2024年11月25日

「論証パターン」の作り方 〜最高裁令和5年3月6日判決(ADW事件)を素材に。

 この記事は、およそ実現しえない、近未来への妄想に基づく記事ということで、本ブログの記事の中でも、屈指の《税務お役に立たない記事》となります。

【実現しえない未来】
・司法試験の「租税法」の出題範囲に、消費税法が含まれるようになる未来
・司法試験の選択科目が、所得税法/法人税法/消費税法/相続税法の4科目になる未来
・税理士試験に、司法試験の「論文式」の形式が導入される未来

 ちなみに、令和6年司法試験の租税法の受験者数199人(5.3%)、合格者数62人(3.89%)とのこと。

令和6年司法試験の結果について(法務省)

 そりゃあ、この人数しか見込めないのでは、租税法の学習用教材が充実しないわなあと。
 予備校教材で市販されているもの、これ1冊だけ?

小川徹「1冊だけで租税法 第3版」(辰已法律研究所2023)

 さらに「消費税法」単体で、なんてことになったら、数人しか受験しないのでは?


 それでは、本判決を素材として、自力で論証パターンを作成する過程を解説いたします。

最高裁令和5年3月6日判決

 前提として、受験生の皆さんは、消費税法の学習書をひととおり理解しているものとします(受験科目となった暁には、適切な学習書が多数出版されることになるでしょうか)。

 また、適用法令は、令和2年度改正施行前のものを想定します。
 もし事例の中で、「令和2年9月30日に売買契約を締結した」などと際どい日付が出てきた場合は、譲渡の「時期」を論点にしなさいと、露骨に誘っているわけですが、本記事ではこの論点には触れません。

「消費税法改正のお知らせ」(令和2年4月)


 まず、最高裁自身が下線を引いている箇所(以下「規範」といいます)はそのまま「丸暗記」してください。ここは事例のあてはめをする際に必ず使うものであり、これを不正確に再現してしまうと、あてはめも正しくなくなってしまうからです。

論証パターン(規範)
 課税対応課税仕入れとは、当該事業者の事業において課税資産の譲渡等にのみ対応する課税仕入れをいい、課税資産の譲渡等のみならずその他の資産の譲渡等にも対応する課税仕入れは、全て共通対応課税仕入れに該当すると解するのが相当である。


 そして、これとセットで「事例」も頭に入れておいてください。

《事例》
 転売目的で現に居住用賃貸している建物を購入した。課対/共通いずれに該当するか?


 「事例」とセットで覚えるのは、出題者があえて事案をズラすことで、判例の規範をそのまま使えない場面だよと誘導している出題が出た場合に、気づけるようにするためです。
 「用途区分」がでたからといって、とりあえず自分が覚えている用途区分の判例の規範を書いとくか、では点数はつかず。事案に使える規範を適切に選択できていることに、点数がつくことになります。


 ここまで終わったら、一旦本論点からは離れて、他の論点についても同じように規範部分だけの暗記を進めてください。

 というのも、限られた勉強時間の中で、一つ一つの論点に時間をかけるよりも、すべての論点につき浅い知識があるほうが、いかなる出題がされても、確実に最低限の点数を拾えるからです(神憑り的なヤマ勘師ならば話は別です)。
 受験生が勉強しなければならないのは、消費税法だけではないわけで。全論点の規範部分を(事例とセットで)確実に覚えておけば、深く理解していない論点が出てしまったとしても、手も足も出ない、ということにはならないはずです。


 ひととおり規範を暗記したら、重要な論点から順番に《深堀り》をしていきます。
 (本論点については、令和2年度改正もあり、近未来ではもはやオワコン扱いされているかもしれません。が、本記事では、まだ重要度の高い論点として残っているものとして、話をすすめます。)

 《深堀り》とはいっても、学術的な意味合いからではなく。その規範が使える射程を正確に理解し、かつ応用を効かせられるようにするためです。
 判例の事案そのままの出題ならば、「理由付け」はすっ飛ばして規範だけ書いておけばよいのでしょう。他方で、出題のされ方によっては、当該規範の「理由付け」が同じように使えるかどうか、検討する必要がある場面もでてきます。

 では、「理由付け」を書くとして、判決に書かれていることをそのまま順番に書いていけばよいのかといえば、そうではなく。出題に応じて取捨選択する必要があります。


 では、理由付けの序列はどのように見極めればよいでしょうか。

 民法などの実質重視な科目とは異なり、税法においては《文言解釈》が重視されます(建前上)。
 ところが、本判決においては、文言から離れたところからグダグダと露払い的なことが書かれたあとに、満を持して「文言解釈」がでてきます。

 このように解することは、課税仕入れを課税資産の譲渡等「にのみ」要するもの(課税対応課税仕入れ)、その他の資産の譲渡等「にのみ」要するもの(非課税対応課税仕入れ)及び両者「に共通して」要するもの(共通対応課税仕入れ)に区分する同条2項1号の文理に照らしても自然であるということができる。

 ので、判決の書き順はガン無視して、この箇所を理由付けの筆頭にあげることになります。
 文言解釈のみに基づく論証パターンは次の通り(以下、論証パターン中の文言は覚えやすいように簡略に表現しますが、覚えられるものなら正確な表現のほうが望ましいです)。

論証パターン(文言解釈⇒規範)
 消費税法30条2項1号は、課税仕入れを課税資産の譲渡等「にのみ」要するもの(課税対応課税仕入れ)、その他の資産の譲渡等「にのみ」要するもの(非課税対応課税仕入れ)及び両者「に共通して」要するもの(共通対応課税仕入れ)に区分している。
 このような文理からすると、課税対応課税仕入れとは、当該事業者の事業において課税資産の譲渡等にのみ対応する課税仕入れをいい、課税資産の譲渡等のみならずその他の資産の譲渡等にも対応する課税仕入れは、全て共通対応課税仕入れに該当すると解するのが相当である。


 最低限これだけ覚えて、他の論点の学習に進んでも、さしあたりは構いません。

 なお、由緒正しく文言解釈からスタートしているのが「ホステス報酬源泉徴収事件」の最高裁判決。

 最高裁平成22年3月2日判決

 これと異なり、本判決がわざわざ書き順を逆転させていることになにか意味があるかは、さしあたり不明です(受験対策上は深入り無用)。


 本論点が、設問の中でより重要な論点である場合には、「実質的な」理由付けを追記します。

 ところが、「論証パターンを作ろう」という観点から本判決の理由付けをみると、どうにもまとまりがあるようには読めません。
 文言解釈に至るまでの、以下のかたまりから、どうにか論証に使えそうな理由付けを拾い上げる必要があります。

 消費税法は、生産、流通等の各段階で二重、三重に税が課されて税負担が累積することを防止し、経済に対する中立性を確保するため(税制改革法10条2項)、課税期間中に行った課税仕入れに係る消費税額を当該課税期間の課税標準額に対する消費税額から控除するものとしている(消費税法30条1項1号)。

もっとも、同法は、所定の場合において当該課税期間中に行った課税仕入れにつき用途区分が明らかにされていないときは、課税仕入れに係る消費税額に、課税売上割合、すなわち、課税期間中の所定の売上げの総額に占める課税資産の譲渡等に係る売上げの割合を乗じて計算する方法により控除対象仕入税額を計算するものとし(同条2項2号)、また、帳簿及び請求書等の保存がない場合には原則として当該課税仕入れに係る消費税額の控除を認めないものとする(同条7項)など、課税の明確性の確保や適正な徴税の実現といった他の目的との調和を図るため、税負担の累積が生じても課税仕入れに係る消費税額の全部又は一部が控除されない場合があることを予定しているものということができる。

 そして、個別対応方式により控除対象仕入税額を計算する場合において、税負担の累積が生ずる課税資産の譲渡等と累積が生じないその他の資産の譲渡等の双方に対応する課税仕入れにつき一律に課税売上割合を用いることは、課税の明確性の確保の観点から一般に合理的といえるのであり、課税売上割合を用いることが当該事業者の事業の状況に照らして合理的といえない場合には、課税売上割合に準ずる割合を適切に用いることにより個別に是正を図ることが予定されていると解されることにも鑑みれば、課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等の双方に対応する課税仕入れは、当該事業に関する事情等を問うことなく、共通対応課税仕入れに該当すると解するのが消費税法の趣旨に沿うものというべきである。


 田村善之先生がいうところの「積極的理由/消極的理由」という区別を意識しながら拾い上げると、次のような理解が可能でしょうか。

田村善之・清水紀子「特許法講義」(弘文堂2024)

論証パターン(実質的理由付け)
 仕入税額控除は、生産・流通等の各段階で重複して税負担が累積することを防止するものである(法30条1項1号)。
 もっとも、用途区分が明らかでないときは、「課税の明確性の確保」の観点から、課税売上割合を乗ずる方法により控除額を計算するものとしている(同条2項)。また、課税売上割合を用いることが不合理な場合は、「課税売上割合に準ずる割合」を適切に用いることにより、個別に是正することとしている(同条3項)。
 これらの規定からすれば、課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等の双方に対応する課税仕入れは、個別事情を問うことなく、共通対応課税仕入れに該当すると解すべきである。


 仕入税額控除の制度趣旨は「税負担の累積防止」ではあるものの、実際の消費税法では、双方に対応する場合は「課税の明確性の確保」の観点から「課税売上割合/準ずる割合」という座組みで差配しているのであり、厳密な累積排除までは実施していないと。

 個別事情を考慮しないことにつき、「課税の明確性の確保」が積極的理由であり、「課税売上割合/準ずる割合」の2パターンを用意していることが消極的理由に該当するといえるでしょうか。
 私にはどうにも弱い理由付けだと思いますが(ので、「帳簿請求書保存方式」なんて用途区分と無関係の制度まで持ち出している)、最高裁がこういっている以上、受験生はそのまま利用すればいいと思います。

 最高裁に倣って、仕入税額控除の制度趣旨を頭に持ってきましたが。
 累積を防止するといいながら、累積そのものを控除するのではなく。割合で割り切る+双方対応は全て共通対応に入れ込むという遣り口を採用しており。制度趣旨と実際の制度の中身がズレています。
 論証内部での矛盾を避けるためには、制度趣旨の記述は省略したいところ。が、最高裁判決をきちんと読んでるよ、というアピールのためには、やはり盛り込んでおくべきなのでしょう。


 ちなみに、「帳簿請求書保存方式」についての記述は、本論点の帰結を正当化するにはあまりにも遠いと感じます。私が採点者だとして、(本判決が出る前であれば)余事記載として、減点しないまでも加点はしなかったと思います。

 帳簿・請求書等がない場合に控除できないことと、課税売上割合により控除できないものが生じることとは、まったく状況が異なるものであって。帳簿・請求書等がない場合に控除できないんだから、課税売上割合のせいで控除できない場合があっても問題ないだろ、なんてあまりにも雑すぎる。

 が、本判決では、堂々と理由付けの一つとして採用されていることから、いくらか加点しなければならなくなるでしょうか。


 ただし、未知の論点がでてしまったときに、それが形式による「割り切り」を正当化しなければならない場面だとしたら、以下のような論証パターンを使って、当該論点の理由付けとして使ってしまってもよいでしょう。

論証パターン(帳簿請求書等保存方式⇒形式割り切り正当化)
 消費税法は、「課税の明確性の確保」「適正な徴税の実現」を図るため、帳簿及び請求書等の保存がない場合には税額控除を認めないものとしている(同条7項)。このことから、消費税法は、税負担の累積が生じても税額控除されない場合があることを予定しているといえる。
 同様に、現実に輸出したことが明らかな場合であっても、輸出許可書を保存していないかぎり消費税が免除されないことも(法7条、規5条)、外国消費税との二重課税が生じても排除されない場合があることを予定しているといえる。


 もちろん、「税額控除」から「輸出免税」まで飛ぶのはかなり無茶があります。が、税額控除の中であっても「帳簿・請求書保存」から「用途区分」まで飛ぶのだって、同じように無茶だと思います。
 ので、純理論としてはとてつもなく不適切ですが、最高裁がやってんだから、まあいいしょや。


 以上の論証パターンを一つにまとめると次の通りとなります。

論証パターン(フルセット)
 仕入税額控除は、生産・流通等の各段階で重複して税負担が累積することを防止するものである(法30条1項1号)。
 もっとも、用途区分が明らかでないときは、「課税の明確性の確保」の観点から、課税売上割合を乗ずる方法により控除額を計算するものとしている(同条2項)。また、課税売上割合を用いることが不合理な場合は、「課税売上割合に準ずる割合」を適切に用いることにより、個別に是正することとしている(同条3項)。
 これらの規定からすれば、課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等の双方に対応する課税仕入れは、個別事情を問うことなく、共通対応課税仕入れに該当すると解すべきである。

 このように解することは、法30条2項1号が、課税仕入れを課税資産の譲渡等「にのみ」要するもの(課税対応課税仕入れ)、その他の資産の譲渡等「にのみ」要するもの(非課税対応課税仕入れ)及び両者「に共通して」要するもの(共通対応課税仕入れ)に区分している文理にも適うものである。

 以上より、課税対応課税仕入れとは、当該事業者の事業において課税資産の譲渡等にのみ対応する課税仕入れをいい、課税資産の譲渡等のみならずその他の資産の譲渡等にも対応する課税仕入れは、全て共通対応課税仕入れに該当すると解するのが相当である。

 なお、このような解釈により、税負担の累積が生じても税額控除されない場合が生じうるが、消費税法は「課税の明確性の確保」「適正な徴税の実現」との調和を図るため、帳簿及び請求書等の保存がない場合には税額控除を認めないものとしていることから(同条7項)、税負担の累積が生じても税額控除されない場合があることを予定しているといえ、不当なものではない。


 「帳簿請求書保存方式」は、理由付けとしては弱いと思ったので、一番最後のおまけにまわしました。

 論証パターンが批判されるのは、このようなフルセットを、どのような事例でもお構いなしに繰り広げるから、なんだと思います。

 もちろん、全論点につき、自分の頭で考えながら論証パターンを構築していくのは、時間的に無理があります。
 が、出来合いの論証パターンを流用するにしても、その作られ方を理解したうえで、現場で可変できるようにしておく準備は必要なのだと思います。


 なお、本判決に対して、先日の記事では、
  ア 対応関係は、どのような事実を拾い上げて、どのように判定すべきか。
という本体部分から、
  イ アの結果、双方に対応すると判定された場合、課税/非課税の比重を考慮するか。
というサブ論点を括りだし、イだけについて命題を導出している、という評価をしました。

《税負担の累積防止》なる税務ミームについて 〜最高裁令和5年3月6日判決(ADW事件)
判例が、言っていることいないこと。 〜最高裁令和5年3月6日判決(ADW事件)

 これに対して、調査官解説では、本判決は「客観説」を採用していると評価しています。
 が、論証パターンを作り上げる過程を見ていただければ分かるとおり、客観説に対応する《規範》は、判決文のどこにも存在しません。

 理由付けのほうは、「課税の明確性の確保」「適正な徴税の実現」というマジックワードがあるせいで、「客観説」の理由付けとしても使っているかのように読めてしまうところ。ですが、実際には、あくまでも「双方対応はすべて共通対応に入れ込む」に対する理由付けとして使っているにとどまります。

 調査官が言っている以上、法廷意見も「客観説」を前提としていたのかもしれません。が、判決文で明示されていない以上、受験生が勝手に「判例同旨」などとして、「客観説」を展開するのは危険でしょう。


 もし設問が、本判決と同様にイだけを論ずれば足りるのであれば、「判例同旨」ということで本判決の規範をそのまま吐き出せば足りることになります。

 が、本試験では往々にして、判決の事案そのままではなく、ひねりを入れたものが出題されることがあります。
 もしそこで、用途区分の「判定方法」そのもの(ア)が問われることになったらどうすべきでしょうか。たとえば、居住禁止区域なのに、居住用賃貸目的で購入したらどうかとか(実際の試験はきちんと現実味のある事例になるとは思います)。

虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)

 ここはあらかじめ用意してきた論証パターンを使うのではなく。受験生各自の「自由試技」が試されている場だと思います。
 出題者側がそのように誘っているわけで。せっかくのお誘いにもかかわらず、他の受験生も書いているような「テンプレ論証」を吐き出すのでは、点数が伸びないでしょう。

 そうはいっても、完全オリジナルの珍説を編み出せと言っているのでなく。法解釈のオーソドックスなお作法にしたがって解釈論を展開しているかぎり、悪い点数はつかないということです。
 最高裁判決の存在しない箇所となるので、きっちりとした「理由付け」が必要となります。

 最悪、「課税の明確性の確保」「適正な徴税の実現」という理由付けで客観説に依拠してしまうのも、試験対策としてはありかもしれません。調査官解説の理解とも整合しますし。
 実際のところ、近時の最高裁における租税判決も、マジックワードに依拠しがちな雰囲気があり(一部除く)。受験生だけが非難されるいわれはないでしょう。
 私には、刑事訴訟法の答案を「真実発見と適正手続の調和」というマジックワードでお茶を濁している、G答案と同じように思えてしまうのですが。

 とはいえ、諸悪の根源は、「EUでは〜」というだけで、日本の現行消費税法の果たしている機能をあるがままに説明できる理論立てを構築することを怠ってきた、消費税法学者にあるのであって。ごくごく小さな領域でしか法理判決を出せないという、みっともない有様を披露させられた最高裁様も、ある意味被害者でしょう。
 他方で、受験生的には、最高裁様ご自身が「消費税法」の偏差値を下げにきてくださっているわけで。ありがたく、他の科目に力を入れたらよろしいのではないでしょうか。


 試験本番で知らない論点が出てしまったときの緊急措置として、「趣旨解釈から規範をでっちあげろ!」と言われることがあります。
 
 が、消費税法においては、
・「税負担の累積防止」といっておきながら、累積そのものを排除しない。
・「消費者の消費に課税する」といっておきながら、消費以上の税負担が発生する。
というように、言ってることとやってることが食い違う場面が発生することが、制度上組み込まれています。

 そのため、「仕入税額控除の趣旨は税負担の累積防止にある。本件では税負担が累積しているから税額控除すべきである。」というような(正統派の)論証を展開した場合、往々にして何かしらの控除否定制度に抵触してしまう可能性があります。
 その場合、端的にいって間違った解釈であり、大幅に減点されかねません。

 また、本判決の「実質的理由付け」の説得力が弱いと感じてしまう理由。
 上記正統派の論証のように、仕入税額控除の制度趣旨は「税負担の累積防止」だというならば、そのあとにくるのは「累積してるから控除する/累積してないから控除しない」という帰結になるはずです。
 ところが、本判決では、この制度趣旨とは整合しない、「課税売上割合/準ずる割合」で割り切るという話が出てきてしまっています。割合で割り切る以上、どこまでいっても累積そのものを排除することとは符合しません。
 割合で割り切ることを正当化する理由も、「課税の明確性の確保」などといった大味なものであり。累積しているのに排除しなくてよいことを正当化するには、いかにも根拠薄弱でしょう。

 このように、消費税法は、素朴な趣旨解釈を展開するにはトラップだらけの税制度だということであり。そもそも、司法試験の出題科目としては相応しくない、のかもしれません。


 以上、ひとつの論証パターンを作り上げるだけでも、正確な判例理解が必要なことをご理解していただけたかと思います。
 とはいえ、受験生が自力ですべての論証パターンを磨き上げていくのは、厳しいものがあるでしょう。

 そこで、(ここで自校の宣伝(論証パターン作り方講座)が挿入される。◯月◯日までは◯%割引するとか)。


 なお、本来ならば、今回の「論証パターンの作り方講座」を前編として、設問にあわせて論証パターンを使いこなす「論証パターンの使い方講座」を後編として展開すべきなのでしょう。

 が、どう考えてもおふざけがすぎるので、後編を展開するのは、消費税法が司法試験の科目として正式採用されたらにいたします(不能の停止条件)。

 皆様の今後の消費税法学習が充実したものとなることを祈りながら、本記事を終わらせていただきます。
posted by ウロ at 08:57| Comment(0) | 判例イジり

2024年11月18日

複層的審査基準論 〜最高裁令和4年4月19日判決(財産評価)

 本判決が示した3つの規範の関係について、未だにしっくりくる説明に出会えない。ので、自分なりに整理をしてみます。

だから巡ってないってば! 〜最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決(財産評価)

 【本判決の判断枠組み】
 ・規範A: 相続税法22条によって評価
 ・規範B: 通達各則によって評価 (平等原則T)
 ・規範C: 相続税法22条によって評価 (平等原則U)

最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決(相続税更正処分等取消請求事件)


 よくある解説モノだと、租税法律主義よりも租税平等主義を優先した、とか、平等原則Tよりも平等原則Uを優先した、というように、「あれかこれか」という枠組みにハメて整理をしようとするものが目につきます。

 が、本判決に書かれていることを正確に読み取るならば、3つの規範を順番にあてはめていった、という理解のほうが適合的だと思われます。


 すなわち、まず、「租税法律主義」の観点から、相続税法22条における「時価」の意味を確定させます。が、「時価」というものの性質上、点ではなく一定の幅があることになります。
 そうすると、「租税法律主義」の観点からだけでは、その幅の中に収まっていさえすれば、課税処分はすべて適法ということになってしまいます。


 そこで次に、「平等原則」の観点から、その幅の中に収まってさえいればいくらでもよいのか、についてのチェックを行います。

 「平等原則」によるチェックの仕方として、まず、「納税者全体」との比較で、課税処分に問題がないかをチェックします(平等原則T)。
 通常は、通達各則による評価が行われていることから、本件でも通達各則による評価をすべきということになります。

※本記事で「納税者」というのは、結果として税額なしとなった人も含む、相続財産を相続した全ての人を指します。


 次に、もう一段階掘り下げて「平等原則」によるチェックを行います(平等原則U)。
 ここでは、納税者全体ではなく、「同様の状況にある納税者」との比較で平等かどうかを判定します。

 図式的にいえば、「平等原則T」が、AグループからZグループまでの納税者グループ全体との比較、「平等原則U」が、Aグループの中で、本件納税者がA5だとしたら、その両隣のA4・A6との比較、というイメージです。
 同じ平等原則でも、Tが「粗い物差し」で、Uが「細い物差し」で判定を行うということです。


 このように、本判決は、一つの事例に対して、3つの基準を重ねがけしていると構成することができます。
 それも、漫然と重ねがけをしているわけではなく。大きな枠組みから徐々に目盛りを細かくしていっていると。


 これとの比較で対照的なのが、憲法学で論じられている「違憲審査基準論」。

 華々しくあれこれと議論が展開されているものの。「1事例に1基準」という枠組み自体は、皆さん一致されています。
 異なる尺度の基準を重ねて用いることで問題点を絞り込んでいく、という手法は採用されていません。

 他方で、本論点においては、1事例に複数の審査基準を重ねがけをしています。財産評価における時価というものが幅のある概念であるため、複数の観点から絞り込みをする必要があるわけです。

 そういうわけで、憲法学上の「違憲審査基準論」が、3つの規範の関係性を整理するのに何か役に立つかと思ったのものの。残念ながら活用することはできませんでした。


 「平等原則は租税法律主義に由来する」みたいな評価をされている文章もありましたが。

 上記のとおり、財産評価における時価は、法律の規律のみでは一定の幅を持たざるをえません。そのため、「租税法律主義」だけからは、『枠内に収まっているかぎりすべて適法』という大味な結論しか導き出せません。
 そうすると、「租税法律主義」の規律からは、課税庁はその枠内で自由に課税処分ができることになってしまいます。

 これを統制する規律が「平等原則」ということになります。租税法律主義だけでは課税処分を統制しきれないところ、平等原則によって限定をかけているという位置づけとなります。
 
 あえて、何らのつながりを持たせたいのであれば、『法の支配』の観点から
  1 課税処分は法律に基づいていなければならない (租税法律主義)
  2 課税処分は平等に執行されなければならない (租税平等主義)
と、それぞれ2つの主義が導かれた、という説明になるかと思います。

 なお、このような位置づけは、財産評価における時価のような、幅のある概念だからいえることであって。法律から一義的な帰結が導ける場合であれば、わざわざ平等原則を持ち出す必要はなく。租税法律主義一本で統制が可能です(この先に、「違法だが平等扱いすべき」の事例群がある)。


 まあ、「平等原則は租税法律主義に由来する」と勘違いしてしまう原因は、最高裁の書きぶりにあるのだと思います。

 すなわち、「租税法上の平等原則」と言われてしまうと、あたかも法律レベルでの平等原則を問題としているかのように思ってしまうところ、です。
 が、法律レベルでの平等原則というのは、たとえば「寡婦控除」が男性に適用されないでよいのかとか、法内容そのものの平等を問題とする場合に出てくるものです。

 他方で、本論点では、法内容そのものではなく。「課税庁は法執行をするにあたって平等に処理すべき」ということを問題としています。課税処分レベル、あるいは法執行レベルでの平等原則が問題となっているということです。

 ・法内容レベルの平等(租税法上の平等原則)
 ・法執行レベルの平等(???上の平等原則)

 もちろん、法執行レベルの平等も「租税法上の平等原則」と呼ぶことが、間違いということではないのでしょう。が、極めて誤導的な表現ではあると思います。
 しかも、本判決を下しているのは、近時の最高裁における「通達は法律じゃねえって言ってんだろ!」傾向をリードしている「第三小法廷」ということもあって。

解釈の解釈の介錯 〜最高裁令和2年3月24日判決

 なるべくデカい物言いをしたい、というお気持ちは分からないではないものの。このあたりの言葉遣いには、気を使って欲しかったところです。


 「平等原則」については、《誰と比較するか》という問題があって。
 本判決は、まずは納税者全体と比較し、次に、同じような状況にある納税者と比較する、という手法を採用しています。

 先日の記事では、憲法学が「主観的権利」としての平等原則ばかり論じているせいで、「客観的法原則」としての平等原則の内実が不明と記述しました。

【憲法(学)上の平等権と、租税法上の平等原則】
平等権と、課税公平主義のあいだ 〜最高裁令和4年4月19日判決における「平等原則」とは?

 本論点においても、「1事例に1基準」という憲法学上の縛りのせいで、平等原則TとUの関係性を理解するのに役立つ議論が、見いだせませんでした。


 以上整理したことは、3つの規範の関係性につき「このように位置づけたら分かりやすいのでは」というものにとどまります。

 実務的には、そんな整理はどうでもよくって。
 本当に論じなければならないことは、平等原則Uにおいて、「同じような状況の納税者」をどうやってピックアップするか、そして、どこまでの有意差が出たら平等原則U違反と判断されるのか、という点です。

 が、こういった問題については、本ブログにおいて表立って論ずるタイプの論点ではないので、各自ご研鑽いただければと思います。
posted by ウロ at 10:18| Comment(0) | 判例イジり

2024年11月13日

橋内武・堀田秀吾「法と言語 改訂版」(くろしお出版2024)

 いやあ、まいったね。

 法と言語が関わるものということでいうと、私はハフト先生(法学者)の「レトリック論」くらいしか読んだことがなく。

フリチョフ・ハフト「レトリック流法律学習法」(木鐸社1993) Amazon
フリチョフ・ハフト「法律家のレトリック」(木鐸社1992) Amazon
フリチョフ・ハフト「レトリック流交渉術」(木鐸社1993) Amazon

 最近のものを読んでみよう、ということで本書に手を出したのですが・・・。


 『◯◯学×△△学』のような学際領域を論じるにあたって大事なこと、他方分野に対する《リスペクト》があるかどうか、だと私は思っています。

 かつてのローエコが、経済学者が法学上の議論はことごとく間違ったものだと主張して殴り込んできたのが始まりだと聞いたことがあるのですが(事実誤認?)。そういうことでは学問は発展しないのではないのか、と思うわけです。
 今となっては、むしろ法学者側(の一部)が積極的にローエコを活用されていて、まあ良かったですね。

 田中亘「企業法学の方法」(東京大学出版会2024) Amazon

 このような観点から本書をみたときに、言語学者の法学に対する《リスペクト》の足りてなさを、そこかしこに感じてしまいます。


 何よりもまずは、リンク先の表紙画像をご覧ください。

 橋内武・堀田秀吾「法と言語 改訂版」(くろしお出版2024) Amazon

 背景で模様のようになっているのは、本書にでてくる法律用語を並べたものです。
 この中に「意志能力」(原文ママ)という用語が、繰り返しでてきます(IMEが汚れるので、本当は入力したくない)。

【クロスレファランス】
後藤巻則「契約法講義 第4版」(弘文堂2017)

 表紙からいきなりこうくるかと。これから中身を読むにあたって、不安でいっぱいになりました(ちなみに、中身はちゃんと「意思能力」になっていました(IME汚染戻し))。

 無駄にこういうところに鼻が効く、自分が恨めしい。初版から訂正されていないということは、誰からも指摘してもらえなかったということでしょうし。
 が、購入前に気付けなかったのは、痛恨の極み。

 なお、改訂されても間違いがキープされたまま、という現象、時折観測されるところですが。

熊王征秀「消費税法講義録 第4版」(中央経済社2023)

 著者、編者、編集者、同業者、講義で使う教科書として買わざるをえない学生、誰も真面目に読むことがないのでしょうか(ただし、本件に関しては、表紙模様の誤字に気づく私のほうが、逝かれているのかもしれない)。


 以下、中身について、私が《リスペクト》の足りなさを感じたものの一部を、ダイジェストでお送りいたします。
(なお、本記事では、「言語学」側の記述については一切触れません。私には、同記述をイジり散らかせるだけの知見がないからです。)

P.4
 下級裁判所での判決に不服の場合はより上の裁判所に3回まで上訴し得る。これを三審制度という。


 三審だから「3回」とでも思ったのでしょうか(もちろん「特別上告」のことなんて念頭にないでしょう)。

 法律用語の定義なんだから、きちんと専門書からコピペでもすればいいでしょうに。
 「法学者による定義のままでは難しいから、易しくしてあげよう」という親切心でもあったのかどうか。オリジナルの定義を作り上げて、華麗に失敗している。

 ただ、プロパーの法学者でも「有期1年が4回更新されたら無期転換権が発生する」とか書いちゃう人もいらっしゃるので、よくあるタイプのミス、といえるでしょうか(算数の引っ掛け問題的な?)。

安枝英、,西村健一郎「労働法 第13版」(有斐閣2021)


P.5
 法学を学ぶ上では、@「六法」(有斐閣、三省堂、岩波書店)とA法学用語辞典とBリーガル・リサーチ・ハンドブックが不可欠なツールである。


 これら3つでいいんですか?とか、何ゆえハンドブックなのか?というのはさておき。なんでこんな死体蹴りみたいなことを書くのでしょうか。

六法の刊行終了にあたって(岩波書店)

 と思ったのですが、時系列から察するに、これは初版(2012)の文章を見直していないだけ、ということなのでしょう。まさか、「10年前の岩波六法でも構わんよ」ということではないでしょうし。


 いくつかの箇所で、実際の裁判例を素材としてあげているところがあります。

 なのですが、どこの裁判所のいつの判決なのか、ということが明示されていません。
 もし仮に、生成AIに「◯◯に関する判決はありますか?」とお尋ねして、AI様がでっち上げた《架空の》判決だったとしても、検証のしようがない。


P.112
(偽証)法律により宜誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の刑に処する。


 条文引用なんて、(正確性を期するため)コピペで済ます最たるものだと思うのですが。どういうわけか、条文にまで、ほんのりオリジナル要素をねじ込みたがる。

 六法でもなく、e-Gov法令検索でもなく、法律素人の方の書いたアンチョコ本からでも引用したのでしょうか。


P.120
 法律用語ではこの「事実」は「実際にあったかどうかを問わず、『事件の内容となる事柄』をいう」


 法律用語の定義だというのに、「法律に詳しいジャーナリスト」(本書にそう書いてある)の新書から引用しています。なぜ、刑法学者の書いた専門書から引用しないのか。
 言語学者が、言語学上の定義を説明するのに、言語に詳しいジャーナリスト(言語評論家。「ホンマでっか!?TV」(フジテレビ系)に出てきそうな肩書)の書いた新書から引用なんて、しないはずで。

 もし仮に、税法上の専門用語について、(税理士よりも税務に詳しいと称する)節税ライターの方が書いた新書から引用なんてしようものなら、その信頼性はガタ落ちでしょうよ。

P.121
 (最判昭和31年7月20日、民集10巻8号p.1059)


 他の箇所とは違って、きちんと裁判所名・判決日が明記されています。
 が、本書では、刑法上の名誉毀損罪について論じているところです。のはずなのに、「民集」とあることからも分かるとおり、「民事事件」の判決を、何のお構いもなしに引用してしまっています(これ、ひとつだけではない)。


 以上のような問題箇所、私には、言語学者が法学の「専門性」というものを軽く見ているがゆえ、に噴出しているものではないかと感じられるわけです。

 その他も色々あるのですが、あとは法学側のプロの方にきちんとお金を払って、全面にわたってチェックしてもらうべきものでしょう。


 言語学側の記述については、私には一切評価できませんが。このようなおぼつかない法学理解がベースとなって立論されているのだとしたら、不安ではあります。

 言語学はあくまでも「言語」を対象とするものだから、おぼつかない法学理解のままでも、何らその価値が減ぜられるものではない、ということなのか(図式的に表現するならば、初期ローエコが「攻撃」だったのに対し、初期ローリン(と略してみます)は「無視」といえるでしょうか)。

 そもそも、本書は誰向けに書かれているのか、を推測するに。

P.110
 裁判官は、憲法に「裁判官の独立」が規定されていて、個々の裁判官の上下関係は、ちょうど、文系の大学教員のような緩やかな上下関係のようである。


 知らん上下関係を知らん上下関係に喩えられても、「いや知らんがな」以外の感想をもてませんよね。

【卑近な喩え】
吉田利宏「実務家のための労働法令読みこなし術」(労務行政2013)

 このような記述からすると、本書はあくまでも同業者(言語学者)向けに書かれたものであって。部外者が読むことを想定していないのかもしれません。
 とすると、私があれこれ論難していることも、「対象外読者」によるイチャモンにすぎず、お門違いということになります。同業者向けに「法言語学ではこんなことやっているよ」とご紹介しているだけなんだから、外野がごちゃごちゃ突っ込むなや、と。

 『場違いなこと、内輪のパーティーに闖入したマナー講師のごとし。』


 なお、「学際領域」というもの。法学内部でも問題になっていて。

 お互いにリスペクトし合った、優秀な先生同士の対話により、優れた対談本が出来上がっている一方。

佐伯仁志・道垣内弘人「刑法と民法の対話」(有斐閣2001) Amazon

 民法学者には「手続法的視点」が欠けているとディスっておきながら、ご自身には「税法的視点」が欠けてる書籍があったり。

小林秀之「破産から新民法がみえる」(日本評論社2018) Amazon
小林秀之「破産から新民法がみえる」(日本評論社2018)

 やはり、自身の専門外の分野に対する謙虚さ、あるいはリスペクトというものが、必要なのだろうなと思わされます。


 「◯◯学を勉強したい」と思ったときに。

 たまたま「△△学×◯◯学」のような、自分が知っている「△△学」と交錯している分野があるからといって、安易に飛びつくのは望ましくなく。
 横着せずに、きちんと「◯◯学」プロパーの、定評のある書籍から読んでいくのが王道なのでしょう。
posted by ウロ at 11:15| Comment(0) | 基礎法学

2024年11月11日

判例が、言っていることいないこと。 〜最高裁令和5年3月6日判決(ADW事件)

 判例の射程について、「主論/傍論」とか「結論命題/理由付け命題」のような枠組みで既定しようとする見解があるものの。

判例の機能的考察(タイトル倒れ)

 現実に最高裁がいうところの「当裁判所の判例とするところである/でない」と自称するものは、そのような硬直的な枠組みとは違って。かなり融通無碍なところがあるように思われます。

 そうはいっても、私のような人間が、現実に最高裁が思い描いているであろう《判例理論》を理路整然と説明できるはずもなく(最高裁を、単数形で書くこと自体が不適切ですが)。
 そういったことは、どなたか、天才学者が優れた理論を開発してくれることをお待ちしているところであり。我々にできることは、次々と現れる個別の判決が、何を判断し、かつ、何を判断しなかったか、を愚直に分析していくことなのでしょう。

 ということで、本判決が分析の素材としてちょうどよいと思ったので。以下、上記のような観点から整理をしていきます。

 最高裁令和5年3月6日判決


 判決引用と意訳については、前回の記事をそのまま流用します。

《税負担の累積防止》なる税務ミームについて 〜最高裁令和5年3月6日判決(ADW事件)

 消費税法は、生産、流通等の各段階で二重、三重に税が課されて税負担が累積することを防止し、経済に対する中立性を確保するため(税制改革法10条2項)、課税期間中に行った課税仕入れに係る消費税額を当該課税期間の課税標準額に対する消費税額から控除するものとしている(消費税法30条1項1号)。


・仕入税額控除制度の趣旨は「税負担の累積防止」にある(制度趣旨)。

もっとも、同法は、所定の場合において当該課税期間中に行った課税仕入れにつき用途区分が明らかにされていないときは、課税仕入れに係る消費税額に、課税売上割合、すなわち、課税期間中の所定の売上げの総額に占める課税資産の譲渡等に係る売上げの割合を乗じて計算する方法により控除対象仕入税額を計算するものとし(同条2項2号)、また、帳簿及び請求書等の保存がない場合には原則として当該課税仕入れに係る消費税額の控除を認めないものとする(同条7項)など、課税の明確性の確保や適正な徴税の実現といった他の目的との調和を図るため、税負担の累積が生じても課税仕入れに係る消費税額の全部又は一部が控除されない場合があることを予定しているものということができる。


・用途区分が明らかでない場合は「課税売上割合」で控除額を計算する(割り切り)。
・帳簿・請求書等の保存がない場合は控除できない(唐突!!)。
・法律上、「課税の明確性の確保」「適正な徴税の実現」のために、累積防止が犠牲になることも予定されている(過剰課税の容認)。

【過剰課税容認系判決】
みずほCFC事件判決 〜最高裁令和5年11月6日判決 (雑感)
最高裁令和6年7月18日・第一小法廷判決(外国子会社合算税制) 雑感

 そして、個別対応方式により控除対象仕入税額を計算する場合において、税負担の累積が生ずる課税資産の譲渡等と累積が生じないその他の資産の譲渡等の双方に対応する課税仕入れにつき一律に課税売上割合を用いることは、課税の明確性の確保の観点から一般に合理的といえるのであり、課税売上割合を用いることが当該事業者の事業の状況に照らして合理的といえない場合には、課税売上割合に準ずる割合を適切に用いることにより個別に是正を図ることが予定されていると解されることにも鑑みれば、課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等の双方に対応する課税仕入れは、当該事業に関する事情等を問うことなく、共通対応課税仕入れに該当すると解するのが消費税法の趣旨に沿うものというべきである。


・課税売上割合による割り切りは、「課税の明確性の確保」の観点から一般に合理的(必要性)。
・合理的といえない場合は「準ずる割合」を適切に用いればよい(許容性)。
・法が「課税売上割合/準ずる割合」という座組みを採用しているのは、双方に対応する場合は個別事情を考慮しないですべて共通対応に入れ込むという趣旨(趣旨解釈)。

このように解することは、課税仕入れを課税資産の譲渡等「にのみ」要するもの(課税対応課税仕入れ)、その他の資産の譲渡等「にのみ」要するもの(非課税対応課税仕入れ)及び両者「に共通して」要するもの(共通対応課税仕入れ)に区分する同条2項1号の文理に照らしても自然であるということができる。


・条文の書きぶりからも、「課100%/非100%」以外は個別事情を考慮しないですべて「共通」に入れ込む、と読むのが自然(文理解釈自然派)。

 そうすると、課税対応課税仕入れとは、当該事業者の事業において課税資産の譲渡等にのみ対応する課税仕入れをいい、課税資産の譲渡等のみならずその他の資産の譲渡等にも対応する課税仕入れは、全て共通対応課税仕入れに該当すると解するのが相当である。


 よって、ちょっとでも「その他」要素が混ざり込んだら共通仕入と扱う。


 「主論/傍論」「結論命題/理由付け命題」といった枠組みで判例かどうかを区別する見解からすると、上記引用部分は「判例」には該当しない、となるのでしょうか(正直、私にはこれら区分がよくわかっていない)。

 が、判決文のうちどの部分が判例か、という問題については、本記事では触れません。あくまでも、本判決が判断したこととしなかったことをあるがままに理解することが、本記事のテーマとなります。


 では、本判決が何を言っているかというと。

 下記イメージ図を御覧ください(あくまでもイメージとして)。

用途区分1.png


 本判決が判断したことは「オレンジの矢印ルートはないよ」ということに尽きます。
 課税要素100%だけが「課税対応」、非課税要素100%だけが「非課税対応」、それ以外の、たとえば課税要素99%/非課税要素1%というような場合であっても、すべて「共通対応」に入れ込むと。
 肝心の、対応関係をどうやって判定するかについては、何も判断を示していません。


 私のような普通の人からすると、本件のような問題が生じた場合、「用途区分における対応関係はどのように判定すべきか?」という1つの論点しかないと思ってしまいます。

 が、本判決は、当該論点につき、
  ア 対応関係は、どのような事実を拾い上げて、どのように判定すべきか。
という本体部分から、
  イ アの結果、双方に対応すると判定された場合、課税/非課税の比重を考慮するか。
というサブ論点を括りだし、イだけについて命題を導出しております(比重は考慮しない)。

 とてつもなく小賢しい遣り口だなあと、思うのですが(褒め言葉)。アについては、命題をかかげることを回避しているいうことです。

 上記引用部分の後ろにでてくる「2」の箇所で、あてはめを展開しているものの。
 そこでは、いかなる命題に基づいているかも不明なまま、ただただ事実を陳列して「双方に対応する」と認定されて、そこからイの命題を使って「ゆえに共通対応」と判断されています。

 おそらくですが「対応関係」については、「対応」の国語辞書的な意味合いだけから判定しているのではないでしょうか。

2 前記事実関係等によれば、本件各課税仕入れは上告人が転売目的で本件各建物を購入したものであるが、本件各建物はその購入時から全部又は一部が住宅として賃貸されており、上告人は、転売までの間、その賃料を収受したというのである。そうすると、上告人の事業において、本件各課税仕入れは、課税資産の譲渡等である本件各建物の転売のみならず、その他の資産の譲渡等である本件各建物の住宅としての賃貸にも対応するものであるということができる。
 よって、本件各課税仕入れは、その上告人の事業における位置付けや上告人の意図等にかかわらず、共通対応課税仕入れに該当するというべきである。


 アが「事例判決」どまりで、イだけが「法理判決」にまで及んでいるいう、歪な構造になっています。


 藤谷論文(ジュリスト2024年10月号)のタイトルなどもそうなのですが。本判決が「用途区分の判定方法」につき判断を示したものであるかのように、喧伝されることがあります。

 が、本判決は、用途区分の判定方法のうち、肝心要のアについては規範命題を示すことを回避し、イの部分だけを切り出して判示したにすぎません。イメージ図でいうと、上段の矢印については、ただ当該事案における結論を示しただけということです。

 「用途区分の判定方法につき判断を示した」というには、過大評価に過ぎます。

【判決ご紹介タイトルは、正確に】
だから巡ってないってば! 〜最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決(財産評価)


 この点に関して、調査官解説(法曹時報76巻5号)では、本判決は、用途区分の判断基準につき(主観説、限定客観説ではなく)「客観説」を採用した、と評価しているのですが。

 が、本判決があてはめのところで展開しているのは、現実に居住用賃貸がされている以上、それ以外の事情によって非課税対応が否定されることはない、ということであって。判断要素としておよそ主観は排除するという見解を採用している、とまではいえないのではないでしょうか。

 本件ではともかく。あらゆる場面で、主観を完全に排除して用途区分を判定することは、現実的ではないわけで。

虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)

 まあ、判決文のベースはご自身で起案されているはずなので、私の読み方がなんか間違っているだけでしょうかね。


 本判決が、重要なアにつき何らの規範命題も示さないまま、イだけを判断したことに対し、批判的な方もおられるかもしれません。
 が、最高裁が規範を示さないことの一番の原因は、学説側が十分な議論を尽くしていないからだと、私は邪推しています。

 これとの対比でいうと、「仕入税額控除の趣旨は《税負担の累積防止》にある」ということは、何のためらいもなく記述されており。
 「にのみ」という文言解釈にプラスして、「課税売上割合/準ずる割合」という座組みを持ち出しさえすれば、「課100%or非100%以外はすべて共通」という帰結を導くことは可能なのにもかかわらず。わざわざ、制度趣旨を持ち出してきているわけです。

 これは、《税負担の累積防止》のほうは、誰もが疑いもなく受け入れているおかげで、安心して判決文に盛り込めた、ということなのでしょう。

 他方で、用途区分についてどのような事情を考慮してどのように判定するかについては、地に足のついた議論が展開されているようには思えません。
 それゆえ、イの部分だけを括りだして判断を示しつつ、アの判定方法本体については規範命題化するのを先送りして、あくまでもひとつの「事例判決」として結論を出したのではないでしょうか。

 なお、この手の「地に足のついた議論が展開されていない」場面、税法上の論点においてはあちこちに点在しています。

【生活に通常必要な/必要でない】
「生活に通常必要な動産」で「生活に通常必要でない動産」
サラリーマンマイカー訴訟 〜生活に通常必要でも必要でなくもない資産
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)


 以上、本判決が判断したことは、「対応関係の判断にあたって重みを考慮しない」ということまでであって。「対応関係をどのような事情からどのように判断するか」という肝心の部分については、「事例判決」どまりで規範命題を示していない、ということになります。

 そういう観点から、運営作成の「判示事項・裁判要旨」を読んでみると、かなりポイントをおさえた記述になっているなあと、あらためて感心します(余計なことが書いていない)。

判示事項
消費税法(平成27年法律第9号による改正前のもの及び同改正後のもの)30条2項1号にいう「課税資産の譲渡等にのみ要する」課税仕入れと「課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要する」課税仕入れとの区別

裁判要旨
消費税法(平成27年法律第9号による改正前のもの及び同改正後のもの)30条2項1号にいう「課税資産の譲渡等にのみ要する」課税仕入れとは、当該事業者の事業において課税資産の譲渡等にのみ対応する課税仕入れをいい、課税資産の譲渡等のみならずその他の資産の譲渡等にも対応する課税仕入れは、全て同号にいう「課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要する」課税仕入れに該当する


 にもかかわらず、調査官解説が、(課税庁に対する民間の業界誌のごとく)別働隊として「客観説」を拡散しようとしているのだとしたら、あまり感心しない。

【通達行政どころか業界誌行政】
法廷意見をHACKしよう!! 〜最高裁令和6年5月7日判決における多数意見vs補足意見
「反制定法的解釈について」 〜問d(フリマアプリ等により商品を仕入れた場合の仕入税額控除)

 そうはいっても、課税庁・審判所・地裁・高裁レベルでは、調査官解説を素直に《文言解釈》して、無理やりにでも客観のみで結論を導いたことにするのでしょう。
posted by ウロ at 09:01| Comment(0) | 判例イジり

2024年11月04日

《税負担の累積防止》なる税務ミームについて 〜最高裁令和5年3月6日判決(ADW事件)

 ジュリスト掲載の藤谷論文を読んでみて。
 私自身が、本判決のどこに引っかかっているのか分かった気がしたので、以下整理してみます。

藤谷武史「課税仕入れの用途区分の判定方法 エー・ディー・ワークス事件 最一小判令和5・3・6」ジュリスト2024年10月号(1602号)

 なお、あくまでも「藤谷論文の鋭い分析眼にアテられて」というだけであって。藤谷論文に直接書かれていることからは、だいぶ離れたものとなります(私の問題関心が盛大にズレている)。


 以下、「税区分」については、文脈にあわせて以下の略語を用います。

【課税仕入れ】
 ・課税売上対応  ⇒課のみ仕入、課のみ、課対
 ・非課税売上対応 ⇒非のみ仕入、非のみ、非対
 ・共通して対応  ⇒共通仕入、共通、共通対応

 また、数値例として、以下の事例におけるBの課税負担を念頭において検討します(AB取引、BC取引は「対応関係あり」とします)。

 A 課税事業者
 ↓ 88(課税)
 B 課税事業者
 ↓ 110(課税) or100(非課税)
 C 消費者

 非課税売上は「居住用賃貸」を想定します(Bは家主)。
 そして、不正確ながら、取引が課税となる場合は「BはCから消費税をお預かりした/BはAに消費税をお預けした。」と表現することにします。

【課のみ事例】の帰結
 売上課税 10 お預かりしたので課税される
 仕入控除 8 お預けしたので控除する
 税抜損益 20(=100-80)

【非のみ事例】の帰結
 売上課税 0 お預かりしていないので課税されない
 仕入控除 0 お預けしたのに控除できない
 税抜損益 12(=100-88)


 まずは、本判決を引用しながら、私なりの意訳を足していきます(理由第2 1)。

最高裁令和5年3月6日判決

 消費税法は、生産、流通等の各段階で二重、三重に税が課されて税負担が累積することを防止し、経済に対する中立性を確保するため(税制改革法10条2項)、課税期間中に行った課税仕入れに係る消費税額を当該課税期間の課税標準額に対する消費税額から控除するものとしている(消費税法30条1項1号)。


・仕入税額控除制度の趣旨は「税負担の累積防止」にある(制度趣旨)。

もっとも、同法は、所定の場合において当該課税期間中に行った課税仕入れにつき用途区分が明らかにされていないときは、課税仕入れに係る消費税額に、課税売上割合、すなわち、課税期間中の所定の売上げの総額に占める課税資産の譲渡等に係る売上げの割合を乗じて計算する方法により控除対象仕入税額を計算するものとし(同条2項2号)、また、帳簿及び請求書等の保存がない場合には原則として当該課税仕入れに係る消費税額の控除を認めないものとする(同条7項)など、課税の明確性の確保や適正な徴税の実現といった他の目的との調和を図るため、税負担の累積が生じても課税仕入れに係る消費税額の全部又は一部が控除されない場合があることを予定しているものということができる。


・用途区分が明らかでない場合は「課税売上割合」で控除額を計算する(割り切り)。
・帳簿・請求書等の保存がない場合は控除できない(唐突!!)。
・法律上、「課税の明確性の確保」「適正な徴税の実現」のために、累積防止が犠牲になることも予定されている(過剰課税の容認)。

【過剰課税容認系判決】
みずほCFC事件判決 〜最高裁令和5年11月6日判決 (雑感)
最高裁令和6年7月18日・第一小法廷判決(外国子会社合算税制) 雑感

 そして、個別対応方式により控除対象仕入税額を計算する場合において、税負担の累積が生ずる課税資産の譲渡等と累積が生じないその他の資産の譲渡等の双方に対応する課税仕入れにつき一律に課税売上割合を用いることは、課税の明確性の確保の観点から一般に合理的といえるのであり、課税売上割合を用いることが当該事業者の事業の状況に照らして合理的といえない場合には、課税売上割合に準ずる割合を適切に用いることにより個別に是正を図ることが予定されていると解されることにも鑑みれば、課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等の双方に対応する課税仕入れは、当該事業に関する事情等を問うことなく、共通対応課税仕入れに該当すると解するのが消費税法の趣旨に沿うものというべきである。


・課税売上割合による割り切りは、「課税の明確性の確保」の観点から一般に合理的(必要性)。
・合理的といえない場合は「準ずる割合」を適切に用いればよい(許容性)。
・法が「課税売上割合/準ずる割合」という座組みを採用しているのは、双方に対応する場合は個別事情を考慮しないですべて共通対応に入れ込むという趣旨(趣旨解釈)。

このように解することは、課税仕入れを課税資産の譲渡等「にのみ」要するもの(課税対応課税仕入れ)、その他の資産の譲渡等「にのみ」要するもの(非課税対応課税仕入れ)及び両者「に共通して」要するもの(共通対応課税仕入れ)に区分する同条2項1号の文理に照らしても自然であるということができる。


・条文の書きぶりからも、「課100%/非100%」以外は個別事情を考慮しないですべて「共通」に入れ込む、と読むのが自然(文理解釈自然派)。

 そうすると、課税対応課税仕入れとは、当該事業者の事業において課税資産の譲渡等にのみ対応する課税仕入れをいい、課税資産の譲渡等のみならずその他の資産の譲渡等にも対応する課税仕入れは、全て共通対応課税仕入れに該当すると解するのが相当である。


 よって、ちょっとでも「その他」要素が混ざり込んだら共通仕入と扱う。


 これだけの道具立てで「対応関係」のあてはめをしていることの無茶っぷりについては、以前の記事で、少し検討したところをご参照いただくとして。

虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)

 今回イジりたいのはそこではありません。
 問題としたいのは、「非対は控除不可」となることについての根拠が、何も示されていないという点です(上記記事でも触れていますが、少し角度を変えます)。


 判決理由では、仕入税額控除の制度趣旨から論述をスタートさせています。
 が、消費税が『税額転嫁と仕入税額控除の両輪により駆動する仕組みの税』だというならば、売上課税の規律と切り離して、仕入税額控除単体の制度趣旨を論ずるのはおかしいのではないでしょうか。

【両輪駆動テーゼ】
免税事業者Requiem(第3曲) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編29)

 そこで、まずは【課のみ事例】を想定しながら、順序立てて仕入税額控除の制度趣旨を説明してみます。

【課のみ事例】
1 消費税法の目的
  消費者の消費に課税したい。
2 課税売上
  Cの消費に直接課税できないから、Bの譲渡に課税する(10)。
3 仕入税額控除
  Bが10を納税するのに加えて、8も払いっぱなしとなるのは過剰課税となってしまう。
  そこで、納税額から8を控除する。

 この場合、10と8という自然数が2つ出てくることから、仕入税額控除の趣旨として《税負担の累積防止》というレトリックがすんなり当てはまるように感じられます。

 では、これが【非のみ事例】だとどうなるでしょうか。

【非のみ事例】
1 消費税法の目的
  消費者の消費に課税したい。
2 非課税売上
  居住用の家賃に消費税を課税するのはCが可哀想。そこで、非課税とする。
3 仕入税額控除
  Bは消費者ではないのに、8が払いっぱなしとなるのは過剰課税となる。
  そこで、納税額から8を控除する(!?)。

 インボイス導入の錦の御旗として、「消費税は、消費者に税転嫁が予定されている間接税である。ゆえに、益税ネコババ野郎は撲滅すべき!」(ネコババテーゼ)ということが盛んに掲げられていました。この御旗を前提とするならば、(逆に)消費者の消費以外のところで税負担が生ずるのはおかしいことになります。

【ネコババテーゼ】
 表面 事業者が、消費者からお預かりした消費税を納付しないのはネコババ
 裏面 お国が、事業者がお預けした消費税を還付しないのはネコババ

 よって、消費税法の目的をストレートに実現しようとするかぎり、【非のみ事例】でも、Bは8を控除できるとすべきことになるはずです。

 ところが、現行法は「非対は控除不可」とされています。「消費者の消費に課税する」(消費課税テーゼ)という消費税法の本来の目的からは、およそ導出できない制度となっているわけです。
 にもかかわらず、仕入税額控除の制度趣旨を《税負担の累積防止》と説明することで、本来の目的にそぐわないという点をスルーして、「非対は控除不可」が当然であるかのように勘違いさせることに成功しています。

【税負担の累積テーゼ】
 課対 累積しているから控除する
 非対 累積していないから控除しない

(※もし、脳内で「残酷な天使のテーゼ」のリズムでリフレインしてしまったら、申し訳ありません。)


 もちろん、現行法が「用途区分」制度を採用している以上、現行法における仕入税額控除の説明として《税負担の累積防止》と表現することが、間違いということではありません。

 が、それは結果としてそうなっているというだけで。
 消費税法の目的が「消費者の消費に課税する」だというならば、「なぜ消費者ではないBに税負担を生じさせるのか」について、その実質的な理由付けが必要ではないでしょうか。
 《消費課税テーゼ》からすれば、【課のみ事例】で、Bが18(10+8)支払うことが過剰課税なのは当然として。【非のみ事例】で8支払うことだって、Bが消費者ではない以上、過剰課税にかわりはありません。


 Bの損益に着目するならば、【課のみ事例】でも【非のみ事例】でも全く同じ状況にあることが分かります。

【課のみ事例】
 控除可  20(100-80)
 控除不可 12(100-88)

【非のみ事例】
 控除可  20(100-80)
 控除不可 12(100-88)

 だというのに、【課のみ事例】では、10と8という自然数が2つ出てくるおかげで「累積している」といえるのに対し。【非のみ事例】では0と8というように、自然数が1つしか出てこないせいで「累積していない」ことになってしまいます。

 これら事例を分かつ理由は、ただ単に「累積」というレトリックが当てはまるかどうかだけであって。Bの損益状況を無視したもので、なんら実質的な根拠に基づくものではありません。

 【課のみ事例】 累積していて過剰課税   ⇒ゆえに控除する
 【非のみ事例】 累積していないが過剰課税 ⇒なのに控除しない

 いずれも「消費者の消費」以外に課税が生じているというのに、【税負担の累積テーゼ】を間にかますだけで、結論を真逆に持っていくことができてしまっている。


 だというのに、以下の記述もそうですが、【税負担の累積テーゼ】は正しいという前提で、議論が進められてしまっています。

調査官解説(法曹時報76巻5号)P.1444
(注12) 課税仕入れが課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等の双力に対応する場合、課税資産の譲渡等については税負担の累積が生ずる一方、その他の資産の譲渡等については税負担の累積が生じないから、当該課税仕入れが課税対応課税仕入れに区分されて仕入税額全額が控除されるとすれば累積は完全に排除される(税負担の累積が生じていない部分も控除されるので、排除としてはむしろ過剰となる。) のに対し、共通対応課税仕人れに区分されると、仕入税額に課税売上割合を乗じた額のみが控除されるため、税負担の累積が完全には排除されない場合があり得ることになる。

藤谷論文 P.152
 法は、事業として行われる財や役務の譲渡(課税資産の譲渡等)に課税する一方で、仕入れに含まれる消費税額を、事業者が負担する消費税額から控除することにより多段階課税に伴う税負担の累積を排除する、付加価値税の仕組みを採用する。しかし、事業者が仕入れた財や役務の全てを課税資産の譲渡等に用いるとは限らない。事業者が国外または事業外で譲渡等を行う場合は「不課税取引」(法4条1項参照)となるし、「非課税取引」(法6条1項・別表第二)に該当する場合にも消費税は課されない。本件で言えば、マンション底地の譲渡や住宅の貸付けは非課税取引である。となると、前段階で消費税が課された仕入れであっても、「課税資産の譲渡等」以外の取引に用いられた部分については、税負担の累積が生じないので仕入税額控除の対象とすべきではない、というのが現行法の考え方である。


 しかしながら、消費者でないBに税負担が生じることの根拠が不明なままでは、その先、用途区分をどのように判定するのかの方法も、明確にできないのではないでしょうか。
 実際のところ、本判決が「対応関係」について述べているのは、「双方対応している場合は、それ以上個別事情を考慮しない」というだけで。肝心の「対応」をどうやって判定するのかが明示されていません。


 本判決が「趣旨解釈」を採用していると評価されることがありますが。

 それはあくまでも、消費税法の本来の目的を無視して、仕入税額控除を《税負担の累積防止》と決め打ちしたところからスタートしているのであり。ではなぜ、「累積している場合にしか控除しないのか」については触れるところではありません。

 それゆえ、「対応関係」をどのように判定するかについても、消費税法の本来の目的に即した、踏み込んだ判断ができないままでいるのではないでしょうか。


 では、本判決がかかげている「課税の明確性の確保」は理由付けとして使えるかというと。

 これは「非対は控除不可」という結論が決まったあとに、どうやって「課対/非対/共通」を区分するか、という段階で出てくるものです。【税負担の累積テーゼ】が正しいことを前提に、「課のみ/非のみ」と言い切れないものはすべて「共通」に割り振る、という割り切りを正当化するため、「課税の明確性の確保」を持ち出しているにすぎません。

 もし「非対は控除すべき」ということであれば、そもそも用途区分という制度が設けられていること自体がおかしいということになります。


 また、「適正な徴税の実現」のほうは、何ら脈絡なくでてきた「帳簿及び請求書等」保存要件を正当化するための理由付けにすぎません。

 累積防止が犠牲になる一例としてねじ込まれたものであって。「非対は控除不可」とするのが適正かを論じている場面で、控除不可が適正であることを前提とした理由付けを用いることはできません。

 ゆえに、これらマジックワードは、【税負担の累積テーゼ】を根拠付ける理由としては使えません。


 なお、本判決が、累積の《排除》とはいわずに、累積の《防止》という表現に留めている理由。

 「非対は控除不可」が根拠薄弱ゆえ、用途区分の判定段階において「課税の明確性の確保」をなんとしても優先させたくて、排除⇒防止と表現を弱めたのではないか、という邪推が働きます(レトリック流判例批評)。それでも不安なのか、「帳簿及び請求書等」保存要件なんていう、無関係の制度まで持ち出したりしていますし。

 累積の排除(強め) > 明確性
 累積の防止(弱め) < 明確性+帳簿・請求書等保存要件

フリチョフ・ハフト「レトリック流法律学習法」(木鐸社1993) Amazon
フリチョフ・ハフト「法律家のレトリック」(木鐸社1992) Amazon
フリチョフ・ハフト「レトリック流交渉術」(木鐸社1993) Amazon

 例によって、『仕入税額控除は権利だ!』とかいう件の教科書の主張(権利テーゼ)は、ここでも何の役にも立っていない。

 【権利テーゼの正規ルート】
   累積の排除+控除は権利 > 明確性+帳簿・請求書等保存要件

佐藤英明,西山由美「スタンダード消費税法」(弘文堂2022)

 ただ単に、用途区分は取得時に固定される、という「時点」の話に使われているだけ。しかも、納税者不利な帰結にもっていっている。

〈還付をみたら泥棒と思え〉思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編2)


 以上述べたことは、インボイス推進派の方々が強調されていた《ネコババテーゼ》が正しいとして制度全体を理解するならばこうなるはず、ということにすぎません。

  消費税は消費者の消費に課税する ⇒ならば、非対も控除すべきはず

 《ネコババテーゼ》からすれば、仕入税額控除の趣旨は「消費者の消費以外の税負担を排除する」となるはずで。なぜ、仕入税額控除の趣旨を説明する段階になると、消費税法の目的をすっかり忘れてしまって、「累積している場合だけ控除する」と思考が歪んでしまうのか。

【ネコババテーゼの正規ルート】(課のみ事例、非のみ事例とも共通)
1 消費税法の目的
  消費者の消費に課税する。
3 仕入税額控除
  Bが消費者ではないのに、8を払いっぱなしになるのは過剰課税になってしまう。
  そこで、納税額から8を控除する。

 《ネコババテーゼ》の正規ルートは、売上が課税か非課税かどうかにかかわらず、Bが事業者であるかぎり、払った消費税は控除できることになるはずです。


 他方で、消費税法が採用している各制度をあるがままに理解し、現実にどのように機能しているかを分析するならば、「用途区分」制度も矛盾なく説明することができます。現行制度をみないまま、《ネコババテーゼ》のような空論を先にぶち上げてしまうから、場当たり的な説明をせざるを得ないはめに陥るだけの話です。

 この点については、一連の連載記事のあちこちで触れていますが、本記事を踏まえて、いつか整理するかもしれません(モチベ低め)。


 なお、タイトルにある「税務ミーム」というの。

 《税負担の累積防止》と唱えるだけで、本来論ずるべき「なぜ消費者でないBに税負担を発生させるのか」を、どういうわけか、本論点を議論しようとする全ての人がスキップして先に進んでしまう様子を指して、そのように表現したものです(誤用という批判は甘んじて受け入れます。「ぜーむみーむ」といいたかっただけなので)。


 やたらと「テーゼ」を乱発しているのは、もちろんおちょくり目的です。適宜これを「ドグマ」に言い換えてもらっても、大丈夫です。

ドキッ!?ドグマだらけの民法改正
自分のドグマは自分で見えない。 〜「原始的不能のドグマ」再訪
posted by ウロ at 10:22| Comment(0) | 判例イジり