前回は「正当な理由」についてで、今回は「用途区分」について。
テンプレ判決 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
虚弱判決(その1) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
○
結論自体は「共通仕入」という既定路線どおりで、何の驚きもないのですが。
問題は、その結論に至るまでの過程。
・
まず、仕入税額控除の趣旨を「税負担の累積防止」だと説明していることに対して。
すぐに思いつく反例が、不課税売上対応仕入でも「共通仕入」として一部控除ができるという点です。
不課税売上げにのみ要する課税仕入れの税額控除(国税庁)
当たり前ですが、不課税売上の場合には「税負担の累積」は存在しないわけで。のに、一部控除ができるわけです。ので、仕入税額控除を「税負担の累積防止」だけで説明するのは無理がある。
どうせ何かの受け売りなんでしょうけども、当該事案以外のところに目配せが効いていない状態になっています。
そもそも、消費税法においては、売上課税ルールと仕入控除ルールとがセットになって機能するものです。なので、仕入控除ルールだけを取り分けて趣旨を語ることに意味はない(はずなんですが、インボイス制度導入によって、両ルールの分断がますます加速しているのが現実)。
民法とか刑法のようなおなじみの分野では、こんな粗忽な判示は生まれないはずです。が、税法分野の・消費税法の・用途区分に関する論点なんて、初めて知ったという判事もいたでしょうから、まあそうなるよねと。
消費税法を一通り勉強したことがあれば、迂闊にも「仕入税額控除は税負担の累積防止」と言い切ったりはしないはずで。あくまでも邪推ですが、調査官からレクチャー受けてそのまま採用しただけ、とでも言わないと、このような判示をしたことの理由が説明できないのではないでしょうか。
薄味の法廷意見であるにもかかわらず、誰一人「個別意見」を付けないという点からしても、自分で何かを考えて判断したわけではないということが透けて見える。
「税負担の累積防止」というマジックワードが独り歩きして、仕入税額控除をガンガン否認しまくる実務運用が広まらないか、不安がのこります。法廷意見が薄味なのは仕方ないとして、補足意見なりできちんと意味内容を充填しておくべきものだと思います(が、無理解な補足意見が独り歩きすることもあるので、何とも)。
・
本件事案のかぎりで「税負担の累積防止」という趣旨を受け入れるとして。
ではなぜ、消費者でもない居住用賃貸建物の貸主(以下単に「貸主」といいます。)が、最終的な税負担を負うことになるのか。本判決では、何ら実質的な根拠が示されていません。
「累積していないから」というのは単なる形式論です。本来消費者が負担すべきとされている消費税を、なにゆえ事業者である貸主が負担すべきことになるのでしょうか。
話はズレますが、「二重課税は許されない」という考えをとるからといって、そこから「二重課税でなければ課税してよい」という結論は出て来ないでしょう。課税してよいことの積極的な根拠が必要になるはずです。
私自身も、一連の記事において、非のみ仕入が税額控除を否定されることにつき、「負担者が消費者から一段階繰り上がる」と説明しました。が、これはあくまでも非のみ仕入の「機能」を説明しただけであって。なぜ貸主が負担すべきかについては、その根拠は見当たらないということで、逐一疑問を呈してきました。
判示の中に出てくるのは、共通仕入の税額控除額を課税売上割合か準ずる割合で決めることや帳簿・請求書がなければ税額控除できないことの理由づけとして、「課税の明確性の確保」「適正な徴税の実現」と言っているだけです。
その手前にあるはずの、非のみ仕入が税額控除を否定されることの根拠については、何も触れられていません。
1 課のみは控除できるが非のみは控除できない →???
2 課のみでも帳簿、請求書がなければ控除できない →適正な徴税の実現
3 共通する場合は割合でわりきる →課税の明確性の確保
ここの根拠がはっきりしないままで、下記の「対応している/していない」なんて、本来なら判断しようがないはずなんですけども。
・
なお、「課税の明確性の確保」「適正な徴税の実現」などというの、いかにもマジックワード然とした物言い。刑事訴訟法の試験問題を「人権保障と真実発見の調和」だけで乗り切ろうとするくらいの愚行。
現実に課税仕入を行っていたことが明らかでも、調査時に請求書を提示しなければ税額控除できない(保存要件を満たさない)なんて制度、明確や適正よりも「課税のしやすさ」を極限まで優先した結果でしょうよ。
さらにいえば、売上課税ルールが実質重視で課税されているというのに、仕入控除ルールが形式重視で制限されている部分だけをみて「適正」だとか「明確」だとかいうの、詭弁のように私には感じます。前述したとおり、どうもこの判決、消費税法全体を見ずに、仕入税額控除制度だけしかみないで判示をしているっぽいんですよね。
【こんな刑法理論は嫌だ】
構成要件該当性:実質重視で判断。
違法性阻却:形式重視で限定。
→どのような場合に違法性阻却されるかが明確だから「刑罰法規の明確性」に適っている!
○
「用途区分」をどのように判断するか、についての本判決の記述は次の通り。
A 「課税対応課税仕入れとは、当該事業者の事業において課税資産の譲渡等にのみ対応する課税仕入れをいい、課税資産の譲渡等のみならずその他の資産の譲渡等にも対応する課税仕入れは、全て共通対応課税仕入れに該当すると解するのが相当である。
B 2 前記事実関係等によれば、本件各課税仕入れは上告人が転売目的で本件各建物を購入したものであるが、本件各建物はその購入時から全部又は一部が住宅として賃貸されており、上告人は、転売までの間、その賃料を収受したというのである。そうすると、上告人の事業において、本件各課税仕入れは、課税資産の譲渡等である本件各建物の転売のみならず、その他の資産の譲渡等である本件各建物の住宅としての賃貸にも対応するものであるということができる。
C よって、本件各課税仕入れは、その上告人の事業における位置付けや上告人の意図等にかかわらず、共通対応課税仕入れに該当するというべきである。」
”ABC”は私が挿入しました。下線は原文どおりです。
注意深い方ならこの記述の違和感にお気づきかと思います。AとBの間に論旨の《スキマ》があるという点です。
税法に馴染みがないといまいち分かりにくいかもしれませんので、法学をお勉強されたことがある方になじみのある「刑法学」の議論でなぞらえてみます。「因果関係」についての近時の議論のところです。
[刑法上の「因果関係」について、かつて複数の学説が争われていた。が、近時では、多くの学者がこぞって「危険の現実化」という抽象的な規範に乗っかった上で、どのような要素を拾ってどのように判断するかという「下位基準」の開発競争に明け暮れている。]
【下位基準開発競争】
橋爪隆「刑法総論の悩みどころ」(有斐閣2020)
上記A→Bというのは、A「危険の現実化」という抽象的な規範を掲げた後、Bいきなり生の事実を列挙して「ゆえに因果関係がある」と言っているようなものです。Aでいう「対応」というのを、いったいどのように判断すべきなのかの「下位基準」が全く示されていません。
「要件事実論」の道具立てでいうと、「規範的要件」である権利の濫用の判断について、あれやこれやの事実を列挙してからおもむろに、「だから権利を濫用している」と結論を出しているようなものです。
いったいいかなる事実があれば「対応している/していない」といえるのかが、はっきり示されていません。
最高裁が「下位基準」を示していないのは、上述したとおり、消費税法全体の中における仕入税額控除の位置づけがみえていないからなんでしょう。だから、「下位基準」を開陳することで他の事案にも使われてしまうことに対して、及び腰となっているのでしょう。
Aにわざわざ下線を引いて「大事なこと言ってやった」感出してますけど、「対応」しているかどうかで判断するなんてこと、会計ソフトに「税区分」を入力したことがある人なら、誰でもわかっていることですよ。
問題は、その「対応」をどう判断するかであって。
課税方式別税区分・税計算区分一覧(弥生会計)
・
仕方がないので、Bのあてはめから逆算して、第一小法廷の考える「下位基準」が透けて見えるか確認してみましょう(以下、売上を省略して単に課税、非課税といいます。あと土地の存在を無視します。浮遊城?)。
これについては、用途区分における「主要事実」は何なのか、という観点から分析するのがよさそうです。「対応」というのは抽象的な「要件事実」であって、それに該当する具体的な事実を「主要事実」だと位置づけるのがよいのではないかと。
まず、「要件事実」レベルでは
課税に対応 →課のみ仕入
非課税に対応 →非のみ仕入
両方に対応 →共通仕入
で、どちらとも証明できない場合も共通仕入、と整理できるでしょうか(「課税仕入」であることが大前提です)。
「主要事実」のほうはどうかというと。
Bで掲げられている事実をみてみると、次の通りとなっています。
・課税に対応する事実:転売目的で購入した。
・非課税に対応する事実:居住用で貸して賃料もらっている。
や、ヘンですよね。
というのも、課税側は、購入時の買主の主観をあげているのに対して、非課税側は購入以降の客観があげられています。
主要事実は、転売目的/賃貸目的といった仕入時の「主観」なのか、それとも転売した/賃貸したという仕入後の「客観」なのか。それとも、節操なくごちゃ混ぜに考慮するのか。この判示からは読み取れません。
・
用途区分の判断時期については、(「仕入税額控除は請求権」という空論によるまでもなく)「仕入時」に判定するのが原則となっています。
この点、居住者無し状態で購入した場合を想定すると、建物を購入したという客観的な事実だけでは、居住用/事業用いずれかは決められないはずです。天然果実でもあるまいし、自動的に誰かが住み着いて勝手に家賃を払ってくるわけでもない(や、天然果実でもちゃんと育てる必要がありますね)。
そうすると、納税者がどういうつもりで購入したのかという「主観」によって判断せざるをえないでしょう。
Cでは、「上告人の事業における位置付けや上告人の意図等にかかわらず」などと、購入者の主観を排除するかのような書きぶりになっています。
が、ここでいう「意図等にかかわらず」というのは、およそ意図を考慮しないということではなく。転売が主で賃貸が従といった意図の「重み」を考慮しないということを言いたいのでしょう。有るか無しかだけで判断すると。
本当は貸したくないと思っていたとしても、実際に居住者がいる以上は賃貸の意図は否定できないと。心臓めがけてナイフを突き立てておいて、殺すつもりはありませんでした、という言い訳が通用しないのと同じ理屈でしょう。
が、だからといって、客観的事実のみだけでダイレクトに「故意がある」とは判断できないはずです。あくまでも、それら客観的事実から「殺すつもりがあった」という主観的事実を認定する必要があります(責任帰属に主観的事実は不要という立場ならば別ですが)。
意図の重みについては、「課税売上割合」なり「準ずる割合」で考慮するのが消費税法の建付けなんだと(ただし、「準ずる割合」なんてそんな使い勝手の良い制度でもないのに、重みを考慮しないことの正当化根拠に使われることに対しては、実務家的に違和感が残ります)。
本判決、「対応する/しない」についての判断と、対応する場合に「重み」をつけるかどうかということを、区別せずにごちゃ混ぜに書こうとするから、分かりにくくなっているのでしょう。ただ、前者だけを取り出して記述しようとすると、何ら実質的な根拠が示されていないことが可視化されてしまうので、紛らせて書くというのが大人の知恵なのかもしれません(もちろん、最高裁判決でやることではない)。
・
これらのことからすると、用途区分における主要事実は、事業者の仕入時の「意図・目的」とすべきではないでしょうか。ただし、その意図・目的は有るか無しかだけであって、重みは考慮しないんだと。
購入後に転売した/賃貸したという事後の事実は、あくまでも仕入時にどのような目的だったかを推認するための「間接事実」として位置づけるべきではないでしょうか。
ただしこれは、私が思う、本判決のAとBのスキマを整合的に埋めるためにはこのように理解すべきでは、という限りのものです。かなりの大きさのスキマであって、このような読み方が唯一の正解だとはとても思っていません。
本判決から直接読み取れる「下位基準」としては、「意図に重みをつけない」という点だけです。肝心の「対応」をどのように判断するかについては、依然として《判例》がない状態だと言っていいと思います。
民事法領域では司法研修所を巣窟とした精緻な要件事実論が展開されているくせに、税法領域ではかなりお寒い状況、という一例。
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)
・
主観/客観をこのように位置づけるとして、次のような仮想例ではどうでしょうか。
ア 居住用賃貸目的で購入したが、当該地域は《居住禁止区域》だった。
イ 事業用賃貸目的で購入したが、当該地域は《事業禁止区域》だった。
いかにも仮想例って感じですが。
アは、居住用で貸せない以上非課税対応となり得ないのか、それとも本人が居住用賃貸目的である以上、非課税対応となるのか。イはこれの逆です。
「違法所得」についても課税されるということから敷衍すると、法の規律は無視して本人の目的で判断すべきといえそうです。ではありますが、少なくとも、主観と客観を無節操に列挙している第一小法廷の判示からは、何らのヒントも見いだせない。
○
ただし、主観と客観の位置付けをこのように理解することと、「居住用賃貸建物」の仕入税額控除を全面否定した令和2年改正との整合性は微妙です。
消費税法改正のお知らせ(令和2年4月)(国税庁)
ここでいう「居住用賃貸建物」に該当するかどうかについては、建物の構造など客観重視での判断となっています。しかも、購入時に「居住用以外」であることが明らかなもの以外は「居住用」扱いされることになっています。
消費税法基本通達 第7節 居住用賃貸建物(国税庁)
上述したとおり、「対応」関係を客観だけで判断するのは無理があるのであって。こちらは用途区分が出てくる前の、あくまでも「居住用賃貸建物」向けの過剰な規制だと理解すべきではないでしょうか。
実際、「居住用以外」であることが明らかなもの以外はすべて「居住用」扱いと勾配を設けているのは、客観重視で判定するとどちらかが不明な場合が大量発生してしまう、ということに対する手当なのでしょうし。
不明な場合は課税拡大側へ、というかなり悪辣な制度。真偽不明という「立証」レベルで解決すべき問題を、「実体法」レベルで封じてしまうという手口。ますます、貸主が税負担を負わされることの根拠が分からなくなってきます。
○
以上、当記事では本判決のことをあえて「判例」とは呼んでいません。その理由は上述したとおり、射程範囲が広がることを過度に恐れた、あまりにも虚弱な内容の判決だからです。令和2年改正のおかげで実際に使われれる場面は極限まで減っているでしょうし。
後続の判決に何某かの影響があるとしたら、「意図の重みをダイレクトに考慮しない」という点ぐらいでしょうか。その余の箇所はあまりにも薄味すぎて、どうにも使いでがない。
あとは、上記Cの「意図等にかかわらず」や令和2年改正の客観重視を過大解釈して、「用途区分は主観無視でいく」みたいな課税庁の見解や下級審判決が出ないことを祈るのみです。
ということで、担当調査官におかれましては、この薄味な判決をきちんとフォローした解説を希望いたします。が、下手するとこの判決、『民集』に載らない可能性もありますよね。
2023年03月27日
虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
posted by ウロ at 11:44| Comment(0)
| 判例イジり
2023年03月20日
虚弱判決(その1) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
例の判決ら。初見で所感を述べましたが、通読しても印象は変わらず。
テンプレ判決 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
大は小を兼ねるということで、以下、ADW事件判決を念頭において記述します。
○
順番は前後しますが「正当な理由」のほうから。
こちらについては裁判官の胸先三寸でどうとでも判断できてしまいますので、《法解釈論》として指摘するべき点は何もありません。
が、最高裁のくせに、自分のところの判決をずいぶん軽く見ているんだなあという印象を受けました。
第一小法廷が、「正当な理由」があるとは認められない理由としてあげているものは、次の通り。
1 共通扱いとするのが文理等に照らして「自然」
2 税務当局は共通に見解転換ずみだし、そもそも課のみと言ったのは公式見解じゃねえし
3 事業者の目的に着目して課のみとした裁判例等が「あったともうかがわれない」
しかしながら、実務家としては、たとえこれらの事情があったとしても、最高裁の判決があるまでは、確定した見解として扱うことはできません。
というのも、
1に対して。
単なる「自然」程度では、最高裁がそのような解釈をとるかは不確実。どう考えてもそうとしか読めない、というレベルまで行ってくれないと、文理を頼りにすることはできない。とりたい結論に応じて文理を重視したり実質を重視したり、まるで安定性がないのが現実なので。
2に対して。
税務当局の見解なんか、当然あてにならない。「裁判所は税務当局の見解を鵜呑みにしちゃいがちだぞ」という自白なのかもしれませんが、それを正面から宣言したらだめでしょうよ。
3に対して。
下級審の裁判例等にしても、当然あてにならない。最高裁判決が出るまでは、そういう参考判決がある、程度の認識です。
なお、本論とは関係ありませんが、「あったともうかがわれない」って言い回し、何なんですかね。無いなら「無い」と言い切ればいいじゃないですか。なぜに「うかがい」止まりなのか。
と、本判決が出るまでのこの論点に関する実務家の認識は、「最高裁は、お馴染みの《課税当局阿り型》なら共通と判断するだろうけど、《納税者寄り添い気分》を発揮して課のみと判断するかもしれない」という感じであったはずです。調査段階では確実に否認されるとして、その後、どこまで争うかを納税者に決めてもらう、という方針だったものと思われます。
税理士なり弁護士が「課税当局は共通扱いだし、課のみと判断した下級審判決は無いし。」ということを理由に「課のみで突っ走ってもどうせ負けるよ。」などというアドバイスをしていたとしたら、とても適切な判断だったとは思えません。
今回の最高裁の結論は、お馴染みの課税当局の主張を丸呑みした判決となったわけですが、あくまでも結果論にすぎません。税法に造詣の深い判事が属する小法廷にかかっていたとしたら、違った判断が出ていた可能性だってあったわけです。
というのに、最高裁の理由付けによると、自分のところの判決が出されていない段階でも、共通扱いとすることが絶対正義・唯一の正解であったかのような物言いになっています。上記1〜3の事情が揃っていれば、もはや共通前提で行動すべきであり、課のみで処理するのは《反税行為》として評価する、ということですか。
「まだ最高裁がある!」なんていうのはただの夢物語なんだと、最高裁自身が認めてしまってるわけですが、それでいいのか第一小法廷。
・
なお、私個人としては《解釈の幅》という概念を導入することで、ファーストペンギンは救済すべきだと考えています。
【解釈の幅】
税法・民法における行為規範と裁判規範(その7)
このような考え、(私には珍しく)最高裁様の「権威」を尊重するものであって、自尊心がくすぐられるもののはずなんですけども。
残念ながら、上記のような自虐的な判断をしている最高裁が採用することは、およそ望めないでしょうね。
・
ちなみに、争いの型としては、本件のように、初めから訴訟前提で「課のみ」で申告・納税から入る場合のほかに、安全をとって「共通」で申告・納税してから更正の請求というルートもありえます。
本件で後者をとらなかった事情は分かりません。が、例の「仕入税額控除は請求権だ!」という空論の人からしたら、前者のルートであっても加算税を課すべきではない、と主張するのが自然でしょう。
が、件の教科書では、本件を脱税から始まる一連の「スキーム」の一つとして紹介してしまっています。請求権構成というものが、ここでは何の役にも立っていない。
〈還付をみたら泥棒と思え〉思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編2)
・
ここで区切って、次回は「用途区分」について。
虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
テンプレ判決 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
大は小を兼ねるということで、以下、ADW事件判決を念頭において記述します。
○
順番は前後しますが「正当な理由」のほうから。
こちらについては裁判官の胸先三寸でどうとでも判断できてしまいますので、《法解釈論》として指摘するべき点は何もありません。
が、最高裁のくせに、自分のところの判決をずいぶん軽く見ているんだなあという印象を受けました。
第一小法廷が、「正当な理由」があるとは認められない理由としてあげているものは、次の通り。
1 共通扱いとするのが文理等に照らして「自然」
2 税務当局は共通に見解転換ずみだし、そもそも課のみと言ったのは公式見解じゃねえし
3 事業者の目的に着目して課のみとした裁判例等が「あったともうかがわれない」
しかしながら、実務家としては、たとえこれらの事情があったとしても、最高裁の判決があるまでは、確定した見解として扱うことはできません。
というのも、
1に対して。
単なる「自然」程度では、最高裁がそのような解釈をとるかは不確実。どう考えてもそうとしか読めない、というレベルまで行ってくれないと、文理を頼りにすることはできない。とりたい結論に応じて文理を重視したり実質を重視したり、まるで安定性がないのが現実なので。
2に対して。
税務当局の見解なんか、当然あてにならない。「裁判所は税務当局の見解を鵜呑みにしちゃいがちだぞ」という自白なのかもしれませんが、それを正面から宣言したらだめでしょうよ。
3に対して。
下級審の裁判例等にしても、当然あてにならない。最高裁判決が出るまでは、そういう参考判決がある、程度の認識です。
なお、本論とは関係ありませんが、「あったともうかがわれない」って言い回し、何なんですかね。無いなら「無い」と言い切ればいいじゃないですか。なぜに「うかがい」止まりなのか。
と、本判決が出るまでのこの論点に関する実務家の認識は、「最高裁は、お馴染みの《課税当局阿り型》なら共通と判断するだろうけど、《納税者寄り添い気分》を発揮して課のみと判断するかもしれない」という感じであったはずです。調査段階では確実に否認されるとして、その後、どこまで争うかを納税者に決めてもらう、という方針だったものと思われます。
税理士なり弁護士が「課税当局は共通扱いだし、課のみと判断した下級審判決は無いし。」ということを理由に「課のみで突っ走ってもどうせ負けるよ。」などというアドバイスをしていたとしたら、とても適切な判断だったとは思えません。
今回の最高裁の結論は、お馴染みの課税当局の主張を丸呑みした判決となったわけですが、あくまでも結果論にすぎません。税法に造詣の深い判事が属する小法廷にかかっていたとしたら、違った判断が出ていた可能性だってあったわけです。
というのに、最高裁の理由付けによると、自分のところの判決が出されていない段階でも、共通扱いとすることが絶対正義・唯一の正解であったかのような物言いになっています。上記1〜3の事情が揃っていれば、もはや共通前提で行動すべきであり、課のみで処理するのは《反税行為》として評価する、ということですか。
「まだ最高裁がある!」なんていうのはただの夢物語なんだと、最高裁自身が認めてしまってるわけですが、それでいいのか第一小法廷。
・
なお、私個人としては《解釈の幅》という概念を導入することで、ファーストペンギンは救済すべきだと考えています。
【解釈の幅】
税法・民法における行為規範と裁判規範(その7)
このような考え、(私には珍しく)最高裁様の「権威」を尊重するものであって、自尊心がくすぐられるもののはずなんですけども。
残念ながら、上記のような自虐的な判断をしている最高裁が採用することは、およそ望めないでしょうね。
・
ちなみに、争いの型としては、本件のように、初めから訴訟前提で「課のみ」で申告・納税から入る場合のほかに、安全をとって「共通」で申告・納税してから更正の請求というルートもありえます。
本件で後者をとらなかった事情は分かりません。が、例の「仕入税額控除は請求権だ!」という空論の人からしたら、前者のルートであっても加算税を課すべきではない、と主張するのが自然でしょう。
が、件の教科書では、本件を脱税から始まる一連の「スキーム」の一つとして紹介してしまっています。請求権構成というものが、ここでは何の役にも立っていない。
〈還付をみたら泥棒と思え〉思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編2)
・
ここで区切って、次回は「用途区分」について。
虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
posted by ウロ at 10:37| Comment(0)
| 判例イジり
2023年03月13日
オフィシャル村八分 〜消費税法の理論構造(種蒔き編22)
前回は、話の流れの都合上、インボイス後から記述しました。が、今回は時系列に沿って記述し直しておきます。
無限課税変 〜消費税法の理論構造(種蒔き編21)
【事例17】(インボイス前)
E(課税事業者):
Dに44000で売った。
D(課税事業者):
Eから44000で仕入れてAに66000で売った。
A(免税事業者):
Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
B(課税事業者):
Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
C(消費者):
Bから110000で買った。
・納税額
E 4000
D 2000(6000-4000)
A 0
B 2000(10000-8000)
計 8000
【事例17】では、課税事業者が
ア 消費者に売ったら(B→C) 10000
イ 免税事業者に売ったら(D→A) 6000
エ 免税事業者から買ったら(A→B) △8000
消費税が発生することになっています。
インボイス推進派の皆さんは、エだけをみて「A(免税事業者)が8000を着服している!」とAを泥棒扱いしていたわけです。で、そのままの勢いでインボイス制度が出来上がってしまいました。
が、イがあるおかげで、実際の税収ロスは2000だけです。また、不足分2000を一体誰が着服しているかは、上記各取引における「適正価格」というものが分からなければ、犯人を突き止めることは不可能なはずです。
にもかかわらず、「Aが消費税8000を受け取っているにもかかわらず納税していない」という表層的な現象だけを捉えて、Aが8000を着服していることにされてしまったわけです。
○
これがインボイス後、国の税収が10000に回復したかというと、まさかのオーバーキル!
【事例16】(インボイス後)
E(非適格・課税事業者):
Dに44000で売った。
D(非適格・課税事業者):
Eから44000で仕入れてAに66000で売った。
A(非適格・免税事業者):
Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
B(適格・課税事業者):
Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
C(消費者):
Bから110000で買った。
・納税額
E 4000
D 6000(6000-0)
A 0
B 10000(10000-0)
計 20000
【事例16】では、課税事業者が
ア 消費者に売ったら(B→C) 10000
イ 免税事業者に売ったら(D→A) 6000
ウ 非適格である課税事業者に売ったら(E→D) 4000
消費税が発生することになっています。
「益税絶許!」としてエを撲滅するところまではいいとして。イはそのままキープ、さらにウを爆誕させることにより、税回収率200%の遙か高みへ到達することに。
○
インボイス導入の目的は「消費者の負担した消費税が全て国に流れてくるようにしよう」というものだったはずです。が、実際に出来上がった制度の機能をみると、それ以上の税までもを巻き上げています(ネコババ容認税制からカツアゲ税制へ)。
インボイス推進派の皆さんは、お役所のプロパガンダにノセられて、
国家財政+課税事業者+消費者 VS 免税事業者
という対立構造だと思って、推進活動を行っていたのかもしれません。
が、インボイス後は思いっきり過大課税が生じることとなったわけで、「国家VS民間」という形で対抗すべきだったのではないでしょうか。
○
ではあるのですが、非常にたちが悪いのが「登録しさえすればイウは無くなる」という制度設計になっているところです。そのせいで「イウという余計な税を発生させているのは登録しない事業者が原因だ!」と、非適格事業者を悪者に仕立て上げることが可能となっています。
いわば、インボイス制度の中に、適格者・消費者が非適格者を排除しようとする誘因が組み込まれているということです。要するに《オフィシャル村八分》。
おそらくですが、インボイス制度がこのような理不尽な制度であることを裁判所で主張したとしても、裁判所的には「登録するかは任意だし、登録しさえすれば余計な税負担は生じないんだから」とかいうことで、特に問題視はしないよう思います。
インボイス制度なんていう、お国の税制の根幹に関わるものについて、裁判所が納税者阿り系の判決を出すことは、とても期待できない。
○
そもそもですが、【事例17】で誰が益税を着服しているかが特定できないのと同様、【事例16】で誰が損税を蒙っているのかも、特定できなかったりします。
そのため、インボイス制度がどれだけ理不尽な制度だとしても、誰も自分の損害を主張することはできないのではないでしょうか。もちろん、訴え提起自体は誰でもできるわけですが、原告適格なり損害論なりで主張が撥ねられるのでは、ということです。
もしもですが、日本版インボイス制度を設計した人が、誰にも訴えようがないことを見越しつつ、あえて過大課税となるように設計したのだとしたら、悪魔的な発想の持ち主だと思います(《立案の悪魔》)。
虚弱判決(その1) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
《輸出免税を見たら脱税だと思え》思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編23)
無限課税変 〜消費税法の理論構造(種蒔き編21)
【事例17】(インボイス前)
E(課税事業者):
Dに44000で売った。
D(課税事業者):
Eから44000で仕入れてAに66000で売った。
A(免税事業者):
Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
B(課税事業者):
Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
C(消費者):
Bから110000で買った。
・納税額
E 4000
D 2000(6000-4000)
A 0
B 2000(10000-8000)
計 8000
【事例17】では、課税事業者が
ア 消費者に売ったら(B→C) 10000
イ 免税事業者に売ったら(D→A) 6000
エ 免税事業者から買ったら(A→B) △8000
消費税が発生することになっています。
インボイス推進派の皆さんは、エだけをみて「A(免税事業者)が8000を着服している!」とAを泥棒扱いしていたわけです。で、そのままの勢いでインボイス制度が出来上がってしまいました。
が、イがあるおかげで、実際の税収ロスは2000だけです。また、不足分2000を一体誰が着服しているかは、上記各取引における「適正価格」というものが分からなければ、犯人を突き止めることは不可能なはずです。
にもかかわらず、「Aが消費税8000を受け取っているにもかかわらず納税していない」という表層的な現象だけを捉えて、Aが8000を着服していることにされてしまったわけです。
○
これがインボイス後、国の税収が10000に回復したかというと、まさかのオーバーキル!
【事例16】(インボイス後)
E(非適格・課税事業者):
Dに44000で売った。
D(非適格・課税事業者):
Eから44000で仕入れてAに66000で売った。
A(非適格・免税事業者):
Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
B(適格・課税事業者):
Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
C(消費者):
Bから110000で買った。
・納税額
E 4000
D 6000(6000-0)
A 0
B 10000(10000-0)
計 20000
【事例16】では、課税事業者が
ア 消費者に売ったら(B→C) 10000
イ 免税事業者に売ったら(D→A) 6000
ウ 非適格である課税事業者に売ったら(E→D) 4000
消費税が発生することになっています。
「益税絶許!」としてエを撲滅するところまではいいとして。イはそのままキープ、さらにウを爆誕させることにより、税回収率200%の遙か高みへ到達することに。
○
インボイス導入の目的は「消費者の負担した消費税が全て国に流れてくるようにしよう」というものだったはずです。が、実際に出来上がった制度の機能をみると、それ以上の税までもを巻き上げています(ネコババ容認税制からカツアゲ税制へ)。
インボイス推進派の皆さんは、お役所のプロパガンダにノセられて、
国家財政+課税事業者+消費者 VS 免税事業者
という対立構造だと思って、推進活動を行っていたのかもしれません。
が、インボイス後は思いっきり過大課税が生じることとなったわけで、「国家VS民間」という形で対抗すべきだったのではないでしょうか。
○
ではあるのですが、非常にたちが悪いのが「登録しさえすればイウは無くなる」という制度設計になっているところです。そのせいで「イウという余計な税を発生させているのは登録しない事業者が原因だ!」と、非適格事業者を悪者に仕立て上げることが可能となっています。
いわば、インボイス制度の中に、適格者・消費者が非適格者を排除しようとする誘因が組み込まれているということです。要するに《オフィシャル村八分》。
おそらくですが、インボイス制度がこのような理不尽な制度であることを裁判所で主張したとしても、裁判所的には「登録するかは任意だし、登録しさえすれば余計な税負担は生じないんだから」とかいうことで、特に問題視はしないよう思います。
インボイス制度なんていう、お国の税制の根幹に関わるものについて、裁判所が納税者阿り系の判決を出すことは、とても期待できない。
○
そもそもですが、【事例17】で誰が益税を着服しているかが特定できないのと同様、【事例16】で誰が損税を蒙っているのかも、特定できなかったりします。
そのため、インボイス制度がどれだけ理不尽な制度だとしても、誰も自分の損害を主張することはできないのではないでしょうか。もちろん、訴え提起自体は誰でもできるわけですが、原告適格なり損害論なりで主張が撥ねられるのでは、ということです。
もしもですが、日本版インボイス制度を設計した人が、誰にも訴えようがないことを見越しつつ、あえて過大課税となるように設計したのだとしたら、悪魔的な発想の持ち主だと思います(《立案の悪魔》)。
虚弱判決(その1) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
《輸出免税を見たら脱税だと思え》思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編23)
posted by ウロ at 09:59| Comment(0)
| 消費税法
2023年03月07日
テンプレ判決 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
2023年3月6日に出た最高裁判決、備忘のためアップしておきます。
091826_hanrei ムゲンエステート事件.pdf
091825_hanrei ADW事件判決.pdf
第一小法廷み溢れる何のサプライズもない、どノーマル判決文です。
ので、私自身が中身についてどうこういうつもりはありません。
ただ、共通扱いされるの「認識してしかるべき」とかいうところ。
第一小法廷の判事の皆さんだって、用途区分なんて初めて知ったという人がいるだろうに。「俺なら認識できてたね」とか後知恵でいうの、ズルいよなあとは感じます。
また、共通扱いされることが不合理でない理由として「準ずる割合」の存在をあげていますが。
現行法では、購入時における居住用賃貸建物の仕入税額控除が丸ごと否定され、調整期間内に転売できなければその後に控除される機会は一切無くなることになりました。この場合、当然「準ずる割合」が機能する場面は出てきません。
居住用賃貸建物に対する現行法の規律のやり過ぎ感、今後問題になるのではないでしょうか(ただし、仕入税額控除は「請求権」だとする例の空論は、残念ながら役に立たないと思われます)。
虚弱判決(その1) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
091826_hanrei ムゲンエステート事件.pdf
091825_hanrei ADW事件判決.pdf
第一小法廷み溢れる何のサプライズもない、どノーマル判決文です。
ので、私自身が中身についてどうこういうつもりはありません。
ただ、共通扱いされるの「認識してしかるべき」とかいうところ。
第一小法廷の判事の皆さんだって、用途区分なんて初めて知ったという人がいるだろうに。「俺なら認識できてたね」とか後知恵でいうの、ズルいよなあとは感じます。
また、共通扱いされることが不合理でない理由として「準ずる割合」の存在をあげていますが。
現行法では、購入時における居住用賃貸建物の仕入税額控除が丸ごと否定され、調整期間内に転売できなければその後に控除される機会は一切無くなることになりました。この場合、当然「準ずる割合」が機能する場面は出てきません。
居住用賃貸建物に対する現行法の規律のやり過ぎ感、今後問題になるのではないでしょうか(ただし、仕入税額控除は「請求権」だとする例の空論は、残念ながら役に立たないと思われます)。
虚弱判決(その1) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
posted by ウロ at 12:27| Comment(0)
| 判例イジり
2023年03月06日
無限課税変 〜消費税法の理論構造(種蒔き編21)
前回、以下の3つを区別する視点を提示しました。
予定は予定 〜消費税法の理論構造(種蒔き編20)
《消費税法に書かれていること》
1 どのような場合に税が発生するか →事業で資産を譲渡したら
2 誰が納税する義務があるか →譲渡した事業者
3 誰が税負担をするか →???
この視点を意識しながらインボイス制度を記述してみると、かなり異常な制度ではないかと思わされます。
Dの上流にEを配置した事例で検討してみます。
【事例16】(インボイス後)
E(非適格・課税事業者):
Dに44000で売った。
D(非適格・課税事業者):
Eから44000で仕入れてAに66000で売った。
A(非適格・免税事業者):
Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
B(適格・課税事業者):
Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
C(消費者):
Bから110000で買った。
Eは課税事業者なので4000を消費税として納税します。
Dは課税事業者なので6000を消費税として納税します。Eが非適格なので仕入税額控除はできません。
Aは免税事業者なので消費税を納税しません。
Bは課税事業者なので10000(10000-0)を消費税として納税します。Bが非適格なので仕入税額控除はできません。
結果、消費者の負担した消費税10000に加えて4000+6000が国に流れてくることとなります。
非適格である課税事業者や免税事業者が流通過程に闖入することで、なぜか消費者の負担した消費税以上の金額が発生することになります。
○
では、この事例でどのような場合に税が発生しているといえるでしょうか(1)。
誰が納税するか(2)、誰が税負担するか(3)といった視点を除外して、どのような場合に税が発生するかだけを見てみると、つぎのように整理することができます。
課税事業者が
ア 消費者に売ったら(B→C) 10000
イ 免税事業者に売ったら(D→A) 6000
ウ 非適格である課税事業者に売ったら(E→D) 4000
消費税が発生する。
言うまでもないことですが、アが本来消費税法が課税しようとした(とお国の側が自称している)税です。問題はイウといった税までもが発生してしまっていることです。
アについては消費者に転嫁することが「予定されている」と言えたとして、残りのイウは誰がどのように負担することが「予定されている」ものなのでしょうか。いわゆる《転嫁対策》にしても、アが事業者間で綺麗に流れるようにするところまでは正当なものだとして、イウについてまで適切な税転嫁というものが想定できるのでしょうか。
○
念のため、同様の事例でインボイス「前」だとどうなるか、検討しておきましょう。
【事例17】(インボイス前)
E(課税事業者):
Dに44000で売った。
D(課税事業者):
Eから44000で仕入れてAに66000で売った。
A(免税事業者):
Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
B(課税事業者):
Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
C(消費者):
Bから110000で買った。
Eは課税事業者なので4000を消費税として納税します。
Dは課税事業者なので2000(6000-4000)を消費税として納税します。
Aは免税事業者なので消費税を納税しません。
Bは課税事業者なので2000(10000-8000)を消費税として納税します。Bが非適格なので仕入税額控除はできません。
結果、8000(2000+2000+4000)が国に流れてくることとなります。
どのような場合に税が発生しているか(1)を整理すると、次の通りとなります。
課税事業者が
ア 消費者に売ったら(B→C) 10000
イ 免税事業者に売ったら(D→A) 6000
エ 免税事業者から買ったら(A→B) △8000
消費税が発生する。
インボイス後のウに対応するものがなく、エのマイナスが登場します。
インボイス推進派の皆さんは、エだけに着目して「益税絶許!」と叫んでいたわけです。が、インボイス前でもイがあることにより、国の「税収ロス」は△8000ではなく△2000で済んでいたことになります。
○
「消費税回収率」というのをどうやって測定するのかよく分かりませんが、【事例16】のような結果が積み重なれば、下手すると100%を超えることになるのではないでしょうか。単純にいえば、【事例16】で全額回収できた場合の回収率は200%ですよ。
そんな心配するまでもなく、非適格の(課税・免税)事業者なんてもの、速やかに殲滅されるということですか。
オフィシャル村八分 〜消費税法の理論構造(種蒔き編22)
予定は予定 〜消費税法の理論構造(種蒔き編20)
《消費税法に書かれていること》
1 どのような場合に税が発生するか →事業で資産を譲渡したら
2 誰が納税する義務があるか →譲渡した事業者
3 誰が税負担をするか →???
この視点を意識しながらインボイス制度を記述してみると、かなり異常な制度ではないかと思わされます。
Dの上流にEを配置した事例で検討してみます。
【事例16】(インボイス後)
E(非適格・課税事業者):
Dに44000で売った。
D(非適格・課税事業者):
Eから44000で仕入れてAに66000で売った。
A(非適格・免税事業者):
Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
B(適格・課税事業者):
Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
C(消費者):
Bから110000で買った。
Eは課税事業者なので4000を消費税として納税します。
Dは課税事業者なので6000を消費税として納税します。Eが非適格なので仕入税額控除はできません。
Aは免税事業者なので消費税を納税しません。
Bは課税事業者なので10000(10000-0)を消費税として納税します。Bが非適格なので仕入税額控除はできません。
結果、消費者の負担した消費税10000に加えて4000+6000が国に流れてくることとなります。
非適格である課税事業者や免税事業者が流通過程に闖入することで、なぜか消費者の負担した消費税以上の金額が発生することになります。
○
では、この事例でどのような場合に税が発生しているといえるでしょうか(1)。
誰が納税するか(2)、誰が税負担するか(3)といった視点を除外して、どのような場合に税が発生するかだけを見てみると、つぎのように整理することができます。
課税事業者が
ア 消費者に売ったら(B→C) 10000
イ 免税事業者に売ったら(D→A) 6000
ウ 非適格である課税事業者に売ったら(E→D) 4000
消費税が発生する。
言うまでもないことですが、アが本来消費税法が課税しようとした(とお国の側が自称している)税です。問題はイウといった税までもが発生してしまっていることです。
アについては消費者に転嫁することが「予定されている」と言えたとして、残りのイウは誰がどのように負担することが「予定されている」ものなのでしょうか。いわゆる《転嫁対策》にしても、アが事業者間で綺麗に流れるようにするところまでは正当なものだとして、イウについてまで適切な税転嫁というものが想定できるのでしょうか。
○
念のため、同様の事例でインボイス「前」だとどうなるか、検討しておきましょう。
【事例17】(インボイス前)
E(課税事業者):
Dに44000で売った。
D(課税事業者):
Eから44000で仕入れてAに66000で売った。
A(免税事業者):
Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
B(課税事業者):
Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
C(消費者):
Bから110000で買った。
Eは課税事業者なので4000を消費税として納税します。
Dは課税事業者なので2000(6000-4000)を消費税として納税します。
Aは免税事業者なので消費税を納税しません。
Bは課税事業者なので2000(10000-8000)を消費税として納税します。Bが非適格なので仕入税額控除はできません。
結果、8000(2000+2000+4000)が国に流れてくることとなります。
どのような場合に税が発生しているか(1)を整理すると、次の通りとなります。
課税事業者が
ア 消費者に売ったら(B→C) 10000
イ 免税事業者に売ったら(D→A) 6000
エ 免税事業者から買ったら(A→B) △8000
消費税が発生する。
インボイス後のウに対応するものがなく、エのマイナスが登場します。
インボイス推進派の皆さんは、エだけに着目して「益税絶許!」と叫んでいたわけです。が、インボイス前でもイがあることにより、国の「税収ロス」は△8000ではなく△2000で済んでいたことになります。
○
「消費税回収率」というのをどうやって測定するのかよく分かりませんが、【事例16】のような結果が積み重なれば、下手すると100%を超えることになるのではないでしょうか。単純にいえば、【事例16】で全額回収できた場合の回収率は200%ですよ。
そんな心配するまでもなく、非適格の(課税・免税)事業者なんてもの、速やかに殲滅されるということですか。
オフィシャル村八分 〜消費税法の理論構造(種蒔き編22)
posted by ウロ at 09:33| Comment(0)
| 消費税法