2024年09月30日

交付特例と保存特例の一体的理解(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編50)

 自販機特例まわりの条文を整理していて思ったこと。

自販機特例の改正(笑)改 〜令和6年度税制改正

 巷のインボイス解説本、交付免除は売手の特例、保存免除は買手の特例ということで、分断して記述されているものばかり(というか、私が目を通したものは全てそうなっていました)。

 今こそ「丸善リサーチ」様で横断検索すべき場面なのでしょうが。無料期間終了にともなって解約したまま。

「丸善リサーチ」と私。

 まあ、こういった観点から期待できるタイプの書籍が、収録されているとは思えない。
 良くも悪くも、実務家向けかつ一回り古いものが中心で、私のような趣味に走りがちな人間は、想定利用者から盛大にずれているのでしょうし。


 それはさておき。

 消費税法における売上課税ルールと仕入控除ルール、逆向きの理屈で作動しているということを示すことが、『消費税法の理論構造』という連載での主たるテーマです(勝手にそうなっていった)。

  売上課税: 問答無用の譲渡課税 (超絶広い)
  仕入控除: 課税仕入+登録+インボイス+帳簿なければ控除不可 (超絶狭い)

 課税側は、課税資産の譲渡をすれば当然課税されるのに対して。控除側は課税仕入をしただけでは控除できず。登録+インボイス+帳簿という形式も必要とされています。
 結果、「益税」を滅するところまではよいとして。「損税」が拡大することになっています。

 件の教科書が宣うような『消費税は税額転嫁と仕入税額控除の両輪により駆動する仕組みの税』などというテーゼ、「だったらいいな」レベルの妄言にすぎず。日本に現実に存在する現行の消費税法を、あるがままに表すものとは程遠い、ただのポエム。

免税事業者Requiem(第3曲) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編29)

 『両輪駆動』云々いうならば、売手側のルールと買手側のルールとが、手に手を取り合って消費者のところだけで税負担が発生するように、同じ方向を向いて機能していなければならないはずです。が、現実にはそうなっていない。

 そして、件の教科書はじめ『両輪駆動』的な表現を謳うあまたの書籍の記述、個々の制度をバラバラに説明するだけで終わっている(終わっている)。

佐藤英明,西山由美「スタンダード消費税法」(弘文堂2022)


 といった現状であるため、仕方なく自力で、交付特例と保存特例の関係を整理してみます。
 以下、帳簿に「当該特例にかかる取引である」旨を記載する点については、記述を省略します。また、あくまでも法令の整理を目的とするため、「Q&A」「お問合せの多いご質問」「週刊税務通信」などで公表されている《ズルズル・ゆるゆる運用》については、正面から扱いません。

 まずは原則ルールから。

1 原則

  交付:必要 法57条の4 1項
  保存:必要 法30条7項
  氏名:必要 法30条8項
  住所: 

 売手がインボイスを「交付」し、買手がそれを「保存」する、これによって課税と控除が一致する、不一致(課税>控除)は消費者のところだけで生じる、というのが消費税法が描く理想の世界です。
 が、現実には、あの手この手で、事業者間取引においても「課税>控除」(損税)の状態が生じることとなっています。

 この点については、今回の記事ではこれ以上触れないので、他の記事をお読みいただければ。


 帳簿には氏名を記載します。住所は要求されていません。
 氏名はインボイスの記載事項となっているんだから、帳簿にはせいぜい「インボイス番号」さえ書いておけばいいと思うのですが(法人税法、所得税法も消費税法にあわせる)。で、住所と同様、保存がいらない場合にだけ帳簿記載を要求すると。

 「適格請求書保存方式」に変わったといいながら、従前どおりの「帳簿方式」も存置されたまま。これまで「帳簿方式」が残されていたの、請求書が「なんちゃってインボイス」どまりだったことの穴埋めとして、ではなかったんでしょうか。


 ここから「例外ルール」を記述します。その中でも理解しやすいところから整理していきます。
 例外ルールでは、インボイスの保存がいらないこととのバーターで住所記載を要求していますので、原則ルールとは違い「保存→住所→氏名」の順に並べます。

2 公共交通機関(3万円未満)

  交付:不要 令70条の9 2項1号
  保存:不要 令49条1項1号イ
  住所:不要 R5告示1→R6告示3
  氏名:必要 原則どおり

 交付・保存とも不要です。交付されない以上、保存する義務もないということです。

 住所は告示により不要となっています。
 帳簿には、原則どおり氏名を記載します。まあ、公共交通機関でどこの誰だかわからん、ということはないから大した負担ではないでしょ、ということでしょうか。

3 郵便ポスト

  交付:不要 令70条の9 2項3号→規26の6 2号
  保存:不要 令49条1項1号ニ→規15条の4 1号
  住所:不要 R5告示2→R6告示6
  氏名:必要 原則どおり

 交付・保存とも不要です。ポストに投函されたときにインボイスを発行できるようにしなくてもよいと。
 政令ではなく省令に出されている理由は全くわかりません。

 住所は告示により不要となっています。
 氏名は一択なので、まあ書けよと。逆に一択なんだから書かなくてもいいじゃねえか、とも言えますが。

4 自販機(3万円未満)

  交付:不要 令70条の9 2項3号→規26の6 1号
  保存:不要 令49条1項1号ニ→規15条の4 1号
  住所:不要 R6告示5(新設)
  氏名:必要 原則どおり

 交付・保存とも不要です。自販機にインボイス発行機能を仕込まなくてもよいと。
 こちらも省令に出されている理由は不明です。

 住所はR6告示によって不要とされました。
 こうやって公共交通機関、郵便ポストと並べてみると、なんで自販機は住所記載が必要とされていたのか、意味不明です。どこの誰だか分からんから、でしょうか。
 氏名は法令上は必要なはずですが、Q&Aで勝手に「差し支えない」とされています。


 以下から、すんなり理解がしにくくなっていきます。

5 出張旅費・通勤手当

  交付:(従業員)
  保存:不要 令49条1項1号ニ→規15条の4ニ・三
  住所:不要 R5告示3→R6告示4号
  氏名:必要 原則どおり

 出張旅費・通勤手当は「買手側」のみのルールとなっています。これも省令に出されています。
 政令の書きぶりでは「従業員」が売手という位置づけになっています。なので、そもそもインボイス交付不可だと。

 確かに、手当方式で定額で払う場合であれば、保存がいらないことは理解できます。従業員が直接の売手だとはいえ、実際には旅費等を支払っている先があるわけで。その先には適格者も含まれているはずです。

 が、実費精算の場合でもこの特例使えることになっています。
 実費精算の場合、電車・バスあたりならともかく、ホテル代などは領収書を提出させているはずです。その領収書がインボイスでなくても税額控除していいんだと。
 なので、従業員経由で支払っているかと、「旅行にあてるために必要な支出」であるかどうかが、クリティカルな問題となります。

 住所は告示により不要で、氏名は原則どおり必要です。

6 入場券等

  交付:必要 (適格者・簡易記載・年月日不要)
  保存:不要 令49条1項1号ロ
  住所:不要 R6告示1(新設)
  氏名:必要 原則どおり

 入場券等も、あくまでも「買手側」のルールです。
 が、保存いらない要件の中に、回収された入場券等に簡易インボイスの記載事項(取引年月日除く)が記載されていることが求められています。「インボイス番号」も要記載となるため、結果として、売手は「適格者」であることが必要ということになります。

 紛いなりにも、一旦は適格者が簡易インボイス(年月日除く)を発行していることから、保存いらないことが正当化できるでしょうか。
 ただ気になるのが、回収の際に「年月日」を記載しなければ、交付義務違反になってしまうのではないでしょうか。入場券等には交付特例はありませんので。

 住所は今回の告示改正で不要とされました。氏名は必要です。

 なお、条文の書きぶりは以下のとおりとなっています。ので、最低限、取引年月日以外の簡易インボイスの記載事項が書かれていればよいと読むことができます。
 「記名式」だと簡易インボイスじゃないから適用できない、ということではないと思います。

令49条1項1号ロ
「法第五十七条の四第二項各号(第二号を除く。)に掲げる事項が記載されているもの」


 この逆の問題で。現実にありうるか分かりませんが。
 売手が正規インボイスを交付する義務があるのに簡易インボイスしか交付しなかった場合でも、買手は入場券等特例を使えば税額控除できることになりそうです。売手が交付義務違反を問われるかどうかは別問題として。
 ただし、これはあくまでも文言解釈によるもの。趣旨解釈で限定されることはありうるでしょう(実務的には、こんな重隅、問題にする人は誰もいないはず)。

7 古物商等

  交付:なし (非適格者に限る)
  保存:不要 令49条1項1号ハ
  氏名:不要 令49条2項、R6告示2 (限定あり)
  住所:不要 R5告示4→R6告示2 (限定あり)

 (以下、「再生資源」だけ、住所・氏名省略要件が微妙に違いますが記述を省略します)

 古物商等特例が適用されるのは「非適格者」からの仕入に限られています。ので、インボイスが交付されることはありえません。だというのに、税額控除が取れるということの特異性については、さんざん論じてきました。

《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編33)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編34)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編35)
「反制定法的解釈について」 〜問d(フリマアプリ等により商品を仕入れた場合の仕入税額控除)

 また、古物商等だけが、住所だけでなく「氏名」も省略できることになっていることも検討ずみです。
 「業務帳簿」に記載しないでいい場合だけという限定がついているものの、「非適格者」からの仕入であることを確認した上で税額控除できる、というイカれた特例の時点で十分な恩恵を受けているのであって。
 住所・氏名省略に限定がついているとて。他業種に比べて大幅に優遇されていることに変わりはないです。


 最後、「交付特例」の並びにあるので含めましたが、かなり異質な制度です。

8 卸売市場・農協等

  交付:不要 令70条の9 2項2号
  保存:必要 法30条9項4号 (媒介者)
  氏名:必要 令49条3項 (媒介者)
  住所:

 委託者(生産者等)はインボイスを交付しなくてもよいことになっています。
 他方で、買手側は、媒介者(卸売市場等)が発行するインボイスを保存する必要があります。また、媒介者が適格者であればよく、委託者が適格者である必要はないことになっています(媒介者特例・公売特例(令70条の12)との違い)。

《媒介者交付特例》がキモいのだが(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編30)
《媒介者交付特例》がキモいのだが(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編31)
《媒介者交付特例》がキモいのだが(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編32)

 氏名は媒介者のものを記載します。
 住所については、他の「保存特例」と異なり令49条1項1号ルートを経由しないので、最初から要求されていません。


 以上、ひととおり規律の列挙ができたので、次回、全体の概観をします。
posted by ウロ at 14:38| Comment(0) | 消費税法