2024年04月29日

消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編47)

 消費税法に関するそこいらの解説書では、「事業」「事業者」概念につき、通達を貼り付ける程度で終わってしまい。実際にどのように機能して、最終的に消費者課税を実現しているかが説明されることは、およそない。

消費税法基本通達 5−1−1(事業としての意義)
 法第2条第1項第8号《資産の譲渡等の意義》に規定する「事業として」とは、対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供が反復、継続、独立して行われることをいう。
1 個人事業者が生活の用に供している資産を譲渡する場合の当該譲渡は、「事業として」には該当しない。
2 法人が行う資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供は、その全てが、「事業として」に該当する。


 そしてまた、課税の対象、納税義務者、仕入税額控除がそれぞれの箇所で別々に説明されるだけで。それらが一体としてどのように機能しているかが説明されることもないです。

 ということで、以下、自力で整理を試みます。

消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編46)


 場合分けが拡散するのを防ぐため、次の通り、場面設定を限定します。

・事業者=適格請求書発行事業者とします。
・課税の対象(4条)と納税義務者(5条)は、区別せずに一体として記述します。
・「事業者」「事業として」が結論にどのような影響を及ぼすかを中心にみていきます。「国内において」「対価を得て行われる資産の譲渡」などといった他の要件は、当然に満たすものとします。
・特定仕入は「事業者向け電気通信利用役務の提供」を想定します。
・「保税地域からの外国貨物の引き取り」=輸入として記述します。


 まず「国内取引」について。

国内取引.png

1 課税

・売手:事業者(家事用)でも「事業者が」には該当します。ですが「事業として」ではないので「資産の譲渡等」に該当せず、課税されません。
・適格請求書を発行しようがしまいが、売手:事業者が資産の譲渡等をした以上は課税されます(問答無用の譲渡課税)。

2 控除

・買手:事業者(家事用)でも「事業者が」に該当します。ですが「事業として」ではないので「課税仕入れ」に該当せず、控除できません。
・買手:事業者(事業用)であれば、誰から購入しても「課税仕入」に該当します。が、インボイスがなければ控除できません。
 売上側はインボイスの有無にかかわらず課税されるのに、仕入側はインボイスがなければ控除できない、ということで「損税」の発生源となっています。


 次に「特定仕入れ」について。

特定仕入.png

1 課税

・売手には、インボイスを発行する権利も義務もありません。
・課税対象となるのは「仕入」であり、納税義務者となるのは「買手」です。
・「事業者向け」はサービスの内容で判定するので、買手が「消費者」の場合もありえます。
・売手/買手ともに「事業者」「事業として」でなければ「特定課税仕入」に該当しません。

2 控除

・買手:事業者(家事用)でも「事業者が」に該当します。ですが「事業として」ではないので「特定課税仕入」に該当せず、控除できません。
・国内取引と異なり、インボイス保存が要求されないの。そもそもインボイスが発行されないという形式論とあわせて、買手が、同一取引につき課税されるが控除されない(損税)などというのが、どう考えても不合理だからでしょう。


 次に「輸入」について。

輸入取引.png

1 課税

・保税地域からの引き取りである以上、「輸入許可書」は当然に発行されているもののはずです。
・主体の属性・目的にかかわらず、輸入したら当然に課税されます(問答無用の輸入課税)。
・「取引」であることは要求されていません。ので、主体は「売手」ではなく「輸入者」です。

2 控除

・「外国貨物の引き取り」の定義の中に「事業として」が含まれていません。そのため、事業者(家事用)が輸入した場合は税額控除が取れてしまう、というのが《文言解釈》の帰結です(最終的な結論は保留)。
・「取引」であることは要求されていません。ので、主体は「買手」ではなく「輸入者」となります。
・輸入者が納税して輸入者が控除する、ということで、元祖リバースチャージみたいなものです。


 これらの「課税/控除」の組み合わせにより、

 売手  買手
・事業者‐事業者
・消費者‐消費者
・消費者‐事業者
は《課税=控除》とし、

 売手  買手
・事業者‐消費者
のときだけ《課税あり/控除なし》となっていてくれれば、「消費に課税する」ための道筋が実現できるわけです。

 が、上述したところだけでも、インボイスが保存されなかった場合の「損税」、事業者が家事用に輸入した場合の「益税」が発生しています。
 さらに、各種サブシステムまで含めると、あちらこちらで益税・損税が発生しており。『インボイス導入したので益税撲滅できました、めでたしめでたし。』で終われません。


 そこいらの解説書の代表として、「税大講本」をあげておきます。

消費税法(令和6年度版)

P13 
3 事業者が事業として行う取引
 消費税は、国内において事業者が事業として行う取引を課税の対象としているから、事業者以外の者が行う取引は課税の対象にならない。
「事業者」とは、事業を行う個人(「個人事業者」という。)及び法人をいい、その個人事業者又は法人が居住者であるか非居住者であるかを問わない(消法2@三、四)。 なお、国・地方公共団体及び人格のない社団等も「事業者」に含まれる(消法3、60 @)。
「事業として」とは、対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供が反復、継続、独立して行われることをいい、事業に使用していた資産の売却など事業活動に付随して行われる取引もこれに含まれる(消法2@八、消令2B)。
(注)法人が行う取引は、その全てが「事業として」に該当するが、個人事業者は、事業者の立場と消費者の立場を兼ね備えており、そのうち「事業者として」の取引のみが課税の対象となる。
したがって、家庭で使用している冷蔵庫、テレビ等の生活用資産の売却などは、「事業として」行う取引に該当しない(不課税取引)。


 『「事業として」とは』という書き出しのところですが。
 「事業として」の定義を記述するのであれば、「対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供が〜」はいらないですよね。「事業として」の定義の中にこれを含めてしまうと、たとえば「資産の譲渡等」は次のように理解しなければならなくなります。

消費税法 2条1項
八 資産の譲渡等 事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供(略)をいう。

 対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供が反復、継続、独立して行われる対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供(略)をいう。


 とんでもなくキモい中身になってしまいます。

 まあ、特に何も考えず、通達コピペしただけなのかもしれません。
 が、上記のとおり、事業者が家事用で輸入した場合も輸入控除が取れてしまう、という過誤が生じているの、「事業者」という用語の中に「事業として」という要素が含まれていると勘違いしたがゆえ、ぽいですよね。
 こういう勘違いをなくすためには、各用語のどこにどの要素が含まれているか、ということは正確に理解しておくべきです。

 このような観点からすれば、「事業として」に含まれる要素は、
  反復、継続、独立して
の部分だけになります。


 なお、(注)にある『そのうち「事業者として」の取引のみが課税の対象となる。』というところも不正確。正確には「事業者として」ではなく、「事業として」でしょう。
 消費税法上、個人事業者であるかぎり、常に「事業者として」しか取引を行うことはできませんので。


 他の解説モノも似たりよったりで。
「条文読め」とか言っている下記書籍でも、同様の通達コピペから始まっていますし(P.28)。

熊王征秀「消費税法講義録 第4版」(中央経済社2023)

 というか、「事業者」と「事業として」の使い分けなんか、まるで意識せずになんとなくシームレスで記述されて終わってしまうものばかり。ですし、これら概念が課税と控除のそれぞれの場面でどのように機能しているかを記述してくれることなんて、ありません。

 頭の良い学者先生を初めとして、「課税要件事実論」なんてものに手を出す前に、実体法レベルの、地に足のついた議論を展開してくれることを望みます。

伊藤滋夫編「租税訴訟における要件事実論の展開」(青林書院2016)
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)


 「事業」の中身が課税対象の箇所でしか解説されないせいで。初学者の人からすると「事業を広く解釈すると税負担が重くなってしまう!」などと勘違いしてしまいがちです。

 が、消費税法の基本コンセプトは、「事業の世界からはみ出したところで税負担を発生させる」というものになっています。そのコンセプトに従い、課税と控除両方に事業概念を仕込んでいるので、課税側の事業が広がれば、控除側の事業も同じだけ広がります。

 ので、事業概念を広く解しても、そのまま税負担が重くなる、などということにはなりません。むしろ、事業の世界が広がればその分消費の世界が狭まるので、事業概念が広いほうが望ましいかもしれない。
 もちろん、事業概念以外の要件のせいで控除ができなくなることはあります。が、それは当該要件の問題であって。事業概念が広いことが直接の原因ではない。

 法律上の各要件がどのように機能しているかをちゃんと記述しないから、学習者は、どこまでいっても表面的・断片的な理解しかできないままにおわってしまうのでしょう。

 といった感じのことを、最近出版された田村善之先生の教科書の、各要件の「機能」面を重視した丁寧な解説を読みながら、ふと思いました。

田村善之,清水紀子「特許法講義」(弘文堂2024) Amazon

消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編47)
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2024年04月22日

消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編46)

 前回、「法律文章の書き方本」のご紹介だというのに、流れで、消費税法における「事業者」概念について触れることになりました。

白石忠志「法律文章読本」(弘文堂2024)

 今回は、この「事業者」概念まわりを主題として、交通整理をします。


 本ブログの『消費税法の理論構造』というサブタイトルをつけた、一連の記事。免税事業者、非課税売上、用途区分、インボイス及びその特例などのせいで、「消費者が消費税を負担する」という理想が歪められている、という消費税法の構造上の問題を検討するものとなっています。

 それらの記事では、そういったサブシステムのせいで「益税」やら「損税」があちらこちらに発生している、ということの指摘までで。メインシステムについては、きちんと触れずにいました。

 ということで、今回は、メインシステムの構造について、軽く整理するものとなります。


 消費税法が採用している《課税/控除》のメインシステムの構造は、次のとおりとなっています。

【課税】
 1 事業者+国内+課税資産の譲渡
 2 事業者+国内+特定課税仕入
 3 保税地域+課税貨物の引き取り

【控除】
 4 事業者+国内+課税仕入 (+インボイス+帳簿)
 5 事業者+国内+特定課税仕入 (+帳簿)
 6 事業者+保税地域+課税貨物の引き取り (+輸入インボイス+帳簿)
  (※「輸入インボイス」というのは造語です)


 このような座組みを採用することで、消費税法が理想の姿として描いているの、

   売手  買手  課税 控除
  ・事業者 事業者 あり あり
  ・消費者 消費者 なし なし
  ・消費者 事業者 なし なし
  ・事業者 消費者 あり なし

という帰結になることです。

 課税/控除のあり・なしがこのとおりに正しく作動することで、最終的に消費者が消費税を負担することが「予定」されています。消費者が事業者から購入するときだけ課税と控除がずれることとし、それ以外の場面では《課税=控除》とすることで、その目的を達せられるはずでした。

 ところが、免税事業者、非課税売上、用途区分、インボイス及びその特例などにより、その理想がことごとく歪められています。
 その点については、他の記事を読んでいただくとして。では、このメインシステム自体には問題がないのかというと。

 一点だけ気になる箇所があります。


 以下の事例で検討してみます。

【事例1】
 個人事業主Aは、個人Bに対し、自宅お片付けコンサルサービスを提供し、コンサル料110万円を受け取った(国内売上)。
 ご機嫌となったAは、高級家具店で自宅用のおしゃれ家具99万円を購入し、自宅に搬入した(国内仕入)。

 Aはいくら消費税を納税すべきでしょうか。

 まず、サービス提供により対価を受けたことは、上記課税1に該当し、Aは10万円を納税しなければなりません。
 他方で、おしゃれ家具の購入は自宅用のため、控除4に該当せず、9万円を控除することは出来ません。
 よって、AはBからお預かりした10万円をそのまま消費税として納税しなければなりません。

 では、次の事例はどうでしょうか。

【事例2】
 個人事業主Cは、個人Dに対し、自宅お片付けコンサルサービスを提供し、コンサル料110万円を受け取った(国内売上)。
 ご機嫌となったCは、海外の高級家具店から自宅用におしゃれ家具90万円を購入し、自宅に搬入した(輸入仕入)。

 サービス提供が課税1に該当して10万円課税されることは、【事例1】と同じです。
 また、おしゃれ家具を輸入したことは課税3に該当し、Aは輸入消費税9万円を納付します(関税等は無視)。
 では、控除6により、輸入消費税につき税額控除を受けることは可能でしょうか。

 「自宅用」なんだからできるわけないわボケ!と思われるかもしれません。が、《文言解釈》によるかぎり、これは可能と読むことができます。

 というのも、課税3と控除6には「事業として」という要件がどこにもでてきません。
 課税1・2、控除4・5にも書いてないと思われるかもしれません。が、こちらはそれぞれ「課税資産の譲渡」「特定課税仕入」「課税仕入」の定義の中に、「事業として」がビルトインされています。

 それぞれの定義規定から「事業として」を抽出すると。

   売手          買手
 1 事業者・事業として  4 事業者・事業として
 2 事業者・事業として  5 事業者・事業として
 3            6 事業者

 課税3・控除6からは「事業として」が出てこないことになります。


 その結果、課税3、控除6は次のとおり解釈されます。

 まず課税3については、誰がどういうつもりであろうが、国内に持ち込んだら課税する。それゆえ、消費者が輸入する場合も、事業者がプライベートで輸入する場合も、等しく輸入消費税を納付しなければならないことになります。しかも、取引の存在すら前提とされていません。

 こちらは、「国内消費」に課税しようとする消費税法の建前(仕向地主義)からすれば当然の帰結で。国内に入り込んだら課税転嫁がスタートする、いきなり消費されたらそこで転嫁が終了する、というだけの話です(問答無用の輸入課税)。

 問題は控除6です。
 「事業者が」で主体を限定するところまではよいのですが。「事業として」という要件が「課税貨物」「引き取る」の中に含まれていません。それゆえ、何かしら事業をやっていさえすれば、事業用だろうがプライベート用だろうが、輸入消費税を納付した以上は、それを控除できてしまうことになります。

 これが、「事業者」の定義の中に「事業として」が含まれていると勘違いしたがゆえの立法の過誤なのか。よく分かりませんが、今のところ放置されたままとなっています。
 【事例2】でも、Cは個人事業を営んでいる以上「事業者」に該当する、そしてプライベート目的での輸入でも「課税貨物の引き取り」に該当する、ゆえに税額控除可能、ということになります。

 本当にこんなことでいいのか疑問ではあります。が、条文上はそうなっているということです。
 だからといって、これを悪用しようとしても、例によって裁判所が《過小課税尻拭い判決》を出すこともありうるわけで。「自家消費」(課税側のルール)あたりの制度趣旨を《アクロバティック拡張解釈》して、税額控除を制限するかもしれない。

 ということで、私自身が何かを推奨するつもりは全くありません。


 消費税法においては、「消費者に税負担をさせる」という目的を達するために、「事業」「事業者」という概念を利用して、事業の世界と消費の世界の切り分けをしています。厳密には、「消費」を正面から切り出すことなく、「事業」とそれ以外という区分となっていますが。
 事業の世界からはみ出した時点で転嫁を終了させ、そこで税負担が生じるように仕組んでいるわけです。

 それゆえ、所得税法をはじめ、他の法律が同じ「事業」「事業者」という用語を使っているからといって、同一に解釈する必然性はなく。消費税法の目的にそった解釈をすべきでしょう。
 他法の概念理解を混入させてしまうと、「消費者に消費税を負担させる」という目的が阻害されかねないわけで。
 当ブログが「借用概念論」を胡散臭い扱いしているのは、主としてそういう視角からです。


 今回指摘したことは、「事業」「事業者」の中身の問題ではなく。
 消費税法が「事業者」につき絶対的主体概念を採用しているにもかかわらず。あたかもそれを忘れたかのような要件設定をしたせいで、輸入消費税の税額控除の可否をうまく制御できていないのではないか、ということでした。

 ・「問答無用の輸入課税」を実現するために、課税ルール(3)ではゆるゆるな用語設定をした。
 ・控除ルール(6)にもその用語をそのまま流用した。
 ・「事業者が」と主体を限定しておけば「自宅用」を除外できると勘違いした。
という図式になるでしょうか。

 個人の場合は、同一主体が消費者でもあり事業者でもあり、ということがあり。その切り分けの設計が難しいであろうことはよく分かります(所得税法における資産損失まわりとかもそうです)。
 が、輸入消費税に関しては、どうして「事業として」という限定を外したままとしているのか、謎です。


 ちなみに、上記4の「課税仕入れ」について。

 こちらは定義上、「誰から仕入れるか」の限定が外されています。そのため、消費者から買っても、事業用であるかぎり「課税仕入れ」に該当することになります。

 では、税額控除ができるのかというと。税額控除するには「要インボイス」とされているため、ガバガバな定義規定の穴はしっかり塞がれています。

 他方で、古物商等特例で「インボイス保存いらない」とされた途端、ガバガバな定義が復活します。そのため、『非適格者からの課税仕入れなら税額控除できる』などという倒錯した帰結を導くことができることになります。

《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編33)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編34)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編35)

 インボイスが導入されたにもかかわらず、「課税仕入れ」の定義がガバガバなままなの。これら「インボイスいらない特例」をメインシステムに接合しやすくするため、ではないかと穿った見方をしてしまいます。

消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編47)
消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編48)
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2024年04月15日

白石忠志「法律文章読本」(弘文堂2024)

 法律文章の「書き方」本。
 書き方本の中でも特に、「表現」特化型といえるでしょうか。

白石忠志「法律文章読本」(弘文堂2024) Amazon

 白石忠志先生は競争法の専門家なのですが。
 「競争法」に興味のない私ですら、白石先生の著書だけは、どうしても読みたくなってしまいます。

白石忠志「技術と競争の法的構造」(有斐閣1994)
デビッド・ガーバー「競争法ガイド」(東京大学出版会2021)
※教科書・体系書を記事化できていないのは、単なる能力不足。上記記事にしても、正面から向き合ってないですし。

 今回も、あまたの積読本を押しのけて、さっそく読んでしまう羽目に。

 ちなみに、同一タイミング・同一出版社で購入⇒積読された本。
菅野和夫,山川隆一「労働法 第13版」(弘文堂2024) Amazon
田村善之,清水紀子「特許法講義」(弘文堂2024) Amazon

 「法律文章を書く人は全員必読ですよ。」とだけ紹介してもしょうもないので、以下感想を。


 いきなりイチャモンの類から。


 タイトルの『読本』は、一見まぎらわしい。

 もちろん、「入門書」という意味からすれば、間違った言葉を使っているわけではないです。が、「読み/書き」でいうところの「書き方」がメインの本なのに『読本』とはこれいかに、と一瞬脳内にノイズが走ってしまいました。

 まあ、私が『文章読本』という言葉に馴染みがないだけの話でしょうけども。教養レベルが低いだけの問題。


 例によって、「帯」をみてみると(イチャモン基本所作としての「帯イジり」)。

【帯イジり例】
後藤巻則「契約法講義 第4版」(弘文堂2017)

 『言葉の基本から始める法学入門』と書いてありました。
 が、本書は「書き方」のお作法がひたすら丁寧に解説されたものであって。これをもって『法学入門』というのは、違う気がします(本ブログのカテゴリも、本当はおかしい)。

団藤重光「法学の基礎」(有斐閣2007)

 もし「これから法学を学んでみようかな」というガチの初学者勢が「送り仮名の付け方」みたいなものを読まされたら、速攻、入口から引き返してしまうのではないでしょうか。
 扱われている素材も、独禁法など「大人の」法分野が結構あって。初学者には意味が取りにくいであろうところが、しばしば。

 本書が効いてくるのは、ある程度法律文章を読んだことのある人が、自分でも「書いてみむとてする」などと思いたったタイミングだと思います。
 単なるお作法の羅列にすぎないと思っていた本書の記述が、これから書こうとする全ての法律文章に活きてくるのが実感できるはずです。

 『◯◯警察』という言い回しがありますが。
 「法学入門」という用語に対しても、それに相応しい内容となっているか、取り締まる方がいらっしゃってもよろしいのではないでしょうか(他人任せ)。


 目次で、括弧数字の下位レベルの項目が省かれているのは、読後のふりかえりに不便。この出版社だけかどうか分かりませんが、この手の目次、しばしば見られる。


 イチャモンはこれくらいにして。あとは本書を読みながら思ったことなど。

 法律文章を書くにあたってのお作法として、追加したほうがよいと私が思ったもの。

 『卑近な喩えをむやみに使わない。』

というものです。

 どういうことかというと、下記の記事。

吉田利宏「実務家のための労働法令読みこなし術」(労務行政2013)

 そこでは、「章名・節名をもって見出しに代えさせていただきます」系の見出しがない条文を、「ラーメンのスープ(大)」と「チャーハンについてくるスープ(小)」で喩えてはいるが意味分からんよ、というツッコミをしました。

 別の記事だとこれも。

多田望ほか「国際私法 (有斐閣ストゥディア)」 (有斐閣2021)

 法人を「ロボット」になぞらえるとか、事例を人間ではなく「猫ちゃん」に置き換えてしまうとかに対しても、イチャモンをつけました。

 卑近な喩えなんてあげないで、それ自体の具体例をあげていけば理解してもらえるもののはずです。
 面白い(と本人が思うところの)喩えが思いついちゃったら、どうしても披露したくなるのは、とてもよく分かります。畢竟独自の見解を唱えるときなどは、説得力を少しでも水増しするために、喩えを持ち出すこともあるでしょう。

 が、既存の概念を正確に理解する場面においては、ひたすら具体例をあげていけばいいのであって。わざわざ卑近な喩えで人心を惑すべきではないでしょう。

 もちろんこんなお作法、流派というか美意識の類でしょうから。本書のような「基本インフラ整備の書」に盛り込むようなものではないです。
 ちなみに、本書をこのことを意識しながら読んでみましたが。具体例が豊富なのに対し、卑近な喩えは見当たりませんでした。さすが(偉そう)。


 「条文見出し」ついでに。

 本書では、(公式見出し)と【非公式見出し】があること、【非公式見出し】を解釈に用いてはならない、とされています。
 これ自体はそのとおりなのですが。では、(公式見出し)は解釈に用いてもよいのでしょうか。

 本書では明言されていません。が、「用いてもよい説」が多数派でしょうか?

 私自身は、(公式見出し)であっても解釈に用いるべきではないと思っていて。そのことを強く意識させられたのが、「8割控除」にまつわるお話し。

【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版補遺
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版余滴
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 決定版

 8割控除の適用範囲として、税制改正大綱⇒条文見出し⇒旧Q&Aのラインでは「適格請求書発行事業者以外からの課税仕入」とされていました。が、この書きぶり、条文本体の規律の仕方とは全く異なるものです。

 条文見出しを使って、どうにか条文本体と異なる帰結をゴリ押ししようとしたけども。最終的には、さすがに内容かけ離れすぎ、ということで、あきらめざるをえなくなった、というのが一連の経緯といえるでしょうか。

 このような、条文見出しで条文本体を上塗りしようとする一群の輩を見るにつけ。「条文見出しを解釈に使うのは禁止!本体のみで勝負しろ!」とルール設定としておいたほうが、立案技術の健全な発展が見込まれるのではないかと思います。

 もし、なにかの間違えで、裁判所に持ち込まれるようなことがあったとしたら。裁判所、条文見出しを使って《立案ミス尻拭い系の限定解釈》を繰り出してきやがりそうですし。

【過小課税尻拭い判決】
横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)
【過大課税尻拭い判決】
みずほCFC事件判決 〜最高裁令和5年11月6日判決 (雑感)


 本書でぜひスタンダードとして整備しておいて欲しかったのが、「借用元/借用先」のような「元/先」の使い分け。

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その11)

 毎回どっちがどっちか分からなくなるので、用法を決め打ちしておいていただけると助かります。


 本書では、「普通の人が異なるイメージを持つ例」として、フリーランスが企業Aとの関係では「特定受託事業者」にあたるが、消費者Cらとの関係では「特定受託事業者」に該当しない、というものを挙げられています。普通の人は、場面ごとに人の属性が変わるのは馴染みがないだろうと(そうですかね?)。

 フリーランス法に明るくないので、このような事業者該当性の判定の仕方が正しいのかどうか、分かりませんが。僕らの「消費税法」では、これとは明らかに異なる規律の仕方をしています。

消費税法 第二条(定義)
1 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
三 個人事業者 事業を行う個人をいう。
四 事業者 個人事業者及び法人をいう。
八 資産の譲渡等 事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供(代物弁済による資産の譲渡その他対価を得て行われる資産の譲渡若しくは貸付け又は役務の提供に類する行為として政令で定めるものを含む。)をいう。
第四条(課税の対象)
1 国内において事業者が行つた資産の譲渡等(特定資産の譲渡等に該当するものを除く。第三項において同じ。)及び特定仕入れ(事業として他の者から受けた特定資産の譲渡等をいう。以下この章において同じ。)には、この法律により、消費税を課する。


 たとえば、個人事業をやっている人が、「自宅」を売却したらどうなるかというと。
 ・事業をやっている人なので「事業者」に該当する。
 ・「事業として」ではないので「資産の譲渡等」に該当しない。
 ・よって、消費税は課税されない。
となります。

 これを「自宅の売却場面では「事業者」にあたらない」としてしまうと、資産の譲渡等の定義の中に「事業として」が組み込まれていることの説明ができなくなってしまいます。
 自宅の売却だから「事業者」にはあたらない、のではなく。事業をやっている以上「事業者」であることからは逃れられない、が、「資産の譲渡等」にあたらないから課税されずにすむ、という建付けになっているということです。

 課税されないという結論が変わらないんだったら、どっちでもいいじゃん、と思うかもしれません。が、消費税法の中には、「事業者」である、それだけの事実で規律が決定される条項があります。
 自宅を売却しようが事務所を売却しようが、「事業者」である以上どちらでも同じ扱いになるとか(そのうち記事化します)。

 なので、フリーランス法における「特定受託事業者」と同じノリで、消費税法における「事業者」も理解してしまうと、事故る可能性があります(前者を「相対的主体概念」、後者を「絶対的主体概念」とネーミングしておきます)。

 これはどちらが主体概念として正しいか、ということではなく。
 フリーランス法はあくまでも個別の業務委託ごとにフリーランスを保護すれば足りる、ということで相対的主体概念を採用した、他方で、消費税法は、事業をやっている、それだけで規律を及ぼしたいものがある、ということで、主体概念には余計な飾りを盛り込まなかった、ということなのでしょう。

 フリーランス法における「特定受託事業者」についても、もし今後、個別の業務委託に結び付けずに「特定受託事業者」であること自体で規律を及ぼしたいとか、対消費者との関係でも規律を及ぼしたい、といった事情が生じた場合には、主体概念の調整が必要になるのでしょう。

 フリーランス法における「特定受託事業者」が、相対的主体概念なのだとすると。厳密にいえば、委託者A社との関係で該当する「特定受託事業者」(対A)と、委託者Bとの関係で該当する「特定受託事業者」(対B)とは、別モノだということになるのでしょうか。
 もちろん、今こんなこと考えてても何の実益もないと思います。が、消費税法におけるような事故を未然に防ぐためには、平素から正確な理解を心がけておくべきでしょう。


 以上、余計なことをあれこれ書きましたが。

 最初に書いたとおり、法律文章を書く人は全員必読だと思います(俺は全て分かっている、という人は除く)。
 各人が『ぼくのかんがえたさいきょうのお作法』を開陳するにしても、本書をベースラインとすれば生産的な議論ができるはずです。

 法令について書いた文章を読んでいて、「これ、法曹が書いた文章でないな」とバレるの、これらお作法を踏まえて書いていないからというのが、要因のひとつだったりします。
 ので、税理士にかぎらず「それらしい」法律文章を書きたい方は、ぜひ本書記載のお作法を身に着けていただくのがよろしいかと思います。
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2024年04月08日

自販機特例の改正(笑)改 〜令和6年度税制改正

 税制改正モノの記事なんて、しょせん水物だろうということで、新告示公表後、速やかに記事化しておきました。
 が、そのあとにあれこれ追加・修正をしていったので、日付変えて再掲します。


 あらためて、きったねえ条文構成だなあと。

自販機特例の改正(笑) 〜令和6年度税制改正大綱
条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その8) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編43)
条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その9) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編44)

 R5告示第26号に改正が入って、R6告示第10号に生まれ変わりました。
 ただの告示なんだから、本法の改正とタイミング合わせる必要もないはずですが。自分のこと法律だとでも勘違いしちゃっているのでしょうか(虎の威を借る狐)。

消費税法施行令第49条第1項第1号に規定する国税庁長官が指定する者を定める件の一部を改正する件

 政令が「国税庁長官の指定」なんかに委ねているの。
 省令ですら改正手続遅いからということで、より迅速に対応できるようにするため、という趣旨なはずですよね。今回も、とっとと改正すべき事情があったわけで、何を満を持して登場しているんだか。

 「委任立法」に関しては、もっぱら「内容面」で委任の趣旨から逸脱しているか云々ということが論じられています。が、制定の「時期」という観点からも、委任の趣旨に反しているかどうかを問題とすべきなのではないでしょうか。


 今回の改正で、「住所」いらない告示に「入場券特例」と「自販機特例」が追加され、これらの場合も「住所」の記載が不要になりました。

 追加ついでに、新告示では号の並び順が「施行令→施行規則」に整理されています。
 が、そもそもの話、「困難な」事由につき、施行令に規定されているものと施行規則に規定されているものとで、何か意味のある分け方がされている感じでもなく。わざわざ順番ならび変えるほどの必然性があるとは思えません。

 しかも、条文の並びは「保存→交付」なのに、公共交通機関や自販機、郵便ポストの定義は「交付」から引っ張ってきているので、条数順に並べると、むしろ落ち着きのない感じになります。

令49条1項1号(保存特例)
 イ 公共交通機関  (→3号)
 ロ 入場券等 →1号
 ハ 古物商等 →2号
 ニ 困難(施行規則へ委任) (→4号・5号・6号)

令70条の9 2項1号(交付特例)
 一 公共交通機関 →3号
 ニ 卸売市場・農協 
 三 著しく困難(施行規則へ委任) (→5号・6号)

規15条の4(保存特例)
 一 自販機・郵便ポスト (→5号・6号)
 ニ 出張旅費 →4号
 三 通勤手当 →4号

規26条の6(交付特例)
 一 自販機 →5号
 ニ 郵便ポスト →6号

 あえて整理するならば、交付されたら保存するという物事の順序にしたがって「交付→保存」とすべきなのではないかと。
 と思って、あらためてR5告示第26号を見てみると、ちゃんとそうなっている!

R5告示第26号
 一 公共交通機関 (令70の9・交付)
 ニ 郵便ポスト (規26の6・交付)
 三 出張旅費・通勤手当 (規15の4・保存)
 四 古物商等 (令49・保存)

 「古物商等」の位置がやや気になりますが、非適格者からの仕入なのに控除できるとか氏名まで省略できるとか、異常に優遇されたものであるから、一番うしろにされたんですかね。
 あるいは、古物商等だけ「業務帳簿」絡みの限定がついているからなのか。

《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編33)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編34)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編35)

 参考まで、旧告示と新告示とを「交付→保存」の順で対比すると次のとおり。新告示の気持ち悪さが際立つ。

 交付 公共交通機関 1号 →3号
 交付 自販機    なし →5号
 交付 郵便ポスト  2号 →6号

 保存 入場券等   なし →1号
 保存 出張・通勤  3号 →4号
 保存 古物商等   4号 →2号

 もちろん、旧告示の並べ方だけが正しいのではなく。
 そもそも「住所」は、インボイスを「保存」しないことのバーターとして要求されているものです。なので「保存特例」の順序どおりに並べるというやり方もありえます。

 1 公共交通機関
 2 入場券等
 3 古物商等
 4 自販機、郵便ポスト
 5 出張旅費
 6 通勤手当

 いずれにしても、新告示の並び順には、旧告示をあえて再編成しなければならないほどの必然性が、何ひとつない。


 当時の立案者の叡智が、すでに失われた世界。数ヶ月しか経っていないというのに。前任者が《怒りの辞職》でもして、後任に引き継ぎをしていかなかったのでしょうか。
 で、ガワだけしか理解していない後任者が、『順番めちゃくちゃ!前任者無能すぎ!』などと激しく勘違いして、現行のような浅はかさ満載の並び替えをしてしまったのか。

 「8割控除」のときにもさんざん論じましたが、当局の立案能力が著しく劣化しているように思えます。

【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 決定版

 もしかすると、別に劣化しているわけではなく。近時の税制が複雑怪奇化しすぎて、もはや条文化困難なところまできているのかもしれません。
 で、当初の制度構想と比べて「過小課税」や「過大課税」が生じてしまった場合には、裁判所の『解釈』(という名の辻褄あわせ)で尻拭いしてもらうことを期待すると。

【過小課税尻拭い判決】
横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)
【過大課税尻拭い判決】
みずほCFC事件判決 〜最高裁令和5年11月6日判決 (雑感)


 本題に戻って。

 告示はあくまでも「住所」いらない規定にすぎません。なので、告示に追加されたとて、法で要求されている「氏名」は記載しなければならないままのはずです。

 では「氏名」いらない規定である令49条2項がどうなったかというと。結局何の改正も入っていません。

令49条(課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿等の記載事項等)
2 前項第一号に規定する国税庁長官が指定する者から受ける課税資産の譲渡等に係る課税仕入れ(同号に掲げる場合に該当するものに限る。)のうち、不特定かつ多数の者から課税仕入れを行う事業に係る課税仕入れについては、法第三十条第八項第一号の規定により同条第七項の帳簿に記載することとされている事項のうち同号イに掲げる事項は、同号の規定にかかわらず、その記載を省略することができる。


 「不特定かつ多数の者から課税仕入れを行う事業に係る課税仕入れ」とあるとおり、古物商等だけが対象となります。あいも変わらず、古物商等だけがやたらと優遇されたままだと。

《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編33)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編34)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編35)

 自販機はこれに当たらないため、「氏名」を省略することはできないはずです。ところが、『Q&A』によれば氏名は記載しなくても「差し支えない」とされています。

 もちろん実務家的には、その結論に何の文句もありません。
 が、「住所」はわざわざ改正いれておきながら「氏名」はそのまま、という立法態度からしたら、「氏名」については法の原則どおり記載必要だと解釈するのが筋なのではないでしょうか(スマッシング反対解釈)。

 今後もし、交付特例・保存特例・住所特例にさらなる事由が追加されていったとしても、氏名特例に関してだけは手を加えられることなく。永遠に「差し支えない」で済ますつもりかもしれません。
 
 下記記事では『古物商等を異常に優遇しているから』、氏名は改正しなかったと邪推しておきました。さすがに穿った見立てだと自覚はあったものの、現実の改正結果をみるかぎり、単なる言いがかりとも言い難いようにも思えてきました。

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その9) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編44)


 ・インボイス保存いらない特例(+帳簿住所いる要件)
 ・帳簿住所いらない特例
 ・帳簿氏名いらない特例
 ・インボイス交付いらない特例
が、法律・政令・省令・告示とに散らかりまくっているわけで。

 告示の中の並び順なんか気にするよりも、全体の構成を整理するほうが先なのではないでしょうか。
 「帳簿住所いる要件」(令49条1項1号柱書の括弧内)なんて、今回の告示改正により、古物商等の「業務帳簿」絡み以外のものは空文化してしまっていますし。

 が、残念ながら、「どうせお前ら条文読まないだろ」ということで、テレビとかパソコンの裏側の配線がごちゃついたままでも使えりゃいいじゃん、みたいな話なのかもしれません。

 次回は、この交付特例と保存特例の絡み具合を整理してみようと思います。
posted by ウロ at 09:56| Comment(0) | 消費税法

2024年04月01日

『定額減税、年末調整でやるから月次でやらなくていいしょや?』(労務編)

 給与周りについては、税理士といえども労働法・社会保障法絡みの事柄も意識しておかなかければなりません。定額減税についても言わずもがな。

『定額減税、年末調整でやるから月次でやらなくていいしょや?』(税務編)

 社労士側では「定額減税は税制だから詳しくは税理士へ」と言い、税理士側では税制の観点からのみしか対応しない、という不幸なミスマッチが起こりがち。

 以下、労務絡みで検討すべきと思われる点を記述しておきます。もちろん、税理士として外野の立場からの物言いにすぎませんので、各自、顧問の社労士先生までご確認ください。


 会社は給与計算の際に、当たり前のように所得税を給与から控除しています。仮に、従業員が「自分は確定申告しているから勝手に控除するな」と言ったとしても、控除しなければなりません。
 なぜなら、それが所得税法上の義務だからです(源泉徴収義務)。

  所得税法:給与支払う際に所得税を徴収して納付しろ。

所得税法第百八十三条(源泉徴収義務)
1 居住者に対し国内において第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等(以下この章において「給与等」という。)の支払をする者は、その支払の際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。


 他方で、労働基準法上、賃金から勝手に何かを控除することはできないのが原則です(全額払の原則)。が、法令に「別段の定め」があれば控除できることになっています。

  労働基準法:賃金は全額支払え。でも法令で別段の定めがあれば控除していいよ。
 
労働基準法第二十四条(賃金の支払)
1 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。


 ここでいう「別段の定め」が所得税法の規定ということになります。この例外規定がなければ、給与支給者は、全額払いの原則に違反して源泉徴収するか、徴収義務に違反して全額賃金を払うか、どちらかを選択しなければならないところでした。

 今回の改正により、この別段の定めが「月次減税後の所得税を徴収しろ」に置き替えられることになります(年調の記述は省略)。そうすると、賃金から控除できるのは「月次減税後の所得税」に限られるということになります。
 したがって、「月次減税前の所得税」を控除することはできなくなります。


 では、労使協定(賃金控除協定)にて「定額減税前の所得税」を控除できると定めた場合、このような労使協定は有効なものとなるでしょうか。

 残念ながら、労働法学においても、租税法学と同様、学者先生の議論が集まるのは、判決が出たことのある論点まわりや欧米で論じられていることに限られていて。この手の地味な論点について触れられることは、まあないですよね。

「注釈労働基準法・労働契約法 第1巻」(有斐閣2023)

 古(いにしえ)の通達があるくらいで、ここでは参考にならない。何なの「事理明白なもの」って?

昭和27年9月20日基発675号
 購買代金、社宅、寮、その他の福利・厚生施設の費用、社内預金、組合費等、事理明白なものについてのみ、賃金から控除できる。



 仕方がないので、畢竟独自の見解を開陳してみるに。

 『月次でやらずに年調でやる』なんてのは、『国民の皆様に早く減税効果を味あわせてあげよう』というお国の慈悲・下心(立法趣旨)からはおよそ許されない所業であって。この趣旨を没却するような労使協定は無効、と言われてもおかしくはないでしょう。

 念のため。私自身が月次減税を支持しているということではなく。みんな大好き《趣旨解釈》からすれば、このように解釈せざるをえないのでは、ということです。

横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)

 もし、労働者代表に協定してもらえない、あるいは、そもそも協定できない事項だとすると、「月次減税前の所得税」を賃金から控除することは、労働基準法上の「全額払」違反に該当してしまうことになります。


 では仮に、労働者から「個別の同意」がもらえた場合はどうなのか。お国の政策に真っ向から反する同意は無効、ということになってしまうのかどうか。

 この点も、判決まわりの「真意」枠組みでの議論ばかりが目立っていて。(労働法秩序外の)「公序」の観点からの同意規制という論じられ方が目立たない。

 『労働者の同意があったとしても法律上の効力が認められないものがあるか。』という議論については、せいぜいが労働法・民法の「強行法規性」として論じられるくらいで。租税法にかぎらず他の法分野との関係について議論されたものって、あるのでしょうか。
 労基法に「法令に別段の定めがある場合」などといった規定がある以上、他法の規律が流れ込んできてしまうことは避けられないと思うのですが。


 といったように、労基法上の疑問もあるわけですが、では「労基署」が実際にどこまで本気で突っ込むかについては、肌感がないので私には全くわかりません。
 従業員が誰か一人でも密告したら、労基署も対応せざるをえないことになるでしょうか。

 たとえばですが、会社が資金繰り苦しいということで、「6月の給与から、従業員は一定額を会社に貸し付ける。会社は12月に無利息で返す。」みたいな労使協定を結んだとしたら、どう考えてもアウトですよね。これ、従業員にとって経済的なプラス・マイナスでいえば「月次減税やらないで年調でやる」というのと同じノリなはずです。

 もし、前者は駄目だが後者はいいと感じるとするならば、評価が分かれるポイントはどこにあるのでしょうか。


 当然のことながら、国税庁のQ&Aでは、税法以外の規律について触れられることはないです。
 「支払明細」「源泉徴収票」への反映のさせ方については書いてあるのに、「賃金台帳」については何も触れていないのも、前者が所得税法、後者が労働基準法と根拠法(令)の違いを露骨に意識したが故でしょうし。

 以前、インボイスに関して錚々たる官庁が雁首揃えて公表したQ&Aみたいなものを、厚生労働省と連名で発表してくれるのかどうか(期待薄)。

免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A
posted by ウロ at 09:56| Comment(0) | 所得税法

『定額減税、年末調整でやるから月次でやらなくていいしょや?』(税務編)

 以前仄めかしたとおり、「定額減税」についてQ&Aベースのあーでもないこーでもないが溢れかえっており。きちんと条文(成立ずみ)を引用したものが目立たない。

みんな大好き!倒産防(その5) 〜令和6年度改正法律案

 インボイスの8割控除でデマの拡散に付き合わされたというのに、また同じことの繰り返し。

【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 決定版


 タイトル記載の疑問、ちらほら見かけますが、節税ライターの方々の記事では、下記「国税庁Q&A」の記述をなぞるだけで終わりがち。

2−4 給与所得者における定額減税の適用選択権の有無

問 給与所得者が、主たる給与の支払者のもとで定額減税の適用を受けるか受けないかを、自分で選択することはできますか。
[A] 令和6年6月1日現在、給与の支払者のもとで勤務している人のうち、給与等の源泉徴収において源泉徴収税額表の甲欄が適用される居住者の人(その給与の支払者に扶養控除等申告書を提出している居住者の人)については、一律に主たる給与の支払者のもとで定額減税の適用を受けることになり、自分で定額減税の適用を受けるか受けないかを選択することはできません。


 ここには「定額減税」としか書かれておらず。
 では「月次減税はしないで年調減税で精算する」という選択をすることは許されるか、という疑問に対して、これだけ読んでもどうしたって結論は出てきません。

 そこで、条文を確認する必要があります。


 年調減税を省いても、月次減税だけで相当なボリュームあるのですが、必要箇所に絞って引用。1年限りなので、ということで「措置法」に規定されており、珍しく措置法の本領発揮という感じ。

新租税特別措置法第四十一条の三の七(令和六年六月以後に支払われる給与等に係る特別控除の額の控除等)
1 令和六年六月一日において給与等(所得税法第百八十三条第一項に規定する給与等をいう。以下この条及び次条において同じ。)の支払者から主たる給与等(給与所得者の扶養控除等申告書(同法第百九十四条第八項に規定する給与所得者の扶養控除等申告書をいう。第三項第一号及び第二号並びに次条第二項第二号において同じ。)の提出の際に経由した給与等の支払者から支払を受ける給与等をいう。以下この項及び次項において同じ。)の支払を受ける者である居住者の同日以後最初に当該支払者から支払を受ける同年中の主たる給与等(同年分の所得税に係るものに限り、同法第百九十条の規定の適用を受けるものを除く。次項及び第五項において「第一回目控除適用給与等」という。)につき同法第四編第二章第一節の規定により徴収すべき所得税の額は、当該所得税の額に相当する金額(以下この項及び次項において「第一回目控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額」という。)から給与特別控除額を控除した金額に相当する金額とする。この場合において、当該給与特別控除額が当該第一回目控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額を超えるときは、当該控除をする金額は、当該第一回目控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額に相当する金額とする。

2 前項の場合において、給与特別控除額を第一回目控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額から控除してもなお控除しきれない金額(以下この項において「第一回目控除未済給与特別控除額」という。)があるときは、当該第一回目控除未済給与特別控除額を、前項の居住者が第一回目控除適用給与等の支払を受けた日後に当該第一回目控除適用給与等の支払者から支払を受ける令和六年中の主たる給与等(同年分の所得税に係るものに限り、所得税法第百九十条の規定の適用を受けるものを除く。以下この項において「第二回目以降控除適用給与等」という。)につき同法第四編第二章第一節の規定により徴収すべき所得税の額に相当する金額(以下この項において「第二回目以降控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額」という。)から順次控除(それぞれの第二回目以降控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額に相当する金額を限度とする。)をした金額に相当する金額をもつて、それぞれの第二回目以降控除適用給与等につき同節の規定により徴収すべき所得税の額とする。

3 前二項に規定する給与特別控除額は、三万円(次に掲げる者がある場合には、三万円にこれらの者一人につき三万円を加算した金額)とする。
 一 給与所得者の扶養控除等申告書に記載された源泉控除対象配偶者(所得税法第二条第一項第三十三号の四に規定する源泉控除対象配偶者をいい、居住者に限る。第四十一条の三の九第三項第一号において同じ。)で合計所得金額の見積額が四十八万円以下である者
 二 給与所得者の扶養控除等申告書に記載された控除対象扶養親族(所得税法第二条第一項第三十四号の二に規定する控除対象扶養親族をいい、居住者に限る。次条第二項第二号及び第四十一条の三の九第三項第二号において同じ。)
 三 第五項に規定する申告書に記載された同一生計配偶者(第一号に掲げる者を除く。)
 四 第五項に規定する申告書に記載された扶養親族(第二号に掲げる者を除く。)

4 第一項又は第二項の規定の適用がある場合における所得税法その他の所得税に関する法令の規定の適用については、第一項又は第二項の規定による控除をした後の金額に相当する金額は、それぞれ所得税法第四編第二章第一節の規定により徴収すべき所得税の額とみなす。


 このうち特に第4項の書きぶりが重要かと思います。
 すなわち、定額減税という独立の減税項目を追加するのではなく。給与源泉できる金額をダイレクトに減らすこととしています。
 こんなこと、わざわざ第4項を設けなくても、第1項の書きぶりからだけでもその趣旨は読み取れるようにも思えます。が、わざわざ「みなす」などという規定でダメ押しをしているわけです。

 同項にいう「所得税法第四編第二章第一節」には複数条文がありますが、メインとなるのは以下の規定かと。

所得税法第百八十三条(源泉徴収義務)
1 居住者に対し国内において第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等(以下この章において「給与等」という。)の支払をする者は、その支払の際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。


 同条にいう「所得税」が、上記の第4項によって「月次減税後の所得税」に置き替えられるということになります。


 この書きぶりを念頭において、事案に即して検討してみます。

 たとえば、月次減税を適用した場合としなかった場合とで、会社全体の徴収税額が次のとおりになったとします(一度で全額控除しきれたとする)。月次減税しない場合は、12月に年調減税で反映することになると。
         
        2024年 6月分 〜(略)〜 2024年12月分
月次減税する  70万円(▲30万円)     100万円
月次減税しない 100万円          70万円(▲30万円)
 
 どのタイミングで減税しようが、年間通した税額は同額となります(全員が月次・年調とも対象で人員変動なかったとして)。
 が、6月分の源泉税と12月分の源泉税とは別モノとして扱われます。なので、月次減税を適用しなかった場合、形式上は6月分は30万円の「納付しすぎ」、12月分は30万円の「納付不足」ということになります。

 これを税務署側で勝手に相殺してくれるわけではなく。もし充当してほしいなら、あらためて6月分で月次減税を適用した場合の税額を算出して、充当の届出をしなければならないはずです。


 『◯◯しなかったら税務署にバレますか?』的な挨拶文がありますが。月次減税に関しては「ダダ漏れ」だと思います。

 たとえば、5月分と6月分の源泉税納付書を比べてみて、「支給額・人員」が同程度だとして「納税額」も同程度だとしたら、『この会社、月次減税してないな。』とモロバレです。
 通常は、実地調査に入って資料を突き合わせることで指摘事項を上げていくのがメインかと思います。が、定額減税については、税務署の手元資料だけで容易に釣り上げることが可能となっています。
 源泉データから抽出しておいて、年末調整が終わったころに対象会社に一斉にお手紙(お尋ね)出すだけで、入れ食い状態。


 あとは税務署がそこまで本気でやるかどうかの話です。

 ただでさえクソ忙しいであろうに、今年限りの制度のためにそこまで本気をだすか?とも思えます。が、大綱発表直後から、特設サイト・リーフレット・Q&A・様式・動画・全国説明会などなどを次々と繰り出してくるなど、相当なリソースを投入しています。インボイス施行直後の確定申告時期などという地獄の中で、定額減税の準備もやらされているわけです。

 ここまでのことをやらされておきながら、我々納税者が真面目に月次減税しなかったとしたら、八つ当たり・逆恨みくらいされてもおかしくないでしょう。
 あるいは、コロナ禍で激減した調査実績をリカバリーするため、定額減税で取り戻そうとするかもしれません。調査経験積めていない新米調査官の実地教育にもちょうどよさそうですし。

 と、こんなものはあくまでも私の妄想にすぎませんが、「年末調整でやればいいんじゃない」などとお気軽に無責任なことは言いにくいわけです。


 もう一点論点があるのですが、記事を分けます。

『定額減税、年末調整でやるから月次でやらなくていいしょや?』(労務編)
posted by ウロ at 09:55| Comment(0) | 所得税法