2021年04月26日

未払決算賞与の損金算入時期と、なんちゃって私法準拠の弊害

 決算賞与の未払計上なんて、今さらブログネタにする人もいないのかもしれません。
 「節税対策」の括りで、さんざんこすり倒されていて。

【今さらシリーズ】
みんな大好き!倒産防。 〜措置法解釈手習い
「定期同額給与」のパンドラ(やめときゃよかった)
支払調書における「支払金額」(支払の確定した金額)について
支払調書における「支払金額」(支払の確定した金額)について【追補】

 が、私個人の関心事に引っかかる論点があったので、その点に絞って検討します。
 タイトルの変な組み合わせは、まあそういうことです。

 以下「12月決算、通知12/25、翌年1/20支給」を想定します。


 まずは条文。

法人税法施行令 第七十二条の三(使用人賞与の損金算入時期)
 内国法人がその使用人に対して賞与(略)を支給する場合(略)には、これらの賞与の額について、次の各号に掲げる賞与の区分に応じ当該各号に定める事業年度において支給されたものとして、その内国法人の各事業年度の所得の金額を計算する。

一 労働協約又は就業規則により定められる支給予定日が到来している賞与(使用人にその支給額の通知がされているもので、かつ、当該支給予定日又は当該通知をした日の属する事業年度においてその支給額につき損金経理をしているものに限る。) 当該支給予定日又は当該通知をした日のいずれか遅い日の属する事業年度

二 次に掲げる要件の全てを満たす賞与 使用人にその支給額の通知をした日の属する事業年度
 イ その支給額を、各人別に、かつ、同時期に支給を受ける全ての使用人に対して通知をしていること。
 ロ イの通知をした金額を当該通知をした全ての使用人に対し当該通知をした日の属する事業年度終了の日の翌日から一月以内に支払つていること。
 ハ その支給額につきイの通知をした日の属する事業年度において損金経理をしていること。

三 前二号に掲げる賞与以外の賞与 当該賞与が支払われた日の属する事業年度


 2号のイロハを満たせば期中に未払でも損金算入できる、というところまでは、各所のお役立ち記事で書かれていることでご存知かと思います。


 厄介なのが「支給時在籍要件」を設定した場合。

  通知A 『1/20まで在籍してたら支給するよ。』

 この点に関して、運営側の公式ルールとして、イの通知は「最終的、確定的に決定」したものを意味するという限定解釈が示されています。
 根拠として、3号の実際の支払日と同視できる場合に限られるからだと。

決算賞与金の税務上の取扱いについて(平成27年2月26日・金沢国税局)
 
 そこまでの限定解釈ができるのか、疑問がなくはない。

 これが、法人税法に「支払われた日その他これに類する政令で定めるとき」とでも書いてあれば、施行令の文言を支払日に引きつけて解釈する必要があるのは分かります。が、実際にはどちらも施行令に並列的に書かれているのであって、2号を3号に引きつけるとは、少なくとも文言上は読み取れない。
 せいぜい、1号が支給予定日(かそれより遅い通知日)・3号が実際の支給日だから、間に挟まれた2号もそれに近づけて解釈すべき、というくらいじゃないでしょうか。

 これ、当ブログでおなじみ「文言解釈×趣旨解釈」の相克の一場面です。
 裁判になったとして、最高裁がいずれを重視するか正直予測がつかない。どっちに転んでもおかしくない。

 と、疑問はあるものの、この限定解釈に従うならば「支給時在籍要件」がある場合には、実際に支給するかどうかは支給日まで不確定ということで、期中に損金算入できないことになります(用語として「未確定」と書くか「不確定」と書くか迷うところですが、さしあたり「不確定」としておきます)


 問題はここから先。
 じゃあってことで、通知を次のように定めたらどうでしょうか。

  通知B 『支給するよ。でも1/20までに退職したら放棄したことにするよ。』

 これは民法上の用語でいうところの「解除条件」にあたります(対して、通知Aは「停止条件」)。

民法 第百二十七条(条件が成就した場合の効果)
1 停止条件付法律行為は、停止条件が成就した時からその効力を生ずる。
2 解除条件付法律行為は、解除条件が成就した時からその効力を失う。
3 当事者が条件が成就した場合の効果をその成就した時以前にさかのぼらせる意思を表示したときは、その意思に従う。


 こういうふうに書いておけば、
  ・通知時点では支給することは確定している
  ・辞めて放棄したのは事後の事情だから翌期の処理になる
とできるでしょうか。

 さすがに無理があるんじゃないですかね。


 この点、「純粋私法準拠説」によるならば、民法上、通知時に
  通知A 効力未発生(停止条件)
  通知B 効力発生 (解除条件)
となるのを、税法上の結論にも直結させることになるのでしょう。

 確かに、民法上効力が未発生ならば税法上も不確定といえると思います。
 が、民法上効力が発生しているからといって、税法上も確定しているとまでいえるのかどうか。

  民法    税法
 ・未発生 ⇒ 不確定
 ・発生  ⇒ 確定??

 通知AとBを比べれば分かるとおり、書き方のオモテ・ウラを変えただけで、実態はなにも変わっていません。

  通知A もし在籍してたら払う
  通知B もし辞めたら払わない

 このあたりは「原則例外モデル」の欺瞞性と同じ匂いを感じます。
 例外的に考慮するだけ、といいながらバックグラウンドで必ず混入させている例の状態。

【原則例外モデルの欺瞞性】
からくりサーカス租税法 〜文言解釈VS趣旨解釈、そして借用概念論へ

 「実際に支給したのと同視できるか」という観点からすれば、停止条件で書こうが解除条件で書こうが、等距離にあるはずです。

 数値で表現するならば、通知時に予測される在籍確率が80%だとして、通知Aでも通知Bでも、実際に支給する確率は80%です。通知Bで書いたからといって、在籍確率がおもむろに上昇するわけではありません。
 何を当たり前なことを書いているんだ、と思うかもしれませんが、これを違うと見せかけるのが「条件トリック」です(叙述トリック的な)。

 運営ルールが、「通知時点での支給確率100%」を要求しているのだとしたら、通知Aも通知Bも要件を満たしていないことになります。

 そもそも、民法上の「条件」というもの自体が、『将来の不確定な事実』をトリガーとしています(ここが「期限」との違い)。
 ので、停止条件だろうが解除条件だろうが、条件を付けた時点で不確定になります。
 発生を不確定と書くか(停止条件)、消滅を不確定と書くか(解除条件)の違いにすぎません。

 対して、支給時の在籍を要求しない場合(通知C)は、いずれ必ず到来する「期限」のみとなるので、セーフとなるわけです。

  通知A 期限+停止条件 (支給するか不確定)
  通知B 期限+解除条件 (支給しないか不確定)
  通知C 期限 (支給するか確定)


 以上は法人税法上の問題ですが、それ以外に気になるのが「所得税法」の扱い。
 仮に、「解除条件で通知時確定」スキームが認められたとして、自動的に放棄扱いとなった個人の給与所得はどうなるのでしょうか。

 この点、通常の「支給日に確定」扱いであれば、確定前の放棄ということで所得税が課税されないことは、素直に導かれると思います。

 他方で、通知時に確定扱いとされたものを、確定後に放棄した場合でも同じに扱ってよいのかどうか。
 一度実現した所得を勝手に捨てただけ、と評価されることはないか。

 結論として課税すべきでないのは間違いないです。が、その理屈はすんなり導かれるものなのかどうか。


 さらに、賞与の放棄ということで気になるのが、「労働法規」絡み。
 「辞めたら放棄と扱う」のが、一連の労働法規上有効なのかどうか。

 賞与に関しては、給与と比較して権利性が弱いものとして扱われています。
 ので、「支給時在籍要件」を定めること自体は認められています(ただし、労働の対価の後払要素が強い場合ならば、その評価は怪しいですが)。

 ではあるのですが、通知Bのように一旦権利として「確定」したと扱っておきながら、一方的な通知のみで事後的に放棄させることができるのかどうか。
 少なくとも、そこに自由意思による任意の放棄があるようには思えません。

 だからといって、「権利として弱い」ことを、個別の放棄意思までいらないことの理由としてしまうと、「解除条件で確定」の前提が怪しくなってしまいますし。


 「解除条件で確定」という発想が出てくるの、「私法準拠説」の弊害ではないか、というのが私の見立て。

 民法上の
  停止条件=条件成就時に効力発生
  解除条件=条件成就時に効力消滅
という図式を無批判に税法に取り込むことによって産まれたのが、この発想ではないかと。

 実態は何も変わらないのに、表から書くか裏から書くかで税法上の取り扱いが真逆に変わる、なんて通常は思わないでしょう。私法準拠に殉教した信徒にしか到達しえない境地。

 「停止条件/解除条件」という概念を知らずに実態を評価するならば、いずれの通知であっても支給日がくるまでは支払われるかどうか不確定、と思うのが素直な見方でしょう。
 これを『税務署・税理士は民法を知らない』などとして一笑に付せるものなのか。中途半端な民法理解が、逆に誤った税法解釈を導いているのではないでしょうか。

 いわゆる「中級者の罠」。

 第一層
  通知Aも通知Bも中身同じじゃん
 第二層
  停止条件=条件成就時に効力発生/解除条件=条件成就時に効力消滅
 第三層
  停止条件も解除条件も「将来の不確定な事実」がトリガー
 
 民法理解が第二層どまりだと、税法上の扱いを異ならせてもよいように思ってしまいます。が、第三層にまで理解を及ぼすならば、いずれも不確定であることが分かります。
 『税理士は民法を勉強すべき』などという煽りにノセられて、第二層どまりの中途半端な民法知識を植え付けられるくらいなら、第一層の健全な事実感覚を育てたほうがハズさないはず。


 もちろん、最初に疑問を呈したとおり、「この程度の不確定をもって通知要件を満たさないという運営ルールは、施行令の解釈として狭すぎる」という主張は成り立ちえます。

 あるいは、事実評価の問題として、たとえば「当社は設立以降数十年経っているが、定年退職以外の退職実績は皆無」という場合ならば確定と同視してもよいのではないか(貸倒実績率的な)とか、ゼロではないがほぼ起こり得ない条件であれば確定と同視してもよいのではないか、などと主張する余地はあります。
 ですが、これらの場合もあくまでも100%確定と「同視できる」というにとどまり、100%確定そのものというのは無理筋でしょう。

 いずれにしても、実際の確率の評価問題であって、単なる通知の書き方だけで動かせるものではありません。


 なお、ここまで随所に「権利」とか「確定」とかが出てくるので、「権利確定主義」がちらつくかもしれません。
 が、ここでは(ここでも)何ら規範たりえません。

 あくまでも「お主義」どまりで、肝心の「権利」とか「確定」の中身を「権利確定主義」から導くことができないことは、以前論じたとおりです。

【さよなら権利確定主義】
さよなら「権利確定主義」(その1) 〜事業所得と給与所得
さよなら「権利確定主義」(その2) 〜不動産所得
さよなら「権利確定主義」(その3) 〜譲渡所得
さよなら「権利確定主義」(その4) 〜違法所得


 決算賞与に限らず、「停止条件/解除条件」を裏返すことで課税関係をイジる所作、あくまで私の感覚ですが、税法的にはほとんど認められることはないんじゃないですかね。
 それによって実態が変わる場合ならば別ですけども、単に書き方をひっくり返しただけで課税関係が変わるとは思えません。

 以上の考えを別の場面に発展させると、たとえば「所得の収入計上時期」について、一律、
  停止条件付き契約 条件成就時に実現
  解除条件付き契約 効力発生時に実現
と扱うのはおかしいのでは、という発想に至ります。

 条件の内容や所得区分によっては、停止条件付きでも効力発生時に前倒しすべき、とか、解除条件付きでも条件成就時に遅らせるべき、といったことがありうるのではないでしょうか。

 逆に、収入計上時期のこの図式を決算賞与の場面に持ち出して、やはり「解除条件なら通知時確定」は正しいと主張する人がいるかもしれません。
 が、こういうの、まさに「経路依存」による論証の弱点。

 あくまでもこの図式が正しいことが前提になっているわけです。が、実態からすれば、この図式が全面的に通用するとは言い難い。
 たとえば、引渡も代金決済も完了しているにもかかわらず、『サボテンが花をつけたら効力発生』という停止条件が成就していないからまだ収入計上しなくてよい、とはさすがにならないですよね。
 停止条件/解除要件はあくまでも収入実現の目安にすぎず、絶対的な基準とはなりえない。

 こういったテーマについて、下記のような『税法×民法』ものの書籍で展開してくれることを期待しているのですが、残念ながら及ばない。

「新 実務家のための税務相談(民法編) 第2版」(有斐閣2020)

 思い違いがあったら失礼なので、ということで一応読み返してみましたが、案の定、上記図式がそのまま開陳されているだけでした。
 条件の中身や所得区分によっては違った評価がありうるのでは、などといった深堀りはそこにはなく。

 「実務家のため」とは何か?


 確かに、実務家の発想が基本的に「経路依存」であるのは間違いないです。
 本ブログでも、珍奇な独自説を唱えているつもりはなく、現状の道具立てを未解決の問題にあてはめたらどうなるか、というところから発想をスタートさせているはずです(自称)。

 スタート時点では「依存される側」を正しいものとして、一旦ピン留めするのはいいとして、どうも雲行きが怪しいなと思ったら、すぐに引き返して見直しをする、というのが経路依存による論証には必要な態度です。


 本ブログは、私法準拠×税法独自の枠組みでいうと、税法独自の観点を強調することが多いです。
 が、それは私法準拠が理論的におよそ間違っている、というのではなく。

 私法に準拠するといいながら、具体的にどうやって準拠するのか、その座組がいまだに(いまだに!)はっきりしていないと思うからです。
 だったら、私法は一旦カッコに入れて、税法の側から決め打ちしたほうが、さしあたりの判断はしやすいだろう、という戦略的な考慮からにすぎません。

  税法独自T⇒私法準拠T⇒税法独自U⇒私法準拠U⇒・・・

 私のつもりとしては、上記流れの中の「税法独自U」あたりを自分のポジションとして意識していて、いずれ準拠の仕方を精緻化した「私法準拠U」により止揚していただけることを、待望しております。
posted by ウロ at 10:06| Comment(0) | 法人税法

2021年04月19日

フローチャートで遊ぼう。 〜フローチャート総論

 先週の記事から地続きで、「フローチャート」遊びをしてみます。

法律解釈のフローチャート(助走編)

 フローチャート化、やろうと思えばこんなものでもできてしまいます。

《季節のフローチャート》(何か料理名のような)
季節のフローチャート.png


 だからといって、季節をチャート化する意味があるかといえば、まあないですよね。

季節!.png

 これでいい。
 季節ごとの仕切りがないのは、移りゆく季節に境目などないのだから(ポエム調)。
 どうしてもめぐるめく季節感を表したければ、これをグルっとドーナツ状にしたらいい(しません)。


 ダメ押しで、こんなものも作ってみました。

《コーヒーフローチャート》
コーヒーフローチャート.png

 これはマトリクスで足りますよね。

コーヒーマトリクス.png

 私が思うに、フローチャートには「動的/静的」といった区別があるのではないかと。
 一番重要なのは、チャートの中に「時間の流れ」が存在するかどうか。

 もちろん、季節のフローチャートも「移りゆく季節の流れを描写しているのだ」というつもりかもしれません。
 が、これは現時点の季節が何かを判定するためのものであって、チャートの中に時間は流れていません。

 コーヒーフローチャートに関しても、通常は「時間の流れ」を考える必要はないでしょう。

 もしかしたら「俺はミルクと砂糖を入れる順番に拘る!」という方がいらっしゃるかもしれません(砂糖はかき混ぜるが、ミルクはかき混ぜないとか)。
 そこで、拘りコーヒーフローチャートを作ってみました。

《拘りコーヒーフローチャート》
拘りコーヒーフローチャート.png

 が、これもマトリクスでカバー可能です(「入れる・入れる」のマスを二つに分ける)。
拘りコーヒーマトリクス.png



 遊びすぎなので、一応民法を題材にしたものもあげておきます。

《委任/請負のフローチャート》
委任請負のフローチャート.png


 これもマトリクスのほうが一覧性がある。

成果報酬型委任.png


 というか、フローチャートにしてしまうと、C請負とB成果報酬型委任とで「成果なしでは報酬がもらえないという点では共通」という関係が隠れてしまうのが問題です。
 フローチャートだと、請負が「成果なしで報酬をもらえない」ことが「成果を得ることが義務である」の中に埋もれてしまいます。チャートの形としても、請負と成果報酬型委任が離れてしまっており、何らかの共通性があることなど思いつきにくくなっています。


 と、フローチャート化が向いているのは、チャートの中に「時間の流れ」を入れ込めるものであって、それ以外のものは他の手法にしたほうが望ましいことが多い、ということだと思います。
 そして、チャート化すると個々の要素がリニア式に表現されることになるので、ものによっては、全体像が見渡しにくい・個々の要素の位置づけや関係が分かりにくい、などといったデメリットが生じることにもなります。

 「なんか辿るのめんどくせえ」と感じるフローチャートは、だいたいこの類の、時間の流れに沿っていないものだと思ってもらっていいんじゃないですかね。

 しかしまあ、こんなふざけたチャート作ってないで、早く自分なりの法解釈フローチャートを作るべきなんでしょう(コーヒーの色付けにこだわらなかっただけ、まだセーフ)。
 一応言い訳としては、法解釈フローチャートを「各論」とした、フローチャート「総論」を展開したつもりではあります。
posted by ウロ at 10:47| Comment(0) | 基礎法学

2021年04月12日

法律解釈のフローチャート(助走編)

 前々回の記事で予告したとおり、「法律解釈のフローチャート」について触れます。

金井高志「民法でみる法律学習法 第2版」(日本評論社2021)
ロジカルシンキングによる試験問題おイジり学習法

 これ自体はよく整理されてはいるのですが、ここでまとめられているのは、法解釈のうちの「形式論」(条文操作)の部分です。
 自分が取りたいと思った結論が決まった後に、条文で正当化する段階のもの。そこにいたるまでの「あーでもないこーでもない」の部分はここには図視されていない。
 初学者がこのフローチャートに従って法解釈を試みようとしても、ハンドルは付いているけどアクセルが付いていない的な、「なにかが足りない」感じがすると思います。

 もちろん、本文のほうには「実質論」に相応するものが書かれています。
 が、それがこのフローチャートの中に反映されていない。
 たとえば、「適用されることが不都合か」「no→文理解釈/yes→縮小解釈」とあるのはいいとして、この「no/yes」をどうやって選択するのかが、大問題なわけです。
 これを立法趣旨から判断する、のだとしたらその立法趣旨はどうやって見出すのか、というようにダウンサイズの余地がまだ残っています。

 確かに「実質論」「利益衡量・価値判断」を図視化するの、なかなか難しい作業に思えます。図視化できるほどの確かなものがあるかも怪しいですし。
 ここの図視化に成功していたならば、私も「カタルシス」を感じられたのかもしれません。

 ちなみに、「不都合」という消極語に「no/yes」を掛け合わせるの、一瞬判断に詰まるので、意味合いが変わらないかぎり、私はなるべく積極語に置き換えるようにしています(「no/yes」の順番なのは、このチャートに準拠しているため)。
 ロジックだけで考えるならば、「マイナスにマイナスを掛ければプラス」というのはそのとおりですが、理解しやすさ・説得しやすさという視点からすれば、やはりプラスを軸にして考えるのが望ましいでしょう。
 

 このチャートにつきこれ以上の踏み込みをするのであれば、「法解釈方法論」を正面から題材とする必要がでてきます。
 が、そんな準備は全然足りていません。

 ので、さしあたり「ロジカルシンキング」の観点から気になるところだけふんわり記述するにとどめ、それ以上のことは他日を期することとします。

・「文理解釈」などの解釈手法がフローチャートの終着点になっています。
 が、解釈手法というのは、条文から命題を導く際に使われる手段であって、帰結ではなく作用です。アウトプットとしてでてくるのは命題であり、解釈手法ではありません。

 別に間違っているわけではありませんが、「命題を導くための『手法』を最終帰結とするフローチャート」という形式がどうにも違和感ありです。実際の法解釈の思考プロセスに即したチャートになっておらず、解釈手法を選び出すためのチャートになってしまっているので。
 実際の思考プロセスにあわせるならば、たとえば「条文→《文理解釈》→命題→《縮小解釈》→命題」というようなラインになるはずです。

 もしかすると、これは「フローチャート」ではなく「系統図」「分類図」なんですかね。矢印に沿って思考を進めるものではなく、各解釈手法を分類したものなんだと(本書の「ネコ目」の系統図と同じ系統)。

・「文理解釈」の次に「縮小解釈」を検討することになっています。
 が、たとえば「民法95条(改正前)の錯誤とは『意思と表示が不一致で当事者がそのことを知らないこと』をいう。」といった解釈(決まった用語があるか定かでないので「定義付け解釈」と呼んでおきます)がこの間に行われることもあるはずです。
 この解釈は、文言通りでもなければ縮小も拡張もしていませんので、列挙されているどの解釈手法にもあてはまりません。

 もちろん、文理解釈からいきなり縮小解釈に入る場合もあるでしょう。が、それができるのは、文理解釈の時点で縮小解釈できるだけの内包が定まっているからです。
 定義付け解釈を経なければ縮小も拡大もしようがない、という場合もあります。

 このチャートでは、文理解釈さえすれば必ず事案のあてはめができるかのように書かれています。が、文理解釈だけでは事案にあてはめられない場合もあります。
 定まった名前がないことからも分かるとおり、この解釈手法の存在が意識されることはあまりないのかもしれません。が、チャート化することの効用って、こういうプロセスの「抜け」に気づけるところにあるのではないかと。

 もちろん分類の仕方として、定義付け解釈を文理解釈に含めてしまうか、あるいはそれ以降の解釈に含めてしまうか、いずれも可能だとは思います。が、思考プロセスを明確化したいのであれば、定義付け解釈は独立した解釈手法として取りわけておいたほうがよいのではないでしょうか。
 たとえば、通説的な錯誤の定義を一旦受け入れてからそれを動機の錯誤に拡大する、という思考プロセスのほうが、いきなり動機の錯誤を錯誤の定義に含めるよりはクリアだと思います(ちなみに改正後も、1項2号の定義付け解釈をした上でそれ以外に拡大・類推できないか、を検討する余地はあるでしょう)。

 『国民の予測可能性を確保すべきだから文理解釈が原則だ』というようなスローガンが唱えられることがあります。
 もし、この主張を額面通りに受け取ってよいのであれば、定義付け解釈を文理解釈に組み込むべきではない、ということになるでしょう。国民一般にとって、法律専門家の行う定義付け解釈なんて予測可能性ないですよね。
 これを「予測できる」なんていうのは、あまりにも擬制が過ぎます。

・縮小系の解釈と拡大系の解釈とは、方向としては全く逆になるはずです。のに、このチャートではそのような方向にそった矢印の流れになっていません。
 これが、人の目に触れないプログラムなどであれば、手順さえあっていればチャートの「形」にこだわる必要はないでしょう(手直しすることを考えると、必ずしもそうではありませんけども)。
 が、法解釈の思考プロセスを図視するという目的であれば、矢印の向きや各項目の置き場所など、チャートの「形」にもできるかぎり意味をもたせるのが望ましいはずです。

 決して「内容」が間違っているということではありません。が、チャート化で自分の理解を深めたい、あるいは受け手を説得したいというのならば、限りなく人間の思考プロセスに準じた形にすべきでしょう。
 チャート化で思考プロセスをリニアに並べる、という時点でかなりの単純化を実施しているわけで、それ以上のロスはなるべく減らすようにすべきです。

 エクセルのデータをグラフ化するのに、「棒グラフ」で表現すべきところを「円グラフ」を選択してしまった的な違和感(いわゆる「グラフ・リテラシー」の問題)。データは同じだから間違っているわけではないが、受け手に伝えるべきことが伝わらない。

 ロジカルシンキングに対しては、「ロジック切り取りで実際の思考にそぐわない」という批判がされがちですが、それは仕上げとしての「イメージ化」が不十分なことによるものだと思います。
 ロジックむき出しではなく、人が見られるようにお化粧をする必要があるということです。

・チャートの一番最後が「総合類推解釈」で終わることになっています。
 が、類推でもカバーできない場合というのがこの先になければおかしい。
 その場合は「反制定法的解釈」を施すか、それも無理なら「立法論」に委ねる、となってやっと終われるはずです。
 私にはこのチャート、入ったら最後『出口のない迷路』のような恐怖を、そこはかとなく感じます。もし類推ができなかったときのことを想像すると、震える。一番上の「開始」を踏んだらお終いよ。
 給食を食べ終わるまで教室から出られない的な、恐ろしい想い出。

 本文では「立法論」については触れているわけで、これを省いているのは、やはり解釈手法の「分類図」だからだ、と考えると合点はいきます。当たり前ですが、立法論は解釈手法には含まれませんので。
 うっかり迷い込むこともない。

 ちなみに、純粋な『概念法学』の立場からすると、この出口のないチャートは正しい。
 「法の無欠缺性」を徹底すると、いかなる事案でも必ず何某かの解釈が導かれることになるので。
 ただし、あくまでも「出口がない」という点に関してです。純粋な『概念法学』からすると、縮小系・拡大系の解釈は許されないはずですので。

・拡大系の解釈の検討順が、拡大解釈、勿論解釈、類推解釈の並びになっています。
 拡大解釈が言葉の意味内で広げる、類推解釈が似ているものに広げる、で地続きなのはわかります(ので、両解釈間の境界が争いになる)。
 が、勿論解釈は、「占有訴権があるなら当然本権にもあるはず」「財産が保護されるなら当然生命身体も保護されるはず」など、かなりの飛び道具的な解釈手法で、すくなくとも拡大解釈と類推解釈の間に収まるようなやつではありません。
 上記の「矢印の向き」と同じ話で、解釈手法の並び方に違和感があるわけです。

 そもそも、全体の形が「勝ち抜き方式」みたくなっているのがしっくりこない。
 必ず文理解釈からスタートするのはいいとして、そこからすべての解釈手法を順番に検討していく「形」で表現されています。
 もちろん、よく内容を吟味すればそうではないことは分かります。が、思考の形と一致していないせいで、内容をしっかり吟味しないといけないのだとしたら、せっかくのチャート化の効用が十分に発揮されていないことになります。
 
 「天下一武道会」はトーナメント方式のはずなのに、なぜか悟空だけ出場者全員に勝たないと決勝まで進めない的な違和感なんですよね。
 その喩えよくわからん、て感じだと思いますけど、まさしくそういうよくわからん気持ちになってしまったのだから、仕方ない。

・「個別類推解釈」と「総合類推解釈」をチャート上分けておく必要はあるでしょうか。
 類推解釈の中にそのような思考パターンがあるのはそのとおりではあります。が、わざわざチャート上で分岐させるほど、区別しておく必要性があるのかと。
 分岐させるにしても、複数規定の重ねがけで「縮小解釈」することも考えられるからこっちも分岐させろ、みたいな要求が出てきたらどうするのか。

 そもそも、もう一つの条文はこのフローチャート上をどうやって流れてきたのか。
 たとえば、民法110条の文理解釈からスタートさせて、同条だけでは行き詰まったからということでおもむろに112条がでてくるのか、それとも両条ともに別々のフローチャート上を走らせておいて、行き詰まったところで合流する、という流れになるのか。
 総合する場合の思考の流れがチャート上から読み取れない。

・必ず「条文」からスタートすることになっていますが、「慣習」や「条理」を素材として解釈する場合はどこに位置づけられるでしょうか。
 「慣習」については、民法92条・法適用通則法3条経由で制定法に組み込まれる、という理解が可能かもしれません。が、その組み込まれた「慣習(法)」を「文言解釈」するというわけにはいきません。
 条文スタートのチャートにそのまま組み込むのは難しそうなので、変形ヴァージョンを別途作成する必要がありそうです。

・では、「判例(法)」はどこに組み込むことができるでしょうか。
 判例をどう理解するかにもよるでしょう。が、いずれか特定の立場に立ったとして、このチャートにうまくはまる箇所がないように思えます。
 法解釈の思考プロセスを表したものならば、どこかしらに収まるポジションがあるはずなんですが。やはりこれも解釈手法の分類図ゆえの制約といえるでしょうか。

・実質論と形式論を行ったり来たり、とか、法解釈論と事実認定論を行ったり来たり、みたいなところまで反映させるのを望むのは、さすがに無理がありますよね。

 以上、縷縷述べたことは、このチャートが「解釈手法の系統図・分類図」であるならば、まったくの的外れ・ただの言いがかりな指摘です。
 ですが、これを素材として法解釈の思考プロセスに沿った形に修正していく、という「アクティブ・ラーニング」に活用するのはアリかと思います。

課題
 このチャートは「法解釈の思考プロセスをフローチャート化しなさい」という課題に対して学生が作成してきたものです。これを添削者の視点から、実際の思考プロセスに沿った形に修正しなさい。


【アクティブ・ラーニング】
後藤巻則「契約法講義 第4版」(弘文堂2017)
三木義一「よくわかる税法入門 第14版」(有斐閣2020)
アクティブ・ラーニング租税法【実践編】(実税民まとめ)
 
 本書の第9章について述べたところと同じですが、すでに出来上がったチャートになっているところに、ご紹介感があるように思えます。
 本文の記述をベースにしてゼロからチャートを作り上げていく、といった形にすれば、ロジカルシンキングを実践的に身につけることができるのに、と思いました。


 上記検討に従い、自分でもフローチャートを作成してみたいところですが、発表できるのはしばらく先になりそうです。
posted by ウロ at 11:30| Comment(0) | 基礎法学

2021年04月05日

ロジカルシンキングによる試験問題おイジり学習法

 前回の予告どおり、「ロジカルシンキング」+「民法学習」という観点からの、本試験問題の活用法について、思いついたことを。

金井高志「民法でみる法律学習法 第2版」(日本評論社2021)


 たとえば次のような活用方法が考えられます。

1 「MECE」でモレ・カブリがないかチェックしつつ、事例のパラメータをあちこちイジる。
 ・目的物を不動産/動産/債権に変える
 ・目的物を特定物/種類物に変える
 ・取引の順番を変える
 ・当事者の主観(善意/悪意)・帰責性を変える
 ・対抗要件を入れ替える
 ・無効/取消/解除原因などの阻害要因を付加(権利行使前/後)
 など。

2 これらケースの帰結を「マトリクス手法」で整理する。
 ・必ず債権関係/物権関係の両面を検討する
 ・問題文で問われていない当事者間の法律関係も検討する
 ・関連判決のあるなしをチェック。
 
 このように、当該試験問題を起点としながらあらゆるパターンを網羅的に検討することで、

 ・事例処理のチャート、見取図を漏れなく作れるようになる。
 ・論点に飛びつく前に、通常事例の処理過程を理解することができる。
 (教科書ですら論点に飛びつきがちで、通常事例の処理手順の記述が手薄なのが分かると思います)
 ・債権/物権、契約/契約外の機能の違いが理解できる。
 ・なぜ本問では目的物が不動産に設定されているのか、など出題の意図が見えてくる。
 (動産にすると論点が消えるとか)
 ・学説がどのレベルで対立しているかが分かる。
 ・答案に書くべき/書くべきでない/書ければ書く、の論点の重みを理解することができる。
 ・どのパターンに判例が有る/無いが整理できる(判例の射程の理解)。
 ・有る判例を無い事案へ適用した場合の推測ができる。

などの効用が得られます。

【参考:判決から判決へつなぐだけの記述】
内田勝一「借地借家法案内」(勁草書房2017)

 思考が軌道に乗るまでは、やたらと沢山の模擬試験問題を模範答案一直線で解くよりも、本試験レベルの問題をあれこれこねくり回すほうが、得られるものが多いはずです。


 もちろん、試験直前までには「試験時間内に最短距離で答案を書く」技術も身につけておくべきです。

 が、普段の学習段階から必要論点を拾うだけの勉強をしていても、穴だらけの歪な知識が身につくだけに終わってしまいます。
 思考が慣れるまでは、通常事例の処理から順番に積み重ねていく過程をこなしておいたほうがよいです。そうしておくことで、本番でも、思考過程に抜けのない・地に足のついた論証ができるようになるはずです。

【通常事例思考】
米倉明「プレップ民法(第5版)」(弘文堂2018)

 「ルビンの壺」を壺と認識するためには、壺部分が壺であることを理解するだけでなく、背景部分を背景として理解することも必要でしょう。
 そうすることで、ふとした拍子に認識が反転してしまうことを防げるはずです。

ルビンの壺 - Wikipedia

 あるいは、最短ルートを見出すためには、ルートを見つける技術だけでなく、ルートではない箇所を潰せる技術もあったほうがよい、などと喩えられますかね。


 試験問題ではなく「判例イジり」への適用例ですが、下記記事が実践例の一つです。

税務訴訟におけるゴリ押しVS誉めごろし 〜税務トロイの木馬(Tax Trojan horse)

 基本事例からスタートして、少しずつパラメータをずらす。
 徹底的にやるならば、個人/法人の場合分けもいれたほうがいいです。


 前回紹介の書籍にはこういった、ロジカルシンキングを「学習の過程に活かす」という部分が手薄だと感じました。
 あくまでも、民法もロジカルシンキングも「初学者向け」ということで、学習段階をかなり手前に設定しているのかもしれませんけども。

 さて、次週は「法律解釈のフローチャート」に対する違和感について、です。
posted by ウロ at 09:23| Comment(0) | 基礎法学