相続税法の入門書風なタイトルに釣られて買ってしまいましたが、中身は全然違いました。
や、もちろんこんな露骨な釣りタイトルに、いつまで経っても騙されるこちらが全面的に悪いのです。
鹿田良美「判例から読み解く よくわかる相続税法」(有斐閣2022)
著者ご自身も「おわりに」で、「よくわかる相続税法になっていない」と自白されているのですが、これを「はじめに」ではなく「おわりに」に書くところが、なんとも。
最初の「ガイダンス」では、相続税法全体の構造をコンパクトに分かりやすくまとめられているので、入門書としての期待感が高められてしまったのですが、それ以降はひたすら判決のご紹介のみ。
あくまでも、私のような心の汚れた者による邪推にすぎませんが、最初数ページの「試し読み」で〈擬態入門書〉であることがバレることへの対策ではないか、と思わざるをえない。
○
本書の特徴を一言でいうと、『判決文記載の事実の解きほぐし方が上手な本』だというのが私の評価。
タイトルや最初のガイダンスから想起されるような『相続税法の入門書』などでは、およそない。
通常の書籍で判決が引用される場合、規範部分は原文のまま引用されることが多いのですが、事実部分は簡単に要約されるか完全に省略されてしまうのがほとんど。
そうすると、いざ判決原文を読もうとしても、規範部分はある程度読み慣れているものの、事実の読むのがしんどい、ということが起こりがちです。
ですが、当該判決が判例としてどのような射程をもつかを検討するには、規範部分を読むだけでなく、事実を細かく分析しなければなりません。
本書では、事実の説明に図表が多用されているなど、判決文の事実部分が理解しやすくなっています。そのため、自力で事実部分を読むにあたってのアプローチの仕方として、非常に参考になります。
事実の解きほぐしをここまで丁寧にやっている本、あまり見かけないので、はじめからこの点を目的としてであれば、購入する価値はあると思います。
特に実務家は、時間が限られていることを言い訳に、規範部分から逆算して判断の分かれ目になったと思われる事実だけをつまみ喰いしがち。ですが、判決文記載の事実をちゃんとひととおり読む、という訓練をやっておいたほうがよいです(自戒)。
そのための補助線としてならば、本書はとても役に立つはず。
なお、上記では「判決文記載の」事実という表現をしました。
これは、裁判では当然のことながら「証拠」「事実認定」レベルでの争いもあるわけですが、その点は本書は正面から扱っていない、という意味合いでです。
加藤新太郎「民事事実認定の技法」(弘文堂2022)
○
ですが、ここから先、本書を「判例」本として読むとしたら、非常に物足りないと感じると思います。
というのも、本書の判決へのアプローチを標語的にいうと、
〈判決を判決として読む〉
にとどまり、
〈判決を判例として読む〉
ということをしていないからです。
たとえば、第4講と第4講補講では、農地を売買した場合、農地に関する
売主の相続財産は、どの時点から農地→代金請求権となるのか
買主の相続財産は、どの時点から引渡請求権→農地となるのか
についての判決が扱われています。
で、それぞれの個別事案の帰結については、当然のことながら記述はされているのですが、
・他の事例で農地が問題となった場合、何をもって財産の変動があったことになるか
・農地ではなく一般の土地の場合はどのような事情により判断されることになるか
・土地以外だったらどうか。
などといった分析がなされていません。
当該事案ではこう判断されました、というところまで。
我々が過去の判決を読むのは、他人の揉め事を眺めたいといったゲスい根性から、などでは決してなく。今後同種の事案が生じた場合に、どのように判断がされる可能性があるかを予測するためです。
ですが、本書は素材としての判決を詳細な事実分析とあわせてご提供してくれてはいるものの、それ以上の踏み込みがほとんどなされていない、という状態になってしまっています。
一昔前によく見かけた、「ケースブック」という名の法科大学院教材の、判決搭載数をごっそり減らして詳細な事実分析をプラスしたバージョン、とでも形容すればイメージができるでしょうか。
独学者にはとても使いこなせない例のアレ。本書も、適切な指導者のもと利用することが望まれているのでしょうか。
はじめから内容に即したタイトルを冠してくれていれば、私も難癖をつけるようなことはしなかったはず。残念感ばかりが心に残る結果となってしまいました。
○
かねてより、個別税法の教科書を待望しており、私の中では、所得税法・法人税法については、さしあたり「スタンダード」シリーズが鉄板となっています。そして、そこに新しく消費税法が加わるということで期待をしているところです。
佐藤英明 スタンダード所得税法 第3版(弘文堂2022)
渡辺徹也 スタンダード法人税法 第3版(弘文堂2023)
佐藤英明・西山由美「スタンダード消費税法」(弘文堂2022)
本書が、相続税法の穴埋めとなってくれるかと期待して読んでみたものの、その結果は上記のとおり。
や、重ねて言いますが、本書の内容をよく確かめもせず、相続税法の入門書だと勝手に期待して勝手に裏切られている私が悪いのです。
2022年09月26日
鹿田良美「判例から読み解く よくわかる相続税法」(有斐閣2022)
posted by ウロ at 09:40| Comment(0)
| 租税法の教科書
2022年09月19日
デビッド・ガーバー「競争法ガイド」(東京大学出版会2021)
複数の法地域の競争法を比較することで、競争法の「肝」の部分が分かるようになる本。
デビッド・ガーバー「競争法ガイド」(東京大学出版会2021)
売らんがな精神かどうか、宣伝目的中で「入門書」と謳っているのですが、それはさすがに無理がある。競争法について何の知識もない人がいきなり本書を読んで、何事かを理解できるかといえば、まあ厳しい。
正しい位置づけは、日本の競争法制について一通り勉強したことのある人が、他国の競争法制に手を出す前のインターフェイスとして使う、というものだと思います。
そういう意味での「ガイド」であって、これを「入門書」というには敷居が高い(擬態入門書警察)。
最低でも、翻訳者である白石忠志先生の薄い本くらいは読んでおく必要があると思います。
白石忠志「独禁法講義 第10版」(有斐閣2023)
ちなみに、下記の薄い本も面白いのですが、こちらはより高度な学術書。
白石忠志「技術と競争の法的構造」(有斐閣1994)
白石忠志「技術と競争の法的構造」(有斐閣1994)
○
で、(他国の)競争法に縁のない私がなぜ本書を読んだのかというと。
本書は、単一の法分野につき、複数の法地域(法域)ごとの共通点・相違点を総覧するものになっています。競争法限定の「比較法」の本、といった趣です。
通常の比較法の本だと、必ずしも著者の得意ではない分野まで含まれることがあります。そうすると、単なる制度陳列系の記述となってしまい、「比較」の視点がぼやけてしまうことになりがち。
対して本書では、法分野が一つに限定されているので、共通点・相違点の抽出の仕方が非常にクリアになっています。しかも、単なる制度の表面をなぞるだけでなく、運用面も視野に入れた内容となっています。
○
そして、この単一/複数を入れ替えると、〈単一の法地域につき複数の法分野ごとの共通点・相違点を総覧する〉となります。
本書: 単一の法分野×複数の法地域
応用: 単一の法地域×複数の法分野
本ブログでは、複数の法分野の間に落っこちている問題につき、イジりの対象とすることがありますが、本書のアプローチ・分析方法が、こういうイジりに「応用」できるのでは、と思いました。
【税法×知的財産法×法適用通則法】
非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(まとめ)
もちろん、〈単一の法地域につき、複数の法分野ごとの共通点・相違点を総覧する〉本そのものがあればそれを読めばいいわけです。が、そういう本、残念ながらあまり見かけません。
せいぜい「2法間」までです(対談はあっても鼎談がない)。
【2法間の最高峰(と私が思うもの)】
佐伯仁志,道垣内弘人「刑法と民法の対話」(有斐閣2001)
【なお1法間?】
安藤馨,大屋雄裕「法哲学と法哲学の対話」(有斐閣2017)
○
本書で読んだことが本ブログに還元されるかどうか、今のところ、3つ以上の「法間インターフェイス」を素材とするネタが手元にないので、本領が発揮されるのはしばらく先になりそうです。
デビッド・ガーバー「競争法ガイド」(東京大学出版会2021)
売らんがな精神かどうか、宣伝目的中で「入門書」と謳っているのですが、それはさすがに無理がある。競争法について何の知識もない人がいきなり本書を読んで、何事かを理解できるかといえば、まあ厳しい。
正しい位置づけは、日本の競争法制について一通り勉強したことのある人が、他国の競争法制に手を出す前のインターフェイスとして使う、というものだと思います。
そういう意味での「ガイド」であって、これを「入門書」というには敷居が高い(擬態入門書警察)。
最低でも、翻訳者である白石忠志先生の薄い本くらいは読んでおく必要があると思います。
白石忠志「独禁法講義 第10版」(有斐閣2023)
ちなみに、下記の薄い本も面白いのですが、こちらはより高度な学術書。
白石忠志「技術と競争の法的構造」(有斐閣1994)
白石忠志「技術と競争の法的構造」(有斐閣1994)
○
で、(他国の)競争法に縁のない私がなぜ本書を読んだのかというと。
本書は、単一の法分野につき、複数の法地域(法域)ごとの共通点・相違点を総覧するものになっています。競争法限定の「比較法」の本、といった趣です。
通常の比較法の本だと、必ずしも著者の得意ではない分野まで含まれることがあります。そうすると、単なる制度陳列系の記述となってしまい、「比較」の視点がぼやけてしまうことになりがち。
対して本書では、法分野が一つに限定されているので、共通点・相違点の抽出の仕方が非常にクリアになっています。しかも、単なる制度の表面をなぞるだけでなく、運用面も視野に入れた内容となっています。
○
そして、この単一/複数を入れ替えると、〈単一の法地域につき複数の法分野ごとの共通点・相違点を総覧する〉となります。
本書: 単一の法分野×複数の法地域
応用: 単一の法地域×複数の法分野
本ブログでは、複数の法分野の間に落っこちている問題につき、イジりの対象とすることがありますが、本書のアプローチ・分析方法が、こういうイジりに「応用」できるのでは、と思いました。
【税法×知的財産法×法適用通則法】
非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(まとめ)
もちろん、〈単一の法地域につき、複数の法分野ごとの共通点・相違点を総覧する〉本そのものがあればそれを読めばいいわけです。が、そういう本、残念ながらあまり見かけません。
せいぜい「2法間」までです(対談はあっても鼎談がない)。
【2法間の最高峰(と私が思うもの)】
佐伯仁志,道垣内弘人「刑法と民法の対話」(有斐閣2001)
【なお1法間?】
安藤馨,大屋雄裕「法哲学と法哲学の対話」(有斐閣2017)
○
本書で読んだことが本ブログに還元されるかどうか、今のところ、3つ以上の「法間インターフェイス」を素材とするネタが手元にないので、本領が発揮されるのはしばらく先になりそうです。
posted by ウロ at 09:49| Comment(0)
| 競争法
2022年09月12日
適用除外☆Gradation 〜育児介護休業法編
結果、適用が受けられない場合であっても、法律上は書きぶりが違うものがあるよ、というお話し。タイトルからは何のことやら分からないと思いますが。
この手の話、条文の読み方的な本にも、個別の法律の解説書にも書かれていないことが多く、隙間に落ち込むタイプのもの。なので、例によって本ブログの格好のネタとなります。
今回は「育児介護休業法」を素材とします。
○
たとえば「短時間勤務制度」の対象者について、お役所作成の手引には次のように記述されています。
育児・介護休業法のあらまし(令和4年3月作成)
107頁
15 事業主が講ずべき措置(所定労働時間の短縮等)
\−5 所定労働時間の短縮措置(短時間勤務制度)
○ 短時間勤務制度の対象となる労働者は、次のすべてに該当する労働者です。
@ 1日の所定労働時間が6時間以下でないこと
A 日々雇用される者でないこと
B 短時間勤務制度が適用される期間に現に育児休業(産後パパ育休含む)をしていないこと
※産後パパ育休に関しては、令和4年10月1日適用。
C 労使協定により適用除外とされた以下の労働者でないこと
ア その事業主に継続して雇用された期間が1年に満たない労働者
イ 1週間の所定労働日数が2日以下の労働者
ウ 業務の性質又は業務の実施体制に照らして、短時間勤務制度を講ずることが困難と認められる業務に従事する労働者(指針第2の9の(3))
「条文裏返し」っぷりが気になるものの、今回は触れません。
【条文裏返し問題】
社会保険適用拡大について(2022年10月〜) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
ここで触れたい問題は、@からCまでが並列に記述されてしまっていることについてです。
条文上は、次のような構造になっています。
・日々雇用される者(A)
育介法上の「労働者」から除かれている(法2条1号)。
・短時間勤務制度が適用される期間に現に育児休業をしていない者(B)
「育児休業をしていないもの」に該当しない(法23条1項本文)。
・1日の所定労働時間が6時間以下の者(@)
短時間勤務制度の「労働者」から除かれている(法23条1項本文)。
・労使協定により適用除外とされた労働者(C)
労使協定により措置を講じないものとして定めることができる(法23条1項但書)。
また、本体である「育児休業」の対象者についての、お役所の手引の記述は次のとおりです。
15頁
U−1 育児休業制度
U−1−1 育児休業の対象となる労働者
○ この法律の「育児休業」をすることができるのは、原則として1歳に満たない子を養育する男女労働者です。
○ 日々雇い入れられる者は除かれます。
○ 期間を定めて雇用される者は、申出時点において、次のいずれにも該当すれば育児休業をすることができます。
@ 同一の事業主に引き続き1年以上雇用されていること
A 子が1歳6か月に達する日までに、労働契約(更新される場合には、更新後の契約)の期間が満了することが明らかでないこと
○ 労使協定で定められた一定の労働者も育児休業をすることはできません。
<令和4年4月1日変更点>
期間を定めて雇用される者の@の要件が撤廃されます。
○ 期間を定めて雇用される者は、申出時点において、子が1歳6か月に達する日までに、労働契約(更新される場合には、更新後の契約)の期間が満了することが明らかでない場合は、育児休業をすることができます。
こちらも条文構造を整理すると次のとおり(2022年4月改正施行後を前提とします)。
・日々雇用される者
そもそも育介法上の「労働者」から除かれている(法2条1号)。
・子が1歳6か月に達する日までに労働契約の期間が満了することが明らかな者(A)
申出をすることができる者から除かれている(法5条1項)。
・労使協定で定められた一定の労働者
労使協定に定めることで申出を拒むことができる(法6条1項、2項)。
このように、どうやって適用から外れるのかについて、条文上はそれぞれ書き分けがされています。
特に、労使協定による定めについて、育児休業では「拒むことができる」、短時間勤務制度では「措置を講じない」という違いがあります。
法6条2項には、会社が拒否したら育児休業できないなんてことがわざわざ明記されています。その前の同条1項但書だけでも足りると思うんですけども。短時間勤務制度のほうには、当然のことながらそんな規定はありません。
○
結果、適用されないならいちいち区別する必要ないじゃん、と思うかもしれません。
が、私の意識にあるのは下記記事に関することです。
いろんな産休と育休 〜法間インターフェイス論
この記事では、健康保険法上の育児休業の定義が育介法からの借りものだ、ということを述べました。
そうすると、社保免除などの適用が受けられるかどうかは、育介法上の「育児休業」に該当するかどうかに従うことになります。
会社が育介法をはみ出して独自の育休制度を設けたとしても、当該休業は社保免除等の適用対象とはなりません。
たとえば、「子が1歳6か月に達する日までに労働契約の期間が満了することが明らかな者」を休業させた場合、育介法上の育児休業には該当しないので、社保免除など健保法上の優遇を受けることはできない、ということになります。
では、労使協定で入社1年未満の者の申出を拒むことができると定めていながら、その者からの申出を拒まずに休業を与えた場合はどうなるでしょうか。
法6条2項に「拒否したら休業できない」と書いてあることからすると、「拒否しなければ休業できる」と反対解釈することができるはずです。もしかするとこの規定、この反対解釈を導けるようにするために設けたものなのでしょうか。
このように解釈できるのならば、拒まずに休業させた場合も育介法上の育児休業に該当することになるので、健保法上の優遇を受けられることになります。
なお、人によって拒んだり拒まなかったり、といった運用をするならば、それはそれで別の問題になるとは思いますが。
○
というように、どうやって除外されるかによって効果に違いが生じるのならば、社内の規程・労使協定についても、これら条文構造を正確に再現しておくのが望ましいと思います。
ところが、お役所のものを始めとした一般的な規程例・労使協定例では、きちんと意識されていないものが多い印象。たとえば、短時間勤務制度に関して、条文とは異なり「申出を拒むことができる」という書き方になっているなど。
もちろん、企業が独自の規定を設けることそれ自体は構わないことです。が、それが意識的にそうしているのではなく、単にお役所の標準書式をコピペしているだけだということであれば問題だと思います。
というか、なぜお役所の標準書式の段階で、わざわざ条文構造と異なる文言に改変することにしたのか、謎ではあります。
○育児介護休業法
第二条(定義)
この法律(第一号に掲げる用語にあっては、第九条の三並びに第六十一条第三十三項及び第三十六項を除く。)において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 育児休業 労働者(日々雇用される者を除く。以下この条、次章から第八章まで、第二十一条から第二十四条まで、第二十五条第一項、第二十五条の二第一項及び第三項、第二十六条、第二十八条、第二十九条並びに第十一章において同じ。)が、次章に定めるところにより、その子(民法(明治二十九年法律第八十九号)第八百十七条の二第一項の規定により労働者が当該労働者との間における同項に規定する特別養子縁組の成立について家庭裁判所に請求した者(当該請求に係る家事審判事件が裁判所に係属している場合に限る。)であって、当該労働者が現に監護するもの、児童福祉法(昭和二十二年法律第百六十四号)第二十七条第一項第三号の規定により同法第六条の四第二号に規定する養子縁組里親である労働者に委託されている児童及びその他これらに準ずる者として厚生労働省令で定める者に、厚生労働省令で定めるところにより委託されている者を含む。第四号及び第六十一条第三項(同条第六項において準用する場合を含む。)を除き、以下同じ。)を養育するためにする休業をいう。
第五条(育児休業の申出)
1 労働者は、その養育する一歳に満たない子について、その事業主に申し出ることにより、育児休業をすることができる。ただし、期間を定めて雇用される者にあっては、その養育する子が一歳六か月に達する日までに、その労働契約(労働契約が更新される場合にあっては、更新後のもの。第三項及び第十一条第一項において同じ。)が満了することが明らかでない者に限り、当該申出をすることができる。
第六条(育児休業申出があった場合における事業主の義務等)
1 事業主は、労働者からの育児休業申出があったときは、当該育児休業申出を拒むことができない。ただし、当該事業主と当該労働者が雇用される事業所の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、その事業所の労働者の過半数で組織する労働組合がないときはその労働者の過半数を代表する者との書面による協定で、次に掲げる労働者のうち育児休業をすることができないものとして定められた労働者に該当する労働者からの育児休業申出があった場合は、この限りでない。
一 当該事業主に引き続き雇用された期間が一年に満たない労働者
二 前号に掲げるもののほか、育児休業をすることができないこととすることについて合理的な理由があると認められる労働者として厚生労働省令で定めるもの
2 前項ただし書の場合において、事業主にその育児休業申出を拒まれた労働者は、前条第一項、第三項及び第四項の規定にかかわらず、育児休業をすることができない。
第二十三条(所定労働時間の短縮措置等)
1 事業主は、その雇用する労働者のうち、その三歳に満たない子を養育する労働者であって育児休業をしていないもの(一日の所定労働時間が短い労働者として厚生労働省令で定めるものを除く。)に関して、厚生労働省令で定めるところにより、労働者の申出に基づき所定労働時間を短縮することにより当該労働者が就業しつつ当該子を養育することを容易にするための措置(以下この条及び第二十四条第一項第三号において「育児のための所定労働時間の短縮措置」という。)を講じなければならない。ただし、当該事業主と当該労働者が雇用される事業所の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、その事業所の労働者の過半数で組織する労働組合がないときはその労働者の過半数を代表する者との書面による協定で、次に掲げる労働者のうち育児のための所定労働時間の短縮措置を講じないものとして定められた労働者に該当する労働者については、この限りでない。
一 当該事業主に引き続き雇用された期間が一年に満たない労働者
二 前号に掲げるもののほか、育児のための所定労働時間の短縮措置を講じないこととすることについて合理的な理由があると認められる労働者として厚生労働省令で定めるもの
三 前二号に掲げるもののほか、業務の性質又は業務の実施体制に照らして、育児のための所定労働時間の短縮措置を講ずることが困難と認められる業務に従事する労働者
○育児介護休業法施行規則
第七十二条(法第二十三条第一項本文の所定労働時間が短い労働者として厚生労働省令で定めるもの)
法第二十三条第一項本文の所定労働時間が短い労働者として厚生労働省令で定めるものは、一日の所定労働時間が六時間以下の労働者とする。
第七十三条(法第二十三条第一項第二号の厚生労働省令で定めるもの)
法第二十三条第一項第二号の厚生労働省令で定めるものは、一週間の所定労働日数が二日以下の労働者とする。
この手の話、条文の読み方的な本にも、個別の法律の解説書にも書かれていないことが多く、隙間に落ち込むタイプのもの。なので、例によって本ブログの格好のネタとなります。
今回は「育児介護休業法」を素材とします。
○
たとえば「短時間勤務制度」の対象者について、お役所作成の手引には次のように記述されています。
育児・介護休業法のあらまし(令和4年3月作成)
107頁
15 事業主が講ずべき措置(所定労働時間の短縮等)
\−5 所定労働時間の短縮措置(短時間勤務制度)
○ 短時間勤務制度の対象となる労働者は、次のすべてに該当する労働者です。
@ 1日の所定労働時間が6時間以下でないこと
A 日々雇用される者でないこと
B 短時間勤務制度が適用される期間に現に育児休業(産後パパ育休含む)をしていないこと
※産後パパ育休に関しては、令和4年10月1日適用。
C 労使協定により適用除外とされた以下の労働者でないこと
ア その事業主に継続して雇用された期間が1年に満たない労働者
イ 1週間の所定労働日数が2日以下の労働者
ウ 業務の性質又は業務の実施体制に照らして、短時間勤務制度を講ずることが困難と認められる業務に従事する労働者(指針第2の9の(3))
「条文裏返し」っぷりが気になるものの、今回は触れません。
【条文裏返し問題】
社会保険適用拡大について(2022年10月〜) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
ここで触れたい問題は、@からCまでが並列に記述されてしまっていることについてです。
条文上は、次のような構造になっています。
・日々雇用される者(A)
育介法上の「労働者」から除かれている(法2条1号)。
・短時間勤務制度が適用される期間に現に育児休業をしていない者(B)
「育児休業をしていないもの」に該当しない(法23条1項本文)。
・1日の所定労働時間が6時間以下の者(@)
短時間勤務制度の「労働者」から除かれている(法23条1項本文)。
・労使協定により適用除外とされた労働者(C)
労使協定により措置を講じないものとして定めることができる(法23条1項但書)。
また、本体である「育児休業」の対象者についての、お役所の手引の記述は次のとおりです。
15頁
U−1 育児休業制度
U−1−1 育児休業の対象となる労働者
○ この法律の「育児休業」をすることができるのは、原則として1歳に満たない子を養育する男女労働者です。
○ 日々雇い入れられる者は除かれます。
○ 期間を定めて雇用される者は、申出時点において、次のいずれにも該当すれば育児休業をすることができます。
@ 同一の事業主に引き続き1年以上雇用されていること
A 子が1歳6か月に達する日までに、労働契約(更新される場合には、更新後の契約)の期間が満了することが明らかでないこと
○ 労使協定で定められた一定の労働者も育児休業をすることはできません。
<令和4年4月1日変更点>
期間を定めて雇用される者の@の要件が撤廃されます。
○ 期間を定めて雇用される者は、申出時点において、子が1歳6か月に達する日までに、労働契約(更新される場合には、更新後の契約)の期間が満了することが明らかでない場合は、育児休業をすることができます。
こちらも条文構造を整理すると次のとおり(2022年4月改正施行後を前提とします)。
・日々雇用される者
そもそも育介法上の「労働者」から除かれている(法2条1号)。
・子が1歳6か月に達する日までに労働契約の期間が満了することが明らかな者(A)
申出をすることができる者から除かれている(法5条1項)。
・労使協定で定められた一定の労働者
労使協定に定めることで申出を拒むことができる(法6条1項、2項)。
このように、どうやって適用から外れるのかについて、条文上はそれぞれ書き分けがされています。
特に、労使協定による定めについて、育児休業では「拒むことができる」、短時間勤務制度では「措置を講じない」という違いがあります。
法6条2項には、会社が拒否したら育児休業できないなんてことがわざわざ明記されています。その前の同条1項但書だけでも足りると思うんですけども。短時間勤務制度のほうには、当然のことながらそんな規定はありません。
○
結果、適用されないならいちいち区別する必要ないじゃん、と思うかもしれません。
が、私の意識にあるのは下記記事に関することです。
いろんな産休と育休 〜法間インターフェイス論
この記事では、健康保険法上の育児休業の定義が育介法からの借りものだ、ということを述べました。
そうすると、社保免除などの適用が受けられるかどうかは、育介法上の「育児休業」に該当するかどうかに従うことになります。
会社が育介法をはみ出して独自の育休制度を設けたとしても、当該休業は社保免除等の適用対象とはなりません。
たとえば、「子が1歳6か月に達する日までに労働契約の期間が満了することが明らかな者」を休業させた場合、育介法上の育児休業には該当しないので、社保免除など健保法上の優遇を受けることはできない、ということになります。
では、労使協定で入社1年未満の者の申出を拒むことができると定めていながら、その者からの申出を拒まずに休業を与えた場合はどうなるでしょうか。
法6条2項に「拒否したら休業できない」と書いてあることからすると、「拒否しなければ休業できる」と反対解釈することができるはずです。もしかするとこの規定、この反対解釈を導けるようにするために設けたものなのでしょうか。
このように解釈できるのならば、拒まずに休業させた場合も育介法上の育児休業に該当することになるので、健保法上の優遇を受けられることになります。
なお、人によって拒んだり拒まなかったり、といった運用をするならば、それはそれで別の問題になるとは思いますが。
○
というように、どうやって除外されるかによって効果に違いが生じるのならば、社内の規程・労使協定についても、これら条文構造を正確に再現しておくのが望ましいと思います。
ところが、お役所のものを始めとした一般的な規程例・労使協定例では、きちんと意識されていないものが多い印象。たとえば、短時間勤務制度に関して、条文とは異なり「申出を拒むことができる」という書き方になっているなど。
もちろん、企業が独自の規定を設けることそれ自体は構わないことです。が、それが意識的にそうしているのではなく、単にお役所の標準書式をコピペしているだけだということであれば問題だと思います。
というか、なぜお役所の標準書式の段階で、わざわざ条文構造と異なる文言に改変することにしたのか、謎ではあります。
○育児介護休業法
第二条(定義)
この法律(第一号に掲げる用語にあっては、第九条の三並びに第六十一条第三十三項及び第三十六項を除く。)において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 育児休業 労働者(日々雇用される者を除く。以下この条、次章から第八章まで、第二十一条から第二十四条まで、第二十五条第一項、第二十五条の二第一項及び第三項、第二十六条、第二十八条、第二十九条並びに第十一章において同じ。)が、次章に定めるところにより、その子(民法(明治二十九年法律第八十九号)第八百十七条の二第一項の規定により労働者が当該労働者との間における同項に規定する特別養子縁組の成立について家庭裁判所に請求した者(当該請求に係る家事審判事件が裁判所に係属している場合に限る。)であって、当該労働者が現に監護するもの、児童福祉法(昭和二十二年法律第百六十四号)第二十七条第一項第三号の規定により同法第六条の四第二号に規定する養子縁組里親である労働者に委託されている児童及びその他これらに準ずる者として厚生労働省令で定める者に、厚生労働省令で定めるところにより委託されている者を含む。第四号及び第六十一条第三項(同条第六項において準用する場合を含む。)を除き、以下同じ。)を養育するためにする休業をいう。
第五条(育児休業の申出)
1 労働者は、その養育する一歳に満たない子について、その事業主に申し出ることにより、育児休業をすることができる。ただし、期間を定めて雇用される者にあっては、その養育する子が一歳六か月に達する日までに、その労働契約(労働契約が更新される場合にあっては、更新後のもの。第三項及び第十一条第一項において同じ。)が満了することが明らかでない者に限り、当該申出をすることができる。
第六条(育児休業申出があった場合における事業主の義務等)
1 事業主は、労働者からの育児休業申出があったときは、当該育児休業申出を拒むことができない。ただし、当該事業主と当該労働者が雇用される事業所の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、その事業所の労働者の過半数で組織する労働組合がないときはその労働者の過半数を代表する者との書面による協定で、次に掲げる労働者のうち育児休業をすることができないものとして定められた労働者に該当する労働者からの育児休業申出があった場合は、この限りでない。
一 当該事業主に引き続き雇用された期間が一年に満たない労働者
二 前号に掲げるもののほか、育児休業をすることができないこととすることについて合理的な理由があると認められる労働者として厚生労働省令で定めるもの
2 前項ただし書の場合において、事業主にその育児休業申出を拒まれた労働者は、前条第一項、第三項及び第四項の規定にかかわらず、育児休業をすることができない。
第二十三条(所定労働時間の短縮措置等)
1 事業主は、その雇用する労働者のうち、その三歳に満たない子を養育する労働者であって育児休業をしていないもの(一日の所定労働時間が短い労働者として厚生労働省令で定めるものを除く。)に関して、厚生労働省令で定めるところにより、労働者の申出に基づき所定労働時間を短縮することにより当該労働者が就業しつつ当該子を養育することを容易にするための措置(以下この条及び第二十四条第一項第三号において「育児のための所定労働時間の短縮措置」という。)を講じなければならない。ただし、当該事業主と当該労働者が雇用される事業所の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、その事業所の労働者の過半数で組織する労働組合がないときはその労働者の過半数を代表する者との書面による協定で、次に掲げる労働者のうち育児のための所定労働時間の短縮措置を講じないものとして定められた労働者に該当する労働者については、この限りでない。
一 当該事業主に引き続き雇用された期間が一年に満たない労働者
二 前号に掲げるもののほか、育児のための所定労働時間の短縮措置を講じないこととすることについて合理的な理由があると認められる労働者として厚生労働省令で定めるもの
三 前二号に掲げるもののほか、業務の性質又は業務の実施体制に照らして、育児のための所定労働時間の短縮措置を講ずることが困難と認められる業務に従事する労働者
○育児介護休業法施行規則
第七十二条(法第二十三条第一項本文の所定労働時間が短い労働者として厚生労働省令で定めるもの)
法第二十三条第一項本文の所定労働時間が短い労働者として厚生労働省令で定めるものは、一日の所定労働時間が六時間以下の労働者とする。
第七十三条(法第二十三条第一項第二号の厚生労働省令で定めるもの)
法第二十三条第一項第二号の厚生労働省令で定めるものは、一週間の所定労働日数が二日以下の労働者とする。
posted by ウロ at 11:08| Comment(0)
| 労働法
2022年09月05日
年休権は《更新》されない?(その2)
前回、「年休権は更新されない」という定説に対する疑問を呈しました。
年休権は《更新》されない?(その1)
が、巷の解説モノでは、未だに昭和24年の通達の引き写しレベルの説明しかされていないのがほとんど。
そのうち裁判所に持ち込まれて、よくあるテンプレを漫然と流用していた会社にとってあまりよろしくない結論が出ることになったらどうするのか。
○
現行の規定を一旦脇において《制度論》として考えた場合、年休権は賃金請求権などとは違った特殊な権利だということで、「更新なしで期間経過により当然消滅」という設計とすることもありうるでしょう(除斥期間構成)。
というか、これまで援用すら要せずに当然消滅扱いでもつつがなくやり過ごせてきたのは、除斥期間的な理解のほうが時効構成よりも年休権の性質にマッチするものだったからではないでしょうか。
が、出発点として、労働基準法115条の「その他の請求権」に該当すると解釈してしまった以上、時効構成とセットになっている民法上のルールも、当然排除とするわけにはいかないはずです。
もしかすると、昭和24年通達は、解釈レベルで民法の更新(中断)ルールの適用を排除するための、実務における知恵だったと評価できるかもしれません(労働者側からみれば悪知恵)。
そして、新設された「年次有給休暇管理簿」についても、その記載事項が「(取得)日数」どまりになっているのは、使用者側が「承認」回避をするための逃げ道を作ってくれていたのかもしれない。
だというのに、漫然と「残日数」や「繰越日数」が記載されたテンプレを利用するのは、いかがなものか(もちろん労働者にとっては攻めどころ)。
ということを踏まえて、「承認避け」目的で「管理簿」にそれら項目を記載しなかったとして、労働者側から残日数の確認申請があった場合はどう対応すべきか。
素直に回答すれば、そのまま「承認」になりそうです。じゃあってことで回答拒否したとしたら、権利行使を妨害したとして時効援用権の「濫用」と評価されるかもしれません。
どっちにしろ、確認されたら詰みそう。
○
このように、現状の実務運用がいつひっくり返されてもおかしくない不安定な状態にあるというならば、《立法論》として除斥期間化することも検討すべきでしょう。
が、労働者不利益が可視化・固定化されるだけの改正、実現の望みは薄そうです。結論自体は、現状の実務運用と変わるわけではないのですが。
○
ただ《解釈論》レベルでも、抜け道がないわけではありません。
というのも、更新規定は労基法に直接書き込まれているのではなく、労基法115条をハブとして民法から流れ込む形になっています。
そこで、民法の更新規定を「任意規定」と解釈し、就業規則などで更新を排除する旨明記すれば、更新されない年休権の出来上がり、ということになります。
が、民法だからといってすべて任意規定というわけでもなく、また、労基法に取り込まれることで強行規定化するという解釈も成り立ちうるので、すんなり排除できるとは限りません。
とはいえ、今の運用を解釈論の範囲内で正当化しようとするならば、このルートに乗っかるしかないんじゃないですかね。
ではあるのですが、残日数が明確に分かっているにもかかわらず、それでも「時効」で消滅するというの、やはり違和感が残ります。やはり、当然消滅の特殊な権利として正面から法改正してもらうのが望ましい。
○
余談ですが、「不利益」繋がりでいうと、年休の「一斉付与」ということで、基準日を設けて本来の付与日から前倒しで付与することが行われています。
前倒しであるかぎり労働者に不利益にならない、ということで許容されているところです。が、今回問題にした時効消滅という観点からすると、早く付与してもらえればいいというものでもない。
付与期間が前倒しされれば、その分時効の起算日も前倒しとなります。時効という側面からみれば労働者にとって不利益になっているということです。
個々の労働者にとって、早く付与してもらえるのがいいのか、遅くまで使えるのがいいのか、人それぞれであって一律に有利不利と割り切れるものではない。ので、早く付与してあげたんだから早く消滅しても問題ない、と評価できるとはかぎらない。
法律の規定より労働者を不利益に扱ってはいけない、というのであれば、たとえば付与日を前倒ししたとしても、消滅時効の起算日は法定の付与日から2年とするのが筋でしょう。
せっかく一斉付与を採用したというのに、個別評価なんてしていられない、というのであれば、繰越期間を一律後倒しにすることになるでしょうか。
そこまでしないとしても、使用者には法定の付与義務以上に、労働者の権利行使を促進する施策を実施することが要求されることになるはずです。
年休権は《更新》されない?(その1)
が、巷の解説モノでは、未だに昭和24年の通達の引き写しレベルの説明しかされていないのがほとんど。
そのうち裁判所に持ち込まれて、よくあるテンプレを漫然と流用していた会社にとってあまりよろしくない結論が出ることになったらどうするのか。
○
現行の規定を一旦脇において《制度論》として考えた場合、年休権は賃金請求権などとは違った特殊な権利だということで、「更新なしで期間経過により当然消滅」という設計とすることもありうるでしょう(除斥期間構成)。
というか、これまで援用すら要せずに当然消滅扱いでもつつがなくやり過ごせてきたのは、除斥期間的な理解のほうが時効構成よりも年休権の性質にマッチするものだったからではないでしょうか。
が、出発点として、労働基準法115条の「その他の請求権」に該当すると解釈してしまった以上、時効構成とセットになっている民法上のルールも、当然排除とするわけにはいかないはずです。
もしかすると、昭和24年通達は、解釈レベルで民法の更新(中断)ルールの適用を排除するための、実務における知恵だったと評価できるかもしれません(労働者側からみれば悪知恵)。
そして、新設された「年次有給休暇管理簿」についても、その記載事項が「(取得)日数」どまりになっているのは、使用者側が「承認」回避をするための逃げ道を作ってくれていたのかもしれない。
だというのに、漫然と「残日数」や「繰越日数」が記載されたテンプレを利用するのは、いかがなものか(もちろん労働者にとっては攻めどころ)。
ということを踏まえて、「承認避け」目的で「管理簿」にそれら項目を記載しなかったとして、労働者側から残日数の確認申請があった場合はどう対応すべきか。
素直に回答すれば、そのまま「承認」になりそうです。じゃあってことで回答拒否したとしたら、権利行使を妨害したとして時効援用権の「濫用」と評価されるかもしれません。
どっちにしろ、確認されたら詰みそう。
○
このように、現状の実務運用がいつひっくり返されてもおかしくない不安定な状態にあるというならば、《立法論》として除斥期間化することも検討すべきでしょう。
が、労働者不利益が可視化・固定化されるだけの改正、実現の望みは薄そうです。結論自体は、現状の実務運用と変わるわけではないのですが。
○
ただ《解釈論》レベルでも、抜け道がないわけではありません。
というのも、更新規定は労基法に直接書き込まれているのではなく、労基法115条をハブとして民法から流れ込む形になっています。
そこで、民法の更新規定を「任意規定」と解釈し、就業規則などで更新を排除する旨明記すれば、更新されない年休権の出来上がり、ということになります。
が、民法だからといってすべて任意規定というわけでもなく、また、労基法に取り込まれることで強行規定化するという解釈も成り立ちうるので、すんなり排除できるとは限りません。
とはいえ、今の運用を解釈論の範囲内で正当化しようとするならば、このルートに乗っかるしかないんじゃないですかね。
ではあるのですが、残日数が明確に分かっているにもかかわらず、それでも「時効」で消滅するというの、やはり違和感が残ります。やはり、当然消滅の特殊な権利として正面から法改正してもらうのが望ましい。
○
余談ですが、「不利益」繋がりでいうと、年休の「一斉付与」ということで、基準日を設けて本来の付与日から前倒しで付与することが行われています。
前倒しであるかぎり労働者に不利益にならない、ということで許容されているところです。が、今回問題にした時効消滅という観点からすると、早く付与してもらえればいいというものでもない。
付与期間が前倒しされれば、その分時効の起算日も前倒しとなります。時効という側面からみれば労働者にとって不利益になっているということです。
個々の労働者にとって、早く付与してもらえるのがいいのか、遅くまで使えるのがいいのか、人それぞれであって一律に有利不利と割り切れるものではない。ので、早く付与してあげたんだから早く消滅しても問題ない、と評価できるとはかぎらない。
法律の規定より労働者を不利益に扱ってはいけない、というのであれば、たとえば付与日を前倒ししたとしても、消滅時効の起算日は法定の付与日から2年とするのが筋でしょう。
せっかく一斉付与を採用したというのに、個別評価なんてしていられない、というのであれば、繰越期間を一律後倒しにすることになるでしょうか。
そこまでしないとしても、使用者には法定の付与義務以上に、労働者の権利行使を促進する施策を実施することが要求されることになるはずです。
posted by ウロ at 11:47| Comment(0)
| 労働法