2024年07月29日

雑損控除の要件整理 〜助走編

 所得控除グループの中で、突出して《非日常系》なせいで、あまり理解がされていない(自戒込)可哀想な「雑損控除」。

 「資産損失」絡みということで、事業所得など個別の所得類型における損失の扱いとの関係も気にしなければならないところですし。

 ということで、雑損控除の要件について、条文(所得税法72条)ベースで整理しておきます。以下、入口である要件の整理までで、控除額の計算には触れません。

◯誰の資産が対象か?(ヒト)

 居住者又はその者と生計を一にする配偶者その他の親族で政令で定めるもの

・居住者
・生計一配偶者(総所得金額等48万円以下)
・生計一親族(総所得金額等48万円以下)

 本人の資産だけでなく、配偶者・親族の資産も対象となります。
 所得要件はおなじみ「合計所得金額」ではなく「総所得金額等」となっています。
 「政令」には、所得要件とどの居住者につけるかのルールが書かれています。

◯どのような資産が対象か?(モノ)

 資産(第六十二条第一項(生活に通常必要でない資産の災害による損失)及び第七十条第三項(被災事業用資産の損失の金額)に規定する資産を除く。)

 「全ての資産から一定の資産を除外する」という書き方で対象資産を絞り込んでいます。
 対象資産を漏れなくカバーしたいということかもしれませんが、裏から規定するのは、理解を妨げる大きな要因。

 下記記事のとおり、国税庁が分かりやすさを重視して、条文を勝手にひっくり返して類型化する、という所作がしばしば観測されているところですが。

リーガルマインド年末調整(その1) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド法定調書合計表 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克

 雑損控除については、なぜか条文どおりの慎重な書きぶりとなっています。

No.1110 災害や盗難などで資産に損害を受けたとき(雑損控除)


 仕方がないので、除外資産を抽出すると次のとおり。

【除外する資産】
・生活に通常必要でない資産
・棚卸資産(事業用)
・固定資産(事業用)
・繰延資産(事業用)
・山林

 巷の《税務お役立ち記事》でも、タックスアンサーに右ならえで同様の書きぶりであるものがほとんど。が、中には勇気を出して『対象資産は「生活に通常必要な資産」です。』と記述しているものも見かけました。

 が、これではきちんとひっくり返せていません。
 これを理解するには、所得税法全体における「資産」の分類を把握しなければなりません。ので、この点については次回検討することとします。

◯どのような事由が対象か?(コト)

 災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合(その災害又は盗難若しくは横領に関連してその居住者が政令で定めるやむを得ない支出をした場合を含む。)

・災害
・盗難
・横領

 そして、これらによる損失額及び関連支出が対象になるとされています。


 以上、条文上の要件を軽く交通整理しただけのものとなります。

 このうち、政令や通達でびっちり詳細が詰められているものについては省略して。2点ほど理解しにくいところを次回以降で検討します。

雑損控除における「盗難」「横領」 〜立てよ!借用概念論!
雑損控除における「資産」について 〜或いは所得税法におけるヒトの活動領域
posted by ウロ at 09:46| Comment(0) | 所得税法

2024年07月22日

水町勇一郎「水町詳解労働法 第3版 公式読本」(日本法令2024)

 本書は「詳解第3版」の読本であって、「詳解の読本」第3版ではない。
 といえば伝わるでしょうか。

水町勇一郎「水町詳解労働法 第3版 公式読本」(日本法令2024) Amazon

 要するに、詳解第2版の読本を買った人が本書を買う必要があるか、に対する答えが、「ある」だということです。

水町勇一郎「水町詳解労働法 第2版 公式読本」(日本法令2022) Amazon

 「続編」と謳ってくれれば分かりやすいのですが。なぜか「完全リニューアル版!」という、微妙な言い回し。
 「リニューアル」って、下記の第9版→第10版のようなときに使うものだと思うのですが。

水町勇一郎「労働法 第10版」(有斐閣2024) Amazon
 帯に「全面リニューアル!」と書いてある。中身にかかわらず、煽り文句は収斂していくものなのか。

【宣伝文句論】
税法思考が身につく、理想の教科書を求めて 〜終わりなき旅
高木光「行政法」(有斐閣2015)
小西國友「社会保障法」(有斐閣2001)

 一部前著の再掲もあるから完全新作とは言いにくい、ということなのでしょうか。

 それならそうで、出版社が対比表でも作ってくれればいいのに。
 設問が300→191と大幅減となっていて。前著からの選ばれし精鋭として何が残ったのか、気になりますし。

 「本書に興味があるような人は、どうせ水町先生大好きだから、細かい説明なんてしなくても買うだろ」ということなら、まあそうでしょうが。
 実際、普通の人は『詳解』を読むのに手一杯であって。『読本』にまで手をだそうとするのは、よっぽどのフリークスでしょう。


 ということで、前著を持っている方は、本書と入れ替えでうっかり前著を売っぱらったりしないように。

 そして、我々普通の人は『詳解』の分厚さ(1568頁)から逃げることなく。まずは『詳解』と向き合いましょう。
 本書は「詳解の読本」とはいうものの。『詳解』が理解しやすくなるというよりは、プラスαの要素が強めですし。

水町勇一郎「詳解 労働法 第3版」(東京大学出版会2023) Amazon

 しかし改めて。
 『詳解』の、1頁あたりのお値段の激安さ。『読本』のおよそ半額よ。

  詳解 8,580円 1568頁
  読本 2,640円 248頁 

 これは『読本』のほうが標準であって。東京大学出版会の「特定の」教科書に対する値段設定が変なんですよね(ありがとうございます)。

田中亘「会社法 第4版」(東京大学出版会2023) Amazon
posted by ウロ at 09:08| Comment(0) | 労働法

2024年07月19日

最高裁令和6年7月18日・第一小法廷判決(外国子会社合算税制) 雑感

 結論は「まあ、そうですよね。」くらいの感想なんですが。判決で展開されている、解釈の中身がしっくりこない。

最高裁令和6年7月18日・第一小法廷判決

 以下は違和感をそのまま吐き出しただけのものです。


 最高裁の解釈は次のとおり(ABCは私が挿入)。
 ちなみに、現行法だと施行令39条の14の3第28項第5号に対応します。

A 施行令39条の117第8項5号は、措置法68条の90第1項の規定の適用が除外される場合の要件の一つである非関連者基準を、主として保険業を行う特定外国子会社等について具体化するものである。そして、本件括弧書きは、特定外国子会社等が関連者との間の保険取引に関連者以外の者を介在させた場合の収入保険料の取扱いを明確にし、上記の者を形式的に介在させることによって非関連者基準を充足させ、同項の適用が除外されることとなるのを防ぐ趣旨に出たものと解される。

B このような本件括弧書きの趣旨に加えて、通常、保険に加入する者は、保険金の支払を受けることによって経済的不利益の保障、填補を受けることを目的として、保険料を負担して保険契約を締結するものと考えられることを踏まえると、本件括弧書きは、特定外国子会社等が保険者として再保険取引を行うに際し、当該再保険取引が関連者以外の者の資産又は損害賠償責任に係る経済的不利益を担保しようとするものである場合に限り、当該特定外国子会社等が当該再保険取引から得る収入保険料は関連者以外の者から収入するものとして扱うこととしたものと解される。

C したがって、本件括弧書きにいう「関連者以外の者が有する資産又は関連者以外の者が負う損害賠償責任を保険の目的とする保険」とは、関連者以外の者の資産又は損害賠償責任に係る経済的不利益を担保する保険をいうものと解すべきである。



 近時の最高裁の税法解釈の傾向について、「文理解釈が重視されている」みたいな評価がされることがあります。

 が、本判決は上記の通り、
  A 本規定の趣旨は、形式的に非関連者をかます遣り口を排除するためだよ
  B 通常、保険に加入するのは経済的不利益を担保するためだよ
  C ので、非関連者の保険かどうかは、誰の経済的不利益を担保するものかで判定するよ
という解釈を展開しており。

 「まずは文理解釈から入る」という基本お作法がガン無視されています。や、「まずは」どころかどこにも文理解釈が出てこない。


 ここで私が想定しているのが、「ホステス報酬源泉徴収事件」の最高裁判決

最高裁判所平成22年3月2日・第三小法廷判決
フローチャートを作ろう(その6) 〜判例法

 まずは文理解釈から入って趣旨解釈でフォローをする、という基本フォーマットがきれいに展開されています。

 なぜ、本判決では、この型によらなかったのか。
 変な独自性なんて発揮してもらわずとも。型に忠実に解釈を展開してもらえれば、それで十分なはずで。
 原審の、「資産・損害賠償責任は例示だよ!」なんていうアクロバティック趣旨解釈にアテられて、逆方向に全力疾走しようとでもしたのでしょうか。


 私個人の見立てでは、「文理どおりで取りたい結論が導けるなら文理解釈を重視する。文理どおりでは取りたい結論が出せない場合は、文理解釈を軽く扱って趣旨解釈等に走る」というのが、裁判所の態度ではないかと思っていました。

 が、本件に関しては、文理解釈だけでも取りたい結論を導くことはできたはずです。すなわち、

・「(関連者以外の者が負う)損害賠償責任を保険の目的とする保険」というのは、明らかに損害保険のうち「賠償責任保険」を指している。
・とすると、「(関連者以外の者が有する)資産を保険の目的とする保険」のほうは、損害保険のうち資産を被保険利益とする保険だといえる。
・本件保険はこれらに該当しないから、非関連者基準を満たさない。
で終わらせることができます。

 で、これだけだと説得力が弱いと思うなら、平成22年最高裁判決のように、趣旨からも同じ結論だよ、とそっと添えればいいだけです。
 のに、あえて文理解釈をすっとばす、本判決の謎。


 本判決Cでは、施行令の「保険の目的とする」を「経済的不利益を担保する」に言い換えています。

 私は保険法ド素人なので、よく分かっていないのですが。
 本件のような保険って、誰かの「経済的不利益」を担保するようなものではないですよね。顧客が亡くなったからといって、クレジット債権がいきなり焦げ付くわけでもないですし。
 Bで想定されている保険の典型例は、資産が壊れたとか、損害賠償責任を負ったとか、何かしらマイナス(経済的不利益)が生じて、それを埋めるために保険金をもらう、というものでしょう(損害保険そのもの)。
 が、本件契約はそういうものではない。

 ところが、本判決のあてはめを見る限り、最高裁は、本契約は「経済的不利益を担保する」ものではあるが、それが「関連者の」経済的不利益を担保するものだからだめ、と理解しているように思えます。

 もしかすると、顧客が亡くなると回収が「ほんのり面倒になる」程度のものを「経済的不利益」と捉えているのかもしれません。が、そこまで希薄なものを「経済的不利益」だといえるならば、顧客の側にもその程度の「経済的不利益」なら生じているともいえそうです。

 また、本判決のあてはめでは、「NRFMの資産の経済的不利益を担保するもの」だから非関連者基準を満たさない、といっているのですが。

 上記のとおり「経済的不利益」というものが極めて希薄なものでよいのならば。ひとつの保険が、NRFMにとっても顧客にとっても「経済的不利益を担保するもの」に該当する可能性もあるはずです。
 とすると、「顧客の資産の経済的不利益を担保するもの」ではない、というところまで言わないと足りないのではないでしょうか。
 

 本来、本判決が展開しなければならなかったこと。

 「保険の目的」を「経済的不利益の担保」に言い換えること、などではなく。原審における「資産・損害賠償責任は例示だ」というアクロバティック趣旨解釈を、正面から叩き潰すことではなかったのではないでしょうか。

 あまたある保険の中で、あえて「資産・損害賠償責任」を保険の目的とするものだけを取り上げている以上、文言上は「限定列挙」と理解せざるをえないわけで。
 あとは趣旨解釈からも、「資産・損害賠償責任」だけに限定したことを正当化できればよいはずです。

 のに、この点については何の論証もしていない。
 上記の通り、最高裁が想定しているであろう「経済的不利益」では、大した縛りにならないのであって。むしろ、こちらを固めておくほうが重要だったのではないでしょうか。


 ただ、CFC税制の制度趣旨から辿っていっても、「資産・損害賠償責任」に限定したことを正当化するの、難しくないでしょうか。「非関連者の」のほうが重要であって、何を保険の目的とするかのほうを限定する意味って、どの程度あるのでしょうか。

 保険の種類を限定しすぎで、《過剰課税》が生じているという評価もありうるわけで。
 もしそうだすると、「みずほCFC事件最高裁判決」のごとく、「課税要件の明確性」やら「課税執行面における安定性」といった《制度外在的》な理由付けを持ち込んで、どうにか正当化するしかないでしょうか。

みずほCFC事件判決 〜最高裁令和5年11月6日判決 (雑感)

 なお、本件についても、「委任立法」の問題として論ずることもできたはずですが。そういう議論は展開されておらず。
 あちらは第二小法廷、こちらは第一小法廷と裁判体が違うといえど、どちらも広い意味では「趣旨解釈」を展開していると括ることができるわけで。
 が、その論理展開は全然違うし、私個人としても、それぞれ別の意味で違和感があります。

 その違和感の違いを正面から整理したいところですが。その心の余裕が、現状無い。


 以上、「保険(法)」に関する知識がふんわりしたまま書いていますので、正確性はまったく保証できません。
posted by ウロ at 11:37| Comment(0) | 判例イジり

2024年07月15日

北村豊「見解の相違を解消するヒント」(中央経済社2022)

 あくまでも「非専門家」向けの裁決ご紹介もの、というコンセプトなのでしょうか。

北村豊「見解の相違を解消するヒント」(中央経済社2022) Amazon

 はしがきに「税務調査における見解の相違のほとんどは、事実認定の問題です。」とあって。
 私には乏しい経験しかないので、定量的な定見は全くもっていないのですが。本書でご紹介されている裁決についていえば、それらを全て「事実認定が問題となった事例」と括るには、いまいちしっくりこないものが混ざっている、というのが私の所感。


 一例だけあげてみます。中身の解説は省略しますので、各自原文をご確認ください。

令和2年7月7日裁決 裁決事例集NO.120
 
 本裁決につき、本書では、請求人の、その給与等に充てるためという「主観的な目的」を、「客観的なカネの流れ」を使って事実認定した事例、として紹介されています。主観そのものをダイレクトに立証するのは難しいので、客観的な事実をしっかり整えておこうね、と。

 が、私が邪推するかぎりでは、この事例は、措置法にいう「その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」(以下「充て金」(あてきん)と略します)の意味そのものについて、納税者と課税庁とで見解がズレていたため、争いになった事例なのではないかと思いました。


 ここで、「法の解釈・適用」が問題となる場面の見取り図を整理しておきます。

 1 問題となる条文をもってくる
 2 条文から法律要件を仕立て上げる 《法解釈論》
  2.5 法律要件を裁判で使えるように要件事実化する 《要件事実論》
 3 法律要件に該当する事実があるかどうかを判定する 《事実認定論》
 4 認定事実を法律要件にあてはめる  (規範的要件)
 5 結論

 以下、補足です。

2 法解釈論
 「文言解釈」だけで足りるのであれば1=2となります。が、法的紛争が生じる場面というのは、往々にして、条文を文字通りに解釈しても結論が出せないがゆえ、のものです。
 そこで、当該事案において使えるよう、条文を「法律要件」として仕立て上げる必要があります。

フローチャートを作ろう(その2) 〜定義付け解釈

2.5 要件事実論
 2法解釈論と2.5要件事実論を分けているのは、法的問題が生じるのが、裁判の場面だけではないからです。裁判以外の場面においては、わざわざ要件事実化する必要はありません(将来裁判になったら、を考える際は必要ですが)。
 ので、要件事実論は「x.5」扱いとなります。

 というか、要件事実論を展開するには、その前提として、実体法レベルでの法解釈を施しておく必要があるのであって。実体法レベルの法解釈をすっ飛ばして、いきなり要件事実論を展開しようとするのは、ただの砂上の楼閣です。

 伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)


 なお、《立証責任の分配》というものを意識するならば、「充て金」該当性を、課税庁/納税者のいずれが立証するのかが問題となるはずです。が、「充て金」であることは、場面(前期/当期)によって納税者に有利となったり不利となったりする厄介な要件です(本件では「あたる」と納税者有利)。

 もし、課税要件事実の分配につき、「課税処分を根拠付ける事実は課税庁が立証責任を負担する」という見解を取った場合、「充て金」充当性については、事案によって、課税庁が「あたること」を立証すべきとされたり、「あたらないこと」を立証すべきとされたりと、変わってしまうことになります。

 そのため、本記事では立証責任の分配については触れないこととします。

4 あてはめ
 あてはめのところに(規範的要件)を記載した理由。

 たとえば、問題となっている要件が「成年」の場合には、3で「生まれた日」が認定できれば、そのまま結論を導き出すことができます。

 これに対し、「公序良俗」の場合、2.5で評価根拠事実と評価障害事実に分解し、3でそれぞれの事実が認定できたとしても。それら事実から、いきなり結論を導くことはできません。これら事実を「総合考慮」して結論を導き出す、というプロセスが必要となります。
 そこで、これを「あてはめ」の問題として位置づけておきました。


 このような見取り図を踏まえて。

 そもそも「充て金」といえるためにはどのような事実があればよいのでしょうか(2法解釈論)。

 たとえばですが。
 当事務所の顧問先で、経理の社員が1週間休むということで、当事務所の職員に経理代行しに行ってもらったとしましょう。顧客からは当事務所に委託料を支払ってもらい、職員には当事務所から特別手当を支払います。
 この場合、もらった委託料は、当事務所にとって「充て金」となるでしょうか。

 私の心の中に、「充てるつもり」という気持ちがありさえすればよいのか。
 本書の書きぶりからすると、法律要件レベルでは「主観的な目的」さえあればよく、「客観的なカネの流れ」はあくまでも間接事実として位置づけられているように読めます。そのような理解でよいのかどうか。

 また、もらった委託料と払った特別手当は「同額」である必要があるのでしょうか。仮に「同額」でなければならないとして、社保(本人負担・会社負担)や所得税・住民税はどのように考慮すればよいのでしょうか。額面が同額ならいいのかどうか。

 これら問題を解決するには、「その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」を文言解釈するだけでは足りず。「法律要件」として仕立て上げる必要があります。
 そして、主観的事実なり客観的事実なりが、法律要件そのものなのか、それとも法律要件を立証するための間接事実に位置づけられるものなのかどうか、事実・証拠の構造を明らかにする必要があります。

 さらに、もしこの法律要件が《規範的要件》型の要件であるならば、どのように「あてはめ」を行うかも問題となってきます。

 と、このように、「充て金」にあたるかを判定するためには、いきなり事実認定に突撃することはできず。その前提として、解釈による解きほぐしが必要になるはずです。


 では、裁決自身がどういっているかというと。

 私が理解する限りですが。裁決も本書と同様、法解釈には触れずにいきなり事実認定⇒結論と展開しているように読めます。規範らしきものがどこにも書かれていない。

 これは、本件限りでは条文の「文言解釈」だけから結論が導けるので、わざわざ法律要件化するまでもない、と捉えればよいでしょうか。あるいは、裁判例もない状況で、審判所のほうで先走って規範化したくない、ということなのかどうか。

 「裁決自身も法解釈論展開してないんだから、素直に受け取ればいいじゃん。」と思われるかもしれません。
 が、我々実務家が、他人様の事案の裁決・判決をわざわざ読むのは、下世話な野次馬根性からなどでは決してなく。自分が関わる事案にどのような影響があるかを見極めるためです。

 本件についても、単に事実認定レベルの問題として捉えるのではなく。
 裁決が明示していないとはいえ、背後には、何かしらの規範を想定して結論を出しているはずで。本件で認定された事実から逆算してその規範を抽出し、自分がかかわる事案でも使えるようにしておく、というのが、実務家に必要な作業なのだと思います。

 本件における納税者も、やみくもに事実をあげたわけではなく。審判所が想定しているであろう規範を推測し、それに沿った事実を主張・立証していったものと思われます。
 仮に、審判所が「充て金かどうかはH会がどういうつもりで協力金を支払っていたかで判断する」という見解をとっていたとしたら。納税者があれこれあげている事実は、全く意味のないものだということになってしまうわけで。

 本裁決から何某かの学びを得るのだとしたら、「規範にそった事実を集めよう」ということになるでしょうか。


 なお、裁決から何某かを読み取るにあたっては、裁決に「書かれている」ことからだけでは足りず。何が「書かれていない」か、からも意味を取る(裏読み)必要があったりします。
 本裁決でいえば、規範についてはダンマリ、というところです。あるいは、当事者の主張として書かれている事実のうち、審判所の判断では認定されていないものとか。

 それゆえ、専門誌などで一部だけが引用されているものを読んでも、部分的な理解しかできず。正確に理解するためには、はやり原文(全文)を読む必要があるわけです。



 まあ、最初に書いた通り、本書の主目的が、非専門家向けに「とにかく事実が大事だよ」と啓蒙するものなのであれば。対象読者でもない外野が勝手なことを言っているだけ、の言いがかり系の記事と成り果てます。

 専門家があえて読むならば、「本当に事実だけの問題か?」という問題意識をもって読めば、アクティブ・ラーニングとして活用できるのではないでしょうか。

アクティブ・ラーニング(カテゴリ)

北村豊「争えば税務はもっとフェアになる」(中央経済社2020)
posted by ウロ at 10:08| Comment(0) | 租税法の教科書

2024年07月08日

最高裁令和6年7月4日第一小法廷判決(労災・メリット制)における「行政/司法」と「実体法/手続法」の交錯

 結論だけみると、労働者に寄り添った感が出ていますが。どうにもそれだけではない感じがするんですよね。

最高裁令和6年7月4日・第一小法廷判決 雑感(労災・メリット制)

 ということで、違和感の出どころを探ってみます。


 私の理解するかぎりでの、保険給付/不支給処分と保険料認定処分の法的構造は次の通り。

メリット制.png

・矢印は、影響を及ぼすことを表しています。
・事業主/労働者は、判決については「原告」、行政処分については「名宛人」を表しています。
・あり/なしは、支給要件のあり/なしを表しています。
・厳密には、審査請求、再審査請求も考慮しないといけないのですが、「行政」レベルにまとめて含まれているとして扱います。

@A
 ここは、取消判決の拘束力により、当然の帰結です。

B
 本判決にて、影響がないと判断されました。その結果、事業主は保険給付処分に対する取消訴訟を提起することはできません(原告適格なし)。

C
 平成13年決定によると、ここは影響があると判断されています。具体的にどこまでの効力かは明記されていませんが、「法律上」の利害関係があるとされている以上、なにかしら法的な効力があるのでしょう。

D
 問題はここです。
 本判決は「事業主は保険料認定処分を争えや」といったわけですが、では、事業主が保険料認定処分の取消判決を得た場合に、保険料認定処分の効力が(増額分だけ)失われるのは当然として(@)。保険給付処分にも影響があるのでしょうか。


 本判決が言っているのは、メリット制の判定対象となる「保険給付の額」は、客観的に支給要件を満たすものだけだ、というものです(B)。

 徴収法の条文には「保険給付の額」とあるにもかかわらず。現実に支給された金額全てではなく、客観的な支給要件を満たしたものだけがメリット制の判定対象なのだという限定解釈をかましています。
 文言解釈からはかなり無理のある、このような大胆な限定解釈。さすがに下級審でとばすのは難しいでしょうよ。

 本判決のこの解釈、
ア 保険給付処分は保険料認定処分に影響を及ぼさない、という行政処分間の効力を問題としているのか
それとも、
イ 保険給付処分における「支給要件あり」という実体判断は、保険料認定処分における実体判断に影響を及ぼさない、という実体判断レベルの問題を論じているのか
はっきりわかりませんが。

 いずれにしても、従前の《違法性の承継》という枠組みだと、射程が狭すぎてうまくハマらないでしょう。
 というのも、影響を及ぼすのは「違法」な場合だけとはかぎらず、また、処分間だけでなく、処分の前提となった「実体判断」レベルでも、承継が問題となりうるからです。

 本判決のロジックによれば、保険給付処分の効力はそのままで、保険料認定処分で支給要件なしと判断することができます。
 このロジックならば、保険給付処分の《公定力》《排他的管轄》に抵触しないですみます。これは《公定力》の例外を認めるものではなく、そもそも実体法レベルの解釈によって、《公定力》の対象外とするものといえます。


 本判決のような解釈からすると、保険給付処分では「支給要件あり」とされていたものが、保険料認定処分の段階では「支給要件なし」と判断される可能性がありうることになります。

 仮に、両処分の名宛人が同一人物であれば、《禁反言》などを理由に、「あり→なし」に変更するのを制御できるのかもしれません。が、両処分の名宛人は別人であり、そのような制約をかけることは難しいでしょう。

 では、この《不整合》を解消する権限/義務が行政にあるのかどうか、保険給付処分を事後的に「職権取消し」できる/すべきかどうか。
 上記図でいうと、Bの矢印の逆向きがどうなるのか、ということです。

 労働者救済を強調するならば、「影響なし」とすべきなのでしょうが。保険給付処分における実体判断が、あくまでも早期救済のかぎりで、というならば、保険料認定処分の段階での判断を優先する、という解釈もありうるわけで。
 あるいは、間をとって、遡及はしないが将来の支給は認めないとか。

 最高裁の、近時の《理論的整合性》を軽く見るノリからすると、労働者救済推しで行っちゃいそうな気もしますが、どうなるでしょうか。


 では、Dの影響があるかどうかについては、どのように考えればよいのでしょうか。

 上述のとおり、本判決が扱っているのは、《実体法》レベルにおいて、保険給付処分での判断は保険料認定処分には影響がないというにとどまり(B)。保険料認定処分の取消判決が保険給付処分に対する拘束力を有するか、という《訴訟法》レベルの問題は触れていません。
 行政処分の相互関係という徴収法内部の問題と、司法が行政に口出しをする場面における問題とは、同列には扱えません。

 この点については、やはり平成13年決定の存在を無視できません。
 平成13年決定ではCの影響を認めているため、保険給付/不支給と保険料認定とが、どのレベルにおいても全く無関係、と解釈することはできません。

 保険不支給処分の取消判決で「支給要件あり」と判断されてしまうと、保険料認定処分でも「支給要件あり」と判断しなければならなくなる(C)、というならば、保険料認定処分の取消判決で「支給要件なし」と判断されてしまうと、保険給付処分も「支給要件なし」として、取消なり撤回をしなければならなくなる(D)、という帰結になるはずです。

 もし「Cは認めるがDは認めない」という結論を導きたいのであれば、《訴訟法》レベルでそれ専用の道具立てを用意しなければならないでしょう。
 たとえば、平成13年決定は、「補助参加の利益」レベルでの影響を認めたにすぎず、取消判決の拘束力が及ぶとまではいっていないとか何とか。

 この先に、保険料認定処分の取消訴訟に「労働者」が補助参加(あるいは訴訟参加)できるか、という論点があります。
 もし「保険料認定→保険給付」の方向には、およそいかなる意味でも何の影響もない、ということであれば、補助参加する必要もなく、労働者はご安心して給付受け続けてください、ということになります。

 そもそも「補助参加の利益」という概念自体、未だによく分からないもので。なぜ平成13年決定の事案では認められたのかも、しっくりきていない。
 とはいえ、決定としてまだ残っている以上、ガン無視するわけにはいかず、整合性をもった解釈を施す必要はあるでしょう。


 で、最初に書いた違和感の正体。

 おそらくですが、本判決が「事業主は保険料認定処分を争えや」とだけしか言わず。もし事業主が保険料認定処分の取消判決を得てしまった場合、保険給付処分がどうなるのか、について何も触れていないからだと思います。
 平成13年決定とあわせてみるかぎり、司法と行政の《上下関係》を、改めて確認しただけのようにも読めますし。

 もちろん、「当該事案の解決に必要なかぎりで判断を示す」というのは建前としてあるわけですが。そんなもの、傍論なり個別意見(補足意見・意見)なりで、ご指導いただければいいことでしょう。

 「傍論・個別意見は判例ではない」とか言ったって、どうせ我々実務家は、おもいっきりそれらに従って行動せざるをえないのであって。

 ということで、労働者・事業主どちらの立場に立ったとしても、さしあたり第1ラウンドが終わっただけの話で。
 保険料認定処分をめぐる第2ラウンド、及び保険料認定処分の取消判決が出た場合の第3ラウンドが控えており。「労働者勝ったね、よかったね。」とか言っている場合ではない。


 おもいっきり専門外がゆえ。私個人が何かしらの定見をもっているわけではないのですが。

 どのような見解をとるにしても、実体法レベルの解釈と訴訟法レベルの解釈とは、混同しないように論じてもらえればと。
 ちなみに、これらを区別しないまま、正義っ子気取りで判決しているのが「武富士事件」に関する最高裁判決(のうち特に須藤補足意見)、というのが私の見立て(とばっちり)。

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その12)
posted by ウロ at 09:17| Comment(0) | 判例イジり

2024年07月05日

最高裁令和6年7月4日・第一小法廷判決 雑感(労災・メリット制)

 こういう理屈のたて方をみると、いい意味でも悪い意味でも、最高裁判事(and最高裁調査官)ってものすごい頭いいんだなあ、と思わされます(偉そう)。

療養補償給付支給処分(不支給決定の変更決定)の取消、休業補償給付支給処分の取消請求事件
令和6年7月4日最高裁判所第一小法廷判決 

 中身については思いっきり専門外なので、深堀りはせずざっくり感想だけ。
 あくまでも、「租税訴訟」にも参考になるかな、という興味本位のみで触れています。

【判断の内容(意訳)】
 事業主が、労働者に対する保険支給処分を争うことはできない。
 保険支給処分は、労働者に対する早期救済のためのものであって、その効力は、事業主に対する保険料決定に関する法律関係にまでは及ばない。

 保険料に不服があるなら、ダイレクトに事業主に対する保険料認定処分を争えばよい。
 ここで、保険給付が支給要件を満たしていなかったことを争うことができる。


 私のような単純脳では、「保険給付処分があるままでは保険料認定処分争えないんじゃない?」とか短絡視してしまうところ。
 そうではなく、早期救済用に設計された行政処分があるだけだったら、別の行政処分には影響しないぞと。

 それはそれでいいとして。以下のような疑問があります。

【疑問】
1 保険料認定処分を争う中で保険給付が支給要件を満たさないことが明らかになった場合、遡って保険給付処分は違法だったことになるのか?


 判決は、「保険給付処分→保険料認定処分」のことしか判断しておらず、「保険料認定処分(の取消訴訟の認容判決)→保険給付処分」にまでは触れていないわけです。

2 保険不支給処分に対して労働者が取消訴訟を提起した場合、事業主は国側に補助参加できるか?


 これはできるとされています。
 保険不支給処分の取消訴訟が認容されて支給処分がされたら、保険料決定処分に影響してしまうからだと。

平成12(行フ)3  補助参加申出の却下決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件
平成13年2月22日最高裁判所第一小法廷決定

 ・保険支給処分に対する取消訴訟   ←事業主は提起できない
 ・保険不支給処分に対する取消訴訟  ←事業主は国側に補助参加できる

 これを整合的に説明するならば、単なる行政処分レベルで「給付する」と判断されても保険料認定処分には及ばないが、不支給処分の取消訴訟が認容された場合には及んでしまう、ということになるでしょうか。

 このことからすると、保険料認定処分の取消訴訟で「支給要件なし」として認容された場合には、保険給付処分にも影響が及ぶことにならないでしょうか。
 保険給付処分と保険料認定処分とが、行政処分レベルで併存しているかぎりでは、どちらにも影響がないものの。どちらかの処分に裁判所の判断が出てしまうと、他方の処分にも取消訴訟の判決の効力が及ぶことになるからです。

 もしそうだとすると、保険給付処分を受けた労働者は、事業主が提起した保険料認定処分の取消訴訟に、国側で補助参加する利益があることになりそうです。

 ・保険料認定処分に対する取消訴訟  ←労働者は国側に補助参加できる(?)


 本判決をもって、「保険給付/不支給決定と保険料認定とは相互に無関係」との判断を示したものと理解する人がいるかもしれません。
 が、平成13年決定を変更すると明示していない以上、同決定との整合性を保たなければなりません。

 そうすると、
 ・行政処分レベルでは、相互に影響しない。
   ア 保険給付処分→保険料認定処分 ⇒及ばない(本判決)
   イ 保険料認定処分→保険給付処分 ⇒及ばない(?)
 ・取消判決が出たら、認定事実を共通とする他の行政処分・取消訴訟には影響を及ぼす。
   ウ 保険不支給処分に対する取消判決→保険料認定処分 ⇒及ぶ(平成13年決定) 
   エ 保険料認定処分に対する取消判決→保険給付処分  ⇒及ぶ(?) 
と理解すべきではないでしょうか。


 以上、単なる素人の浅読みにすぎません。

 あらためて、「取消訴訟の判決の効力」というものをよくよく勉強しておかなければ、と思いました。

最高裁令和6年7月4日第一小法廷判決(労災・メリット制)における「行政/司法」と「実体法/手続法」の交錯
posted by ウロ at 14:05| Comment(0) | 判例イジり

2024年07月01日

少額特例と電気通信利用役務の提供 〜消費税法の理論構造(種蒔き編49)

 「8割控除・5割控除」と電気通信利用役務の提供との関係については、すでに取り上げました。

【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版補遺

 今回は、「少額特例」と電気通信利用役務の提供との関係につき、条文整理をしておきます。


 もちろん、運営がすでに「Q&A」を出しているところであり。Q&Aワナビーの方々からしたら、「何をいまさら」って感じかもしれません。

インボイス制度に関するQ&A目次一覧
問103−3(電気通信利用役務の提供と適格請求書の保存)

 が、「8割控除」のときもそうですが。運営のQ&Aでは、平気で条文と異なることを書いていることがあり。Q&Aを鵜呑みにすることはできず、条文と照らし合わせながら読む必要があります。
 しかもこの設問【令和6年4月追加】となっていて。それまでの間、Q&Aワナビーの人たちはどうやって意味をとっていたのでしょうか。


 結論として、上記Q&Aの記述は間違っていませんでした。
 以下、条文を引用していきますが、その前提として用語の確認。これがわかっていないと正確に理解できないはずです。

【課税仕入れの類型】
 ア 課税仕入れ(イウ以外のもの)
 イ 消費者向け電気通信利用役務の提供 を受けること
 ウ 事業者向け電気通信利用役務の提供 を受けること(特定課税仕入れ)

 例のリーフレットしか見ていないとピンとこないかもしれません。が、用語上、電気通信利用役務の提供(を受けること)は、あくまでも「課税仕入れ」の中に含まれているものです。

国境を越えた役務の提供に係る消費税の課税関係について

 「特定課税仕入れ」についても、課税仕入れの一類型であって。仕入税額控除の場面に限って、30条1項で分岐させてから同条2項で「課税仕入れ等の税額」としてまとめる、ということをやっています。

【お約束ごと】
・以下では「事業者向け」「消費者向け」と略して記述します。
・記述を簡略化するため、「特定役務の提供」は省略します。
・あくまでも類型としての括りだしなので、「事業者が」「事業として」などの要件は当然満たすものとします。

消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編46)
消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編47)
消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編48)


 で、「少額特例」の条文。

法 附則(平成二八年三月三一日法律第一五号)
第五十三条の二(請求書等の保存を要しない課税仕入れに関する経過措置)
 事業者(新消費税法第九条第一項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く。)が五年施行日から五年施行日以後六年を経過する日までの間に国内において行う課税仕入れ(その基準期間における課税売上高が一億円以下である課税期間又はその特定期間における課税売上高(消費税法第九条の二第一項に規定する特定期間における課税売上高をいう。)が五千万円以下である課税期間に行うものに限る。)について、当該課税仕入れに係る支払対価の額が少額である場合として政令で定める場合における新消費税法第三十条第七項の規定の適用については、同項中「帳簿及び請求書等(請求書等の交付を受けることが困難である場合、特定課税仕入れに係るものである場合その他の政令で定める場合における当該課税仕入れ等の税額については、帳簿)」とあるのは、「帳簿」とする。この場合において、当該課税仕入れについては、前二条の規定は、適用しない。

令 附則(平成三〇年三月三一日政令第一三五号)
第二十四条の二(請求書等の保存を要しない課税仕入れの範囲等)
1 二十八年改正法附則第五十三条の二に規定する政令で定める場合は、五年消費税法第三十条第八項第一号ニに規定する課税仕入れに係る支払対価の額が一万円未満である場合とする。


 法30条7項を読み替えることになっています。

法 第三十条(仕入れに係る消費税額の控除)
7 第一項の規定は、事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿及び請求書等(請求書等の交付を受けることが困難である場合、特定課税仕入れに係るものである場合その他の政令で定める場合における当該課税仕入れ等の税額については、帳簿)を保存しない場合には、当該保存がない課税仕入れ、特定課税仕入れ又は課税貨物に係る課税仕入れ等の税額については、適用しない。


 H28法附則53条の2にいう「課税仕入れ」、法30条7項にいう「課税仕入れ等の税額」の中に、「消費者向け」も「事業者向け」も含まれていますので、これらにも「少額特例」が適用できることになります。

 ただし、「事業者向け」については、もともと「帳簿」だけでよかったのであり。わざわざ少額特例を適用するまでもないです。
 なので、特定課税仕入れを除外して記述してもよかったはずです。が、書き分けをせずに少額特例の対象に含めたままとしています(ここで要件事実論における「a+b」を思い出す)。

  ・事業者向け      ⇒帳簿のみでOK
  ・事業者向け+少額特例 ⇒帳簿のみでOK

電気通信利用役務の提供の構造1 〜消費税法の理論構造(種蒔き編13)
電気通信利用役務の提供の構造2 〜消費税法の理論構造(種蒔き編14)


 ちなみに、「請求書等の交付を受けることが困難である場合」と、少額特例との関係について。

 「困難である場合」ルートでいく場合には、令49条で要求されている追加の記載事項を帳簿に記載しなければなりません。

令 第四十九条(課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿等の記載事項等)
1 法第三十条第七項に規定する政令で定める場合は、次に掲げる場合とする。
一 課税仕入れが次に掲げる課税仕入れに該当する場合(法第三十条第七項に規定する帳簿に次に掲げる課税仕入れのいずれかに該当する旨及び当該課税仕入れの相手方の住所又は所在地(国税庁長官が指定する者に係るものを除く。)を記載している場合に限る。)


条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編36)

 他方で、H28法附則53条の2では、追加の記載事項が要求されていません。それゆえ、「困難である場合」に該当する場合であっても、この特例は使わずに「少額特例」を使えば、余計な記載をしないですみます。

  ・課税仕入れ+交付困難 ⇒帳簿+追加事項必要
  ・課税仕入れ+少額特例 ⇒帳簿のみでOK

 少額特例を使う場合には、読み替えが起こって「困難な場合」が条文から消え去ります。なので、困難特例を使いつつ少額特例も同時に使う、ということは概念上ありえないことになります。


 ちなみに、Q&Aには、帳簿の記載事項について、しれっと結論だけが書いてあります。

問111 (一定規模以下の事業者に対する事務負担の軽減措置)
4 当該経過措置の適用に当たっては、帳簿に「経過措置(少額特例)の適用がある旨」を記載する必要はありません。

 なぜこうなるかは、令49条とH28法附則53条の2の書きぶりを対比して、はじめて理解できることです。
 まあ、正面から条文に明記されていないことを書いてくれているだけでも、親切だと評価すべきでしょうか。


 以上、「消費者向け」「事業者向け」とも「少額特例」が適用できます、めでたしめでたし。で検討を終えてはいけないのが、税法の怖いところ。

 というのも、「8割控除・5割控除」については、穴塞ぎ系の条文がありました。これが「少額特例」にも及ばないのかどうか、を検討しなければなりません。

令 附則(平成三〇年三月三一日政令第一三五号)
第二十四条(国外事業者から受ける電気通信利用役務の提供に係る税額控除に関する経過措置)
 事業者が、五年施行日から令和十一年九月三十日までの間に国内において行った課税仕入れのうち、二十八年改正法第十八条の規定による改正前の二十七年改正法附則第三十八条第一項本文の規定がなお効力を有するものとしたならば同項本文の規定の適用を受けるものについては、二十八年改正法附則第五十二条及び第五十三条の規定は、適用しない。


 ここで適用が排除されているのは、H28法附則52条(8割控除)と53条(5割控除)だけです。他方で、少額特例については、H28法附則53条の2後段において、8割控除・5割控除とは排他関係にあるとされています。

 そうすると、「消費者向け」で排除されるのは8割控除・5割控除だけで。少額特例は適用できる、ということになります。


 以上をまとめると、次のとおり。

      原則     8割控除・5割控除 少額特例
事業者向け 帳簿のみ   ‐(H28法附則52)  ◯(無意味)
消費者向け 請求書+帳簿 ×(H30令附則24)  ◯

 Q&A問103-3では、「消費者向け」なら少額特例が適用できるとだけ書いてあって。事業者向けについては何にも書かれていません。これは、事業者向けに少額特例を適用しても無意味だからあえて書かない、ということなのでしょうか。

 が、「条文を正確に読み下す」という趣旨からは、事業者向けも少額特例の適用範囲に含まれている、ということを確認しておくことに意味があります。
posted by ウロ at 09:26| Comment(0) | 消費税法