2024年09月09日

所得税法における「総論・各論問題」について

 先日の記事では、「誰」という観点から、所得控除の規律を整理しました。

『所得控除を受けられる奴は誰だ!』(その1)
『所得控除を受けられる奴は誰だ!』(その2)

 今回は、「なぜ、このような整理をしたか」のバックボーンについてのご説明です。


 法学分野では、学術的な区分として、「総論/各論」という分け方がされることがあります。

 が、(私程度の人間でも読めるような)一般的な教科書レベルの記述を見ていると、総論として論じられているにもかかわらず、各論のごく一部しか念頭に置かれていないように思えるところがあります。
 たとえば、「刑法総論」において、特定の犯罪類型にしか当てはまらない議論をしているとか。

【総論各論問題】
井田良「講義刑法学・総論 第2版」(有斐閣2018)
井田良「講義刑法学・各論 第2版」(有斐閣2020)
関俊彦「商法総論総則」(有斐閣2006)

 「税法学」においても、その気があって。


 たとえば「消費税法」。

 総論では「消費者の消費に課税する」といっておきながら。各論では、なんの躊躇もなく「用途区分」「控除対象外消費税」という、消費者の消費以外に税負担が生じる制度について記述がされています。

 消費以外に税負担が生じることにつき、何かしらの《言い訳》が展開されるのかと思いきや。控除できないことを当然の前提として、「課のみ」で処理した事案(ムゲンエステート事件、エーディーワークス事件)を『脱税・節税スキーム』呼ばわりしていたりして。

〈還付をみたら泥棒と思え〉思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編2)
虚弱判決(その1) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)

 やたらと「益税絶許」を強調するくせに、「損税」に対してはダンマリ。
 「消費に課税」という、総論における最重要の制度理念が、各論では(損税方向のみ)ガン無視されてしまっているわけです。


 こういったノリ、「所得税法」についても同様で。

 「誰が所得控除を受けられるか」という問題は、総論でいう《課税単位》の問題に相当します。
 というのも、「納税者本人の所得をマイナスするのに、誰の事情まで取り込まれるか」を把握することは、現行所得税法が採用している課税単位の輪郭を理解することにつながるからです。

 ところが、総論での《課税単位》の記述は、「独身/夫婦(片稼ぎ)/夫婦(共稼ぎ)」を素材として、夫婦の所得を足すのか足さないのか、に関する《政策論(空中戦)》がメインとなっています。しかもそこでは、夫の所得と妻の所得は、それぞれ個人単位で確定ずみであることが前提となっています。
 で、現行所得税法に対する評価としては、基本は個人単位だけど家族単位を考慮している箇所もあるよ、と紹介されて終わってしまいます。

 では、各論における「所得控除」に関する記述はどうかというと。ほんのりとしか触れられていません。
 このような総論/各論の記述バランスでは、現行所得税法が実際に採用している課税単位につき、あるがままに理解することができないのではないでしょうか。

 貧弱な個別規定しか存在しない古の時代ならともかく。すでに充実した個別規定が存在するのであるから、総論から《デカい理論》を降ろしていくのではなく。
 個別規定から積み上げていって、現行制度を正確にトレースした理論を作っていくべきではないかと思います。


 なお、上記で「片稼ぎ/共稼ぎ」と記述しましたが。あくまでも、一般的な教科書の記述に倣っただけで。

 一般的な教科書において、「所得とはなんぞや」に関する箇所では、「包括的所得概念」採用⇒本来であれば帰属所得はすべて課税、という論述を展開しておきながら。課税単位に関する箇所では「片稼ぎ」という用語を用いるの、どう考えても矛盾しているでしょうよ。
 帰属所得も当然所得だというならば、「片稼ぎ」という夫婦は概念上存在しえないはずです。

 帰属所得実在論者ならば、帰属所得の存在を無視して、課税上「平等」だとか「不平等」だとかを論ずることはできません。無視できるというならば、その所得はもはや《包括的》ではあり得ない。
 また、《政策論(空中戦)》の中の記述でもあり。「収入」課税を前提とする現行所得税法の説明だ、という言い訳も通用しないでしょうし。

 結局のところ、「帰属所得は本来課税」論者の方々は、決して家事に価値を見出しているのではなく。
 単に課税ベースの拡大に都合がいいからそう言っているだけなんだろ、と罵られても文句はいえないのではないでしょうか。


 以上、「総論で言ったことを各論でも貫けよ」精神が原動力となっている、というお話しです。
 そして、そのバックボーンには、常に『前田手形法理論』があります。

前田庸「手形法・小切手法入門」(有斐閣 1983)

 かといって、私みたいなものが大理論を展開できるはずもなく。
 ということで、地道に現行法の規律を整理するだけのことはやっておこう、と思ったわけです。

 学者先生には、安易な「原則・例外モデル」に依存することなく。現行法の規律を、あるがままに説明できる理論を開発してくれることを、強く望みます。

さよなら「権利確定主義」(その1) 〜事業所得と給与所得
posted by ウロ at 09:00| Comment(0) | 所得税法