2021年08月30日

留保金課税における資本金基準と株主構成基準の交錯

 今回から数回ほど、前回記事のスピンオフ記事を掲載する予定です。
 


浅妻章如,酒井貴子「租税法」(日本評論社2020)
 (以下「本書」といいます)

 今回は「留保金課税」について(126頁)。


 第1刷では、盛大な間違いをおかしています。
 最初、知らない間にこんな大改正が入ったのかと思って一瞬焦ったのですが、単なる本書の間違いでした。
 出版社のサイトに正誤表が載っていますので、そちらをご確認ください。

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8378.html

 訂正前の記述では、留保金課税が適用されるかどうかにつき、
  ・資本金1億円以下の会社に適用される
  ・資本金5億円以上の大法人の100%子会社は除かれる

などと、まったく正反対のことが書かれていました(※念のため、上記間違いですよ)。
 
 ただ単にひっくり返しちゃっただけじゃん、と思うかもしれません。が、たとえば『課税売上高1000万円の場合には消費税免税事業者となる』などといったとしたら、その感覚を疑われますよね。

 参考まで、このひっくり返しによる違いがどれくらいの「ボリューム感」となって現れるかを、以下の統計資料で見てみましょう。

令和元年度分 会社標本調査結果

 統計表⇒第11表法人数の内訳によると、資本金1億円以下/超で区切った同族会社数とその割合は次の通りとなっています(ついでに特定同族会社も)。

 資本金1億円以下/超
    同族会社 2,632,648/10,012 99.62%/0.38%
  特定同族会社     23/3,829   0.6%/99.4%

 これを反転させるって、なかなかの致命傷。

 普通の教科書だと、このあたりの定義は条文引き写しで済まそうとするので、むしろこの手の間違いは生じにくいところです。本書では親切にも噛み砕いて説明しようとしたことが、逆に仇になったといえなくもない(擁護)。


 邪推するに、次のような先入観があったのではないでしょうか。すなわち、

 ・留保金課税は利益を溜め込みがちな会社向けの制度。
 ・規模が小さく、大企業に支配されていないような会社のほうがより溜め込みやすいはず。
 ・そういう企業を狙い撃ちするため、より規模の小さい会社に絞って適用するはずだ。

 あくまでも邪推ですが、そうとでも勘違いしなければこんな反転やらかしませんよね。

 実際にご本人の意図がどうだったかは別として、このような勘違いが生じうる要因というのを以下検討してみます。
 なお、間違えをあげつらう趣旨ではなく。超頭のいいはずの先生でさえ勘違いした要因を辿ることで、我々常人はどのようなことに気をつけておく必要があるかを理解する、という趣旨です。


 留保金課税制度では、
  ア 株主構成基準 (支配が強ければ適用)
  イ 資本金基準 (規模が小さければ除外)
のふたつの基準で適用範囲をコントロールしています。

 このうち、アが「溜め込みやすさ」の指標であり、留保金課税制度の内在的な要件ということができます。他方で、イは「溜め込みやすさ」とは直接関係がなく、規模が小さいのに税負担重くするの可哀想、という趣旨でしょう。ので、こちらは外在的な制約要素ということができます。

留保金課税.png


 本書(訂正前)は上図の×を適用あり、○を適用なしと間違えたということです。

 上図ではアイはそれぞれ別々の観点からの基準だということで、それぞれを縦軸(株主構成基準)・横軸(資本金基準)に配置しています。他方で、法の規律を気にしないで「大小」という観点から横並びにすると次のようになります(上下に並べてますが慣用句としての「横並び」)。

溜め込みやすさ.png

大小.png


 もちろん、特定同族会社だからといって規模が小さいとは限らないわけですが、なんとなくのイメージだけを先行させるとこういう配置になります。そして、上段で左にいけば留保金課税の適用を受けるということは、下段も左にいけば留保金課税の適用を受けるはずだ、と勘違いをすると上記の間違いを導くことができます。

 実際にどういうつもりだったかはご本人のみぞ知るところです。ですのでこれは、間違いの要因を推測することで自らの勘違い防止に役立てる、という限りでの検討ということです。


 「趣旨解釈」というのは、いかにも法解釈のお作法に則った正統な解釈手法であるかのように思われがち。ですが、いうところの「趣旨」が、実定法以外のどこかから持ってきたものによるならば、砂上の楼閣にすぎない、ということが分かります。

 このことは、TPR事件の高裁判決に対しても指摘をしたところです。

横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)

 また、小規模宅地等の特例の家なき子特例の趣旨を「出戻り保護」だと決め打ちしていることに対しても、個別の要件にそぐわないことを指摘しました。

白井一馬「小規模宅地等の特例」(中央経済社2020)
僕たちは!出戻り保護要件です!! 〜家なき子特例の趣旨探訪1
ぼくたちは出戻り保護ができない。 〜家なき子特例の趣旨探訪2
あの日見た特例の趣旨を僕達はまだ知らない。 〜家なき子特例の趣旨探訪3(完)

 解釈に用いる「趣旨」は、あくまで現行法から取り出すべきものでしょう。
 近時、税理士向けの研修・セミナーの類で、弁護士先生が税理士にリーガルマインドを教える、ということで「趣旨から解釈すべし」というようなことを強調しているのを見聞きします。それ自体はそのとおりなのでしょうが、その趣旨なるものをどうやって見出すかが問題です。
 立案担当者の解説など、条文の外側にあるものを鵜呑みにするのではなく、個々の条文上の要件から抽出すべきものだと、私は思います。


 また、大法人の100%子会社については、「除かれる」から「含まれる」に訂正されたわけですが、その「理由づけ」はそのままになっています。
 いわく、中小法人向けの軽課措置を受けることが問題だからだと。

 が、留保金課税は同族会社向けの「重課措置」であって、そのままの記述では文意がとりにくいです。
 確かに算術的には、

  プラス(軽課)を受けるのが問題 = マイナス(重課)を受けないのが問題

と同じ意味にはなります。ですが、日本語の表現としてはすんなり理解し難いですよね。
 なので、ここの記述を無理やり活かすならば「中小法人として重課措置を受けないことが問題」とでも修正すべきでしょう。

・留保金課税(特定同族会社)
 資本金1億円超  重課措置
 資本金1億円以下 除外
 大法人の子会社  除外の除外


 また、中小法人扱いが問題であることの理由として、「親会社の信用力を背景に資金調達等が可能」ということが書かれています。

 が、資金調達しやすいことと税負担を重くすることとは、どう連関するのでしょうか。資金調達しやすいことそれ自体は担税力を高めることにはなりません。借入金も所得だとする立場を採用しないかぎり。
 資金を集めやすければ稼ぎやすいはずだ(現金⇒利益)、ということでしょうか。

 ただ留保金課税の場面でいうと、「資金調達しやすいんだから利益溜め込むんじゃねえ」ということができるかもしれません。外部調達できるなら内部留保しておく必要ねえだろ、と。
 ではあるのですが、その資金調達を新株発行で行うと100%子会社でなくなって留保金課税から一度外れる、資本金が1億円超になったら再び留保金課税の適用を受ける、ただしそのときの資本構成如何では同族会社ですらなくなっている、という変遷を辿ることになるかもしれません。ややこしい。

1 A法人5000万円(B大法人100%) (Bは被支配会社)
 ↓   ⇒適用あり
2 A法人1億円(B大法人50%、C50%)(BCは資本関係なし)
 ↓   ⇒適用なし(大法人100%支配が外れるので)
3 A法人1億5000万円(B大法人1/3、C1/3、D1/3) (BCDは資本関係なし)
     ⇒適用なし(資本金1億円超だが同族会社でなくなるので)

 資本金基準と株主構成基準は、それぞれ額面と割合という違う物差しを基準としているものの、上記例のように連動して動くことがあるわけです。

 なお、ここでいう「親会社」が「被支配会社でない法人」であるならば、その子会社は特定同族会社から外れます。ので、信用力云々といっているときに「上場企業」を想定しているのだとしたら、それは不正確ということになります。

 いずれにしても、立案担当者の解説などを鵜呑みにするのではなく(下記239頁あたりの解説)、制度ごとにその趣旨を探求すべきものでしょう。

平成22年度 税制改正の解説
 

 ちなみに、上記統計表によれば、資本金1億円未満の特定同族会社は23社しかいないわけで、この選ばれし精鋭のためだけに「除外の除外」規定を設けたということなんですよね。

 普通に教科書に並んで書かれていると、一般的な制度との捕捉領域の広狭が意識されにくいところです。が、どれくらいのボリューム感のある制度なのかも記述しておいてくれると、イメージがしやすくなるかもしれません。


 さて、次回は「組織再編税制」についてです。

非適格は「非適格である」であって「適格でない」ではない 〜組織再編税制
引けない消費税 〜リバースチャージと控除対象外消費税
どこまでも追いかけてくる、夜の月のように 〜租税回避チャレンジ
posted by ウロ at 11:06| Comment(0) | 法人税法

2021年08月23日

浅妻章如,酒井貴子「租税法」(日本評論社2020)

 シリーズ名と頁数からして、「浅く広く」系の概説書かと思って敬遠していました。
 が、そうではないようでしたので、読んでみることにしました。



 浅妻章如,酒井貴子「租税法」(日本評論社2020)

 記述すべき事項をかなり絞り込んだ上で、数値例を使って丁寧な説明がされています。ので、なんとなくで理解していた箇所も、よく理解できるようになるはずです。
 が、初学者がいきなり本書を読んで理解できるようになっているかといえば、全体的に難しい箇所のほうが多いのではないかという印象。

 本書の宣伝目的は次の通り。

 「大学生に租税法を理解させるためには、を考え抜いた入門的な教科書。読みやすく、わかりやすく、興味を持って読める工夫が満載。」

 この『入門的な教科書』という表現に、引っ掛かりを覚えます。
 入門書かつ教科書では決してなく、あくまでも「入門的」な教科書なんだと自己規定しているわけです。

 教科書として一定程度の記述範囲を確保するためでしょうか、初学者に対する配慮が不足している箇所がちらほら、というのが下記でも指摘するところです。
 ベースは(講義での補足を前提とした)教科書であって、行きがかり上入門的な記述もしているところもある、というのが「入門的な教科書」の含意でしょうか。

 私個人は、表面的な理解しかなかった箇所を深く理解できるようになったりとか、とても勉強になりました。
 が、それは事前に一定程度の知識があったからであって、ガチの初学者が同じように理解できるか、というと厳しいものがあるように思います。

 以下、あるべき租税法の入門書はどういうものになるか、といった観点からのツッコミをしてみます。
 私自身もそれなりに勉強はしているわけで、今やガチの初学者と同じ視点で読むのは難しくなっています。
 が、税理士業務においても、税の専門家でない相談者に税制を説明するにあたっては、ガチの初学者としての視点が重要になってきます。
 そのような視点を獲得するための訓練、という趣旨で本書を利用させてもらうことにします。

 なお、下記ツッコミに対して容易に予想できる反論は「紙幅が限られていたから」というものでしょう。が、私が論じたいことはあくまでも「初学者が理解できるような配慮がなされているか」という点です。
 これに対して反論として成立するとしたら「初学者向けに書いていない」というものであって、紙幅は初学者への配慮を犠牲する理由にはならないはずです。


 全体的に用語の説明が省略されがち。

 たとえば「裁決」という言葉が出てきますが、これが何なのかが説明されていません。

 用語の説明不足とも相まって「事項索引」が貧弱。
 もしかして「裁決」の定義がどこか他の箇所にあるのかもしれない、と思って事項索引を確認してみたのですが、事項索引に載っていないわけです。

 「辞書を引け!」ということかもしれませんが、「本書を通読すれば少なくとも本書に書かれていることは理解できる」状態に仕上がっていないことになります。



「法律学小辞典 第5版」(有斐閣2016)


 「通達」が各所で引用されています。が、税務における通達の位置づけについての総論的な説明がありません。
 「行政法は学習済み」という前提なのでしょうか。だとしても、行政法総論における通達理解をそのまま租税法に横流しするのではなく、ある程度の変容が必要だと思います。
 
 他方で、通達を引用する際の「租税実務では、〜とされている(○○通達)」といった表現には、強い違和感を覚えます。「通達=租税実務」と評価しているように読めてしまうので。

 「租税実務」における主な登場人物は次の通りです。
  1 納税者・税理士
  2 課税庁
  3 国税不服審判所
  4 裁判所

 もし上記表現が「通達=租税実務」を意味しているのだとすると、2だけが租税実務を構成していると表現していることになります。
 裁判所(4)は法令が支配する世界だということで除外するとして、1、3を租税実務から除外するのはなぜなのか。

 確かに審判所(3)は、建前上は第三者的立場の体裁をとっているものの、ときおり課税庁寄りに判断することがあるので、2に吸収される側面がなくはない。

【課税の都合優先裁決】
加算税をめぐる国送法と国税通則法の交錯(平成29年9月1日裁決)

 また裁判所(4)ですら、通達を文理解釈するとかいう例の高裁判決もあったとおり、2に引っ張られることがあります。

【通達の文理解釈(笑)】
解釈の解釈を解釈する(free rider) 〜東京高裁平成30年7月19日判決

 このノリで、どうせ税理士(1)も通達通りに行動するんだろ、と見られているのだとしたら悲しい。
 確かに、実態としては通達の影響力は強いものがあります。が、あくまでも通達は租税実務の中の一部にすぎない、という原理原則を踏まえた表現をすべきではないでしょうか。

 ちなみに別ジャンルですが、荒木尚志先生の『労働法』では、通達のことを「行政解釈では」と表現されています。
 あちらの世界でも通達が一大領域となっているわけですが、この表現なら非常にしっくりきます。



 荒木尚志「労働法 第4版」(有斐閣2020)


 本書では、いくつかの重要判決を引用する際に、単に最高裁の規範部分を抜き出すだけでなく、当該事案と下級審の判断もしっかり書かれています。
 厚めの教科書の類でも、規範部分(の上澄み)だけしか引用されていないものもあるので、この点は本書の優れた点のひとつだと思います。

 もちろん、次の学習段階では、本書に掲載されていないものも含めて、判例集を読むべきでしょう。



 中里実ほか編「租税判例百選 第7版」(有斐閣2021)

 ただ気になるのが、いくつかの判決を「事件判決」だと表現している部分があることです。
 なのに、この用語が何を意味しているのかの説明がありません。

 この点、田中豊先生の民事訴訟判例の解説書には「法理判例/場合判例/事例判例」という用語がでてきます。これでいう「事例判例」に対応するものなのかどうか。



 田中豊「民事訴訟判例 読み方の基本」(日本評論社2017)

 まあ、本書が安易に「判例」という用語を使っていないのは、好感がもてるところではあります。

【判決と判例】
フローチャートを作ろう(その6) 〜判例法
 

 「図表」のたぐいがほとんどでてきません。
 所得税の基本構造(23頁)なんてどう考えても図で説明したほうがいいと思うのですが、ひたすら平文によって説明しています。

 配偶者控除・配偶者特別控除(32頁)もひたすら平文での説明。ですが、下記のような表に、補足説明をプラスする形のほうが理解しやすいはずです。

No.1191 配偶者控除
No.1195 配偶者特別控除

 他方で、数少ない厳選された図表の中に、よりによって「株主相互金融の仕組み」がねじ込まれているのが謎(130頁)。
 「もはや歴史的存在といえ、読者にとって深入りは無用かもしれない」と評価しているにもかかわらず、です。他の重要事項を差し置いて、わざわざ図まで使って株主相互金融の仕組みを理解させようとするの、脳のリソースへのテロ行為(脳テロ)ですか。

 確かに、法学においてやたらと図表に頼ることは、場合によっては正確な条文理解を妨げることになります。
 下記記事では、タックスアンサーが図表+補足説明を使って、条文にない要件を勝手に付け加え、特例の範囲を制限しようとする所作を論じました。

タックスアンサーの中の譲歩と抵抗 〜小規模宅地等の特例を素材に
タックスアンサー学習帳 〜やっててよかったTA式

 また、税法ではありませんが、下記記事では、フローチャート化が条文の規律を正確に反映していないことを論じました。

法適用通則法5条と35条における連動と非連動 〜法律学習フローチャート各論

 と、法学における図表の使用には、警戒しなければならないところがあります。
 が、少なくとも「配偶者控除・配偶者特別控除」の消失・逓減を説明するにあたって、このような欺瞞が混入するおそれは極めて少ない。
 率直にいって、条文そのものも別表形式で記述すれば足りるようなものです。

○ 17頁〜 第2章 所得税

 他の教科書類と同様、所得概念、課税単位、収入金額・必要経費、年度帰属、人的帰属といった総論的な記述が先にきています。

 が、初学者にとっては、個別の所得類型より前にこれら論点を説明されても、理解しにくいと思う。というか、実際そこで記述されていることは、総論風の記述でありながら、実のところ特定の所得類型が念頭に置かれていることが多いです。

 いわゆる「総論各論問題」。刑法総論でも、あらゆる犯罪類型を視野にいれて論じているふうで、実際は特定の犯罪類型を念頭においた議論しかしていない、というのと同じ構造。

井田良「講義刑法学・総論 第2版」(有斐閣2018)
井田良「講義刑法学・各論 第2版」(有斐閣2020)

 少なくとも入門段階では、これら総論的な記述は個別の所得類型に溶け込ませて論じるのが望ましい、というのが私の持論。

【年度帰属は所得類型ごとに検討すべき、という問題意識からの記事】
さよなら「権利確定主義」(その1) 〜事業所得と給与所得
さよなら「権利確定主義」(その2) 〜不動産所得
さよなら「権利確定主義」(その3) 〜譲渡所得
さよなら「権利確定主義」(その4) 〜違法所得

○ 18頁 所得概念

 他の教科書類と同様、例によって「包括的所得概念」の説明からスタートしています。

佐藤英明「スタンダード所得税法 第2版補正2版」(弘文堂2020)

 そして、その後のいくつかの論点では、同概念からの帰結を記述したりしています。が、同概念どおりのストレートな結論が採用されることはなく、それぞれの場面ごとになにかしらの修正が加えられています。
 なのだとしたら、同概念では現行所得税法をあるがままに記述することができない、ということではないのでしょうか。
 あくまでも同概念は原則であり、場面ごとの例外があるにすぎない、ということかもしれません。が、ことごとく例外があるのだとしたら、もはやそれは原則として機能していないということです。

 また、もしも同概念からスタートすることで余計なバイアスがかかるのだとしたら、素直な条文理解の妨げともなりかねません。
 現行所得税法は、各所得類型ごとに異なった扱いをしているわけで、年度帰属や人的帰属についても、各所得類型ごとに異なる解釈を採用する余地があります。にもかかわらず、「所得概念は統一的に理解すべき」というバイアスが先行してしまうことで、特段の理由もなしに、そのような解釈にマイナスの評価をしてしまうことになりかねません。

○ 33頁 収入金額

 「圧縮記帳」

 法人税法とは違って、所得税法では圧縮記帳とは表現しません。この点も、所得税は所得類型ごとの違いがあるということを念頭においておけば、なぜ圧縮記帳といわないのかが理解できるところだと思います。

 もちろん、知っている人にとっては「法人税法でいうところの圧縮記帳と同様の処理という趣旨ね」ということは理解できます。が、初学者はまずは正確な理解をすべきであって、言葉遣いも正確を期するべきです。

○ 48頁 減価償却

 「租税特別措置法において、初年度全額償却や加速償却が認められることがある。」

 現行法で、加速償却はありますかね?

○ 48頁 繰延資産

 「支出の効果がその支出日以降1年以上に及ぶものは繰延資産と呼ばれ、資産計上し、数年にわたり償却費として費用化することが認められている。」

 語尾が「認められる」となっていますが、強制と任意の違いは意識的に区別すべきでしょう。

 ・繰延資産に該当 ⇒資産計上しなければならない(強制)
 ・任意償却できる ⇒いつでも償却してよい(任意)
 ・任意償却できない ⇒償却期間で償却しなければならない(強制)

 この点も、初学者への配慮の問題です。

○ 48頁 課税繰延

 「納税者は、来年以降に課税を延期させること、すなわち課税繰延ができ有利となるからだ。」

 個人の場合は「累進課税」や「損益通算」のこともあるので、ただ単に遅らせればいいというものではないです。
 特に累進課税は時間的価値を上書きするほどの猛威となりうる、ということも理解しておくべきことでしょう。

○ 88頁 所得控除

 (配偶者控除・配偶者特別控除は)「2017年改正で拡充された」

 納税者本人の所得額による消失・逓減も入ったので、拡充だけではない。

○ 103頁 益金

 (親会社から無利息融資を受けた完全子会社Sの処理について)「利息相当額は、Sの益金には加算されることはない。その理由は、仮に益金に加算したとしても、支出すべき費用分が損金として生じ、互いに相殺するからである。」

 初学者からすれば、無利息融資なのになんで「支出すべき費用分」があるんだよ、と疑問に思いますよね。この点、仕訳から入った人のほうがすんなり理解できるかもしれません。

 ここでいう「支出すべき」というのは、法的に利息支払債務があるという意味ではありません。
 「経済合理性を追求するはずの法人が無利息で金銭の貸し借りをするわけがない」という決めつけが先行してあって、

  支払利息/?

それを払わなくてよくなったんだから免除益が発生する、という建付けになります。

  支払利息/免除益

 つまり「支出すべき」というのは、法人なら当然利息を支払うべき、という税の世界の決めつけを表しているわけですが、初学者にそこまでの含意は読み取れませんよね。

 また、法律書なのだから「相殺」という用語の不正確な利用は避けるべき。しかも「互いに相殺」って《馬から落馬》みを感じる。あるいは、たとえば甲乙間に債権債務が4本あって、甲が債権Aと債務B、乙が債権Cと債務Dを互いに相殺し合う、ということでしょうか。
 

○ 117頁 損失

 「金銭債権が全額回収不能かの判断について、法人税法に定めはないが、租税実務は、次の3つの場合を挙げている。」「法律上の貸倒れとして、更生認可決定などの法的手段による債権の全部または一部の放棄があった場合(法人税法基本通達9-6-1)」

 「全額」といっておきながら「一部」でも認められるんですか、という疑問が当然生じますよね。
 ここは、法的な切り捨てなら一部でもいいことになっている、という補足が必要です。

○ 120頁 税率

 「法人税の通常の税率は」「23.2%へと段階的に引き下げられた」

 結構低いんですね、と思うかもしれませんが、これはあくまでも法人税の税率のみ。
 本書は「地方税」の記述がごっそり省略されてしまっているので、こういう記述にならざるをえません。

○ 123頁 配当

 「配当が40の場合、残り40には法人税を課され」

 所得100の例のままだとしたら残りは60。

○ 126頁 留保金課税

 第1刷では、盛大な間違いをおかしています。
 最初、知らない間にこんな大改正が入ったのかと思って一瞬焦ったのですが、単なる本書の間違いでした。

 間違いの内容は、出版社のサイトに正誤表が載っているので、そちらをご覧いただくとよいかと。

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8378.html

 以下長くなりそうなので、本記事とは切り離して次回以降論ずることにします。

留保金課税における資本金基準と株主構成基準の交錯

○ 136頁 グループ法人税制

 「大法人と一体とみられる中小法人への課税強化に「軽減税率」や「特定同族会社」に係る制限があることは、既に触れた。」

 上記のとおり126頁は修正が入ったものの、こちらの記述はそのまま。
 どうしても「制限」で言葉を揃えたいなら、特定同族会社のほうは「不適用の制限」でしょう。

○ 137頁〜 組織再編税制

 組織再編税制について、複数指摘すべき事項があるため、こちらも次回以降にまわします。

非適格は「非適格である」であって「適格でない」ではない 〜組織再編税制

○ 156頁 リバースチャージ等

 リバースチャージをとるべき理由としてあげられている事例、初学者には理解しにくいように思われます。この点も次回以降で論じてみます。

引けない消費税 〜リバースチャージと控除対象外消費税

○ 164頁 債務控除

 「従業員が将来退職する時に退職金3000万円を支払わなければならないことが予測できる場合」に、この会社の株式の評価額から見込み退職金を控除してよい、ということが書かれています。

 これは本当ですか?
 それとも、旧「退職給与引当金」の話ですか?

○ 164頁 基礎控除

 「15条にいう養子の数は原則として2人までとなっている。」

 『原則』とは?
 被相続人に実子がいない状態がデフォルトで、実子ができると例外的に養子1人までとなるということですか。

相続税法 第十五条(遺産に係る基礎控除)
2 前項の相続人の数は、同項に規定する被相続人の民法第五編第二章(相続人)の規定による相続人の数(当該被相続人に養子がある場合の当該相続人の数に算入する当該被相続人の養子の数は、次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定める養子の数に限るものとし、相続の放棄があつた場合には、その放棄がなかつたものとした場合における相続人の数とする。)とする。
一 当該被相続人に実子がある場合又は当該被相続人に実子がなく、養子の数が一人である場合 一人
二 当該被相続人に実子がなく、養子の数が二人以上である場合 二人


 法律書において、原則/例外や任意/強制などは厳密に使うべき用語だと、私は思います。

○ 166頁 法定相続分課税方式

 法定相続分課税方式につき、偏った配分/均等配分いずれにも中立的だと評価されています。
 これ自体はそのとおりですが、平等な配分をデフォルトだと考える立場の人からすれば、不当な制度だと言われるでしょう。

 「中立的」という用語は何と何を比較するかによって評価がかわるもので、その言葉自体は決して中立的でない、ということに注意すべき。ですし、中立的であることが望ましいかはまた別問題です。

○ 167頁 延納

 「10ヶ月以内に遺産分割協議を終え申告し納付まで済ませるのは難しいことも多く、相続税法38条は一定の要件の下で延納を認めている。」

 延納はあくまでも納税の延長であって申告期限の延長ではありません。

 ・期限まで申告が難しい ⇒申告期限の延長
 ・期限まで納付が難しい ⇒延納
 ・金銭での納付が難しい ⇒物納

○ 168頁 相続財産の種類

 「被相続人が農地を買う契約の途中で死亡し」

 「契約の途中」とは?契約締結後引渡前ということでしょうか。
 法律書で法律関係を叙述する場合、正確に表現すべきでしょう。

○ 168頁 相続財産の種類

 「農地所有権移転請求権が財産評価基本通達による場合と同様に299万円と評価されるのかが争点である」

 正確には「財産評価基本通達による農地の評価と同様に」とするか、文字数減らしたいならば「農地の評価と同様に」でしょう。

○ 171頁 贈与税 期間

 「相続税法21条の2は原則として年度毎としており」

 年度毎が『原則』ということは年度毎とならない例外があるはずですが、明記されていません。
 「相続時精算課税制度」を想定しているのでしょうか。こちらも贈与税としては年度毎ですが。

○ 174頁 税額の計算

 「毎年少額ずつ受贈することで贈与税負担を軽くしようと考える場合、贈与契約を締結しないように気をつけねばならない。」

 巷の「毎年しっかり贈与契約書を作成しましょう」という提案と真っ向からぶつかる記述。

 これは、初年度にまとめて将来分を契約しないようにしましょう、ということですかね。

○ 176頁 事業承継税制

 「相続・贈与の後5年間は後継者が株式を保有し続け、さらに雇用の80%以上を維持すること等を条件として、相続税・贈与税の納税猶予及び免除を定めるものである。」

 「猶予」まではそうなんですが、「免除」までいくにはもう一声必要です。

○ 176頁 事業承継税制

 「事業承継より身内の事業承継を優遇する点で非中立的であるという問題もある。」

 親族外承継も認められているわけですが、遺贈ルートであるかぎりどうせ身内みたいなもんだろ、という評価なんですかね。
 そして、上述したとおり、非中立的それ自体が直ちに問題となるわけではありません。

○ 176頁 公正証書贈与事件

「〜という狭義の事実の認定の積み重ねがあって」「〜との広義の事実認定が導かれている。」

 ここでいう狭義/広義とは何か?
 「裁決」のような実定法上の決まった用語ですらないので、説明がないのは不親切の極み。

○ 182頁 資本所得に対する源泉徴収税

「国内法で源泉徴収税率は原則30%であるところ、」

30%はないよなあ。

○ 217頁 文理解釈

「争点は、「日数」が、計算期間(通常は15日)を意味するか出勤日数を意味するかである。」

 「通常は15日」って。
 それは当該事案のパブクラブが設定した計算日数であって、通常の計算期間ということではなかろうよ。

○ 220頁 租税回避の例

 譲渡所得を回避するということで挙げられている事例、いまいちしっくりこないので、次回以降で論じてみます。

どこまでも追いかけてくる、夜の月のように 〜租税回避チャレンジ

○ 224頁 相互売買事件

 交換の場合の収入金額は「取得した資産の時価」だということは33頁に書いてあります。
 てっきり書いてないと思って一応探してみたら、ちゃんと書いてありました。が、ちゃんと参照ページを示したほうがよいのでは。



 以上、先に書いたように、これら指摘のほとんどは、あくまでもガチの初学者にとっての「あるべき入門書」であるためには、という観点からのものです。

 私自身は本書から恩恵を受けられたように、一通り勉強が進んだ人とっての「中二階」的な位置づけであれば、優れた書籍であることは間違いありません。
 上記指摘のいくつかが本ブログの過去記事の踏まえたものになっているというのは、それなりに勉強した箇所だから気づくことができた、ということのように思えます。今回触れていない他の箇所も、私が勉強不足なだけでまだまだ指摘すべき事項があるのかもしれません。

 入門書・教科書の中には、一定程度勉強が進んだ人が読んでも資するものがあるものと、まったく無益なものとがあります。後者は主として、いわゆる《情報陳列系》《条文引き写し系》のものが該当します。
 他方で、本書は前者に属するものだということができますし、むしろそういう使い方のほうがよさそうです。もう少し勉強が進んでから、また戻ってこようと思います。

 売らんがな精神かどうか分かりませんが、宣伝目的に「入門的」という一言を挿入してしまったせいで、私の入門書ソムリエとしての嗅覚が稼働してしまい、ここまでの記事ができあがってしまいました。

 やはり、入門書と教科書とは明確に役割を区分すべき、という確信がより強まりました。
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2021年08月16日

伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)

 さて、前々回・前回の記事を前座として、今回は「とある書籍」で疑問に感じた記述の検討をします。

「生活に通常必要な動産」で「生活に通常必要でない動産」
サラリーマンマイカー訴訟 〜生活に通常必要でも必要でなくもない資産



伊藤滋夫「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)


 さっそく引用(37頁)。
 サラリーマンマイカー訴訟の地裁判決、高裁判決を紹介した後に、「生活に通常必要な動産」の要件事実ということで、以下のような記述をしています。

訴訟物
 本件更正処分の違法性

請求原因
(行政処分の存在)
1 略
(違法性の主張)
2 本件更正処分は違法である。

抗弁(更正処分の適法性に関する評価根拠事実)
(「生活に通常必要な動産」該当性に係る評価根拠事実)
1 自家用車は、動産である。
2 本件自家用車は、Xの通勤及び勤務先での業務の用に通常使用されていた。
3 本件自家用車は、耐久消費税としての大衆車であり、美術工芸品ではない。

再抗弁(更正処分の適法性に関する評価障害事実)
4 Xの住所地には公共交通手段がなく、最寄りの駅まで遠いので、自家用車を生活及び通勤に用いる必要があったなど、本件自動車がX又はその配偶者その他の親族の生活に通常必要であることを根拠づける特別な事実。
5 自損事故当時の本件自動車の価値が30万円を超えることを根拠づける事実。

(※記述の便宜のため、再抗弁の1・2をそれぞれ4・5とし、以下では抗弁事実・再抗弁事実を1〜5の数字で引用します。)

 ただただ要件事実(と自称するところのもの)が列挙されており、なぜこのような分配をしたのかの説明が皆無です。

 要件事実の分配をするには、まずは実体法上の要件が何であるかを特定する必要があります。そして、解釈が必要ならば解釈を施して概念を定義づけすることになります。
 その上で、それを要件事実に翻訳して請求原因事実・抗弁事実等に分配していきます。


 そこでまず、条文から実体法上の要件を拾うと次のとおりとなります。

 生活用動産
  ア 生活の用に供する資産である
  イ 生活に通常必要な動産である
  ウ@ 高級品に該当しない
   A または(高級品であるが)30万円以下である
 


 抗弁の中にアに対応する要件事実が見当たらないのですが、これは2の中に、イと一緒くたに含められているということでしょうか。


 「評価根拠事実」「評価障害事実」と書かれていることからすると、どうやら「通常必要」を評価的要件と理解し、評価根拠事実を課税庁、評価障害事実を納税者に分配しているつもりのようです。

 が、「評価的要件」だからといって、何でもかんでも原告・被告に立証責任を分配すればいいというものではありません。「主要事実/主要事実」型のものもあれば「主要事実/間接事実」型のものもあるはずです。

 「主要事実」扱いするということは、その事実が主張立証されなければ、その事実は存在しないものと扱わなければならないということです。一般民事事件ならともかく租税訴訟において、何らの根拠も示さず、納税者にそのような負担を負わせてよいものではないはずです。


 また、評価的要件において、その評価に該当する具体的事実が主要事実だとされているのは(主要事実説)、「過失がある」「正当な理由がある」という評価それ自体は主張立証の対象となりえないから、というのが一般的な理解です。
 のに、2の評価根拠事実の中に「通常使用」といった評価的な文言を入れてしまうのは、要件事実としての正しい表現とはいえないでしょう。いうところの「通常」を具体的事実にほぐさなければなりません。

 この点、4にもある「通常必要であることを根拠づける事実」という抽象的な表現ならば、少なくとも評価と事実を混同することにはなりません(ただし、その前の具体的事実に問題があることは後述)。
 当事者が要件事実として主張することが求められるのは、あくまでも「事実」まであって、その事実が「通常」と評価できるかどうかは裁判所が判断することです。

 2のような表現をしてしまうのは、要するに、なぜ評価的要件において具体的事実が主要事実とされているのか、に関する基本的な理解が足りていないんでしょう。


 4は「生活に通常必要な資産」の「評価障害事実」となっているでしょうか。
 「通常必要」とか言っちゃって、どう考えても評価根拠事実のほうですよね(念のため、私が引用間違いをしているのではありません)。
 なぜ納税者が、再抗弁として抗弁2を《ダメ押し》するのか。

 どうしても評価障害事実と言いたいならば、「生活に通常必要でない資産」のほうの評価障害事実になります。

  である+根拠=でない+障害


 また、4の「特別な」というのは、どうにも「通常必要」とそぐわないように思えます。納税者個人の事情によって「特別」必要なのだとしたら、それは「通常」必要ではないということになるはずです。
 『通常必要』な『特別な事実』って何なんだよ。概念矛盾にも程がある。
 
 もしかして、このことをもって「評価障害事実」になるとでも言っているのでしょうか。納税者個人にとって「特別必要」だという事実は、「通常必要」という評価を妨げる事実なんだと。

 このあたりに関しては、前回検討した、実体法レベルにおける「通常必要」の判断構造を解明しなければならないはずです。公共交通手段がない地域に住んでいることそれ自体をもって「特別」だと評価するのか、それとも、そのような地域に住んでいる人にとって自家用車を生活に利用することは「通常」だと評価するのか。

 自家用車だとあまりピンとこないかもしれません。そこで、たとえば、ロープウェイでしかいけない地域に住んでいる人にとっての『自家用ロープウェイ』で考えてみたらどうでしょうか。
 ロープウェイ単体で評価するなら「特別」と言わざるをえません。が、その地域に住んでいる人にとっては「通常」だと評価できるはずです。
 「通常/特別」の判断において、納税者固有の事情をどこまで取り込むのか、という問題があるわけです。

 いずれにしても実体法の解釈を施すのが先であって、それを曖昧にしたまま要件事実っぽいものをなんとなくで分配していいものではおよそありません。ましてや、「特別」と「通常」をひとつの要件事実の中に同居させるなどという愚挙は論外。


 根拠/障害で分配するとなると、たとえば、通勤使用を課税庁が、レジャー使用を納税者がそれぞれ立証する、みたいなことになりますが、そのような分配は適切でしょうか(ここでは話を分かりやすくするため、地裁判決の実体法理解を前提とします)。

 課税庁は通勤使用の立証に成功したが納税者はレジャー使用の立証に失敗した、という場合に、納税者不利に判断してもよいのか、ということです。
 主要事実としての評価障害事実の主張立証責任を納税者に分配するということは、そういう負担を納税者に負わせるということを意味しています。単に評価的要件だからというだけで、自動的に負担させてよいものではありません。


 高裁では、本件給与所得者にとって通勤・業務使用は通常必要にならないと判断されています。ゆえに、単に2の主張をしただけでは、「通常必要」を根拠付ける事実として明らかに足りていない。
 実体法上の要件の分析を詰めないままいきなり要件事実の分配をはじめてしまうから、こういうことが起こります。

 上述したとおり、要件事実の中に《評価文言》を入れ込んでいることが、こういう誤謬が紛れ込む原因です。
 「通常使用」などと書かれていることから、あたかもその前の通勤云々といった事実が評価根拠事実であるかのように見えてしまいます。が、高裁の立場は、通勤・業務使用という事実が認められたとしても通常必要とは評価できないというものです。ので、単なる通勤・業務使用をいうだけでは抗弁事実にはなりえません。

 評価的要件は最終的には「総合判断」だから、といって適当にプラスの事情とマイナスの事情をばら撒いておけばよいものではありません。少なくとも評価根拠事実は、それらがすべて認められたら「通常必要」と評価できるような事実である必要があります。

 まさかですけど、通勤・業務使用だけで一旦「通常必要」だと評価されて、「納税者が給与所得者であること」は再抗弁事実にまわるとでもいうのでしょうか。

 ・抗弁: 通勤・業務使用 ⇒通常必要
 ・再抗弁: 納税者は給与所得者 ⇒通常不要

 もちろん実際には、「通勤・業務使用」を主張しようと思ったら、給与所得者であることも同時に主張せざるをえません。ので、この分配は現実には機能しません。


 高級品でないことを課税庁(抗弁3)、30万円超であることを納税者(再抗弁5)が、それぞれ主張立証することになっています。が、わざわざこのような分断をする根拠はなんでしょうか。
 課税庁が「30万円以下であることまたは高級品でないこと」を立証する、でよいのではないでしょうか。

 「でないことの立証より、であることの立証」ということが分配ルールのひとつとして挙げられることがあります。
 が、ここでは高級品でないことの立証は課税庁にさせているわけです。また、金額については、30万円以下と超のどちらが「でない」でどちらが「である」のか謎です。単に条文にそう書いてある、というだけでは決め手になりません。

 ・30万円超である=30万円以下でない
 ・30万円以下である=30万円超でない

 納税者に負担させるにしても、

  5 30万円超の高級品である

と両方負担させるルートもありえます。

 いずれにしても、分断させる積極的な根拠が見当たらない。


 そもそも、5には、対応する抗弁事実が存在していません。

 というのも、「30万円超/以下」が問題となるのは、高級品に該当する場合に限られます。抗弁123は、下記図でいうDのラインに対応していて「30万円」はでてきません。

通常必要(条文).png


 抗弁3で高級品非該当が立証されてしまったら、再抗弁5を主張立証してみたところで、何の意味もないということです。
 このことからわかることは、抗弁123が法9、令25をもれなくカバーしていないということです。図でいうCがでてこない。

 Cを出すためには、抗弁3を選択的抗弁として2つに分岐させて、

  3ア 高級品でない。 D
  3イ 高級品である。 C

とする必要があります。
 ただし私見では、課税庁側が価額も立証すべきと考えるので、イのほうは、

  3イ 30万円以下の高級品である。 C

となります。

 他方で、価額を再抗弁にまわす同書の見解によるならば、再抗弁5は3イの後ろにくっつくものであって3アにはくっつかない、ということになります。
 もしも、3ア・3イは裏表なんだから両方書かなくってもいいじゃん、などと思うのだとしたら、要件事実論をまるで理解してないことの自白です。

 確かに、実体法レベルでは、高級品に該当するか該当しないか、いずれかしか存在しません。

該当・非該当.png


 が、要件事実論・立証責任論のレベルでは、ここに「真偽不明」が挟まります。

真偽不明.png


 高級品でないことの立証が失敗したからといって、自動的に高級品であることの立証が成功することにはなりません。高級品であるかないかがいずれも真偽不明という状態が観念されるわけです。
 なので、実体法上裏表の関係にあったとしても、要件事実としては必ず別々に掲げる必要があります。


 また、30万円超を再抗弁にまわすということは、納税者が30万円超の立証に失敗した場合には「生活に通常必要な資産」として扱われてしまうということになります。

 この失敗というのが、明らかに30万円以下であることが判明したのならば仕方ないのでしょう。が、価額が「不明」の場合でもこの結論でよいのでしょうか。
 上記図でいうと、CかもしれないしBかもしれない、という状態にあるにもかかわらず、Cであると決め打ちしてしまうということです。

真偽不明(有利不利).png


 この図の○×は納税者有利/不利を表しています。
 上段が納税者に30万円超の立証責任を負担させた場合で、下段が課税庁に30万円以下の立証責任を負担させた場合です。上段では、真ん中の真偽不明を納税者不利に判断するということになります。

 納税者に立証責任を分配するということは、そういう不利益を納税者に課するということです。このような解釈が許されるのかどうか。


 さらなる問題は、高裁判決の紹介をしておきながら、「生活に通常必要でない資産」の要件事実が省略されてしまっていること。

 「生活に通常必要でない資産」の実体法上の要件は次のとおり。

 生活に通常必要でない資産
  エ 生活の用に供する動産である
  オ 令25条に該当しない
   @ 生活に通常必要な動産でない
   A または(生活に通常必要な動産であるが)30万円超の高級品である


 イとエオが裏返しの関係になっていて、どっちにしろ損益通算はできないわけです。
 訴訟物が損益通算を認めなかった処分の適法性である以上、「生活に通常必要な動産」の抗弁事実も「生活に通常必要でない資産」の抗弁事実も並列的にぶら下がっているわけで、片方を無視する理由はないです。
 債務不履行か不法行為か、みたいな請求権競合の事例とはわけが違う。


 また、この「どっちにしろ」を要件事実論の観点から評価した場合に、「主張自体失当」扱いにならないのか、ということが問題となりえます。

 実体法レベルでの抜け道としては、「生活に供する資産」(アエ)を否定することしかありません。供する資産とされてしまったら、この先、どのルートをたどっても損益通算はできません。
 他方で、要件事実論のレベルでは、課税庁側が「通常必要」の立証に失敗し、かつ「通常必要でない」の立証にも失敗することで、いずれも適用されないという状態が、理屈の上ではありえます(実際には、いずれかに該当するものとして判断されるのでしょうが)。

 ので、実際に認められるかはともかく、いずれも適用されない場合がありうるので、訴訟として成立しないということにはなりません。

 こういう、実体法で表裏となっているものが要件事実論レベルだとどうなるか、などといったことを論じたりするのが『要件事実で構成する』の名に相応しいと思うのですが。
 いやまあ、なんといいますか。


 また、「生活に通常必要な動産」の要件事実では、高級品でないことを課税庁(3)、30万円超であることを納税者(5)にそれぞれ立証責任を分断したわけですが、こちらではどうするのか。

 どうしても分断したいのならば、

  課税庁 高級品である
  納税者 30万円以下である

  課税庁 30万円超である
  納税者 高級品でない

のどちらかとなりますが、どうにも滑稽。
 素直に、課税庁が「30万円超かつ高級品であること」を立証する、でいいと思うのですが。

 是が非でも分断したい、というお気持ちが全く理解できない。
 確かに、要件事実論を習いたての頃は、何でもかんでも要件を分断して両当事者に分配してみたくなるものですけれども(下記記事でいう「序破急」の「破」段階)。

伊藤滋夫編「租税訴訟における要件事実論の展開」(青林書院2016)


 以上、一番最初に抱いた直感のとおり、やはりこの記述おかしいという結論でフィニッシュ。
 本来は、本書を通読して、何某かの記事を書こうと思っていたのですが、この箇所のせいで通読を中断せざるをえないことになりました。

 ひととおり検討し終わったので再開しようと思ったのですが、この後の記述も、「法解釈」レベルの主張反論を評価根拠事実/評価障害事実に分配していたりして、読む気が失せる感じだったので再開することなく終了。

【検討レベルが違う】
 ・法解釈論
 ・要件事実論
 ・事実認定論

 もしかしたら「アクティブ・ラーニング」に活用するかもしれませんが、あまりに杜撰で今のところその気は起きません。

アクティブ・ラーニング


 一応、私の思うところの要件事実を記述しておきます(訴訟物・請求原因までは引用元と同じ)。

抗弁その1 「生活用動産」
 1  生活の用に供する資産である
 2+ 生活に通常必要な動産である
 3− 30万円以下である
   または
 4− 高級品でない

抗弁その2 「生活に通常必要でない資産」
 1  生活の用に供する動産である
 2− 生活に通常必要な動産でない
   または
 3+ 30万円超である
   かつ
 4+ 高級品である

・損益通算の可否が問題となっているのだから、その1・その2両方とも掲げないと無意味。
・事実1は共通。
・+−は同じ事実の表裏を表現しています。
・評価的要件と解するのであれば、それぞれ語尾に「ことを根拠付ける事実」を付加します。
・再抗弁はありません。納税者がやることはそれぞれの抗弁事実の反証まで。


 なお、条文通りに「通常必要」と記述しましたが、ここは前回記事で検討したとおり法解釈による敷衍が必要になります。

 要件事実論内部で「評価的要件」として論じられているものの中には、実体法レベルでの「定義づけ解釈」を施すことで解消されるものもある、というのが私の見立て。

【定義づけ解釈とは】
フローチャートを作ろう(その2) 〜定義付け解釈

 従前の議論は、条文記載の要件に何らの解釈も施すことなく、いきなり要件事実論の俎上にのせようとしているように思えます。たとえば条文に「過失」と書いてあったら、それをそのまま実体法レベルの要件として受け取った上で、「過失」の要件事実(あるいは主要事実)は何か、というかたちで論じられていました。

  実体法:「過失」
 →要件事実論:過失の要件事実とは?

 が、要件事実論へ行く前に実体法レベルでの解釈が挟まるはずです。

  実体法:「過失」
 →実体法の解釈:「過失」とは予見義務違反+回避義務違反
 →要件事実論:予見義務違反行為+回避義務違反行為の要件事実とは?

 ここまで敷衍するならば、「到達」や「弁済」などといった概念との差はほとんどなくなって、「過失」をあえて特殊な扱いをする必要もないはずです(評価っぽければ何でもかんでも根拠事実/障害事実に分配するなんてのは論外として)。公害訴訟とか医療訴訟などで特殊な扱いが必要なのは、そのような事件類型であることが主たる理由でしょうし。

 正面から特殊な扱いが残るとしたら、「正当な理由」のような実体法レベルでの特定がしがたい総合考慮型の概念などではないでしょうか。

 上記記事でも述べましたが、学説の一般的な傾向として、どういうわけか、この「定義づけ解釈」というものの存在が捨象されがち。

○所得税法、同法施行令

法 第九条(非課税所得)
1 次に掲げる所得については、所得税を課さない。
 九 自己又はその配偶者その他の親族が生活の用に供する家具、じゆう器、衣服その他の資産で政令で定めるものの譲渡による所得
2 次に掲げる金額は、この法律の規定の適用については、ないものとみなす。
 一 前項第九号に規定する資産の譲渡による収入金額がその資産の第三十三条第三項に規定する取得費及びその譲渡に要した費用の額の合計額(以下この項において「取得費等の金額」という。)に満たない場合におけるその不足額

令 第二十五条(譲渡所得について非課税とされる生活用動産の範囲)
 法第九条第一項第九号(非課税所得)に規定する政令で定める資産は、生活に通常必要な動産のうち、次に掲げるもの(一個又は一組の価額が三十万円を超えるものに限る。)以外のものとする。
一 貴石、半貴石、貴金属、真珠及びこれらの製品、べつこう製品、さんご製品、こはく製品、ぞうげ製品並びに七宝製品
二 書画、こつとう及び美術工芸品

法 第六十二条(生活に通常必要でない資産の災害による損失)
1 居住者が、災害又は盗難若しくは横領により、生活に通常必要でない資産として政令で定めるものについて受けた損失の金額(保険金、損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる部分の金額を除く。)は、政令で定めるところにより、その者のその損失を受けた日の属する年分又はその翌年分の譲渡所得の金額の計算上控除すべき金額とみなす。
2 前項に規定する損失の金額の計算に関し必要な事項は、政令で定める。

令 第百七十八条(生活に通常必要でない資産の災害による損失額の計算等)
1 法第六十二条第一項(生活に通常必要でない資産の災害による損失)に規定する政令で定めるものは、次に掲げる資産とする。
一 競走馬(その規模、収益の状況その他の事情に照らし事業と認められるものの用に供されるものを除く。)その他射こう的行為の手段となる動産
二 通常自己及び自己と生計を一にする親族が居住の用に供しない家屋で主として趣味、娯楽又は保養の用に供する目的で所有するものその他主として趣味、娯楽、保養又は鑑賞の目的で所有する資産(前号又は次号に掲げる動産を除く。)
三 生活の用に供する動産で第二十五条(譲渡所得について非課税とされる生活用動産の範囲)の規定に該当しないもの

法 第六十九条(損益通算)
1 総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額を計算する場合において、不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額があるときは、政令で定める順序により、これを他の各種所得の金額から控除する。
2 前項の場合において、同項に規定する損失の金額のうちに第六十二条第一項(生活に通常必要でない資産の災害による損失)に規定する資産に係る所得の金額(以下この項において「生活に通常必要でない資産に係る所得の金額」という。)の計算上生じた損失の金額があるときは、当該損失の金額のうち政令で定めるものは政令で定めるところにより他の生活に通常必要でない資産に係る所得の金額から控除するものとし、当該政令で定めるもの以外のもの及び当該控除をしてもなお控除しきれないものは生じなかつたものとみなす。


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2021年08月09日

サラリーマンマイカー訴訟 〜生活に通常必要でも必要でなくもない資産

 前回とはまた逆方向に、誤記っぽいタイトル。

「生活に通常必要な動産」で「生活に通常必要でない動産」

 前回検討した「生活に通常必要な資産/生活に通常必要でない資産」が問題となった裁判例、いわゆる「サラリーマンマイカー訴訟」について、私の関心事のかぎりで検討します。

 高裁と最高裁の判決は最高裁の検索サイトにあったので、リンク貼っておきます。

神戸地判 昭和61年9月24日
大阪高判 昭和63年9月27日
最高裁 平成2年3月23日


 本訴訟では、自動車の譲渡損失を給与所得と損益通算することの可否が争われました。
 結論は、いずれの判決でも納税者敗訴。

 ざっくり要約すると次のとおり。

・地裁
 レジャーよりも通勤・業務の使用割合が多いので「生活に通常必要な資産」に該当する。
 よって、譲渡損失はないものとみなされる(法9A一)。

・高裁(最高裁も是認)
 業務使用は使用者負担でなすべきものだし、通勤も定期代が支給されている。
 残るはレジャーなので「生活に通常必要でない資産」に該当する。
 よって、給与所得とは損益通算できない(法69A)。

 どっちにしろ損益通算できないじゃん、と思いますよね。
 そのとおりで、なぜこれが訴訟として成立しているのか、一般的な判例解説ではおよそ読み取れません。

通常必要(効果).png


 この点は、納税者の主張の独自性に依存しています(のに、一般的な判例解説では無視されがち)。


 前回の記事では、本概念を整理した図を作成しました(再掲)。

通常必要(条文).png


 これは「生活の用に供する動産」は、必ず「通常必要」か「通常必要でない」かいずれかに該当するという前提で作成しています。
 そんなの当たり前、と思うかもしれません。私自身もそう思います。

 が、そうじゃない、という主張をされているのが本件納税者。
 この図の外側に、「通常必要」でも「通常必要でない」でもない資産があるんだと。

 この手の、条文から離れ気味な「ピーキー」な主張、裁判所が採用する見込みはほぼない。
 独自の見解を主張するにしても、あくまでも一般的な見解から地続きの「経路依存」な主張に納めるのが望ましい。

税務訴訟におけるゴリ押しVS誉めごろし 〜税務トロイの木馬(Tax Trojan horse)

 もちろん、訴訟戦略を練る段階では、一旦従前の枠組みの「外側」から眺めてみる、という考えも大事です。一度上記のような図を作ってしまうと、どうしてもその枠の中でしか考えられなくなってしまうこともあるわけで。

 「9つの点を最も少ない直線で一筆書きしなさい。」という問題。

9点(問い).png


 答えを知ってしまえばなんてことはないわけですが、初見で、点で形成された見えない枠の外側にでる、という思考に至れるかどうか。

 ではありますが、現行の訴訟実務を前提とするかぎり、枠の外側からのゴリ押し一辺倒では難しいのが現実。内側から攻めるのも必須。

 本件納税者の独自の主張も結局のところ、最高裁からあっさりと、「原審の右判断の不当を抽象的に主張するものにすぎず失当」「ひっきょう、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず」などと、酷い言われようをされて終わってしまっています。


 それはともかく、このような「ピーキー」な見解のおかげで一連の裁判例が出来上がっているわけです。
 にもかかわらず、判例解説の類でも、本納税者の主張は(私の見る限りではありますが)ことごとく省略されています。
 まったく感謝が足りていない。

 といいつつ、私自身も同見解の中身をここで扱うつもりはおよそなく。
 そういう見解を主張されていたおかげで訴訟が成立していたんですよ、という限りでご紹介するまでです。

 最高裁までいっておきながら、結局のところ事例判断どまり。「通常必要/必要でない」についての規範定立がなされることもなく。
 どっちでも同じじゃん、という事案では、わざわざ最高裁が規範定立をするに及ばないのでしょう。

 一般的な教科書では、あたかも『規範を示した判例』であるかのように記述されることがあります。が、本件はあくまでも当該事案かぎりでの判断で、他の事例の参考にし難い。


 結論の違いはあるとして、それぞれの裁判所が前提としている枠組みは次のようなものです。

 ・レジャー →通常必要でない
 ・通勤   →地裁:通常必要、高裁:給与所得者は通常不要
 ・業務   →地裁:通常必要、高裁:給与所得者は通常不要

  これら実際の使用状況の割合で判断するんだと。

 「レジャーは生活に通常必要でない」というのが、今どき通用するのか疑問はあります。
 いかにも《贅沢は敵》的な発想をする所得税法には適合的なのでしょうが。

 なお、高裁が通勤・業務に使っていても通常不要としたのは、あくまでも本件納税者のかぎりです。すべての給与所得者にとって当然に通常不要と判断されるとはかぎりません。


 一応この枠組みを前提とするとして、私の思う疑問。
 
 実際の使用状況で判断するというならば、買った直後に災害損失が生じた場合はどうやって判断するのか。
 これからどう使う「つもり」(使用目的)だったかで判断するのか。

 では、当初は通勤(通常必要だとする)に使うつもりだったのが、しばらくしてからレジャー(通常不要)だけに使うようになった、といった場合はどうか。
 使用割合で判断するとしたら、どの期間の使用割合で判断するのか。取得時からなのか直近から遡った一定期間なのか。
 また、用途変更した直後は「通常必要」のままで、それが徐々に「通常必要でない」に変化していくということか。それともこれからの見込みで判断するということで、用途変更した時点から「通常必要でない」に切り替わるのか。


 そもそも、どの事実が「通常必要/必要でない」の主要事実となるものなのかがよくわかりません。

 地裁・高裁とも、「実際の使用状況」を主要事実として理解し、それらを総合考慮して通常必要かを判断しているように読めます。

   評価的要件:通常必要
   主要事実:実際の使用状況

 が、「使用目的」が主要事実で、「実際の使用状況」はそれを事実上推定するための間接事実と構成することも可能です。

   評価的要件:通常必要
   主要事実:使用目的 ←間接事実:実際の使用状況

 取得直後でも判断する必要があることからすると、後者で判断しないと一貫性を保てないように思えますがどうなのか。


 また、「通常」必要といっている以上、当該納税者個人にとってどれだけ「必要」であっても、それだけでは「通常」とはいえないのではないでしょうか。

 たとえば、納税者が払い下げの「特殊車両」を実際に通勤に使っていたとして、これが「通常必要」と認められるのかどうか(装甲車とか消防車とかなんでも。公道を走行できるかは別として)。
 納税者がそれしか車両をもっておらず、公共交通機関が壊滅的な地域であれば、納税者にとって必要なのは間違いないでしょう。ですが、車両それ自体は通常とはいいがたいです。
 とすると、納税者には必要だけど通常ではない、と判断されてしまうのでしょうか。

 では、そのような特殊車両でなければ通行できないような僻地に住んでいるとしたらどうか。
 納税者にとっての必要性が高まるのはそうだとして、通常性のほうは影響されるのか。そのような地域に住んでいる人にとっては通常、などとでも判断するのかどうか。

 他方で、一般人にとっては通常必要なものでも当該納税者には不要な場合はどうなのか。
 たとえば、スキンヘッドの人にとっての櫛・ブラシは、「通常必要」といってよいのかどうか。
 あるいは、通勤に自動車が必要な地域に住んでいたとして、納税者の現在の職場がリモートワークを実施していたら「通常必要でない」となるのかどうか。
 法的な評価は別として言葉だけの問題でいえば、『通常は必要だが今の本人には必要でない』という言い方になるのが自然です。

 要するに、ここで判断すべき事項として「通常性」と「必要性」の2つがあり、これらを一般人レベルで判断するのか本人レベルで判断するのか、という問題があるということです。

通常・必要.png


 なんとなく、通常性は一般人、必要性は納税者本人、に対応しているっぽくみえます。が、「通常必要」とつながっている以上、どちらも一般人レベルで判断するのが語義には合います。

 これ、刑法学説にでてくる、主観説・客観説・折衷説の対立と似たような問題構造です。判断基準を一般人とするのか当該個人とするのか、判断対象につき個別事情をどこまで取り込むのか、などという例のやつ。
 まあ、あちらは条文のないところでの空中戦ですが、こちらは一応条文があるところでの問題です。


 なんら根拠はありませんが、私が望ましいと思う枠組みを示しておきます。

1 まずは「モノの性質」だけで通常必要かどうかを判断。

 納税者の個別事情は考慮しない。櫛・ブラシは誰がどういうつもりで保有していようが通常必要と評価する。
 私個人としては、自動車も一家に一台までなら誰がどう使おうが通常必要でいいと思うのですが、一般的な理解とはズレるでしょうか。

 なお、令25条では、「30万円超の高級品」に該当すれば、納税者個人の利用状況を問わずに問答無用で生活用動産から除外されています。これも「モノの性質」だけで判断する趣旨だと捉えることができます。

2 「モノの性質」だけで判断できない場合は、その「使用目的」が何かをみる。
  そして、そのモノをそのような「使用目的」で使うことが、一般的にみて「通常必要」と評価できるかを判断すると。

 「実際の使用状況」は、この「使用目的」を推認するための間接事実のひとつとして使います。いくら本人が通勤目的で買ったと言い張っても、実際にレジャーにしか使っていなければそれは違うんだろうと。ただ、通勤目的で買った直後に会社がリモートワークに切り替わってしまった場合などは、別の評価がありえます。

 また、納税者個人の「使用目的」をそのまま通常必要の判定に反映させるのではなく、それが一般人からみて通常といえるかを挟み込むと。
 そうはいっても、せいぜい納税者個人の特殊な嗜好を排除する程度でよいのではないかと思います。個人の生活に対して、むやみやたらと「それは通常ではない」などと評価すべきではないでしょう。
 特殊車両を持っているとか僻地に住んでいるとか、それ自体は通常でないように思ってしまうかもしれませんが、通勤に供しているかぎりは通常性を肯定してよいと思います。


 このような枠組み、別にこれが理論的に正しいとかそういうことを主張しているのではなくて。

 現状の、使用状況の割合から判断しているかにみえる判決の存在を尊重しつつも、取得直後でも判定する場面があることや、必要/必要でないかが都度都度変化してしまうのは望ましくないのではということなどを諸々配慮した上での枠組みにすぎません。


 こういった問題があるにもかかわらず、本訴訟では、あくまでも個別事案限りでの判断しかなされず。

 もしも本訴訟が「チャレンジ系」なのだったとしたら、「ピーキー」な見解を主張するだけでなく、こういった制度内在的な問題についても議論してほしいところでした。


 ちなみに、この点に関して「所得税基本通達」がダンマリを決め込んでいるのは、不思議ではあります。
 何がしか、いっちょ噛みしてきそうなものですが。

 確かに、施行令25条各号の書きっぷりが、いかにも通達のお株を奪う感じではあります。
 規範も示さず、ずらずらと断片的な例示を並べるだけの。

 へそ曲げちゃってんのか。


 さて、次回は、前回記事の冒頭に書いた「とある書籍」についてです。
 前回と今回の記事を踏まえて、どのように理解できるかを検討します。

伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)
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2021年08月02日

「生活に通常必要な動産」で「生活に通常必要でない動産」

 上記タイトル、誤記などではなく。

 「生活に通常必要な資産」周りの解説について、とある書籍の記述で盛大に間違っているのではないか、というものを見つけました。

 が、私が何か思い違いをしているだけの可能性もあります。
 ので、まずは基礎的なところから確認していってみようと思います。


 法人税法は、法人が「経済的活動」にフルコミットするという前提で規律をしています。

 他方で、個人は様々な活動を行っており、「所得」という切り口だけでは適切に課税範囲をコントロールできないことがあります。そこで、所得税法では、所得以外の道具概念を導入して、課税範囲を適切にコントロールしようとしています。

 今回扱う「生活に通常必要な資産/生活に通常必要でない資産」もそのうちの一つです。


 まずは条文から(法は所得税法、令は同法施行令)。

法 第九条(非課税所得)
1 次に掲げる所得については、所得税を課さない。
 九 自己又はその配偶者その他の親族が生活の用に供する家具、じゆう器、衣服その他の資産で政令で定めるものの譲渡による所得
2 次に掲げる金額は、この法律の規定の適用については、ないものとみなす。
 一 前項第九号に規定する資産の譲渡による収入金額がその資産の第三十三条第三項に規定する取得費及びその譲渡に要した費用の額の合計額(以下この項において「取得費等の金額」という。)に満たない場合におけるその不足額

令 第二十五条(譲渡所得について非課税とされる生活用動産の範囲)
 法第九条第一項第九号(非課税所得)に規定する政令で定める資産は、生活に通常必要な動産のうち、次に掲げるもの(一個又は一組の価額が三十万円を超えるものに限る。)以外のものとする。
一 貴石、半貴石、貴金属、真珠及びこれらの製品、べつこう製品、さんご製品、こはく製品、ぞうげ製品並びに七宝製品
二 書画、こつとう及び美術工芸品

法 第六十二条(生活に通常必要でない資産の災害による損失)
1 居住者が、災害又は盗難若しくは横領により、生活に通常必要でない資産として政令で定めるものについて受けた損失の金額(保険金、損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる部分の金額を除く。)は、政令で定めるところにより、その者のその損失を受けた日の属する年分又はその翌年分の譲渡所得の金額の計算上控除すべき金額とみなす。
2 前項に規定する損失の金額の計算に関し必要な事項は、政令で定める。

令 第百七十八条(生活に通常必要でない資産の災害による損失額の計算等)
1 法第六十二条第一項(生活に通常必要でない資産の災害による損失)に規定する政令で定めるものは、次に掲げる資産とする。
一 競走馬(その規模、収益の状況その他の事情に照らし事業と認められるものの用に供されるものを除く。)その他射こう的行為の手段となる動産
二 通常自己及び自己と生計を一にする親族が居住の用に供しない家屋で主として趣味、娯楽又は保養の用に供する目的で所有するものその他主として趣味、娯楽、保養又は鑑賞の目的で所有する資産(前号又は次号に掲げる動産を除く。)
三 生活の用に供する動産で第二十五条(譲渡所得について非課税とされる生活用動産の範囲)の規定に該当しないもの

法 第六十九条(損益通算)
1 総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額を計算する場合において、不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額があるときは、政令で定める順序により、これを他の各種所得の金額から控除する。
2 前項の場合において、同項に規定する損失の金額のうちに第六十二条第一項(生活に通常必要でない資産の災害による損失)に規定する資産に係る所得の金額(以下この項において「生活に通常必要でない資産に係る所得の金額」という。)の計算上生じた損失の金額があるときは、当該損失の金額のうち政令で定めるものは政令で定めるところにより他の生活に通常必要でない資産に係る所得の金額から控除するものとし、当該政令で定めるもの以外のもの及び当該控除をしてもなお控除しきれないものは生じなかつたものとみなす。


・令25条の各号の物品は「高級品」と総称します。
 「贅沢品」とでもしようかと思いましたが、変なバイアスが働きそうなのでやめておきます(が、所得税法自身、各所で《贅沢は敵》バイアスに基づいた規律をしているようにも感じますが)。

・一応省略せずにのせておきましたが、令178条1項の1号・2号は考慮外とし、同3号の「生活の用に供する動産」のみを扱います。

・「資産」と「動産」は互換的に用います。


 「要件・効果」でいうところの「効果」を整理すると下図のとおり。

通常必要(効果).png


 ※見出しが「生活用資産」な理由は後述します。

 橙は納税者有利、青は納税者不利。無色のところは、通算できないよりは有利だけど、内部・内々部でしか通算できないという点は不利なので、色付けしていません。

ア 生活用資産
 ・利益がでても損失がでても無視する。
 ・が、災害損失のみは考慮する。

イ 生活に通常必要でない資産
 ・利益がでたら課税。
 ・通常の損失は通常必要でない資産同士でのみ通算。
  (「内々部通算」というのは、そういう意味での造語です。)
 ・災害損失の場合は、その他の譲渡所得とも内部通算できる。

 ざっくりいえば、担税力の有無とか少額不遡及とか日常生活に関与しないとか、そういう考慮が働いているのでしょう。


 では、所得税法はこの2つの概念をどのように切り分けているでしょうか。
 条文を整理すると下図のとおりとなります。

通常必要(条文).png


・まずは、生活に通常必要かそうでないかを判断する。
・通常必要でない場合はイ(A)。
・通常必要な場合は、30万円超の高級品であればイ(B)、それ以外はア(C、D)。

 ここで気づくことは、Bへの違和感。
 一旦、通常必要だと判断しておきながら、最終的には通常必要でない資産になると。

 現実的には、30万円超の高級品ならば通常必要と判断されることはないのかもしれません。
 が、令25条の書き方は、あくまでも「生活に通常必要な動産のうち」となっています。
 ので、30万円超の高級品もその中に含まれていると読まざるをえません。

 上記図で、見出しを「生活に通常必要な資産」ではなく「生活用資産」としたのは、この『必要だが必要でない資産』(B)が含まれていることを含意してのことです。

「生活に通常必要な資産」(令25条柱書)
 B 生活に通常必要な30万円超の高級品(=生活に通常必要でない資産)
 C 生活に通常必要な30万円以下の高級品
 D 生活に通常必要な日常品


 どうせ最終的に排除されるなら、ということで、条文構造を無視して30万円超の高級品を前出しするとどうなるか。

通常必要(改変).png


 やけにシンプルにまとまりました。

・30万円超の高級品ならイ(B)。
・それ以外は通常必要ならア(C,D)、通常必要でないならイ(A)。


 制度の全体像が整理できたところで、次回は本制度が問題となった裁判例(サラリーマンマイカー訴訟)を検討します。 

サラリーマンマイカー訴訟 〜生活に通常必要でも必要でなくもない資産
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)
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