡大するものではなく。
 独自に判断するとして、その違法性の中身を緩やかにすることが問題なわけで。

 他方で、従属説も必ずしも処罰範囲を縮小するものではなく。
 ゆるふわ民法をそのまま導入するなら、どうしたって処罰範囲が拡大してしまうわけで。


 そんなわけで、租税+刑罰法規の明確性を確保するために民法からは独立して判断すべき、という方向にいくのは、ひとつの一貫した見解。

 これに対して、民法の行為規範性を否定しておきながら課税要件を民法に従属させつつ、それでも税法は明確だというのは、筋が通らない。
 (前回までに引用した)田中二郎先生の記述Aの周到さと、それと表層だけ似ている記述Bとのコントラストが際立つ。


 そういえば、

  税法学×民法学

あるいは、

  民法学×刑法学

のカップリングは見かけますが、

  税法学×刑法学

のカップリングや、ましてや、

  税法学×民法学×刑法学

の、三角関係ってあまり見かけない気がします。
 私の不勉強なだけかもしれませんが。


 と、ここまで論じてきた行為規範の問題、ちゃぶ台ひっくり返すかも。

 次回へつづく。

税法・民法における行為規範と裁判規範(その5)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その6)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その7)

2020年01月06日

税法・民法における行為規範と裁判規範(その3)

 前回の続き。
 記述AとB、同じようなことを言っているようで意味合いが全然違う、という話。

税法・民法における行為規範と裁判規範(その1)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その2)

A 田中二郎「租税法(第3版)」(有斐閣1990) 57頁
 「法規そのものの意義、性質についていえば、私法関係は、原則として、当事者の自主自律に委ねられ、私法法規は、当事者間で問題を解決することができない場合の裁判規範の性質を有するものであるのに対し、租税法規は、それに従って課税が行われるべき行為規範であると同時に裁判規範でもあること(租税法は、元来、当事者の話合いによる取引妥協を許さない)、私法と租税法では、その規律の立場を異にするため、概念の相対性を承認する必要があること、経済取引等の私法上の効力の有無は、直ちに租税法上の課税要件の存否に影響を及ぼすものでないこと等、租税法の独自性を認める必要がある。」

B 三木義一ほか「よくわかる税法入門 第13版」(有斐閣2019) 24頁
 「民法の場合は、当事者が原則として契約の自由を行使して、紛争が生じたときに裁判所に判断してもらう規範(裁判規範)ですから、裁判官が合理的に判断できればいいかもしれません。しかし、税法は税務署と納税者に直接向けられていて、両者ともに税法に定められたとおりにしなければならず(行為規範)、しかも、納税者は申告をしなければならないのです。」


田中二郎「租税法(第3版)」(有斐閣1990)
三木義一ほか「よくわかる税法入門 第13版」(有斐閣2019)


両記述を並べてみて、
 民法 裁判規範
 税法 行為規範+裁判規範
という部分だけ抽出すれば、如何にも同じようなことを言っているように読めます。

 が、そこから導き出される帰結は全く逆方向へ。


 まず記述B。

 記述Bは「税法では不明確概念は許されない」という文脈で出てくるものです。

 そのかぎりではごもっともな主張。
 なんですが、民法の行為規範性を否定したら税法に跳ね返ってきちゃうんじゃね、ということを前回までで述べました。

 これは税法における「課税要件の充足」をどのように判断するか、に関わります。

 物をもらうでも物を売るでも何でもいいんですが、これら取引をおこなった場合に税金が発生するかをどうやって判断するのか。
 もし、民法上の効力に「従属」させるという立場をとるならば、ひとり税法が明確であっても、民法が不明確なせいで課税要件の成否も不明確になってしまうわけです。

 契約に無効・取消原因があっても一旦は課税要件成立する、から民法上の効力とは直結していない、にしても、結局更正できるかどうかの判断に影響してきます。

 民法の行為規範性を否定しつつ課税要件を民法に従属させる立場をとった場合の帰結を図式化すると次のとおり(記述Bがそういう立場かまでは読み取れないので、あくまで一つのモデルとして)。

【モデルT】
 ・民法の行為規範性: 否定   《民法不明確》
 ・税法の不明確概念: 許されない 《税法明確》
 ・課税要件の成否:  民法従属 《税法不明確》

 この一貫してない感じ。
 それぞれ個別の主張としては、納税者の予測可能性を高める、というつもりなんでしょうが、実際には予測可能性を害する結果となってしまうわけです。

 よくある誤解が、「税法独自に解釈すると予測可能性を害する、ゆえに民法に従属させるべき」みたいな主張。
 が、実際に予測可能性を害するのは解釈がころころ変わる場合です。

 税法独自に解釈しようが、その解釈が安定しているかぎりは予測可能性は害されません。
 むしろ、融通無碍な民法解釈に税法を従属させるほうが、予測可能性が害されるおそれは高いともいえます。


 ここででてくる立場が記述Aの方向性(こちらも田中先生のお立場が必ずしもそうだとまでは読み取れませんので、あくまでも一つのモデルとして)。

【モデルU】
 ・民法の行為規範性: 否定   《民法不明確》
 ・税法の不明確概念: 許されない 《税法明確》
 ・課税要件の成否:  税法独自  《税法明確》

 これなら民法が不明確であっても、課税要件を税法独自に解釈することで税法の明確性を確保することが可能になります。
 民法の行為規範性を否定しつつ税法の明確性を確保したいのであればこのルートになるわけで、これはこれで一貫した主張といえます。
 が、民法の行為規範性を否定するのは現実的ではない、ということは前回までで述べたとおりです。


 ということで、民法の行為規範性を肯定した場合のモデル。

【モデルV】
 ・民法の行為規範性: 肯定    《民法明確》
 ・税法の不明確概念: 許されない 《税法明確》
 ・課税要件の成否:  民法従属  《税法明確》

【モデルW】
 ・民法の行為規範性: 肯定    《民法明確》
 ・税法の不明確概念: 許されない 《税法明確》
 ・課税要件の成否:  税法独自  《税法明確》

(もちろん「不明確概念は許される」という立場もあると思いますが、明確性を志向するモデルに限るということでここでは省略)

 と、民法の行為規範性を肯定してはじめて、課税要件が民法に従属するか独立するかを議論できるようになるんじゃないですかね。
 行為規範性を否定するのであれば、もはや民法とは独立して判断するしか道は残されていないわけで。


 この問題の延長線上にもうひとつ論点があると思うのですが、次回以降にまわします。

税法・民法における行為規範と裁判規範(その4)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その5)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その6)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その7)