2024年04月01日

『定額減税、年末調整でやるから月次でやらなくていいしょや?』(労務編)

 給与周りについては、税理士といえども労働法・社会保障法絡みの事柄も意識しておかなかければなりません。定額減税についても言わずもがな。

『定額減税、年末調整でやるから月次でやらなくていいしょや?』(税務編)

 社労士側では「定額減税は税制だから詳しくは税理士へ」と言い、税理士側では税制の観点からのみしか対応しない、という不幸なミスマッチが起こりがち。

 以下、労務絡みで検討すべきと思われる点を記述しておきます。もちろん、税理士として外野の立場からの物言いにすぎませんので、各自、顧問の社労士先生までご確認ください。


 会社は給与計算の際に、当たり前のように所得税を給与から控除しています。仮に、従業員が「自分は確定申告しているから勝手に控除するな」と言ったとしても、控除しなければなりません。
 なぜなら、それが所得税法上の義務だからです(源泉徴収義務)。

  所得税法:給与支払う際に所得税を徴収して納付しろ。

所得税法第百八十三条(源泉徴収義務)
1 居住者に対し国内において第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等(以下この章において「給与等」という。)の支払をする者は、その支払の際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。


 他方で、労働基準法上、賃金から勝手に何かを控除することはできないのが原則です(全額払の原則)。が、法令に「別段の定め」があれば控除できることになっています。

  労働基準法:賃金は全額支払え。でも法令で別段の定めがあれば控除していいよ。
 
労働基準法第二十四条(賃金の支払)
1 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。


 ここでいう「別段の定め」が所得税法の規定ということになります。この例外規定がなければ、給与支給者は、全額払いの原則に違反して源泉徴収するか、徴収義務に違反して全額賃金を払うか、どちらかを選択しなければならないところでした。

 今回の改正により、この別段の定めが「月次減税後の所得税を徴収しろ」に置き替えられることになります(年調の記述は省略)。そうすると、賃金から控除できるのは「月次減税後の所得税」に限られるということになります。
 したがって、「月次減税前の所得税」を控除することはできなくなります。


 では、労使協定(賃金控除協定)にて「定額減税前の所得税」を控除できると定めた場合、このような労使協定は有効なものとなるでしょうか。

 残念ながら、労働法学においても、租税法学と同様、学者先生の議論が集まるのは、判決が出たことのある論点まわりや欧米で論じられていることに限られていて。この手の地味な論点について触れられることは、まあないですよね。

「注釈労働基準法・労働契約法 第1巻」(有斐閣2023)

 古(いにしえ)の通達があるくらいで、ここでは参考にならない。何なの「事理明白なもの」って?

昭和27年9月20日基発675号
 購買代金、社宅、寮、その他の福利・厚生施設の費用、社内預金、組合費等、事理明白なものについてのみ、賃金から控除できる。



 仕方がないので、畢竟独自の見解を開陳してみるに。

 『月次でやらずに年調でやる』なんてのは、『国民の皆様に早く減税効果を味あわせてあげよう』というお国の慈悲・下心(立法趣旨)からはおよそ許されない所業であって。この趣旨を没却するような労使協定は無効、と言われてもおかしくはないでしょう。

 念のため。私自身が月次減税を支持しているということではなく。みんな大好き《趣旨解釈》からすれば、このよう解釈せざるをえないのでは、ということです。

横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)

 もし、労働者代表に協定してもらえない、あるいは、そもそも協定できない事項だとすると、「月次減税前の所得税」を賃金から控除することは、労働基準法上の「全額払」違反に該当してしまうことになります。


 では仮に、労働者から「個別の同意」がもらえた場合はどうなのか。お国の政策に真っ向から反する同意は無効、ということになってしまうのかどうか。

 この点も、判決まわりの「真意」枠組みでの議論ばかりが目立っていて。(労働法秩序外の)「公序」の観点からの同意規制という論じられ方が目立たない。

 『労働者の同意があったとしても法律上の効力が認められないものがあるか。』という議論については、せいぜいが労働法・民法の「強行法規性」として論じられるくらいで。租税法にかぎらず他の法分野との関係について議論されたものって、あるのでしょうか。
 労基法に「法令に別段の定めがある場合」などといった規定がある以上、他法の規律が流れ込んできてしまうことは避けられないと思うのですが。


 といったように、労基法上の疑問もあるわけですが、では「労基署」が実際にどこまで本気で突っ込むかについては、肌感がないので私には全くわかりません。
 従業員が誰か一人でも密告したら、労基署も対応せざるをえないことになるでしょうか。

 たとえばですが、会社が資金繰り苦しいということで、「6月の給与から、従業員は一定額を会社に貸し付ける。会社は12月に無利息で返す。」みたいな労使協定を結んだとしたら、どう考えてもアウトですよね。これ、従業員にとって経済的なプラス・マイナスでいえば「月次減税やらないで年調でやる」というのと同じノリなはずです。

 もし、前者は駄目だが後者はいいと感じるとするならば、評価が分かれるポイントはどこにあるのでしょうか。


 当然のことながら、国税庁のQ&Aでは、税法以外の規律について触れられることはないです。
 「支払明細」「源泉徴収票」への反映のさせ方については書いてあるのに、「賃金台帳」については何も触れていないのも、前者が所得税法、後者が労働基準法と根拠法(令)の違いを露骨に意識したが故でしょうし。

 以前、インボイスに関して錚々たる官庁が雁首揃えて公表したQ&Aみたいなものを、厚生労働省と連名で発表してくれるのかどうか(期待薄)。

免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A
posted by ウロ at 09:56| Comment(0) | 所得税法

『定額減税、年末調整でやるから月次でやらなくていいしょや?』(税務編)

 以前仄めかしたとおり、「定額減税」についてQ&Aベースのあーでもないこーでもないが溢れかえっており。きちんと条文(成立ずみ)を引用したものが目立たない。

みんな大好き!倒産防(その5) 〜令和6年度改正法律案

 インボイスの8割控除でデマの拡散に付き合わされたというのに、また同じことの繰り返し。

【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 決定版


 タイトル記載の疑問、ちらほら見かけますが、節税ライターの方々の記事では、下記「国税庁Q&A」の記述をなぞるだけで終わりがち。

2−4 給与所得者における定額減税の適用選択権の有無

問 給与所得者が、主たる給与の支払者のもとで定額減税の適用を受けるか受けないかを、自分で選択することはできますか。
[A] 令和6年6月1日現在、給与の支払者のもとで勤務している人のうち、給与等の源泉徴収において源泉徴収税額表の甲欄が適用される居住者の人(その給与の支払者に扶養控除等申告書を提出している居住者の人)については、一律に主たる給与の支払者のもとで定額減税の適用を受けることになり、自分で定額減税の適用を受けるか受けないかを選択することはできません。


 ここには「定額減税」としか書かれておらず。
 では「月次減税はしないで年調減税で精算する」という選択をすることは許されるか、という疑問に対して、これだけ読んでもどうしたって結論は出てきません。

 そこで、条文を確認する必要があります。


 年調減税を省いても、月次減税だけで相当なボリュームあるのですが、必要箇所に絞って引用。1年限りなので、ということで「措置法」に規定されており、珍しく措置法の本領発揮という感じ。

新租税特別措置法第四十一条の三の七(令和六年六月以後に支払われる給与等に係る特別控除の額の控除等)
1 令和六年六月一日において給与等(所得税法第百八十三条第一項に規定する給与等をいう。以下この条及び次条において同じ。)の支払者から主たる給与等(給与所得者の扶養控除等申告書(同法第百九十四条第八項に規定する給与所得者の扶養控除等申告書をいう。第三項第一号及び第二号並びに次条第二項第二号において同じ。)の提出の際に経由した給与等の支払者から支払を受ける給与等をいう。以下この項及び次項において同じ。)の支払を受ける者である居住者の同日以後最初に当該支払者から支払を受ける同年中の主たる給与等(同年分の所得税に係るものに限り、同法第百九十条の規定の適用を受けるものを除く。次項及び第五項において「第一回目控除適用給与等」という。)につき同法第四編第二章第一節の規定により徴収すべき所得税の額は、当該所得税の額に相当する金額(以下この項及び次項において「第一回目控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額」という。)から給与特別控除額を控除した金額に相当する金額とする。この場合において、当該給与特別控除額が当該第一回目控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額を超えるときは、当該控除をする金額は、当該第一回目控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額に相当する金額とする。

2 前項の場合において、給与特別控除額を第一回目控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額から控除してもなお控除しきれない金額(以下この項において「第一回目控除未済給与特別控除額」という。)があるときは、当該第一回目控除未済給与特別控除額を、前項の居住者が第一回目控除適用給与等の支払を受けた日後に当該第一回目控除適用給与等の支払者から支払を受ける令和六年中の主たる給与等(同年分の所得税に係るものに限り、所得税法第百九十条の規定の適用を受けるものを除く。以下この項において「第二回目以降控除適用給与等」という。)につき同法第四編第二章第一節の規定により徴収すべき所得税の額に相当する金額(以下この項において「第二回目以降控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額」という。)から順次控除(それぞれの第二回目以降控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額に相当する金額を限度とする。)をした金額に相当する金額をもつて、それぞれの第二回目以降控除適用給与等につき同節の規定により徴収すべき所得税の額とする。

3 前二項に規定する給与特別控除額は、三万円(次に掲げる者がある場合には、三万円にこれらの者一人につき三万円を加算した金額)とする。
 一 給与所得者の扶養控除等申告書に記載された源泉控除対象配偶者(所得税法第二条第一項第三十三号の四に規定する源泉控除対象配偶者をいい、居住者に限る。第四十一条の三の九第三項第一号において同じ。)で合計所得金額の見積額が四十八万円以下である者
 二 給与所得者の扶養控除等申告書に記載された控除対象扶養親族(所得税法第二条第一項第三十四号の二に規定する控除対象扶養親族をいい、居住者に限る。次条第二項第二号及び第四十一条の三の九第三項第二号において同じ。)
 三 第五項に規定する申告書に記載された同一生計配偶者(第一号に掲げる者を除く。)
 四 第五項に規定する申告書に記載された扶養親族(第二号に掲げる者を除く。)

4 第一項又は第二項の規定の適用がある場合における所得税法その他の所得税に関する法令の規定の適用については、第一項又は第二項の規定による控除をした後の金額に相当する金額は、それぞれ所得税法第四編第二章第一節の規定により徴収すべき所得税の額とみなす。


 このうち特に第4項の書きぶりが重要かと思います。
 すなわち、定額減税という独立の減税項目を追加するのではなく。給与源泉できる金額をダイレクトに減らすこととしています。
 こんなこと、わざわざ第4項を設けなくても、第1項の書きぶりからだけでもその趣旨は読み取れるようにも思えます。が、わざわざ「みなす」などという規定でダメ押しをしているわけです。

 同項にいう「所得税法第四編第二章第一節」には複数条文がありますが、メインとなるのは以下の規定かと。

所得税法第百八十三条(源泉徴収義務)
1 居住者に対し国内において第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等(以下この章において「給与等」という。)の支払をする者は、その支払の際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。


 同条にいう「所得税」が、上記の第4項によって「月次減税後の所得税」に置き替えられるということになります。


 この書きぶりを念頭において、事案に即して検討してみます。

 たとえば、月次減税を適用した場合としなかった場合とで、会社全体の徴収税額が次のとおりになったとします(一度で全額控除しきれたとする)。月次減税しない場合は、12月に年調減税で反映することになると。
         
        2024年 6月分 〜(略)〜 2024年12月分
月次減税する  70万円(▲30万円)     100万円
月次減税しない 100万円          70万円(▲30万円)
 
 どのタイミングで減税しようが、年間通した税額は同額となります(全員が月次・年調とも対象で人員変動なかったとして)。
 が、6月分の源泉税と12月分の源泉税とは別モノとして扱われます。なので、月次減税を適用しなかった場合、形式上は6月分は30万円の「納付しすぎ」、12月分は30万円の「納付不足」ということになります。

 これを税務署側で勝手に相殺してくれるわけではなく。もし充当してほしいなら、あらためて6月分で月次減税を適用した場合の税額を算出して、充当の届出をしなければならないはずです。


 『◯◯しなかったら税務署にバレますか?』的な挨拶文がありますが。月次減税に関しては「ダダ漏れ」だと思います。

 たとえば、5月分と6月分の源泉税納付書を比べてみて、「支給額・人員」が同程度だとして「納税額」も同程度だとしたら、『この会社、月次減税してないな。』とモロバレです。
 通常は、実地調査に入って資料を突き合わせることで指摘事項を上げていくのがメインかと思います。が、定額減税については、税務署の手元資料だけで容易に釣り上げることが可能となっています。
 源泉データから抽出しておいて、年末調整が終わったころに対象会社に一斉にお手紙(お尋ね)出すだけで、入れ食い状態。


 あとは税務署がそこまで本気でやるかどうかの話です。

 ただでさえクソ忙しいであろうに、今年限りの制度のためにそこまで本気をだすか?とも思えます。が、大綱発表直後から、特設サイト・リーフレット・Q&A・様式・動画・全国説明会などなどを次々と繰り出してくるなど、相当なリソースを投入しています。インボイス施行直後の確定申告時期などという地獄の中で、定額減税の準備もやらされているわけです。

 ここまでのことをやらされておきながら、我々納税者が真面目に月次減税しなかったとしたら、八つ当たり・逆恨みくらいされてもおかしくないでしょう。
 あるいは、コロナ禍で激減した調査実績をリカバリーするため、定額減税で取り戻そうとするかもしれません。調査経験積めていない新米調査官の実地教育にもちょうどよさそうですし。

 と、こんなものはあくまでも私の妄想にすぎませんが、「年末調整でやればいいんじゃない」などとお気軽に無責任なことは言いにくいわけです。


 もう一点論点があるのですが、記事を分けます。

『定額減税、年末調整でやるから月次でやらなくていいしょや?』(労務編)
posted by ウロ at 09:55| Comment(0) | 所得税法