2023年06月26日

三六協定と特別条項のあいだ 〜rosso e blu

 労働基準法って、単なる私法ではなく、民事+刑事+行政のスクラム法なわけです。労働契約法が民事単騎なのとは圧が違う。
 ゆえに、解釈の余地がありすぎる緩めの法制では、危うくて困るはずです。

 特に「労働時間法制」みたいものは、数字でガチガチになっているのかと思いきや。
 「時間外労働」に関する労働基準法36条で気になるところが。

労働基準法 第三十六条(時間外及び休日の労働)
@ 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、厚生労働省令で定めるところによりこれを行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この条において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。

A 前項の協定においては、次に掲げる事項を定めるものとする。
一 この条の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させることができることとされる労働者の範囲
二 対象期間(この条の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる期間をいい、一年間に限るものとする。第四号及び第六項第三号において同じ。)
三 労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる場合
四 対象期間における一日、一箇月及び一年のそれぞれの期間について労働時間を延長して労働させることができる時間又は労働させることができる休日の日数
五 労働時間の延長及び休日の労働を適正なものとするために必要な事項として厚生労働省令で定める事項

B 前項第四号の労働時間を延長して労働させることができる時間は、当該事業場の業務量、時間外労働の動向その他の事情を考慮して通常予見される時間外労働の範囲内において、限度時間を超えない時間に限る。

C 前項の限度時間は、一箇月について四十五時間及び一年について三百六十時間(略)とする。

D 第一項の協定においては、第二項各号に掲げるもののほか、当該事業場における通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に第三項の限度時間を超えて労働させる必要がある場合において、一箇月について労働時間を延長して労働させ、及び休日において労働させることができる時間(第二項第四号に関して協定した時間を含め百時間未満の範囲内に限る。)並びに一年について労働時間を延長して労働させることができる時間(同号に関して協定した時間を含め七百二十時間を超えない範囲内に限る。)を定めることができる。この場合において、第一項の協定に、併せて第二項第二号の対象期間において労働時間を延長して労働させる時間が一箇月について四十五時間(第三十二条の四第一項第二号の対象期間として三箇月を超える期間を定めて同条の規定により労働させる場合にあつては、一箇月について四十二時間)を超えることができる月数(一年について六箇月以内に限る。)を定めなければならない。(6項以下略)


【お約束事項】
・「休日労働」については検討対象外とし、時間外労働については「月当たり労働時間」のみ記述します。
・5項の定めを「特別条項」といい、特別条項以外の定めを「三六協定」と表現することにします。

時間外労働の上限規制(厚生労働省)


 まず、三六協定の届出により法定労働時間を超えて労働させることができることになっています(1項)。
 延長できるのは、通常予見の範囲内で限度時間(月45時間)までです(3項・4項)。

 ここまでが原則で、5項では、通常予見の範囲外の事由により臨時的に労働させる必要がある場合は、限度時間を超えて労働させる旨定めることができるとされています。これがいわゆる「特別条項」といわれるものです。


 さて、これらのどこに《あいだ》があるのかというと。

 月45時間までは、通常予見できる事由を理由に時間外労働が許容されるわけですよね。
 そして、月45時間を超えたら、通常予見できない事由を理由とする場合にかぎり時間外労働が許容されると。
 では、通常予見できない事由を理由として、月45時間以内の時間外労働をさせることができるのかどうか。

あいだ.png


 これは、門外漢の条文イジり屋の単なる難癖などではなく。具体的な状況としては、次のような場合が考えられます。

 「当初は三六協定で月30時間と定めていた。その後、突発的な事情によりプラス月10時間ほど時間外労働をさせる必要が生じた。この場合に、時間外労働をさせることができるのかどうか。」

 普通に考えれば、まだ月45時間いってないんだから当然できる、と、思うじゃん。
 ところが、通常予見の範囲内でないことから、3項には該当しません。他方で、限度時間(月45時間)を超えていないことから、5項にも該当しません。
 結論は、どちらでもいけません、、、なことはないはずです。

 「できるだけ短く」の精神に従って、当初の協定を月30時間に抑えたせいで、その後、突発的な事情が生じても、そこから上が一切使えなくなるとか、どう考えても変です。
 が、法が「限度時間内+予見内」と「限度時間超+予見外」のマッチングだけで規律してしまっている以上、「限度時間内+予見外」パターンはどこにも行き場がないことになります。


 以上は、条文をバカ正直に読むとこうなる、という話です。3項と5項が、必要事由について「予見」を軸にして対になるかのように記述したのが隙間が空いた原因でしょう。

 3項の事由に予見外の場合も含むように書いてくれれば、この隙間は埋まります。

あいだ2.png


 もしこれを解釈論として導こうと思ったら、つぎのようになるでしょうか(A説)。

・5項は、月45時間から上にいくには特別の事情がなければならないとする規定である。
・これを反対解釈するならば、月45時間までは特別の事情があってもなくてもよいということができる。
・ゆえに、3項の文言には反するが、予見外の場合も三六協定が可能と解することができる。

 かなりの苦し紛れですが、法の不備を穴埋めするには、これくらいの無理を推して参る必要があるでしょう。

 制度設計としては、もうひとパターンあって。
 予見できない場合は月45時間以内でも特別条項でいくと。スタート時点で月30時間と決めた以上、事後的に追加できるのは特別の事情がある場合に限られると。

あいだ3.png


 「制度設計として」とことわったのは、5項に「限度時間を超えて」とある以上は、月45時間以内で特別条項を使うのは文言上無理があると思ってのことです。

 解釈論の範疇でどうにかしようと思ったら、一応、次のような解釈が展開できるでしょうか(B説)。

・5項には「3項の限度時間を超えて」とあるのであって、「4項の」ではない。
・4項の限度時間の範囲内において、2項4号で延長時間を定めることにより、この延長時間(たとえば月30時間)が、当該会社にとって「3項の」限度時間になる。
・ゆえに、予見外の事由でこの延長時間を超えたい場合は特別条項でいくことになる。
・他方で、予見内の事由であれば、月45時間までの残りを三六協定でいくことで3項の限度時間を広げる。とはいえ、当初の三六協定に含めていなかったわけで、あとから追加する事由で予見内といえる場合は、ほとんどないのではないか。

 3項の限度時間と4項の限度時間を別意に解するという、なかなかのアクロバティック解釈。ですが、3項の限度時間を「所定限度時間」、4項の限度時間を「法定限度時間」と名付けることで、あたかも実在する概念であるかのように観念することができるようになるでしょうか。
 念のため、思考訓練としてやっているだけで、真面目にこのような解釈が通用するとは、さすがに思いません。


 A説は、月45時間の枠までは事後的な追加も広く認める見解といえます。他方で、B説は、月45時間を使い切っていなくても、一度設定した以上は特別の事情がないかぎり事後的な追加を事実上認めない見解といえます。A説を「時間優先説」、B説を「事情優先説」ということができるかもしれません。
 どちらが妥当かについては、もはや立法論・政策論のレベルの問題であって、解釈論で決めることはできないと思います。どちらも条文の文言ガン無視ですし(反制定法解釈)。

 ではありますが、いずれの説もポリシーは極めて明確です。
 これに対して、現行法の書きぶりは、三六協定の上に特別条項をそっと乗っけてみた、という感じで、全体としてどう機能させるつもりなのかがはっきりしない。
 どういう立法過程だったのかは把握していませんが、労使間の妥協でこんな規定になってしまったんでしょうか。
 

 ここから先は実務運用の話になるはずなので、ド素人が口出しするべきことではないのでしょう。
 このような問題があるはずなのに、粛々と実務運用がなされているということは、私が盛大な思い違いをしているだけかもしれませんし。

 ところで、「様式第9号の2」をみてみると、
  ・限度時間を超える回数
  ・限度時間を超えた場合の割増賃金率
は書くことになっているのに、
  ・限度時間を超える時間
を書くことにはなっていません。
 「時間」については「様式第9号」と同じく、「法定労働時間」からの超過時間を書けばよいことになっています(所定労働時間は任意)。

 このことにより、実務上も現行法の「そっと乗っけてみた」感が忠実に再現されていることになります。
 特別条項により延長しようとする労働時間が、限度時間内なのか超なのかを特定しないでもよいため、「予見できない事由によって限度時間内の延長が認められるか」という問題意識が顕在化しないで済んでいます。

 確かに、5項をよくよく読んでみると、限度時間を超える「時間」を書けとは書いていないんですよね。ので、書式で勝手に条文を捻じ曲げているわけではないです。

 「予見できない事由/限度時間内」はこれで乗り切れるとして、では「予見できる事由」による延長を事後的に追加することはできるのでしょうか。
 たとえば、起算日以降に新規で継続的な業務が生じ、今後継続的に時間外労働が必要になったような場合です。事後に生じた事由ではあるものの、臨時的・突発的なものではなく今後継続的に生じる業務です。継続的な業務なので、年6回までといった縛りがかかっては困る。

 当初の三六協定(20時間)と特別条項(25時間)であわせて月45時間を届出ずみだとして、特別条項分を押しのけて25時間を三六協定で追加できるのかどうか。

 このことの答えを出すには、やはり上記A説・B説のような制度構造論を明確にすることが、避けて通れないのではないでしょうか。


 最近「注釈労働基準法・労働契約法」というコンメンタールが出たのですが。

「注釈労働基準法・労働契約法 第1巻: 総論・労働基準法(1) 」(有斐閣2023)Amazon
「注釈労働基準法・労働契約法 第2巻: 労働基準法(2)・労働契約法 」(有斐閣2023)Amazon
「注釈労働基準法・労働契約法 第3巻: 個別的労働関係諸法」(有斐閣2024)Amazon

 流し読みした程度ですが、残念ながら全体的に踏み込みが浅く「かゆいところに手が届く」内容にはなっていない印象を受けました。
 当然、上記のような疑問に応えるようなものでもなく。

 そのうちあらためて記事にします。
posted by ウロ at 10:02| Comment(0) | 労働法

2023年06月19日

小島孝子「電帳法とインボイス制度のきほん(令和5年度税制改正大綱対応版)」(税務研究会出版局2023)

 さすがに今さら、一般向けの解説書で電帳法・インボイスのお勉強をしようということではなく。

小島孝子「電帳法とインボイス制度のきほん(令和5年度税制改正大綱対応版)」(税務研究会出版局2023)

 一般向けの解説書では、難解な税法を噛み砕いて説明してくれているので、自分のお客さんにわかりやすく説明するための参考として読ませてもらっています。
 分かりやすく説明するためには、どうしても正確性が犠牲になってしまうのですが、どこまで崩しても大丈夫かのラインを見極めたり。

 これとの対比で、「条文引き写し系」の書籍だと、条文コピペなので間違えようはないのですが、わかりやすさは全くありません。
 若干毛並みの違う文章が出てきたかと思いきや、税制改正大綱のコピペだったり。税制改正大綱がそのまま条文に反映されるわけではないので、税法解説としては無意味なんですけども。

 あわせて裏の目的として。

 分かりやすく書こうとして正確性が犠牲になるのは仕方ないとして、明らかに間違った記述になっていることがあります。この手の間違いに気づき、自分で調べ直してみることで、知識のブラッシュアップを図ることができます。「条文引き写し系」が、条文そのままなのでツッコミようがないのとは大違い(コピー元、貼り付け先が間違っている、とかはありますが)。

 分かりやすく噛み砕く過程で間違えるというのは、制度をきちんと理解していないからであって。これを他山の石として、自分もより正確な理解ができるよう反面教師として使わせてもらうということです。


 なお、書籍に突っ込みながら読んでいくことを『アクティブ・ラーニング』として明確に意識するようになったのは、下記書籍がきっかけです。

 後藤巻則「契約法講義 第4版」(弘文堂2017)

 「ほんと、ひどい本だったなあ」と思うものの、以降、本を深く読めるようになったので、「逆にいい本だった」という記憶に置き換えておきます。


 さて、本書について。

 構成が、電帳法(第1章)、インボイス(第2章)、DX(第3章)、Q&A(第4章)となっていて。

 第1章、第2章はどちらかといえばフリーランス・個人商店向けに書かれているのに対し、第3章はそこそこ人数のいる会社向けに書かれているように思います。
 ので、フリーランスの人にとっては第1章、第2章は参考になるのに、第3章はあまり参考にならない、という状態になると思います(逆もまたしかり)。これを一冊の本の中でやるのはどうなのか。

 第1章、第2章と比較すると、第3章はなんか細かい。第3章の対象読者からすると、第1章、第2章の記述は簡略でそのままでは実践には使えないかもしれません。

 ところで、ベンダー主催の「無料」セミナーだと、税理士先生による本編パートと本編終了後のペンダーの広告パートとで、いまいち噛み合っていない、というものがあったりします。
 ベンダー主催にもかかわらず、ベンダーの意向に沿わない税理士先生というの、個人的には共感がもてるところです。
 主催者ベンダー阿り系の講師あっても、それはそれで趣があってよいのですが。

 無料セミナーは無料なんだから、そんなんでも全然構いません。
 が、1冊の本の中で対象読者が異なる部分があるというのは、なにか損した気分になってしまうのではないでしょうか。この本が高いのか安いのか、なんともいえませんが、紛いなりにもお金を出しているわけですし。

 もちろん、私個人はどちらのお客さんもいらっしゃるので、いずれの章も参考として読めるわけですが。あくまで一般の読者にとって、というお話です。


 第1章、第2章については、分かりやすさ優先で書かれているなあ、ということがよく分かります。

 確かに、電帳法のほうは、多少ミスってもある程度リカバリーができるので、ガチガチにルール通りで運用するよりも、とりあえずできるところからやってみるという方針でよいと思います。宥恕規定もあるわけで、バックアップとしての紙とデータをなんでもいいから保管しておけば、あとはどうにかなります。

 が、インボイスの、特に「届出絡み」のところについては、厳格な期限もあることであって、雰囲気で理解してもらう、というわけにはいかないのではないでしょうか。
 以下、気になった記述をいくつか。

 P63
 免税事業者が「課税事業者選択届出書」なしにインボイス申請書だけで課税事業者になれる特例についての記述。

「登録事業者に登録されると納税義務も発生してしまいますからね。ただし、これはあくまで、令和5年度だけの優遇措置だから、この時期以外で適用を受ける場合には、事前に課税事業者の選択の手続きも必要になりますよ。」

 「令和5年度」というのが、いったいいつからいつまでを指しているのか分かりませんが、この経過措置は「令和5年10月1日から令和11年9月30日までの日の属する課税期間中」に使えます。

 P84
 インボイス事業者として登録するかどうかについて。

「あいこさんの会社は卸売もやっているし、消費者だけじゃないじゃないですか。そもそも、もとから課税事業者なんだし、登録しないとダメですよ!」

 もともと課税事業者だから登録しないとダメという根拠が謎。
 しかもなんかキレ散らかしてるし。怖いわ。

 P98
 免税事業者がインボイス登録とあわせて簡易課税選択する場合の特例について。

「ただし、令和5年10月1日のインボイス制度の開始時の事業年度だけは、簡易課税の届出書を出した事業年度ですぐに適用をうけることができる特例がありますから、ふじさわ屋さんに勧めるときはゆっくり考えるようにアドバイスしてあげてくださいね。」

 「だけ」とか言ってますけど、こちらの経過措置も「令和5年10月1日から令和11年9月30日までの日の属する課税期間中」まで使えることになっています。「登録時の事業年度だけは」というなら、まだ意味は通りますけども。

 P104
 令和5年10月1日前に課税選択している事業者が、令和5年10月1日から2割特例を使いたい場合の特例について。

 図をみると、9月30日までに「選択不適用届出書」を出してから10月1日以降に「選択届出書」を再提出するかのように描かれてます。
 が、「選択不適用届出書」を出すのは、個人でいうと令和5年12月31日まででいいし、あらためて「選択届出書」を再提出することは求められていません。

2割特例を適用するに当たっての注意点(国税庁)
1.「2割特例(インボイス発行事業者となる小規模事業者に対する負担軽減措置)」の概要 (1)※

 「選択不適用届出書」を提出することによって、あわせて提出していた「インボイス申請書」だけが残って課税選択届出書いらないルールが発動される、という建付けになっています。

 P104
 2割特例を適用した翌事業年度の簡易課税選択の特例について。

 本書では、簡易課税が即時適用できるのは「2年間」に限られていると書かれています。
 が、2割特例の最後まで即時適用を受けられることになっており、個人の場合は最遅で「令和9年分」が最後の即時適用の年になります。
 何勝手に「2年縛り」を発動してしまっているのか、よくわかりません。

2割特例を適用するに当たっての注意点(国税庁)
2. 「2割特例」後に簡易課税制度を選択する場合

 もしかして、改訂版ではなく旧版を掴まされたのか、と思ったのですが、ちゃんと改訂版でした。
 さすがに、これらの間違いは「分かりやすさを優先したがゆえ」という言い訳は通用しませんよね。枝葉の細かいルールを省略した、ということではなく、積極的に間違ったことを書きにいっている。

 令和4年改正まではきちんと反映しているが令和5年改正はまるごと反映していない、というならば、まだ分からないではないです。が、2割特例は令和5年改正によるものなのに対し、課税選択届出書不要ルールなどの適用時期が広がったのは、確か令和4年改正だったはずで(すでにうろ覚え)。どうにも時空がねじれている。
 いったいどういう経緯でこういう記述が発生したのかが謎です。

 ・令和4年改正
 ・旧版
 ・令和5年税制改正大綱
 ・新版
 ・令和5年改正

【時空ねじまげ系】
近藤光男「商法総則・商行為法 第8版」(有斐閣2019)


 第3章は、上記無料セミナーの喩えでいうところの「広告パート」に相当するところです。
 「システム全体をクラウドに乗せればうまくいく」ということが強調されています。

 そのこと自体は否定しないのですが、システムに詳しくない会社がまるごとクラウドで運用することで、セキュリティ面の問題が出てくるはずです。その点についてのフォローがないまま「クラウドなら、うまくいく。」だけを強調するのはどうかと思う。

 なお、第3章では「マネーフォワード」という実名ではなく「MKソフト」という架空ソフトの名称となっています。編集協力としてクレジットされているんだから、わざわざ仮名にする必要もないと思うのですが。
 にしても、システム会社の名称もソフト名にあわせて「エムケイ○○」なんだとしたら、ちょっと不吉すぎやしませんか。普通に自社名にしておけばいいのに。


 第4章は、「対談」という形式上仕方ないのか、旧版からほとんど手を入れてなさそう。
 令和5年3月に出版されているというのに、「インボイス制度に関しては令和5年10月と、かなり先のように聞こえますけど」(P192)とか、「いや聞こえねえよ!」と思わず突っ込んでしまいました。

 P164
 令和5年改正に関して「(注)令和6年1月1日以後は、解像度等の一部の要件は廃止されます。」といった追記がされていますが、廃止されたのは解像度等の情報を残すことであって、解像度要件そのものは残っています。
 もしかして、「」にそこまでの含意を読み込め、ということかもしれませんが。それはプロ向けの物言いであって、非専門家には通用しないでしょう。

 P178
 クレジットカード払いの扱いについて、インボイスが始まったらカード会社からの請求明細だけじゃ足りなくなる、と書かれているのですが、これは一般の人によくありがちな誤解ですよね。

 仕入税額控除の要件が「帳簿及び請求書」になった時点から、すでに請求明細だけでは足りないことになっていました。

カード会社からの請求明細書(国税庁)
※用語として、請求明細(カード会社)/利用明細(加盟店)という使い分けになっています。

 従前は「3万円未満」ルールもあったし、多少超えていてもそこまで厳格には運用していなかっただけでしょう。これが、インボイス制度の導入によって厳しくなるのかどうか、という運用レベルの問題です。

 さらにいえば、たとえば請求明細に「5/31 ヨドバシカメラ 11,000円」とだけ書かれているものをみて、法人税法上「損金」になるかどうか判断できませんよね。この場合はヨドバシカメラの発行する購入商品名が書かれた利用明細(レシート)が必要となります。

 「よーし、うちは1万円未満ルールもあるし請求明細もあるから、レシートはガンガン捨てていくぞ!」とか誤解されたらどうするつもりなんでしょう。


 以上、本書に対してあれこれ論難しましたが、諸悪の根源は込み入りすぎた税制の側にあるんだと思います。特例・経過措置の類が盛りだくさんすぎて、分かりやすく解説しようすると、何かしらがこぼれ落ちてしまう、ということではないでしょうか。

 対象読者を厳格に絞り込まないと、入門レベルで記述するには無理が出てきているのだと思います。
 上記でも「個人の場合は」といった書き方をしたところがありますが、個人の場合は事業年度が1〜12月固定なので、記述がしやすいわけです。これに対して法人の場合、事業年度はバラバラ、人為的に短縮・変更もできるということで、あれこれ場合分けが必要となってきます。

 法人/個人、大/中小、上場/非上場、公開/非公開といった区別、あるいは業種など、色々な切り口があるとは思いますが、対象を広く取れば取るほど記述がぼやけてしまう。対象を絞って部数が出なくなることとのトレードオフということになりますかね。


 将来的には、固定の文書ではなく、読者の属性にあわせた「生成型文書」が必要とされるのではないでしょうか。現行のAIチャットだと、どうしても利用者側に高度なリテラシー(質問力)が必要なわけですが、この要求レベルを下げることができるかどうか。
 『かつては紙書籍か電子書籍かなんて「固定型」同士で醜い覇権争いがされていたらしいよ。』なんて言われる日がくるかもしれない。

 また聴講したセミナーの話になりますが。
 とある電帳法・インボイスのセミナーで、講師の税理士先生がルールの話は詳しくせずに「とにかくクラウドで全部やれば効率化できるよ」という方向での話をしていたのに対し、参加者からは「取り急ぎで最低限どこまでやればいいのか教えてほしいんですけど!」という反応が多数、というものを観測したことがあります。
 リアルだったら参加者の反応見ながらその場で軌道修正もできたのでしょうが、オンラインだとそういうことも難しいよなあと。ただ、質疑応答の時間でも頑なに「クラウド化しましょう」としか回答しなかったのは、なかなかだなあと思いましたが。
 とはいえ、参加者全員の要望にもれなく応えることもできないわけで。セミナーも、参加者ごとに内容を変容させる《ロボ講師》にとってかわることになるのかどうか。

 「法律」というもの自体が、個々の人間を一般化・抽象化することで成り立っているわけで、このままの規律でいけるのかどうかも、ほんのり疑問があったり。
 先日紹介した実務書は、雇用ルールの「個別化」を志向しているものですよね。

萩原京二、岡崎教行「個人契約型社員制度と就業規則・契約書作成の実務」(日本法令2023)

 私の中では、テクノロジーの発展によってあらゆるものを「個別化」していくことが、ひとつの方向性なのではないかと、なんとなく思っているところです。
 が、他方で、選択をAIにお任せするようになると、最終的には同じものに収斂していってしまうのではないか、という気もしています。AさんとBさんが、それぞれAmazonで「あなたにオススメ」として表示されている商品を買いすすめていったら、何ターン以内かに同じ商品に辿り着く、みたいな。
 個人にとって望ましいと思われるものが、AIを媒介として、社会にとって望ましいものに置き換えられてしまうことになりはしないか。


 以上、人様の書籍の書評のふりをして、最後は自分のポエムを展開するというたちの悪い記事でした。
posted by ウロ at 10:23| Comment(0) | 消費税法

2023年06月16日

【急募】星のカービィ缶バッジ(文字)の活用法について

 タイトルの(文字)というのは、文字通り文字です。
 写真を見ていただければ一目瞭然かと。

P6150934.JPG

 撮影は、いつもの旅のお供、OM-D E-M1 MarkVに、おろしたてのレンズ(M.ZUIKO DIGITAL ED 75mm F1.8)を装着しての試し撮り。
 スペック上は理解していましたが、やはりあまり寄れないというのが実感できました(最短撮影距離0.84m)。トリミングしてないので、こういう収まりになります。

 OM SYSTEM OM-1
 OM SYSTEM OM-5
(最新はこのあたりですが、ガチ勢でないかぎり値下がりしている型落ちモノで十分だと思います。)

 それはさておき。
 これまでの我がカービィグッズ購入史の中で、最大級の衝撃。
 中身分からない系のものもいくつか購入してきましたが、ラインナップはどれもカワイイ・ハズレ無しというのが、カービィシリーズの安心感・安定感でした。

 が、その気持ちが裏切られることに。
 残念なことに、他のラインナップを差し置いて、この(文字)缶バッジをカワイイと思えるほどの上級センスは持ち合わせておりませんでした。
 キャラクターは一切描かれず、申し訳程度に星が配置されているだけのどこに、カワイイ要素を感じればよいというのか。

 ワンチャン、「星の力(ちから)・ビィ」と読むことによって、これまで感じ取れなかった何かが感じられるようになれる・・、わけがなかった。ただ単に、ゲシュタルト崩壊しただけでした。

 全14種もあるというのに、なぜに(文字)が当たってしまったのか。
 というか、なぜ(文字)がラインナップに混入されているのか。

CAN BADGE COLLECTION 星のカービィ

 バンダイキャンディ事業部の中に、《クレイ字ー》の方でもいらっしゃるのでしょうか。
 衝撃的なことに、8月発売予定の新作にも(文字)がラインナップされているという狂気。トラウマすぎてもう買えませんよ。

星のカービィ クッキーチャームコット

 仮に、私が子供のころになけなしのお小遣いで買ったものがこれだったとしたら・・。恐怖以外の何ものでもない。
 おそらく完全に闇落ちして、今頃は世界を滅亡させる側の人間になっていたと思う。

 さすがにもう大人なので、週1回の更新頻度を無視して緊急発信する程度で済んでいます。
 が、色んな仕事を差し置いて、このような駄文を垂れ流しているのは、やはり私も何かしらの異常者だということなのか。
 ごくごく平凡な人間の中の異常性をあぶり出すとは、(文字)の力とは恐ろしいものです。

 ということで、この缶バッジ(文字)を、一体どのように活用したらよいのか、知見をお持ちの方がいらっしゃったら、ぜひお聞かせください。
posted by ウロ at 17:39| Comment(0) | ガジェット

2023年06月12日

萩原京二、岡崎教行「個人契約型社員制度と就業規則・契約書作成の実務」(日本法令2023)

 実務書の中には、一方の極に「条文引き写し系」や「運営見解垂れ流し系」のものがありつつ。
 他方で、著者の深い経験を踏まえた、実務で使いこなすための知恵(wisdom)がふんだんに盛り込まれたものもあったりします。

 それなりの購入歴を積んである程度鼻が利くようになったとはいえ、まだまだハズレを掴まされることもあり。まだまだ精進が足りません。


 私も紛いなりにも実務家なので、学術書よりも圧倒的に実務書のほうを読んでいるわけですが。
 本ブログでは、学術書のほうがネタになりやすい、ということで、学術書の記事のほうが多くなっています。

 が、《実務書類型論》の確立をしたいなあ、となんとなく思っていて。上記のような系統分類です。
 今後は、少しづつ実務書の記事も増やしていきたいところです。


 で、本書はというと。

萩原京二、岡崎教行「個人契約型社員制度と就業規則・契約書作成の実務」(日本法令2023)

 従前は集団的・画一的となっていた労働条件に対して、多様な働き方を実現するために、もと個別的な労働条件の設定を推進していきましょう、というかなりチャレンジングな内容となっています。

 単なる法律・制度の解説だけではこういう内容にはならないのであって。
 労働基準法を中心とした画一的・強行的なルールや、就業規則などによる集団的なルールがある中で、どこまで個別的な条件設定が可能になるのか、考えてみる良いきっかけとなりました。

 ということで、本書は当たりのほうでした。よかったね。
 系統名としては《制度活用系》とか《実務経験盛込型》とかにあたるでしょうか(名称はまだ煮詰まっていません)。


 まだ全然妄想段階ですが。

・個別の労働条件ごとに処遇を紐付けることで「均等・均衡待遇」ルールも同時に実現できるかも。

・さらに「人事評価制度」や「人材育成制度」も、個別の労働条件ごとに紐付けることが可能か。
 紐づけさえきちんと初期設定しておけば、一気通貫のパーソナル制度が出来上がるかも。

・完全パーソナルにもっていくには、それ用のシステム導入が必要ではないか。さすがに手作業で個別管理は大変でしょうし。
 逆にいうと、今までは適合するシステムがなかったせいで集団管理せざるをえなかったところ、適合するシステムさえあれば個別管理も実現可能になるか。

 現状だと、たとえば勤怠管理システムでも、個人ごとに設定できる項目と会社・事業所単位でしか設定できない項目があったりするので、どこまでパーソナルな運用ができるか。

 以上、本書を一読した段階でのただの妄想ですが、もう少し考えてみます。


 なお、以下は全くの別件です。

 上記では、勤怠管理・給与計算、人事評価・人材育成など含めて、諸々をひとつのクラウドシステムの中で完結できれば効率的だよなあ、と妄想していました。
 が、当該システムが落ちたら何も業務ができなくなる、というのはさすがに脆弱すぎる、ので、効率と分散のバランスをとることも重要だなあと、近時の《エムケイ事変》をみて、あらためて感じるところです。

 我が税理士事務所は、お客様がクラウドシステムを利用されることについてはオススメも拒絶もどちらもせずに、完全お任せ状態ではあります。お客様にとっての「向いている/向いてない」は言いますけども。

 わざわざマネーフォワード会計+給与の検定2級をとってロゴまでもらったので、こういう所に貼って「クラウド得意!」とかアピールすればいいのでしょうが。いまさら言うのは、なんか一昔前の「コンピュータ会計やってます」に近しい匂いがして抵抗感があるんですよね。
 単に使うのがお上手、というだけで、システムに関する知識は何もないわけですし。

 それはさておき、お客様がクラウドシステムを利用している場合でも、会計データにかぎっては事務所利用のオンプレミス型の会計ソフトでバックアップを取ってあります。
 ので、最悪当該クラウドシステムが落ちてしまっても、どうにかなるようにはしています。そもそも、会計データ自体、仕訳データ(CSV)さえあればどうにでもなりますし。

 そして、税務申告ソフトはゴリゴリのオンプレミス。さすがにここをクラウドでやろうとは、まだまだ思えない。
 e-Tax・eLTAXが落ちたら何かしらの救済はあるでしょうが、民間のクラウドシステムが落ちたところでそう簡単には救済してくれないでしょうし。
posted by ウロ at 11:19| Comment(0) | 労働法

2023年06月05日

信託型ストックオプション雑感

※若干加筆しました。

 一部界隈にて大騒ぎの。現時点での雑感を。

 外野の税理士からすると、税務上の論点というかぎりでは、おなじみ課税庁との「見解の相違」の一過程ぐらいの感覚。ではありますが、いきなり徴収処分から入る源泉徴収の問題でもあり、法人・個人両方に跨っていることでもあり、今後対応される方の心労は、なかなかハードなものでしょう。

 「スタートアップを潰す気か!」的な憤りを国税庁に向けて述べられている方もいらっしゃって。これから後始末に追われることを考えたら、それぐらい強い感情が生じるのも分かります。当時のCFOあたりが推進したのかどうか分かりませんが、今頃社内で針のむしろかもしれません。


 以下、信託SO(と略します)が有償SOに該当して譲渡所得課税のみなのか、または給与所得に該当してしまうのか、に関する直接的な見解は一切示しません。

 というのも、この手のスキーム、おおまかには下記Q&AのP5のポンチ絵のとおりなんでしょうが、それぞれの契約にはかなりテクニカルな条項が含まれていると思われます。そしてそこが本スキームを有償SOと扱うための肝なのではないかと推測されます。
 仮に、我々ド素人が、付け焼き刃の知識で同じようにスキーム組んだとしても、同じ扱いにはならないはずです。

 ので、これら条項が公開されないかぎりは、その適否を判断することはできません(し、公開されたところで判断できるとは限らない)。下手すると、発行企業にもチラ見せしただけで、実際の契約書は利用企業側で保管していないかもしれない。サマリーだけ保管とか。
 ノウハウを転用されないためには、必要な手段ではあります。

 また、セーフハーバーとしての「行使価額」ルールについても触れません。
 こちらは、信託SO⇒適格SO誘導のためのバーターであってそこに「理」はない、と感じられるので。私の立場からは、ここに語るべき何かはないと思います(もちろん、発行企業にとっては重要な論点です)。


 前口上はこれくらいで、まずは運営側の公式見解から。

ストックオプションに対する課税(Q&A)(情報)


 信託SOだけでなく、無償/非適格、有償/非適格、適格といった他のSOにも触れているのは、丁寧というのか、あるいは、信託SOを狙い撃ちしたわけでなく、あくまでもSOの課税関係をあらためて整理しただけですよ、というアリバイ作りのためなのか。
 国税庁が出すにしては、珍しいタイプのQ&Aだな、と感じました。大体が、前提をすっ飛ばして「それしか」書いていないことがよくあるので。


 肝心の、信託SOが給与所得となることについては、問3(P4〜)に記載があるのですが、その理由付けが薄味すぎる。

(注3)税制非適格ストックオプション(信託型)については、
・ 信託が役職員にストックオプションを付与していること、信託が有償でストックオプションを取得していることなどの理由から、上記の経済的利益は労務の対価に当たらず、「給与として課税されない」との見解がありますが、
・ 実質的には、会社が役職員にストックオプションを付与していること、役職員に金銭等の負担がないことなどの理由から、上記の経済的利益は労務の対価に当たり、「給与として課税される」こととなります。


 「会社が役職員にストックオプションを付与していること」「役職員に金銭等の負担がないこと」が理由付けのように書かれていますが、これも結論を言っているだけです。
 問題はそのような評価ができる「実質的」な根拠であり、それを条文解釈としてどのように導くことができるか、が重要です。その大事な部分がごっそり抜け落ちている。

 信託SOでは「法人課税信託」をかますことで、「発行会社⇔信託」と「信託⇔役職員」を法形式上分断した上で、信託が有償取得しているわけです。のに、この法形式を無視して、「発行会社から役職員が」「労務提供の対価として」ストックオプションを取得した、といえるのはどういう理屈なのか。ここの説明がされていません。

 まあ、課税庁側からすれば、信託SOといっても様々バリエーションがありうるので、理由付けもそれぞれ違う、ということなのかもしれません。が、「信託SOは全て給与課税する(していた)」とぶち上げてしまった以上、全ての信託SOに対する理由付けが必要でしょう。

 行き過ぎた『信託なら、何でも出来る』勢に対して課税庁側が警戒的なのは当然として。信託の法形式を乗り越えるロジックが何なのか、いかにも説明不足。

 まあ、さすがに課税庁内部でこの程度の論証で「給与所得でGO!」とはならなかったはずで。今後の裁判に備えてあまりベラベラ喋らないようにしたのでしょうか。課税庁が裁判で理由付けを挿げ替えるのは、良し悪しは別として、まあありがちなことです。
 「あのときはこう言ってたじゃないか」というツッコミを回避しようとしているのかどうか。


 そもそも「法人課税信託」というものが、受益者が現れる前に先走って、受託者に法人税を課税するものとなっています。そうだとして、後に受益者が現れた段階で何らかの「調整」を行うこともありえたはずですが、そうすることはなく。受託者に法人税が課税されっぱなしで終了となっています。

 本スキームはこの点を逆手に取って、わざと法人税を課税されにいくことで、その後の受託者⇒受益者間の移転に課税関係が生じないようにしているものと思われます。受益者が「個人」であれば本来必要となる、所得分類についての性質決定をすっ飛ばすことができることになっています(上述したとおり、この結論にもっていくために、極めて精密な条項が設定されていると推測されます)。

 事後的な調整規定がない以上は形式的には手が出せないのであって、どのようにここを乗り越えるのか。


 ここまでは課税庁側への雑感。以下はスキーム屋さんと利用企業側に対する雑感。


 最大の謎が、公式ルートの「事前照会」をしていたのかどうか、です。

事前照会に対する文書回答手続

 窓口の職員何万人に聞いたところで、それは野良税理士がブログでゴチャゴチャ言っているのとかわりはありません。あくまでも公式ルートでの見解でないかぎり、それを国税庁の見解とは言いません。

 今回、国税庁が「もともと給与所得のつもりでしたけど」と言っているということは、誰も公式での照会はされていなかったんでしょうか。
 確かに、論点によってはやぶ蛇になるからあえて聞かずに所轄レベルでごにょごにょする、という大人の知恵もありうるでしょう。が、本件は実際に大騒ぎになっているとおり、そんな小手先のテクニックで済む問題ではない。

 本件がどうかは分かりませんが、文書回答されてしまうとノウハウが他所に公開されてしまう、という懸念から照会しないということもありうるので、そういう事情があったのかどうか。公開されたくないから特許出願しない、というのと同じ理屈です。


 当然のことながら、国税庁の判断は司法判断ではありません(建前上)。が、国税庁がSAFEといえば事実上誰も争えなくなりますし、OUTといわれれば素直に訴訟ルートへ進めばいいだけです。
 スキーム屋さんのほうでも、在野の専門家に確認ずみだということであれば、訴訟準備も万全だったはずです。

 特に、源泉徴収の場合、自分から納付しておいていきなり返還訴訟(給付訴訟)をかます、というダイレクトアタックが可能です。事前照会だとなかなか書面回答くれない、ということがあったとしても、こちらのルートなら強制的に巻き込みが可能です。

 この点についてもやはり、裁判でノウハウがダダ漏れになるのを忌避した、ということなんでしょうかね。また、企業にとっても係争中となると敬遠したくなるので、それによって本スキームが売れなくなるのを避けたかったのかどうか。


 税務紛争は複数の層からなっています。

  A 税務署、国税局、国税庁 (行政)
  B 国税不服審判所 (行政)
  C 裁判所 (司法)

 A層もそれぞれ分解してもよいのですが、とりあえずひとまとめで。
 現時点ではA層で見解が出ただけであって、その先BCがあります。Aで給与扱いされるなんて、今までの課税庁のノリからすればサプライズでも何でもない。
 事前照会もしていない、単に在野の専門家がOK出しただけの状態なのは当事者ならば分かっていたはずで。Aの見解が出ただけで大騒ぎする理由が分かりません。「訴訟へGO!」のための通過儀礼くらいの気持ちではなかったのか。


 会計上もあれやこれや問題が生じるのかもしれません。が、「Aでは給与扱いされる可能性大だが、BCで逆転できるはず」という税務紛争のプロセスを織り込んだ評価がなされていなかったのか。単に「勝てる!(と専門家が言っている)」という部分だけしか織り込まなかったということなんでしょうか(完全専門外なので、適当なことを言っています)。

 「課税リスク」といっても、ABCのどのレベルで生じるかによって、その中身は異なるはずです。
 スキーム屋さんも、売り込む際に「どうせ課税庁は給与といってくるけども、」という前置きをしておかなかったんですかね。課税庁レベルでも言い負かせる、という自信があったのか。


 「司法判断」がどうなるか、ということですが、これは正直どちらもありうると思っています。

 今回の紛争構造、単純化して図式的に言えば、

  形式重視(発行企業)×実質重視(課税庁)

となっています。
 巷では「最近の裁判所の傾向は「文理解釈」が重視されている」などと評されることがあります。ので、今回もいけるんじゃないかと。

 が、私の見立てでは、その時々の裁判体によって、あるいは事案によって、形式重視/実質重視が一定していないように感じます。そこには、租税法解釈に対する司法としての一貫したポリシーがあるわけでは無く。

 TPR事件判決のように、条文上存在しない適格要件を組織再編税制の趣旨(と言われているもの)から勝手に付け加えたり(上告不受理)。

横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)

 あるいは、りそな外税控除事件判決のように「制度濫用法理」で適用制限をしたり(記事なし)。
 ホステス報酬源泉徴収事件では、「期間」を文理解釈しつつ、それだけでは不安なのか趣旨まで持ち出したり。

フローチャートを作ろう(その2) 〜定義付け解釈

 通達の文理解釈なんて馬鹿なことをやってないで、ちゃんと裁判所として法解釈しなさい、とまともな判断をしている判決がある一方で。

解釈の解釈の介錯 〜最高裁令和2年3月24日判決

 課税庁におもねりまくった激弱判決があったり。

虚弱判決(その1) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)

 「納税者の予測可能性」云々を言ったところで、裁判所の解釈ポリシーが一貫していないんじゃ絵に描いた餅じゃん、というのが、これまでの本ブログでの問題意識。
 「近時の裁判所は文理を重視してくれるから大丈夫」などとは私にはとても言えない。否認規定がない場面であっても、制度趣旨からファントム要件を追加したり、制度濫用といったりしているわけで。


 給与課税する理屈としては、税法レベルでの例外則の発動と、信託法レベルで信託を無効とすることが考えられます。

 税法レベルでの例外則というのは、法人課税信託を逆手に取った使いっぷりを「制度の濫用」と評価することです。「租税法律主義の下で濫用法理なんて使えるの!?」と思うかもしれませんが、すでに前科があるのでありえないことではないです。

 他方で、信託法レベルでは、本件スキームにおける信託を無効と解釈することが考えられます。
 すなわち、本スキームにおける信託契約では、必然的に受託者が委託者である発行企業の言いなりになるよう設定せざるをえません。たとえば、どの役職員にどれだけ分配するかは受託者側で判断することはできず、もっぱら発行企業側の独断で決定することになるはずです。
 この点をとらえて、受託者の権限が弱すぎる/委託者の権限が強すぎる信託は無効だという主張することが考えられます(受動信託・名義信託)。税法学において「私法上の法律構成による否認論」と呼ばれているもののお仲間になるでしょうか。
 スキーム屋さんの中には、これを避けるために、受託者の権限を弱める/委託者の権限を強める条項を本契約とは別の紙で設定することを考える人がいるかもしれません(これは単なる邪推です)。

 もしかすると、これらの点について一般論として本格展開するわけにもいかない、ということで、上記Q&Aでは完全沈黙しているのでしょうか。
 これら理屈の性質上、個々の事案ごとに判断せざるをえません。ので、訴訟において立ち向かってきた納税者に対してのみ、個々の事案ごとに相応しい理論構成をして各個撃破していく、というのが国税庁の方針なのかもしれません。

 と、給与課税とするための道具立てはいくつか用意されているのであって。「租税法律主義」「文理解釈」などというお題目だけで一点突破できると思っているとしたら、あまりにも純情すぎて羨ましい。私自身も、租税法の教科書の序章とか第一章を読んでいるあたりでは、そんな気持ちでしたよ。


 以上、信託型ストックオプションというハイカラな素材を扱っておきながら、自分の語れる範囲に無理やり持ってくるという悪い例(牽強付会)。

◯ 2023/7/10加筆
 7月にQ&Aが改訂されまして。

 ストックオプションに対する課税(Q&A)令和5年7月最終改訂

 「問12」で信託SOが適格SOとして認められるための要件が列挙されています。
 が、「税制適格の信託SO」なんて独自の旨味はないわけで。これは信託SOを発行ずみの企業が適格SOに逃げるための遣り口を指南してあげているということなんでしょう。

 これ、ノーマルの適格SOの要件をそのまま信託型に横流ししたような書きぶりになっており。信託かましているのに、ノーマル適格SOのアナロジーでそのままはめ込んでもいいのか、疑問が無くはないです。
 まあ、国税庁がオフィシャルで認めてくれている以上、これは正しいものとして進めてもいいんでしょう。

 ちなみに、

@ 信託型ストックオプションに係る信託契約において、原則として、信託の受託者が自身の判断で、そのストックオプションの行使又は第三者への譲渡をすることができないとされていること。

と、ノーマルの適格SOにない要件が付け加わっているのは、「受託者言いなり信託」なら信託かましていることを無視してもいい、という理解が前提となっているんでしょうかね(名義信託の問題)。
 例によって結論しか書いていないので、そのあたりはよくわかりません。
posted by ウロ at 10:20| Comment(0) | 所得税法