2022年05月30日

酒井克彦「クローズアップ課税要件事実論 第6版」(財経詳報社2023)

※以下は「第5版 2021」の書評です。

 要件事実論から租税法への輸入活動については、私も関心をもって気にしているところです。

 酒井克彦「クローズアップ課税要件事実論 第6版」(財経詳報社2023)

伊藤滋夫編「租税訴訟における要件事実論の展開」(青林書院2016)
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)

 が、(あくまでも私の個人的な観測範囲内にとどまりますが)『民法前提で組み立てられた要件事実論を、租税法の特性にあわせて正しく輸入する』ということが実現できているものになかなか出くわさない。
 民事要件事実論の成果を直輸入してしまっていたり、十分に活かしきれていなかったり。

 その点、本書がどうかということですが。

 内容自体はとても勉強になるものです。第3章の各論では、裁決・判決を素材とした丁寧な条文分析が展開されていたり。
 ではあるのですが、それは『課税要件事実論』の名の下に展開すべきものなのか、という箇所がしばしば。
 租税実体法レベルの解釈論にとどまっていて、実体法レベルの議論が固まった後に展開すべき『要件事実論』にまで届いていないのではないかと。


 たとえば「一時所得該当性」について『課税要件事実論』を展開するならば、

 「8つの所得に該当しないこと」が『課税要件』となっているが、課税庁側がこれらすべての所得に「該当しない」ことを立証しなければならないのか、それとも納税者側にこれら所得に「該当する」ことにつきなんらかの負担が課せられるのか

と、『課税要件』が確定されている状態で、それを各当事者がどのように主張立証していくか、という議論のスタイルになるはずです。
 特に、一時所得の「以外の所得」や雑所得の「該当しない所得」なんて課税要件、要件事実論からしたら格好のネタになるものです。
 ですが、この点について素材となった事案では争いがなかったからか、要件事実論からの分析は特になされていません。

 一方で、「営利」とか「継続」については、何が要件事実(主要事実)で何が間接事実にあたるかを分析していて、そこはちゃんと『課税要件事実論』になっています。

 一通り読んでみて、租税実体法レベルの議論と課税要件事実論のレベルの議論とが、斑になっているような印象を受けました。そして、(あくまで体感ですが)どちらかといえば租税実体法レベルの議論が多めで、課税要件事実論が少ない。スプラトゥーン的に色塗りしていったら、実体法側が勝つ感じの。

 実体法レベルの議論を一切排除しろ、とまで言うつもりはありませんが、『課税要件事実論』をタイトルに冠している以上、『課税要件事実論』の名のもとに議論すべきこととそうでないこととは、明確に区分すべきだと思います。


 本書についてやや批判的な観点からの読み方になってしまったの、本書の次のような記述に出くわしたことが原因です。

P150 (ア)証明責任と立証責任
「一般に、証明責任とは、自己に有利な法律効果を導く法規の要件事実が存否不明の際に、裁判所が、この法規を適用し得ないことによって生ずる一方の敗訴の危険又は不利益をいうとされている。(略)
 立証責任とは、弁論主義の下において、自己に有利な法規の適用の基礎となる要件事実がいずれの当事者によっても主張されなかった結果、裁判所がこの事実を裁判の基礎になし得ないことによって生ずる一方の当事者の不利益をいい、原則として、その対象および範囲は証明責任と一致するといわれている。(略)」


 普通に「民事訴訟法」を勉強してきた人からすると、この記述読んで「???」となりますよね。
 「一致するといわれている」とかいってますけど、証明責任と立証責任、そもそもが同じものですから。同じなのは当たり前。
 「原則として」ってありますけど、例外的に一致しない場合でもあるんですか?(いや無い)

 『「マック」と「マクド」は原則として一致するといわれている。』みたいな話よ。
 原則もなにも、同じものを違って略しているだけですから。

 この記述を読んだせいで、残念ながら、これ以外の記述も悪い方向にバイアスがかかって読むことになってしまいました。


 そういうバイアスのもとでは、以下のような記述にもイチャモンをつけたくなります。

P110
「ちなみに、民法587条の金銭消費貸借契約の要件事実は次のとおりである。
  1 金銭等の返還の合意
  2 金銭等の交付
  3 弁済期の合意及び弁済期の到来」


 「要件事実」というのは、常になにがしかの訴訟物との関係で問題となるものであって、抽象的に「民法587条の要件事実」なるものが存在するわけではありません。
 仮に、契約の成立を主張するためだけであれば「弁済期の到来」は不要です。「弁済期の到来」まで主張する必要があるのは、「貸した金返せ」と請求する場合です。
(なお、「弁済期の合意」については例の争いがあるのであって(賃貸借理論)、当然のように弁済期が本質的な要素であると言い切ってよいかは留保が必要です。)

 この記述、レポ取引事件の検討の中にでてくるのですが、わざわざ「(民事)要件事実」を記述する必要ありますかね。普通に民法の実体法レベルでの記述をしておけばすむ話だと思います。
 なんていうか、無理やり要件事実論をねじ込もうとした、取ってつけた感が強い。


 ついでに、「借用概念」と「民事要件事実論」との食い合わせについて。

 ある概念が借用概念だとして、民法からお借りするのは実体法レベルの概念なのか、それとも「請求原因・抗弁・再抗弁〜」と要件事実に分解された状態でなのか、といった問題があるはずです。上記記述が実体法上の要件をわざわざ「要件事実」に置き換えているのは、後者の立場を前提としているのでしょうか(課税要件事実の中に民事要件事実が《入れ子》になっている?)。

・A説 民法→税法→課税要件事実
・B説 民法→《民事要件事実》→税法→課税要件事実

 他方で、通説的な発想からすれば、(意識はしていないでしょうが)おそらく前者の実体法そのままの状態でお借りしてくることを前提としているように思います。で、課税要件として取り込んだ後に組み換えをするかどうかは『課税要件事実論』の中で展開をすると。

 「借用概念論」の議論にかぎらず、民事要件事実論のレベルだと「請求原因・抗弁・再抗弁〜」と分配されるような契約関係が課税要件に取り込まれた場合に、税務訴訟ではどのように課税要件事実の構成がなされるのか、ということが問題とすべき論点ではないかと思います。
 民事要件事実論レベルでの分配はガン無視して、すべて課税庁側に負担させるということでいいのかどうか(たとえば「弁済していないこと」とか)。

 そして、これが「更正の請求」の局面になった場合には、主張立証すべきことが逆転するのかどうか。

 このあたりは民法的な『衡平』が通用しないので、税法特有の要件事実論を展開すべき場面なのだと思います。

 さらに、上述した、一時所得の「以外の所得」や雑所得の「該当しない所得」といった課税要件が、課税処分の取消の場面と更正の請求の場面とで主張立証内容が変わるのか。
 いずれの所得が納税者に有利/不利かは事例によって変わるわけで、課税庁側がどの所得を主張するかによって、主張立証の中身が変わるのかどうか。
 少なくとも、一時所得・雑所得が絡んでくる事案においては、具体的な争われ方を捨象して、抽象的に「所得税法○○条の課税要件事実」などといったものを抽出することはできないと思います。


 以上、もう少し深堀りできそうですけども、中途半端な問題提起どまり。私の盛大な勘違いに基づく言いがかりかもしれませんし。
 考えがいまいち煮詰まっておらず、上記の記述もまとまりのないものとなってしまっていますので、もう少し考えてみます。

 私が本書を批判的な観点から評しているのは、本書が『課税要件事実論』を全面的に展開しているものだと過剰に期待しすぎたからにすぎません。
 もし本書を、裁決・判決を素材とした条文分析本として利用するならば、大変勉強になると思います。長らく改訂されていない、判例学習本の代替として利用するとか。

酒井克彦「ブラッシュアップ租税法―判例学習の道しるべ」(財経詳報社2011)

 ちなみに、巻末の「判例・裁決索引」の一番最後が「平成27年11月6日 最高裁HP」で打ち止めになっていますが、ここは単に更新を忘れているだけでしょう(タイミング的には第4版以降の更新をサボっている)。
posted by ウロ at 01:02| Comment(0) | 租税法の教科書

2022年05月23日

【事例演習】育休期間中の社保免除

 育休期間中の社保免除については、育介法上の育児休業等であることが求められていました。

いろんな産休と育休 〜法間インターフェイス論

 2022年10月からは、育介法も健保法・厚年法も改正法が施行されるわけですが、次のような事例では社保免除が受けられるでしょうか?

【お約束事項】
・法・規の条数は健康保険法のもの。厚年法は省略。
・明示のないかぎり健保法、育介法とも10月改正後を前提とする。
・明示のないかぎり休日は考慮しない。
・通常の育児休業(1歳まで)のみとして、パパ休暇(改正前)や出生時育児休業(改正後)は考慮しない。

【事例1】
 育休期間5/1〜6/15とした場合、5月分は免除になるとして6月分は免除対象となるか?


 6月も休業期間14日以上ある。しかし、14日ルールは開始日と終了日翌日が同一月の場合にかぎり適用されるもの(法159条1項2号)。
 本事例では開始日と終了日翌日は別の月なので14日ルールは適用されず、6月分は免除対象とならない。

【事例2】
 育休期間を5/1〜5/31と6/1〜6/15の2回に分けて取得した場合、6月分給与は免除対象となるか?


 連続している場合は「一の」育児休業等とみなされるため(法159条2項)、事例1同様、6月分は免除対象とはならない。

【事例3】
 育休期間5/1〜5/31の後、6/1だけ「出勤」し、6/2〜6/15育休期間とした場合、6月分給与は免除対象となるか?


 前の終了日と後の開始日の間に「就業」した日がある場合は連続していないことになるので(規135条5項)、6月分は14日ルールが適用されて免除対象となる。

【事例4】
 育休期間5/1〜5/31の後、6/1を「有給休暇」とし、6/2〜15育休期間とした場合、6月分給与は免除対象となるか?


 有給休暇の場合は「就業」とならないため、「一の」育児休業等となり、6月分は免除対象とならない。

【事例5】
 もし6/1が「公休日」で、育休期間5/1〜5/31の後、6/2〜15育休期間とした場合、6月分給与は免除対象となるか?


 公休日の場合は「就業」とならないため、「一の」育児休業等となり、6月分は免除対象とならない。

【事例6】
 事例1〜5で5月に「賞与」を支給した場合、免除対象となるか?

・事例1 育休期間5/1〜6/15と1月超あるため、免除対象となる。
・事例2 育休期間5/1〜6/15と1月超あるため、免除対象となる。
・事例3 育休期間5/1〜5/31と1月以下のため、免除対象とならない。
・事例4 育休期間5/1〜31+6/2〜6/15と1月超あるため、免除対象となる。
・事例5 育休期間5/1〜31+6/2〜6/15と1月超あるため、免除対象となる。

【事例7】
 事例1〜5で6月に「賞与」を支給した場合、賞与は免除対象となるか?

・事例1 育休期間5/1〜6/15と1月超あるが、6月は免除月でないため免除対象とならない。
・事例2 育休期間5/1〜6/15と1月超あるが、6月は免除月でないため免除対象とならない。
・事例3 育休期間6/2〜6/15と1月以下のため、免除対象とならない。
・事例4 育休期間5/1〜6/15と1月超あるが、6月は免除月でないため免除対象とならない。
・事例5 育休期間5/1〜6/15と1月超あるが、6月は免除月でないため免除対象とならない。

【事例8】
 育休期間6/1〜6/7の後、6/8に「出勤」し、6/9〜6/15育休期間とした場合、6月分給与は免除対象となるか?

 規135条4項但書により合算できる(7日+7日)ので、6月分給与は免除対象となる。

 以下は施行日(2022.10.1)をまたがった場合の問題。

【事例9】
 〜2022/9/30までに育児休業@(改正前1回のみ)を取得していたとして、2022/10/1〜10/15に育児休業A(改正後2回目OK)を取得した場合、10月分給与は免除対象となるか?

→改正前に1回目を取得していた場合に、改正後に2回目を取得することは可能。
 育児休業@には改正後159条2項が適用されないため、育児休業@と育児休業Aは連続したものとみなされない。
 それゆえ、10月分給与は同一月内14日以上として免除対象となる。

【事例10】
 事例9で、10月支給の「賞与」は免除対象となるか?

→育児休業@と育児休業Aは連続したものとみなされないため、10月の育休日数は10/1〜10/15の15日となる。
 それゆえ、10月支給の賞与は免除対象とならない。


 以上、法律をそのままあてはめたらこうなるのでは、というところを書いています。実際の運用レベルで調整が入ることは十分ありうることなので、その点は要注意。

○健康保険法

第159条(改正前)
 育児休業等をしている被保険者(略)が使用される事業所の事業主が、厚生労働省令で定めるところにより保険者等に申出をしたときは、その育児休業等を開始した日の属する月からその育児休業等が終了する日の翌日が属する月の前月までの期間、当該被保険者に関する保険料を徴収しない。

第159条 (2022.10.1施行)
 育児休業等をしている被保険者(略)が使用される事業所の事業主が、厚生労働省令で定めるところにより保険者等に申出をしたときは、次の各号に掲げる場合の区分に応じ、当該各号に定める月の当該被保険者に関する保険料(その育児休業等の期間が一月以下である者については、標準報酬月額に係る保険料に限る。)は、徴収しない。
一 その育児休業等を開始した日の属する月とその育児休業等が終了する日の翌日が属する月とが異なる場合 その育児休業等を開始した日の属する月からその育児休業等が終了する日の翌日が属する月の前月までの月
二 その育児休業等を開始した日の属する月とその育児休業等が終了する日の翌日が属する月とが同一であり、かつ、当該月における育児休業等の日数として厚生労働省令で定めるところにより計算した日数が十四日以上である場合 当該月
2 被保険者が連続する二以上の育児休業等をしている場合(これに準ずる場合として厚生労働省令で定める場合を含む。)における前項の規定の適用については、その全部を一の育児休業等とみなす。

附則(令和三年六月一一日法律第六六号)
(施行期日)
第一条 この法律は、令和四年一月一日から施行する。ただし、次の各号に掲げる規定は、当該各号に定める日から施行する。
三 第一条中健康保険法第百五十九条の改正規定(略) 令和四年十月一日
(健康保険法の一部改正に伴う経過措置)
第三条 
3 第一条の規定による改正後の健康保険法第百五十九条の規定は、附則第一条第三号に掲げる規定の施行の日(以下「第三号施行日」という。)以後に開始する健康保険法第四十三条の二第一項に規定する育児休業等について適用し、第三号施行日前に開始した同項に規定する育児休業等については、なお従前の例による。

○健康保険法施行規則

第135条(2022.10.1施行)
(育児休業等期間中の被保険者に係る保険料の徴収の特例の申出等)
4 法159条第1項第2号に規定する育児休業等の日数として厚生労働省令で定めるところにより計算した日数は、その育児休業等を開始した日の属する月における当該育児休業等を開始した日から当該育児休業等を終了する日までの期間の日数(被保険者が育介法第9条の2第1項に規定する出生時育児休業をする場合には、同法第9条の5第4項の規定にもとづき当該被保険者を使用する事業主が当該被保険者を就業させる日数(当該事業主が当該被保険者を就業させる時間数を当該被保険者に係る1日の所定動労時間数で除して得た数(その数に1未満の端数があるときは、これを切り捨てた数)をいう。)を除いた日数)とする。
 ただし、当該被保険者が当該月において2以上の育児休業等をする場合(法159条2項の規定によりその全部が一の育児休業等とみなされる場合を除く。)には、これらの育児休業等につきそれぞれこの項の規定により計算した日数を合算して得た日数とする。

5 法159条第2項に規定する厚生労働省令で定める場合は、被保険者が2以上の育児休業等をしている場合であって、一の育児休業等を終了した日とその次の育児休業等を開始した日との間に当該被保険者が就業した日がないときとする。
posted by ウロ at 22:28| Comment(0) | 社会保障法

2022年05月16日

例による×読替規定の鬼コンボ(その2) 〜地方税法の「合計所得金額」

 前回は、読替規定のご紹介だけで終わりにしました(以下、同規定を「本施行令」といいます)。

例による×読替規定の鬼コンボ(その1) 〜地方税法の「合計所得金額」

地方税法施行令 第48条の5の2(総所得金額の算定の特例)
 法第三百十三条第二項の規定により同条第一項の総所得金額を算定する場合には、所得税法第三十五条第四項第一号中「第二条第一項第三十号(定義)に規定する合計所得金額」とあるのは「地方税法(昭和二十五年法律第二百二十六号)第二百九十二条第一項第十三号に規定する合計所得金額」と、租税特別措置法第四十一条の三の三第四項第三号中「所得税法第二条第一項第三十四号に規定する扶養親族」とあるのは「地方税法(昭和二十五年法律第二百二十六号)第二百九十二条第一項第九号に規定する扶養親族」と、同項第四号中「所得税法第二条第一項第三十三号に規定する同一生計配偶者」とあるのは「地方税法第二百九十二条第一項第七号に規定する同一生計配偶者」と、同法第四十一条の十五の三第一項中「同条第四項(同法第百六十五条第一項において適用する場合を含む。)」とあるのは「地方税法第三百十三条第二項の規定によりその例によることとされる所得税法第三十五条第四項」と、「ついては、同法」とあるのは「ついては、地方税法施行令第四十八条の五の二の規定により読み替えられた同法」として、これらの規定の例によるものとする。



 私が真っ先に疑問をもったのが、この読替規定、なんで「政令」に規定されているのかということです。

 改正後の条文がどうなったのか、ひたすら地方税法の改正条文を探していたのですが、どおりで見つからないわけです。まさか政令(だけ)に規定されているとは。

 確かに、地方税法313条では、「政令」でも「特別の定め」をすることができると規定されています。

地方税法 第三百十三条(所得割の課税標準)
1 所得割の課税標準は、前年の所得について算定した総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額とする。
2 前項の総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額は、この法律又はこれに基づく政令で特別の定めをする場合を除くほか、それぞれ所得税法その他の所得税に関する法令の規定による所得税法第二十二条第二項又は第三項の総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額の計算の例によつて算定するものとする。ただし、同法第六十条の二から第六十条の四までの規定の例によらないものとする。


 が、この条文からすると、

@ 特別の定めが許されるのは「例によらない」場合であって、「例による」けどもその《より方》を調整することは許容されていないのではないか?
A 「この法律又はこれに基づく政令」とあることからすると、「法律」で何かしらの特別の定めがあってはじめて、それに基づく「政令」で特別の定めを規定できるのではないか?

といった疑問がでてきます。

 このうち、@については「大は小を兼ねる」ということで、例によらないことが許されるならば、例による場合の調整も許される、ということはできるでしょうか。
 問題はAで、要するに本施行令は法律で許容されていない規定なのではないかということです。
 これに基づくの「これ」は、地方税法○○条といった特定の条項ではなく、「地方税法」全体を指していると読むということでしょうか。

 「どうやって」読み替えるかについては政令で規定するとして、その前提である「何を」読み替えるについては法律で規定しておくべきかと。


 しばしば「税制改正大綱」と異なる規律が改正内容に盛り込まれることがあります。
 今回も、大綱にはなかった「所得金額調整控除」についての読み替えが本施行令に盛り込まれています。

 大綱はあくまでも政府・与党が作った案にすぎません。国会で成立した法律が正式バージョンなのであって、法律が大綱と異なること自体は何の問題もありません。
 問題は、大綱にも法律にも規定のないものを、いきなり「政令」で盛り込むことが許されるのかどうかということです。

 もちろん、公的年金等控除と規律をあわせるという「内容」自体は妥当なものだと思います。が、国会を経由していないものをいきなり政令に盛り込んでもよいのか、という「正統性」には疑問があります。
 しかも、自分のところの法律(地方税法)ではなく、他所の法律(所得税法)の読み替えを、いきなり政令で行ってしまってもよいのかどうか。

 そういう意味でもやはり、「何を」読み替えるのかまでは法律で規定しておくべきだと思います。


 今回の改正により、2の計算過程に地方税法(施行令)オリジナルの要素が入り込むことになりました。

 1 年金収入    所
 2 年金所得    所+地令
 3 総所得金額   地
 4 所得控除    地
 5 課税総所得金額 地
 6 所得割額    地

 1・2と3〜6で役割分担をしていた従前の姿が崩れたことになります。かなり大きな構造の変化だと思うのですが、そこまで大きな扱いになっているようには思えません。
 確かに、「例による」の中での調整なので、枠組み自体はまだ維持されています。が、その中身はもはや独自の規定を設けているのとほとんど変わりません。単なる表向きの書き方の違いでしょう。

 であればいっそのこと、すべて地方税法で自己完結できるようにしてしまえばいいのではないか、と思うのですが。
 財務省と総務省の縄張りとか、そういうことは私には分かりませんが、「例による」の枠組みを維持すべきよんどころない事情でもあるのでしょうか。


 より根本的な問題としては、そもそも地方自治体の税金について法律でびっちり書き込むことが「地方自治の本旨」にかなうのかどうか、という憲法レベルの問題があります。

 そういった観点からすると、例によるを維持するか独自の規定を設けるかなんていうのは、あくまでも国の「法律」の中での小競り合いにすぎません。地方税法でどこまで規律し、地方税条例でどこまで独自の規定を設けるか、といった大きな問題からすれば些細なことかもしれません。

 あるいは、ふるさと納税の指定取消しの問題など、よりシビアな問題が地方税法の世界には存在しています。
 本記事で論じたことなどは、これらの問題に比べれば大して実害のない問題といえるでしょう。が、「納税者の予測可能性」を重視するならば、分かりやすい地方税法の実現というものも目指すべきことなのではないでしょうか。
posted by ウロ at 15:08| Comment(0) | 地方税法

2022年05月09日

例による×読替規定の鬼コンボ(その1) 〜地方税法の「合計所得金額」

 先日の記事について、改正法成立後のフォローをしておきます。

「合計所得金額」に退職所得は含まれるし含まれない。〜令和4年度税制改正大綱を素材に

 こういう条文が入りました(都合により、市町村民税のほうの条文でいきます)。

地方税法施行令 第48条の5の2(総所得金額の算定の特例)
 法第三百十三条第二項の規定により同条第一項の総所得金額を算定する場合には、所得税法第三十五条第四項第一号中「第二条第一項第三十号(定義)に規定する合計所得金額」とあるのは「地方税法(昭和二十五年法律第二百二十六号)第二百九十二条第一項第十三号に規定する合計所得金額」と、租税特別措置法第四十一条の三の三第四項第三号中「所得税法第二条第一項第三十四号に規定する扶養親族」とあるのは「地方税法(昭和二十五年法律第二百二十六号)第二百九十二条第一項第九号に規定する扶養親族」と、同項第四号中「所得税法第二条第一項第三十三号に規定する同一生計配偶者」とあるのは「地方税法第二百九十二条第一項第七号に規定する同一生計配偶者」と、同法第四十一条の十五の三第一項中「同条第四項(同法第百六十五条第一項において適用する場合を含む。)」とあるのは「地方税法第三百十三条第二項の規定によりその例によることとされる所得税法第三十五条第四項」と、「ついては、同法」とあるのは「ついては、地方税法施行令第四十八条の五の二の規定により読み替えられた同法」として、これらの規定の例によるものとする。


 「例による」と読替規定のコンボのため異様なほど意味がとりにくい。のですが、この規定を分解すると次の通り。

ア 所35条4項1号 (公的年金等控除)
   「所得税法2条第1項第30号(定義)に規定する合計所得金額」
  ⇒「地方税法292条第1項第13号に規定する合計所得金額」

イ 措置法41条の3の3第4項第3号 (所得金額調整控除)
   「所得税法2条1項34号に規定する扶養親族」
  ⇒「地方税法292条1項9号に規定する扶養親族」

ウ 措置法41条の3の3第4項第4号 (所得金額調整控除)
   「所得税法2条1項33号に規定する同一生計配偶者」
  ⇒「地方税法292条1項第7号に規定する同一生計配偶者」

エ 措置法41条の15の3第1項 (公的年金等控除(65歳以上))
   「所得税法35条4項(同法第165条1項において適用する場合を含む。)」
  ⇒「地方税法313条2項の規定によりその例によることとされる所得税法35条4項」
   「ついては、同法」
  ⇒「ついては、地方税法施行令48条の5の2の規定により読み替えられた同法」


 年金所得の計算方法自体は相変わらず所得税法からお借りするやり口のままです。
 が、そのお借りする過程で「合計所得金額」を地方税法のそれに読み替えるということがアに規定されています。

地方税法 第292条(市町村民税に関する用語の意義)
 市町村民税について、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
十三 合計所得金額 第三百十三条第八項及び第九項の規定による控除前の同条第一項の総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額をいう。


 この条文だけをみたら退職所得金額も含まれてるじゃんと思いがち。ですが、「現年分離課税」となる退職所得はここから除かれる、ということは以前の記事で書いたとおりです。
 なお、退職所得が「前年所得課税」となる場合はどうなるかという問題もありますが、さしあたり省略します。

非居住者に対する退職所得と住民税

 そして、エでは措置法の「65歳以上」の特例についても同じノリで読み替えを行うとされています。
 なんとも言えない言い回しになっていますが、これは措置法41条の15の3第1項が、所35条4項1号の控除額の65歳適用部分だけ修正している、という建付けになっているためです。ストレートな読み替えではすんなり例によれないということなのでしょう。

 下記の「所得金額調整控除」が、措置法オリジナルの控除であるのとは違うわけです。


 以前の記事で懸念していた「所得金額調整控除」ですが、これについてはイウで手当がされています。
 大綱では触れられていなかったというのに、さすがしっかり穴埋めしてきています。

 「扶養親族」「同一生計配偶者」の定義を地方税法のそれに読み替えることで、それらの者の「合計所得金額」もあわせて地方税法のそれに置き換えることになるんだと。

措置法 第41条の3の3(所得金額調整控除)
1 その年中の給与等の収入金額が八百五十万円を超える居住者で、特別障害者に該当するもの又は年齢二十三歳未満の扶養親族を有するもの若しくは特別障害者である同一生計配偶者若しくは扶養親族を有するものに係る総所得金額を計算する場合には、その年中の給与等の収入金額(当該給与等の収入金額が千万円を超える場合には、千万円)から八百五十万円を控除した金額の百分の十に相当する金額を、その年分の給与所得の金額から控除する。
2 その年分の給与所得控除後の給与等の金額及び公的年金等に係る雑所得の金額がある居住者で、当該給与所得控除後の給与等の金額及び当該公的年金等に係る雑所得の金額の合計額が十万円を超えるものに係る総所得金額を計算する場合には、当該給与所得控除後の給与等の金額(当該給与所得控除後の給与等の金額が十万円を超える場合には、十万円)及び当該公的年金等に係る雑所得の金額(当該公的年金等に係る雑所得の金額が十万円を超える場合には、十万円)の合計額から十万円を控除した残額を、その年分の給与所得の金額(前項の規定の適用がある場合には、同項の規定による控除をした残額)から控除する。
4 この条において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
三 扶養親族 所得税法第二条第一項第三十四号に規定する扶養親族をいう。「地方税法(昭和二十五年法律第二百二十六号)第二百九十二条第一項第九号に規定する扶養親族」
四 同一生計配偶者 所得税法第二条第一項第三十三号に規定する同一生計配偶者をいう。「地方税法第二百九十二条第一項第七号に規定する同一生計配偶者」
六 公的年金等に係る雑所得の金額 所得税法第三十五条第二項第一号に掲げる金額をいう。


地方税法 第292条(市町村民税に関する用語の意義)
 市町村民税について、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
七 同一生計配偶者 市町村民税の納税義務者の配偶者でその納税義務者と生計を一にするもの(第三百十三条第三項に規定する青色事業専従者に該当するもので同項に規定する給与の支払を受けるもの及び同条第四項に規定する事業専従者に該当するものを除く。)のうち、当該年度の初日の属する年の前年(以下この条、第二百九十五条、第三百十三条から第三百十七条の三まで及び第三百十七条の六から第三百二十一条の七の九までにおいて「前年」という。)の合計所得金額が四十八万円以下である者をいう。
九 扶養親族 市町村民税の納税義務者の親族(その納税義務者の配偶者を除く。)並びに児童福祉法第二十七条第一項第三号の規定により同法第六条の四に規定する里親に委託された児童及び老人福祉法第十一条第一項第三号の規定により同号に規定する養護受託者に委託された老人でその納税義務者と生計を一にするもの(第三百十三条第三項に規定する青色事業専従者に該当するもので同項に規定する給与の支払を受けるもの及び同条第四項に規定する事業専従者に該当するものを除く。)のうち、前年の合計所得金額が四十八万円以下である者をいう。



 所得金額調整控除(子ども等)はこれでいいとして、所得金額調整控除(年金)の場合はどうなるのか。措置法第41条の3の3の「6号」の置き換えはされていないことから、ここだけ取り残されているのか。

 おそらくですけど、6号が

六 公的年金等に係る雑所得の金額 所得税法第三十五条第二項第一号に掲げる金額をいう。

と所得税法35条2項1号をお借りしており、かつ、同条4項に「第2項に規定する公的年金等控除額は」とあることから、最終的にア(+エ)に繋がるということなんでしょう。

 措置法第41条の3の3第2項、4項6号
 ⇒所得税法35条2項1号
  ⇒所得税法35条4項1号
   ⇒地方税法施行令第48条の5の2(ア+エ)

 分かりにくいにしても、直接6号に読み替え入れてもらったほうがはるかにマシだと思うのですが、そういう条文お作法なので仕方がない。


 以上、《日常系税務》の範疇では、そういうことになったんですねと結論だけ理解をしておけばさしあたりは足ります。そして、大綱に記載のなかった「所得金額調整控除」についても手当がされた点も忘れなければ。

 が、キマイラ感にさらに磨きがかかってしまったわけで、次回少し突っ込んでみます。
posted by ウロ at 11:10| Comment(0) | 地方税法

2022年05月02日

非居住者に対する退職所得と住民税

 地方税法、以下の記事でも書いたとおり、なかなか難解。

「合計所得金額」に退職所得は含まれるし含まれない。〜令和4年度税制改正大綱を素材に

 次のような、国境を跨いで退職金が発生した場合、住民税の処理はどうなるでしょうか。

《事案》
 10年前 入社 (居住者)
 5年前 海外赴任 (非居住者)
 2022年 海外で退職、退職金1000万円支給 (非居住者)
     その後、帰国(居住者)、2023年1月1日以降も居住予定。


 まず、この場合の所得税法上の取り扱いは、

ア 原則
 「非居住者」に支給する退職所得に該当するため、国内勤務に対応する500万円(1000万円×5年/10年)につき源泉徴収(源泉分離課税20.42%)をする(所得税法161条12号ハ、164条2項2号、169条、170条)。

イ 例外(選択課税)
 本人は「退職所得の選択課税」により、1000万円全額を「居住者」に対する支給とみなして還付申告をすることができる(所得税法171条、173条)。

となります。


 これはまあ分かる。では、住民税は課税されるのでしょうか?

ウ 特別徴収
 2022年1月1日現在住所がなく、所得税法199条による源泉徴収ではないため、支給者(会社)は「特別徴収」を行わない(地方税法328条)。

 ここまではそこらの《税務お役立ち記事》にも書いてあることでしょう。
 問題はこの先、年内に帰国していることがどう影響してくるか。

エ 住民税申告
 2023年1月1日現在住所があるため、前年支給を受けた退職金が課税対象となり、本人による「住民税申告」が必要(??)。

 《税務お役立ち記事》では、会社が特別徴収しないからそこで課税関係が終了するかのような書き方がされます。
 が、退職所得が特別徴収(現年分離課税)の対象外となるのであれば、原則(前年所得課税)に戻って課税判定をすることになります。

 ので、2023年1月1日現在でまだ帰国していなければ2022年の退職所得に課税されることはないが、帰国していれば課税される、ということになります。


 課税されるとして、その計算はどうなるのか。所得税が「ア 原則」の場合は、

 (国内収入500万円−退職所得控除(国内5年))×10%(標準税率)

ということでいいのかどうか。
 住民税は、所得税と違って非居住者に対する「源泉分離課税」制度がないので、こうなるのではないかと。

オ 選択課税
 では、本人が所得税で「選択課税」による還付申告を行った場合はどうか。
 所得税に連動して、
 
 (収入1000万円−退職所得控除(10年))×10%(標準税率)

ということになるのかどうか。

 地方税法施行令48条の5の2(非居住者期間を有する所得割の納税義務者の課税標準の算定)がここに関係しそうな規定っぽいのですが、退職所得の場合にどのように適用されるのかが読み取れない。

○地方税法施行令
(非居住者期間を有する所得割の納税義務者の課税標準の算定)
第四十八条の五の二 前年中に所得税法第二条第一項第五号に規定する非居住者であつた期間を有する者の同法第七条第一項第一号及び第二号に規定する所得並びに同法第百六十四条に規定する国内源泉所得に係る法第三百十三条第一項の総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額は、法又は法に基づく政令で特別の定めをする場合を除くほか、所得税法その他の所得税に関する法令の規定による同法第百六十五条及び所得税法施行令第二百五十八条の所得税の課税標準の計算の例によつて算定するものとする。


 事案が発生してから、各自個別に自治体へご相談いただくのがよろしいかと。
 実情は、自治体のほうでも本人が申告してくれないかぎり支給実績を把握しようがない、というところなのでしょうが。
posted by ウロ at 10:02| Comment(0) | 地方税法