インボイス記事を書きつつ、本書初版(2019)の書評も書いていたのですが、インボイスネタが終わらないうちに第2版(2023)が出てしまいました。インボイス記事、あと数回は続く感じです。
下記からも察していただけるかと思いますが、第2版(2023)を買うつもりはないので、初版(2019)の書評のまま供養させていただきます。
○
「有斐閣ストゥディア」というシリーズ、私にとっては2冊目もハズレとなりました。
多田望ほか「国際私法 (有斐閣ストゥディア)」 (有斐閣2021)
黒田有志弥ほか「社会保障法 (有斐閣ストゥディア)第2版」 (有斐閣2023)
念のため、シリーズものでも基本的には著者次第で内容は変わりますので、同じシリーズだからといってレベルが一律ということにはならないです。
○
「社会保障に関する一連の制度を概観する」というかぎりでは、文章は柔らかめで、図表やイラストも随所に挿入されているので理解しやすいですし、薄い本ながら求職者支援制度や生活困窮者自立支援制度といったものまで広くカバーしているので、よい概説書だとは思います。
何がハズレかというと。
「はじめに」のところで、社会保障制度を「法学的に考える」「法学的アプローチを用いて勉強します」などと書かれているのに、実際の記述は「法学的」云々といったものはほんのりで、ほとんどの記述は単なる制度概観で終わってしまっているところです(私はこのようなタイプの書籍を《制度陳列系》、略して《セドチン》と分類しています)。
別枠で「考えてみよう」みたいな投げかけはあるものの、考えるためのヒントなりが本文中にはないので、独学者にはおよそ考えようがない。他分野のように学習教材が充実しているわけでもないくせに。
本書は大学の授業のお供として使うものであって、「社会保障法の独学者」なんて珍奇な存在、想定利用者に含まれていない、ということでしょうか。
が、セドチン止まりであれば、運営発行の手引・リーフレットを始めとして、わかりやすい競合がいくらでもあります。
わざわざこのような教科書を読もうとするのは、「社会保障法」とタイトルに「法」が入っていることから、社会保障制度につき法学的な分析が展開されていることを期待しているからです。
上述のような「はじめに」の記述から期待を膨らませて読んだものの、残念ながらセドチン止まりだった、ということです。
以下、読みながら残念感を受けた箇所のうち、代表的なものをいくつか。
○14頁,46頁
社会保障「法」の教科書になっているか、私が真っ先に確認するのが健康保険・厚生年金の被保険者の範囲に関する記述です。
以前記事にもしましたが、短時間労働者につき、条文の書きぶりと運営を始めとする一般的な説明の仕方とで、表現が裏表になってしまっているのが現状です。
社会保険適用拡大について(2022年10月〜) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
もちろん、一般向けの解説ということならば、わかりやすさえすれば、どっちから説明しようが構わないわけです。
が、「法学的」云々を標榜するならば、ちゃんと条文どおりの正確な記述をすべきだと思います。条文における表裏は、原則/例外を表していたり、あるいは主張立証責任の指標となったり、などなど大変重要なものであって。お気軽にひっくり返していいものではないはずです。
本書は、残念ながら運営作成リーフレット引き写し感満載。条文をひっくり返した側から記述してしまっています。
特に、「日雇い」や「2ヶ月以内有期」についてはちゃんと適用除外の側から書かれているにも関わらず、短時間労働者についてはわざわざ条文をひっくり返すところなんて、運営そのまま。
そこには何のポリシーも感じられません。
なお、健康保険と厚生年金とで、被保険者の範囲がズレているところがあるわけですが、そういう違いの説明も特にありません。
○ 14頁
会社役員が健康保険の被保険者となることにつき、お馴染みの通達と高裁判決をコピペしているだけです。
「使用される者」という文言と明らかに矛盾していることや労働保険との整合性などいったことについての検討がなされていません。
なお、ここでは「健康保険」の被保険者となることだけが記述されているのですが、「厚生年金」の被保険者となることについては本書には書かれていません。結論は「含まれる」で同じだとしても、それぞれ制度目的が違う以上、その理由付けも違っていてしかるべきでしょう。
○
たとえば、役員が「妊娠・出産・育児」をした場合に、どのような制度の適用を受けられるか、ということを調べようと思っても、本書からは何もわかりません。
上述のとおり、本書では健康保険の被保険者となることは書かれているので、健康保険料の免除は受けられると思うかもしれません。が、正解は、「産前産後期間」は免除されるが「育休期間」は免除されない、となります。
これは、産前産後の社保免除は労基法上の産前産後休業に限られないのに対し、育休の社保免除は育介法上の育児休業に限られるからです。
セドチン系の本では、こういった視点がどうしても出てこない。
○ 194頁
保険料の期間制限につき、本書では「おわりに」のところで、条数引用もなく2年とか5年とか書かれているだけです。
が、保険料についていえば、
・賦課権か徴収権かで違うものがある
・そもそも賦課権が観念されないものがある
・保険料と保険税で違う
と、各法ごとに違いがあります。
こういった制度間比較というものも、セドチン系では出てきません。
また、保険金の期間制限については、
「年金の支分権については時効の規定がありませんが、国が保険者なので、会計法30条によって5年で消滅すると考えられています。」
といった記述がなされています。
ここも、「法学的」云々ということであれば、厚生年金保険法・国民年金法といった個別法(特別法)に規定がないから「一般法」である会計法が適用される、と表現すべきですよね。なぜにいきなり会計法が出てくるのか、初学者には分かりにくい。いかにも説明不足。
○
以上、「多数執筆者による薄い教科書に、平面的な知識を得る以上の役割を求めるのは無理がある」という経験則が積み重なる結果となりました。
上記の各言いがかりにしても、「だって文字数制限されているんだからしょうがないじゃないか」ということなんでしょう。大学で講義を受けながらのガイドして使う分には充分な内容だとは思いますし。
が、だとしたら「法学的」云々などと標榜しないでほしい。
「本書は講義での補足を前提とするテキストなので、お前みたいな独学者には本書の価値は分からんよ」とでもちゃんと言っておいてくれれば、私としても、ここまでイジりの対象とすることはなかったと思います。
租税法の教科書について、理想の教科書探しが終わっていないというのに、社会保障法についても旅に出ないとならないようです。
税法思考が身につく、理想の教科書を求めて 〜終わりなき旅
ちなみに、私の中での「法学としての社会保障法」の最高峰が岩村先生の下記書籍。
岩村正彦「社会保障法T」(弘文堂2001)
総論しかないし古いし、ということではあるのですが、逆に総論しかないことで古さが気にならない、ということでもあります。
2023年04月24日
黒田有志弥ほか「社会保障法(有斐閣ストゥディア)」(有斐閣2019)
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| 社会保障法
2023年04月17日
課税作法論 〜消費税法の理論構造(種蒔き編25)
租税法学に新しいジャンルが誕生しました。
というほどのものではなく、課税するにもやり方ってもんがあるでしょう、というお話。
《免税事業者は消費税をネコババしている》思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編24)
○
たとえば、次のような税制、皆様どのように評価されるでしょうか。
ア 全事業者に、売上高の5%分の「償却資産税」を課税する。
イ 自社が保有している償却資産につき、指定された方法で申告した場合にかぎり、当該資産に対応する「償却資産税」を減額する。
ウ 結果として、当該方法で申告をしなかった事業者は、資産を一切保有していなかったとしても、売上高の5%分の「償却資産税」が課税されるということになる。
「一定規模の稼ぎがあればそれなりの固定資産をもっているはずだ、余計な課税をされたくなければきちんと申告しろ」という制度設計になっています。また随分とぶっ飛んだ税制だな、と思われたかもしれません(さしあたり"償却資産税BEYOND"と呼ぶことにします)。
が、次のような税制ならどうでしょうか。
ア 全事業者に、売上高の10%分の「付加価値税」を課税する。
イ 適格事業者の発行したインボイスのある課税仕入をした場合にかぎり、当該インボイス記載の付加価値税分の減額をする。
ウ 結果として、インボイスをもらえなかった事業者は、課税仕入をしていたとしても、売上高の10%分の「付加価値税」がそのまま課税されるということになる。
要するに、インボイス制度のもとにおける消費税法そのものです("消費税INVOICE")。
○
「償却資産税BEYOND」も、事業者がきちんと申告するかぎりは、保有している資産以上の課税負担が生じることにはなりません。そうではあるのですが、たとえば過去の航空写真などから、当該場所に何らの資産が存在しないことが明らかだったとしても、指定された方法で申告しないかぎりは、減額することはできません。
結果として、実体として存在しないことが明らかな資産に課税されてしまうということです。
現行の償却資産税が、事業者が申告しないかぎり資産の存在を把握できず、どうにか現地調査をしてその一端がつかめる程度、という現状が問題だというのは、そのとおりなのだと思います。だからといって、問答無用で課税しておいてから、資産がないことを申告してくれたら減額する、という遣り口が、支持されるとはとても思えません。
償却資産税は、資産を保有していることに担税力を見いだして課税しているはずです。資産を保有しないことが明らかならば、課税されるべきではないでしょう(なお、固定資産税が登記基準なのは、誰に帰属しているかはともかく実在はあるから、ということで正当化できるでしょうか)。
○
のはずなんですが、「消費税INVOICE」のほうは、なぜかそのような方向からの批判を受けることがありません。非適格である課税事業者Bがきちんと消費税を納税しているにもかかわらず、Bから仕入をしたAが仕入税額控除の適用を受けられないという状態、「償却資産税BEYOND」と同じだと思うのですが。
もちろん、事業者全員が適格事業者になれば解決することではあります。が、だからといって、非適格者が事業取引に参加しなくなるまでは過大課税をし続けてもいい、などということにはならないでしょう。
Bが消費税を納税しているかなんて、課税庁は容易に把握できるのであって。にもかかわらず、「インボイスがないから」という理由だけでA側の控除が否定されるという理不尽さ。要するに、「消費税INVOICE」というのは、付加価値という中身のあるものとは異なる、別の何かに課税している、ということになるのでしょう。
○
「固定資産税BEYOND」がおかしいと感じるにもかかわらず、「消費税INVOICE」をおかしいと感じないのならば、ご自身の《税法感覚》を疑ったほうがいいと思います。
ということで、「とりあえずで課税対象にしておくけど、申告したときだけ減免してあげる」という遣り口、決して許されるべきではないと思うのです。が、「租税法律主義」を始めとする、租税法の一般原則として唱えられているあれやこれや、こういった問題に対しては全くの無力です。
「益税撲滅」という大義名分の下で合意形成ができてしまえば、実際の中身が「損税拡大税制」になってしまっても、最早対抗するすべがない。
中里実,藤谷武史「租税法律主義の総合的検討」(有斐閣2021)
《課税作法論》という新分野の登場が期待されるところです。
インボイス行為無価値論 〜消費税法の理論構造(種蒔き編26)
というほどのものではなく、課税するにもやり方ってもんがあるでしょう、というお話。
《免税事業者は消費税をネコババしている》思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編24)
○
たとえば、次のような税制、皆様どのように評価されるでしょうか。
ア 全事業者に、売上高の5%分の「償却資産税」を課税する。
イ 自社が保有している償却資産につき、指定された方法で申告した場合にかぎり、当該資産に対応する「償却資産税」を減額する。
ウ 結果として、当該方法で申告をしなかった事業者は、資産を一切保有していなかったとしても、売上高の5%分の「償却資産税」が課税されるということになる。
「一定規模の稼ぎがあればそれなりの固定資産をもっているはずだ、余計な課税をされたくなければきちんと申告しろ」という制度設計になっています。また随分とぶっ飛んだ税制だな、と思われたかもしれません(さしあたり"償却資産税BEYOND"と呼ぶことにします)。
が、次のような税制ならどうでしょうか。
ア 全事業者に、売上高の10%分の「付加価値税」を課税する。
イ 適格事業者の発行したインボイスのある課税仕入をした場合にかぎり、当該インボイス記載の付加価値税分の減額をする。
ウ 結果として、インボイスをもらえなかった事業者は、課税仕入をしていたとしても、売上高の10%分の「付加価値税」がそのまま課税されるということになる。
要するに、インボイス制度のもとにおける消費税法そのものです("消費税INVOICE")。
○
「償却資産税BEYOND」も、事業者がきちんと申告するかぎりは、保有している資産以上の課税負担が生じることにはなりません。そうではあるのですが、たとえば過去の航空写真などから、当該場所に何らの資産が存在しないことが明らかだったとしても、指定された方法で申告しないかぎりは、減額することはできません。
結果として、実体として存在しないことが明らかな資産に課税されてしまうということです。
現行の償却資産税が、事業者が申告しないかぎり資産の存在を把握できず、どうにか現地調査をしてその一端がつかめる程度、という現状が問題だというのは、そのとおりなのだと思います。だからといって、問答無用で課税しておいてから、資産がないことを申告してくれたら減額する、という遣り口が、支持されるとはとても思えません。
償却資産税は、資産を保有していることに担税力を見いだして課税しているはずです。資産を保有しないことが明らかならば、課税されるべきではないでしょう(なお、固定資産税が登記基準なのは、誰に帰属しているかはともかく実在はあるから、ということで正当化できるでしょうか)。
○
のはずなんですが、「消費税INVOICE」のほうは、なぜかそのような方向からの批判を受けることがありません。非適格である課税事業者Bがきちんと消費税を納税しているにもかかわらず、Bから仕入をしたAが仕入税額控除の適用を受けられないという状態、「償却資産税BEYOND」と同じだと思うのですが。
もちろん、事業者全員が適格事業者になれば解決することではあります。が、だからといって、非適格者が事業取引に参加しなくなるまでは過大課税をし続けてもいい、などということにはならないでしょう。
Bが消費税を納税しているかなんて、課税庁は容易に把握できるのであって。にもかかわらず、「インボイスがないから」という理由だけでA側の控除が否定されるという理不尽さ。要するに、「消費税INVOICE」というのは、付加価値という中身のあるものとは異なる、別の何かに課税している、ということになるのでしょう。
○
「固定資産税BEYOND」がおかしいと感じるにもかかわらず、「消費税INVOICE」をおかしいと感じないのならば、ご自身の《税法感覚》を疑ったほうがいいと思います。
ということで、「とりあえずで課税対象にしておくけど、申告したときだけ減免してあげる」という遣り口、決して許されるべきではないと思うのです。が、「租税法律主義」を始めとする、租税法の一般原則として唱えられているあれやこれや、こういった問題に対しては全くの無力です。
「益税撲滅」という大義名分の下で合意形成ができてしまえば、実際の中身が「損税拡大税制」になってしまっても、最早対抗するすべがない。
中里実,藤谷武史「租税法律主義の総合的検討」(有斐閣2021)
《課税作法論》という新分野の登場が期待されるところです。
インボイス行為無価値論 〜消費税法の理論構造(種蒔き編26)
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| 消費税法
2023年04月10日
《免税事業者は消費税をネコババしている》思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編24)
免税事業者が「請求書に消費税を表示しておきながら消費税を納税していない」という現象をもって、「免税事業者は消費税をネコババしている」と犯罪者扱いされているところです。
これに対して「必ずしもそうではない」という反論を繰り返し行ってきたわけですが、卑近な例をもって説明を加えます。
《輸出免税を見たら脱税だと思え》思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編23)
○
私の事務所、もともと「居住用」で募集が出されていたマンションの一室を借りています。当然のことながら、「事業用」で使うことについて事前に大家さんに承諾をもらっています。
家賃については、募集時に出されていた10万円のままで(金額は仮です)、「事業用だから。」といって消費税を上乗せされることはありませんでした(勝手な想像ですが、現状免税事業者だと思われます)。
賃貸借契約書には、特にお願いしたわけではないのですが、
「賃料 100,000円(うち消費税9,090円)」
と記載されていました。
○
さて、このような事実関係のもとにおいて、私が大家さんに対して「インボイス発行してくれないなら消費税分払わねえぞ!」「このネコババ野郎!」みたいなことを言ったとしたら、皆さんどのように感じるでしょうか?
どう考えても私のほうが悪者ですよね。無知な大家さんを騙して値引きを迫る悪徳税理士。
大家さんが親切で契約書に消費税を記載してくれたことを悪用してネコババ呼ばわりするなんて、許されるはずもない。
○
と、免税事業者が請求書などに消費税を表示していたからといって、それをもって不当に利益を貪っている、とは言い切れないということです。
「免税事業者が請求書に消費税を記載している」という現象だけをみて、十把ひとからげにネコババ呼ばわりするのは間違い、ということがお分かりいただけたでしょうか。
仮に、家賃が110,000円といかにも10%乗っかっている風の金額だったとしてもです。
同じマンションの202号室が居住用、203号室が事業用で家賃はいずれも110,000円だったとして。事業用が110,000円だったのにあわせて居住用も便乗値上げしたのか、それとも居住用がもともと110,000円で事業用をお値段据え置きにしたのか、いずれであるのかは表面上は分かりません。
一連の流通過程の中で、消費者だけが消費税を全額負担し、かつ、免税事業者だけがまるまる消費税を着服しているなどという想定は、およそ現実とは異なります。
消費税のない世界から消費税のある世界に移行したとして、従前の取引価格に一切の変化がなくそっと消費税がのっかる、などということにはならないはずです。それが出来るとしたら、小売価格を強制的に税率分値上げできるような商品に限られるでしょう。
《免税事業者は消費税をネコババしている》思想に安易に乗っかってしまった方々は、誤導によるプロパガンダに惑わされることなく、ちゃんと現実を観察してほしいところです。
租税作法論 〜消費税法の理論構造(種蒔き編25)
これに対して「必ずしもそうではない」という反論を繰り返し行ってきたわけですが、卑近な例をもって説明を加えます。
《輸出免税を見たら脱税だと思え》思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編23)
○
私の事務所、もともと「居住用」で募集が出されていたマンションの一室を借りています。当然のことながら、「事業用」で使うことについて事前に大家さんに承諾をもらっています。
家賃については、募集時に出されていた10万円のままで(金額は仮です)、「事業用だから。」といって消費税を上乗せされることはありませんでした(勝手な想像ですが、現状免税事業者だと思われます)。
賃貸借契約書には、特にお願いしたわけではないのですが、
「賃料 100,000円(うち消費税9,090円)」
と記載されていました。
○
さて、このような事実関係のもとにおいて、私が大家さんに対して「インボイス発行してくれないなら消費税分払わねえぞ!」「このネコババ野郎!」みたいなことを言ったとしたら、皆さんどのように感じるでしょうか?
どう考えても私のほうが悪者ですよね。無知な大家さんを騙して値引きを迫る悪徳税理士。
大家さんが親切で契約書に消費税を記載してくれたことを悪用してネコババ呼ばわりするなんて、許されるはずもない。
○
と、免税事業者が請求書などに消費税を表示していたからといって、それをもって不当に利益を貪っている、とは言い切れないということです。
「免税事業者が請求書に消費税を記載している」という現象だけをみて、十把ひとからげにネコババ呼ばわりするのは間違い、ということがお分かりいただけたでしょうか。
仮に、家賃が110,000円といかにも10%乗っかっている風の金額だったとしてもです。
同じマンションの202号室が居住用、203号室が事業用で家賃はいずれも110,000円だったとして。事業用が110,000円だったのにあわせて居住用も便乗値上げしたのか、それとも居住用がもともと110,000円で事業用をお値段据え置きにしたのか、いずれであるのかは表面上は分かりません。
一連の流通過程の中で、消費者だけが消費税を全額負担し、かつ、免税事業者だけがまるまる消費税を着服しているなどという想定は、およそ現実とは異なります。
消費税のない世界から消費税のある世界に移行したとして、従前の取引価格に一切の変化がなくそっと消費税がのっかる、などということにはならないはずです。それが出来るとしたら、小売価格を強制的に税率分値上げできるような商品に限られるでしょう。
《免税事業者は消費税をネコババしている》思想に安易に乗っかってしまった方々は、誤導によるプロパガンダに惑わされることなく、ちゃんと現実を観察してほしいところです。
租税作法論 〜消費税法の理論構造(種蒔き編25)
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| 消費税法
2023年04月03日
《輸出免税を見たら脱税だと思え》思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編23)
輸出免税というと、事柄の性質上還付と結びつくせいで、輸出免税自体が脱税の温床であるかのような見方をされることがあります(件の教科書も、そうと思わされる書き方になっているように感じます)。
ということで、一応確認をしておきます。
オフィシャル村八分 〜消費税法の理論構造(種蒔き編22)
○
まずは消費税法の条文から。
消費税法 第七条(輸出免税等)
1 事業者(第九条第一項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く。)が国内において行う課税資産の譲渡等のうち、次に掲げるものに該当するものについては、消費税を免除する。
一 本邦からの輸出として行われる資産の譲渡又は貸付け
2 前項の規定は、その課税資産の譲渡等が同項各号に掲げる資産の譲渡等に該当するものであることにつき、財務省令で定めるところにより証明がされたものでない場合には、適用しない。
国内における資産の譲渡でも、輸出なら消費税は免除するとされています。
念のため、輸出であっても「国内で譲渡」しているから課税対象、という前提があります。消費税法の発動条件が、消費でも譲受でもなく譲渡になっているせいで、そのままだと輸出も課税対象に入ってしまうということです。
ちなみに、括弧書きに書かれている「免税事業者」の条文。
消費税法 第九条(小規模事業者に係る納税義務の免除)
1 事業者のうち、その課税期間に係る基準期間における課税売上高が千万円以下である者については、第五条第一項の規定にかかわらず、その課税期間中に国内において行つた課税資産の譲渡等及び特定課税仕入れにつき、消費税を納める義務を免除する。ただし、この法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
輸出免税は「消費税を免除する」、免税事業者は「消費税を納める義務を免除する」と書きぶりが異なります。この書きぶりの違いがどういうところに表れるか、なんとなく思うところはありますが、そのうちネタにするかもしれません。
○
話は戻って。
簡単な事例で輸出免税のあてはめをしておきましょう。
対比としての国内事案から。
【事例1】(国内販売)
A(課税事業者・国内)
Bに88000で売った。
B(課税事業者・国内)
Aから88000で仕入れてCに110000で売った。
C(消費者・国内)
Bから110000で買った。
Aは8000を消費税として納税します。
Bは2000(10000-8000)を消費税として納税します。
結果、消費者Cの負担した10000が国に流れてくることになります。
では、輸出の場合はどうなるか。
【事例2】(輸出販売)
D(課税事業者・国内)
Eに88000で売った。
E(課税事業者・国内)
Dから88000で仕入れてFに100000で売った(輸出)。
F(消費者・海外)
Eから100000で買った。
Dは8000を消費税として納税します。
Eは8000(0-8000)を消費税として還付してもらえます。
結果、国の消費税収入は0(8000-8000)ということになります。
○
この結果に対して、一部界隈では次のようなことが言われることがあります。
「Eが還付を受けられるのは、不当な輸出業者優遇だ!」
「Eが消費税分安く販売できるのは、不当な輸出業者優遇だ!」
「要するに、輸出販売できるような大企業優遇だ!」
が、これは消費税法が「仕向地主義」をとっていることの帰結であって、それ自体は何ら不当なものではありません。
Eは10000で販売しているものの、Fのほうでは輸入する際に「輸入消費税」を負担しているはずです。現地国との税率差次第ですが、必ずしもEが競争上有利とは限りません。
仮に税率が同じだったとして。Eが還付を受けられなければ、国内・海外双方で消費税が発生することとなり、逆に競争上不利となってしまいます。
○
このように、輸出免税制度自体は、何ら不当なものではありません。
件の教科書でも、輸出の前段階に密輸入、無申告、架空取引などをかませる事例があげられています。だというのに、輸出免税制度のもとで還付を受けることが悪であるかのような、誤導的な記述となっています。
佐藤英明,西山由美「スタンダード消費税法」(弘文堂2022)
ムゲンエステート事件・エーディーワークス事件に対する評価の点でもそうですが、とにかく《還付が悪》だといいたいらしい。「課のみ仕入」で処理するのが不当だというのであれば、用途区分制度のどこに反しているのかを指摘すればいいのに、そういったことは言わず。「仕入税額控除は請求権だから仕入時に用途が固定される」とかいう、悪しき概念法学のごとく、請求権概念の悪用だけで事足れりとしてしまっている。
虚弱判決(その1) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
一部業者の無茶な脱税スキームと、一部界隈の単なる誤解と、一部学者先生の《還付は悪》思想の悪魔合体により、輸出免税についてもおかしな制度(過小課税から過大課税へ)が出来上がらないだろうか、と心配でならない。《さよなら仕向地主義》なんて記事を書くようなことにならないよう、祈っておきます。
《免税事業者は消費税をネコババしている》思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編24)
ということで、一応確認をしておきます。
オフィシャル村八分 〜消費税法の理論構造(種蒔き編22)
○
まずは消費税法の条文から。
消費税法 第七条(輸出免税等)
1 事業者(第九条第一項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く。)が国内において行う課税資産の譲渡等のうち、次に掲げるものに該当するものについては、消費税を免除する。
一 本邦からの輸出として行われる資産の譲渡又は貸付け
2 前項の規定は、その課税資産の譲渡等が同項各号に掲げる資産の譲渡等に該当するものであることにつき、財務省令で定めるところにより証明がされたものでない場合には、適用しない。
国内における資産の譲渡でも、輸出なら消費税は免除するとされています。
念のため、輸出であっても「国内で譲渡」しているから課税対象、という前提があります。消費税法の発動条件が、消費でも譲受でもなく譲渡になっているせいで、そのままだと輸出も課税対象に入ってしまうということです。
ちなみに、括弧書きに書かれている「免税事業者」の条文。
消費税法 第九条(小規模事業者に係る納税義務の免除)
1 事業者のうち、その課税期間に係る基準期間における課税売上高が千万円以下である者については、第五条第一項の規定にかかわらず、その課税期間中に国内において行つた課税資産の譲渡等及び特定課税仕入れにつき、消費税を納める義務を免除する。ただし、この法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
輸出免税は「消費税を免除する」、免税事業者は「消費税を納める義務を免除する」と書きぶりが異なります。この書きぶりの違いがどういうところに表れるか、なんとなく思うところはありますが、そのうちネタにするかもしれません。
○
話は戻って。
簡単な事例で輸出免税のあてはめをしておきましょう。
対比としての国内事案から。
【事例1】(国内販売)
A(課税事業者・国内)
Bに88000で売った。
B(課税事業者・国内)
Aから88000で仕入れてCに110000で売った。
C(消費者・国内)
Bから110000で買った。
Aは8000を消費税として納税します。
Bは2000(10000-8000)を消費税として納税します。
結果、消費者Cの負担した10000が国に流れてくることになります。
では、輸出の場合はどうなるか。
【事例2】(輸出販売)
D(課税事業者・国内)
Eに88000で売った。
E(課税事業者・国内)
Dから88000で仕入れてFに100000で売った(輸出)。
F(消費者・海外)
Eから100000で買った。
Dは8000を消費税として納税します。
Eは8000(0-8000)を消費税として還付してもらえます。
結果、国の消費税収入は0(8000-8000)ということになります。
○
この結果に対して、一部界隈では次のようなことが言われることがあります。
「Eが還付を受けられるのは、不当な輸出業者優遇だ!」
「Eが消費税分安く販売できるのは、不当な輸出業者優遇だ!」
「要するに、輸出販売できるような大企業優遇だ!」
が、これは消費税法が「仕向地主義」をとっていることの帰結であって、それ自体は何ら不当なものではありません。
Eは10000で販売しているものの、Fのほうでは輸入する際に「輸入消費税」を負担しているはずです。現地国との税率差次第ですが、必ずしもEが競争上有利とは限りません。
仮に税率が同じだったとして。Eが還付を受けられなければ、国内・海外双方で消費税が発生することとなり、逆に競争上不利となってしまいます。
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このように、輸出免税制度自体は、何ら不当なものではありません。
件の教科書でも、輸出の前段階に密輸入、無申告、架空取引などをかませる事例があげられています。だというのに、輸出免税制度のもとで還付を受けることが悪であるかのような、誤導的な記述となっています。
佐藤英明,西山由美「スタンダード消費税法」(弘文堂2022)
ムゲンエステート事件・エーディーワークス事件に対する評価の点でもそうですが、とにかく《還付が悪》だといいたいらしい。「課のみ仕入」で処理するのが不当だというのであれば、用途区分制度のどこに反しているのかを指摘すればいいのに、そういったことは言わず。「仕入税額控除は請求権だから仕入時に用途が固定される」とかいう、悪しき概念法学のごとく、請求権概念の悪用だけで事足れりとしてしまっている。
虚弱判決(その1) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
一部業者の無茶な脱税スキームと、一部界隈の単なる誤解と、一部学者先生の《還付は悪》思想の悪魔合体により、輸出免税についてもおかしな制度(過小課税から過大課税へ)が出来上がらないだろうか、と心配でならない。《さよなら仕向地主義》なんて記事を書くようなことにならないよう、祈っておきます。
《免税事業者は消費税をネコババしている》思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編24)
posted by ウロ at 10:35| Comment(0)
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