2023年12月25日

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その6) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編41)

 あいだを開けてしまいましたが。
 前回は、「特定課税仕入」についての《インボイスいらない特例》の条文構造を検討しました。通常の課税仕入とは違って、条文構造上は特に問題はないと。

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その5) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編40)

 今回は、ではなぜ「特定課税仕入」の場合にインボイスがいらないとされているか、について検討します。

【電気通信利用役務の提供とインボイス】
電気通信利用役務の提供の構造1 〜消費税法の理論構造(種蒔き編13)
電気通信利用役務の提供の構造2 〜消費税法の理論構造(種蒔き編14)
偽装リバースチャージとしてのインボイス制度 〜消費税法の理論構造(種蒔き編15)


 前回述べたとおり、そもそも「特定資産の譲渡」を行っても、売手にはインボイスを発行する権利も義務もありません。
 仮に、売手が「消費者向け」も提供しているということでたまたま「適格者」になっていたとしても、です。「事業者向け」を提供する際には、インボイスを発行する義務がないどころか、親切心でインボイスみたいな何かを発行することもできません。
 買手に対して「テメエで納付しろや!」と通知する義務があるだけ。

 ゆえに、インボイスを発行する/しないという選択肢がそもそも存在しません。
 「形式論」としてはここでお終いなのですが、以下、もう少し実質に踏み込んで検討してみましょう。


 国内仕入に関する厳格形式主義に鑑みれば、特定課税仕入についても、インボイスの代わりに何かしらの「控除証明書」を発行する義務を売手に課す、ということも考えられます。

 が、買手にとって、売手の代わりに「課税」させられるのに、売手から証明書をもらえないせいで「控除」のほうはできないとしたら、さすがに理不尽だとバレてしまいます。

 【悪魔合体(リバースチャージ+インボイス制度)】
   売上:国外事業者の代わりにお前が納付しろよ
   仕入:インボイスをもらえなければ控除はさせないよ

 なので、「特定課税仕入」については何らの書類を要せずに控除できることとしたのでしょう。インボイスがなくても、控除する買手自身が課税されているのであって、《課税=控除》は確保されていることになります。

 【真正(神聖)リバースチャージ】
   売上:問答無用の仕入課税
   仕入:問答無用の仕入控除
  
 課税と控除が一致する、美しい世界線が実現されています。
 

 このことが正当化できるというならば、国内仕入において「非適格者である課税事業者」(以下、「非適格者(課税)」といいます)からの仕入が税額控除できないのは、なぜなのでしょうか(「適格者」がインボイスを発行してくれないとか間違ったインボイスを発行する場合も同じです)。

 【売手:非適格者(課税)×買手:課税事業者(本則)】
   売上:問答無用の譲渡課税
   仕入:インボイスがないから控除不可

 この場面でも、売手:非適格者(課税)は譲渡課税されています。のに、買手側は税額控除できません。課税/控除の主体が分属されているだけで、控除できないと「損税」が発生してしまう、という損益状況は「特定課税仕入」の場合と全く一緒です。

 損益状況が全く同じなのに、主体が別人になった途端、《許せる損税》になってしまうという不可思議現象。

  免税事業者の益税      ←絶許!!!!
  特定課税仕入による損税   ←よくないよね。
  非適格者(課税)による損税 ←(無言)・・。


 リバースチャージにおいては、譲渡にかかる税額も仕入にかかる税額も、「買手」側で計算することになっています。

 インボイス推進派の方々の中には、インボイス制度を説明するにあたって『売手だけが正しい税額を計算することができる、インボイスは「控除証明書」である、なので買手が勝手に書き換えることは許されない。』というような感じのことを宣わっている方もいます。
 が、リバースチャージでは「買手」が税額計算をすることになっているわけで、そのような前提は存在しません。

 そもそも、売手がインボイスの税率や税額を間違えて記載していた場合には、買手が税務処理の修正を余儀なくされます。買手は、売手作成のインボイスを鵜呑みにして自社の処理をすることが許されていません。

  法令 = 売手のインボイス = 買手の税務処理  ←控除できる

の場合だけ、めでたく税額控除ができ、

  法令 ≠ 売手のインボイス = 買手の税務処理  ←控除できない

と、売手の間違ったインボイスを鵜呑みにして買手が処理した場合には、控除ができないことになっています。売手作成のインボイス記載事項は、買手にとって単なる参考事項にすぎず、その内容が正しいかどうかは自分で判断しなければなりません。

 民法でいうところの《公信力》や行政法でいうところの《公定力》みたいなものは、インボイスには備わっていないということです。
 買手はインボイスの記載を信じて処理してよい、間違いがあった場合は売手と課税庁との問題として処理する、というような制度にはなっていないのであって。とてもじゃないが「控除証明書」なんてご立派なものではない。

 「課税と控除が両輪駆動する」とか「重低音がバクチクする」みたいな、現代なら「※イメージです。実際の商品とは異なります。」と注意書きが挿入される感じの宣伝文句。


 という具合で、「リバースチャージ」だけが、現行消費税法の中で純粋に《課税=控除》を実現できる唯一絶対の領域だ、と思ったのですが。

 残念ながら「用途区分」という貧乏神(from桃鉄)の存在により、リバースチャージですら、控除額が削られることになっています。

  【悪魔合体(リバースチャージ+用途区分)】
   仕入:国外事業者の代わりにお前が納付しろよ
   仕入:非課税対応なら控除させないよ

 上記でリバースチャージに「真正(神聖)」という修飾を加えたのは、「用途区分」に侵食されない綺麗な状態に限り、という限定を加える趣旨からです。

 もはや、現行消費税法の中に、混じり気のない《課税=控除》が実現できる理想郷は存在しないのかもしれません。
 「輸入消費税」は無事か?、とも一瞬考えたのですが、これも「用途区分」の支配下にありました。輸入消費税として直接お国にお納めしているにもかかわらず、非課税対応分は控除できないことになっています。

  【悪魔合体(輸入消費税+用途区分)】
   仕入:問答無用の輸入課税
   仕入:非課税対応なら控除させないよ

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その7) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編42)
posted by ウロ at 11:29| Comment(0) | 消費税法

2023年12月19日

自販機特例の改正(笑) 〜令和6年度税制改正大綱

 新年度の税制改正大綱が出たとて。

令和6年度税制改正大綱(自民党)

 本ブログにおいて、その内容を真面目に記事にする気もなく。するとしても、下記のような変則的な内容であったり。

「合計所得金額」に退職所得は含まれるし含まれない。〜令和4年度税制改正大綱を素材に

 ただ今回は、先日の記事との関係で気になるところがあったので、メモ代わりに。

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編36)
条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編37)
条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編38)
条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その4) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編39)
条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その5) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編40)

P101
(10)一定の事項が記載された帳簿のみの保存により仕入税額控除が認められる自動販売機及び自動サービス機による課税仕入れ並びに使用の際に証票が回収される課税仕入れ(3万円未満のものに限る。)については、帳簿への住所等の記載を不要とする。
(注)上記の改正の趣旨を踏まえ、令和5年10月1日以後に行われる上記の課税仕入れに係る帳簿への住所等の記載については、運用上、記載がなくとも改めて求めないものとする。


 自販機特例が使える場合に、帳簿に「住所等」の記載を求めないことにすると。しかも、今から改正前提で処理しちゃっていいんだって(以下、入場券特例はガン無視)。


 そもそもの話なんですが。

 自販機特例を適用する場合に「住所等」の記載が求められていたの、インボイスができてからではなく。旧法時代からずっと求められていたものであって。なんで今さら改正しようとするのか。
 まあ、旧法時代は「3万円未満」特例があったおかげで、ほとんどがそちらでカバー出来ていたから、ということでしょうか。だとしたら、「3万円未満」特例廃止にあわせて同時に手当てしとけや、という話ですよね。

・旧法
 3万円未満 氏名 3万円未満特例
 3万円以上 氏名+住所 自販機特例
・新法
 3万円未満 氏名+住所 自販機特例
 3万円以上 インボイス+氏名 特例なし


 その点はさておき。
 私が気になるのが、ここでいう「住所等」とは令49条1項でいうところの「住所又は所在地」だけなのかということです。

 というのも、(Q&Aワナビーの方々は誤解されているかもしれませんが)自販機特例を使った場合であっても、原則どおり帳簿には「氏名又は名称」(以下「氏名等」と略します)の記載が必要となっています(法30条8項)。
 「氏名等を省略できるのは古物商等だけ」ということを、上記一連の記事において散々批判の対象としたところ。

 もし、大綱でいう「住所等」に氏名等が含まれていないのだとしたら、当該自販機にかかる「販売者」を確認しそれを帳簿に記載するという作業は、相変わらず必要だということになります(ゴリゴリの建前を語っています)。

 これ、「住所等」のほうは、国税庁Q&A様が「◯◯市」程度の購入場所でよいと仰ってくれているので、面倒とはいえすぐに分かることです。他方で「氏名等」のほうは、当該自販機の「販売者」を探し当てなければなりません。それがその敷地の所有者なのか、あるいは運営会社なのか、自販機ごとに違うはずであり、いわゆる「管理者」と一致するとは限らないでしょう。

自販機表示(日本自動販売システム機械工業会)

 ということで、「氏名等」のほうも省略できるとしてくれないと、大変なことに変わりはない。というかむしろ、「住所(購入場所)残しで氏名省略」のほうが楽なんじゃないですかね。


 こうなったら、消費税法上、全ての自動販売機に「販売者情報」の表示を義務づけ、購入者はその表示と購入した商品を撮影することをもってインボイスに替える、みたいな制度にしてしまえばいいじゃないですか(投げやり)。
 あるいは、媒介者特例のごとく「管理者」名でもよいことにするか。

 一応冗談のつもりで言っていますが、令和6年ぽっきりの「定額減税」なんて制度を、大綱の目玉のごとく扱っているイカした(またはファンキーな)彼らからすると、本気で採用してしまいそうで恐ろしい。
posted by ウロ at 16:56| Comment(0) | 消費税法

2023年12月18日

吉田利宏「実務家のための労働法令読みこなし術」(労務行政2013)

 コンセプトはとてもよい、コンセプトは。

 吉田利宏「実務家のための労働法令読みこなし術」(労務行政2013)


 「条文の読み方」的な本は、今どきはあれこれあるのですが。

 法制執務・法令用語研究会「条文の読み方 第2版」(有斐閣2021)

 そこで題材となる条文は、自分の全く関心のないあちこちの分野から引っ張ってこられていたりして。自分の関心のない法分野の条文について、ひたすら法律の「文法」を学習するなんて、「クソつまらん」という感想をもってしまうのは必至です。
 そこで、題材を「特定の」法分野に限定した条文の読み方本であれば、当該分野に関わったことのある人にとっては、中身についてある程度知識があるので、理解しやすくなるんじゃないかと思うわけです。

 というわけで、本書が「労働法令」を題材に「条文の読み方」をやってくれているのは、とてもよいコンセプトだと思いました。


 ではなぜ、「コンセプトは」という含みのある言い方をしたのかというと。

 労務分野では、法令のみならず、通達をはじめとするお役所発の情報が大きな顔を利かせています。法令だけ読みこなしていれば労務分野でイキリ散らせるかというと、まったくそんなことはなく。
 法の建前とは異なり、実務的にはお役所情報の取扱い方が相当重要な位置づけを占めています。法の規律が抜けている箇所については、通達等に頼らざるをえませんし。

 という観点から、本書の記述をみてみると。
 法令以外の情報について、第1章の「基礎知識」では通達等の説明があるものの、第2章の「読みこなし術」では、残念ながら法令だけが題材となっています。まあ、それが普通といえば普通なのでしょうが。労務に特化しているというコンセプトからすれば、通達等の読み方についても深掘りしてほしいところでした。

 お役所の情報が条文とイマイチ噛み合っていない、ということはしばしば見られる現象であり。

リーガルマインド年次有給休暇 〜原則付与と比例付与
社会保険適用拡大について(2022年10月〜) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
「出産手当金支給申請書」違法論

 こういう場合に、「条文はこうだから(キリッ)」だけでは済まされない悩みが、実務家にはあるわけです。ので、条文を読み、通達等を読み、さてどうするか、についてのアプローチの仕方が求められている。
 のに、本書では、他著と同様、そこまでの踏み込みはされていません。

 や、私が本書に過度の期待をしてしまっただけなのでしょう。著者は「条文の読み方」の専門家であって、労務の専門家ではないですし。タイトルにも『労働法令』とだけしか書かれていませんし。

【ガチの専門家による通達の読み方】
 酒井克彦「アクセス 税務通達の読み方」(第一法規2016)


 本書には、随所に卑近な例を使って説明をしてくれている箇所があるのですが。
 著者御本人としては、非専門家向けに分かりやすく説明してあげている、というつもりかもしれませんが。喩えがド下手なんですよね。

 たとえば、「章名・節名をもって見出しに代えさせていただきます」系の、見出しがない条文についての喩え(本書では、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律の第5条が題材にあげられています)。

「中華料理店で、ラーメンとチャーハンを同時に注文するとチャーハンのスープが出てこないことがありますが、考え方はそれと同じです。「大は小を兼ねる」というわけです。」

 これで理解しやすくなっていますか。
 ラーメンのスープが大で、チャーハンについてくるスープが小ということでしょうか。つまり、中華料理店は、普段はチャーハンのスープとして提供しているものを、ラーメンが注文されるとそれを大きい器に入れて提供しているんだと。
 あるいはその逆に、ラーメンのスープを小さい器に入れて、チャーハンのスープとして流用しているということでしょうか。
 そういうことなんですか?

 章タイトル: ラーメンのスープ(大)
 条文見出し: チャーハンについてくるスープ(小)

 「喩え」というのは、誰もが分かっているものを使って、わかりにくいものを理解しやすくするために用いるもののはずです。ので、こういう疑問が浮かんでしまう時点で失敗なのは明らかです。
 そもそも、「章名・節名をもって見出しに代える」程度のこと、わざわざ喩えを使ってまで説明しなければならないほど、理解が難しいものでしょうか。

 おそらく、本書の著者のような超頭の良い方が、我々のような庶民向けに分かりやすく書こうとすると、こういう感じになってしまうのでしょう。あるいは、「面白い喩えが思いついた!」ということで、どうしてもねじ込みたかったのか。

【頭の良い人の考えるユーモア】
大島 眞一「完全講義 民事裁判実務の基礎 上巻(第3版) 」(民事法研究会2019)

 喩えなんて所詮喩えであって。雰囲気は掴めても正確な理解からは遠ざかる。のに、本書ではやたらと喩えがでてきて。
 その都度、喩え側でイメージづくりをしなければならず。端的にいってノイズでしかない。


 なお、本の薄さからすると定価がお高め(223頁で税抜3,524円)。しかも、最後の「付録」と題する箇所、『労働法ナビ』とかいう、かつて存在したサービスの広告になっていますし。
 特定のサービスの販促本という位置づけなら、もう少しお安めに頒布したらよかったんじゃないですかね(今更言っても詮無い話)。

【マネーフォワード販促本?】
小島孝子「電帳法とインボイス制度のきほん(令和5年度税制改正大綱対応版)」(税務研究会出版局2023)

 上述した「過度の期待」も、このようなお高めのお値段から勝手に私が抱いてしまったものなのかもしれません。
posted by ウロ at 07:58| Comment(0) | 労働法

2023年12月11日

安枝英、,西村健一郎「労働法 第13版」(有斐閣2021)

 役割を果たし終えた、と捉えればよいのかどうか・・・。

安枝英、,西村健一郎「労働法 第13版」(有斐閣2021)

 1986年に初版が出版されてから、継続して改訂を重ねられていて。「信頼と実績の」という感じかと思いきや。

 私自身は今回初めて読んだので、当初がどんな感じだったのか分からないのですが。
 一読した感じ、法改正や裁判例が出るたびに、継ぎ足し継ぎ足しで追加していったような記述になっているように読めます。それが追加直後ならともかく、かなり前の法改正でも、未だに「なお、◯◯年の法改正により〜」といった具合に、元の文章に溶け込ませることを怠っている。あるいは、既存の文章に溶け込ませ済みにも関わらず、「なお書き」も残されたままだったり。

 また、「短時間労働者」に関する記述ではパート有期労働法8条・9条の規律が反映されているのに、「有期労働契約」に関する記述では労働契約法20条のままになっていたり。最新情報を継ぎ足すまではしても、既存の文章の見直しにまで気が回っていないのか。

 また、「1年の期限付きの労働契約が4回更新されて5年を超えた場合」に無期転換権が発生するとか書いてあるのですが、これだと5年ぴったりなので足りてません。
 無期転換権ルールが追加されたの、改訂のタイミングでいうと「第12版」のはずです。にも関わらず、誰も指摘してあげず「第13版」でもそのまま放置されていると。
 間違いがあっても誰も指摘してあげない、そういう文化があるのでしょうか。

熊王征秀「消費税法講義録 第4版」(中央経済社2023)

 とにかく、出版社のやる気のなさがキツすぎる。高校生バイトにでも、最低限の「てにをはチェック」だけをやらせてる感じですか。
 えも知れぬ悲しみが込み上げてくるので、これ以上野暮なツッコミはいたしません。各自「アクティブ・ラーニング」としてご活用されてみてはいかがでしょうか。

【アクティブ・ラーニング実践編】
後藤巻則「契約法講義 第4版」(弘文堂2017)
三木義一「よくわかる税法入門 第17版」(有斐閣2023)
「新 実務家のための税務相談(民法編) 第2版」(有斐閣2020)


 本書の「継ぎ足し」感を強く感じる原因、本書の「第4編 団体的労働関係法」もその一つだったりします(逆説)。

 というのも、この分野、個別法と比べて法改正も裁判例も大人しめ。というか、直近ではほとんど動きがない。
 そのおかげで、第4編の記述は、非常に引き締まった、かつ丁寧な文章が維持されたままとなっています。

 また、法改正、裁判例が少なめなのにも関わらず、結構多めの頁が確保されています。初版当時はまだ、個別法より団体法が重視されていて、その比率がそのまま維持されているということでしょうか。
 個別法の記述が、条文引き写しと裁判例ご紹介でぎちぎちに詰まっているのに対し。団体法の記述は、著者ご自身の地の文がメインとなっている余裕のある記述で、読みやすく感じます。


 著者の西村健一郎先生ですが、「社会保障法」の入門書と体系書も出版されていて(安枝先生はご逝去)。

西村健一郎「社会保障法」(有斐閣2003)
西村健一郎「社会保障法入門 第3版」」(有斐閣2017)

 こちらは、非常に優れた本だと、私は感じました。ゆえに、本書とのコントラストが余計に際立つ。


 なお、本書は「有斐閣双書プリマ・シリーズ」というシリーズもののうちの一冊です。

 石黒一憲先生の下記書籍が同シリーズから出版されていて。この本が、知的好奇心をくすぐられる優れたものであったことから、本書にも過分な期待をしてしまっただけなのかもしれません。

石黒一憲「国際私法 新版」(有斐閣1990)

 同じシリーズでも、中身のレベルは混合玉石、というのは、分かっているはずのことではあるのですが。毎度騙される、学習能力のない私が悪いだけの話。

【プレップシリーズ】
米倉明「プレップ民法(第5版)」(弘文堂2018)
森戸英幸「プレップ労働法 第7版」(弘文堂2023)
徳田 和幸「プレップ破産法 第7版」(弘文堂2019)

【ストゥディアシリーズ】
多田望ほか「国際私法 (有斐閣ストゥディア)」 (有斐閣2021)
黒田有志弥ほか「社会保障法(有斐閣ストゥディア)」(有斐閣2019)

 にしても、この出版社。いい本を出してくることがあるのは間違いないのですが、過去のシリーズ物をあまり大事にしない印象。いつの間にか自然消滅していることが多い。

「法律学大系」(有斐閣) 〜或るstalk。

 本シリーズにしても、直近の出版は今回やり玉にあげたこの本だけです。
 あたかも、シャッター通り商店街で、一店舗だけ営業しているみたいな状態。発展しきる前に早々に切り上げて、別の似たような商店街の開発を次々と始めてしまう感じがしています。

 下記書籍も、それぞれシリーズの中で一冊だけ改訂され続けているもの。狙ったつもりはないのですが、しっかり記事化されている。

下井隆史「労働基準法 第5版」(有斐閣2019)
近藤光男「商法総則・商行為法 第8版」(有斐閣2019)
posted by ウロ at 10:29| Comment(0) | 労働法

2023年12月04日

調整対象固定資産と高額特定資産とインボイスと

 調整対象固定資産(9条7項)と高額特定資産(12条の4)は売上課税側のルール(これらを「資産ルール」と総称します)、インボイス(30条1項)は仕入控除側のルール、と別々の領域のものです(本記事の条数はいずれも消費税法)。
 『消費税は税額転嫁と仕入税額控除の両輪により駆動する仕組みの税』などというのは、「だったらいいな」レベルの与太話であって。実際のところ、インボイスが導入されたにもかかわらず、資産ルールの要件に変更はありません。

【両輪駆動テーゼ批判】
免税事業者Requiem(第3曲) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編29)

 が、インボイス導入に伴い、あれやこれやの特例・経過措置も導入されたため、それらとの食い合わせがどうなっているか、検討する必要が出てきます。
(用語の使い方として、調整対象固定資産の中に高額特定資産が含まれているわけですが、以下ではそれぞれ排他的なものとして使うこととします。)

【食い合わせ検証】
電気通信利用役務の提供の構造1 〜消費税法の理論構造(種蒔き編13)
電気通信利用役務の提供の構造2 〜消費税法の理論構造(種蒔き編14)


 資産ルールとの関係で問題となるのが、免税事業者が「課税事業者選択届出書」(9条4項。以下、単に「選択」と略します)を提出せずに、H28附則44条4項の特例ルートを使って「選択」なしで適格者になった場合に、資産ルールが適用されるのかどうか、という点です(論点1)。

 特例ルートならば、還付とった後に免税に逃げ込むことができるでしょうか(厳密には、控除≠還付ですが、互換的に用います)。なお、資産ルール適用の効果として免税制限と簡易制限の2つがありますが、調整対象固定資産と高額特定資産とで簡易制限の内容がズレていますので、免税のみを想定して記述します。

 まず、高額特定資産について。
 こちらは、本則課税を使った場合に問答無用で規律が及ぶことになっています。それゆえ、どういうルートで適格者となろうが、本則課税を使った以上は3年縛りが発動します。

 他方で、調整対象固定資産はどうかというと。
 こちらは、「選択」ルートを使ったことが要件となっています。それゆえ、「選択」なしで適格者になった場合には発動しないことになります。
 結果、調整対象固定資産につき本則課税を使って仕入税額控除の適用を受けたとしても、翌期に免税の適用を受ける道がひらけます。もちろん、特例ルートの「2年縛り」が発動する場合には、そちらに従うことになりますが。

 こういう違いがきちんと条文に明記されていればよいのですが。「あくまでもルールは従前どおりなんだから、良い子のみんなは言わなくても分かるだろ」とばかりに、何かしらの整備規定のようなものは設けられていません。
 良い子の我々は、「選択ルートを特例ルートに読み替える規定がどこにも見当たらない」ということから裏読みするしかありません。


 と、調整対象固定資産か高額特定資産かによって、規律が異なることになっています。

 【論点1の帰結】
  ・高額特定資産   本則使えば3年縛りあり
  ・調整対象固定資産 選択して本則使えば3年縛りあり
            選択なければ本則使っても3年縛りなし

 両制度を「多額の資産を取得して還付とっておきながら、免税に逃げることを防止する制度」と薄ぼんやりとしか理解していないと、安易に、同じじゃないのはおかしいと捉えてしまうかもしれません(「趣旨→条文」テーゼの陥穽)。例によって、立案担当者が条文作成ミスにより、修正パッチを当て忘れただけなんじゃないのかと。

【「趣旨→条文」テーゼ批判】
僕たちは!出戻り保護要件です!! 〜家なき子特例の趣旨探訪1
ぼくたちは出戻り保護ができない。 〜家なき子特例の趣旨探訪2
あの日見た特例の趣旨を僕達はまだ知らない。 〜家なき子特例の趣旨探訪3(完)

【条文作成ミス】
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 決定版


 が、おそらくこの点に関しては、意図的に違いを設けたのだと思われます。
 調整対象固定資産がイケてない制度であったことから洗練された高額特定資産が導入された、という経緯からすると、メインはやはり高額特定資産のほうであって。調整対象固定資産は、すぐに廃止するわけにも行かないからみっともないけど仕方なく残しているだけ、という程度の位置づけのようにみえます。なので、積極的に適用範囲を広げるつもりもないんだと。
 条文の置き場所も、調整対象固定資産は9条の中に組み込まれたサブルールなのに対し、高額特定資産は独立の条数を与えられており。ガワだけみても待遇が違います。

 両制度を似たようなものとして横並びでしか理解していないと、その違いに気づきにくいのではないでしょうか。控除したという「結果」の側だけから規制すればすむところを、課税選択したという「行為」の悪辣さに着目して規制しようとしたせいで発動条件が限定されてしまっている、というのが調整対象固定資産の(残念な)特徴です。
 少なくとも、両制度の要件と効果の違いは正確に理解しておくべきものでしょう。

消費税、免税とるって大変よ、という話(2018.1.11現在のルール)。

 ちなみに、件の教科書では、どういうわけか片方の規律しか説明しないという、ろくでもない記述となっています。細部に至るまでイミフな記述が散りばめれている、格好のアクティブラーニング教材。

〈還付をみたら泥棒と思え〉思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編2)

 もしかしてですが、「調整対象固定資産残してるのみっともない」という立案者のお気持ちを汲み取って、正面から取り上げないであげた、ということでしょうか。親切ですね、運営側には。


 もう一つ問題となるのが、本則課税で還付をとった後の課税期間で「2割特例」(H28附則51条の2)は使えるのかどうかです(論点2)。
 以下、資産ルール以外の要件はクリアしているものと想定して検討します。

 結論的には、論点1と同じ規律になるはずですが、これを条文からストレートに導くことができるでしょうか(例によって条文引用はかなり省略入れてます)。

 【論点2の帰結】
  ・高額特定資産   本則使えば2割特例適用できない
  ・調整対象固定資産 選択して本則使えば2割特例適用できない
            選択なければ本則使っても2割特例適用できる

H28附則 第五十一条の二(適格請求書発行事業者となる小規模事業者に係る税額控除に関する経過措置)
1 適格請求書発行事業者()の五年施行日から五年施行日以後三年を経過する日までの日の属する課税期間(法第五十七条の二第一項の登録()、消費税法第九条第四項の規定による届出書の提出(略)がなかったとしたならば消費税を納める義務が免除されることとなる課税期間に限るものとし、次に掲げる課税期間を除く。)については、(略)
二 消費税法第九条第七項に規定する調整対象固定資産の仕入れ等を行った場合に該当する場合における同項に規定する調整対象固定資産の仕入れ等の日の属する課税期間の翌課税期間から当該調整対象固定資産の仕入れ等の日の属する課税期間の初日以後三年を経過する日の属する課税期間までの各課税期間


 条文読めば分かるとおり、2割特例も、8割控除と同じく『もしもシリーズ』です(「もしも◯◯がコンビニの店員だったら」などのコントの古典様式)。「もしもインボイス登録も課税選択もなければ免除受けられたか」という、現実に存在しなかった世界線を夢想することで判定するんだと。
 あわせて各号では、現実に存在する課税期間を適用除外とすることもしています。これはいわゆる『リアルとファンタジーのハイブリッド課税要件』ですね(以下「R&F要件」と略します)。

 各自で思いつくものを想起していただきたいのですが。フィクション物のお話で、現実世界の登場人物と平行世界の登場人物とが、一致する行動をとることで何かが発動する、みたいなアレのことです。

 余談ですが、税制ってどこまでいっても「現実世界」のものだと、私は思っていたのですが。「予知」とか「見込み」のような、オカルトというか夢想系の課税要件があちらこちらに紛れ込んでいるんですよね。

【オカルティック租税法】
加算税をめぐる国送法と国税通則法の交錯(平成29年9月1日裁決)
中里実ほか「租税法概説 第4版」(有斐閣2021)


 で、この条文を高額特定資産にあてはめてみると。
 こちらは、本則使った以上問答無用で3年縛り発動なので、インボイス登録・課税選択がなかったと仮定しても免税期間にはなりません。ので、2割特例は使えないことになります。

 では、調整対象固定資産はどうか。
 もしもインボイス登録も課税選択もなかったならば、3年縛りは発動しないこととなるはずです。そのための備えが、現実要件である本条2号なのでしょう。

 2号によれば「調整対象固定資産」絡みの課税期間が除外されているので、こちらで適用不可となるのかと思いきや。が、よくよく読んでみると、単に調整対象固定資産を仕入れた場合とあるのではなく、「消費税法第九条第七項に規定する調整対象固定資産の仕入れ等を行った場合に該当する場合」と、もってまわった言い回しをしています。
 おそらくこれは、調整対象固定資産の3年縛りが実際に発動した場合を言いたいのではないでしょうか。

 ということで、結論としては、特例ルートで登録された場合には2割特例が使えるということになるかと。

 規律としては、論点1と同じ遣り口で振り分けをしていることになっています。が、論点1では「何も書かない」ことによって、論点2では「リアル&ファンタジー」によってその規律を表現しています。
 結果だけ見ると同じ切り分けになるというのに、条文構造が全く違うということです。


 ここで、上記2つの論点につき、運営の『Q&A』群がどのように記述しているかを見てみましょう。

 論点2の2割特例が受けられるかどうかについては書いてあるものの、論点1の特例ルートの場合にそもそも資産ルールが及ぶのかについては、記述が見つけられませんでした。
 条文に明記されていないことの穴埋めこそが、『Q&A』の本領が発揮される場面じゃないのかと思うのですが。条文のある2割特例のほうだけしか記述されていないようです。

【2割特例の適用範囲】
インボイス制度に関するQ&A目次一覧(国税庁)
問115 (2割特例の適用ができない課税期間@)
消費税のインボイス制度・軽減税率制度に関する資料(財務省)
インボイス制度の負担軽減措置のよくある質問とその回答
問1.適用対象者を教えてください。

 その中身をみてみると、「国税庁Q&A」では選択ルート/特例ルートのいずれかによって規律が異なることが明記されています。に対して、「財務省Q&A」では雑に、調整対象固定資産は全て適用対象外であるかのような書き方になっています。

・国税庁Q&A
D 「課税選択届出書」を提出して課税事業者となった後2年以内に本則課税で調整対象固定資産(注2)の仕入れ等を行った場合において、「消費税課税事業者選択不適用届出書」の提出ができないことにより事業者免税点制度の適用が制限される課税期間(注3)(消法9F)
(注3) 免税事業者に係る登録の経過措置(28年改正法附則44C)の適用を受けて適格請求書発行事業者となった者は、「課税選択届出書」の提出をして課税事業者となっていませんので、これに該当することはありません。
F 本則課税で高額特定資産(注4)の仕入れ等を行った場合(棚卸資産の調整の適用を受けた場合)において事業者免税点制度の適用が制限される課税期間(消法12の4@AB)

・財務省Q&A
 調整対象固定資産や高額特定資産を取得して仕入税額控除を行った場合等、インボイス発行事業者の登録と関係なく事業者免税点制度の適用を受けないこととなる場合(略)についても、2割特例の対象となりません。


 「インボイス発行事業者の登録と関係なく事業者免税点制度の適用を受けないこととなる場合」という記述を深読みすれば、特例ルートはインボイス登録と関係ありだからここには含まれない、と理解できるのかもしれません。
 が、さすがに我々のようなプロの「Q&A裏読み士」にしかできない芸当ではないでしょうか(この対資格が「Q&A鵜呑み士」)。

国税庁『Q&A』解釈方法論 序説

 というか、財務省Q&A、本問にかぎらず全体として、法的素養のない人が記述したようなピントのボケた書きぶりになっているように思えます。「ド素人向けにお易しく書いてやったんだから、仕方ねえだろ!」ということなのかどうか。

 に対して、国税庁Q&Aのほうは、確かに、上記引用した条文の構造とは大分異なっています。
 が、「R&F要件」をそのまま引き写したとして、容易には理解し難いでしょう。「インボイス登録も課税選択もなければ免除受けられた場合です」とだけいわれたところで、なんのこっちゃって感じになるはずです。
 そこで、条文上の「空想要件+現実要件」という構成を解体して、類型ごとに再編成してくれた、と好意的に評価することができるのかもしれません。
 8割控除のときのような隠し立てはせずに、きちんと特例ルートの説明をしてくれていますし。

【類型論的アプローチ】
リーガルマインド年末調整(その1) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド法定調書合計表 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
社会保険適用拡大について(2022年10月〜) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克


 上述したH28附則51条の2の読み方が合っているのかどうか、全く自信はありません。現実要件のほうは事実に当てはめるだけだから単純ですが、空想要件のほうは妄想力を働かせなければならないわけで。
 が、国税庁『Q&A』様と結論において一致しているので、さしあたりこれで理解しておきます。

 なお、消費税法基本通達21−1−1には、特例ルートのH28附則44条4項に関する解釈が開陳されています。
 同項の文言をどのように読めばこの通達のいうような解釈(特に(注)の第一段落)を導けるのか、という問題もありますが、それはまた別のお話。
posted by ウロ at 11:57| Comment(0) | 消費税法