2023年10月30日

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その5) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編40)

 前回までで省略した「特定課税仕入」と《インボイスいらない特例》の関係について、一応確認しておきます。

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その4) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編39)

 事業者向け/消費者向け電気通信利用役務の提供については、以前に条文構造を整理したことがあります。

【電気通信利用役務の提供とインボイス】
電気通信利用役務の提供の構造1 〜消費税法の理論構造(種蒔き編13)
電気通信利用役務の提供の構造2 〜消費税法の理論構造(種蒔き編14)
偽装リバースチャージとしてのインボイス制度 〜消費税法の理論構造(種蒔き編15)

 その際は、帳簿・請求書に関する規律は省略していました。ので、今回はその補完となります。


 まず、インボイス「前」の旧法。法30条1項の規律から確認します。

法30条1項
 ・国内課税仕入
  課税仕入れに係る消費税額
  (当該課税仕入れに係る支払対価の額に百十分の七・八を乗じて算出した金額)
 ・特定課税仕入
  特定課税仕入れに係る消費税額
  (当該特定課税仕入れに係る支払対価の額に百分の七・八を乗じて算出した金額)
 ・輸入仕入
  保税地域からの引取りに係る課税貨物につき課された又は課されるべき消費税額


 以前確認したとおり、旧法では通常の国内課税仕入(以下、「通常の」は略)と同じ計算式となっていました。
 次に7項。

 法30条7項
  原則:帳簿及び請求書 保存必要
  例外:帳簿のみ保存必要。
     少額、特定課税仕入、その他の政令で定める場合 →令49条1項


 原則は帳簿・請求書が必要だが、特定課税仕入は帳簿のみでOKだと。
 法にそのものずばり「特定課税仕入」と明記されているものの、「その他の」となっているため、一応、政令を確認しなければなりません。

 令49条1項 帳簿のみの保存でよい場合
   三 特定課税仕入


 まあ、書いてあるわけです。
 国内課税仕入のように、通達にまではみ出すこともなく、これで完結しています。


 これがインボイス「後」はどうなったかというと。

 法30条1項
 ・国内課税仕入
  国内において行つた課税仕入れに係る消費税額
 (当該課税仕入れに係る適格請求書の記載事項を基礎として計算した金額
  その他の政令で定めるところにより計算した金額)
 ・特定課税仕入
  国内において行つた特定課税仕入れに係る消費税額
 (当該特定課税仕入れに係る支払対価の額に百分の七・八を乗じて算出した金額)
 ・輸入仕入
  保税地域からの引取りに係る課税貨物につき課された又は課されるべき消費税額


 旧法と比べて、国内課税仕入のみ計算式が変更となりました。
 次に7項。

 法30条7項
  原則:帳簿及び請求書等
  例外:帳簿のみ。困難、特定課税仕入、その他の政令で定める場合 →令49条1項


 相変わらず「特定課税仕入」は法に明記されているものの、やはり「その他の」なので政令を確認する必要があると。

 令49条1項 帳簿のみの保存でよい場合
  ニ 特定課税仕入


 まあ書いてありますよね。旧1号の「3万円未満」がなくなったせいで、3号から2号に繰り上がっただけです。
 国内課税仕入についての1号にはごちゃごちゃ小賢しいことが書かれているのに対して、2号はこれだけ。


 国内課税仕入があれやこれや変更があったのに対して、特定課税仕入については何も変わっちゃいない、ということが分かりました。
 30条7項で一旦原則どおり帳簿・請求書が必要としておきながら、括弧書き→政令で「特定課税仕入」は帳簿のみでOKとする構成も旧法どおり。

 が、30条9項にいう請求書は、「課税資産の譲渡」を行った場合に発行するものとされています。他方で、「特定資産の譲渡」は、2条の定義上は「課税資産の譲渡」に含まれていることにされていながら、5条で「課税資産の譲渡」から除外されています(一部除く)。
 なので、30条7項で一旦請求書を必要とする、という所作が無駄なんじゃないかと感じてしまいます。特定課税仕入と9項の請求書は無関係なわけで。

 旧法では1項の計算式が同種だったからまだ分かります。が、新法では計算式が大きく別れてしまったわけで。7項も「国内課税仕入」と「特定課税仕入」とで書き分けをすればよかったんじゃないかと。

 まあ、単に条文の書きぶりの問題で、結論には何の影響もありません。なんかしっくりこないというだけの話。


 「特定課税仕入」について、「委任立法」という観点からは特に問題がないことが分かりました。
 次回では、なぜ「特定課税仕入」はインボイス無しでよいのか、という点について検討します。

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その6) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編41)
posted by ウロ at 11:27| Comment(0) | 消費税法

2023年10月23日

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その4) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編39)

 消費税法30条7項と同法施行令49条1項の関係について、前者が委任する法律、後者が委任される政令であり、いわゆる「委任立法」と呼ばれるものにあたります。ではあるのですが、税法分野で委任立法の問題が論じられるの、例の「国民健康保険料」のやつとか、裁判例がある箇所近辺くらいです。

 学者の皆さんの関心事は、外国法(学者)の研究か、国内法でも最高裁判決がある特定の論点に終始しがち。個別具体的な条文について、法律・政令・省令・通達等の規律範囲が適切に分配されているかを総点検する、なんて地に足の付いた研究を展開してくれる税法学者なんて、まあ期待できないわけです。

 仕方がないので、自分なりに、法30条7項と令49条1項の委任/受任関係について、検討をしてみることにします(以下、単に「法律」、「政令」と省略します)。

 なお、旧法では通達に規定されっぱなしだった「やむを得ない理由」が、新法では「困難な場合」として政令・省令で規定することにしたの、旧法における規律分配のままでは不適切、という判断があったからだと思います。ただ、以下では新法における委任/受任の関係のみ検討し、「旧法→新法」での規律分配の変化については触れません。

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編36)
条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編37)
条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編38)


 まず法律は、請求書がいらない「場合」について、次の通り規定しています。

法30条7項
 (請求書等の交付を受けることが困難である場合、特定課税仕入れに係るものである場合その他の政令で定める場合における当該課税仕入れ等の税額については、帳簿)


 ここで「その他の」とあることから、
  1 困難である場合
  2 特定課税仕入れに係るものである場合
  3 その他の(政令で定める)場合
のすべてについて、政令に委任していることになります。

 これを受けた政令の側では、次の通り規定しています。

令49条1項
 一 次の課税仕入
  イ 船舶、バス、電車・軌道(3万円未満)
  ロ 入場券(簡易インボイス回収される)
  ハ 下記の者が適格者以外から棚卸資産として買い取った場合
    1 古物商 古物
    2 質屋営業 質物
    3 宅建業 建物
    4 再生資源業 再生資源
  ニ 請求書を受けることが困難として財務省令で定める場合 →規15の4
 ニ 特定課税仕入


(なお、1号ニが、省令に「再委任」していることの適法性についても論点となりますが、こちらは「困難」な場合に限定して再委任しているので、問題ないこととしておきます。)

 2号の「特定課税仕入」については、法律との対応関係は明確です。
 他方で、1号は「困難である場合」を列挙したものなのか、それとも困難な場合とは別の場合を定めたものなのかがはっきりしません。


 (その2)では、1号ニが「イからハまでに掲げるもののほか」として、省令に困難である場合を再委任しているという書きぶりから、イからハも「困難である場合」を定めているものと理解しておきました。

1号ニ
 イからハまでに掲げるもののほか、請求書等の交付又は提供を受けることが困難な課税仕入れとして財務省令で定めるもの


 このうちロについては、簡易インボイスが一旦発行されているものの回収されてしまうということなので、「交付」を受けるのが困難というよりも「保存」が困難という気がします。が、法律の書きぶりからすると「交付を受けるのが困難だから保存できない」と交付と保存を連動させているように読めるので、「交付」を受けるのが困難と理解してもよいのでしょう。

 また、イについては、昨今のICカードの普及具合からすれば、インボイスを要求してもよさそうではあります。他の場合との比較ということでいうと、「ETC」などは全取引についてインボイス必要となっているわけで(案の定、「勝手に緩和Q&A」がでましたが)。
 これを正当化するとしたら、まだ「紙の切符」が存在する以上、そちらに合わせて、保存→交付が困難としてインボイス不要にしておく、という説明が可能でしょうか。

 問題がハです。
 この規定自体はすでに検討ずみです。が、今回は「委任立法」という観点からの検討となります。

《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編33)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編34)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編35)


 旧法では「やむを得ない理由」と言っていたものを、新法で「困難である場合」と言い換えたの、邪推するに、同じ文言のままでは旧通達11-6-3で認められていた「交付請求したが受けられなかった」といった場合を排除しにくいからではないかと思われます。
 旧法で「やむを得ない理由」だったものが、新法で「やむを得ない理由」でなくなるなんて不自然でしょう(まあ、法律(定義規定)で書き分けさえすれば、同じ用語でも中身はどうにでもできるところではありますが)。

 ところが、せっかく文言を変えて例外ルールを厳格化しようとしたはずなのに、旧通達では例示列挙されていなかった古物商等を「困難である場合」としてわざわざ政令に追加計上しています。旧法で対応するものといえば、「住所省略できる規定」(旧令49条1項→通達11-6-4)の中に「再生資源卸売業+準ずるもの」として挙げられていたに過ぎないものでした。

 「準ずるもの」にすぎなかった古物商等が、厳重なインボイス制度下において、名前が与えられて政令に鎮座するなんて、ものすごい出世ですね。


 で、ハは「困難である場合」を列挙したものと理解してよいかどうかです。

 この点、ハの特例のイカれっぷりを表しているのが、「適格者以外から」という要件を課していることです。「仕入税額控除を厳格化することで益税を撲滅しよう」という流れとは、完全に逆行しています。

 そもそも「非適格者」からインボイスをもらうのは「不可能」であって、これを「困難」と呼ぶのは文言上無理があります。というか「非適格者からの仕入」なんて、「困難である場合」に言い換えることによって排除しようとした、ド本命の益税発生源なはずです。

 仮に、非適格者からインボイスをもらえないことをもって「困難」だというのならば、次の場合はどうなるのか。

 1 免税事業者⇒古物商  古物を買取る  ←インボイスもらうの困難です!
 2 免税事業者⇒古物商  喫茶店で打合せ  ←???


 対比のために、2も買手をあえて古物商にしてみましたが、別に古物商でなくてもよいです。何の変哲もない「免税事業者からの仕入」であり、インボイス推進派の方々が親の仇のごとく憎しみを向けていたもの、そのものです。

 ですが、古物商が免税事業者から古物を買い取る際にインボイスをもらうのが「困難」だと表現するのであれば、古物商が免税事業者の営む喫茶店で打合せをした場合にも、同じようにインボイスをもらうのが「困難」だと言わなければおかしいでしょうよ。


 そうだとすると、古物商等特例を正当化するためには、ハは「困難である場合」とは別の「その他の場合」を列挙したものだと言うしか逃げ道はなさそうです。
 が、「その他の場合」を「困難である場合」とは別物だと位置づけてしまうと、今度は法律が政令に《白紙委任》したことになってしまいます。

 というのも、委任立法が許容される条件として、法律が《個別的・具体的》に委任をしなければなりません。そこで、法律にいう「その他の」の意味を、「困難である場合かあるいはそれに類するもの」といった具合に限定できるのであれば、委任立法は許容されるはずです。

 ところが、「その他の」を法律に掲げられた「困難」から切り離してしまうと、法律に「その他の」の中身を限定しうる取っ掛かりが何ひとつ存在しないことになってしまいます。政令が、いかなる場合を請求書不要と定めたとしても、およそ委任の範囲を逸脱することがないことになります。
 このような事態は委任立法に関する、特に税法に対しての一般的な理解からは、許されないことになるのではないでしょうか。


 あるいは、《インボイスいらない特例》は、請求書必要という制限ルールを解除するいわば《受益ルール》だから、白紙委任でも許されるということでしょうか。
 が、「受益ルールはフリーハンド」を許容してしまうと、特定業種のみに受益を付与するようなルールを政令が規定した場合に、それを統制する根拠がないことになってしまいます。たとえば、『建設業許可を受けた建設業者が一人親方に支払う報酬はインボイス不要』みたいなルールを定めても、何の問題もないということになります。

 また、請求書必要という原則ルールを無意味にするほど広範な例外ルールを定めたとしたら、それも問題でしょう。現に、インボイス制度は「益税排斥」を旨として、鳴り物入りで導入されたはずなのに、《古物商等特例》によれば、積極的に「非適格者からの仕入」であることを確認した上で控除できることになってしまっています。
 『一見白紙委任に見えても、制度全体の趣旨から委任の限度が読み取れればOK』という緩めの見解からしても、「益税排斥」と真っ向からぶつかる特例を許容するのは無理があります。

 という次第で、「受益なら委任自由」というわけにはいかないのではないでしょうか。


 こういった問題があるにもかかわらず、誰も何も騒ぎ立てることもなく。《インボイスいらない特例》の一味として、何食わぬ顔で並べられています。私が勝手に問題を作り出しているだけで、もはや議論すべきものでも何でもないということでしょうか。

 まあ、委任立法として問題があるとしても、受益ルールの場合に誰がどうやって争うのか、という手続法上の問題が残るのですが。

 委任立法という観点からしても、正当化しがたい「古物商等特例」。やはり、シンプルに《益税特権》として捉えるしかないのでは。

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その5) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編40)
posted by ウロ at 11:21| Comment(0) | 消費税法

2023年10月16日

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編38)

 前2回で検討したインボイス前後の《請求書いらない特例》の条文構造について、比較をしてみます。

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編36)
条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編37)

 あくまでも構造分析で、中身には深く立ち入りません。

※令和6年3月30日に、R5告示第26号→R6告示第10号に改正入っていますが、従前のまま記述します。
消費税法施行令第49条第1項第1号に規定する国税庁長官が指定する者を定める件の一部を改正する件

【請求書いらない特例(インボイス前)】
 ア 請求書不要+住所必要 令49条1項
 イ やむを得ない理由   通11-6-3(委任なし)
 ウ 住所省略できる    令49条1項→通11-6-4(委任あり)
 エ 氏名省略できる    令49条2項

【請求書いらない特例(インボイス後)】
 ア 請求書不要+住所必要 令49条1項
 イ 困難である場合    令49条1項+規15の4
 ウ 住所省略できる    令49条1項→告示26(委任あり)
 エ 氏名省略できる    令49条2項→告示26(委任あり)
 ※通11-6-3は廃止、通11-6-4は告示26へ移行。


 一見して違いが分かるのがイです。
 請求書を不要にできる場合について、従前は通達だけに規定されっぱなしだったものを、政令・省令に取り込んだことになります。ただ、政令に列挙されている「場合」と省令に列挙されている「場合」とで、何か質的な違いがあるのかどうかは、よく分からないところですが。

 結果、インボイス後は政令及び明示の委任の範囲内で一連のルールがカバーされたことになります。
 もちろん、細かい解釈通達は残っています。が、インボイス前のように、政令の委任も無しに「やむを得ない理由」の中身を通達が勝手に定めるなどという、ド派手なものはなくなりました。


 次に帰結の違いです(記載必要◯、記載不要×)。

【請求書いらない特例(インボイス前)】
  帳簿のみ  理由 住所 氏名
  自販機   ◯  ◯  ◯  通11-6-3
  入場券   ◯  ◯  ◯  通11-6-3
  不交付   ◯  ◯  ◯  通11-6-3
  未確定   ◯  ◯  ◯  通11-6-3
  準ずる理由 ◯  ◯  ◯  通11-6-3
  電車等   ◯  ×  ◯       令49条1項→通11-6-4
  郵便役務  ◯  ×  ◯       令49条1項→通11-6-4
  出張等   ◯  ×  ◯       令49条1項→通11-6-4
  再生資源等 ◯  ×  ×       令49条1項→通11-6-4、令49条2項


 電車等以下については、「やむを得ない理由」として個別に列挙されていません。記載事項省略ルールの中だけに出てきます。これについては「準ずる理由」に含まれるという理解を示しておきました。
 「準ずる理由」というオープンな規定があるおかげで、請求書不要となる理由を広範に取り込むことが可能になっていたわけです。

 また、住所省略ルールと氏名省略ルールとは、別々の規律として規定されていました。

【請求書いらない特例(インボイス後)】
  帳簿のみ  理由 住所 氏名
  交通機関  ◯  ×  ◯  令49条1項、令49条1項→告示26
  入場券   ◯  ◯  ◯  令49条1項
  古物商等  ◯  △  △  令49条1項、令49条1項・2項→告示26
  再生資源  ◯  △  △  令49条1項、令49条1項・2項→告示26
  自販機   ◯  ◯  ◯  規15の4
  郵便ポスト ◯  ×  ◯  規15の4、 令49条1項→告示26
  出張等   ◯  ×  ◯  規15の4、 令49条1項→告示26


 「準ずる理由」のようなオープンな事由がなくなり、「不交付」や「未確定」についても規定が無くなりました。「困難な場合」が政令・省令で完結することになってしまったため、ここに規定されていないものを「困難な場合」だと主張することは(少なくとも文言上は)不可能となっています。

 住所・氏名省略ルールについては、いずれも告示26号に委ねることになっています。
 ただ、氏名を省略できるのが不特定かつ多数から「買う」場合に限られているので、古物商等と再生資源(のうち業務台帳に記載しない場合)だけが、住所・氏名とも省略できることになっています。

 インボイス前後で比較すると、「古物商等」「再生資源」は、インボイス前後いずれでも最優遇されていることが分かります。「古物商等」なんて、インボイス前は再生資源に「準ずる事業」扱いだったものが、わざわざ独立のカテゴリとして新設されています。

 また、「自販機」は、インボイス前後いずれでも住所を省略できないことになっています。通11-6-4を告示26に移行するタイミングで「自販機」を加えてあげればよかったのに、と思うのですが。
 なぜか自販機に厳しい(いやまあ、コインパーキングなどにはもっと厳しいわけですが)。


 インボイス後は、「困難」なら何でもかんでもインボイス不要とはなっておらず。政令・省令に限定列挙されている事情に該当しなければなりません。
 そうすると、困難な中でなぜそれら事情だけがインボイス不要とされているのか、その正当化根拠が求められることになるはずです。

  そのような観点から整理すると、次のようになるでしょうか。

 1 交通機関(免除)、郵便ポスト(免除) →どうせ適格者だから
 2 入場券 →一度発行はされているから
 3 自販機(免除) →適格者かどうか区別してられないから?
 4 出張等(不可) →利用先はほとんど適格者だから?
 5 古物商等・再生資源(不可) →????

 「免除」とあるのは売手側が発行免除されているもの、「不可」とあるのは発行が不可能なものです。
 1、2が正当なのはよいとして。3あたりから微妙になってきます。

1 交通機関(免除)、郵便ポスト(免除)
 発行免除されているのだから、当然保存しなくてもよいはず、という形式論はさておき。実質的な根拠としては、どうせ適格者なんだから「課税なき控除」は生じないから、ということでよいのでしょう。

2 入場券
 こちらは簡易インボイスが発行されていることが前提となっているので、手元になくても問題ないでしょう。

3 自販機
 自販機がインボイス不要とされること自体はよいのでしょうが。
 この特例の問題は、コインパーキングなどはインボイスを発行するためのコストを掛けなければならないのに自販機はそれが不要となる、という違いを正当化できるのか、という点にあります。
 買手側からしても、面倒くさいことに変わりはないですし。

4 出張等
 これが発行不可なのは、あくまでも支払先は「使用人等」とされているからです。
 出張日当ならまだしも、実費精算する場合でもインボイス不要となるわけで、このことに正当性があるのかがよく分かりません。

5 古物商等・再生資源
 これについては全く根拠が思いつきません。
 要件としても、積極的に「非適格者」からの買取であることを確認した上で控除できるとしているわけで。やはり特定業種だけに与えられた《特権》だと捉えるしかないのではないでしょうか。


 ということで、次回は「委任立法」という観点から、法30条7項と令49条1項との関係について、検討をしてみます。これについては、前回も引用した下記書籍を読んだ影響によるものです(すぐ影響される)。

 興津征雄「行政法I 行政法総論」(新世社2023)

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その4) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編39)
posted by ウロ at 10:06| Comment(0) | 消費税法

2023年10月09日

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編37)

 では、インボイス施行後の《請求書いらない特例》は、どのように変容しているでしょうか(通達については、基本通達へ組込み後の状態を前提とします)。

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編36)

※令和6年3月30日に、R5告示第26号→R6告示第10号に改正入っていますが、従前のまま記述します。
消費税法施行令第49条第1項第1号に規定する国税庁長官が指定する者を定める件の一部を改正する件




 帳簿及び請求書等が必要だという法30条7項の原則自体は同じです。ただ、請求書等の中身が1項に従い「インボイス」になりました。

 法30条7項
  原則:帳簿及び請求書等
  例外:帳簿のみ。困難、特定課税仕入、その他の政令で定める場合 →令49条1項


 大幅に変わったのが「帳簿のみでOK」の例外規定のほうです。
 従前の「少額・特定課税仕入・その他の政令で定める場合」が「困難・特定課税仕入・その他の政令で定める場合」となりました。

 これだけだとそこまで大きな変化ではないと思うかもしれません。が、委任を受けた令49条1項もあわせてみていただくと、お分かりいただけるかと。

 令49条1項 帳簿のみの保存でよい場合
  一 次の課税仕入
   イ 船舶、バス、電車・軌道(3万円未満)
   ロ 入場券(簡易インボイス回収される)
   ハ 下記の者が適格者以外から棚卸資産として買い取った場合
     1 古物商 古物
     2 質屋営業 質物
     3 宅建業 建物
     4 再生資源業 再生資源
   ニ 請求書を受けることが困難として財務省令で定める場合 →規15の4
   原則:帳簿に困難な事情+「住所」を記載する
   例外:帳簿に困難な事情のみ記載。「住所」を省略できる 国税庁指定 →告示26
  ニ 特定課税仕入

 規15条の4 請求書を受けることが困難な場合
  一 自販機(3万円未満)、郵便ポスト
  ニ 出張・転居 通常必要(非課税部分に限る) 使用人等
  三 通勤手当 通常必要(非課税部分に限られない) 通勤者


 旧政令では、「やむを得ない理由」の中身を何も規定せず、旧通達11-6-3が勝手に充填していました。
 これが新政令では、政令自身で規定+省令(規15条の4)に委任という体制になりました。いずれも限定列挙として記述されているので、「困難である場合」を勝手に広げることはもはやできません。
 たとえば、「適格者なのにインボイスを交付してくれない」という場合、旧通達なら「やむを得ない理由」ありとなったところですが、インボイス制度のもとでは「困難である場合」には当たらないということになってしまいます。

 なお、1号のイロハが「困難である場合」を列挙しているのか、それとも困難である場合とは別の「その他の」ものとして列挙しているのか、はっきりしません。が、同号ニが「イからハまでに掲げるもののほか」と書かれていることから、イロハも「困難である場合」を列挙していると理解しておきます。


 他方、「住所」省略規定については、引き続き国税庁長官の指定に委ねることになっています。
 なんでかはよく分かりませんが、基本通達へは編成せず、単独の告示(国税庁告示R5第26号)として出されています。

 告示26号 困難である場合で帳簿の「住所」の記載を省略できる場合
  一 船舶、バス、電車・軌道(3万円未満)
  二 郵便ポスト
  三 出張・転居、通勤手当
  四 古物商、質屋、宅建(業務帳簿に氏名・住所を記載しなくてよい場合に限る)
  四 再生資源(事業者以外からの買取に限る)


 なお、「告示」の法源性については、興津征雄先生の丁寧な解説をご参照ください。

 興津征雄「行政法I 行政法総論」(新世社2023)

 告示26号については、通達に組み込まれていた旧法時代からすでに法源性を有していたのか、それとも新法で告示として独り立ちした時点から法源性を備えたのか。どちらなのかよく分かりませんが、わざわざ告示として独立させたというのは、法源性を明確にするためなんでしょうかね。

 旧:政令⇒旧通達11-6-4
 新:政令⇒告示


 帳簿の記載事項についての例外規定が別ラインなのは従前どおりです。もちろん、中身は変容しています。

 まず、原則部分については法30条8項が定めています。

 法30条8項 帳簿の記載事項
  原則:仕入先の「氏名」を記載する


 この「氏名」についての例外が令49条2項と3項に規定されています。

 令49条2項
  例外:告示26号のうち不特定かつ多数 帳簿の「氏名」を省略できる
 令49条3項
  例外:卸売市場、媒介者、執行機関の「氏名」とすることができる


 2項は省略できる規定、3項は置換できる規定となっています。
 3項について、以前検討したとおり、《媒介者交付特例》は専ら売手側の特例であって。買手にとってはただ置き換わるだけのもの止まりです。

《媒介者交付特例》がキモいのだが(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編30)
《媒介者交付特例》がキモいのだが(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編31)
《媒介者交付特例》がキモいのだが(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編32)

 2項では、「住所」省略規定である告示26号をお借りしているのですが、「不特定かつ多数」という絞りがかかっているので、古物商等や再生資源が該当することになります。


 ということで、以上の規律をそのまままとめると次の通り。
 ◯は記載必要、×は記載不要です。

 帳簿のみ  理由 住所 氏名
 交通機関  ◯  ×  ◯
 入場券   ◯  ◯  ◯
 古物商等  ◯  △  △
 再生資源  ◯  △  △
 自販機   ◯  ◯  ◯
 郵便ポスト ◯  ×  ◯
 出張等   ◯  ×  ◯

 △とあるのは、省略できる場合とできない場合があるということです。
 氏名省略までできるのは、古物商等と再生資源(の一部)だけとなります。

 なお、Q&Aをみるとあたかも、入場券は「入場券等」とだけ追加すればよい、自販機の場合は「◯◯市 自販機」と住所まで追加する必要がある、と書いてあるように読めてしまいます。
 が、これはそれぞれ、「理由」の記載例と「住所」の記載例を別々にあげてあるだけです。入場券の場合も住所を追加する必要があるわけですが、ここの記述だけでは読み取りづらい。

 言わずもがな、自販機の場合も、原則どおり仕入先の「氏名」を記載する必要があるわけですが、立案者的には、これをどうやって遵守してもらうつもりなのでしょうか。


 ということで、次回、インボイス前後の構造の変化についてみていきます。

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編38)
posted by ウロ at 11:27| Comment(0) | 消費税法

2023年10月02日

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編36)

 タイトルほどには大層なものではなく。
 Q&Aなどでは横並びで記述されがちな《インボイスいらない特例》について、条文の書きぶりを確認しようというものです。

 まずは、インボイス施行前がどうだったかを分析し、次回でインボイス施行後の姿を分析します(個々の条文引用はしませんので、各自でご確認ください)。


 まず、(旧)法30条7項で、仕入税額控除にあたっては、帳簿及び請求書等(以下、等は略します)の保存が必要であることが規定されています(以下、「旧」は省略)。ただ、同項の括弧書きのなかで、
 ・少額
 ・特定課税仕入れ
 ・その他の政令で定める場合
は、帳簿のみ保存でよいとされています。

 法30条7項
  原則:帳簿及び請求書 保存必要
  例外:帳簿のみ保存必要。
     少額、特定課税仕入、その他の政令で定める場合 →令49条1項


 委任を受けた令49条1項では、次のものを帳簿のみ保存でOKとしています。

 令49条1項
 一 3万円未満
 二 3万円以上 交付を受けなかったことにつきやむを得ない理由があるとき →通11-6-3
         原則:帳簿にやむを得ない理由+「住所」を記載
         例外:帳簿にやむを得ない理由のみ記載。「住所」を省略できる
            国税庁指定 →通11-6-4
 三 特定課税仕入


 3万円未満は無条件でOK、3万円以上は帳簿に「やむを得ない理由」と仕入先の「住所」を追記する必要があると(特定課税仕入は以下省略)。
 また、国税庁長官の指定がある者からの仕入の場合は、「住所」の追記は不要とされています。


 なお、法の「その他の」の使い方に若干の違和感があります。
 というのも、通常「その他の」を使う場合は、『警察、消防その他の公的機関』のように、何かしら共通の性質をもつものを包含する関係になっていることが多いからです。が、令の1号〜3号を見れば分かるように、ここでは単に請求書不要の場合が寄せ集められているだけで、『公的機関』のような共通項が見いだせません。
 強いて言えば、「その他の政令で定める場合」の『場合』が共通項だということになります。

 もちろん、単に違和感があるというだけで、間違っているわけではありませんが。


 「やむを得ない理由」の中身について、政令には記載がなく、通達11-6-3が勝手に中身を敷衍しています。
 「勝手に」というのは、住所省略できる場合の通達11-6-4とは異なり、政令が正面から委任していないからです。

 で、「やむを得ない理由」の中身についての通達から先に触れると、次の通りとなっています。

 通11-6-3 交付を受けなかったことにつきやむを得ない理由があるとき
  1 自販機
  2 入場券(回収される)
  3 交付請求したが、受けられなかった
  4 確定していない
  5 その他これらに準ずる理由


 政令なり省令に編成されていてもおかしくない中身ですが、通達のままで役割を終えました。

 次に、帳簿の「住所」を省略できるのは、次の場合となります。

 通11-6-4 帳簿の「住所」を省略できる場合(国税庁指定)
  1 汽車、電車、乗合自動車、船舶又は航空機
    一般乗合旅客自動車運送事業者・航空運送事業者
  2 郵便役務
    郵便役務提供者
  3 出張旅費、宿泊費、日当及び通勤手当
    使用人等
  4 再生資源卸売業+準ずるもの(不特定かつ多数)
    買取の相手方


 この通達で、いまいちしっくりこない点がふたつ。

 ひとつは、通達11-6-4に列挙されているのは、「やむを得ない理由」がある場合であることが前提になっているはずです。が、これらは11-6-3の「やむを得ない理由」には列挙されていません。
 これらは、5の「準ずる理由」に含まれていると読めばよいのでしょうか。

 もうひとつは、1であがっている「者」が乗合自動車と航空だけで、汽車・電車と船舶に対応する「者」が抜けている点です。なんか私が見落としているだけでしょうか。


 これらとは別ラインで、帳簿の記載事項についての例外規定があります。

 まず、原則が30条8項です。

  法30条 8項
  帳簿の記載事項 原則:仕入先の「氏名」を記載する


 この「氏名」についての例外が令49条2項と3項に規定されています。

  令49条2項
   例外:再生資源卸売業+準ずるもの(不特定かつ多数) 帳簿の「氏名」を省略できる
  令49条3項
   例外:帳簿の「氏名」を媒介者等とすることができる


 2項は省略できる規定、3項は置換できる規定となっています(置換は以下略)。

 通達11-6-4の4と令49条2項のどちらが先なのかまでは調べていませんが(同時?)、再生資源卸売業等だけが、氏名省略と住所省略の両方に含まれていることになっています。


 さて、これら規律を単純にまとめると次のようになります。
 ◯は記載必要、×は記載不要です。

  帳簿のみ  理由 住所 氏名
  自販機   ◯  ◯  ◯
  入場券   ◯  ◯  ◯
  不交付   ◯  ◯  ◯
  未確定   ◯  ◯  ◯
  準ずる   ◯  ◯  ◯
  電車等   ◯  ×  ◯
  郵便役務  ◯  ×  ◯
  出張等   ◯  ×  ◯
  再生資源等 ◯  ×  ×

 再生資源等だけが住所・氏名とも省略可能ということになっています。
 が、実務的な感覚からすれば、その他に関してももっと緩めだったのでは、という感じがするのではないでしょうか。

 「やむを得ない理由」そのものについては通達11-6-3がオープンな書きぶりになっているので、広げて読むことも可能です。他方で、(政令委任ありの)「住所」省略規定(通達11-6-4)と、「氏名」省略規定(令49条2項)については限定列挙になっているため、こちらは融通無碍に拡張することは困難です。

 にしても、《請求書いらない特例》の要件の根幹たる「やむを得ない理由」の中身について、法令が何らの定めもしておらず、通達に勝手に規定されるがままだったということであり。インボイス前の仕入税額控除制度、ずいぶん緩やかな体制だったということが分かるのではないでしょうか。


 というように、《請求書いらない特例》は法律、政令、通達が渾然一体となって一連のルールを形成しているのであって。正確な理解をするには、ひとつひとつ紐解く必要があります。

 次回、これと同じノリでインボイス施行後の《インボイスいらない特例》を検討します。

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編37)
posted by ウロ at 09:33| Comment(0) | 消費税法