2021年09月27日

零れ落ちるもの(その1) 〜NO 雇用契約 NO 労働契約

 民法の中にある「雇用」の規定。皆さん、その存在は知っているとは思いますが。

 大学の民法の講義だと、売買、賃貸借、請負といったメジャーな契約類型に時間を取られてしまい、「雇用」は労働法の講義で聞いてね、で済まされてしまう。
 じゃあってことで、労働法の講義に出てみたものの、労働基準法・労働契約法の隙間からちょこちょこ顔を覗かせる程度で、正面から扱ってくれません。

 また、「民法」を受験科目とする資格試験はいくつかあると思いますが、雇用なんて、せいぜい選択式問題の捨て問ポジションで出てくるくらいでしょうか。もしかしたら、花形の「危険負担」様の添え物(木の役)として登場したことがあるかもしれませんが。

 潮見佳男先生の一冊本なんて、「第7章 雇用」などと独立の章立てがされているのに、1頁だけよ。



潮見佳男「民法(全) 第2版」(有斐閣2019)

 一応フォローしておくと、体系書だとわざわざ[概説]などと予防線張っておきながら、結構な分量扱われています(40頁程度)。



潮見佳男「新契約各論II」(信山社2021)

 と、とても可哀相なやつですが、今回正面から扱ってあげようと思います。
 とはいえ、全面的に扱うのはしんどいので、解約ルールのみを検討します。
 

 ちなみに、「雇用」のところ、一丁前に2017年民法(債権関係)改正の対象となっていました。ですが、ド派手な改正があったわけでもないのでそれほど大騒ぎにはなっていないようです。

 が、「経過措置」を見れば分かる通り、改正法が適用されるのは2020年4月1日以降に締結した契約からです。
 そうすると、「無期雇用」の場合は、相当長期間にわたり旧法適用の雇用契約が残ることになります。施行日前に18歳で入社した人が65歳の定年まで勤めるとすると、向こう47年、旧法が適用され続けるということです。

 この基準となるのは「契約締結日」です。「入社日」が2020年4月1日だとしても、契約締結日がそれより前の日だと旧法が適用されることになります。
 社員情報を管理するのに入社日は記録しているはずですが、契約締結日までちゃんと記録しているでしょうか。労務管理ソフトで「契約締結日」欄があるもの、少なくとも私は見かけたことはないです。

 ちなみに、賃金請求権等の消滅時効の期間延長に関する労働基準法の改正、こちらの経過措置は「支払期日」基準となっています。ので、早い段階で新法適用に切り替わることになります(「当分の間」規定があるにせよ)。そして、民法の「完成猶予・更新」ルールについては当該事由が生じたとき基準なので、こちらも早々に新法適用に切り替わります。
 ので、本体が旧法適用の労働契約であっても、時効まわりのルールに関してはほぼ新法が適用されることになります。


 民法の典型契約の中で、これほど長く旧法が残る契約類型って、他にありますかね。

 「賃貸借」は改正で上限アップしましたが旧法では20年ですし、借地借家法上の借家は上限なしですが現実的には超長期契約は考えられないでしょう。

 あとは幻の「終身定期金」くらいですか(おなくなりになるまで)。
 言わずもがな、終身定期金の規定自体は改正も削除もされず放置状態です。が、一応契約なので、総則・債権総則・契約総則などの規定は適用されるわけです。なので、紛いなりにも旧法・新法の区別は必要となります。


 ということで、雇用の規定の改正、「大きい」問題ではないが「長い」問題ではあるということです。

 このような問題があるにも関わらず、それほどの騒ぎになっているようには見えません。改正内容が労働者有利だから、本当は旧法なのに間違って改正法を適用したとしても、会社がそこを呑めば済むだけ、ということでしょうか。


 今回は前振りで、次回以降で個々の条文を検討していきます(と思ったのですが、寄り道)。

零れ落ちるもの(その2) 〜有期雇用契約と改正民法の経過措置
零れ落ちるもの(その3) 〜有期雇用解約ルール
零れ落ちるもの(その4) 〜無期雇用解約ルール
零れ落ちるもの(その5) 〜内定解約ルール
posted by ウロ at 09:10| Comment(0) | 労働法

2021年09月20日

どこまでも追いかけてくる、夜の月のように 〜租税回避チャレンジ

 スピンオフ第4弾、今回は「租税回避」について。

浅妻章如,酒井貴子「租税法」(日本評論社2020)
留保金課税における資本金基準と株主構成基準の交錯
非適格は「非適格である」であって「適格でない」ではない 〜組織再編税制
引けない消費税 〜リバースチャージと控除対象外消費税

 本書で「例2」として挙げられているものを要約します。

 ・甲土地 A所有 取得費3億円 時価9億円
 ・A⇒B 甲土地 賃貸(無期限) 地代年1億円
 ・B⇒A 金銭9億円 貸付(無期限) 利息年1億円
 ・AB 毎年1億円の支払債務は相殺。

 これは、所得税法33条1項のカッコ書きがなければ譲渡所得を回避できたはずの例として挙げられています。で、譲渡所得を回避しながら譲渡したのと同じ状態を実現できているだろうと。

 その限りではまあそうなんですけども、ちゃんと回避しきれているのか疑問があります。当たり前のことですが、所得税は「譲渡所得」だけで構成されているわけではないからです。

 以下、順番に考えてみます(課税庁による法律構成の引き直しはされない前提で)。


 まずAは、地代収入を「不動産所得」としなければなりません。支払利息とぶつけられるんじゃないの、と思うかもしれませんが、この例では「たまたま」金銭を借りているだけなので、不動産所得の必要経費にはなりません。
 事業所得あたりの必要経費にでもして損益通算を狙っているのでしょうか。が、当該事業で借りる必要性がなければ家事費扱いになってしまうでしょう。

 また、Bも受取利息を「雑所得」としなければなりません。支払地代を金銭貸付の必要経費とするのは、さすがに難しい。
 そうすると、その土地を活用した事業でも創設して、事業所得か不動産所得の必要経費として損益通算することになるのでしょうか。

 このように、目先の譲渡所得6億円を回避しようとすると、「無限に」年1億円の不動産所得+年1億円の雑所得が発生してしまうということです。これを消すためには、他の所得を発生させた上で支払利息・支払地代を当該所得の必要経費にして損益通算ルートでぶつける必要がでてきます。

 目先の所得を消しても他の所得がでてきてと、イタチごっこ的に次々と別の所得が出てきてしまうような気がします。


 ここがまさに、所得税法が所得を類型ごとに区分していることの妙味です。そして「包括的所得概念」的な発想では、いかに現行所得税法をあるがままに記述できないかの証左でもあります。
 学理的にはともかく、現行所得税法を色眼鏡なしに理解するためには、《包括的所得脳》は一旦脇に置いておくべきだと思います。

 よくよく考えると、「包括的」といえるのは「収入」面だけはないかと。

  ア あらゆるプラスが収入になる 《包括的収入概念》
  イ あらゆるマイナスが経費になる 《包括的経費概念》
  ウ あらゆるプラス・マイナスが通算できる 《包括的通算概念》

 雑所得のようなバスケットカテゴリーがあることによって、プラスはほとんど所得税に取り込まれることになっています。他方で、マイナスは、控除できるものが所得類型ごとにバラバラです。
 さらに通算ルールとなると、肝心の雑所得のマイナスが通算の対象にならないなど、包括的所得概念にとっては、かなり致命的なルール設定となっています。

 と、包括的といえるのはせいぜい収入までであって、それ以外の箇所を包括的だというのは、現行所得税法とは違う何かについて語っているにすぎません。
 それが標準的な説明の仕方だとしても、租税法の学習者にむけて包括的所得概念をもって現行所得税法の説明をしようとするの、良心が傷まないのだろうかと。

 この点、藤田宙靖先生の行政法の教科書のように、「法律による行政の原理」を偏差をはかるための『ものさし』とする、という使い方なら理解できます。



藤田宙靖 新版 行政法総論 上巻 青林書院2020
藤田宙靖 新版 行政法総論 下巻 青林書院2020 

 モデルとしての包括的所得概念を「ものさし」としながら、現行所得税法がこれとどのくらいの偏差があるかを見ていくと。

 逆説的ですが、所得は単なる《差額概念》にすぎないと位置づけた上で、なるべく所得という言葉を使わずに現行所得税法を勉強したほうが、正確な理解ができるかもしれない(所得における差額説)。


 この事例、単に譲渡所得回避の試み事例としてだけで使うのはもったいない。

 ではなくて、所得税法が複数の所得類型によって課税範囲をカバーしていてそう簡単には抜け出せないことや、他方で各所得類型ごとに課税のされ方がバラついていることといった、「所得税法の課税構造」を具体的に学ぶための事例として活かしたほうがよさそうです。


 現行法ではカッコ書き(以下「譲渡()」といいます)があるから、本事例の借地権の設定も当然に「譲渡」となるかと思いきや、そう単純な話ではありません。

 ここででてくるのが、いわゆる『借地権課税』。

 本事例においても、権利金の支払いがないから譲渡にならないのか、あるいは借入金9億円が権利金と評価されることにならないか、借入が「特別の経済的利益」とならないかなどなど、検討すべき事項が複数あります。ただ単に借地契約をしただけで、当然に「譲渡()」に該当するわけではありません。譲渡としての実態を備えた借地権の設定である必要があります。

 譲渡のつもりで借地権を設定したのに、余計な取引を追加したせいで譲渡に該当しないこととなって余計な所得税が発生してしまう、という事態も考えられます。譲渡所得が常に忌むべき・回避すべき対象とは限りません。
 他の所得で課税されるくらいならば譲渡所得のほうがまし、という場面は少なからずあるでしょう。


 所得税法だとややこしいことになるなら、当事者が「法人」にしたらどうか、ということを考えるかもしれません。

 確かに法人なら、上記のような所得類型ごとにどうたら、みたいな話はありません(包括的所得思考の復権)。が、法人の場合は、借地権の認定課税をはじめ『借地権課税』の問題が個人以上にシビアになってきます。下手をすると、Aが寄付金課税、Bが権利金課税をされることもありえます。
 ので、こちらもそうすんなり回避できるようなものではありません。


 以上のことから、『租税回避』というのは、単に目先の課税を逃れて終わるものではなく、どの所得類型・税目にも当てはまらないように立ち回れた先にあるもの、ということがわかります。
 そこまで到達してはじめて、課税庁に租税回避チャレンジをかますことができるんだと。

 我々は、租税回避チャレンジ事案(の判決)をみて、後知恵的にあれこれ文句をつけがちです。が、やはりファーストペンギンに対する敬意というのは、忘れてはいけないのでしょう。

 ちなみに、この『借地権課税』の問題、租税法学習の素材として最適ではないかと思います。
 というのも、次のような特徴があるからです。

 ・租税法を勉強しようとする段階の人であれば「借地借家法」の知識はあるはず。会社法の教科書レベルの知識で「組織再編税制」に挑むよりは、ハードルは低めです。
 ・比較的単純な取引で社会人経験のない学生さんでも想像しやすい(組織再編以下略)。
 ・所得税法・法人税法・相続税法が絡んできて、それぞれの課税スタンスが理解しやすい。

 本書が「年金二重課税問題」(所得税法×相続税法)をやたら詳しく論じているのと同じノリで、借地権課税も詳しく論じたらいいんじゃないですかね。


 以上でスピンオフ記事、終了となります。

 が、より勉強が進めば他にも指摘すべき事項があるかもしれません。ある程度勉強が進んでからまた戻ってきたいと思います。
 
posted by ウロ at 09:49| Comment(0) | 所得税法

2021年09月13日

引けない消費税 〜リバースチャージと控除対象外消費税

 スピンオフ第3弾。

浅妻章如,酒井貴子「租税法」(日本評論社2020)
留保金課税における資本金基準と株主構成基準の交錯
非適格は「非適格である」であって「適格でない」ではない 〜組織再編税制

 今回は「リバースチャージ」について(156頁〜)。

国境を越えた役務の提供に係る消費税の課税関係について(国税庁)


 越境役務提供につき、本書では消費者向けと事業者向けとで扱いが異なる理由がわかりやすく説明されています。

 なんですが、リバースチャージをとるべき例として挙げられているもの、初学者には一読して理解しにくいかもしれません。これも制度説明とあてはめが一対一対応していない(あてはめ側が多い)、という問題です。

 補足をしてみます(数字の前が本体、後が消費税です)。

1 国外仕入(リバースチャージ無し)
  900  0 非課税売上
  600  0 国外仕入

2 国内仕入
  900  0 非課税売上
  600 60 国内仕入

 1と比べて2が消費税分不利になっていると。
 そこで、輸入者に消費税を負担させることで、1と同じ状態に引きずり下ろすと。

3 国外仕入(リバースチャージ有り)
  900  0 非課税売上
  600 60 国外仕入(リバースチャージ)

 ガチの初学者であれば、さしあたりこれだけで納得できそうです。単純に足し算引き算すれば同じ数字になるので。
 が、複式簿記の知識がある人だと、リバースチャージ60をどうやって仕訳するのか悩むかもしれません。

【中級者の罠】
未払決算賞与の損金算入時期と、なんちゃって私法準拠の弊害

 ?/未払消費税 60 

 左側(借方)は何なんだと。
 もしこれが「仮払消費税」だとすると、申告時に精算されてしまってリバースチャージを負担させた意味がないように思ってしまいます。

 仮払消費税/未払消費税 60

4 国外仕入(リバースチャージ有り)
  900  0 非課税売上
  600 60 国外仕入(リバースチャージ)
    △60 精算?

 ではなく、2の60も3の60も、いずれも「控除対象外消費税」として費用(損金)扱いとなるので(非課税売上対応仕入)、足並みが揃うということでしょう(科目名は便宜的に)。

 控除対象外消費税(費用)/未払消費税 60

 ここで、本書には出てこない「控除対象外消費税」「非課税売上対応仕入」という用語がでてきたとおり、これら概念を知らなければ、この事例のあてはめをちゃんと理解することができません。

 当該書籍に記載されていることが、当該書籍に記載されていることでは理解できないというのは、初学者にとってはかなりのストレス。自分の理解不足のせいなのか、それとも当該書籍が記述不足なだけなのか判断がつかないわけで。
 真面目な人なら、自分の理解不足だと思って当該(記述不足な)箇所を何度も何度も読んでしまうことになるでしょう。


 なお、現行法でリバースチャージしないといけないのは、「課税売上割合95%未満」の「課税事業者」に限られています。
 ので、取引先がほとんど教育機関であるような「免税事業者」であれば、リバースチャージ無しの国外仕入への誘引があることになります。

 また、「課税売上割合95%以上」の課税事業者で「個別対応方式」を採用している場合も、非課税売上対応仕入に関してはリバースチャージ無しの国外仕入が望ましいということになります。


 ただし、これらはあくまでも現行の日本法を前提とした話です。
 本書のつもりとしては、《理念》としてのリバースチャージを記述しているのであって、そんな細かい話をするつもりはない、ということかもしれません。

 が、消費税のことを「もらった消費税と払った消費税の差額を納付する」という限度で理解している人にとっては、ここの記述は意味不明なはずです。何でもかんでも盛り込むのは無理だとしても、少なくとも本書の記述を理解するのに必要な項目は記述しておいてほしい。

 勉強が進んでくると、記述不足な本であっても、オートモードが勝手に起動して記述を補って読んでしまいがちです。そうすると、論述が飛んでて初学者には理解できない、といった箇所に気づかなかったりします。
 私自身も、入門書評をするにあたってはそれなりに気をつけているものの、ガチの初学者と同じ目線で、というのはさすがに無理かもしれません。

 さて、次回は「租税回避」についての予定です。

どこまでも追いかけてくる、夜の月のように 〜租税回避チャレンジ
posted by ウロ at 10:29| Comment(0) | 消費税法

2021年09月06日

非適格は「非適格である」であって「適格でない」ではない 〜組織再編税制

 スピンオフ第2弾、今回は「組織再編税制」について(138頁〜)。

浅妻章如,酒井貴子「租税法」(日本評論社2020)
留保金課税における資本金基準と株主構成基準の交錯


 「組織再編税制の立法趣旨」という項目で政府税調の『基本的考え方』の記述が引用されています。
 類書も大体そうなんですが、なぜかこの項目のときだけ税調のご意見を引用するのがお決まりのパターンになっているようです。

 が、立法趣旨と立案者意思とを安易に同一視すべきでない、ということは以前も論じたとおりです。

アレオレ租税法 〜立案者意思は立法者意思か?

 とはいえ、同一視する高裁判決が実在しているわけで、もはや同一視しないほうが異端なんですかね。

横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)

 まだ最高裁が残されているものの、この手の趣旨解釈は残念ながら最高裁でも安易に受け入れられがち、というのが私の見立て。
 どの教科書・解説書も横並びで税調のご意見=立法趣旨と見做してしまっている状況において、「ここがヘンだよ私以外!」と叫んだところで、徒労なのかもしれない。


 「次に示す適格要件等を満たせばある組織再編成が適格と判断され、課税繰延が認められる。」(138頁)

 本書でも「適格外し」のことが書かれているとおり、適格組織再編成は「課税繰延」(利益先送り)となるだけでなく「損失先送り」としても機能します。
 そして、適格要件に該当する以上は問答無用で簿価移転としなければならないので、「認められる」というのは表現として不正確。

 ・適格 :簿価強制
 ・非適格:時価強制

 どちらかが原則でどちらかが例外、ということでもありません。
 もちろん実態としては、「利益先送り」狙いで使われることが多いのかもしれません。が、まずは色眼鏡を外した状態からスタートすべきでしょう。

 前回記事のように結論反転させないかぎり、原則/例外で説明したって別にいいんじゃね、と思うかもしれません。ですが、原則/例外と表現することに私が危惧しているのは、次のような『要件事実論』を展開する輩が現れかねないからです。
 すなわち、

【適格/非適格要件の立証責任の分配(民事横流し系)】
 ・時価移転(非適格)が原則で簿価移転(適格)は例外。
 ・ゆえに、時価移転を主張する側は合併の事実を立証するのみで足りる。
 ・例外である簿価移転を主張する側が「適格要件を満たすこと」を立証しなければならない。
 ・適格要件が真偽不明となった場合は非適格と認定される。
 ・このように分配することは、消極的事実(適格でない)ではなく積極的事実(適格である)を負担させるべきという要件事実論の基本コンセプトにもかなう。

 いかにも要件事実論のお作法に従った綺麗な分配のように見えます。
 が、民事要件事実論の発想をそのまま税法へ横流してもよいのかは極めて疑問です。

 上記分配で「課税庁」「納税者」の特定をしていないことからも分かるとおり、適格/非適格のどちらが納税者有利/不利になるかは、局面によって入れ替わります。
 仮に、納税者が簿価移転を望む場合、上記分配によれば納税者が適格要件を立証しなければならず、立証に失敗した場合には時価移転の不利益を受けなければならないことになります。

 このような負担を納税者に負わせてもよいものなのかどうか、特に「真偽不明」でも非適格扱いとされるのがよいのか。原則非適格とする考えからすれば何の問題もない、となりそうですが、私には疑問です。
 「非適格=法人税法、適格=措置法」とでもなっていれば、まだありえたかもしれませんが、どちらも法人税法本法に収まっていますし。

 租税法の大原則からすれば、課税処分の適法性は課税庁が主張立証しなければならないはずです。この大原則からするならば、適格が適法性を基礎付けるならば適格を、非適格が適法性を基礎付けるならば非適格を、それぞれ課税庁が主張立証する、とすべきでしょう。
 が、「課税要件事実論に詳しい」みたいな人たちは、いかにも上記の民事横流し系の分配論を展開しそうです。これは穿った見方でしょうか。

 例の奇妙な課税要件事実論が、誰からも批判されることなく放置されている現状からして、租税法学における要件事実論の受容というのが、未だ満足に行われていないのではないか、というのが、極めて個人的な私の見立てです。

伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)


 「完全支配関係とは、一の者の法人の発行済株式等の全てを直接または間接に保有する関係をいう」(139頁)

 条文上の定義を、親切心でわかりやすく簡略にしただけ、のつもりかもしれません。
 が、完全支配関係には、親子孫関係(縦)だけでなく兄弟姉妹(横)の関係もあることが、記述から抜け落ちてしまっています。

法人税法2条
 十二の七の六 完全支配関係 一の者が法人の発行済株式等の全部を直接若しくは間接に保有する関係として政令で定める関係(以下この号において「当事者間の完全支配の関係」という。)又は一の者との間に当事者間の完全支配の関係がある法人相互の関係をいう。


 条文でいうところの後段が削られてしまっているということです。
 そして、横の関係の場合には適格要件として「株式継続保有要件」が要求されるわけですが、このことが抜け落ちてしまっています。

 例の「見込み」(⇒法的安定性?)のやつです。

中里実ほか「租税法概説 第4版」(有斐閣2021)

 なんの考えもなしに条文引き写ししておけば間違えずに済んだのに、という前回と同じ類の間違い。


「ここで注意深い読者なら、株式継続保有要件を満たす必要のない場合、投資の継続と支配の継続の両方がなく、課税繰延を認める理由がないのではと冴るかもしれない。共同事業要件の存在は、合併前後における事業の継続性や関連性の存在から経済実体の不変更とみるか、または、「選択と集中」を支持する産業政策の要請によるとみるしかないであろう。」(140頁・共同事業要件)

 なぜ、「みるしかないであろう」などという、仕方ない感溢れる物言いをしているのでしょうか。これは、政府税調の『基本的考え方』を立法趣旨と同一視することからくるものでしょう。
 しかし、実際にできあがった制度の個別要件からスタートして解釈するのであれば、こういう評価にはならないはずです。現行法が実際に要求している要件が『基本的考え方』にそぐわないのであれば、それは『基本的考え方』のほうが現行法にそった内容になっていないと評価すべきでしょうよ。

  × 基本的考え方 → 現行法 (基本的考え方のとおり条文化されていないのは不当)

  ○ 基本的考え方 ← 現行法 (現行法で実現していない基本的考え方は通用しない)


 引用は省略しますが、欠損金引継ぎの具体例として、被合併法人T・合併法人Aとも支配関係成立前の欠損金は引き継げないが、成立後の欠損金は引き継げるという例があげられています(141頁)。

 が、支配関係成立前後で取り扱いが変わることが、その前の段落の制度説明の箇所に記述されていません。ので、なぜ支配関係成立前後で帰結が変わるのか、さっぱり理解できないでしょう。

 本書は、数値を含んだ事例での解説が豊富なので、理解しやすいところは非常に理解しやすいです。が、このように制度説明とあてはめの対応関係が欠落しているところがあったりします。

      類書  本書
 制度説明 多い  少ない
 具体例  少ない 多い

 なんですか、コモンロー的に事例(だけ)で理解しようぜ、ってことですか、租税法なのに。

 また、合併法人Aの欠損金も「引き継げる」と表現されていますが、AはAの欠損金を制限なしにそのまま使えるということであって、他社から引き継ぐものではありません。ここも、正確に言葉を使いわけましょう、という問題です。

 次回はスピンオフ第3弾、「リバースチャージ」についてです。

引けない消費税 〜リバースチャージと控除対象外消費税
どこまでも追いかけてくる、夜の月のように 〜租税回避チャレンジ
posted by ウロ at 09:42| Comment(0) | 法人税法