2024年08月05日

雑損控除における「盗難」「横領」 〜立てよ!借用概念論!

 今回は、雑損控除の適用が受けられる「事由」について。

雑損控除の要件整理 〜助走編

法七十二条(雑損控除)
1 災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合


 このうち、「災害」については、法令から通達に至るまで異様に詳細な内容充填規定が整備されていますので、ここでは触れません。
 当記事で検討したいのが「盗難」と「横領」です。


 上記の通り「災害」のほうはやたらと詳しく規定されているのに、「盗難」「横領」については、何の定めもありません。ワンフレーズに収まっているというのに、一方は「有りすぎて困る」、もう一方は「無さすぎて困る」状態と極端すぎる。

 「刑法」っぽい物言いなので、みんな大好き《借用概念論》で一発解決できるはず。と思いきや、刑法には「横領」はあるものの「盗難」という言葉はでてきません。
 「横領」は刑法からお借りしてきている借用概念だが、「盗難」は税法独自の固有概念だとでもいうのでしょうか。

 この点、『図解 所得税』には、以下の定義が書かれていました(なお、書名に「法」がないのは、基本通達などと同様、敢えてなんですかね)。

 田仲正之「図解 所得税 令和5年版」(大蔵財務協会2023) Amazon

  盗難 自己の意思に反して財物を窃取又は強取されたことによる損失
  横領 自己の財物を占有する第三者によってその財物を不正に領得されたことによる損失


 なのですが、法令の条数なり通達の番号が書かれていません。

 『図解シリーズ』において、著者個人の見解が示されることなんて、まずないはずです。「はしがき」では、文中の意見は「個人的見解」などと断っていますけども。
 とすると、おそらくどなたか国税OBあたりの書いた文章に出てくる言い回しではないかと邪推されます。が、今のところ発見には至っていません。


 この定義を鵜呑みにするならば、刑法との対応関係は次のとおりとなります。

  盗難 = 窃盗(235)、強盗(236)
  横領 = 単純横領(252)、業務上横領(253)

 本当に、このような理解でよいのでしょうか。
 そこで以下、刑法の条文を眺めてみましょう(以下、条数のみで「刑法」は省略します)。

第二百三十五条(窃盗)
 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
第二百三十六条(強盗)
1 暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。


 これら2つが「盗難」に該当するということのようです(なお、「2項犯罪」により雑損控除の対象となる資産損失が生じるか、という問題もありますが、この点は省略します)。

第二百三十五条の二(不動産侵奪)
 他人の不動産を侵奪した者は、十年以下の懲役に処する。


 「不動産」も雑損控除の対象資産となるはずですが、「侵奪」による損失は対象外となってしまうのでしょうか。

第二百四十二条(他人の占有等に係る自己の財物)
 自己の財物であっても、他人が占有し、又は公務所の命令により他人が看守するものであるときは、この章の罪については、他人の財物とみなす。


 本条の理解に関連して、「占有説」と「本権説」の対立があって。所得税法72条にいう「有する資産」についても同様の議論がありうるはずですが。
 おそらく、所得税法の側では「有する=所有権」を想定しているものと思われますので、本記事でもその理解にしたがっておきます。

 それはさておき。所得税法72条では「盗難による」損失と書かれており。「盗難されたことによる」損失とは書かれていません。

所得税法法七十二条(雑損控除)
 居住者又はその者と生計を一にする配偶者その他の親族で政令で定めるものの有する資産()について災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合


 何が言いたいかというと。
 たとえば、「AがBに盗まれた物をBから取り返したら、そのせいで後日、物が壊れてしまった」場合に、Aは「盗難による」損失があったとして、雑損控除の適用が受けられるのでしょうか。

「盗難による」
 ・盗難されたことによる(被害者側)
 ・盗難したことによる(加害者側)

 『図解』の定義では、「窃取又は強取されたことによる」と言い換えがされており。が、この例のAは、自分が窃取したことによって壊れたのであって、Bに窃取されたことによって壊れたのではありません。
 
 通常は、盗まれて戻ってこないことをもって「損失」と想定しているはずで。『図解』の言い換えもそのような理解を前提としているのでしょう。
 が、盗難されて壊れたとか、盗難して壊れた、という場合も当然ありうるわけで。そのような場合も、雑損控除の適用ありとしてよいのかどうか。

第二百四十三条(未遂罪)
 第二百三十五条から第二百三十六条まで、第二百三十八条から第二百四十条まで及び第二百四十一条第三項の罪の未遂は、罰する。


 「未遂」に終わったが、その過程でモノが壊れた場合はどうでしょうか。


 色々疑問を留保しつつ、ここで「横領」のほうへいきます。

第二百五十二条(横領)
1 自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の懲役に処する。
2 自己の物であっても、公務所から保管を命ぜられた場合において、これを横領した者も、前項と同様とする。

第二百五十三条(業務上横領)
 業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、十年以下の懲役に処する。


 これらは当然に「横領」に該当すると。
 252条2項につき、「自分の物を横領したら壊れた」という場合に雑損控除の適用があるか、ということが、盗難の場合と同様に問題となります(こちらも『図解』の定義では除外されている)。

第二百四十七条(背任)
 他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。


 「横領と背任」という古典的な論点があって。
 どちらが成立するか微妙な事案もあるわけですが、「背任」の場合は対象外になるということでよいのでしょうか。

第二百五十四条(遺失物等横領)
 遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。


 遺失物横領も「横領」である以上、雑損控除の適用があるはずです。ところが、『図解』の定義によると、「占有する第三者によって」とあるので、誰も占有していない場合は所得税法上の「横領」に該当しないことになります。
 刑法の文言に反して、勝手に範囲を狭めてもよいのでしょうか。《借用概念論》の支持者の方々はキレ散らかすところですよ、ここ。

 まあ、現実には「知らんうちに無くした」で終わってしまうから、雑損控除で遺失物横領が問題となることなんて、ほぼないのかもしれませんが。


 「盗難」と「横領」しか対象としていないことから、こぼれ落ちる犯罪類型があります。

第二百四十六条(詐欺)
1 人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
第二百四十九条(恐喝)
1 人を恐喝して財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。


 奪取罪(窃盗、強盗)と区別された騙取罪(詐欺、恐喝)の類型です。

 詐欺は窃盗と、恐喝は強盗と、それぞれ区別が問題となるわけです。が、騙取のほうは雑損控除の対象外なんだと。
 教科書的な説明では「財産移転が任意かどうか」で区別されると言われています。が、現実にはそんな簡単に区別できるものではないはずです。
 遥か彼方の記憶では、「木箱の中に魚が入っているのに、入っていないと嘘をついて木箱をもらったら窃盗?詐欺?」みたいな議論があった気がするのですが。当時は法定刑が同じだったので、通説的には、1項犯罪のかぎりではどっちでもいいんじゃん、みたいなノリだったような。

鈴木 左斗志「詐欺罪における「交付」について ー 「財産犯の保護法益論」に関する一考察」

 当然のことながら、当時は、まさか所得税法の中で、窃盗か詐欺かで扱いが異なるものがあるなんてこと、およそ知りもしませんでした。
 刑法学の側で、所得税法のことなんて意識して議論しているわけでもないのに、そこでの帰結をそのまま税法側にお借りしてくることの不合理性が、ここにあります。

第二百六十一条(器物損壊等)
 前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。


 盗まれたのではなく壊された場合は、雑損控除の対象外です(ので、上記「取り返したら壊れた」事例も、場面が限定されることになります)。
 刑法学上は、壊されたら被害回復がでかいのになぜ法定刑が軽いのか、という議論があって。一般予防の観点から、禁圧する必要性が「領得罪」ほど高くないからだとかなんとか。

 たとえ刑法学上はそうだとしても。財産減を所得に反映させようという所得税法の観点からすれば、領得罪(のうち盗取罪と横領罪)か毀棄罪かで区別して扱う必要は全くないと思います。


 そもそも、刑法学上、どの犯罪類型が成立するかについては一大論点を形成しているのであって。

【財産犯類型の区別だけで一冊モノ】
高橋則夫ほか「財産犯バトルロイヤル」(日本評論社2017) Amazon

 たかだか所得税法ごときが、「盗難」と「横領」に限定して雑損控除を適用しようなんて、生意気にも程がある。

 その切り分けが「所得マイナス」にとって何か違いがあればよいのですが。特になんの根拠もないでしょう。
 「騙取(詐欺・恐喝)」の場合は、自分で任意に渡しているから救済する必要はないとでもいうのでしょうか。その物言いに従うにしても、「横領」だって自分が信じて渡した(のに裏切られた)わけで、騙取となにが違うのでしょうか。


 また、ここまで「実体法」レベルでの議論を想定して記述してきましたが。納税者が、自分の受けた被害が窃盗や横領によるものであって詐欺によるものではない、などと判断することができるのでしょうか。

 刑事裁判で罪名が確定するまで大人しく待ってろということなのか。が、検察官にしたって、公判が維持しやすい罪名を選択するのであって、頑張って、被害者が雑損控除を受けられる罪名を選んで起訴してくれるわけではないでしょう。

 例によって《借用概念論》が無力すぎる。刑法上の概念をそのままお借りしてくれば法的安定性・明確性・予測可能性が確保できるはずだったんじゃないんですか。


 以上、「大昔に勉強した『刑法各論』の知識で書いています。」レベルの記述にすぎません。
 ちょうど山口厚先生の『各論』が新しくなることですし、最近の議論をフォローしておきたいところです。

山口厚「刑法各論 第3版」(有斐閣2024) Amazon

 が、同書は「14年ぶりの大改訂!」とぶち上げていながら700頁→716頁の微増にとどまるようで。どこまで最新の議論をカバーしているのか、不安がないわけではない。

雑損控除における「資産」について 〜或いは所得税法におけるヒトの活動領域
posted by ウロ at 09:00| Comment(0) | 所得税法