民法学習に使える「ロジカルシンキング」のご紹介本。
金井高志「民法でみる法律学習法 第2版」(日本評論社2021)
学説を図表に整理するなどの手法は初学者には参考になるかもです。
が、その手の遣り口は「予備校本」のほうが徹底的で、サンプルに事欠かない。
※なお、税理士的には図解モノはこちらを推奨。
図解 民法(総則・物権) 令和元年版(大蔵財務協会2019)
図解 民法(債権) 令和元年版(大蔵財務協会2019)
図解 民法(親族・相続)令和3年版(大蔵財務協会2021)
民法学習にロジカルシンキングを導入することで、従前の議論で見落とされていた視点を獲得することができる、などといった「カタルシス」を得られる実例でも書いてあればいいのですが、そこまで込み入った活用はされていないです。
あくまで初学者向け、ということなんでしょうかね。
【要件事実論とカタルシス】
伊藤滋夫編「租税訴訟における要件事実論の展開」(青林書院2016)
たとえば、成立要件と効力要件の区別について、本書では一般的な教科書の理解に従い整理されています。
が、具体的に考えてみると、その区別にはよくわからないことがあったりします。あるいは、条文上も必ずしも講学上の区別どおりに使い分けられていなかったりします。
このあたりのモヤリについて、ロジカルシンキングの観点から深く突っ込んでみたりしてくれれば、面白いかもと思ったり。
【成立要件/効力要件】
私法の一般法とかいってふんぞり返っているわりに、隙だらけ。〜契約の成立と印紙税法
続・契約の成立と印紙税法(法適用通則法がこちらをみている)
続々・契約の成立と印紙税法(代理法がこちらをみている)
実践編として課題を思いついたので、ちょっと書いておきます。
課題
1 条文上の「成立」「効力」が、講学上の成立要件・効力要件に対応しているか確認してみよう。
2 「請求することができる/できない」など、「成立」「効力」という用語を使っていないもので成立要件・効力要件と思われるものを集めてみよう。
3 節などのタイトルが「○○の効力」となっているものにつき、その中身が講学上の効力要件を定めたものになっているか確認してみよう。
○
ロジカルシンキングを勉強したいのであれば、まずは正面からロジカルシンキングの本を読むのが、むしろ近道。
「自分で民法に応用するの大変じゃん」て思うかもしれません。
が、ロジカルシンキングの本を読んでいながら自分でその知識を民法学習に応用できないのだとしたら、それはロジカルシンキングがちゃんと身についていないということです(本書にもちゃんと、使いこなせるようになれ、と書いてある)。
「自分の力で民法学習に応用する」という関門をショートカットしてしまうのは、多大なる機会損失、と私は思います。
ので、本書は一度自力で関門を突破した後の確認用、として使うのがよいのではないでしょうか。
あるいは、ある程度勉強が進んで行き詰まった段階で、自分に役に立ちそうなパーツを見つける、という使い方がよいかもしれません。
○
「ご紹介」感を強く感じてしまったのが、第9章。
(というよりも、この章の影響で本書全体の評価が上書きされてしまったのかも。)
旧司法試験の論文問題を題材としていながら、中身は事例の図式化と答案構成の仕方・答案の書き方がメイン。
問題を解いたことのない人がロジカルシンキングを使ってゼロから答案作成ができるようになる、というのではなく、すでに解答できる実力のある人がロジカルシンキングで答案構成能力を底上げをする、といった趣が強い。
もちろん、賢い人ならこれだけ読んでもいきなり答案書けるようになるのかもしれませんけども。
自分の持っている知識をどのように引っ張り出してくればいいのか、そのためには普段知識をどのように整理しておけばいいのか、などを試験問題から逆算できるようにしておいてくれれば、ロジカルシンキングを実践的に身につけることができたのではないでしょうか。
本書の解説は、すでに分かっている人向けのきれいに仕上がったものに感じました。もしも初学者向けだというならば、その一つも二つも手前の段階からの解説が必要ではないかと。
「ロジカルシンキング」+「民法学習」という観点からすれば、単に「答案を書く」目的で本試験問題をネタにするのはもったいない。
たとえば、ということで少し考えてみたのですが、長くなりそうなのでこちらは次週にまわします。
○
あと、なぜか本書に欠けているのが民法学習における『判例』とのお付き合いの仕方。
当ブログでは、『判例』を軸にした法学学習にはどちらかといえば否定的な書き方をしているところではあります(『カギ括弧』付きなのは含みがあってのことです。直接触りたくないから割り箸で摘む的な)。
内田貴「民法3(第4版)債権総論・担保物権」(東京大学出版会2020)
そこには、法学学習はまずは「通常事例」からスタートすべき、という考えが根底にあります。
ではありますが、だからといって学習上いつまでも『判例』を無視することはできません。
ので、『判例』とのお付き合いの仕方・距離感のとり方が重要になってきます。
少なくとも、長大な判決文をとにかく読め、みたいな無謀なやり方に出くわす前には、『判例』の消化の仕方を学んでおくべきでしょう。
『判例』ほど、ロジカルシンキングで「粗探し」するのに最適な素材はないと思うんですけど。
どうしたって事案の解決第一で、ロジックに粗が出がちです(なので、『判例』を有難がって拝読する学習法には批判的なわけです)。
【判例粗探し】
判例イジり(カテゴリ)
なお、「レトリック」という観点からですが、下記書籍の第三編「第三章 判決批評−連邦通常裁判所刑事判例集」における判決イジり、とても参考になります。
全く裏付けをとっていませんが、メジャーどころの判決解説ものでこのタイプの判決批評、おそらく存在しないんじゃないですかね。
フリチョフ・ハフト「法律家のレトリック」(木鐸社1992)
○
実践的な民法学習法を身につける、という観点からすると、本書の構成を逆転させたほうがよいのかもしれません。
すなわち、本試験問題を最初に置いて、最終的に問題を解けるようにするためには、普段からどのように学習していけばよいかを逆算していくと。
もちろん、当該問題の模範答案を書くためだけでなく。あらゆる問題に対応できるための解決力を身につけるようにすると。試験問題は問題思考を育てるために使う。
そうすれば、ロジカルシンキングを整理のための整理として使うのではなく、明確な視点をもって使いこなせるようになるのではないでしょうか。
あくまでも思いつきで言っているだけですが、ご紹介で終わらせないための一つの手法かと思います。
○
ところで、166頁にまるまる1頁使って「法律解釈のフローチャート」というのが載っています。
このチャートにどうにも違和感があるのですが、こちらの中身も長くなりそうなので次々週にまわします。
2021年03月29日
金井高志「民法でみる法律学習法 第2版」(日本評論社2021)
posted by ウロ at 10:04| Comment(0)
| 民法
2021年03月22日
さよなら「権利確定主義」(その4) 〜違法所得
これ以上の死体蹴りはバチ当たり、ということで前回で連載を終わらせたつもりでした。
が、バックグラウンドでチラチラ見え隠れしていたのが「違法所得」の問題。
さよなら「権利確定主義」(その1) 〜事業所得と給与所得
さよなら「権利確定主義」(その2) 〜不動産所得
さよなら「権利確定主義」(その3) 〜譲渡所得
「権利確定主義」にとっての鬼っ子。
こいつの収入実現を肯定するために、清く美しい「権利確定主義」に泥っぽい「管理支配基準」を混入させられたといっても過言ではない(実際の「史実」と一致するかは未確認)。
が、この「違法所得」という括りがどこまでの射程を含んだ問題なのか、いまいちつかめていません。
「違法」という用語が厄介で、単に民法上の無効・取消事由があるにすぎないものやら刑事罰が課せられるものなど、様々なレベルのものが含まれます。
以下では「違法」の中身として、AがBに暗殺を依頼したという「暗殺請負業」(事業所得)を軸にして、問題点の整理だけしておきます。
なお、これまでの記事では「いつ収入を計上すべきか」という年度帰属の側面から論じてきましたが、今回は「どのような場合に収入が実現するか」という側面から論じます。
とはいっても、これは記述の仕方が変わるだけで実質は同じです。今回は後者のほうが表現がしやすい、というにすぎません(所得概念と年度帰属を切り離す、という特殊な見解は別として)。
また、事業概念についても「違法」如何に影響されないか、ということが問題になりそうですが、この点は省略します。
以下、引用条数は民法のものです。
第九十条(公序良俗)
公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
第百二十一条の二(原状回復の義務)
1 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。
第七百三条(不当利得の返還義務)
法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
第七百五条(債務の不存在を知ってした弁済)
債務の弁済として給付をした者は、その時において債務の存在しないことを知っていたときは、その給付したものの返還を請求することができない。
第七百六条(期限前の弁済)
債務者は、弁済期にない債務の弁済として給付をしたときは、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、債務者が錯誤によってその給付をしたときは、債権者は、これによって得た利益を返還しなければならない。
第七百七条(他人の債務の弁済)
1 債務者でない者が錯誤によって債務の弁済をした場合において、債権者が善意で証書を滅失させ若しくは損傷し、担保を放棄し、又は時効によってその債権を失ったときは、その弁済をした者は、返還の請求をすることができない。
2 前項の規定は、弁済をした者から債務者に対する求償権の行使を妨げない。
第七百八条(不法原因給付)
不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。
○
《事例1》
AがBに暗殺を依頼。
B履行済み(合掌)。A代金支払い済み。
契約無効ではあるものの(90条)、不法原因給付となるのでAは代金返還請求できなくなります(708条本文)。
ただし、(本事例では想定しにくいですが)Bのほうが一方的に悪い場合には返還請求できることになっています(同条但書)。
さて、税法上の収入実現は、このような民法上の返還請求できる/できないに影響されるでしょうか。
おそらく代金受領した以上は「管理支配基準」により収入実現となって、あとは返還した場合にマイナス処理ができるかどうかの問題になるのでしょう。
《事例2》
AがBに暗殺を依頼。
B未履行。A代金支払い済み。
民法上の規律は《事例1》と同じく、Aは原則として代金返還請求できないことになります。
そして税法上も「管理支配基準」からすれば収入実現となりそうです。
しかし収入実現は、B側の(違法な)役務が未履行であることに影響を受けないのかどうか。
代金受領さえあれば収入実現を肯定されてしまうものなのでしょうか。
事例をかえて、次の事例と比較してみましょう。
《事例3》
CはDの預金口座に誤って振込んでしまった。
CD間には何らの関係もない。
この場合に収入実現したという人は、さすがにいないでしょう。
仮にDが年をまたいで返還したからといって、一旦申告させてから更正の請求をさせる、などということにはならないはずです。
とすると、収入実現には現金受領のみならず、何らかの「取引関係」に基づく交付であることが要求されるのでしょうか(基づく交付説)。
《事例4》
事例3でCがわざとDの口座に振り込んだ。
この場合は、Cは返還請求できないことになっています(705条)。
何らの取引関係もありませんが、DはCにお金を返さなくてよいことになります(銀行取引約款の規律は考慮外)。
この場合、Dにとっては何某かの所得になるのは間違いないのであって、結論的には収入実現を肯定することになるのでしょう。
が、いかなる事実をもって肯定すればよいのか。
《事例5》
買主Eと売主Fが売買契約を締結。
F引渡未了。Eは間違って支払期日前にFに代金を振り込んでしまった。
この場合、Eは代金返還請求できません(706条)。
引渡基準からすれば収入未実現となるはずですが、「管理支配基準」により返還不要の代金の受領をもって収入実現となってしまうのかどうか。
Eに間違って振り込まれただけなのに収入実現となってしまうのはかわいそう、ということであれば、収入実現には「引渡」(または支払期日の到来?)が必要と解すべきことになります。
が、《事例2》や《事例4》では引渡(役務提供)がなされていません。それでも収入実現を肯定したいのであれば、「引渡」は必要条件ではないと解さなければなりません。
○
《事例1》から《事例5》までを並べてみましょう。
効力 引渡 返還請求 収入実現
事例1 無効 完了 ×(708条) ○
事例2 無効 未了 ×(708条) ○
事例3 なし − ○(703条) ×
事例4 なし − ×(705条) ○
事例5 有効 未了 ×(706条) ×?
ややこしくなるので708条但書に該当する場合は省略しています。
収入実現の欄は、「管理支配基準」に基づけばこうなりそう、という結論を書いています。
ただし《事例5》を「管理支配基準」のみで×にもっていけるかは微妙。
これらを統一的に説明しきることは可能でしょうか。
結論的には以下のように整理するのがよさそうです。
イメージ的には、順番にプラス(有因)・ゼロ(無因)・マイナス(不法)です。
【金銭交付による収入実現】
・金銭交付が有因 → 引渡の有無(支払期日も?)で判定 《事例5×》
・金銭交付が無因 → 返還請求の有無で判定 《事例3×》《事例4○》
・金銭交付が不法 → 金銭受領のみで判定 《事例1○》《事例2○》
が、これはせいぜい、不当利得の「衡平説」が「類型論」に置き換わったくらいの話。
事業所得を念頭においた物言いなので、所得区分ごとの整理が必要ですし(暗殺役務の提供が給与認定されたら、とか)、不法の程度に応じたグラデーション付けも必要です。
また、相関関係説的な枠組みであることからも分かる通り、総合考慮説を二軸に並べただけにすぎません。
「箱庭説」のような統一理論、私にはさしあたり思いつきません。
加藤雅信「不当利得論 (加藤雅信著作集第三巻) 」(信山社2016)
不当利得 収入実現
漠然理論 衡平説 権利確定主義
部分理論 類型論 管理支配基準
統一理論 箱庭説 ??
○
これまでの議論を振り返って。
田中二郎先生の税法独自説から決別して私法準拠に殉教してみたものの、なんちゃって私法準拠どまりのまま、というのが私の見立て。
民法の規定を詳細に分析するでもなく、税法独自の判断手法を開発するでもなく、どっちつかず。
田中二郎「租税法(第3版)」(有斐閣1990)
およそ歴史認識に基づかない思いつきですが、次のような邪推が可能でしょうか。
・租税法学が未発達の時代に「税法独自説」を正面から唱えてしまうと、あたかも国家権力による融通無礙な課税を許容するかのように誤解されるおそれがあった。
・そこで、「権利確定主義」という、すでに長い歴史のある民法学に依拠し、かつ、私人の権利を重視するっぽい基準を表に立たせることで、そのような批判を回避することとした。
・本来であれば、「権利確定主義」で凌いでいる間に税法独自の統一理論を開発すべきだったのに、「支配管理基準」などといった部分理論しか開発できなかった。
・理論開発が進まないことに愛想を尽かして、課税実務は通達で所得区分ごとの独自の基準を定立することにした。
なぜ「権利確定主義」が民法の規定を詳細に分析する方向にいかなかったといえば、「始めからその気がなかったから」とでもいわなければ説明できないんじゃないですかね。
もちろん、こんなものは誇大妄想に基づく言いがかりにすぎないわけですが、ほかにどういう説明が可能でしょうか(ちなみに「借用概念論」もこれと同じノリだと、私は思っています)。
【借用概念イジり】
非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その11)
非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その12)
いい加減、かつての佐伯仁志先生(刑法)と道垣内弘人先生(民法)の対談のように、がっぷり四つに組んだ議論を、民法×税法についてもどなたかが実施すべきなんでしょう。
佐伯仁志,道垣内弘人「刑法と民法の対話」(有斐閣2001)
下記書籍のような、取り急ぎパンデクテン順にペッと並べてみました、みたいなやつじゃなく。
「新 実務家のための税務相談(民法編) 第2版」(有斐閣2020)
窪田充見先生(民法)の家族法の教科書では、「特別講義 家族法と租税法」と題して佐藤英明先生(税法)との対談を掲載されています。これをオマケとしてではなく、全面的に展開してほしい。
窪田充見「家族法 第4版」(有斐閣2019)
○
以上、私自身の目的は、学問上の真理を探求したいなどというものではおよそなく。
通達ベースで実務運用をするにあたって、学理がノイズとして入ってこないか、の確認作業をしたかっただけです(「ノイズ」が表現上不穏当だというならば、「法解釈のお作法に基づく正当な解釈論の展開」と良いように言い換えてもよいです)。
なんでもかんでも「リーガルマインド」云々言うのではなく、通達ベースで運用できるならそれに越したことはない。ルール元が私法準拠だろうが税法独自だろうが、とにかく事前にルールが明確に決まってさえいてくれれば、安定した運用が可能なわけです。そのルールに納得がいかない人だけが、法解釈アタックをかませばいい。
とはいえ、法解釈として洗練されていない通達を鵜呑みにすると足元を掬われることもあるので、そのあたりの見極めをしておきたかった、ということです。
で、自分の中では落ち着きどころが見えた気がするので、これ以上の死体蹴りは本当に終わりにいたします(終わる終わる詐欺の終幕)。
が、バックグラウンドでチラチラ見え隠れしていたのが「違法所得」の問題。
さよなら「権利確定主義」(その1) 〜事業所得と給与所得
さよなら「権利確定主義」(その2) 〜不動産所得
さよなら「権利確定主義」(その3) 〜譲渡所得
「権利確定主義」にとっての鬼っ子。
こいつの収入実現を肯定するために、清く美しい「権利確定主義」に泥っぽい「管理支配基準」を混入させられたといっても過言ではない(実際の「史実」と一致するかは未確認)。
が、この「違法所得」という括りがどこまでの射程を含んだ問題なのか、いまいちつかめていません。
「違法」という用語が厄介で、単に民法上の無効・取消事由があるにすぎないものやら刑事罰が課せられるものなど、様々なレベルのものが含まれます。
以下では「違法」の中身として、AがBに暗殺を依頼したという「暗殺請負業」(事業所得)を軸にして、問題点の整理だけしておきます。
なお、これまでの記事では「いつ収入を計上すべきか」という年度帰属の側面から論じてきましたが、今回は「どのような場合に収入が実現するか」という側面から論じます。
とはいっても、これは記述の仕方が変わるだけで実質は同じです。今回は後者のほうが表現がしやすい、というにすぎません(所得概念と年度帰属を切り離す、という特殊な見解は別として)。
また、事業概念についても「違法」如何に影響されないか、ということが問題になりそうですが、この点は省略します。
以下、引用条数は民法のものです。
第九十条(公序良俗)
公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
第百二十一条の二(原状回復の義務)
1 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。
第七百三条(不当利得の返還義務)
法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
第七百五条(債務の不存在を知ってした弁済)
債務の弁済として給付をした者は、その時において債務の存在しないことを知っていたときは、その給付したものの返還を請求することができない。
第七百六条(期限前の弁済)
債務者は、弁済期にない債務の弁済として給付をしたときは、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、債務者が錯誤によってその給付をしたときは、債権者は、これによって得た利益を返還しなければならない。
第七百七条(他人の債務の弁済)
1 債務者でない者が錯誤によって債務の弁済をした場合において、債権者が善意で証書を滅失させ若しくは損傷し、担保を放棄し、又は時効によってその債権を失ったときは、その弁済をした者は、返還の請求をすることができない。
2 前項の規定は、弁済をした者から債務者に対する求償権の行使を妨げない。
第七百八条(不法原因給付)
不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。
○
《事例1》
AがBに暗殺を依頼。
B履行済み(合掌)。A代金支払い済み。
契約無効ではあるものの(90条)、不法原因給付となるのでAは代金返還請求できなくなります(708条本文)。
ただし、(本事例では想定しにくいですが)Bのほうが一方的に悪い場合には返還請求できることになっています(同条但書)。
さて、税法上の収入実現は、このような民法上の返還請求できる/できないに影響されるでしょうか。
おそらく代金受領した以上は「管理支配基準」により収入実現となって、あとは返還した場合にマイナス処理ができるかどうかの問題になるのでしょう。
《事例2》
AがBに暗殺を依頼。
B未履行。A代金支払い済み。
民法上の規律は《事例1》と同じく、Aは原則として代金返還請求できないことになります。
そして税法上も「管理支配基準」からすれば収入実現となりそうです。
しかし収入実現は、B側の(違法な)役務が未履行であることに影響を受けないのかどうか。
代金受領さえあれば収入実現を肯定されてしまうものなのでしょうか。
事例をかえて、次の事例と比較してみましょう。
《事例3》
CはDの預金口座に誤って振込んでしまった。
CD間には何らの関係もない。
この場合に収入実現したという人は、さすがにいないでしょう。
仮にDが年をまたいで返還したからといって、一旦申告させてから更正の請求をさせる、などということにはならないはずです。
とすると、収入実現には現金受領のみならず、何らかの「取引関係」に基づく交付であることが要求されるのでしょうか(基づく交付説)。
《事例4》
事例3でCがわざとDの口座に振り込んだ。
この場合は、Cは返還請求できないことになっています(705条)。
何らの取引関係もありませんが、DはCにお金を返さなくてよいことになります(銀行取引約款の規律は考慮外)。
この場合、Dにとっては何某かの所得になるのは間違いないのであって、結論的には収入実現を肯定することになるのでしょう。
が、いかなる事実をもって肯定すればよいのか。
《事例5》
買主Eと売主Fが売買契約を締結。
F引渡未了。Eは間違って支払期日前にFに代金を振り込んでしまった。
この場合、Eは代金返還請求できません(706条)。
引渡基準からすれば収入未実現となるはずですが、「管理支配基準」により返還不要の代金の受領をもって収入実現となってしまうのかどうか。
Eに間違って振り込まれただけなのに収入実現となってしまうのはかわいそう、ということであれば、収入実現には「引渡」(または支払期日の到来?)が必要と解すべきことになります。
が、《事例2》や《事例4》では引渡(役務提供)がなされていません。それでも収入実現を肯定したいのであれば、「引渡」は必要条件ではないと解さなければなりません。
○
《事例1》から《事例5》までを並べてみましょう。
効力 引渡 返還請求 収入実現
事例1 無効 完了 ×(708条) ○
事例2 無効 未了 ×(708条) ○
事例3 なし − ○(703条) ×
事例4 なし − ×(705条) ○
事例5 有効 未了 ×(706条) ×?
ややこしくなるので708条但書に該当する場合は省略しています。
収入実現の欄は、「管理支配基準」に基づけばこうなりそう、という結論を書いています。
ただし《事例5》を「管理支配基準」のみで×にもっていけるかは微妙。
これらを統一的に説明しきることは可能でしょうか。
結論的には以下のように整理するのがよさそうです。
イメージ的には、順番にプラス(有因)・ゼロ(無因)・マイナス(不法)です。
【金銭交付による収入実現】
・金銭交付が有因 → 引渡の有無(支払期日も?)で判定 《事例5×》
・金銭交付が無因 → 返還請求の有無で判定 《事例3×》《事例4○》
・金銭交付が不法 → 金銭受領のみで判定 《事例1○》《事例2○》
が、これはせいぜい、不当利得の「衡平説」が「類型論」に置き換わったくらいの話。
事業所得を念頭においた物言いなので、所得区分ごとの整理が必要ですし(暗殺役務の提供が給与認定されたら、とか)、不法の程度に応じたグラデーション付けも必要です。
また、相関関係説的な枠組みであることからも分かる通り、総合考慮説を二軸に並べただけにすぎません。
「箱庭説」のような統一理論、私にはさしあたり思いつきません。
加藤雅信「不当利得論 (加藤雅信著作集第三巻) 」(信山社2016)
不当利得 収入実現
漠然理論 衡平説 権利確定主義
部分理論 類型論 管理支配基準
統一理論 箱庭説 ??
○
これまでの議論を振り返って。
田中二郎先生の税法独自説から決別して私法準拠に殉教してみたものの、なんちゃって私法準拠どまりのまま、というのが私の見立て。
民法の規定を詳細に分析するでもなく、税法独自の判断手法を開発するでもなく、どっちつかず。
田中二郎「租税法(第3版)」(有斐閣1990)
およそ歴史認識に基づかない思いつきですが、次のような邪推が可能でしょうか。
・租税法学が未発達の時代に「税法独自説」を正面から唱えてしまうと、あたかも国家権力による融通無礙な課税を許容するかのように誤解されるおそれがあった。
・そこで、「権利確定主義」という、すでに長い歴史のある民法学に依拠し、かつ、私人の権利を重視するっぽい基準を表に立たせることで、そのような批判を回避することとした。
・本来であれば、「権利確定主義」で凌いでいる間に税法独自の統一理論を開発すべきだったのに、「支配管理基準」などといった部分理論しか開発できなかった。
・理論開発が進まないことに愛想を尽かして、課税実務は通達で所得区分ごとの独自の基準を定立することにした。
なぜ「権利確定主義」が民法の規定を詳細に分析する方向にいかなかったといえば、「始めからその気がなかったから」とでもいわなければ説明できないんじゃないですかね。
もちろん、こんなものは誇大妄想に基づく言いがかりにすぎないわけですが、ほかにどういう説明が可能でしょうか(ちなみに「借用概念論」もこれと同じノリだと、私は思っています)。
【借用概念イジり】
非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その11)
非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その12)
いい加減、かつての佐伯仁志先生(刑法)と道垣内弘人先生(民法)の対談のように、がっぷり四つに組んだ議論を、民法×税法についてもどなたかが実施すべきなんでしょう。
佐伯仁志,道垣内弘人「刑法と民法の対話」(有斐閣2001)
下記書籍のような、取り急ぎパンデクテン順にペッと並べてみました、みたいなやつじゃなく。
「新 実務家のための税務相談(民法編) 第2版」(有斐閣2020)
窪田充見先生(民法)の家族法の教科書では、「特別講義 家族法と租税法」と題して佐藤英明先生(税法)との対談を掲載されています。これをオマケとしてではなく、全面的に展開してほしい。
窪田充見「家族法 第4版」(有斐閣2019)
○
以上、私自身の目的は、学問上の真理を探求したいなどというものではおよそなく。
通達ベースで実務運用をするにあたって、学理がノイズとして入ってこないか、の確認作業をしたかっただけです(「ノイズ」が表現上不穏当だというならば、「法解釈のお作法に基づく正当な解釈論の展開」と良いように言い換えてもよいです)。
なんでもかんでも「リーガルマインド」云々言うのではなく、通達ベースで運用できるならそれに越したことはない。ルール元が私法準拠だろうが税法独自だろうが、とにかく事前にルールが明確に決まってさえいてくれれば、安定した運用が可能なわけです。そのルールに納得がいかない人だけが、法解釈アタックをかませばいい。
とはいえ、法解釈として洗練されていない通達を鵜呑みにすると足元を掬われることもあるので、そのあたりの見極めをしておきたかった、ということです。
で、自分の中では落ち着きどころが見えた気がするので、これ以上の死体蹴りは本当に終わりにいたします(終わる終わる詐欺の終幕)。
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| 所得税法
2021年03月15日
さよなら「権利確定主義」(その3) 〜譲渡所得
『譲渡所得は「権利確定主義」で説明できるでしょうか。』
なぜ『括弧つけて』いるのかというと。
当初のつもりでは、各所得区分につき権利確定主義が妥当するかを順次検討する予定で本連載をスタートさせました。
が(その1)(その2)で検討したところからも明らかなように、私がイジる前から「権利確定主義」はお亡くなりになっておりました。
さよなら「権利確定主義」(その1) 〜事業所得と給与所得
さよなら「権利確定主義」(その2) 〜不動産所得
いつもに比べて筆が全然進まなかったのは、収益計上時期を「権利確定主義」に引きつけて論じることに、そもそも無理があったからなんでしょう。
民法の規定を掘り下げれば掘り下げるほど、私法準拠なはずの「権利確定主義」からどんどん遠ざかっていくという不思議。
「よーし、お父さん『権利確定主義』弄り倒しちゃうぞ」と意気込んで始めたのに、実はもうそんなもの存在していなかったと。
税法本に「権利確定主義が妥当である(キリッ)」とか書いてあるのを真に受けて、正面から検討しようとした私が阿呆なだけですか。
「本気で言っていないのは各論の記述見れば分かるじゃん。」というメッセージを裏読みしなければならなかったのか。
【税務本の表と裏】
西村美智子 中島礼子「組織再編税制で誤りやすいケース35」(中央経済社2020)
家主が亡くなった後も気づかずに掃除し続けるお掃除ロボットの気持ちよ(ロボに気持ちがあるという仮定に基づく記述)。
ということで、モチベーションダダ下がり。
これ以上連載を続けても、通達ご紹介の単なる「お役立ち記事」にしかならなそうなので、今回の(その3)をもって終了といたします。
以下は、主人公がいなくなった後のエピローグ的なお話(というか、実ははじめから主人公なんて存在していないのに存在していると読者に誤読させる、叙述トリックな小説のネタバレ後、みたいな話)。
○
得も言われぬ喪失感に支配されつつも、気力を振り絞って譲渡所得の収入計上時期について検討します(契約類型は売買契約を想定します)。
通達ルールは次の通り(省略入れてます)。
36−12(譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期)
譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は、譲渡所得の基因となる資産の引渡しがあった日によるものとする。ただし、納税者の選択により、当該資産の譲渡に関する契約の効力発生の日(略)により総収入金額に算入して申告があったときは、これを認める。
第2款 所得金額の計算の通則
法第36条《収入金額》関係〔収入金額の収入すべき時期〕
「引渡日」と「契約の効力発生日」とで、自由選択を認めるかのような書きっぷり。
総合課税の場合だったり分離課税でも特例が使える/使えないといった事情により、帰属年度を調整したくなる誘因が生じます。
事業所得のような継続適用は譲渡所得では要求されることはないのでしょうが、この書きっぷりを真に受けて融通無碍に選択しても大丈夫でしょうか。
○
そもそも私には、「契約の効力発生の日」という用語がしっくりきません。
私法準拠っぽい言い回しではあるのですが、どこか違和感を感じます。
ということで、民法の規定を見てみましょう。
民法では、533条から539条までが、まんま「契約の効力」となっています。
第二章 契約 第一節 総則
第二款 契約の効力(第五百三十三条―第五百三十九条)
が、ここに規定されているの、「同時履行の抗弁権」「危険負担」「第三者のためにする契約」といったパーツだけです。主要な制度は民法総則、債権総則、契約各則へ散らばってしまって、ほかに行き場のないやつだけがとり残された状態。
こんなものは収入計上時期の判定には役に立ちません。
そのほかにそれらしい条項としては次のものでしょうか。
民法 第五百五十五条(売買)
売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
ここに「効力」という言い回しがでてきます。
が、売ります/買いますが一致しただけでは、契約が「成立」したとはいえても、当然に「効力」が生ずることにはならない、というのが一般的な理解のはずです。
民法 第五百二十二条(契約の成立と方式)
1 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
同じようなことが書いてあるのに、語尾の言い回しだけみると、555条(効力要件)と522条(成立要件)は整合していません。
522条は2017年改正で新設された新参者ですが、一般的な理解からすれば522条の書き方が正しい。
一般的な理解に従うならば、555条は「売ります/買いますという意思が合致することで売買契約が成立し、《効力を妨げる要素がないかぎり》その効力が生ずる」と意味を補って読むべきでしょう。
この《効力を妨げる要素がないかぎり》というの、講学上「効力要件」として論じられているものに対応します。
公序良俗やら錯誤やら、そのあたりの。
「効力要件」という表現ながら、どちらかというと効力《阻害》要件という側面から論じられがちなのは、意思表示にかかる「表示主義」のせい(またお主義かよ)。
【表示主義イジり】
私法の一般法とかいってふんぞり返っているわりに、隙だらけ。〜契約の成立と印紙税法
税法・民法における行為規範と裁判規範(その1)
魔界の王子と契約の成立と印紙税法
が、これら無効・取消原因について、税の側では一旦成立した課税関係を事後的に失わせる事由として扱われているにとどまります。
あとありうるとしたら「条件」「期限」あたりでしょうか(停止条件・始期)。
民法 第百二十七条(条件が成就した場合の効果)
1 停止条件付法律行為は、停止条件が成就した時からその効力を生ずる。
民法 第百三十五条(期限の到来の効果)
1 法律行為に始期を付したときは、その法律行為の履行は、期限が到来するまで、これを請求することができない。
期限の場合でいうと、売ります/買いますの一致で売買契約が成立し、履行期限が到来したらその効力が生ずることになります(「効力」という言い回しをしているのは停止条件のほうだけですが、始期のほうも同じく効力要件としておきます)。
どうやら、この履行期限の到来日が「契約の効力発生の日」といえそうです(以下、停止条件は省いて始期のみで考えます)。
○
すぐ上の記述、あえてぼやかして書いたところがあります。
「契約の効力」という括られ方をされてはいますが、ひとつの契約からは複数の効力が発生するのが通常です。
売買契約でも、目的物引渡請求権と売買代金請求権と主たる権利だけでも2つあって、さらにそれ以外にも種々の権利が発生します。
そしてそれらは同一時点で発生するとは限りません。
のに「契約の効力発生の日」というだけでは、なんら特定の時点を指し示したことにはなりません。
契約の効力のうち、どの効力が発生した日なのかを特定しなければならないはずです。
ところが、通達には何も書かれていない。
「なんちゃって私法準拠」は本当にたちが悪いですね。
『半端な私法準拠はむしろ法的安定性を害する。』
○
では、「契約の効力発生の日」(以下、効力発生日といいます)にいう「効力」とは、いったいどの効力のことをいうのか。
ちなみに、よくある税務解説本とかだと「契約締結日」が効力発生日だと書いてあるものをみかけます。
確かに、通常の不動産売買を想定すると、売主・買主が一堂に会して、契約書への調印・代金決済・登記関係書類や鍵の引渡しなどを同時に実施します。
この場合は、1=2=3となるので契約締結日を収益計上日といっても結論は間違いではないです。引渡日まで同日になっちゃってますけど。
1 契約締結日
2 支払期日・引渡期日
3 支払日・引渡日
が、「代金決済・引渡は契約締結から○日後」などと定めた場合(その結果、年をまたぐ場合)でも、契約締結日を収益計上日とすることができるのでしょうか。
民法上は「始期」を付したときは期限到来まで請求することができません(135条)。
これは、契約が成立していても、期限到来までは効力が生じていないということでしょう。
そうすると、契約締結時点ではまだ契約の効力は生じておらず、1を「契約の効力発生の日」というのは無理があるのではないでしょうか。
実際、上記引用した通達の「契約の効力発生の日」の後ろの(略)としたところには、次の括弧書きが挟まっています。
(農地法第3条第1項若しくは第5条第1項本文の規定による許可を受けなければならない農地若しくは採草放牧地(以下この項においてこれらを「農地等」という。)の譲渡又は同条第1項第7号の規定による届出をしてする農地等の譲渡については、当該農地等の譲渡に関する契約が締結された日)
こちらには「契約が締結された日」とはっきり書いてあります。
ので、やはり「契約の効力発生の日」は契約締結日とは別の時点だと理解すべきでしょう。
○
上記は、話を単純化するために「2 支払期日・引渡期日」と並べて書くことで、「同時履行」を前提としておきました。
が、現実には「異時履行」がありえます。
A 支払期日=引渡期日(同時履行)
B 支払期日→引渡期日(支払先履行)
C 引渡期日→支払期日(引渡先履行)
このように支払期日と引渡期日がズレる場合には、どの時点が効力発生日となるでしょうか。
ありうる選択肢としては、次のとおり。
ア どちらでも
イ どちらか早いほう
ウ どちらか遅いほう
エ 支払期日
オ 引渡期日
なお、「ありうる」ということでいえばこれら以外の効力の可能性もあります。
たとえば、「引渡・代金決済は来年だが今年中に買主は近隣へ挨拶回りせよ」と契約で定めた場合、「挨拶回り請求権」は契約締結時から効力を生じています。だからといって、この請求権の効力発生をもって収入実現とは、さすがにならないでしょう。
このように、主たる効力を差し置いて付随的な効力が基準になるとは思えないので、考慮から外します。
ちなみに、通達には(注)がついています。
(注)
1 譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は、資産の譲渡の当事者間で行われる当該資産に係る支配の移転の事実(例えば、土地の譲渡の場合における所有権移転登記に必要な書類等の交付)に基づいて判定をした当該資産の引渡しがあった日によるのであるが、当該収入すべき時期は、原則として譲渡代金の決済を了した日より後にはならないのであるから留意する。
「3 支払日・引渡日」に関しては、(原則として)実際の引渡日と支払日のいずれか早いほうで判定、ということですよね。
ただ、こちらは「管理支配基準」の一流派って感じなので、何の支配も管理も移転しない「2 支払期日・引渡期日」にそのまま横流しできるかは疑問ありです。
そのほか参考になりそうなものとして、「配当所得」のルールはどうでしょうか。
36−4(配当所得の収入金額の収入すべき時期)
配当所得の収入金額の収入すべき時期は、法第36条第3項に規定するものを除き、それぞれ次に掲げる日によるものとする。
(1) 法第24条第1項((配当所得))に規定する剰余金の配当、利益の配当、剰余金の分配、金銭の分配又は基金利息(以下この項において「剰余金の配当等」という。)については、当該剰余金の配当等について定めたその効力を生ずる日。
ここでいう「効力を生ずる日」とは、決議において「その日に支払います。」と定めた日であって、売買契約でいうところの「支払期日」に相当します。決議日ではありません。
配当 譲渡
1 決議成立 契約成立
2 支払期日 支払期日
この配当効力発生日が到来すると、会社に配当払えと請求することができるようになります。
仮に会社の支払いが遅延したとしても、同日が配当所得の収益計上日になるんだと。
じゃあってことで、譲渡所得の効力発生日も「支払期日」を基準とするってことでいいのかというと、そう速断することもできない。
というのも、配当の場合は会社が一方的に支払うだけなので「支払側」しかでてきません。
他方で、売買の場合は、買主の代金支払いだけでなく売主の目的物引渡しもあるので、「引渡側」も基準としなくていいのか、ということを考えなければなりません。
ではあるのですが、同じく「期日ルール」を採用している給与所得(雇用)や不動産所得(賃貸借)は、「双務契約」でありながら「支払側」だけを基準としています。
実際の移転がされる前の段階で所得の実現を判定するには、もらう人にどのようなプラスがあったかで考えるということなのでしょう。
とすると、譲渡所得も「支払期日」が基準となるのであり、「引渡期日」は基準とはなりえないといえそうです(エ 支払期日説)。
○
効力発生日が「支払期日」のことだと決め打ちしたとして、「引渡日・支払日」との関係はどうなるか。
【支払先履行】
1 支払期日、支払
2 引渡期日、引渡
この場合、上記(注)1に従うならば、1が収益計上時期となって2は選択できないことになります(「原則として」ではありますが)。
【引渡先履行】
1 引渡期日、引渡
2 支払期日、支払
こちらは、通達本文を文字通りに受け取ってよいのであれば、1も2も選択できることになるはずです(本当に自由選択できるかは疑問あり)。
ところが、通達ルールの一般的な理解は「原則は引渡日だが納税者の選択により効力発生日に早めることができる」というものではなかったかと思います。
が、支払先履行の場合は「支払日に早めなければならない」、引渡先履行の場合は「効力発生日に遅らせることができる」となるのであり、効力発生日に早めることができる場面がでてきません。
でてくるとしたら、次のようなパターンでしょうか。
【支払先履行・支払遅延】
1 支払期日
2 引渡期日、引渡、支払(履行遅滞)
支払期日どおりに支払ってもらえなかったとしても、同日に収益計上してもよいと。
通達の書きぶりは、支払遅延などというイレギュラーな状態を想定した書きぶりには読めません。
が、効力発生日は支払期日のことだとし、かつ、(注)1を文字通りに読みとるならば、「早めることができる」のは、このような場面に限られることになります。
○
これとは逆に、支払期日よりも前に支払ってきた場合はどうなるか。
【同時履行・期日前支払】
1 支払
2 支払期日、引渡期日、引渡
この場合も、やはり(注)1どおり支払日強制となってしまうのでしょうか。
期限前でも民法706条によれば受領した時点で返還不要となりますし。
第七百六条(期限前の弁済)
債務者は、弁済期にない債務の弁済として給付をしたときは、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、債務者が錯誤によってその給付をしたときは、債権者は、これによって得た利益を返還しなければならない。
おそらくですが、(注)1は期限前の支払は想定していないものと思われます。
そうすると、先走って支払ってきた事情によっては、(注)1にいう「原則」が当てはまらない場合がありうる、といえるでしょうか。
○
そもそも、自由に支払期日を設定することで収益計上日をコントロールすることができるのかどうか、が問題です。
駆け込みで特例を受ける意図で、契約書上支払期日を期限切れ前に設定しておきながら、何らの特段の事情もないのに実際の引渡・支払を数年も遅らせた場合などが想定できます。
この場合には、事実認定レベルで『真の』支払期日は引渡日・支払日だった、と認定されることになりますかね(贈与税の消滅時効狙いと同じ話)。
「通達の文言解釈(笑)」からは手を出しようがないので、事実認定レベルでの『否認』が機能することになると。
【通達の文言解釈(笑)】
解釈の解釈を解釈する(free rider) 〜東京高裁平成30年7月19日判決
○
このように、譲渡所得の収益計上時期は、通達の表向きの態度は、原則は事業所得と同じ「引渡日」で給与所得等と同じ「支払期日」も許容されることになっているものの、詳しく詰めていくと、決して自由選択ではなく一定の制約がありそうです。
が、制約として明記されているのは引渡日と支払日の関係だけで、効力発生日と引渡日・支払日との関係がはっきりしない。
本来、このあたりを明示するのが通達の役割だと思うのですが、ただ選択肢を増やしただけで、選択条件が書かれていない。
もちろん、無条件で選択できるのならばそれでいいのでしょうが、おそらくそうではない。
こんなもの、通達の文言を鵜呑みにして自由選択をした納税者に対する『罠』にしか私には見えません。
「通達の文言解釈」をしてくれる高裁判事に救済してもらうしかない。
○
そしてここに、何某かの統一的な「所得概念」を見出すことは難しい。
(その1)では、どうにかして事業所得と給与所得の年度帰属ルールを統一的に説明できないか頑張ってみたのに、(その2)の不動産所得は原則は期日ベースで条件付きで発生ベースも許容、(その3)の譲渡所得は表向きはどちらも許容(ただし隠し制約ルール有り)、とせっかくの頑張りが台無し。
事業所得が引渡日基準なのは企業会計・法人税法に引っ張られているだけ、と例外扱いで説明できるかと思いきや、なぜか譲渡所得も引渡日がデフォルトになっている。
とすると、譲渡所得にも、給与所得・不動産所得・配当所得とは異なる扱いをすべき特有の理由を持ってこないといけない。と同時に、支払期日も選択できることの理由も見出す必要があります。
事業所得と同じで給与所得等と違うけど、給与所得等と同じで事業所得と違う理由、な〜んだ?
なぞなぞ、あるいはとんちですか。
事業所得 引渡日
給与所得 支払期日
不動産所得 支払期日(発生日許容)
配当所得 支払期日
譲渡所得 引渡日(支払期日許容)
○
もしも統一的な所得概念の構築を諦められないというのであれば、収入計上時期の問題とは切り離さなければならないでしょう。各所得区分に統一的な年度帰属ルールを見出すことは絶望的ですので。
そうすると、その内実は収入計上時期如何に影響されないものに再構成せざるをえないはずです。
所得概念 年度帰属
統一 ⇒ 統一
統一 × 不統一
不統一 ⇒ 不統一
が、私にはインポッシブル・ミッションとしか思えません。所得概念の再構成は、むしろ各論レベルからスタートすべきではないでしょうか。
所得概念の統一を夢見ることは結構ですが、まずは各所得区分ごとの所得概念を明確にすることから始めるべきではないかと。
○
最後、死者を弔う趣旨で、以上で述べたことを「権利」「確定」では説明しきるのはもちろん無理ですよね、とだけ記述して、本連載を終わりといたします。
当初、タイトルに「さよなら」とつけたときは全く想定してませんでしたが、まさか「さよなら」と言おうとした相手がすでに亡くなっているとは、思いもよりませんでした(さよならの向う側)。
【最終回後の番外編】
さよなら「権利確定主義」(その4) 〜違法所得
なぜ『括弧つけて』いるのかというと。
当初のつもりでは、各所得区分につき権利確定主義が妥当するかを順次検討する予定で本連載をスタートさせました。
が(その1)(その2)で検討したところからも明らかなように、私がイジる前から「権利確定主義」はお亡くなりになっておりました。
さよなら「権利確定主義」(その1) 〜事業所得と給与所得
さよなら「権利確定主義」(その2) 〜不動産所得
いつもに比べて筆が全然進まなかったのは、収益計上時期を「権利確定主義」に引きつけて論じることに、そもそも無理があったからなんでしょう。
民法の規定を掘り下げれば掘り下げるほど、私法準拠なはずの「権利確定主義」からどんどん遠ざかっていくという不思議。
「よーし、お父さん『権利確定主義』弄り倒しちゃうぞ」と意気込んで始めたのに、実はもうそんなもの存在していなかったと。
税法本に「権利確定主義が妥当である(キリッ)」とか書いてあるのを真に受けて、正面から検討しようとした私が阿呆なだけですか。
「本気で言っていないのは各論の記述見れば分かるじゃん。」というメッセージを裏読みしなければならなかったのか。
【税務本の表と裏】
西村美智子 中島礼子「組織再編税制で誤りやすいケース35」(中央経済社2020)
家主が亡くなった後も気づかずに掃除し続けるお掃除ロボットの気持ちよ(ロボに気持ちがあるという仮定に基づく記述)。
ということで、モチベーションダダ下がり。
これ以上連載を続けても、通達ご紹介の単なる「お役立ち記事」にしかならなそうなので、今回の(その3)をもって終了といたします。
以下は、主人公がいなくなった後のエピローグ的なお話(というか、実ははじめから主人公なんて存在していないのに存在していると読者に誤読させる、叙述トリックな小説のネタバレ後、みたいな話)。
○
得も言われぬ喪失感に支配されつつも、気力を振り絞って譲渡所得の収入計上時期について検討します(契約類型は売買契約を想定します)。
通達ルールは次の通り(省略入れてます)。
36−12(譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期)
譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は、譲渡所得の基因となる資産の引渡しがあった日によるものとする。ただし、納税者の選択により、当該資産の譲渡に関する契約の効力発生の日(略)により総収入金額に算入して申告があったときは、これを認める。
第2款 所得金額の計算の通則
法第36条《収入金額》関係〔収入金額の収入すべき時期〕
「引渡日」と「契約の効力発生日」とで、自由選択を認めるかのような書きっぷり。
総合課税の場合だったり分離課税でも特例が使える/使えないといった事情により、帰属年度を調整したくなる誘因が生じます。
事業所得のような継続適用は譲渡所得では要求されることはないのでしょうが、この書きっぷりを真に受けて融通無碍に選択しても大丈夫でしょうか。
○
そもそも私には、「契約の効力発生の日」という用語がしっくりきません。
私法準拠っぽい言い回しではあるのですが、どこか違和感を感じます。
ということで、民法の規定を見てみましょう。
民法では、533条から539条までが、まんま「契約の効力」となっています。
第二章 契約 第一節 総則
第二款 契約の効力(第五百三十三条―第五百三十九条)
が、ここに規定されているの、「同時履行の抗弁権」「危険負担」「第三者のためにする契約」といったパーツだけです。主要な制度は民法総則、債権総則、契約各則へ散らばってしまって、ほかに行き場のないやつだけがとり残された状態。
こんなものは収入計上時期の判定には役に立ちません。
そのほかにそれらしい条項としては次のものでしょうか。
民法 第五百五十五条(売買)
売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
ここに「効力」という言い回しがでてきます。
が、売ります/買いますが一致しただけでは、契約が「成立」したとはいえても、当然に「効力」が生ずることにはならない、というのが一般的な理解のはずです。
民法 第五百二十二条(契約の成立と方式)
1 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
同じようなことが書いてあるのに、語尾の言い回しだけみると、555条(効力要件)と522条(成立要件)は整合していません。
522条は2017年改正で新設された新参者ですが、一般的な理解からすれば522条の書き方が正しい。
一般的な理解に従うならば、555条は「売ります/買いますという意思が合致することで売買契約が成立し、《効力を妨げる要素がないかぎり》その効力が生ずる」と意味を補って読むべきでしょう。
この《効力を妨げる要素がないかぎり》というの、講学上「効力要件」として論じられているものに対応します。
公序良俗やら錯誤やら、そのあたりの。
「効力要件」という表現ながら、どちらかというと効力《阻害》要件という側面から論じられがちなのは、意思表示にかかる「表示主義」のせい(またお主義かよ)。
【表示主義イジり】
私法の一般法とかいってふんぞり返っているわりに、隙だらけ。〜契約の成立と印紙税法
税法・民法における行為規範と裁判規範(その1)
魔界の王子と契約の成立と印紙税法
が、これら無効・取消原因について、税の側では一旦成立した課税関係を事後的に失わせる事由として扱われているにとどまります。
あとありうるとしたら「条件」「期限」あたりでしょうか(停止条件・始期)。
民法 第百二十七条(条件が成就した場合の効果)
1 停止条件付法律行為は、停止条件が成就した時からその効力を生ずる。
民法 第百三十五条(期限の到来の効果)
1 法律行為に始期を付したときは、その法律行為の履行は、期限が到来するまで、これを請求することができない。
期限の場合でいうと、売ります/買いますの一致で売買契約が成立し、履行期限が到来したらその効力が生ずることになります(「効力」という言い回しをしているのは停止条件のほうだけですが、始期のほうも同じく効力要件としておきます)。
どうやら、この履行期限の到来日が「契約の効力発生の日」といえそうです(以下、停止条件は省いて始期のみで考えます)。
○
すぐ上の記述、あえてぼやかして書いたところがあります。
「契約の効力」という括られ方をされてはいますが、ひとつの契約からは複数の効力が発生するのが通常です。
売買契約でも、目的物引渡請求権と売買代金請求権と主たる権利だけでも2つあって、さらにそれ以外にも種々の権利が発生します。
そしてそれらは同一時点で発生するとは限りません。
のに「契約の効力発生の日」というだけでは、なんら特定の時点を指し示したことにはなりません。
契約の効力のうち、どの効力が発生した日なのかを特定しなければならないはずです。
ところが、通達には何も書かれていない。
「なんちゃって私法準拠」は本当にたちが悪いですね。
『半端な私法準拠はむしろ法的安定性を害する。』
○
では、「契約の効力発生の日」(以下、効力発生日といいます)にいう「効力」とは、いったいどの効力のことをいうのか。
ちなみに、よくある税務解説本とかだと「契約締結日」が効力発生日だと書いてあるものをみかけます。
確かに、通常の不動産売買を想定すると、売主・買主が一堂に会して、契約書への調印・代金決済・登記関係書類や鍵の引渡しなどを同時に実施します。
この場合は、1=2=3となるので契約締結日を収益計上日といっても結論は間違いではないです。引渡日まで同日になっちゃってますけど。
1 契約締結日
2 支払期日・引渡期日
3 支払日・引渡日
が、「代金決済・引渡は契約締結から○日後」などと定めた場合(その結果、年をまたぐ場合)でも、契約締結日を収益計上日とすることができるのでしょうか。
民法上は「始期」を付したときは期限到来まで請求することができません(135条)。
これは、契約が成立していても、期限到来までは効力が生じていないということでしょう。
そうすると、契約締結時点ではまだ契約の効力は生じておらず、1を「契約の効力発生の日」というのは無理があるのではないでしょうか。
実際、上記引用した通達の「契約の効力発生の日」の後ろの(略)としたところには、次の括弧書きが挟まっています。
(農地法第3条第1項若しくは第5条第1項本文の規定による許可を受けなければならない農地若しくは採草放牧地(以下この項においてこれらを「農地等」という。)の譲渡又は同条第1項第7号の規定による届出をしてする農地等の譲渡については、当該農地等の譲渡に関する契約が締結された日)
こちらには「契約が締結された日」とはっきり書いてあります。
ので、やはり「契約の効力発生の日」は契約締結日とは別の時点だと理解すべきでしょう。
○
上記は、話を単純化するために「2 支払期日・引渡期日」と並べて書くことで、「同時履行」を前提としておきました。
が、現実には「異時履行」がありえます。
A 支払期日=引渡期日(同時履行)
B 支払期日→引渡期日(支払先履行)
C 引渡期日→支払期日(引渡先履行)
このように支払期日と引渡期日がズレる場合には、どの時点が効力発生日となるでしょうか。
ありうる選択肢としては、次のとおり。
ア どちらでも
イ どちらか早いほう
ウ どちらか遅いほう
エ 支払期日
オ 引渡期日
なお、「ありうる」ということでいえばこれら以外の効力の可能性もあります。
たとえば、「引渡・代金決済は来年だが今年中に買主は近隣へ挨拶回りせよ」と契約で定めた場合、「挨拶回り請求権」は契約締結時から効力を生じています。だからといって、この請求権の効力発生をもって収入実現とは、さすがにならないでしょう。
このように、主たる効力を差し置いて付随的な効力が基準になるとは思えないので、考慮から外します。
ちなみに、通達には(注)がついています。
(注)
1 譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は、資産の譲渡の当事者間で行われる当該資産に係る支配の移転の事実(例えば、土地の譲渡の場合における所有権移転登記に必要な書類等の交付)に基づいて判定をした当該資産の引渡しがあった日によるのであるが、当該収入すべき時期は、原則として譲渡代金の決済を了した日より後にはならないのであるから留意する。
「3 支払日・引渡日」に関しては、(原則として)実際の引渡日と支払日のいずれか早いほうで判定、ということですよね。
ただ、こちらは「管理支配基準」の一流派って感じなので、何の支配も管理も移転しない「2 支払期日・引渡期日」にそのまま横流しできるかは疑問ありです。
そのほか参考になりそうなものとして、「配当所得」のルールはどうでしょうか。
36−4(配当所得の収入金額の収入すべき時期)
配当所得の収入金額の収入すべき時期は、法第36条第3項に規定するものを除き、それぞれ次に掲げる日によるものとする。
(1) 法第24条第1項((配当所得))に規定する剰余金の配当、利益の配当、剰余金の分配、金銭の分配又は基金利息(以下この項において「剰余金の配当等」という。)については、当該剰余金の配当等について定めたその効力を生ずる日。
ここでいう「効力を生ずる日」とは、決議において「その日に支払います。」と定めた日であって、売買契約でいうところの「支払期日」に相当します。決議日ではありません。
配当 譲渡
1 決議成立 契約成立
2 支払期日 支払期日
この配当効力発生日が到来すると、会社に配当払えと請求することができるようになります。
仮に会社の支払いが遅延したとしても、同日が配当所得の収益計上日になるんだと。
じゃあってことで、譲渡所得の効力発生日も「支払期日」を基準とするってことでいいのかというと、そう速断することもできない。
というのも、配当の場合は会社が一方的に支払うだけなので「支払側」しかでてきません。
他方で、売買の場合は、買主の代金支払いだけでなく売主の目的物引渡しもあるので、「引渡側」も基準としなくていいのか、ということを考えなければなりません。
ではあるのですが、同じく「期日ルール」を採用している給与所得(雇用)や不動産所得(賃貸借)は、「双務契約」でありながら「支払側」だけを基準としています。
実際の移転がされる前の段階で所得の実現を判定するには、もらう人にどのようなプラスがあったかで考えるということなのでしょう。
とすると、譲渡所得も「支払期日」が基準となるのであり、「引渡期日」は基準とはなりえないといえそうです(エ 支払期日説)。
○
効力発生日が「支払期日」のことだと決め打ちしたとして、「引渡日・支払日」との関係はどうなるか。
【支払先履行】
1 支払期日、支払
2 引渡期日、引渡
この場合、上記(注)1に従うならば、1が収益計上時期となって2は選択できないことになります(「原則として」ではありますが)。
【引渡先履行】
1 引渡期日、引渡
2 支払期日、支払
こちらは、通達本文を文字通りに受け取ってよいのであれば、1も2も選択できることになるはずです(本当に自由選択できるかは疑問あり)。
ところが、通達ルールの一般的な理解は「原則は引渡日だが納税者の選択により効力発生日に早めることができる」というものではなかったかと思います。
が、支払先履行の場合は「支払日に早めなければならない」、引渡先履行の場合は「効力発生日に遅らせることができる」となるのであり、効力発生日に早めることができる場面がでてきません。
でてくるとしたら、次のようなパターンでしょうか。
【支払先履行・支払遅延】
1 支払期日
2 引渡期日、引渡、支払(履行遅滞)
支払期日どおりに支払ってもらえなかったとしても、同日に収益計上してもよいと。
通達の書きぶりは、支払遅延などというイレギュラーな状態を想定した書きぶりには読めません。
が、効力発生日は支払期日のことだとし、かつ、(注)1を文字通りに読みとるならば、「早めることができる」のは、このような場面に限られることになります。
○
これとは逆に、支払期日よりも前に支払ってきた場合はどうなるか。
【同時履行・期日前支払】
1 支払
2 支払期日、引渡期日、引渡
この場合も、やはり(注)1どおり支払日強制となってしまうのでしょうか。
期限前でも民法706条によれば受領した時点で返還不要となりますし。
第七百六条(期限前の弁済)
債務者は、弁済期にない債務の弁済として給付をしたときは、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、債務者が錯誤によってその給付をしたときは、債権者は、これによって得た利益を返還しなければならない。
おそらくですが、(注)1は期限前の支払は想定していないものと思われます。
そうすると、先走って支払ってきた事情によっては、(注)1にいう「原則」が当てはまらない場合がありうる、といえるでしょうか。
○
そもそも、自由に支払期日を設定することで収益計上日をコントロールすることができるのかどうか、が問題です。
駆け込みで特例を受ける意図で、契約書上支払期日を期限切れ前に設定しておきながら、何らの特段の事情もないのに実際の引渡・支払を数年も遅らせた場合などが想定できます。
この場合には、事実認定レベルで『真の』支払期日は引渡日・支払日だった、と認定されることになりますかね(贈与税の消滅時効狙いと同じ話)。
「通達の文言解釈(笑)」からは手を出しようがないので、事実認定レベルでの『否認』が機能することになると。
【通達の文言解釈(笑)】
解釈の解釈を解釈する(free rider) 〜東京高裁平成30年7月19日判決
○
このように、譲渡所得の収益計上時期は、通達の表向きの態度は、原則は事業所得と同じ「引渡日」で給与所得等と同じ「支払期日」も許容されることになっているものの、詳しく詰めていくと、決して自由選択ではなく一定の制約がありそうです。
が、制約として明記されているのは引渡日と支払日の関係だけで、効力発生日と引渡日・支払日との関係がはっきりしない。
本来、このあたりを明示するのが通達の役割だと思うのですが、ただ選択肢を増やしただけで、選択条件が書かれていない。
もちろん、無条件で選択できるのならばそれでいいのでしょうが、おそらくそうではない。
こんなもの、通達の文言を鵜呑みにして自由選択をした納税者に対する『罠』にしか私には見えません。
「通達の文言解釈」をしてくれる高裁判事に救済してもらうしかない。
○
そしてここに、何某かの統一的な「所得概念」を見出すことは難しい。
(その1)では、どうにかして事業所得と給与所得の年度帰属ルールを統一的に説明できないか頑張ってみたのに、(その2)の不動産所得は原則は期日ベースで条件付きで発生ベースも許容、(その3)の譲渡所得は表向きはどちらも許容(ただし隠し制約ルール有り)、とせっかくの頑張りが台無し。
事業所得が引渡日基準なのは企業会計・法人税法に引っ張られているだけ、と例外扱いで説明できるかと思いきや、なぜか譲渡所得も引渡日がデフォルトになっている。
とすると、譲渡所得にも、給与所得・不動産所得・配当所得とは異なる扱いをすべき特有の理由を持ってこないといけない。と同時に、支払期日も選択できることの理由も見出す必要があります。
事業所得と同じで給与所得等と違うけど、給与所得等と同じで事業所得と違う理由、な〜んだ?
なぞなぞ、あるいはとんちですか。
事業所得 引渡日
給与所得 支払期日
不動産所得 支払期日(発生日許容)
配当所得 支払期日
譲渡所得 引渡日(支払期日許容)
○
もしも統一的な所得概念の構築を諦められないというのであれば、収入計上時期の問題とは切り離さなければならないでしょう。各所得区分に統一的な年度帰属ルールを見出すことは絶望的ですので。
そうすると、その内実は収入計上時期如何に影響されないものに再構成せざるをえないはずです。
所得概念 年度帰属
統一 ⇒ 統一
統一 × 不統一
不統一 ⇒ 不統一
が、私にはインポッシブル・ミッションとしか思えません。所得概念の再構成は、むしろ各論レベルからスタートすべきではないでしょうか。
所得概念の統一を夢見ることは結構ですが、まずは各所得区分ごとの所得概念を明確にすることから始めるべきではないかと。
○
最後、死者を弔う趣旨で、以上で述べたことを「権利」「確定」では説明しきるのはもちろん無理ですよね、とだけ記述して、本連載を終わりといたします。
当初、タイトルに「さよなら」とつけたときは全く想定してませんでしたが、まさか「さよなら」と言おうとした相手がすでに亡くなっているとは、思いもよりませんでした(さよならの向う側)。
【最終回後の番外編】
さよなら「権利確定主義」(その4) 〜違法所得
posted by ウロ at 10:07| Comment(0)
| 所得税法
2021年03月08日
さよなら「権利確定主義」(その2) 〜不動産所得
さて、不動産所得の収入計上時期は「権利確定主義」で説明できるでしょうか。
先週の時点ではさっぱり書ける気がしていなかったのですが、どうにかひねり出せたかぎりで検討します。
さよなら「権利確定主義」(その1) 〜事業所得と給与所得
○
通達ルールは次のとおり。
36−5(不動産所得の総収入金額の収入すべき時期)
不動産所得の総収入金額の収入すべき時期は、別段の定めのある場合を除き、それぞれ次に掲げる日によるものとする。
(1) 契約又は慣習により支払日が定められているものについてはその支払日、支払日が定められていないものについてはその支払を受けた日(請求があったときに支払うべきものとされているものについては、その請求の日)
(2) 略
これを文字通りに理解すると、
例:1月分家賃の支払日が、
・12/31 ⇒12月計上
・1/31 ⇒1月計上
・2/28 ⇒2月計上
・なし ⇒支払受領日
となります。
○
細かいことをいうと、支払時期が「毎月末日まで」という定めだったとして、これが「支払日が定められているもの」に該当するのか、という疑問はあります(これこそが通達の文言解釈の展開)。
たとえば「12月31日」(キリッ)と定めていれば、それが「支払日」であることは間違いないでしょう。
が、「12月31日まで」となると、それは「支払期間」でありしかも始期が明示されていないわけです。
この場合に「契約締結日」が始期となって、それ以降12/31までの全日が支払日ということになるのか(支払日:契約締結日〜12/31)。
あるいは、支払日が特定されていないから、支払日なしとなって支払受領日が収益計上日となるのか。
おそらくいずれでもなく、「12月中」が1月分家賃の支払日という扱いでいくのでしょう。
ので、12月末日まで支払期限の1月分家賃が、先走って10月とか11月に支払われても、12月に計上することになると思います。
(とはいえ、契約書に定められた支払期限をガン無視して融通無碍に支払ったとして、それでも支払期日どおりの収益計上が認められるかは疑問ありです。)
○
では、お馴染み「みんな大好き私法準拠」から、この通達ルールが説明できるでしょうか。
民法 第六百十四条(賃料の支払時期)
賃料は、動産、建物及び宅地については毎月末に、その他の土地については毎年末に、支払わなければならない。
何月分とは書いていないものの、「12月分は12月末日に支払え」(当月払)ということですよね(以下、建物賃貸借契約を前提とします)。
で、これは契約に支払日の定めが「ない」場合の補充規定です。
《支払日の定めがない場合》
支払請求 収入時期
(民法) (税法)
毎月末日 支払を受けた日 ←税法独自
さっそくずれてやがる。
民法上、支払日の定めがない場合は毎月末日に支払ってもらえるのに、税法では実際に支払いを受けるまで収入計上しなくていいんだと(まさか前払しか想定していないわけではないですよね)。
○
では支払日を定めた場合はどうなるか。
《支払日の定めがある場合》
支払請求 収入時期
(民法) (税法)
支払期日 支払期日 ←私法準拠
こちらはイコールになります。よかったね。
支払日の定めがない場合なんて現実には想定しがたい、ので無視してもいいんでしょうか。
もしかしてですが、民法614条の補充規定が適用される結果として、税法側からみると支払日の定めのない場合が消失する、ということか。
契約書 民法614条 税法
支払日の記載なし → 毎月末日が支払日 → 支払日あり?
あるいは、「慣習」で無理やり支払日があることを認定してしまうか。
契約書 慣習 税法
支払日の記載なし → 前月末日が支払日 → 支払日あり?
「支払日が定められていない」というのは、積極的に「支払日は定めん!」とでも明記した場合だけに限られると。
なんか「自己言及のパラドックス」が生じそうですが、まるで実益のない議論なのでこれ以上は進めません。
ということで、以下では支払日の定めがない場合を無視して検討を進めます。
※例により、支払日は「支払期日」と言い換えます。また、あくまで通達ルールであるものの、これに対する異論を見かけたことがないので、通達ルール=税法解釈としておきます。
○
この支払期日ルールを「権利確定主義」といってよいのかどうか。
書いてあることだけ眺めれば、まんま給与所得と同じルールなので、(その1)で論じたことと地続きな議論になりそうです。
36−9(給与所得の収入金額の収入すべき時期)
給与所得の収入金額の収入すべき時期は、それぞれ次に掲げる日によるものとする。
(1) 契約又は慣習その他株主総会の決議等により支給日が定められている給与等(次の(2)に掲げるものを除く。)についてはその支給日、その日が定められていないものについてはその支給を受けた日
(略)
ただし実態として、給与は後払い・家賃は前払いがそれぞれ多いという違いがあります。
ではあるのですが、年度帰属ルールとしては同じタイミングだと。
事業所得含めて並べるとこうなります。
不動産所得 支払期日(ほぼ前払い)
事業所得 役務提供完了時
給与所得 支払期日(ほぼ後払い)
これら違いを「権利」と「確定」というお言葉で統一的に説明しきることができるでしょうか。
私にはさっぱり思いつきません。
どうにかこじつけることは、できなくはないのでしょうが所得区分ごとに中身を弄る必要があるはずです。
それはもはや、ひとつの言葉の中で説明できていないのと同じ。
○
「まだだ、まだ俺たちには管理支配基準がある」などと思っている人がいるかもしれません(往生際の悪い)。
不動産所得の場合は給与所得と違って前払いだから、今度こそうまく説明できると。
が、あくまで支払期日であって支払受領日ではありません。
実際に受領していないのに、期日が到来しただけで「管理支配」しているというのは無理があるでしょう。
そうするとやはり、「権利確定」や「管理支配」などという迂路を辿らず、支払期日が到来していつでも支払ってもらえる状態になったら収入計上、とストレートに説明すればいいのではないでしょうか。
○
不動産所得には、特有のルールとして以下の個別通達があります。
所個通昭和48年11月6日付直所2-78「不動産等の賃貸料にかかる不動産所得の収入金額の計上時期について」
継続記帳や帳簿書類の備付けなどを条件に「発生」ベースでの計上を許容しています。
要するに、事業所得と同じレベルの経理処理をすれば、事業所得と同じ帰属ルールを使えるんだと。
基本通達でいう下記(6)に対応します。
36−8(事業所得の総収入金額の収入すべき時期)
事業所得の総収入金額の収入すべき時期は、別段の定めがある場合を除き、次の収入金額については、それぞれ次に掲げる日によるものとする。
(6) 資産(金銭を除く。)の貸付けによる賃貸料でその年に対応するものに係る収入金額については、その年の末日(貸付期間の終了する年にあっては、当該期間の終了する日)
「ちゃんと記帳したら」なんていう税の側の都合で年度帰属ルールを大胆に変更できるなんて、私法準拠どこいっちゃったんですか。
「帳簿をつけると私法上の権利の確定日が変わるよ。」
なんて、どの民法の教科書でもそんな「権利変動原因」書いてあるのを見たことはない。
そもそも、同じ賃貸借契約なのに、事業所得か不動産所得かで年度帰属ルールのデフォルトが異なる理由は何なのか、という話です。
「帳簿つけたら」とか言っているあたり、やはり企業会計・法人税法に引っ張られているという説明がよさそうですよね。
いずれにしても、もっぱら税法側の都合であって、私法側には何の理由付けも内在されていない。
○
この個別通達、見落としがちですが「前受収益」だけでなく「未収収益」もちゃんと処理しろと書いてあります。
前払いの計上時期を遅らせるだけでなく、後払いの計上時期を早めなければなりません。
1月分家賃の支払期日
・12/31 ⇒1月計上(前受収益)
・1/31 ⇒1月計上
・2/28 ⇒1月計上(未収収益)
このように、不動産所得の収益計上時期は、原則は「支払期日」だが、事業所得と同じように処理するなら「企業会計準拠」ルールを許容する、ということになっています。
○
支払期日ルール、給与所得の場合は、雇用なら一連の労働法規により定期的な支払期日を定めなければならないし、また、役員(委任)なら、法人税法上の損金不算入ルールにより、自由に支払期日を定めることが制約されています。
そのおかげで、年度帰属ルールとしては安定した運用が可能になっています。
ただし、労基法ガン無視の支払期日を定めた場合、税の側ではそれをそのまま受け入れるか、労基法どおりに引き直すのかは要検討。
【財務省職員による労基法抵触解説?】
ここがヘンだよ所得拡大促進税制 〜委任命令におけるゆらぎとひずみ
他方で、不動産所得の場合、「借地借家法」という特別法があるものの、意外なことに支払時期に関する強行ルールがない。公序則の発動はありうるかもしれませんが、労働債権のような個別規定がないわけです。
当事者が任意の意思で合意する限り、支払時期をどのように定めようとも自由。
じゃあってことで、収益計上したいタイミングで支払期日を任意に定めたとして、それを税法上そのまま認めてもらえるか。
借主にしても、値引してもらえるとか設備を新しくしてもらえるとか、何某かの便益があれば乗っかりますよね。
極端な話、実際の支払を契約上の支払期日どおり履行しなかったとしても、「通達の文言解釈(笑)」により、支払期日をそのまま収益計上時期とできるのか。
たとえばですけど、支払期日を「3年ごと前払」と定めておけば、実際は毎月支払っていたとしても3年ごとの計上が許されるのかどうか。
【通達の文言解釈(笑)】
解釈の解釈の介錯 〜最高裁令和2年3月24日判決
もちろん、「臨時所得」の適用可能性はあるわけですが、これはあくまで「納税者の選択」によるものであって、他の所得との兼ね合いであえて適用を受けないこともあるでしょう。
所得税法 第九十条(変動所得及び臨時所得の平均課税)
1 居住者のその年分の変動所得の金額及び臨時所得の金額の合計額(その年分の変動所得の金額が前年分及び前前年分の変動所得の金額の合計額の二分の一に相当する金額以下である場合には、その年分の臨時所得の金額)がその年分の総所得金額の百分の二十以上である場合には、その者のその年分の課税総所得金額に係る所得税の額は、次に掲げる金額の合計額とする。
(略)
4 第一項の規定は、確定申告書、修正申告書又は更正請求書に同項の規定の適用を受ける旨の記載があり、かつ、同項各号に掲げる金額の合計額の計算に関する明細を記載した書類の添付がある場合に限り、適用する。
この、偉そうな4項の手続規定が裏目にでている。
所得税法「記載かつ添付した場合に限って適用させてやんよ」
納税者「じゃあ記載・添付しねえよ」
まあ、さすがに完全フリーとはいかないはずです。
が、どこまで調整が可能なのか、その限界はよく分かりません。
不動産所得の性質上、定期性・継続性は要求されそうですが、それ以上にどこまでの制限がかかるのか。
実際の支払状況から逆算して、契約書記載の支払期日とは別の『真実の』支払期日を認定されることになるのかどうか。
○
と、このように、不動産所得の支払期日ルール、給与所得と同じで通達の文言も似通っていながらも、給与所得ほどの安定感はない「弱いルール」だということが分かります。
こういう場面でこそ「権利」とか「確定」が活躍してくれればいいんですけど、まるで何の役にも立たない。
先払いの場合なら「支配管理基準」で説明できそうですが、後払いの場合はどうにもならないですよね。
あとは譲渡所得あたりを検討したいのですが、記事化するのはしばらく後になりそうです。
さよなら「権利確定主義」(その3) 〜譲渡所得
さよなら「権利確定主義」(その4) 〜違法所得
先週の時点ではさっぱり書ける気がしていなかったのですが、どうにかひねり出せたかぎりで検討します。
さよなら「権利確定主義」(その1) 〜事業所得と給与所得
○
通達ルールは次のとおり。
36−5(不動産所得の総収入金額の収入すべき時期)
不動産所得の総収入金額の収入すべき時期は、別段の定めのある場合を除き、それぞれ次に掲げる日によるものとする。
(1) 契約又は慣習により支払日が定められているものについてはその支払日、支払日が定められていないものについてはその支払を受けた日(請求があったときに支払うべきものとされているものについては、その請求の日)
(2) 略
これを文字通りに理解すると、
例:1月分家賃の支払日が、
・12/31 ⇒12月計上
・1/31 ⇒1月計上
・2/28 ⇒2月計上
・なし ⇒支払受領日
となります。
○
細かいことをいうと、支払時期が「毎月末日まで」という定めだったとして、これが「支払日が定められているもの」に該当するのか、という疑問はあります(これこそが通達の文言解釈の展開)。
たとえば「12月31日」(キリッ)と定めていれば、それが「支払日」であることは間違いないでしょう。
が、「12月31日まで」となると、それは「支払期間」でありしかも始期が明示されていないわけです。
この場合に「契約締結日」が始期となって、それ以降12/31までの全日が支払日ということになるのか(支払日:契約締結日〜12/31)。
あるいは、支払日が特定されていないから、支払日なしとなって支払受領日が収益計上日となるのか。
おそらくいずれでもなく、「12月中」が1月分家賃の支払日という扱いでいくのでしょう。
ので、12月末日まで支払期限の1月分家賃が、先走って10月とか11月に支払われても、12月に計上することになると思います。
(とはいえ、契約書に定められた支払期限をガン無視して融通無碍に支払ったとして、それでも支払期日どおりの収益計上が認められるかは疑問ありです。)
○
では、お馴染み「みんな大好き私法準拠」から、この通達ルールが説明できるでしょうか。
民法 第六百十四条(賃料の支払時期)
賃料は、動産、建物及び宅地については毎月末に、その他の土地については毎年末に、支払わなければならない。
何月分とは書いていないものの、「12月分は12月末日に支払え」(当月払)ということですよね(以下、建物賃貸借契約を前提とします)。
で、これは契約に支払日の定めが「ない」場合の補充規定です。
《支払日の定めがない場合》
支払請求 収入時期
(民法) (税法)
毎月末日 支払を受けた日 ←税法独自
さっそくずれてやがる。
民法上、支払日の定めがない場合は毎月末日に支払ってもらえるのに、税法では実際に支払いを受けるまで収入計上しなくていいんだと(まさか前払しか想定していないわけではないですよね)。
○
では支払日を定めた場合はどうなるか。
《支払日の定めがある場合》
支払請求 収入時期
(民法) (税法)
支払期日 支払期日 ←私法準拠
こちらはイコールになります。よかったね。
支払日の定めがない場合なんて現実には想定しがたい、ので無視してもいいんでしょうか。
もしかしてですが、民法614条の補充規定が適用される結果として、税法側からみると支払日の定めのない場合が消失する、ということか。
契約書 民法614条 税法
支払日の記載なし → 毎月末日が支払日 → 支払日あり?
あるいは、「慣習」で無理やり支払日があることを認定してしまうか。
契約書 慣習 税法
支払日の記載なし → 前月末日が支払日 → 支払日あり?
「支払日が定められていない」というのは、積極的に「支払日は定めん!」とでも明記した場合だけに限られると。
なんか「自己言及のパラドックス」が生じそうですが、まるで実益のない議論なのでこれ以上は進めません。
ということで、以下では支払日の定めがない場合を無視して検討を進めます。
※例により、支払日は「支払期日」と言い換えます。また、あくまで通達ルールであるものの、これに対する異論を見かけたことがないので、通達ルール=税法解釈としておきます。
○
この支払期日ルールを「権利確定主義」といってよいのかどうか。
書いてあることだけ眺めれば、まんま給与所得と同じルールなので、(その1)で論じたことと地続きな議論になりそうです。
36−9(給与所得の収入金額の収入すべき時期)
給与所得の収入金額の収入すべき時期は、それぞれ次に掲げる日によるものとする。
(1) 契約又は慣習その他株主総会の決議等により支給日が定められている給与等(次の(2)に掲げるものを除く。)についてはその支給日、その日が定められていないものについてはその支給を受けた日
(略)
ただし実態として、給与は後払い・家賃は前払いがそれぞれ多いという違いがあります。
ではあるのですが、年度帰属ルールとしては同じタイミングだと。
事業所得含めて並べるとこうなります。
不動産所得 支払期日(ほぼ前払い)
事業所得 役務提供完了時
給与所得 支払期日(ほぼ後払い)
これら違いを「権利」と「確定」というお言葉で統一的に説明しきることができるでしょうか。
私にはさっぱり思いつきません。
どうにかこじつけることは、できなくはないのでしょうが所得区分ごとに中身を弄る必要があるはずです。
それはもはや、ひとつの言葉の中で説明できていないのと同じ。
○
「まだだ、まだ俺たちには管理支配基準がある」などと思っている人がいるかもしれません(往生際の悪い)。
不動産所得の場合は給与所得と違って前払いだから、今度こそうまく説明できると。
が、あくまで支払期日であって支払受領日ではありません。
実際に受領していないのに、期日が到来しただけで「管理支配」しているというのは無理があるでしょう。
そうするとやはり、「権利確定」や「管理支配」などという迂路を辿らず、支払期日が到来していつでも支払ってもらえる状態になったら収入計上、とストレートに説明すればいいのではないでしょうか。
○
不動産所得には、特有のルールとして以下の個別通達があります。
所個通昭和48年11月6日付直所2-78「不動産等の賃貸料にかかる不動産所得の収入金額の計上時期について」
継続記帳や帳簿書類の備付けなどを条件に「発生」ベースでの計上を許容しています。
要するに、事業所得と同じレベルの経理処理をすれば、事業所得と同じ帰属ルールを使えるんだと。
基本通達でいう下記(6)に対応します。
36−8(事業所得の総収入金額の収入すべき時期)
事業所得の総収入金額の収入すべき時期は、別段の定めがある場合を除き、次の収入金額については、それぞれ次に掲げる日によるものとする。
(6) 資産(金銭を除く。)の貸付けによる賃貸料でその年に対応するものに係る収入金額については、その年の末日(貸付期間の終了する年にあっては、当該期間の終了する日)
「ちゃんと記帳したら」なんていう税の側の都合で年度帰属ルールを大胆に変更できるなんて、私法準拠どこいっちゃったんですか。
「帳簿をつけると私法上の権利の確定日が変わるよ。」
なんて、どの民法の教科書でもそんな「権利変動原因」書いてあるのを見たことはない。
そもそも、同じ賃貸借契約なのに、事業所得か不動産所得かで年度帰属ルールのデフォルトが異なる理由は何なのか、という話です。
「帳簿つけたら」とか言っているあたり、やはり企業会計・法人税法に引っ張られているという説明がよさそうですよね。
いずれにしても、もっぱら税法側の都合であって、私法側には何の理由付けも内在されていない。
○
この個別通達、見落としがちですが「前受収益」だけでなく「未収収益」もちゃんと処理しろと書いてあります。
前払いの計上時期を遅らせるだけでなく、後払いの計上時期を早めなければなりません。
1月分家賃の支払期日
・12/31 ⇒1月計上(前受収益)
・1/31 ⇒1月計上
・2/28 ⇒1月計上(未収収益)
このように、不動産所得の収益計上時期は、原則は「支払期日」だが、事業所得と同じように処理するなら「企業会計準拠」ルールを許容する、ということになっています。
○
支払期日ルール、給与所得の場合は、雇用なら一連の労働法規により定期的な支払期日を定めなければならないし、また、役員(委任)なら、法人税法上の損金不算入ルールにより、自由に支払期日を定めることが制約されています。
そのおかげで、年度帰属ルールとしては安定した運用が可能になっています。
ただし、労基法ガン無視の支払期日を定めた場合、税の側ではそれをそのまま受け入れるか、労基法どおりに引き直すのかは要検討。
【財務省職員による労基法抵触解説?】
ここがヘンだよ所得拡大促進税制 〜委任命令におけるゆらぎとひずみ
他方で、不動産所得の場合、「借地借家法」という特別法があるものの、意外なことに支払時期に関する強行ルールがない。公序則の発動はありうるかもしれませんが、労働債権のような個別規定がないわけです。
当事者が任意の意思で合意する限り、支払時期をどのように定めようとも自由。
じゃあってことで、収益計上したいタイミングで支払期日を任意に定めたとして、それを税法上そのまま認めてもらえるか。
借主にしても、値引してもらえるとか設備を新しくしてもらえるとか、何某かの便益があれば乗っかりますよね。
極端な話、実際の支払を契約上の支払期日どおり履行しなかったとしても、「通達の文言解釈(笑)」により、支払期日をそのまま収益計上時期とできるのか。
たとえばですけど、支払期日を「3年ごと前払」と定めておけば、実際は毎月支払っていたとしても3年ごとの計上が許されるのかどうか。
【通達の文言解釈(笑)】
解釈の解釈の介錯 〜最高裁令和2年3月24日判決
もちろん、「臨時所得」の適用可能性はあるわけですが、これはあくまで「納税者の選択」によるものであって、他の所得との兼ね合いであえて適用を受けないこともあるでしょう。
所得税法 第九十条(変動所得及び臨時所得の平均課税)
1 居住者のその年分の変動所得の金額及び臨時所得の金額の合計額(その年分の変動所得の金額が前年分及び前前年分の変動所得の金額の合計額の二分の一に相当する金額以下である場合には、その年分の臨時所得の金額)がその年分の総所得金額の百分の二十以上である場合には、その者のその年分の課税総所得金額に係る所得税の額は、次に掲げる金額の合計額とする。
(略)
4 第一項の規定は、確定申告書、修正申告書又は更正請求書に同項の規定の適用を受ける旨の記載があり、かつ、同項各号に掲げる金額の合計額の計算に関する明細を記載した書類の添付がある場合に限り、適用する。
この、偉そうな4項の手続規定が裏目にでている。
所得税法「記載かつ添付した場合に限って適用させてやんよ」
納税者「じゃあ記載・添付しねえよ」
まあ、さすがに完全フリーとはいかないはずです。
が、どこまで調整が可能なのか、その限界はよく分かりません。
不動産所得の性質上、定期性・継続性は要求されそうですが、それ以上にどこまでの制限がかかるのか。
実際の支払状況から逆算して、契約書記載の支払期日とは別の『真実の』支払期日を認定されることになるのかどうか。
○
と、このように、不動産所得の支払期日ルール、給与所得と同じで通達の文言も似通っていながらも、給与所得ほどの安定感はない「弱いルール」だということが分かります。
こういう場面でこそ「権利」とか「確定」が活躍してくれればいいんですけど、まるで何の役にも立たない。
先払いの場合なら「支配管理基準」で説明できそうですが、後払いの場合はどうにもならないですよね。
あとは譲渡所得あたりを検討したいのですが、記事化するのはしばらく後になりそうです。
さよなら「権利確定主義」(その3) 〜譲渡所得
さよなら「権利確定主義」(その4) 〜違法所得
posted by ウロ at 10:39| Comment(0)
| 所得税法
2021年03月01日
さよなら「権利確定主義」(その1) 〜事業所得と給与所得
当ブログでは、税法学上の通念に対して、眉唾概念呼ばわりすることがあります。
・借用概念
・納税者の予測可能性
・包括的所得概念
などが、これまでイジりの対象とされてきました。
○
下記記事を書く中で、支払調書における「支払の確定した」が、収入側の「その年において収入すべき」と同義なのかどうか、という疑問に突き当たりました。
支払調書における「支払金額」(支払の確定した金額)について
支払調書における「支払金額」(支払の確定した金額)について【追補】
が、そもそもの話として、後者の解釈として通用している権利確定主義という「お主義」にも、どうも眉唾の気がありそげな気がしてきました。
ということで、以下検証してみます。
○
所得税法36条の「その年において収入すべき」時期について、税法本では通例次のような構成で記述がなされます。
《収入の年度帰属》
・ 総論
原則は「権利確定主義」だが例外として「支配管理基準」により判断される。
そして、いくつかの判決・裁決のご紹介。
・ 各論
所得税基本通達36-2以下の羅列。
学術書だと総論が厚めで各論は場合によっては記載されない、他方、実務書だと各論の通達のご紹介が多め、という傾向があります。
なんで一方を「主義」と呼び、他方を「基準」と呼ぶのか、言葉遣いの不統一感も気になります。
が、それはさておき、総論で論じられていることは、本当に法36条の解釈として妥当なのかどうか。
所得税法第三十六条(収入金額)
その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもつて収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする。
所得税基本通達
第2款 所得金額の計算の通則 法第36条《収入金額》関係〔収入金額の収入すべき時期〕
○
「権利が確定した」という言い方ができるタイミングとして、理論上は次の4つのものがありえます。
例:請負契約(月末締・翌月10日払)
1 契約締結
2 引渡完了
3 支払期日到来
4 支払
事業所得の場合、権利確定というのは134のどれでもなく2だとされています。
この「権利確定」という言い回し、あたかも「私法準拠」しているつもりっぽいので、民法の規定がどうなっているか見てみましょう。
民法第六百三十三条(報酬の支払時期) 請負
報酬は、仕事の目的物の引渡しと同時に、支払わなければならない。ただし、物の引渡しを要しないときは、第六百二十四条第一項の規定を準用する。
民法第六百二十四条(報酬の支払時期) 雇用
1 労働者は、その約した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することができない。
2 期間によって定めた報酬は、その期間を経過した後に、請求することができる。
民法633条をみると、(規定上は同時履行とされていますが)引渡をすれば報酬請求できることになります。
お、ちゃんと私法準拠しているじゃん、と思うかもしれません。
が、但書の準用条文として引用した624条第1項をみてご覧なさい。
雇用のほうも、労務が完了すれば報酬請求できるとあります(こちらは先履行)。
ところが税の側では、「支給日」または「支給を受けた日」が給与の収入すべき時期だとされています。
所基通36−9(給与所得の収入金額の収入すべき時期)
給与所得の収入金額の収入すべき時期は、それぞれ次に掲げる日によるものとする。
(1) 契約又は慣習その他株主総会の決議等により支給日が定められている給与等(次の(2)に掲げるものを除く。)についてはその支給日、その日が定められていないものについてはその支給を受けた日
(以下略)
※「支給日」というと、実際に支給された日と区別しにくいので、以下では「支給期日」といいかえます。また、実際に支給された日のことは「支給受領日」といいます。
また、あくまで通達ルールではありますが、特に異論も見られないので、税法解釈として妥当なものだという前提で記述します。
なお、下記通達からすると、通達の立場はもはや権利確定主義を放棄している、とみることができるかもしれません。私法上の適法・違法にかかわらず収入になるとされているので。
所基通36−1(収入金額)
法第36条第1項に規定する「収入金額とすべき金額」又は「総収入金額に算入すべき金額」は、その収入の基因となった行為が適法であるかどうかを問わない。
が、違法所得の場合は実際の「受領」を要求する判決・裁決もあるとおり、無条件に収入実現が肯定されているわけではありません。
ので、ここでは「違法であっても当然には排除されない」という狭い意味で理解しておきます。
○
この、民法と税法の対応関係の整理すると次のようになります(雇用に言葉を合わせるため、引渡ではなく役務提供と書きます)。
《支払期限の定めなし》
支払請求 収入計上
(民法) (税法)
請負 役務提供日 役務提供日 ←私法準拠
雇用 労務提供後 支給受領日 ←税法独自
雇用のほうは、民法では労務提供後には報酬請求できるとあるのに、税法では受領するまで収入計上しなくてよいことになります。
民法のデフォルトは支払期限の定めがない場合で書いてありますが、今どきは支払期限を定めるのが普通でしょう(○日締翌月△日払など)。
この場合は次のようになります。
《支払期限の定めあり》
支払請求 収入計上
(民法) (税法)
請負 支払期日 役務提供日 ←税法独自
雇用 支給期日 支給期日 ←私法準拠
支払期限の有る無しで私法準拠/税法独自がひっくり返るという、謎の現象。
こんな状態では、何のポリシーも見いだせません。
税法が民法に連動しないのであれば、それはもはや私法準拠していない、ということです。
「や、あくまでも私法準拠が原則で税法独自は例外だ」などと言い訳するのかもしれません。
が、この手の「原則例外モデル」の欺瞞性は、すでに批判ずみのところ。
からくりサーカス租税法 〜文言解釈VS趣旨解釈、そして借用概念論へ
融通無碍な例外則を許容した時点で、原則はもはや原則たりえない。
実務能力のない、名ばかりお飾り税理士事務所所長みたいなものよ。
○
この原則と例外が、期限の有無により入れ替わるなどという怪奇現象、どうやって説明するというのか。
もしかするとですが、これは支払期日を役務・労務提供時と定めた場合を想定しているのでしょうか。
《支払期日=役務・労務完了時》
支払請求 収入計上
(民法) (税法)
請負 役務提供時 役務提供時 ←私法準拠
雇用 労務提供時 労務提供時 ←私法準拠
こういう場合であれば、私法と税法が一致し、請負と雇用も一致することになります。
確かに、請負であれば、請負人が役務提供をしても注文者による「検収」がされるまでは完了とならない、そしてその検収が完了すれば直ちに支払う、場合であれば支払期日=役務提供(完了)日となるのでしょう。
が、雇用では「検収」といった概念はないので、締日が過ぎれば労務提供が完了したことになります。で、そこから給与計算をスタートさせることになるので、どうしても支払期日まで数日は必要です。
締日と同時に給与計算が完了するものがあるとしたら、毎月定額で一切の手当も減給もないような場合に限られるでしょう。
給与の通達ルール、給与計算が単純計算で済んでいた時代の遺物ルールだとでもいうのでしょうか。
あるいは、給与計算を検収と同等のものと位置づけて、給与計算完了をもって労務提供完了と扱うか。
支払請求 収入計上
(民法) (税法)
請負 検収完了 検収完了 ←私法準拠
雇用 計算完了 計算完了 ←税法準拠
だとしても、「検収・給与計算完了と同時に支払う」(2=3)としないかぎり、請負・雇用のズレは解消されない。
請負 雇用
2 検収・計算完了 ○
3 支払・支給期日 ○
○
と、私法準拠では「権利確定」の意味を確定することが難しいということが分かりました。
『半端な私法準拠はむしろ法的安定性を害する。』
なので、私法に丸投げせずに税法の側から「権利確定」の意味を解明しなければなりません。
《どれが権利確定?》
1 契約締結
契約締結した時点で、役務・労務提供を条件とする報酬請求権が成立する。
2 役務・労務提供完了
役務・労務の提供が終わった時点で、支払期限付きの報酬請求権が発生する。
3 支払期日到来
支払期日が到来した時点で、いつでも報酬の支払いを請求できるようになる。
4 支払受領日
実際に報酬を受領した。
1と4はないとして、2か3のいずれが「権利確定」なのか。
どちらも決め手はないものの、請負(事業所得)と雇用(給与所得)とでタイミングをズラす理由はないでしょう。いずれも報酬請求権であることにかわりはない。
『労働者は「資本家に掛売している」のである。』(来栖三郎「契約法」436頁)
来栖三郎「契約法」(有斐閣1974)
のに、通達では請負が2、給与が3とズレている。
民法以外の労働法規まで見渡せば、労働報酬債権のほうが請負報酬債権よりも保護に手厚い。
そうすると、労働報酬債権のほうが実現の確実性は高いともいえるので、給与所得の実現を早める理由にはなっても遅らせる理由にはなりえない。
○
2の時点で実現してしまうのは給与所得者とって「かわいそうだから」という主張がありうるかもしれません。
が、給与所得者といっても、高給の役員と学生アルバイトとを、一律に「かわいそう」で括るには無理がある。
仮に「かわいそう」理論を認めるにしても、そもそも実際の支給を受けるより前の時点で所得実現とされてしまうのならば、労務提供後だろうが支給期日だろうが、大した違いはない。
せいぜい、12月分が1月にズレてくれたら次回の年末調整・確定申告まで問題を先送りにできる、という限度でしょう。
この手の事情に対応するには、たとえば次のような規定によるべきであって、所得区分全体で帰属時期をズラすべきものではない。
所得税法第六十七条(小規模事業者の収入及び費用の帰属時期)
青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている居住者で不動産所得又は事業所得を生ずべき業務を行なうもののうち小規模事業者として政令で定める要件に該当するもののその年分の不動産所得の金額又は事業所得の金額(山林の伐採又は譲渡に係るものを除く。)の計算上総収入金額及び必要経費に算入すべき金額は、政令で定めるところにより、その業務につきその年において収入した金額及び支出した費用の額とすることができる。
○
このように、なぜか事業所得と給与所得とで収入計上時期が異なっているわけです。
にもかかわらず、総論箇所ではそのような違いを無視して「権利確定主義」で説明されます。
このことは、どちらかは「権利確定主義」が通用しないということなのか、それとも所得区分ごとに「権利確定」の中身が異なるということなのか。
このあたりをちゃんと説明したものを見かけたことがない。
少なくとも、後者の説明は民法の規定からは出てこない。そこでいう権利とか確定という概念を、税法独自の観点から所得区分ごとにトランスフォームさせなければならないわけで。
いずれにしても、すべての所得区分の帰属時期のヴァリエーションを説明する概念として、権利確定主義が「統一理論」として機能していないといえるでしょう。
総論で高らかに掲げた「お主義」が、各論ではまともに使えないものになっている。
○
この点、刑法学でも「総論各論問題」というのがあります(私が勝手に問題視しているだけですが)。
井田良「講義刑法学・総論 第2版」(有斐閣2018)
井田良「講義刑法学・各論 第2版」(有斐閣2020)
「刑法総論」というのは、本来は刑法典にとどまらずすべての刑罰法規に共通する要素を論ずべき学問領域のはずです。
ところが、実際に刑法総論で議論されていることは、刑法典の中でもごく一部の犯罪類型が念頭に置かれたものにすぎません。
刑法典すらすべてカバーできていない。
ので、各論を学ぶ際に総論の議論をそのまま参照できるのは、一部の犯罪類型にとどまります。
ちなみに、因果関係に関する「危険の現実化説」なんかだと、内実がないおかげで、現状議論されていない犯罪類型が出てきたとしても、軽く対応ができてしまう。問題化した時点でそれ用の下位基準を付け足しすればいいだけなので。
【危険の現実化説】
橋爪隆「刑法総論の悩みどころ」(有斐閣2020)
これ、決して褒めているのではなく。
後付けでどうとでも説明できてしまうということであって、行為者に事前に規範を提示するという「行為規範性」は皆無。
のに、行為無価値論者の皆さんまでもが、こぞって同説の下位基準の開発競争に勤しんでいるのはどうしたことか。
話を戻して。
収入の帰属時期に関する総論と各論の関係にも同じことがいえます。
総論で「権利確定主義」が妥当だとしながら、各論レベルで検証がされていない。
理念型としての権利確定主義が通用しないとなると、そこでいう権利確定の内実を薄ぼんやりしたものに希釈するか、思い切って権利確定による説明を放棄するか。
なんにしても、偉そうに「主義」などといえるような概念は、もはやそこには存在しない。
○
「まだだ、まだ俺たちには管理支配基準が残されている。」などと、給与所得の帰属時期が3にズレる理由を「管理支配基準」で説明できると思う人がいるかもしれません。
が、管理支配基準というのは、「権利確定していなくても管理支配していれば所得の実現を肯定する」ための理屈です。違法所得とか返金不可の前受金とかの所得実現を肯定するために使うと。
こういう基準を併用している時点で、権利確定主義が「なんちゃって私法準拠」であることが分かるわけですが、それはともかく、この基準を「権利確定していても管理支配していなければ所得の実現を否定する」ための理屈として主張している人って、たぶんですけど誰もいないですよね。
どうしても管理支配基準で給与所得の帰属時期を説明したいというならば、ぜひ「フローチャート」を書いてみてください。
役務・労務提供完了しているか? はい →権利確定(収入計上)
で終わっちゃうはずです。管理支配基準にたどり着けない。
もしこの先に管理支配基準を出すのだとしたら、権利確定主義を真っ向から否定した上で、かつ事業所得も同じく3の時点にまで実現をズラさなければならないことになります。
あちらを立てればこちらが立たない。
やだあ、「主義」とまで崇められている権利確定主義を、単なる「基準」ごときに覆せるわけないじゃないですか。
権利確定主義ではカバーできていない領域を「拡張」する役割を担っているのが管理支配基準であって、権利確定主義を「制限」するための基準ではありません。
主義様の食べこぼしした残りをいただけるだけの立場のやつが、なぜに主義様がこれから食べようとしているものを横取りできると思っているのか。
拡張にも制限にも使えるのだとしたら、もはや管理支配基準だけで判断すればいいのであって、権利確定主義をかますは必要ありません(下剋上としての管理支配主義)。
私法準拠してるっぽく見せかける看板としてだけ使う、という俗悪な利用方法はあるかもしれませんが(もしかして、現状がすでにそうなのかどうか)。
そもそもの話として、支払期日が到来しただけで実際に支給を受けていなくても「管理支配」しているといえるのか、疑問です。
ので、やはり「権利確定」の側でどうにか説明しなければならない。が、それが難しいことはここまで記述してきたとおりです。
○
私法準拠とか権利確定などのしがらみを一切排除して、税法独自に判断してもよいならば、給与所得と事業所得の収益計上時期の違いにつき、次のような説明が可能かもしれません。
すなわち、前述したとおり、請負の場合、請負人が役務を提供しただけでは提供完了とならず、注文者による検収が必要となります。
他方で、雇用の場合、締日後に給与計算のため一定の日数が必要となります。
それゆえ、請求金額が最終確定する時点は、請負の場合は検収完了=役務提供完了時、雇用の場合は給与計算完了≒支給期日となると(後者が「≒」なのは支給期日より前には給与計算終わっているはずなので)。
一見、時点としてはズレているようにみえても、「請求金額が最終確定する時点」という意味では同じことになります。
《金額確定するのは》
請負 雇用
1 契約締結
2 検収・計算完了 ○ ○
3 支払期日
4 支払受領
が、これはそれぞれそういう場合にあてはまるというにすぎません。
たとえば、毎月一定の役務提供をする請負契約で、12月作業分を1月5日までに作業報告、報告確認後1月10日に支払、というものがあったとします。この場合、収益計上時期は1月ではなく12月とされるでしょうが、12月末日をもって「金額が最終確定した」というのは無理ではないかと。
他方、給与でも、前述のとおり締日に金額確定できる場合もありうるわけです。
また、「≒」としたとおり、給与計算完了日と支給期日は「=」ではありません。ので、あくまで近似値であって直接的な理由付けとはなりえない。
そうすると、税法独自に考えても、やはり統一的な理由付けは難しそうです。
とはいえ、権利確定などというなんちゃって私法準拠よりは筋がよさそう。
「権利」などという私法準拠風の用語を使っておきながら、「確定」のほうに税法独自の考慮を混ぜ込む、といったズルい仕草は「金額確定」のほうにはありませんので。
私には、「権利が確定する」という物言い、「権利がかゆい」くらい意味不明な言葉つなぎだと感じるのですが。ましてやそれを「主義」で締めるからなおさら。
権利・確定・主義
なんか言葉に、キマイラあるいはフランケンシュタイン氏の怪物的な継ぎ接ぎ感があるんですよね。
○
以上、さしあたり事業所得と給与所得だけを対象として検討してみました。
これだけみても「権利確定主義」なるものが「お主義」として成り立っていないことが分かるはずです。
私の見立てでは、税法側のデフォルトは「支払期日」ベースで、事業所得が「発生」ベースなのは企業会計あるいは法人税法に引っ張られているだけ、とみています。
いつでも払ってもらえる状態になってはじめて収入が実現するのであって、売掛金が発生しただけで実現したとするのは、事業所得固有の事情にすぎないと。
どうしても主義って言って崇めたければ、「事業所得は企業会計準拠主義」とでも言っておけばいいしょや。
発生主義: 事業所得、不動産所得(許容)
↑
支払期日: 給与所得、不動産所得
↓
現金主義: 小規模事業者、違法所得
支払期日がデフォルトで、発生段階まで早まったり受領段階まで遅れたりする、という見方のほうがうまく説明できそうな気がします。
もちろん、私法をガン無視して純経済的に決定できる、などとまでいうものではありません。「いつでも払ってもらえる状態」といっても、一定の法律関係を前提とすることになりますので。
ただ、そこでいう法律関係の判断については、完全に私法に委ねることはできず、税法独自の考慮が入り込みます。この私法と税法の交錯をどのように切り分けるか、を「権利確定」などという曖昧な物言いで融通無礙に判断するのではなく、正面から論ずるべきということです。
ちなみに、印紙税法と私法の交錯については、以前試みたことがあります。
【印紙税法と私法の交錯】
私法の一般法とかいってふんぞり返っているわりに、隙だらけ。〜契約の成立と印紙税法
Janusの委任 〜成果報酬型委任と印紙税法
続・契約の成立と印紙税法(法適用通則法がこちらをみている)
続々・契約の成立と印紙税法(代理法がこちらをみている)
さよなら契約の成立と印紙税法 (結局いつもひとり)
魔界の王子と契約の成立と印紙税法
二段の推定と契約の成立と印紙税法 〜印紙税法における実体法と手続法の交錯
おかわり契約の成立と印紙税法(法人法がこちらをみている)
中身さえ気をつければ、そのまま「権利確定主義」という言葉を使い続けても問題はないのでしょう。が、それだと「私法準拠」の象徴的・嚮導的立場であった同主義に引き摺られてしまうおそれがあります。ので、やはり別の言葉に置き換えたほうがよいと思います。
○
このような見立てを検証するには、その他の所得についても検討すべきところ。
不動産所得はこの枠組みでうまく説明できそうだが、譲渡所得は固有の事情がありそう、とか。
が、どうにも筆が進む感じがしないので、またいつかこの話題でお会いしましょう。
○
なお、以上は収入の「計上時期」という切り口から論じていますが、「そもそも所得とはなんぞや」という問題でもあります。その時点で実現したものが所得だということになりますので。
事業所得では「支払期限未到来の報酬債権の取得」が所得に該当するのに対して、給与所得では「支払期限が到来した報酬債権の取得」が所得に該当するんだと。
こう表現してみても、やはりなぜこのような違いがあるのか、理解に苦しみます。
さよなら「権利確定主義」(その2) 〜不動産所得
さよなら「権利確定主義」(その3) 〜譲渡所得
さよなら「権利確定主義」(その4) 〜違法所得
・借用概念
・納税者の予測可能性
・包括的所得概念
などが、これまでイジりの対象とされてきました。
○
下記記事を書く中で、支払調書における「支払の確定した」が、収入側の「その年において収入すべき」と同義なのかどうか、という疑問に突き当たりました。
支払調書における「支払金額」(支払の確定した金額)について
支払調書における「支払金額」(支払の確定した金額)について【追補】
が、そもそもの話として、後者の解釈として通用している権利確定主義という「お主義」にも、どうも眉唾の気がありそげな気がしてきました。
ということで、以下検証してみます。
○
所得税法36条の「その年において収入すべき」時期について、税法本では通例次のような構成で記述がなされます。
《収入の年度帰属》
・ 総論
原則は「権利確定主義」だが例外として「支配管理基準」により判断される。
そして、いくつかの判決・裁決のご紹介。
・ 各論
所得税基本通達36-2以下の羅列。
学術書だと総論が厚めで各論は場合によっては記載されない、他方、実務書だと各論の通達のご紹介が多め、という傾向があります。
なんで一方を「主義」と呼び、他方を「基準」と呼ぶのか、言葉遣いの不統一感も気になります。
が、それはさておき、総論で論じられていることは、本当に法36条の解釈として妥当なのかどうか。
所得税法第三十六条(収入金額)
その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもつて収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする。
所得税基本通達
第2款 所得金額の計算の通則 法第36条《収入金額》関係〔収入金額の収入すべき時期〕
○
「権利が確定した」という言い方ができるタイミングとして、理論上は次の4つのものがありえます。
例:請負契約(月末締・翌月10日払)
1 契約締結
2 引渡完了
3 支払期日到来
4 支払
事業所得の場合、権利確定というのは134のどれでもなく2だとされています。
この「権利確定」という言い回し、あたかも「私法準拠」しているつもりっぽいので、民法の規定がどうなっているか見てみましょう。
民法第六百三十三条(報酬の支払時期) 請負
報酬は、仕事の目的物の引渡しと同時に、支払わなければならない。ただし、物の引渡しを要しないときは、第六百二十四条第一項の規定を準用する。
民法第六百二十四条(報酬の支払時期) 雇用
1 労働者は、その約した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することができない。
2 期間によって定めた報酬は、その期間を経過した後に、請求することができる。
民法633条をみると、(規定上は同時履行とされていますが)引渡をすれば報酬請求できることになります。
お、ちゃんと私法準拠しているじゃん、と思うかもしれません。
が、但書の準用条文として引用した624条第1項をみてご覧なさい。
雇用のほうも、労務が完了すれば報酬請求できるとあります(こちらは先履行)。
ところが税の側では、「支給日」または「支給を受けた日」が給与の収入すべき時期だとされています。
所基通36−9(給与所得の収入金額の収入すべき時期)
給与所得の収入金額の収入すべき時期は、それぞれ次に掲げる日によるものとする。
(1) 契約又は慣習その他株主総会の決議等により支給日が定められている給与等(次の(2)に掲げるものを除く。)についてはその支給日、その日が定められていないものについてはその支給を受けた日
(以下略)
※「支給日」というと、実際に支給された日と区別しにくいので、以下では「支給期日」といいかえます。また、実際に支給された日のことは「支給受領日」といいます。
また、あくまで通達ルールではありますが、特に異論も見られないので、税法解釈として妥当なものだという前提で記述します。
なお、下記通達からすると、通達の立場はもはや権利確定主義を放棄している、とみることができるかもしれません。私法上の適法・違法にかかわらず収入になるとされているので。
所基通36−1(収入金額)
法第36条第1項に規定する「収入金額とすべき金額」又は「総収入金額に算入すべき金額」は、その収入の基因となった行為が適法であるかどうかを問わない。
が、違法所得の場合は実際の「受領」を要求する判決・裁決もあるとおり、無条件に収入実現が肯定されているわけではありません。
ので、ここでは「違法であっても当然には排除されない」という狭い意味で理解しておきます。
○
この、民法と税法の対応関係の整理すると次のようになります(雇用に言葉を合わせるため、引渡ではなく役務提供と書きます)。
《支払期限の定めなし》
支払請求 収入計上
(民法) (税法)
請負 役務提供日 役務提供日 ←私法準拠
雇用 労務提供後 支給受領日 ←税法独自
雇用のほうは、民法では労務提供後には報酬請求できるとあるのに、税法では受領するまで収入計上しなくてよいことになります。
民法のデフォルトは支払期限の定めがない場合で書いてありますが、今どきは支払期限を定めるのが普通でしょう(○日締翌月△日払など)。
この場合は次のようになります。
《支払期限の定めあり》
支払請求 収入計上
(民法) (税法)
請負 支払期日 役務提供日 ←税法独自
雇用 支給期日 支給期日 ←私法準拠
支払期限の有る無しで私法準拠/税法独自がひっくり返るという、謎の現象。
こんな状態では、何のポリシーも見いだせません。
税法が民法に連動しないのであれば、それはもはや私法準拠していない、ということです。
「や、あくまでも私法準拠が原則で税法独自は例外だ」などと言い訳するのかもしれません。
が、この手の「原則例外モデル」の欺瞞性は、すでに批判ずみのところ。
からくりサーカス租税法 〜文言解釈VS趣旨解釈、そして借用概念論へ
融通無碍な例外則を許容した時点で、原則はもはや原則たりえない。
実務能力のない、名ばかりお飾り税理士事務所所長みたいなものよ。
○
この原則と例外が、期限の有無により入れ替わるなどという怪奇現象、どうやって説明するというのか。
もしかするとですが、これは支払期日を役務・労務提供時と定めた場合を想定しているのでしょうか。
《支払期日=役務・労務完了時》
支払請求 収入計上
(民法) (税法)
請負 役務提供時 役務提供時 ←私法準拠
雇用 労務提供時 労務提供時 ←私法準拠
こういう場合であれば、私法と税法が一致し、請負と雇用も一致することになります。
確かに、請負であれば、請負人が役務提供をしても注文者による「検収」がされるまでは完了とならない、そしてその検収が完了すれば直ちに支払う、場合であれば支払期日=役務提供(完了)日となるのでしょう。
が、雇用では「検収」といった概念はないので、締日が過ぎれば労務提供が完了したことになります。で、そこから給与計算をスタートさせることになるので、どうしても支払期日まで数日は必要です。
締日と同時に給与計算が完了するものがあるとしたら、毎月定額で一切の手当も減給もないような場合に限られるでしょう。
給与の通達ルール、給与計算が単純計算で済んでいた時代の遺物ルールだとでもいうのでしょうか。
あるいは、給与計算を検収と同等のものと位置づけて、給与計算完了をもって労務提供完了と扱うか。
支払請求 収入計上
(民法) (税法)
請負 検収完了 検収完了 ←私法準拠
雇用 計算完了 計算完了 ←税法準拠
だとしても、「検収・給与計算完了と同時に支払う」(2=3)としないかぎり、請負・雇用のズレは解消されない。
請負 雇用
2 検収・計算完了 ○
3 支払・支給期日 ○
○
と、私法準拠では「権利確定」の意味を確定することが難しいということが分かりました。
『半端な私法準拠はむしろ法的安定性を害する。』
なので、私法に丸投げせずに税法の側から「権利確定」の意味を解明しなければなりません。
《どれが権利確定?》
1 契約締結
契約締結した時点で、役務・労務提供を条件とする報酬請求権が成立する。
2 役務・労務提供完了
役務・労務の提供が終わった時点で、支払期限付きの報酬請求権が発生する。
3 支払期日到来
支払期日が到来した時点で、いつでも報酬の支払いを請求できるようになる。
4 支払受領日
実際に報酬を受領した。
1と4はないとして、2か3のいずれが「権利確定」なのか。
どちらも決め手はないものの、請負(事業所得)と雇用(給与所得)とでタイミングをズラす理由はないでしょう。いずれも報酬請求権であることにかわりはない。
『労働者は「資本家に掛売している」のである。』(来栖三郎「契約法」436頁)
来栖三郎「契約法」(有斐閣1974)
のに、通達では請負が2、給与が3とズレている。
民法以外の労働法規まで見渡せば、労働報酬債権のほうが請負報酬債権よりも保護に手厚い。
そうすると、労働報酬債権のほうが実現の確実性は高いともいえるので、給与所得の実現を早める理由にはなっても遅らせる理由にはなりえない。
○
2の時点で実現してしまうのは給与所得者とって「かわいそうだから」という主張がありうるかもしれません。
が、給与所得者といっても、高給の役員と学生アルバイトとを、一律に「かわいそう」で括るには無理がある。
仮に「かわいそう」理論を認めるにしても、そもそも実際の支給を受けるより前の時点で所得実現とされてしまうのならば、労務提供後だろうが支給期日だろうが、大した違いはない。
せいぜい、12月分が1月にズレてくれたら次回の年末調整・確定申告まで問題を先送りにできる、という限度でしょう。
この手の事情に対応するには、たとえば次のような規定によるべきであって、所得区分全体で帰属時期をズラすべきものではない。
所得税法第六十七条(小規模事業者の収入及び費用の帰属時期)
青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている居住者で不動産所得又は事業所得を生ずべき業務を行なうもののうち小規模事業者として政令で定める要件に該当するもののその年分の不動産所得の金額又は事業所得の金額(山林の伐採又は譲渡に係るものを除く。)の計算上総収入金額及び必要経費に算入すべき金額は、政令で定めるところにより、その業務につきその年において収入した金額及び支出した費用の額とすることができる。
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このように、なぜか事業所得と給与所得とで収入計上時期が異なっているわけです。
にもかかわらず、総論箇所ではそのような違いを無視して「権利確定主義」で説明されます。
このことは、どちらかは「権利確定主義」が通用しないということなのか、それとも所得区分ごとに「権利確定」の中身が異なるということなのか。
このあたりをちゃんと説明したものを見かけたことがない。
少なくとも、後者の説明は民法の規定からは出てこない。そこでいう権利とか確定という概念を、税法独自の観点から所得区分ごとにトランスフォームさせなければならないわけで。
いずれにしても、すべての所得区分の帰属時期のヴァリエーションを説明する概念として、権利確定主義が「統一理論」として機能していないといえるでしょう。
総論で高らかに掲げた「お主義」が、各論ではまともに使えないものになっている。
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この点、刑法学でも「総論各論問題」というのがあります(私が勝手に問題視しているだけですが)。
井田良「講義刑法学・総論 第2版」(有斐閣2018)
井田良「講義刑法学・各論 第2版」(有斐閣2020)
「刑法総論」というのは、本来は刑法典にとどまらずすべての刑罰法規に共通する要素を論ずべき学問領域のはずです。
ところが、実際に刑法総論で議論されていることは、刑法典の中でもごく一部の犯罪類型が念頭に置かれたものにすぎません。
刑法典すらすべてカバーできていない。
ので、各論を学ぶ際に総論の議論をそのまま参照できるのは、一部の犯罪類型にとどまります。
ちなみに、因果関係に関する「危険の現実化説」なんかだと、内実がないおかげで、現状議論されていない犯罪類型が出てきたとしても、軽く対応ができてしまう。問題化した時点でそれ用の下位基準を付け足しすればいいだけなので。
【危険の現実化説】
橋爪隆「刑法総論の悩みどころ」(有斐閣2020)
これ、決して褒めているのではなく。
後付けでどうとでも説明できてしまうということであって、行為者に事前に規範を提示するという「行為規範性」は皆無。
のに、行為無価値論者の皆さんまでもが、こぞって同説の下位基準の開発競争に勤しんでいるのはどうしたことか。
話を戻して。
収入の帰属時期に関する総論と各論の関係にも同じことがいえます。
総論で「権利確定主義」が妥当だとしながら、各論レベルで検証がされていない。
理念型としての権利確定主義が通用しないとなると、そこでいう権利確定の内実を薄ぼんやりしたものに希釈するか、思い切って権利確定による説明を放棄するか。
なんにしても、偉そうに「主義」などといえるような概念は、もはやそこには存在しない。
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「まだだ、まだ俺たちには管理支配基準が残されている。」などと、給与所得の帰属時期が3にズレる理由を「管理支配基準」で説明できると思う人がいるかもしれません。
が、管理支配基準というのは、「権利確定していなくても管理支配していれば所得の実現を肯定する」ための理屈です。違法所得とか返金不可の前受金とかの所得実現を肯定するために使うと。
こういう基準を併用している時点で、権利確定主義が「なんちゃって私法準拠」であることが分かるわけですが、それはともかく、この基準を「権利確定していても管理支配していなければ所得の実現を否定する」ための理屈として主張している人って、たぶんですけど誰もいないですよね。
どうしても管理支配基準で給与所得の帰属時期を説明したいというならば、ぜひ「フローチャート」を書いてみてください。
役務・労務提供完了しているか? はい →権利確定(収入計上)
で終わっちゃうはずです。管理支配基準にたどり着けない。
もしこの先に管理支配基準を出すのだとしたら、権利確定主義を真っ向から否定した上で、かつ事業所得も同じく3の時点にまで実現をズラさなければならないことになります。
あちらを立てればこちらが立たない。
やだあ、「主義」とまで崇められている権利確定主義を、単なる「基準」ごときに覆せるわけないじゃないですか。
権利確定主義ではカバーできていない領域を「拡張」する役割を担っているのが管理支配基準であって、権利確定主義を「制限」するための基準ではありません。
主義様の食べこぼしした残りをいただけるだけの立場のやつが、なぜに主義様がこれから食べようとしているものを横取りできると思っているのか。
拡張にも制限にも使えるのだとしたら、もはや管理支配基準だけで判断すればいいのであって、権利確定主義をかますは必要ありません(下剋上としての管理支配主義)。
私法準拠してるっぽく見せかける看板としてだけ使う、という俗悪な利用方法はあるかもしれませんが(もしかして、現状がすでにそうなのかどうか)。
そもそもの話として、支払期日が到来しただけで実際に支給を受けていなくても「管理支配」しているといえるのか、疑問です。
ので、やはり「権利確定」の側でどうにか説明しなければならない。が、それが難しいことはここまで記述してきたとおりです。
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私法準拠とか権利確定などのしがらみを一切排除して、税法独自に判断してもよいならば、給与所得と事業所得の収益計上時期の違いにつき、次のような説明が可能かもしれません。
すなわち、前述したとおり、請負の場合、請負人が役務を提供しただけでは提供完了とならず、注文者による検収が必要となります。
他方で、雇用の場合、締日後に給与計算のため一定の日数が必要となります。
それゆえ、請求金額が最終確定する時点は、請負の場合は検収完了=役務提供完了時、雇用の場合は給与計算完了≒支給期日となると(後者が「≒」なのは支給期日より前には給与計算終わっているはずなので)。
一見、時点としてはズレているようにみえても、「請求金額が最終確定する時点」という意味では同じことになります。
《金額確定するのは》
請負 雇用
1 契約締結
2 検収・計算完了 ○ ○
3 支払期日
4 支払受領
が、これはそれぞれそういう場合にあてはまるというにすぎません。
たとえば、毎月一定の役務提供をする請負契約で、12月作業分を1月5日までに作業報告、報告確認後1月10日に支払、というものがあったとします。この場合、収益計上時期は1月ではなく12月とされるでしょうが、12月末日をもって「金額が最終確定した」というのは無理ではないかと。
他方、給与でも、前述のとおり締日に金額確定できる場合もありうるわけです。
また、「≒」としたとおり、給与計算完了日と支給期日は「=」ではありません。ので、あくまで近似値であって直接的な理由付けとはなりえない。
そうすると、税法独自に考えても、やはり統一的な理由付けは難しそうです。
とはいえ、権利確定などというなんちゃって私法準拠よりは筋がよさそう。
「権利」などという私法準拠風の用語を使っておきながら、「確定」のほうに税法独自の考慮を混ぜ込む、といったズルい仕草は「金額確定」のほうにはありませんので。
私には、「権利が確定する」という物言い、「権利がかゆい」くらい意味不明な言葉つなぎだと感じるのですが。ましてやそれを「主義」で締めるからなおさら。
権利・確定・主義
なんか言葉に、キマイラあるいはフランケンシュタイン氏の怪物的な継ぎ接ぎ感があるんですよね。
○
以上、さしあたり事業所得と給与所得だけを対象として検討してみました。
これだけみても「権利確定主義」なるものが「お主義」として成り立っていないことが分かるはずです。
私の見立てでは、税法側のデフォルトは「支払期日」ベースで、事業所得が「発生」ベースなのは企業会計あるいは法人税法に引っ張られているだけ、とみています。
いつでも払ってもらえる状態になってはじめて収入が実現するのであって、売掛金が発生しただけで実現したとするのは、事業所得固有の事情にすぎないと。
どうしても主義って言って崇めたければ、「事業所得は企業会計準拠主義」とでも言っておけばいいしょや。
発生主義: 事業所得、不動産所得(許容)
↑
支払期日: 給与所得、不動産所得
↓
現金主義: 小規模事業者、違法所得
支払期日がデフォルトで、発生段階まで早まったり受領段階まで遅れたりする、という見方のほうがうまく説明できそうな気がします。
もちろん、私法をガン無視して純経済的に決定できる、などとまでいうものではありません。「いつでも払ってもらえる状態」といっても、一定の法律関係を前提とすることになりますので。
ただ、そこでいう法律関係の判断については、完全に私法に委ねることはできず、税法独自の考慮が入り込みます。この私法と税法の交錯をどのように切り分けるか、を「権利確定」などという曖昧な物言いで融通無礙に判断するのではなく、正面から論ずるべきということです。
ちなみに、印紙税法と私法の交錯については、以前試みたことがあります。
【印紙税法と私法の交錯】
私法の一般法とかいってふんぞり返っているわりに、隙だらけ。〜契約の成立と印紙税法
Janusの委任 〜成果報酬型委任と印紙税法
続・契約の成立と印紙税法(法適用通則法がこちらをみている)
続々・契約の成立と印紙税法(代理法がこちらをみている)
さよなら契約の成立と印紙税法 (結局いつもひとり)
魔界の王子と契約の成立と印紙税法
二段の推定と契約の成立と印紙税法 〜印紙税法における実体法と手続法の交錯
おかわり契約の成立と印紙税法(法人法がこちらをみている)
中身さえ気をつければ、そのまま「権利確定主義」という言葉を使い続けても問題はないのでしょう。が、それだと「私法準拠」の象徴的・嚮導的立場であった同主義に引き摺られてしまうおそれがあります。ので、やはり別の言葉に置き換えたほうがよいと思います。
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このような見立てを検証するには、その他の所得についても検討すべきところ。
不動産所得はこの枠組みでうまく説明できそうだが、譲渡所得は固有の事情がありそう、とか。
が、どうにも筆が進む感じがしないので、またいつかこの話題でお会いしましょう。
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なお、以上は収入の「計上時期」という切り口から論じていますが、「そもそも所得とはなんぞや」という問題でもあります。その時点で実現したものが所得だということになりますので。
事業所得では「支払期限未到来の報酬債権の取得」が所得に該当するのに対して、給与所得では「支払期限が到来した報酬債権の取得」が所得に該当するんだと。
こう表現してみても、やはりなぜこのような違いがあるのか、理解に苦しみます。
さよなら「権利確定主義」(その2) 〜不動産所得
さよなら「権利確定主義」(その3) 〜譲渡所得
さよなら「権利確定主義」(その4) 〜違法所得
posted by ウロ at 10:51| Comment(0)
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