2024年09月14日

眞鍋淳也「税務調査は弁護士に相談しなさい」(ディスカバー2024)

 「税理士に故郷の村でも滅ぼされましたか?」と思わされるくらい、税理士に対するルサンチマンがアツい!

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【税理士に向けられた怨嗟の数々】
・納税者の利益を守ってくれるかと言えば、残念ながらそうではないのが実情
・法律の専門家ではないため、税務署の要求が法律を遵守したものかどうかを判断できず、要求にそのまま従ってしまう
・法律的な知識に乏しく、先を見据えたアドバイスができない
・税理士が税務署側の立場についていることがある
・一部の税理士においては税務署職員に頭が上がらない
・保身を考えて、納税者の意図とは異なる方向、すなわち税務調査官に言われるままの金額を支払うように促す
・国税庁から「指導監督を受ける立場」であり、国税庁の考える「適正な納税」を、納税者に指導することが義務化されている
・自然と冷静さや客観性を欠き、ロジカルなやり取りができなくなる
・他でもない「国家権力」である国税局の職員が間違ったことなど言うわけはない、というのが一般的な考え方
・言わないでよいことを言ってしまう
・元国税調査官が顧問税理士であるという場合に、税務調査が厳しくなる
・第三者として客観的に見ることができない
・防御一辺倒になりがち
・納税者を守るということに手が回らない
・税理士も文書を出せるのですが、あまりしないようです。理由はわかりませんが、「税務署にそんなことをしていいのか」という気持ちがあるように思われます。
・税理士は国や税務署に怪しいと言われると「もう難しいですね」と、言われた通りに修正申告してしまうことが多い
・税理士は申告が仕事です。税務署が申告の代理を税理士にさせている、つまり国の作業を税理士に託している
・顧問税理士は税務調査には立ち会わないほうがいい
・顧問税理士だけが調査に立ち会うのは避けるべき

 著者のまわりにばかり、やたらとデキの悪い税理士が集結している様を想像すると、微笑ましくも思えます。が、下記のものなど、税理士制度そのものまで貶めようとするのは、認識として相当歪みきっていますよね。

・国税庁から「指導監督を受ける立場」であり、国税庁の考える「適正な納税」を、納税者に指導することが義務化されている
・税理士は申告が仕事です。税務署が申告の代理を税理士にさせている、つまり国の作業を税理士に託している


 他方で、弁護士に対する評価(ごく一部)。

・数々の刑事事件において、一見すると不利な状況を覆した経験があるからこそ、税務調査における不利な状況でも、どのような手段が適切なのかということについて、冷静に判断することができる
・弁護士は刑事事件で検察官の尋問に対して意義を出すことに慣れています。再尋問をすることによって正しい答えを導き出すこともできます
・法律を扱う弁護士というのは、あらゆるシチュエーションを考えることが商売のようなものなので、極端に言えば1つの事象について、未来にどうなるかということを無限に考えることもできます


 刑事の否認事件で無罪を勝ち取った弁護士なんて、そんな多くいるわけでもないでしょうに。「逆転裁判」の世界観ですか。
 
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 弁護士の上層と税理士の下層を比較して、「だから税理士はダメなんだ」という、いわゆる《上澄み/澱み論法》が展開されています。海外出羽守(カイガイデワノカミ)の皆さんがよくやっていらっしゃるやつです。

 「税理士が教えてくれない◯◯」みたいな、節税ライターの方が書いた与太本だったら相手にしなくてもよいのでしょうが。実績のあるであろう弁護士先生に、「税理士は調査に立ち会うべきではない」とまで言い切られてしまっていて。

 《税務調査に強い税理士》を謳っている皆様、きちんと反論されたほうがよろしいのではないでしょうか。

 「事実とは異なる」と太字にしたうえで書きますが、弁護士に対する評価として、
・タイムチャージ制だと、交渉を長引かせがち。
・追加報酬がもらえるから、交渉で終わらせずに訴訟に持ち込ませたがりがち。
・日弁連、単位会の会長経験者に頭が上がらない。
・裁判官に嫌われたくないから、裁判官の言いなりになりがち。
みたいなことを他士業の人間が言い出したら、弁護士側からボロクソに反論されるはずで。

 そのレベルの与太話を、本書では税理士に向けてぶっ放しているわけです(ここに、旧司法試験/新司法試験、予備試験/法科大学院間で能力差があるかのような物言いを入れ込んでもよいでしょうか)。

 《税理士は、国税庁が考えたとおりの「適正な納税」に従って、国の代理で申告作業するだけの奴ら》とか言われちゃっているわけで。「官報vs院免vs国税OB」などと、内輪でイチャコラやっている場合ではない。


 数々の罵詈雑言に対するプロテストは、《税務調査に強い税理士》の皆様にお任せするとして。

 私がやりたいことは《揚げ足取り》です。細かいツッコミは色々あるのですが、一箇所だけ(P100〜)。
 以下、太字が原文からの引用です(「使徒」の誤記は原文ママ。ユダ(イスカリオテ)の受け取った「イエス暴露金」(マタイ書第26章、マルコ書第14章、ルカ書第22章参照)の反対概念か)。

 交際費として計上したものが税務署から認められず、使途秘匿金ではないかと指摘されたという案件です。
 その会社は大学の先生にかなり高価なブランド品を渡していたそうです。ところが税務署から、〇〇大学のxx先生だというふうに明らかにしないと交際費と認めないと言われたとのことでした。ブランド品の領収書を交際費として計上したことに対して、誰に渡したかまで教えろという要求があったわけです。これは簡単には教えることができません。
 なぜなら、収賄・贈賄という話になりかねないからです。


 「贈賄」に該当するなら損金不算入ですよね(法人税法55条6項)。これを確認するために、調査官には質問検査権(国税通則法74条の2)がありますし、不答弁には罰則(同法128条2号)があります。
(なお、調査官が贈賄罪の構成要件該当性を判断できるのか、という疑問はあるものの、法人税法に刑法がビルドインされている以上、判断せざるをえないのでしょう)。

 しかし、使徒秘匿金とは、次の要件を満たすものです。
 @支出先の氏名または名称がわからない
 A住所または所在地がわからない
 B支出した理由がわからない


 使途秘匿金は「わかる/わからない」で判定するのではなく。「記載されている/されていない」で判定します(租税特別措置法62条2項)。「相当の理由」も、記載しないことに対するものです。
 それゆえ、厳密に言えば、交際費該当性と使途秘匿金該当性はそれぞれ別々に判定する必要があります。なのに、本書の一連の記述は、これがまぜこぜになってしまっています。ので、以下でも、本書の記載に沿った形で記述することとします。

 この案件の場合、@は明かすことができなくてもABは明かすことができるので使徒秘匿金とは言えません。

 A住所・所在地も明かせないのでは(あそこの大学でこの会社に関係のある研究をしている教授といえば・・)。そもそも、事後的に明かしたところで、使途秘匿金該当性には影響しないのが、法律上の建前。
 もちろん、運用上は各種事情を考慮して、穴埋め的に判断してくれることになっています。が、「高額なブランド品」の領収書だけがあって、「誰に渡したかは教えられるわけないだろ。ビジネス知らんのか。」という対応では厳しいんじゃないですかね。

 まあ、「ゴネればどうにかなる」という領域も、あるにはあるのでしょう。が、それは「法律の専門家」としてのお仕事ではなく、ゴネ屋さん(綺麗にいうと「交渉の専門家」)としてのお仕事です。

 依頼者側としては贈り物をすることで仕事が得られるわけですから、誰に渡したかを明かして関係が壊れてしまっては意味がありません。したがって、それを知らせることはできないというのはおかしな話ではありません。それについて立証せよと要求するのは無理というものです。自分たちで「交際費ではない」という立証ができないからといって、こちらに立証させるのは変な理屈です。
 しかし、税務署はこういうことをよくやります。納税者に立証を求めて、それは言えないとなると、言えないのなら課税だというのです。これにはしっかり反論しなければいけません。まず、税理士が納得してしまってはいけません。「そうか、教えられないなら経費として認められないのか」という話ではないのです。
 交際費は一般的に得意先から仕事を取るために使われる費用です。相手の名前を公表することによって仕事がなくなるという本末転倒の結果になるのでできません、と反論するのは正当です。「公表できないから経費として認められないなどとどこに書いてあるんですか、税務署さんが立証してください」と言えばよいのです。


 租税特別措置法61条の4によれば、「その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する」ものであることが要求されています。もちろん、同条の「交際費等」は損金不算入となるものを括りだしたものではあります。
 が、「費用性」(法人税法22条3項2号)を判定するには、「誰に渡したか」も当然に重要な判断要素となります。

 これが、「お花屋さんから「生花1万円」を購入した」みたいな事例であれば、誰かに送ったかははっきりしなくても、まあ贈り物ってことでいいか、と判断されることはあるでしょう。
 また、実際の裁判例の中にも、相手方が明らかであることは必須ではないと判断したものもあります(東京地判昭和51年7月20日。ただし、結論自体は課税処分是認)。
 が、「業務に関係のある誰かには間違いなく渡っている」程度の事実すら明らかにできない(そしてその原因は納税者の非協力による)事案では、「費用性なし」と判断されてもおかしくはないでしょう。

 「課税要件事実論」や「立証責任論」における《原則論》のみに胡座をかいていると、足元を掬われかねない。「誰」だけはどうしても明かせないというならば、納税者側としては、それ以外の事情を積極的に明らかにすることで、費用性の証明に協力していくべきではないでしょうか。
 本書では、頻繁に《疑わしきは被告人の利益に》《疑わしきは納税者の利益に》というスローガンを持ち出しているのですが。刑事裁判においては、残念ながら、必ずしもこのスローガンが額面通りに適用されているわけではないのが、現実ですよね。

 というか、調査官から「収賄・贈賄にあたりかねないので言えないというならば、捜査機関と協力できないかを検討します」とか言われたらどうするんでしょうか(また、「青色承認の取消し」も射程内です)。
 最初っから白旗あげて、「役員貸付金または認定賞与で勘弁してくだせえ。どうしてもというなら使途秘匿金課税も受け入れるので、これ以上突っ込まないで。」と懇願する、「法律に疎い」クラシカルな税理士の対応も、現場判断としては、そう筋の悪いものではないのかもしれない。


 以上、《人を呪わば穴二つ》という具合に、税理士をボロクソに貶しまくっている本書の中にこういう記述があると、まあツッコミたくなるよなあと。
 が、《税務調査に強い税理士》を自称しているわけでもないのに、こんな記事を書くだけ消耗するだけな気がしますけども。


 ちなみに。

 「弁護士/税理士」という職種のみをもって、税務調査につき何か有意差があるかといえば。
 「訴訟に対する抵抗感がない」ということに尽きるのではないでしょうか(あくまでも、「職種のみで比較するならば」の観点からにとどまります)。

 税理士にしても調査官にしても、「訴訟」に移行するとなると、それなりの抵抗感があるでしょう。ので、お互いに、それなりのところでおさめがち。
 に対して、弁護士にとっては、「いざとなったら訴訟やればいいし」という気持ちで調査対応ができるので、強気に出られる面があるのかもしれません。

 弁護士から、「弁護士は誰もが否認事件でガンガン無罪判決を勝ち取っている」みたいなことを言われたとしたら、外野としては「そうなんだ〜」と思ってしまいます。また、《疑わしきは被告人の利益に》《疑わしきは納税者の利益に》が憲法上の大原則、なんて言われたら、ウブな調査官なら額面どおりに受け取ってくれるかもしれません。
 ので、実際に訴訟に手慣れているかどうか、というよりも。調査官に対して「カジュアルに訴訟提起してきそう」と思わせられることが、弁護士という職種の強みかと。

 逆にいうと、職種だけで比較するかぎり、そういう姿勢の違いにとどまるのであり。調査対応において、「弁護士一般が有能で税理士一般が無能」などという能力差が、あるはずもない(と信じてよいですよね)。

 もちろん、個人ごとの能力差があることは、また別のお話し。
posted by ウロ at 12:48| Comment(0) | 税務