前回は、所得控除のうち《支払系》以外のものを取り上げました。
『所得控除を受けられる奴は誰だ!』(その1)
ということで、今回は《支払系》の所得控除です。
《支払系》の条文では、頭に必ず「居住者が、各年において、」と入っています。これをまるっと省略してしまってもよいのですが、《支払系》においては誰が支払ったかが重要であるため、「各年において、」だけを削除することとします。
◯
第七十三条(医療費控除)
居住者が、自己又は自己と生計を一にする配偶者その他の親族に係る医療費を支払つた場合
→医療費控除
・本人の医療費
・生計一配偶者の医療費
・生計一親族の医療費
ここは今回の記事で唯一悩みのない箇所です。
余談ですが。
民法でいう親族の中には「配偶者」も含まれています。
民法 第七百二十五条(親族の範囲)
次に掲げる者は、親族とする。
一 六親等内の血族
二 配偶者
三 三親等内の姻族
医療費控除では、配偶者と親族とで要件同じなので、みんな大好き《借用概念論》からすれば「自己と生計を一にする親族」とひとつにまとめて記述してしまってもよいはずです。
が、分かりやすさを優先したのか、配偶者とその他の親族という形で、なぜか配偶者を頭出ししています。
親切心からなのだとしたら、『分かりやすさより厳密さ』を重視する税法の中では珍しい例かと。もしかしたら、この前のどこかの条文で「親族(配偶者は除く)」と定義づけされているだけかもしれませんが。
以下、本記事でも、親族と書くときは配偶者を除いて記述します。
第七十四条(社会保険料控除)
居住者が、自己又は自己と生計を一にする配偶者その他の親族の負担すべき社会保険料を支払つた場合又は給与から控除される場合
→社会保険料控除
・本人の負担すべき社会保険料
・生計一配偶者の負担すべき社会保険料
・生計一親族の負担すべき社会保険料
ここでは他の《支払系》と違って、「給与から控除される場合」というものが付加されているのですが。
たとえば、夫婦同じ会社に勤めていて、夫の給与から妻の給与も控除した場合、夫は2人分の控除を受けられるのでしょうか。
もちろん、労基法の規律があるので、会社が勝手に控除できません。が、きちんと労使協定で定めたとか、あるいは夫が役員だというのであれば、控除はできますよね。
「控除される」という言い回しに、「あくまでも法律で控除できると規定されているかぎりで」という意味を読み込むことになるのかどうか。
第七十五条(小規模企業共済等掛金控除)
居住者が、小規模企業共済等掛金を支払つた場合
→小規模共済等掛金控除
・誰のでも????
医療費控除、社保控除では「誰の」ということが明記されていました。ところが、ここでは条文上何らの限定がされていません。
そうすると、赤の他人の小規模共済掛金を支払った場合でも、控除ができてしまうのでしょうか。
この点は、所得税法だけを眺めていても答えは出てこなくって。「小規模企業共済法」をみる必要があるのだと思います。
個別に引用はしませんが、同法上、共済に加入できるのは「小規模企業者」のみに限定されています。加入者が限定されている共済契約の性質上、他人が掛金を納付することは想定されていないのだと考えられます。
仮に他人が負担してあげたとしても、それは一旦、加入者に贈与してから加入者が納付した、という形になるのだと。
ということで、結論的には、本人が加入者である契約の掛金のみが所得控除の対象になる、ということになるのでしょう。
この理屈、下記裁決があることを念頭に置きながら記述しています。ので、本心ではいまいちしっくりきていないところです。ですがまあ、実務的にはこの結論でいくことになるかと。
平15.1.28裁決、裁決事例集No.65 268頁
→小規模共済等掛金控除
・本人の小規模企業共済掛金
第七十六条(生命保険料控除) 「旧契約」は省略
1 居住者が、新生命保険契約等に係る保険料若しくは掛金を支払つた場合
2 居住者が、介護医療保険契約等に係る保険料又は掛金を支払つた場合
3 居住者が、新個人年金保険契約等に係る保険料若しくは掛金を支払つた場合
→生命保険料控除
・誰のでも???
ここまでのノリでこの部分だけみると、赤の他人の保険料でも控除できるように読めてしまいます。小規模共済とは違い、法律上加入者が特定されているわけでもないですし。
が、この後ろで限定がかかっています。
5 第一項に規定する新生命保険契約等とは、
これらの新契約又は新規約に基づく保険金等の受取人のすべてをその保険料若しくは掛金の払込みをする者又はその配偶者その他の親族とするもの
7 第二項に規定する介護医療保険契約等とは、
これらの新契約に基づく保険金等の受取人のすべてをその保険料若しくは掛金の払込みをする者又はその配偶者その他の親族とするもの
8 第三項に規定する新個人年金保険契約等とは、
一 当該契約に基づく年金の受取人は、次号の保険料若しくは掛金の払込みをする者又はその配偶者が生存している場合にはこれらの者のいずれかとするものであること
→生命保険料控除(一般、介護)
・受取人が本人
・受取人が配偶者
・受取人が親族
→生命保険料控除(年金)
・受取人が本人
・受取人が配偶者
保険契約者、被保険者が誰かについては問わず。受取人が支払者にとって本人・配偶者・親族(一般、介護)かどうかで判断することになっています。
小規模共済のほうは、条文に明記されていないせいで、共済の性質から限定解釈せざるをえなかったのに対して。生命保険については、条文で契約の内容を限定するというかたちで規律されています。
第七十七条(地震保険料控除)
居住者が、自己若しくは自己と生計を一にする配偶者その他の親族の有する家屋で常時その居住の用に供するもの又はこれらの者の有する第九条第一項第九号(非課税所得)に規定する資産を保険又は共済の目的とし、かつ、地震若しくは噴火又はこれらによる津波を直接又は間接の原因とする火災、損壊、埋没又は流失による損害()によりこれらの資産について生じた損失の額をてん補する保険金又は共済金が支払われる損害保険契約等に係る地震等損害部分の保険料又は掛金()を支払つた場合
第九条(非課税所得)
九 自己又はその配偶者その他の親族が生活の用に供する家具、じゆう器、衣服その他の資産で政令で定めるものの譲渡による所得
→地震保険料控除
・本人の所有する家屋+居住
・生計一配偶者の所有する家屋+居住
・生計一親族の所有する家屋+居住
・本人の生活用動産
・生計一配偶者の生活用動産
・生計一親族の生活用動産
長くなるので、カッコ内を端折りました。
家屋については所有と居住で縛りがかかっています。
読み方がはっきりしないのが「その居住の用に供する」のところ。
「その」とある以上、本人・生計一配偶者・生計一親族いずれかの居住が必要なのは分かります。が、これをたすき掛けで読むことで、「本人所有+生計一親族居住」というように、所有者と居住者がずれていてもよいのでしょうか。
生計一の縛りがかかっていますし、単身赴任の場合なども想定すれば、結論的には適用対象に入れてもよいのでしょう。
第七十八条(寄附金控除)1項のみ引用
居住者が、特定寄附金を支出した場合
→寄附金控除
誰の名義でも???
寄付金控除も、小規模共済と同じタイプの文言となっています。
本人が支払ったものであれば、誰名義で寄付しても控除可能なのでしょうか。
この点に関して、タックスアンサーに次のものがあります。
妻名義で寄附した場合
Q3 専業主婦である私の妻が、寄附を行い、寄附先から妻名義で寄附金の領収書を受領しました。妻は、収入がないため私の配偶者控除の適用対象となっていますが、妻名義で支払った寄附金について、私の確定申告において寄附金控除の適用を受けることができますか。
A3 寄附金控除は、納税義務者である居住者本人または非居住者本人が各年において、特定寄附金を支出した場合に適用をすることができます。そのため、本人以外が支払った寄附金については、寄附金控除を適用することができません。(所法78)
これ、わざとすっとぼけた書き方をしていて。
「妻名義で支払った」というのが、本人の財布から出したのか妻の財布から出したのか、わざと明記していません。で、勝手に妻の財布から出した前提に決め打ちした上で、本人は寄付金控除を受けられないという結論にもっていっています。
では、本人の財布から出した場合はどうなのか、ですが、この点についてはあえて触れていない。
これについては以下の裁決があります。
平成25年7月30日裁決
裁決の結論は、妻名義であっても本人が支払ったなら控除OKと判断しています。上記タックスアンサーは、この裁決があることを知っていながら、わざとぼかした書き方をしているのかどうか。
がしかし、このような裁決があるとはいえ、結論だけを鵜呑みにするわけにはいきません。
というのも、控除を受けるには、自分が支払ったことを明らかにしなければならないですし(本証・反証いずれかはさておき)、また、小規模共済のように、寄附金の性質上、名義者だけが寄付したことになる、みたいなものがあるかもしれません(ふるさと納税あたりは、ちょっとその気がありそうです)。
そもそも「支払った」というのが、いかなる事実から認定するのかがはっきりしません。上記では「財布」という比喩を使って説明しているものの、支払という行為をした人、お金を負担した人のいずれが「支払った」人に該当するというのでしょうか。
この手の地に足のついた実体要件解釈がきちんと詰められることもなく。一足飛びに課税要件事実論なんて展開しちゃっている、というのが私の租税法学に対する見立て。
【課税要件事実論の展開】
伊藤滋夫編「租税訴訟における要件事実論の展開」(青林書院2016)
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)
酒井克彦「クローズアップ課税要件事実論 第6版」(財経詳報社2023)
ということで、わざわざ他人名義で寄付するなんてことはせず。素直に本人名義で寄付しておくのが無難でしょう。「所得が増えたから、あとから他人名義の寄付をもってきたんだろ。」みたいな邪推を受けても嫌でしょうし。
→寄附金控除
誰の名義でも(?)
ということで、?は数を減らしつつ、注意喚起用に括弧書きで一つだけ残しておきます。
◯
以上、前回の《支払系》以外とは違って、支払うこと自体は誰でもできてしまうところ。そこを各控除ごとにそれぞれのやり方で絞りをかけています。
それが控除の趣旨に適合したものなのか、そこまで深く検討する余裕はないのですが。
他の控除と混同することなく、正確にあてはめをしていきましょう、というのが、税理士としての立場からいうべきことかなあと。
所得税法における「総論・各論問題」について
2024年08月26日
『所得控除を受けられる奴は誰だ!』(その2)
posted by ウロ at 08:54| Comment(0)
| 所得税法
2024年08月23日
キャッシュレス決済と印紙税法 〜第17号文書(領収書)該当性について
大変頭のよいであろう方々が、雁首揃えて、こんなしょうもない論点にリソース費やしているの、なかなかシュールだなあと思うのですが(以下、これを「資料」と呼びます)。
「コード決済を行った際に作成される領収書等の印紙税における取扱いについて」
いろんな支払手段が増えているにもかかわらず、印紙税法は、いつまでたっても「金銭又は有価証券の受取」のみでやっていこうという時代錯誤感。
別表第一 課税物件表(第二条―第五条、第七条、第十二条関係)6 17号
物件名:売上代金に係る金銭又は有価証券の受取書
定義:売上代金に係る金銭又は有価証券の受取書とは、資産を譲渡し若しくは使用させること()又は役務を提供することによる対価()として受け取る金銭又は有価証券の受取書をいい、次に掲げる受取書を含むものとする。
電子取引の普及とともに、印紙税法まるごと、このまま自然消滅していくつもりなのでしょうか。
◯
以下、現行の取扱いを整理しておきます。
なお、「金銭又は有価証券の受取」に該当するかどうかのみに限定し、
・営業者であること
・売上代金であること
・金額
・文書への記載
などの要件については、当然に満たすものとして記述します。
◯銀行振込
通達によると、債権者が債務者に「口座に入金ありました」と通知する文書は、該当するとされています。
印紙税法基本通達 第17号文書
4(振込済みの通知書等)
売買代金等が預貯金の口座振替又は口座振込みの方法により債権者の預貯金口座に振り込まれた場合に、当該振込みを受けた債権者が債務者に対して預貯金口座への入金があった旨を通知する「振込済みのお知らせ」等と称する文書は、第17号文書(金銭の受取書)に該当する。(平元間消3−15改正)
が、民法では、例の債権法改正の際に、銀行振込も弁済にあたることを、わざわざ明記したところであり。
民法 第477条(預金又は貯金の口座に対する払込みによる弁済)
債権者の預金又は貯金の口座に対する払込みによってする弁済は、債権者がその預金又は貯金に係る債権の債務者に対してその払込みに係る金額の払戻しを請求する権利を取得した時に、その効力を生ずる。
あるいは、労基法でも、賃金は現金払いが原則とされていて。
銀行振込とするには労働者の同意(+通達によれば労使協定)が必要とされているところです。
労働基準法 第24条(賃金の支払)
1 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
労働基準法施行規則 第七条の二
1 使用者は、労働者の同意を得た場合には、賃金の支払について次の方法によることができる。ただし、第三号に掲げる方法による場合には、当該労働者が第一号又は第二号に掲げる方法による賃金の支払を選択することができるようにするとともに、当該労働者に対し、第三号イからヘまでに掲げる要件に関する事項について説明した上で、当該労働者の同意を得なければならない。
一 当該労働者が指定する銀行その他の金融機関に対する当該労働者の預金又は貯金への振込み
だというのに、印紙税法の通達ごときが、そんなあっさり「現金手渡し=銀行振込み」と同一扱いしてしまってよいのか、疑問があります。
例によって、こういう場面で「借用概念論」がお役に立ってくれることはない。
雑損控除における「盗難」「横領」 〜立てよ!借用概念論!
(追記)
『逐条解説』を確認したら、衝撃の理由付け(P.704)。
川ア令子「印紙税法基本通達逐条解説 令和元年版」(大蔵財務協会2019)
「預金は、金融機関等が預金者のために金銭を保管することの契約、すなわち寄託契約(消費寄託契約)の保管物となります。
得意先から預金口座振替又は口座振込みの方法により預金口座に振り込まれた金銭は、預金者のための金銭の保管者(金融機関等)が預金者の金銭を受領するものであり、預金者が金銭を受領するのと同じことになります。」
無茶言うぜ!(野暮なツッコミはいたしませんので、各自で味わって下さい)
◯クレジットカード
質疑応答事例によれば、該当しないとされています。
クレジット販売の場合の領収書(質疑応答事例)
クレジット販売は信用取引で、金銭の受領事実がないからだと。
ただ、ちゃんと「クレジットカード利用」と記載しろと。
この理由付けからすると、銀行振込も、まだ金銭を受領していないんだから、該当しないことになりそうなんですが。
「口座に入金されればいつでも引き出せる」という実質論は分かるのですが。口座入金と現金受取を同じようなもの扱いするのは、私には「類推解釈」の世界線だと感じてしまいます。
なお、「クレジットカード」といえば。
下記記事でイジった、ヘンテコなクレジットカード理解が、衝撃的すぎて未だに忘れられない。
アクティブ・ラーニング租税法【実践編】(実税民5)
◯デビットカード
質疑応答事例では、場合分けがされています。
デビットカード取引(即時決済型)に係る「口座引落確認書」及び「領収書(レシート)」(質疑応答事例)
1 即時決済型
ア 「引き落としました」と記載(口座引落確認書)
債務者の口座から引き落とされたという事実だけで、それを債権者が受け取ったことまで記載されていないから、該当しない。
イ 「デビット取引」と記載
即時決済型におけるデビット取引なので、該当する。
ウ アイ両方記載
イが記載されているから、該当する。
2 信用取引型
クレジットカードと同じなので、該当しない。
どちらの型かを、その場で加盟店が判断できるのかどうか、私には分かりませんが。それぞれの型で扱いが異なるんだと。
とすると、「デビット取引」と記載しただけでは、課税文書かどうかは判定できず。規約等をみて、いずれの型かを確認しなければなりません(マジかよ)。
「印紙税の課否判定は、文書の記載のみによって行う」なんてのは、一つの用語が多義的になってしまった現代においては、もはや成り立ち得ない。
◯コード決済
最初にあげた資料が、これに関するものです。
質疑応答事例では、この資料を前提として場合分けを行っています。
コード決済サービスを利用して決済を行った者に交付する領収書(質疑応答事例)
1 受領事実があるpay
2 受領事実がないpay
3 受領事実がある場合とない場合があるpay
資料では、どうにかして「金銭の受取」に該当しないように、多種多様な法律構成が提案されています(受取書回避スキーム)。
印紙課税を逃れるために法律構成をいじくるなんて、本末転倒な気もしますが。それだけ切実なものなのでしょう。
「債権総論」の発展的学習という感じで、素人的には、これはこれで面白い。が、真面目に議論するに値するものなのかどうか。
中田裕康「債権総論 第四版」(岩波書店2020) Amazon
小塚荘一郎,森田果「支払決済法 第3版」(商事法務2018)
で、資料にはあれこれ書かれているものの。質疑応答事例では、「印紙税法」の側からみた3パターンに集約されています。
あとはもう、機械的に当てはめるだけ。
1⇒該当する
2⇒該当しない
3⇒どっちかはっきりしない場合は該当するというのが、印紙税法世界の宿命(さだめ)
123どれにあたるかなんて、規約等を見なければ分からないはず。というか、読んだところで我々素人には分からないと思う。
のですが、決済会社が採用している法律構成に従って判断しろということのようで。
サービス導入時に、決済会社から加盟店へ説明してくれているのでしょうか。
◯
という感じで。
一方で、拡張運用されている銀行振込があり。他方で、明らかに該当しないとされているクレジットカードがあり。
で、いかにクレジットカード側に寄せて法律構成できるかで勝負が決まる、みたいな状況になっています。
ここでは、納税者である加盟店の「予測可能性」などというものは、もはや判断基準とはなりえない。し、「文書の記載のみから判定する」なんて印紙税法世界のユートピア、もはやどこにも存在しない。
「コード決済を行った際に作成される領収書等の印紙税における取扱いについて」
いろんな支払手段が増えているにもかかわらず、印紙税法は、いつまでたっても「金銭又は有価証券の受取」のみでやっていこうという時代錯誤感。
別表第一 課税物件表(第二条―第五条、第七条、第十二条関係)6 17号
物件名:売上代金に係る金銭又は有価証券の受取書
定義:売上代金に係る金銭又は有価証券の受取書とは、資産を譲渡し若しくは使用させること()又は役務を提供することによる対価()として受け取る金銭又は有価証券の受取書をいい、次に掲げる受取書を含むものとする。
電子取引の普及とともに、印紙税法まるごと、このまま自然消滅していくつもりなのでしょうか。
◯
以下、現行の取扱いを整理しておきます。
なお、「金銭又は有価証券の受取」に該当するかどうかのみに限定し、
・営業者であること
・売上代金であること
・金額
・文書への記載
などの要件については、当然に満たすものとして記述します。
◯銀行振込
通達によると、債権者が債務者に「口座に入金ありました」と通知する文書は、該当するとされています。
印紙税法基本通達 第17号文書
4(振込済みの通知書等)
売買代金等が預貯金の口座振替又は口座振込みの方法により債権者の預貯金口座に振り込まれた場合に、当該振込みを受けた債権者が債務者に対して預貯金口座への入金があった旨を通知する「振込済みのお知らせ」等と称する文書は、第17号文書(金銭の受取書)に該当する。(平元間消3−15改正)
が、民法では、例の債権法改正の際に、銀行振込も弁済にあたることを、わざわざ明記したところであり。
民法 第477条(預金又は貯金の口座に対する払込みによる弁済)
債権者の預金又は貯金の口座に対する払込みによってする弁済は、債権者がその預金又は貯金に係る債権の債務者に対してその払込みに係る金額の払戻しを請求する権利を取得した時に、その効力を生ずる。
あるいは、労基法でも、賃金は現金払いが原則とされていて。
銀行振込とするには労働者の同意(+通達によれば労使協定)が必要とされているところです。
労働基準法 第24条(賃金の支払)
1 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
労働基準法施行規則 第七条の二
1 使用者は、労働者の同意を得た場合には、賃金の支払について次の方法によることができる。ただし、第三号に掲げる方法による場合には、当該労働者が第一号又は第二号に掲げる方法による賃金の支払を選択することができるようにするとともに、当該労働者に対し、第三号イからヘまでに掲げる要件に関する事項について説明した上で、当該労働者の同意を得なければならない。
一 当該労働者が指定する銀行その他の金融機関に対する当該労働者の預金又は貯金への振込み
だというのに、印紙税法の通達ごときが、そんなあっさり「現金手渡し=銀行振込み」と同一扱いしてしまってよいのか、疑問があります。
例によって、こういう場面で「借用概念論」がお役に立ってくれることはない。
雑損控除における「盗難」「横領」 〜立てよ!借用概念論!
(追記)
『逐条解説』を確認したら、衝撃の理由付け(P.704)。
川ア令子「印紙税法基本通達逐条解説 令和元年版」(大蔵財務協会2019)
「預金は、金融機関等が預金者のために金銭を保管することの契約、すなわち寄託契約(消費寄託契約)の保管物となります。
得意先から預金口座振替又は口座振込みの方法により預金口座に振り込まれた金銭は、預金者のための金銭の保管者(金融機関等)が預金者の金銭を受領するものであり、預金者が金銭を受領するのと同じことになります。」
無茶言うぜ!(野暮なツッコミはいたしませんので、各自で味わって下さい)
◯クレジットカード
質疑応答事例によれば、該当しないとされています。
クレジット販売の場合の領収書(質疑応答事例)
クレジット販売は信用取引で、金銭の受領事実がないからだと。
ただ、ちゃんと「クレジットカード利用」と記載しろと。
この理由付けからすると、銀行振込も、まだ金銭を受領していないんだから、該当しないことになりそうなんですが。
「口座に入金されればいつでも引き出せる」という実質論は分かるのですが。口座入金と現金受取を同じようなもの扱いするのは、私には「類推解釈」の世界線だと感じてしまいます。
なお、「クレジットカード」といえば。
下記記事でイジった、ヘンテコなクレジットカード理解が、衝撃的すぎて未だに忘れられない。
アクティブ・ラーニング租税法【実践編】(実税民5)
◯デビットカード
質疑応答事例では、場合分けがされています。
デビットカード取引(即時決済型)に係る「口座引落確認書」及び「領収書(レシート)」(質疑応答事例)
1 即時決済型
ア 「引き落としました」と記載(口座引落確認書)
債務者の口座から引き落とされたという事実だけで、それを債権者が受け取ったことまで記載されていないから、該当しない。
イ 「デビット取引」と記載
即時決済型におけるデビット取引なので、該当する。
ウ アイ両方記載
イが記載されているから、該当する。
2 信用取引型
クレジットカードと同じなので、該当しない。
どちらの型かを、その場で加盟店が判断できるのかどうか、私には分かりませんが。それぞれの型で扱いが異なるんだと。
とすると、「デビット取引」と記載しただけでは、課税文書かどうかは判定できず。規約等をみて、いずれの型かを確認しなければなりません(マジかよ)。
「印紙税の課否判定は、文書の記載のみによって行う」なんてのは、一つの用語が多義的になってしまった現代においては、もはや成り立ち得ない。
◯コード決済
最初にあげた資料が、これに関するものです。
質疑応答事例では、この資料を前提として場合分けを行っています。
コード決済サービスを利用して決済を行った者に交付する領収書(質疑応答事例)
1 受領事実があるpay
2 受領事実がないpay
3 受領事実がある場合とない場合があるpay
資料では、どうにかして「金銭の受取」に該当しないように、多種多様な法律構成が提案されています(受取書回避スキーム)。
印紙課税を逃れるために法律構成をいじくるなんて、本末転倒な気もしますが。それだけ切実なものなのでしょう。
「債権総論」の発展的学習という感じで、素人的には、これはこれで面白い。が、真面目に議論するに値するものなのかどうか。
中田裕康「債権総論 第四版」(岩波書店2020) Amazon
小塚荘一郎,森田果「支払決済法 第3版」(商事法務2018)
で、資料にはあれこれ書かれているものの。質疑応答事例では、「印紙税法」の側からみた3パターンに集約されています。
あとはもう、機械的に当てはめるだけ。
1⇒該当する
2⇒該当しない
3⇒どっちかはっきりしない場合は該当するというのが、印紙税法世界の宿命(さだめ)
123どれにあたるかなんて、規約等を見なければ分からないはず。というか、読んだところで我々素人には分からないと思う。
のですが、決済会社が採用している法律構成に従って判断しろということのようで。
サービス導入時に、決済会社から加盟店へ説明してくれているのでしょうか。
◯
という感じで。
一方で、拡張運用されている銀行振込があり。他方で、明らかに該当しないとされているクレジットカードがあり。
で、いかにクレジットカード側に寄せて法律構成できるかで勝負が決まる、みたいな状況になっています。
ここでは、納税者である加盟店の「予測可能性」などというものは、もはや判断基準とはなりえない。し、「文書の記載のみから判定する」なんて印紙税法世界のユートピア、もはやどこにも存在しない。
posted by ウロ at 09:00| Comment(0)
| 印紙税法
2024年08月19日
『所得控除を受けられる奴は誰だ!』(その1)
税理士がこれをイジるには、かなりの季節外れ感がありますが。
誰が所得控除を受けられるかについては、暗記で済ませている方が多いでしょうか。あるいは、実務的には「まあドンマイ」って感じで、あまり厳密に処理していないか。
私が同論点につき整理しておこうと思ったのは、季節外れの《年末調整・確定申告お役立ち記事》を書こうというつもりからではなく。
それなりの意図があってのことですが。ひととおり整理が終わってから、可能であれば軽く触れるつもりです。
ということで、以下では、ひたすら条文引用だけに終始します。
なお、《支払系》の所得控除についてはややこしいところがあるため次回にまわし、今回は《支払系》以外を扱った前座記事となります。
◯
以下の条文引用は、「誰が」や「誰の」といった観点のみから切り取ります。要件全部を網羅したものではありませんのでご注意。
・
第七十二条(雑損控除)
居住者又はその者と生計を一にする配偶者その他の親族で政令で定めるものの有する資産()について災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合
→雑損控除
・本人が所有する資産
・本人と生計一の配偶者が所有する資産
・本人と生計一の親族が所有する資産
本人を基準に、同人と生計一の配偶者か親族であればOKとなっています。
ただし、所得要件として「総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額が48万円以下」である必要があります。
他の控除と異なり、「同一生計配偶者」「扶養親族」という定義を使っていないのは、所得要件が「合計所得金額」ではないからです(なお、重複の場合の調整規定は省略)。
・
第七十九条(障害者控除)
1 居住者が障害者である場合
2 居住者の同一生計配偶者又は扶養親族が障害者である場合
3 居住者の同一生計配偶者又は扶養親族が特別障害者で、かつ、その居住者又はその居住者の配偶者若しくはその居住者と生計を一にするその他の親族のいずれかとの同居を常況としている者である場合
→障害者控除(障害者、特別障害者)
・本人が(特別)障害者
・同一生計配偶者が(特別)障害者
・扶養親族が(特別)障害者
雑損控除と異なり、「同一生計配偶者」「扶養親族」という用語を使っているため、2条1項33号・34号の定義に従います。
同一生計配偶者:生計一、青色事業専従者等除く、合計所得金額48万円以下
扶養親族:親族+α、青色事業専従者等除く、合計所得金額48万円以下
(「+α」という表現はご容赦ください。民法上の親族以外も含まれます)
雑損控除の場合も同じく所得48万円以下なのに、こちらでは「合計所得金額」を使うことになっています(以降の所得控除も「合計所得金額」です)。
→障害者控除(同居特別障害者)
・同一生計配偶者が特別障害者で、本人or本人と生計一の親族と同居
・扶養親族が特別障害者で、本人or配偶者or本人と生計一の親族と同居
たとえば、「本人・配偶者・親族3人とも生計一だが配偶者・親族が同居で本人別居」という場合に、配偶者が特別障害者であれば配偶者は「同居特別障害者」に該当しうる、ということです。本人と「生計一」の関係である必要はありますが、必ずしも本人と「同居」していなくてもよいことになります。
また、「本人・親族の2人が生計一で配偶者とは生計別、なのに配偶者・親族が同居で本人別居」という場合に、親族が特別障害者であれば親族は「同居特別障害者」に該当しうる、ということになります(実際にそういう家庭があるかどうかは別として)。
「生計一」「同居」が誰と誰との間に要求されるか、「所得要件」が誰に課されているか、という点に気をつけながら条文を読む必要があります。
・
第八十条(寡婦控除)
居住者が寡婦である場合
第八十一条(ひとり親控除)
居住者がひとり親である場合
第八十二条(勤労学生控除)
居住者が勤労学生である場合
→寡婦控除、ひとり親控除、勤労学生控除
このあたりは、2条の定義規定をそのままあてはめるだけです。中身は省略します。
・
第八十三条(配偶者控除)
居住者が控除対象配偶者を有する場合
→配偶者控除
これも2条の定義規定どおりです。
控除対象配偶者:同一生計配偶者、本人の合計所得金額1000万円以下
・
第八十三条の二(配偶者特別控除)
居住者が生計を一にする配偶者(第二条第一項第三十三号(定義)に規定する青色事業専従者等を除くものとし、合計所得金額が百三十三万円以下であるものに限る。)で控除対象配偶者に該当しないもの(合計所得金額が千万円以下である当該居住者の配偶者に限る。)を有する場合
→配偶者特別控除
2条が出てきますが、ここでは「青色事業専従者等」の定義を使っているだけです。
対象配偶者の要件をそのまま順番に並べると、
・本人と生計一
・青色事業専従者等以外
・配偶者の合計所得金額133万円以下
・控除対象配偶者以外
・本人の合計所得金額1000万円以下
となります。
よくある、配偶者控除と配偶者特別控除が一体となった控除額一覧表を見ると、配偶者控除と地続きのように思えます。が、配偶者特別控除の条文の規定ぶりはなかなかきちゃない。
・
第八十四条(扶養控除)
居住者が控除対象扶養親族を有する場合
→扶養控除
2条の定義規定どおりです。
控除対象扶養親族: 扶養親族(居住者か非居住者かで範囲が異なる)
◯
以上、《支払系》以外ということで抽出しましたが、このうち雑損控除の配偶者・親族の絞り込みが、その他の所得控除と毛並みが異なっています。
雑損控除の場合、災害などの《非日常系》で使われるものであることから、
・青色事業専従者等であってもよい。
・所得要件は繰越控除後の総所得金額等を使う。
と、適用範囲をほんのり広げることとしているのでしょう。
雑損控除自体、非常時にしか使われないし、総所得金額等、合計所得金額といった所得の違いもあまり意識されないし、ということからすると、配偶者・親族の範囲をその他の所得控除と同じだと誤解している人が多いかもしれません。
所得控除の中でも、雑損控除は《非日常系》、それ以外は《日常系》と捉えておくと、違いがあることが理解できるでしょうか。
『所得控除を受けられる奴は誰だ!』(その2)
誰が所得控除を受けられるかについては、暗記で済ませている方が多いでしょうか。あるいは、実務的には「まあドンマイ」って感じで、あまり厳密に処理していないか。
私が同論点につき整理しておこうと思ったのは、季節外れの《年末調整・確定申告お役立ち記事》を書こうというつもりからではなく。
それなりの意図があってのことですが。ひととおり整理が終わってから、可能であれば軽く触れるつもりです。
ということで、以下では、ひたすら条文引用だけに終始します。
なお、《支払系》の所得控除についてはややこしいところがあるため次回にまわし、今回は《支払系》以外を扱った前座記事となります。
◯
以下の条文引用は、「誰が」や「誰の」といった観点のみから切り取ります。要件全部を網羅したものではありませんのでご注意。
・
第七十二条(雑損控除)
居住者又はその者と生計を一にする配偶者その他の親族で政令で定めるものの有する資産()について災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合
→雑損控除
・本人が所有する資産
・本人と生計一の配偶者が所有する資産
・本人と生計一の親族が所有する資産
本人を基準に、同人と生計一の配偶者か親族であればOKとなっています。
ただし、所得要件として「総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額が48万円以下」である必要があります。
他の控除と異なり、「同一生計配偶者」「扶養親族」という定義を使っていないのは、所得要件が「合計所得金額」ではないからです(なお、重複の場合の調整規定は省略)。
・
第七十九条(障害者控除)
1 居住者が障害者である場合
2 居住者の同一生計配偶者又は扶養親族が障害者である場合
3 居住者の同一生計配偶者又は扶養親族が特別障害者で、かつ、その居住者又はその居住者の配偶者若しくはその居住者と生計を一にするその他の親族のいずれかとの同居を常況としている者である場合
→障害者控除(障害者、特別障害者)
・本人が(特別)障害者
・同一生計配偶者が(特別)障害者
・扶養親族が(特別)障害者
雑損控除と異なり、「同一生計配偶者」「扶養親族」という用語を使っているため、2条1項33号・34号の定義に従います。
同一生計配偶者:生計一、青色事業専従者等除く、合計所得金額48万円以下
扶養親族:親族+α、青色事業専従者等除く、合計所得金額48万円以下
(「+α」という表現はご容赦ください。民法上の親族以外も含まれます)
雑損控除の場合も同じく所得48万円以下なのに、こちらでは「合計所得金額」を使うことになっています(以降の所得控除も「合計所得金額」です)。
→障害者控除(同居特別障害者)
・同一生計配偶者が特別障害者で、本人or本人と生計一の親族と同居
・扶養親族が特別障害者で、本人or配偶者or本人と生計一の親族と同居
たとえば、「本人・配偶者・親族3人とも生計一だが配偶者・親族が同居で本人別居」という場合に、配偶者が特別障害者であれば配偶者は「同居特別障害者」に該当しうる、ということです。本人と「生計一」の関係である必要はありますが、必ずしも本人と「同居」していなくてもよいことになります。
また、「本人・親族の2人が生計一で配偶者とは生計別、なのに配偶者・親族が同居で本人別居」という場合に、親族が特別障害者であれば親族は「同居特別障害者」に該当しうる、ということになります(実際にそういう家庭があるかどうかは別として)。
「生計一」「同居」が誰と誰との間に要求されるか、「所得要件」が誰に課されているか、という点に気をつけながら条文を読む必要があります。
・
第八十条(寡婦控除)
居住者が寡婦である場合
第八十一条(ひとり親控除)
居住者がひとり親である場合
第八十二条(勤労学生控除)
居住者が勤労学生である場合
→寡婦控除、ひとり親控除、勤労学生控除
このあたりは、2条の定義規定をそのままあてはめるだけです。中身は省略します。
・
第八十三条(配偶者控除)
居住者が控除対象配偶者を有する場合
→配偶者控除
これも2条の定義規定どおりです。
控除対象配偶者:同一生計配偶者、本人の合計所得金額1000万円以下
・
第八十三条の二(配偶者特別控除)
居住者が生計を一にする配偶者(第二条第一項第三十三号(定義)に規定する青色事業専従者等を除くものとし、合計所得金額が百三十三万円以下であるものに限る。)で控除対象配偶者に該当しないもの(合計所得金額が千万円以下である当該居住者の配偶者に限る。)を有する場合
→配偶者特別控除
2条が出てきますが、ここでは「青色事業専従者等」の定義を使っているだけです。
対象配偶者の要件をそのまま順番に並べると、
・本人と生計一
・青色事業専従者等以外
・配偶者の合計所得金額133万円以下
・控除対象配偶者以外
・本人の合計所得金額1000万円以下
となります。
よくある、配偶者控除と配偶者特別控除が一体となった控除額一覧表を見ると、配偶者控除と地続きのように思えます。が、配偶者特別控除の条文の規定ぶりはなかなかきちゃない。
・
第八十四条(扶養控除)
居住者が控除対象扶養親族を有する場合
→扶養控除
2条の定義規定どおりです。
控除対象扶養親族: 扶養親族(居住者か非居住者かで範囲が異なる)
◯
以上、《支払系》以外ということで抽出しましたが、このうち雑損控除の配偶者・親族の絞り込みが、その他の所得控除と毛並みが異なっています。
雑損控除の場合、災害などの《非日常系》で使われるものであることから、
・青色事業専従者等であってもよい。
・所得要件は繰越控除後の総所得金額等を使う。
と、適用範囲をほんのり広げることとしているのでしょう。
雑損控除自体、非常時にしか使われないし、総所得金額等、合計所得金額といった所得の違いもあまり意識されないし、ということからすると、配偶者・親族の範囲をその他の所得控除と同じだと誤解している人が多いかもしれません。
所得控除の中でも、雑損控除は《非日常系》、それ以外は《日常系》と捉えておくと、違いがあることが理解できるでしょうか。
『所得控除を受けられる奴は誰だ!』(その2)
posted by ウロ at 09:00| Comment(0)
| 所得税法
2024年08月12日
雑損控除における「資産」について 〜或いは所得税法におけるヒトの活動領域
今回は、雑損控除の対象となる「資産」について検討します。
雑損控除の要件整理 〜助走編
雑損控除における「盗難」「横領」 〜立てよ!借用概念論!
法七十二条
資産(第六十二条第一項(生活に通常必要でない資産の災害による損失)及び第七十条第三項(被災事業用資産の損失の金額)に規定する資産を除く。)
全資産から一定の資産を除外する、という形で規定されています。
結論だけ書き出すと次のとおりですが、これらは条文からどうやって抽出されるでしょうか。
【除外する資産】
・生活に通常必要でない資産
射幸用動産
娯楽用資産
生活用動産(通常必要でない)
生活用動産(通常必要、30万円超高級品)
・被災事業用資産
棚卸資産(事業用)
固定資産(事業用)
繰延資産(事業用)
山林
◯
まず、「生活に通常必要でない資産」について。
法第六十二条(生活に通常必要でない資産の災害による損失)
生活に通常必要でない資産として政令で定めるもの
令第百七十八条(生活に通常必要でない資産の災害による損失額の計算等)
一 競走馬(その規模、収益の状況その他の事情に照らし事業と認められるものの用に供されるものを除く。)その他射こう的行為の手段となる動産
二 通常自己及び自己と生計を一にする親族が居住の用に供しない家屋で主として趣味、娯楽又は保養の用に供する目的で所有するものその他主として趣味、娯楽、保養又は鑑賞の目的で所有する資産(前号又は次号に掲げる動産を除く。)
三 生活の用に供する動産で第二十五条(譲渡所得について非課税とされる生活用動産の範囲)の規定に該当しないもの
法第九条(非課税所得)
九 自己又はその配偶者その他の親族が生活の用に供する家具、じゆう器、衣服その他の資産で政令で定めるものの譲渡による所得
法第二十五条(譲渡所得について非課税とされる生活用動産の範囲)
生活に通常必要な動産のうち、次に掲げるもの(一個又は一組の価額が三十万円を超えるものに限る。)以外のもの
一 貴石、半貴石、貴金属、真珠及びこれらの製品、べつこう製品、さんご製品、こはく製品、ぞうげ製品並びに七宝製品
二 書画、こつとう及び美術工芸品
このうち、令178条3号については下記記事で整理ずみです。これに、同記事で省略した射幸用動産(1号)と娯楽用資産(2号)が加わります。
「生活に通常必要な動産」で「生活に通常必要でない動産」
【生活に通常必要でない資産】
・射幸用動産 1号
・娯楽用資産 2号
・生活用動産(通常必要でない) 3号
・生活用動産(通常必要、30万円超高級品) 3号
生活用動産が2つあるのは、令25条の柱書の「生活に通常必要な動産のうち」の部分を満たさないものと、通常必要ではあるが各号に該当+30万円超に当たるものの2種類があるからです。
◯
次に「被災事業用資産」について。
法第七十条(純損失の繰越控除)
3 棚卸資産又は第五十一条第一項若しくは第三項に規定する資産
法第二条(定義)
十六 棚卸資産 事業所得を生ずべき事業に係る商品、製品、半製品、仕掛品、原材料その他の資産(有価証券、第四十八条の二第一項(暗号資産の譲渡原価等の計算及びその評価の方法)に規定する暗号資産及び山林を除く。)で棚卸しをすべきものとして政令で定めるもの
令第三条(棚卸資産の範囲)
一 商品又は製品(副産物及び作業くずを含む。)
二 半製品
三 仕掛品(半成工事を含む。)
四 主要原材料
五 補助原材料
六 消耗品で貯蔵中のもの
七 前各号に掲げる資産に準ずるもの
法第五十一条(資産損失の必要経費算入)
1 不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業の用に供される固定資産その他これに準ずる資産で政令で定めるもの
3 山林
令第百四十条(固定資産に準ずる資産の範囲)
不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に係る繰延資産のうちまだ必要経費に算入されていない部分
これをまとめると、次のとおりとなります。
【被災事業用資産】
・棚卸資産(事業用)
・固定資産(事業用)
・繰延資産(事業用)
・山林
棚卸資産については、定義規定で「事業所得」のみに限定されています。が、通達では勝手に「事業用」に拡張しています。
通70−1(被災事業用資産に含まれるもの)
法第70条第3項に規定する棚卸資産には、不動産所得又は山林所得を生ずべき事業に係る令第81条第1号《譲渡所得の基因とされない棚卸資産に準ずる資産》に掲げる資産が含まれるものとする。
純損失の繰越控除の範囲が広がるという意味では納税者有利ですが、雑損控除を受けられなくなるという意味では納税者不利となります。
こんな勝手な拡張が許されるのか疑問がありますが、さしあたりこの通達に従っておきます。
◯
さて、では「資産」から生活に通常必要でない資産と被災事業用資産を除外すると、何が残るでしょうか。
【雑損控除の対象資産】
・生活に通常必要な資産
・棚卸資産(業務用)
・固定資産(業務用)
・繰延資産(業務用)
生活に通常必要な資産だけでなく「業務用」の資産というものが登場することになります(なお、法令上の言葉遣いからすると、業務の中に事業が含まれている書きぶりとなっていますが、ここでは排他的な用語として使っておきます)。
◯
所得税法は、人間の活動領域というものを次のように区分しているように思われます。
生活系:生存/趣味
仕事系:事業/業務
このうち、生存と事業がそれぞれの典型で、それぞれに相応しい規律が施されています(ということにしておきます)。
他方で、趣味は「贅沢は敵」とばかりに徹底的に課税が強化されている、業務は生存と事業の間にあるものとして中途半端な(ヌエ、キマイラ的な)取り扱いがされている、というのが所得税法の基本姿勢かと思います。
災害による資産損失であっても、趣味のモノは譲渡所得内部での損益通算しか認めない、ということになっています。
業務用については、どういうわけか生存側に寄せて雑損控除の対象としてくれています。所得税法は、業務レベルのお仕事は、日常の延長線上にある「なんちゃってお仕事」としてしか見ていないということでしょうか。
副業・兼業推進の今の時代に適合している見方かは、怪しい気もしますが。
ただ、通達では「必要経費」算入も選択できることとしています。業務のどっちつかずな位置づけからすればごもっともではありますが。
だからといって、通達レベルで勝手に緩めてよいようなものとは思えませんけども。
72−1(事業以外の業務用資産の災害等による損失)
不動産所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務(事業を除く。)の用に供され又はこれらの所得の基因となる資産(令第81条第1号《譲渡所得の基因とされない棚卸資産に準ずる資産》に規定する資産を含み、山林及び生活に通常必要でない資産を除く。)につき災害又は盗難若しくは横領(以下72−7までにおいて「災害等」という。)による損失が生じた場合において、居住者が当該損失の金額及び令第206条第1項各号《雑損控除の対象となる雑損失の範囲》に掲げる支出(資本的支出に該当するものを除く。)の額の全てを当該所得の金額の計算上必要経費に算入しているときは、これを認めるものとする。この場合において、当該損失の金額の必要経費算入については法第51条第4項《資産損失の必要経費算入》の規定に準じて取り扱うものとし、法第72条第1項の規定の適用はないものとする。
(注) この取扱いの適用を受けた資産につき、修繕その他原状回復のため支出した費用の額があるときは、51-3の適用がある。
◯
「事業用/業務用」の区分については、実務においてそれなりの議論の積み重ねがあるものと思われます。
他方で、「生活に通常必要/必要でない」の区分については、いまだに例の訴訟が参照される程度で、いかなる事実からどのように判断すればよいのか、よくわかりません。
サラリーマンマイカー訴訟 〜生活に通常必要でも必要でなくもない資産
たとえば、今まで建物を別荘として使っていたが、これから賃貸に出そう(自分では一切使わない)と準備しているときに災害で滅失した場合、どの段階まで進んでいれば業務用資産の滅失ということで「雑損控除」が使えるのでしょうか。
どこまでの事実が積み上がっていれば、娯楽用資産から業務用資産に切り替わるのか、という問題です。
例によって、学者先生は判例周りを議論するのが中心で。日常系税務のレベルにまで降りてきてくれることがない。課税要件事実論なんか展開する前に、実体法レベルでやるべきことがまだまだあるだろうと思うのですが。
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)
雑損控除の要件整理 〜助走編
雑損控除における「盗難」「横領」 〜立てよ!借用概念論!
法七十二条
資産(第六十二条第一項(生活に通常必要でない資産の災害による損失)及び第七十条第三項(被災事業用資産の損失の金額)に規定する資産を除く。)
全資産から一定の資産を除外する、という形で規定されています。
結論だけ書き出すと次のとおりですが、これらは条文からどうやって抽出されるでしょうか。
【除外する資産】
・生活に通常必要でない資産
射幸用動産
娯楽用資産
生活用動産(通常必要でない)
生活用動産(通常必要、30万円超高級品)
・被災事業用資産
棚卸資産(事業用)
固定資産(事業用)
繰延資産(事業用)
山林
◯
まず、「生活に通常必要でない資産」について。
法第六十二条(生活に通常必要でない資産の災害による損失)
生活に通常必要でない資産として政令で定めるもの
令第百七十八条(生活に通常必要でない資産の災害による損失額の計算等)
一 競走馬(その規模、収益の状況その他の事情に照らし事業と認められるものの用に供されるものを除く。)その他射こう的行為の手段となる動産
二 通常自己及び自己と生計を一にする親族が居住の用に供しない家屋で主として趣味、娯楽又は保養の用に供する目的で所有するものその他主として趣味、娯楽、保養又は鑑賞の目的で所有する資産(前号又は次号に掲げる動産を除く。)
三 生活の用に供する動産で第二十五条(譲渡所得について非課税とされる生活用動産の範囲)の規定に該当しないもの
法第九条(非課税所得)
九 自己又はその配偶者その他の親族が生活の用に供する家具、じゆう器、衣服その他の資産で政令で定めるものの譲渡による所得
法第二十五条(譲渡所得について非課税とされる生活用動産の範囲)
生活に通常必要な動産のうち、次に掲げるもの(一個又は一組の価額が三十万円を超えるものに限る。)以外のもの
一 貴石、半貴石、貴金属、真珠及びこれらの製品、べつこう製品、さんご製品、こはく製品、ぞうげ製品並びに七宝製品
二 書画、こつとう及び美術工芸品
このうち、令178条3号については下記記事で整理ずみです。これに、同記事で省略した射幸用動産(1号)と娯楽用資産(2号)が加わります。
「生活に通常必要な動産」で「生活に通常必要でない動産」
【生活に通常必要でない資産】
・射幸用動産 1号
・娯楽用資産 2号
・生活用動産(通常必要でない) 3号
・生活用動産(通常必要、30万円超高級品) 3号
生活用動産が2つあるのは、令25条の柱書の「生活に通常必要な動産のうち」の部分を満たさないものと、通常必要ではあるが各号に該当+30万円超に当たるものの2種類があるからです。
◯
次に「被災事業用資産」について。
法第七十条(純損失の繰越控除)
3 棚卸資産又は第五十一条第一項若しくは第三項に規定する資産
法第二条(定義)
十六 棚卸資産 事業所得を生ずべき事業に係る商品、製品、半製品、仕掛品、原材料その他の資産(有価証券、第四十八条の二第一項(暗号資産の譲渡原価等の計算及びその評価の方法)に規定する暗号資産及び山林を除く。)で棚卸しをすべきものとして政令で定めるもの
令第三条(棚卸資産の範囲)
一 商品又は製品(副産物及び作業くずを含む。)
二 半製品
三 仕掛品(半成工事を含む。)
四 主要原材料
五 補助原材料
六 消耗品で貯蔵中のもの
七 前各号に掲げる資産に準ずるもの
法第五十一条(資産損失の必要経費算入)
1 不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業の用に供される固定資産その他これに準ずる資産で政令で定めるもの
3 山林
令第百四十条(固定資産に準ずる資産の範囲)
不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に係る繰延資産のうちまだ必要経費に算入されていない部分
これをまとめると、次のとおりとなります。
【被災事業用資産】
・棚卸資産(事業用)
・固定資産(事業用)
・繰延資産(事業用)
・山林
棚卸資産については、定義規定で「事業所得」のみに限定されています。が、通達では勝手に「事業用」に拡張しています。
通70−1(被災事業用資産に含まれるもの)
法第70条第3項に規定する棚卸資産には、不動産所得又は山林所得を生ずべき事業に係る令第81条第1号《譲渡所得の基因とされない棚卸資産に準ずる資産》に掲げる資産が含まれるものとする。
純損失の繰越控除の範囲が広がるという意味では納税者有利ですが、雑損控除を受けられなくなるという意味では納税者不利となります。
こんな勝手な拡張が許されるのか疑問がありますが、さしあたりこの通達に従っておきます。
◯
さて、では「資産」から生活に通常必要でない資産と被災事業用資産を除外すると、何が残るでしょうか。
【雑損控除の対象資産】
・生活に通常必要な資産
・棚卸資産(業務用)
・固定資産(業務用)
・繰延資産(業務用)
生活に通常必要な資産だけでなく「業務用」の資産というものが登場することになります(なお、法令上の言葉遣いからすると、業務の中に事業が含まれている書きぶりとなっていますが、ここでは排他的な用語として使っておきます)。
◯
所得税法は、人間の活動領域というものを次のように区分しているように思われます。
生活系:生存/趣味
仕事系:事業/業務
このうち、生存と事業がそれぞれの典型で、それぞれに相応しい規律が施されています(ということにしておきます)。
他方で、趣味は「贅沢は敵」とばかりに徹底的に課税が強化されている、業務は生存と事業の間にあるものとして中途半端な(ヌエ、キマイラ的な)取り扱いがされている、というのが所得税法の基本姿勢かと思います。
災害による資産損失であっても、趣味のモノは譲渡所得内部での損益通算しか認めない、ということになっています。
業務用については、どういうわけか生存側に寄せて雑損控除の対象としてくれています。所得税法は、業務レベルのお仕事は、日常の延長線上にある「なんちゃってお仕事」としてしか見ていないということでしょうか。
副業・兼業推進の今の時代に適合している見方かは、怪しい気もしますが。
ただ、通達では「必要経費」算入も選択できることとしています。業務のどっちつかずな位置づけからすればごもっともではありますが。
だからといって、通達レベルで勝手に緩めてよいようなものとは思えませんけども。
72−1(事業以外の業務用資産の災害等による損失)
不動産所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務(事業を除く。)の用に供され又はこれらの所得の基因となる資産(令第81条第1号《譲渡所得の基因とされない棚卸資産に準ずる資産》に規定する資産を含み、山林及び生活に通常必要でない資産を除く。)につき災害又は盗難若しくは横領(以下72−7までにおいて「災害等」という。)による損失が生じた場合において、居住者が当該損失の金額及び令第206条第1項各号《雑損控除の対象となる雑損失の範囲》に掲げる支出(資本的支出に該当するものを除く。)の額の全てを当該所得の金額の計算上必要経費に算入しているときは、これを認めるものとする。この場合において、当該損失の金額の必要経費算入については法第51条第4項《資産損失の必要経費算入》の規定に準じて取り扱うものとし、法第72条第1項の規定の適用はないものとする。
(注) この取扱いの適用を受けた資産につき、修繕その他原状回復のため支出した費用の額があるときは、51-3の適用がある。
◯
「事業用/業務用」の区分については、実務においてそれなりの議論の積み重ねがあるものと思われます。
他方で、「生活に通常必要/必要でない」の区分については、いまだに例の訴訟が参照される程度で、いかなる事実からどのように判断すればよいのか、よくわかりません。
サラリーマンマイカー訴訟 〜生活に通常必要でも必要でなくもない資産
たとえば、今まで建物を別荘として使っていたが、これから賃貸に出そう(自分では一切使わない)と準備しているときに災害で滅失した場合、どの段階まで進んでいれば業務用資産の滅失ということで「雑損控除」が使えるのでしょうか。
どこまでの事実が積み上がっていれば、娯楽用資産から業務用資産に切り替わるのか、という問題です。
例によって、学者先生は判例周りを議論するのが中心で。日常系税務のレベルにまで降りてきてくれることがない。課税要件事実論なんか展開する前に、実体法レベルでやるべきことがまだまだあるだろうと思うのですが。
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)
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| 所得税法
2024年08月08日
渕圭吾「租税法講義」(有斐閣2024)
《オルタナティブ》って感じの。
渕圭吾「租税法講義」(有斐閣2024) Amazon
ここでいう《オルタナティブ》とは、長谷部恭男先生の教科書が、芦部信喜先生に代表される(旧)標準的な教科書に対して《オルタナティブ》である、と言われるときのそれです。
長谷部恭男「憲法 第8版」(新世社2022) Amazon
芦部信喜「憲法 第八版」(岩波書店2023) Amazon
第一次通読が終わりましたので、表面的な感想を。
中身について何ごとかをいうのは、きちんと精読してからにいたします。本書に引用されている各種論文にも手を出さないといけないので、ずいぶん先になりそう(しっかり積んでいる)。

というか、専門家の書かれた書籍につき、ド素人が一読しただけで批判できるはずがないのが通常であって。
本ブログでボロクソに批判しているアレとかソレとかが、あまりにもあまりにもなだけです。
◯
所得税法・法人税法を一通り勉強した人が読んだら、とても示唆的な記述に富んでいて「租税法は、面白い。」と感じられると思うのですが。ガチの租税法初学者が一人で読むには、難しい。
渕先生のような、優れた教師の授業を受けながらでないと、意味が取りにくいと思います。
浅妻章如,酒井貴子「租税法」(日本評論社2020)
どういうところが初学者向きでないかというと。
・
基本的な制度の説明は佐藤英明先生の『スタンダード所得税法』、詳しい沿革は池本征男先生の『注解所得税法』に委ねていたり。あるいは、数値例少なめでひたすら言葉で説明していたり。
佐藤英明「スタンダード所得税法 第4版」(弘文堂2024)
注解所得税法研究会「注解 所得税法 六訂版」(大蔵財務協会2019)
既存書を前提として「屋上屋を架さない」ことに誠実に取り組もうとすると、どうしてもそうならざるを得ない、ので仕方がないところ。類書において、月並みな記述がメインとなってしまっていることと比べたら、とても読み応えのある記述が多い。
ではありますが、初学者からしたら、「だったら、先に『スタンダード所得税法』から読むわ。」となり。そして、2冊目の教科書までたどり着く人はほとんどいないかもしれない。
逆に、一通り勉強している人にとっては、『スタンダード所得税法』の、クドい説明を煩わしいと感じる人もいるはずなので。そういう人にとっては、本書の記述が、ことごとく沁みわたる。
・
また、「判決文」が長めに引用されていて。そのぶん、解説が薄め(もしくは無い)な箇所が結構。
判例検索サボって原文読むのを怠りがちな人間にとっては、本書の中で判決読み(簡易モード)まで済ませられるのは、とてもありがたい。
のですが、初学者からしたら、「判決文をもって解説に代えさせていただきます。」系の文章は、やっぱりしんどい。きちんと説明を加えてほしい、と感じるはずです。
【ハードモードな法学入門書の最高傑作】
田中英夫「実定法学入門 第3版」(東京大学出版会1974)
・
という具合で、租税法初学者にとっての1冊目としては厳しいが、2冊目あるいは1.5冊目としては非常にオススメできる、という意味合いで、《オルタナティブ》と評した所以です。
◯
本書の中身に触れるつもりはありませんでしたが。いつかのために、イントロとして軽く言語化しておきます。
・P.466
法人税法68条1項の趣旨に関する最高裁判決の説明に対して、「正しい説明とは言えない」とはっきり書かれています。
二重課税っぽいものを雑に排除していく議論、私は懐疑的に思っていたところなので、非常に納得できるところ。
・P.467
10行目「外国税額控除」は「所得税額控除」の誤記でしょうかね。
・P.467〜
最高裁平成17年12月19日判決(りそな外税控除事件)と最高裁平成15年12月19日判決(一括支払システム)に関する調査官解説を素材に、「私人の予測可能性・法的安定性」を軸として解釈を広げていくやり口を「正しくない」と断じている箇所は読み応えたっぷり。
私の見立てだと、これら判決の系列の先に、「私人の回避可能性」を根拠に過剰課税を許容した、最判令和5年11月6日(みずほCFC事件)があるのだと理解しています。
みずほCFC事件判決 〜最高裁令和5年11月6日判決 (雑感)
なお、「一括支払システム」というものにつき、本書で何らの説明もないのが、「初学者に易しくない」という評価となる所以のひとつ(法学部で出てくるとしたら、債権法か金融法?)。
・P.484〜
組織再編税制を「租税属性」の観点から説明されているところが、分かりやすい。
・P.489〜
同族会社に関する法人税法/所得税法の規律を、法人/個人の課税ベースの確保の観点から整理されているのが、分かりやすい。
・
本書の各所で、「通達」を素材とした議論が展開されているところがあります。
本書に限らずですが、このような議論の展開に対して、私個人が常々思っていること。
プロパーの租税法学者の書く教科書なのだから、変に実務に阿ることなく。通達を完全に無視した《裁判規範としての租税法》に純化したものを、どなたか書いてくれたらいいのに、と。
この点に関して参考になるのが、相続税法における財産評価に関する、最高裁令和4年4月19日判決。
最高裁令和4年4月19日判決
税理士の書いた財産評価の実務本だと、未だに本判決を「総則6項の適用を認めた」呼ばわりしているものがあります(名指しはしませんが、最近読んだ本でも思いっきりそう書いてありました)。
が、本判決(と調査官解説)を読めば分かるとおり、本判決が鑑定評価額を採用したのは、相続税法22条のストレートな解釈適用によるものであって。総則6項の出番はどこにもありません。
通達が出てくるのは、平等原則違反かどうかを判断する場面で、「課税庁はいつもそうやっている」ものとして、通達各則による評価が出てくるだけです。時価評価にあたって、通達がダイレクトに適用されるのではありません。
要するに、財産評価基本通達は「裁判規範」としては機能しない、というのが、最高裁判決の立場だということです。
だから巡ってないってば! 〜最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決(財産評価)
令和2年の判決もそうですが、最高裁が通達を「裁判規範」から徹底的に締め出す態度だけは一貫していて。
解釈の解釈の介錯 〜最高裁令和2年3月24日判決
地裁・高裁(特に後者)が、通達にやたらと阿った判決を出すのとは大違い。
最高裁における税法判例の中身については、しっくりこないものが多いのですが。このような、「行政向けの規範」と「司法向けの規範」を厳格に区別する態度は、全面的に支持したいところ。
ということで、プロパーの租税法学者の皆さんも、通達頼みの課税当局&税理士に阿ることなく、徹底した「裁判規範としての租税法」を展開した教科書を執筆してほしいなと、願っております。
なお、「裁判規範としての租税法」とはいっても、「行政向けの規範を混ぜ込まないで。」ということを言っているだけであり。下記書籍で展開されているような、「(課税)要件事実論」を中心とした議論とは、全く異なるものを想定しています。
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)
もし紛らわしいというなら、「司法規範としての租税法」と称しても構いません。
◯
という感じで、本書につき何ごとかを書こうとしても、例によって本書の中身から少しづつズレていくことになるんだろうな、という予感。
渕圭吾「租税法講義」(有斐閣2024) Amazon
ここでいう《オルタナティブ》とは、長谷部恭男先生の教科書が、芦部信喜先生に代表される(旧)標準的な教科書に対して《オルタナティブ》である、と言われるときのそれです。
長谷部恭男「憲法 第8版」(新世社2022) Amazon
芦部信喜「憲法 第八版」(岩波書店2023) Amazon
第一次通読が終わりましたので、表面的な感想を。
中身について何ごとかをいうのは、きちんと精読してからにいたします。本書に引用されている各種論文にも手を出さないといけないので、ずいぶん先になりそう(しっかり積んでいる)。

というか、専門家の書かれた書籍につき、ド素人が一読しただけで批判できるはずがないのが通常であって。
本ブログでボロクソに批判しているアレとかソレとかが、あまりにもあまりにもなだけです。
◯
所得税法・法人税法を一通り勉強した人が読んだら、とても示唆的な記述に富んでいて「租税法は、面白い。」と感じられると思うのですが。ガチの租税法初学者が一人で読むには、難しい。
渕先生のような、優れた教師の授業を受けながらでないと、意味が取りにくいと思います。
浅妻章如,酒井貴子「租税法」(日本評論社2020)
どういうところが初学者向きでないかというと。
・
基本的な制度の説明は佐藤英明先生の『スタンダード所得税法』、詳しい沿革は池本征男先生の『注解所得税法』に委ねていたり。あるいは、数値例少なめでひたすら言葉で説明していたり。
佐藤英明「スタンダード所得税法 第4版」(弘文堂2024)
注解所得税法研究会「注解 所得税法 六訂版」(大蔵財務協会2019)
既存書を前提として「屋上屋を架さない」ことに誠実に取り組もうとすると、どうしてもそうならざるを得ない、ので仕方がないところ。類書において、月並みな記述がメインとなってしまっていることと比べたら、とても読み応えのある記述が多い。
ではありますが、初学者からしたら、「だったら、先に『スタンダード所得税法』から読むわ。」となり。そして、2冊目の教科書までたどり着く人はほとんどいないかもしれない。
逆に、一通り勉強している人にとっては、『スタンダード所得税法』の、クドい説明を煩わしいと感じる人もいるはずなので。そういう人にとっては、本書の記述が、ことごとく沁みわたる。
・
また、「判決文」が長めに引用されていて。そのぶん、解説が薄め(もしくは無い)な箇所が結構。
判例検索サボって原文読むのを怠りがちな人間にとっては、本書の中で判決読み(簡易モード)まで済ませられるのは、とてもありがたい。
のですが、初学者からしたら、「判決文をもって解説に代えさせていただきます。」系の文章は、やっぱりしんどい。きちんと説明を加えてほしい、と感じるはずです。
【ハードモードな法学入門書の最高傑作】
田中英夫「実定法学入門 第3版」(東京大学出版会1974)
・
という具合で、租税法初学者にとっての1冊目としては厳しいが、2冊目あるいは1.5冊目としては非常にオススメできる、という意味合いで、《オルタナティブ》と評した所以です。
◯
本書の中身に触れるつもりはありませんでしたが。いつかのために、イントロとして軽く言語化しておきます。
・P.466
法人税法68条1項の趣旨に関する最高裁判決の説明に対して、「正しい説明とは言えない」とはっきり書かれています。
二重課税っぽいものを雑に排除していく議論、私は懐疑的に思っていたところなので、非常に納得できるところ。
・P.467
10行目「外国税額控除」は「所得税額控除」の誤記でしょうかね。
・P.467〜
最高裁平成17年12月19日判決(りそな外税控除事件)と最高裁平成15年12月19日判決(一括支払システム)に関する調査官解説を素材に、「私人の予測可能性・法的安定性」を軸として解釈を広げていくやり口を「正しくない」と断じている箇所は読み応えたっぷり。
私の見立てだと、これら判決の系列の先に、「私人の回避可能性」を根拠に過剰課税を許容した、最判令和5年11月6日(みずほCFC事件)があるのだと理解しています。
みずほCFC事件判決 〜最高裁令和5年11月6日判決 (雑感)
なお、「一括支払システム」というものにつき、本書で何らの説明もないのが、「初学者に易しくない」という評価となる所以のひとつ(法学部で出てくるとしたら、債権法か金融法?)。
・P.484〜
組織再編税制を「租税属性」の観点から説明されているところが、分かりやすい。
・P.489〜
同族会社に関する法人税法/所得税法の規律を、法人/個人の課税ベースの確保の観点から整理されているのが、分かりやすい。
・
本書の各所で、「通達」を素材とした議論が展開されているところがあります。
本書に限らずですが、このような議論の展開に対して、私個人が常々思っていること。
プロパーの租税法学者の書く教科書なのだから、変に実務に阿ることなく。通達を完全に無視した《裁判規範としての租税法》に純化したものを、どなたか書いてくれたらいいのに、と。
この点に関して参考になるのが、相続税法における財産評価に関する、最高裁令和4年4月19日判決。
最高裁令和4年4月19日判決
税理士の書いた財産評価の実務本だと、未だに本判決を「総則6項の適用を認めた」呼ばわりしているものがあります(名指しはしませんが、最近読んだ本でも思いっきりそう書いてありました)。
が、本判決(と調査官解説)を読めば分かるとおり、本判決が鑑定評価額を採用したのは、相続税法22条のストレートな解釈適用によるものであって。総則6項の出番はどこにもありません。
通達が出てくるのは、平等原則違反かどうかを判断する場面で、「課税庁はいつもそうやっている」ものとして、通達各則による評価が出てくるだけです。時価評価にあたって、通達がダイレクトに適用されるのではありません。
要するに、財産評価基本通達は「裁判規範」としては機能しない、というのが、最高裁判決の立場だということです。
だから巡ってないってば! 〜最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決(財産評価)
令和2年の判決もそうですが、最高裁が通達を「裁判規範」から徹底的に締め出す態度だけは一貫していて。
解釈の解釈の介錯 〜最高裁令和2年3月24日判決
地裁・高裁(特に後者)が、通達にやたらと阿った判決を出すのとは大違い。
最高裁における税法判例の中身については、しっくりこないものが多いのですが。このような、「行政向けの規範」と「司法向けの規範」を厳格に区別する態度は、全面的に支持したいところ。
ということで、プロパーの租税法学者の皆さんも、通達頼みの課税当局&税理士に阿ることなく、徹底した「裁判規範としての租税法」を展開した教科書を執筆してほしいなと、願っております。
なお、「裁判規範としての租税法」とはいっても、「行政向けの規範を混ぜ込まないで。」ということを言っているだけであり。下記書籍で展開されているような、「(課税)要件事実論」を中心とした議論とは、全く異なるものを想定しています。
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)
もし紛らわしいというなら、「司法規範としての租税法」と称しても構いません。
◯
という感じで、本書につき何ごとかを書こうとしても、例によって本書の中身から少しづつズレていくことになるんだろうな、という予感。
posted by ウロ at 20:10| Comment(0)
| 租税法の教科書
2024年08月05日
雑損控除における「盗難」「横領」 〜立てよ!借用概念論!
今回は、雑損控除の適用が受けられる「事由」について。
雑損控除の要件整理 〜助走編
法七十二条(雑損控除)
1 災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合
このうち、「災害」については、法令から通達に至るまで異様に詳細な内容充填規定が整備されていますので、ここでは触れません。
当記事で検討したいのが「盗難」と「横領」です。
◯
上記の通り「災害」のほうはやたらと詳しく規定されているのに、「盗難」「横領」については、何の定めもありません。ワンフレーズに収まっているというのに、一方は「有りすぎて困る」、もう一方は「無さすぎて困る」状態と極端すぎる。
「刑法」っぽい物言いなので、みんな大好き《借用概念論》で一発解決できるはず。と思いきや、刑法には「横領」はあるものの「盗難」という言葉はでてきません。
「横領」は刑法からお借りしてきている借用概念だが、「盗難」は税法独自の固有概念だとでもいうのでしょうか。
この点、『図解 所得税』には、以下の定義が書かれていました(なお、書名に「法」がないのは、基本通達などと同様、敢えてなんですかね)。
田仲正之「図解 所得税 令和5年版」(大蔵財務協会2023) Amazon
盗難 自己の意思に反して財物を窃取又は強取されたことによる損失
横領 自己の財物を占有する第三者によってその財物を不正に領得されたことによる損失
なのですが、法令の条数なり通達の番号が書かれていません。
『図解シリーズ』において、著者個人の見解が示されることなんて、まずないはずです。「はしがき」では、文中の意見は「個人的見解」などと断っていますけども。
とすると、おそらくどなたか国税OBあたりの書いた文章に出てくる言い回しではないかと邪推されます。が、今のところ発見には至っていません。
◯
この定義を鵜呑みにするならば、刑法との対応関係は次のとおりとなります。
盗難 = 窃盗(235)、強盗(236)
横領 = 単純横領(252)、業務上横領(253)
本当に、このような理解でよいのでしょうか。
そこで以下、刑法の条文を眺めてみましょう(以下、条数のみで「刑法」は省略します)。
第二百三十五条(窃盗)
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
第二百三十六条(強盗)
1 暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
これら2つが「盗難」に該当するということのようです(なお、「2項犯罪」により雑損控除の対象となる資産損失が生じるか、という問題もありますが、この点は省略します)。
第二百三十五条の二(不動産侵奪)
他人の不動産を侵奪した者は、十年以下の懲役に処する。
「不動産」も雑損控除の対象資産となるはずですが、「侵奪」による損失は対象外となってしまうのでしょうか。
第二百四十二条(他人の占有等に係る自己の財物)
自己の財物であっても、他人が占有し、又は公務所の命令により他人が看守するものであるときは、この章の罪については、他人の財物とみなす。
本条の理解に関連して、「占有説」と「本権説」の対立があって。所得税法72条にいう「有する資産」についても同様の議論がありうるはずですが。
おそらく、所得税法の側では「有する=所有権」を想定しているものと思われますので、本記事でもその理解にしたがっておきます。
それはさておき。所得税法72条では「盗難による」損失と書かれており。「盗難されたことによる」損失とは書かれていません。
所得税法法七十二条(雑損控除)
居住者又はその者と生計を一にする配偶者その他の親族で政令で定めるものの有する資産()について災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合
何が言いたいかというと。
たとえば、「AがBに盗まれた物をBから取り返したら、そのせいで後日、物が壊れてしまった」場合に、Aは「盗難による」損失があったとして、雑損控除の適用が受けられるのでしょうか。
「盗難による」
・盗難されたことによる(被害者側)
・盗難したことによる(加害者側)
『図解』の定義では、「窃取又は強取されたことによる」と言い換えがされており。が、この例のAは、自分が窃取したことによって壊れたのであって、Bに窃取されたことによって壊れたのではありません。
通常は、盗まれて戻ってこないことをもって「損失」と想定しているはずで。『図解』の言い換えもそのような理解を前提としているのでしょう。
が、盗難されて壊れたとか、盗難して壊れた、という場合も当然ありうるわけで。そのような場合も、雑損控除の適用ありとしてよいのかどうか。
第二百四十三条(未遂罪)
第二百三十五条から第二百三十六条まで、第二百三十八条から第二百四十条まで及び第二百四十一条第三項の罪の未遂は、罰する。
「未遂」に終わったが、その過程でモノが壊れた場合はどうでしょうか。
◯
色々疑問を留保しつつ、ここで「横領」のほうへいきます。
第二百五十二条(横領)
1 自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の懲役に処する。
2 自己の物であっても、公務所から保管を命ぜられた場合において、これを横領した者も、前項と同様とする。
第二百五十三条(業務上横領)
業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、十年以下の懲役に処する。
これらは当然に「横領」に該当すると。
252条2項につき、「自分の物を横領したら壊れた」という場合に雑損控除の適用があるか、ということが、盗難の場合と同様に問題となります(こちらも『図解』の定義では除外されている)。
第二百四十七条(背任)
他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
「横領と背任」という古典的な論点があって。
どちらが成立するか微妙な事案もあるわけですが、「背任」の場合は対象外になるということでよいのでしょうか。
第二百五十四条(遺失物等横領)
遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。
遺失物横領も「横領」である以上、雑損控除の適用があるはずです。ところが、『図解』の定義によると、「占有する第三者によって」とあるので、誰も占有していない場合は所得税法上の「横領」に該当しないことになります。
刑法の文言に反して、勝手に範囲を狭めてもよいのでしょうか。《借用概念論》の支持者の方々はキレ散らかすところですよ、ここ。
まあ、現実には「知らんうちに無くした」で終わってしまうから、雑損控除で遺失物横領が問題となることなんて、ほぼないのかもしれませんが。
◯
「盗難」と「横領」しか対象としていないことから、こぼれ落ちる犯罪類型があります。
第二百四十六条(詐欺)
1 人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
第二百四十九条(恐喝)
1 人を恐喝して財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
奪取罪(窃盗、強盗)と区別された騙取罪(詐欺、恐喝)の類型です。
詐欺は窃盗と、恐喝は強盗と、それぞれ区別が問題となるわけです。が、騙取のほうは雑損控除の対象外なんだと。
教科書的な説明では「財産移転が任意かどうか」で区別されると言われています。が、現実にはそんな簡単に区別できるものではないはずです。
遥か彼方の記憶では、「木箱の中に魚が入っているのに、入っていないと嘘をついて木箱をもらったら窃盗?詐欺?」みたいな議論があった気がするのですが。当時は法定刑が同じだったので、通説的には、1項犯罪のかぎりではどっちでもいいんじゃん、みたいなノリだったような。
鈴木 左斗志「詐欺罪における「交付」について ー 「財産犯の保護法益論」に関する一考察」
当然のことながら、当時は、まさか所得税法の中で、窃盗か詐欺かで扱いが異なるものがあるなんてこと、およそ知りもしませんでした。
刑法学の側で、所得税法のことなんて意識して議論しているわけでもないのに、そこでの帰結をそのまま税法側にお借りしてくることの不合理性が、ここにあります。
第二百六十一条(器物損壊等)
前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。
盗まれたのではなく壊された場合は、雑損控除の対象外です(ので、上記「取り返したら壊れた」事例も、場面が限定されることになります)。
刑法学上は、壊されたら被害回復がでかいのになぜ法定刑が軽いのか、という議論があって。一般予防の観点から、禁圧する必要性が「領得罪」ほど高くないからだとかなんとか。
たとえ刑法学上はそうだとしても。財産減を所得に反映させようという所得税法の観点からすれば、領得罪(のうち盗取罪と横領罪)か毀棄罪かで区別して扱う必要は全くないと思います。
◯
そもそも、刑法学上、どの犯罪類型が成立するかについては一大論点を形成しているのであって。
【財産犯類型の区別だけで一冊モノ】
高橋則夫ほか「財産犯バトルロイヤル」(日本評論社2017) Amazon
たかだか所得税法ごときが、「盗難」と「横領」に限定して雑損控除を適用しようなんて、生意気にも程がある。
その切り分けが「所得マイナス」にとって何か違いがあればよいのですが。特になんの根拠もないでしょう。
「騙取(詐欺・恐喝)」の場合は、自分で任意に渡しているから救済する必要はないとでもいうのでしょうか。その物言いに従うにしても、「横領」だって自分が信じて渡した(のに裏切られた)わけで、騙取となにが違うのでしょうか。
◯
また、ここまで「実体法」レベルでの議論を想定して記述してきましたが。納税者が、自分の受けた被害が窃盗や横領によるものであって詐欺によるものではない、などと判断することができるのでしょうか。
刑事裁判で罪名が確定するまで大人しく待ってろということなのか。が、検察官にしたって、公判が維持しやすい罪名を選択するのであって、頑張って、被害者が雑損控除を受けられる罪名を選んで起訴してくれるわけではないでしょう。
例によって《借用概念論》が無力すぎる。刑法上の概念をそのままお借りしてくれば法的安定性・明確性・予測可能性が確保できるはずだったんじゃないんですか。
◯
以上、「大昔に勉強した『刑法各論』の知識で書いています。」レベルの記述にすぎません。
ちょうど山口厚先生の『各論』が新しくなることですし、最近の議論をフォローしておきたいところです。
山口厚「刑法各論 第3版」(有斐閣2024) Amazon
が、同書は「14年ぶりの大改訂!」とぶち上げていながら700頁→716頁の微増にとどまるようで。どこまで最新の議論をカバーしているのか、不安がないわけではない。
雑損控除における「資産」について 〜或いは所得税法におけるヒトの活動領域
雑損控除の要件整理 〜助走編
法七十二条(雑損控除)
1 災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合
このうち、「災害」については、法令から通達に至るまで異様に詳細な内容充填規定が整備されていますので、ここでは触れません。
当記事で検討したいのが「盗難」と「横領」です。
◯
上記の通り「災害」のほうはやたらと詳しく規定されているのに、「盗難」「横領」については、何の定めもありません。ワンフレーズに収まっているというのに、一方は「有りすぎて困る」、もう一方は「無さすぎて困る」状態と極端すぎる。
「刑法」っぽい物言いなので、みんな大好き《借用概念論》で一発解決できるはず。と思いきや、刑法には「横領」はあるものの「盗難」という言葉はでてきません。
「横領」は刑法からお借りしてきている借用概念だが、「盗難」は税法独自の固有概念だとでもいうのでしょうか。
この点、『図解 所得税』には、以下の定義が書かれていました(なお、書名に「法」がないのは、基本通達などと同様、敢えてなんですかね)。
田仲正之「図解 所得税 令和5年版」(大蔵財務協会2023) Amazon
盗難 自己の意思に反して財物を窃取又は強取されたことによる損失
横領 自己の財物を占有する第三者によってその財物を不正に領得されたことによる損失
なのですが、法令の条数なり通達の番号が書かれていません。
『図解シリーズ』において、著者個人の見解が示されることなんて、まずないはずです。「はしがき」では、文中の意見は「個人的見解」などと断っていますけども。
とすると、おそらくどなたか国税OBあたりの書いた文章に出てくる言い回しではないかと邪推されます。が、今のところ発見には至っていません。
◯
この定義を鵜呑みにするならば、刑法との対応関係は次のとおりとなります。
盗難 = 窃盗(235)、強盗(236)
横領 = 単純横領(252)、業務上横領(253)
本当に、このような理解でよいのでしょうか。
そこで以下、刑法の条文を眺めてみましょう(以下、条数のみで「刑法」は省略します)。
第二百三十五条(窃盗)
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
第二百三十六条(強盗)
1 暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
これら2つが「盗難」に該当するということのようです(なお、「2項犯罪」により雑損控除の対象となる資産損失が生じるか、という問題もありますが、この点は省略します)。
第二百三十五条の二(不動産侵奪)
他人の不動産を侵奪した者は、十年以下の懲役に処する。
「不動産」も雑損控除の対象資産となるはずですが、「侵奪」による損失は対象外となってしまうのでしょうか。
第二百四十二条(他人の占有等に係る自己の財物)
自己の財物であっても、他人が占有し、又は公務所の命令により他人が看守するものであるときは、この章の罪については、他人の財物とみなす。
本条の理解に関連して、「占有説」と「本権説」の対立があって。所得税法72条にいう「有する資産」についても同様の議論がありうるはずですが。
おそらく、所得税法の側では「有する=所有権」を想定しているものと思われますので、本記事でもその理解にしたがっておきます。
それはさておき。所得税法72条では「盗難による」損失と書かれており。「盗難されたことによる」損失とは書かれていません。
所得税法法七十二条(雑損控除)
居住者又はその者と生計を一にする配偶者その他の親族で政令で定めるものの有する資産()について災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合
何が言いたいかというと。
たとえば、「AがBに盗まれた物をBから取り返したら、そのせいで後日、物が壊れてしまった」場合に、Aは「盗難による」損失があったとして、雑損控除の適用が受けられるのでしょうか。
「盗難による」
・盗難されたことによる(被害者側)
・盗難したことによる(加害者側)
『図解』の定義では、「窃取又は強取されたことによる」と言い換えがされており。が、この例のAは、自分が窃取したことによって壊れたのであって、Bに窃取されたことによって壊れたのではありません。
通常は、盗まれて戻ってこないことをもって「損失」と想定しているはずで。『図解』の言い換えもそのような理解を前提としているのでしょう。
が、盗難されて壊れたとか、盗難して壊れた、という場合も当然ありうるわけで。そのような場合も、雑損控除の適用ありとしてよいのかどうか。
第二百四十三条(未遂罪)
第二百三十五条から第二百三十六条まで、第二百三十八条から第二百四十条まで及び第二百四十一条第三項の罪の未遂は、罰する。
「未遂」に終わったが、その過程でモノが壊れた場合はどうでしょうか。
◯
色々疑問を留保しつつ、ここで「横領」のほうへいきます。
第二百五十二条(横領)
1 自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の懲役に処する。
2 自己の物であっても、公務所から保管を命ぜられた場合において、これを横領した者も、前項と同様とする。
第二百五十三条(業務上横領)
業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、十年以下の懲役に処する。
これらは当然に「横領」に該当すると。
252条2項につき、「自分の物を横領したら壊れた」という場合に雑損控除の適用があるか、ということが、盗難の場合と同様に問題となります(こちらも『図解』の定義では除外されている)。
第二百四十七条(背任)
他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
「横領と背任」という古典的な論点があって。
どちらが成立するか微妙な事案もあるわけですが、「背任」の場合は対象外になるということでよいのでしょうか。
第二百五十四条(遺失物等横領)
遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。
遺失物横領も「横領」である以上、雑損控除の適用があるはずです。ところが、『図解』の定義によると、「占有する第三者によって」とあるので、誰も占有していない場合は所得税法上の「横領」に該当しないことになります。
刑法の文言に反して、勝手に範囲を狭めてもよいのでしょうか。《借用概念論》の支持者の方々はキレ散らかすところですよ、ここ。
まあ、現実には「知らんうちに無くした」で終わってしまうから、雑損控除で遺失物横領が問題となることなんて、ほぼないのかもしれませんが。
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「盗難」と「横領」しか対象としていないことから、こぼれ落ちる犯罪類型があります。
第二百四十六条(詐欺)
1 人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
第二百四十九条(恐喝)
1 人を恐喝して財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
奪取罪(窃盗、強盗)と区別された騙取罪(詐欺、恐喝)の類型です。
詐欺は窃盗と、恐喝は強盗と、それぞれ区別が問題となるわけです。が、騙取のほうは雑損控除の対象外なんだと。
教科書的な説明では「財産移転が任意かどうか」で区別されると言われています。が、現実にはそんな簡単に区別できるものではないはずです。
遥か彼方の記憶では、「木箱の中に魚が入っているのに、入っていないと嘘をついて木箱をもらったら窃盗?詐欺?」みたいな議論があった気がするのですが。当時は法定刑が同じだったので、通説的には、1項犯罪のかぎりではどっちでもいいんじゃん、みたいなノリだったような。
鈴木 左斗志「詐欺罪における「交付」について ー 「財産犯の保護法益論」に関する一考察」
当然のことながら、当時は、まさか所得税法の中で、窃盗か詐欺かで扱いが異なるものがあるなんてこと、およそ知りもしませんでした。
刑法学の側で、所得税法のことなんて意識して議論しているわけでもないのに、そこでの帰結をそのまま税法側にお借りしてくることの不合理性が、ここにあります。
第二百六十一条(器物損壊等)
前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。
盗まれたのではなく壊された場合は、雑損控除の対象外です(ので、上記「取り返したら壊れた」事例も、場面が限定されることになります)。
刑法学上は、壊されたら被害回復がでかいのになぜ法定刑が軽いのか、という議論があって。一般予防の観点から、禁圧する必要性が「領得罪」ほど高くないからだとかなんとか。
たとえ刑法学上はそうだとしても。財産減を所得に反映させようという所得税法の観点からすれば、領得罪(のうち盗取罪と横領罪)か毀棄罪かで区別して扱う必要は全くないと思います。
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そもそも、刑法学上、どの犯罪類型が成立するかについては一大論点を形成しているのであって。
【財産犯類型の区別だけで一冊モノ】
高橋則夫ほか「財産犯バトルロイヤル」(日本評論社2017) Amazon
たかだか所得税法ごときが、「盗難」と「横領」に限定して雑損控除を適用しようなんて、生意気にも程がある。
その切り分けが「所得マイナス」にとって何か違いがあればよいのですが。特になんの根拠もないでしょう。
「騙取(詐欺・恐喝)」の場合は、自分で任意に渡しているから救済する必要はないとでもいうのでしょうか。その物言いに従うにしても、「横領」だって自分が信じて渡した(のに裏切られた)わけで、騙取となにが違うのでしょうか。
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また、ここまで「実体法」レベルでの議論を想定して記述してきましたが。納税者が、自分の受けた被害が窃盗や横領によるものであって詐欺によるものではない、などと判断することができるのでしょうか。
刑事裁判で罪名が確定するまで大人しく待ってろということなのか。が、検察官にしたって、公判が維持しやすい罪名を選択するのであって、頑張って、被害者が雑損控除を受けられる罪名を選んで起訴してくれるわけではないでしょう。
例によって《借用概念論》が無力すぎる。刑法上の概念をそのままお借りしてくれば法的安定性・明確性・予測可能性が確保できるはずだったんじゃないんですか。
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以上、「大昔に勉強した『刑法各論』の知識で書いています。」レベルの記述にすぎません。
ちょうど山口厚先生の『各論』が新しくなることですし、最近の議論をフォローしておきたいところです。
山口厚「刑法各論 第3版」(有斐閣2024) Amazon
が、同書は「14年ぶりの大改訂!」とぶち上げていながら700頁→716頁の微増にとどまるようで。どこまで最新の議論をカバーしているのか、不安がないわけではない。
雑損控除における「資産」について 〜或いは所得税法におけるヒトの活動領域
posted by ウロ at 09:00| Comment(0)
| 所得税法