2024年11月11日

判例が、言っていることいないこと。 〜最高裁令和5年3月6日判決(ADW事件)

 判例の射程について、「主論/傍論」とか「結論命題/理由付け命題」のような枠組みで既定しようとする見解があるものの。

判例の機能的考察(タイトル倒れ)

 現実に最高裁がいうところの「当裁判所の判例とするところである/でない」と自称するものは、そのような硬直的な枠組みとは違って。かなり融通無碍なところがあるように思われます。

 そうはいっても、私のような人間が、現実に最高裁が思い描いているであろう《判例理論》を理路整然と説明できるはずもなく(最高裁を、単数形で書くこと自体が不適切ですが)。
 そういったことは、どなたか、天才学者が優れた理論を開発してくれることをお待ちしているところであり。我々にできることは、次々と現れる個別の判決が、何を判断し、かつ、何を判断しなかったか、を愚直に分析していくことなのでしょう。

 ということで、本判決が分析の素材としてちょうどよいと思ったので。以下、上記のような観点から整理をしていきます。

 最高裁令和5年3月6日判決


 判決引用と意訳については、前回の記事をそのまま流用します。

《税負担の累積防止》なる税務ミームについて 〜最高裁令和5年3月6日判決(ADW事件)

 消費税法は、生産、流通等の各段階で二重、三重に税が課されて税負担が累積することを防止し、経済に対する中立性を確保するため(税制改革法10条2項)、課税期間中に行った課税仕入れに係る消費税額を当該課税期間の課税標準額に対する消費税額から控除するものとしている(消費税法30条1項1号)。


・仕入税額控除制度の趣旨は「税負担の累積防止」にある(制度趣旨)。

もっとも、同法は、所定の場合において当該課税期間中に行った課税仕入れにつき用途区分が明らかにされていないときは、課税仕入れに係る消費税額に、課税売上割合、すなわち、課税期間中の所定の売上げの総額に占める課税資産の譲渡等に係る売上げの割合を乗じて計算する方法により控除対象仕入税額を計算するものとし(同条2項2号)、また、帳簿及び請求書等の保存がない場合には原則として当該課税仕入れに係る消費税額の控除を認めないものとする(同条7項)など、課税の明確性の確保や適正な徴税の実現といった他の目的との調和を図るため、税負担の累積が生じても課税仕入れに係る消費税額の全部又は一部が控除されない場合があることを予定しているものということができる。


・用途区分が明らかでない場合は「課税売上割合」で控除額を計算する(割り切り)。
・帳簿・請求書等の保存がない場合は控除できない(唐突!!)。
・法律上、「課税の明確性の確保」「適正な徴税の実現」のために、累積防止が犠牲になることも予定されている(過剰課税の容認)。

【過剰課税容認系判決】
みずほCFC事件判決 〜最高裁令和5年11月6日判決 (雑感)
最高裁令和6年7月18日・第一小法廷判決(外国子会社合算税制) 雑感

 そして、個別対応方式により控除対象仕入税額を計算する場合において、税負担の累積が生ずる課税資産の譲渡等と累積が生じないその他の資産の譲渡等の双方に対応する課税仕入れにつき一律に課税売上割合を用いることは、課税の明確性の確保の観点から一般に合理的といえるのであり、課税売上割合を用いることが当該事業者の事業の状況に照らして合理的といえない場合には、課税売上割合に準ずる割合を適切に用いることにより個別に是正を図ることが予定されていると解されることにも鑑みれば、課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等の双方に対応する課税仕入れは、当該事業に関する事情等を問うことなく、共通対応課税仕入れに該当すると解するのが消費税法の趣旨に沿うものというべきである。


・課税売上割合による割り切りは、「課税の明確性の確保」の観点から一般に合理的(必要性)。
・合理的といえない場合は「準ずる割合」を適切に用いればよい(許容性)。
・法が「課税売上割合/準ずる割合」という座組みを採用しているのは、双方に対応する場合は個別事情を考慮しないですべて共通対応に入れ込むという趣旨(趣旨解釈)。

このように解することは、課税仕入れを課税資産の譲渡等「にのみ」要するもの(課税対応課税仕入れ)、その他の資産の譲渡等「にのみ」要するもの(非課税対応課税仕入れ)及び両者「に共通して」要するもの(共通対応課税仕入れ)に区分する同条2項1号の文理に照らしても自然であるということができる。


・条文の書きぶりからも、「課100%/非100%」以外は個別事情を考慮しないですべて「共通」に入れ込む、と読むのが自然(文理解釈自然派)。

 そうすると、課税対応課税仕入れとは、当該事業者の事業において課税資産の譲渡等にのみ対応する課税仕入れをいい、課税資産の譲渡等のみならずその他の資産の譲渡等にも対応する課税仕入れは、全て共通対応課税仕入れに該当すると解するのが相当である。


 よって、ちょっとでも「その他」要素が混ざり込んだら共通仕入と扱う。


 「主論/傍論」「結論命題/理由付け命題」といった枠組みで判例かどうかを区別する見解からすると、上記引用部分は「判例」には該当しない、となるのでしょうか(正直、私にはこれら区分がよくわかっていない)。

 が、判決文のうちどの部分が判例か、という問題については、本記事では触れません。あくまでも、本判決が判断したこととしなかったことをあるがままに理解することが、本記事のテーマとなります。


 では、本判決が何を言っているかというと。

 下記イメージ図を御覧ください(あくまでもイメージとして)。

用途区分1.png


 本判決が判断したことは「オレンジの矢印ルートはないよ」ということに尽きます。
 課税要素100%だけが「課税対応」、非課税要素100%だけが「非課税対応」、それ以外の、たとえば課税要素99%/非課税要素1%というような場合であっても、すべて「共通対応」に入れ込むと。
 肝心の、対応関係をどうやって判定するかについては、何も判断を示していません。


 私のような普通の人からすると、本件のような問題が生じた場合、「用途区分における対応関係はどのように判定すべきか?」という1つの論点しかないと思ってしまいます。

 が、本判決は、当該論点につき、
  ア 対応関係は、どのような事実を拾い上げて、どのように判定すべきか。
という本体部分から、
  イ アの結果、双方に対応すると判定された場合、課税/非課税の比重を考慮するか。
というサブ論点を括りだし、イだけについて命題を導出しております(比重は考慮しない)。

 とてつもなく小賢しい遣り口だなあと、思うのですが(褒め言葉)。アについては、命題をかかげることを回避しているいうことです。

 上記引用部分の後ろにでてくる「2」の箇所で、あてはめを展開しているものの。
 そこでは、いかなる命題に基づいているかも不明なまま、ただただ事実を陳列して「双方に対応する」と認定されて、そこからイの命題を使って「ゆえに共通対応」と判断されています。

 おそらくですが「対応関係」については、「対応」の国語辞書的な意味合いだけから判定しているのではないでしょうか。

2 前記事実関係等によれば、本件各課税仕入れは上告人が転売目的で本件各建物を購入したものであるが、本件各建物はその購入時から全部又は一部が住宅として賃貸されており、上告人は、転売までの間、その賃料を収受したというのである。そうすると、上告人の事業において、本件各課税仕入れは、課税資産の譲渡等である本件各建物の転売のみならず、その他の資産の譲渡等である本件各建物の住宅としての賃貸にも対応するものであるということができる。
 よって、本件各課税仕入れは、その上告人の事業における位置付けや上告人の意図等にかかわらず、共通対応課税仕入れに該当するというべきである。


 アが「事例判決」どまりで、イだけが「法理判決」にまで及んでいるいう、歪な構造になっています。


 藤谷論文(ジュリスト2024年10月号)のタイトルなどもそうなのですが。本判決が「用途区分の判定方法」につき判断を示したものであるかのように、喧伝されることがあります。

 が、本判決は、用途区分の判定方法のうち、肝心要のアについては規範命題を示すことを回避し、イの部分だけを切り出して判示したにすぎません。イメージ図でいうと、上段の矢印については、ただ当該事案における結論を示しただけということです。

 「用途区分の判定方法につき判断を示した」というには、過大評価に過ぎます。

【判決ご紹介タイトルは、正確に】
だから巡ってないってば! 〜最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決(財産評価)


 この点に関して、調査官解説(法曹時報76巻5号)では、本判決は、用途区分の判断基準につき(主観説、限定客観説ではなく)「客観説」を採用した、と評価しているのですが。

 が、本判決があてはめのところで展開しているのは、現実に居住用賃貸がされている以上、それ以外の事情によって非課税対応が否定されることはない、ということであって。判断要素としておよそ主観は排除するという見解を採用している、とまではいえないのではないでしょうか。

 本件ではともかく。あらゆる場面で、主観を完全に排除して用途区分を判定することは、現実的ではないわけで。

虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)

 まあ、判決文のベースはご自身で起案されているはずなので、私の読み方がなんか間違っているだけでしょうかね。


 本判決が、重要なアにつき何らの規範命題も示さないまま、イだけを判断したことに対し、批判的な方もおられるかもしれません。
 が、最高裁が規範を示さないことの一番の原因は、学説側が十分な議論を尽くしていないからだと、私は邪推しています。

 これとの対比でいうと、「仕入税額控除の趣旨は《税負担の累積防止》にある」ということは、何のためらいもなく記述されており。
 「にのみ」という文言解釈にプラスして、「課税売上割合/準ずる割合」という座組みを持ち出しさえすれば、「課100%or非100%以外はすべて共通」という帰結を導くことは可能なのにもかかわらず。わざわざ、制度趣旨を持ち出してきているわけです。

 これは、《税負担の累積防止》のほうは、誰もが疑いもなく受け入れているおかげで、安心して判決文に盛り込めた、ということなのでしょう。

 他方で、用途区分についてどのような事情を考慮してどのように判定するかについては、地に足のついた議論が展開されているようには思えません。
 それゆえ、イの部分だけを括りだして判断を示しつつ、アの判定方法本体については規範命題化するのを先送りして、あくまでもひとつの「事例判決」として結論を出したのではないでしょうか。

 なお、この手の「地に足のついた議論が展開されていない」場面、税法上の論点においてはあちこちに点在しています。

【生活に通常必要な/必要でない】
「生活に通常必要な動産」で「生活に通常必要でない動産」
サラリーマンマイカー訴訟 〜生活に通常必要でも必要でなくもない資産
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)


 以上、本判決が判断したことは、「対応関係の判断にあたって重みを考慮しない」ということまでであって。「対応関係をどのような事情からどのように判断するか」という肝心の部分については、「事例判決」どまりで規範命題を示していない、ということになります。

 そういう観点から、運営作成の「判示事項・裁判要旨」を読んでみると、かなりポイントをおさえた記述になっているなあと、あらためて感心します(余計なことが書いていない)。

判示事項
消費税法(平成27年法律第9号による改正前のもの及び同改正後のもの)30条2項1号にいう「課税資産の譲渡等にのみ要する」課税仕入れと「課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要する」課税仕入れとの区別

裁判要旨
消費税法(平成27年法律第9号による改正前のもの及び同改正後のもの)30条2項1号にいう「課税資産の譲渡等にのみ要する」課税仕入れとは、当該事業者の事業において課税資産の譲渡等にのみ対応する課税仕入れをいい、課税資産の譲渡等のみならずその他の資産の譲渡等にも対応する課税仕入れは、全て同号にいう「課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要する」課税仕入れに該当する


 にもかかわらず、調査官解説が、(課税庁に対する民間の業界誌のごとく)別働隊として「客観説」を拡散しようとしているのだとしたら、あまり感心しない。

【通達行政どころか業界誌行政】
法廷意見をHACKしよう!! 〜最高裁令和6年5月7日判決における多数意見vs補足意見
「反制定法的解釈について」 〜問d(フリマアプリ等により商品を仕入れた場合の仕入税額控除)

 そうはいっても、課税庁・審判所・地裁・高裁レベルでは、調査官解説を素直に《文言解釈》して、無理やりにでも客観のみで結論を導いたことにするのでしょう。
posted by ウロ at 09:01| Comment(0) | 判例イジり