年末調整、色んな人が関わっているせいか、各人独自の運用ルールに結構な確率で出くわします。あるいは、「しかた」に書かれていることが大正義、という人(以下《しかた系》の人といいます。)に出くわしたり。
令和6年分 年末調整のしかた(国税庁)
年末調整のようなものすら、いちいち条文から意味をとろうとする私とは、相互に理解しあえない壁があるわけです(どちらかといえば、私のほうがおかしい)。
リーガルマインド年末調整(その1) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド年末調整(その2) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド年末調整(その3) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド年末調整(その4) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
が、年末調整なんて、必ずしも税に明るくない企業の皆さんに、お国に変わって年1回やっていただくものであって。法令の建前なんかより、運用しやすさを優先すべきものなのでしょう。
法令から導かれる解釈だけ主張していても、現場の実務家としてはやっていけないというのが現実。
最近でも、インボイスの「古物商特例」につき、正面から法令に反する運用が、民間の業界誌経由で公表されたりして。真面目に条文解釈することの無意味さを、思い知らされたところです。
「反制定法的解釈について」 〜問d(フリマアプリ等により商品を仕入れた場合の仕入税額控除)
それでもなお、懲りずに愚直な条文解釈を、以下展開してみます。
◯
今回の素材は「休職者」の年末調整における扱い。
休職者でも、年中に給与の支払があった人は年末調整の対象になる、というところまでは、一般に理解されているところかと思います。が、いつ実施すべきかについては、特に根拠もなく、通常の在職者と一緒に12月(or翌年1月)で処理してしまっているのではないでしょうか。
が、法律上、年末調整の実施時期は「その年最後に給与等の支払をする」ときとされています(所法190)。休職者の場合、これがいつなのかといえば、休職するまで働いた分のお給料を最後にもらうとき、になるはずです。
が、休職の場合、休職期間を定めていたとしても、早期復帰したり延長されたりすることがありえます。つまり、休職開始時点では、年内最後の支払になるかどうかは分かりません。年内最後の締日が到来するまで、年内支払があるかないかが確定しません。
この点、所基通190-1(3)では、著しい心身の障害で「退職」した場合は、その時点で年末調整を実施すると書かれています。
所基通190-1(中途退職者等について年末調整を行う場合)
次に掲げる場合には、それぞれの場合に該当することとなった時において法第190条の規定を適用するものとする。
(3)給与等の支払を受ける者が著しい心身の障害のため退職した場合で、その退職の時期からみてその年中において再就職することが明らかに不可能と認められ、かつ、退職後その年中に給与等の支払を受けることとなっていないとき。
想像するに、これは「働けないなら当然退職する」という時代のルールであって。「在職しながら休職する」という昨今の休職制度の存在は想定されていないのではないでしょうか。
そうだとすると、休職制度のもとで年内復帰が見込めない場合にも、休職時に年末調整を実施すべきと解釈されることになるのではないでしょうか。逆に、見込みがあるならば、年末調整を先送りにすることになると(ちなみに、「死亡」した場合は通常復活しないので、こういった見込み判定が不要となります)。
◯
なお、「年末調整」という用語のせいで、「年末調整」は年末だけに実施するものだと思われがちです。ベンダー各社も、10月、11月ころになってようやく当年分の年調システムをリリースしだすところですし(で、バグが発生して業務が止まる)。
が、正確に表現するならば「年内最後の支払時調整」というべきでしょう。
【年内最後の支払時調整】
・年末調整
・死亡時年調
・出国時年調
・退職時年調
・休職時年調
◯
「休職時年調」を実施する場合の帰結は、出国時年調の処理と平仄をあわせるならば、次のとおりとなるはずです。
No.2517 海外に転勤する人の年末調整と転勤後の源泉徴収
【休職時年調】
1 配偶者控除などの扶養の状況は、休職前最後の給与支払時の現況で判定する。
2 配偶者控除の配偶者の所得などは、休職前最後の給与支払時点での年内見込みで判定する。
3 社会保険料控除などは、休職前最後の給与支払時まで納付したものが対象となる。
4(令和6年限り)休職前最後の給与支払が2024/6/1より前の場合、月次減税はもちろん年調減税の対象にもならない。
以下、補足です。
3につき、休職中で社保免除されるのは現行法上「産休・育休」の場合だけであり、「私傷病休業」は対象となっていません。休業中に相当な保険料を負担していたとしても、年内復帰できなければ、休職中の自己負担分は年末調整してもらえません。
4は、措置法本体には記述されず、施行時期の問題として附則に記述されています。
附則(令和6年3月30日 法律第8号)
第一条(施行期日)
この法律は、令和六年四月一日から施行する。ただし、次の各号に掲げる規定は、当該各号に定める日から施行する。
二 次に掲げる規定 令和六年六月一日
イ 第十三条中租税特別措置法の目次の改正規定(「第六節 その他の特例(第四十一条の三の三−第四十二条の三)」を「第五節の二 令和六年分における特別税額控除(第四十一条の三の三−第四十一条の三の十) 第六節 その他の特例(第四十一条の三の十一−第四十二条の三)」に改める部分に限る。)
第三十四条(令和六年分における特別税額控除に関する経過措置)
5 新租税特別措置法第四十一条の三の八第一項から第三項までの規定は、令和六年中に支払うべき同条第一項に規定する給与等でその最後に支払をする日が同年六月一日以後であるものについて適用する。
5/31までは定額減税制度が存在しない世界で年末調整をしなければならないので、1条2号だけでもカバーできそうなんですが。
「月次減税はだめでも年調減税はイケるはず!」という勘違いにフタをするためか、34条5項でダメ押し的に規定されています(が、そういう勘違いをする人は附則まで読まないというパラドックス)。
所得税法については、遡及課税を合憲とした例の判例があるせいで、誤解している人がいるかもしれませんが。法のデフォルトは遡及適用不可です。
「条文は大事!」と強調する人でも、なかなか附則までたどり着かないように思います。が、附則に重大なことが書かれていることがあり。決しておろそかにできないのが怖い。
少額特例と電気通信利用役務の提供 〜消費税法の理論構造(種蒔き編49)
◯
以上はあくまでも年末調整内での扱いであり。12月までの実績とのズレは「確定申告」で反映してくれや、ということになります。
とはいえ、現場ではおそらく他の在職者と合わせて、12月までの控除を取り込んで年末調整しているのがほとんどではないでしょうか。
「年調減税」については、上記附則の存在により、年内復帰の見込みがあろうがなかろうが、年末調整をいつ実施しようが、6/1以降に給与支払いがないかぎり、問答無用で適用ができません。
では、休職時点では年内復帰の見込みがあった(が復帰できなかった)として、年末調整を他の在職者と一緒に実施した場合、12月までの控除を取り込むことは許されるのでしょうか。
そもそも、最後の支払時に年末調整をしないで終わった以上、その後年内に支払がないのであれば、12月の年末調整の対象者には該当しない、という解釈もありえます。
また、12月の年末調整の対象者に該当するのだとしても、所得税法の書きぶり(「その年最後に給与等の支払をする時の現況」)からすれば、計算期間としては、あくまでも「その年最後に給与等の支払をする時」までしか取り込めないように読めてしまいます。
実施時期:年内最後の支払時+見込み判定
計算期間:年内最後の支払時まで vs 年末調整実施時まで
が、さすがに結論において不当すぎるゆえ、運用レベルで許容してもらえるものでしょうか。
お国が育休をやたらと推進していたり、あるいは私傷病休業(メンタル系)の利用者が増えてきているのが現状であり。休職まわりのルールをきちんと整備しておいてほしいところ。
◯
今までは、なんとなく12月年調で処理していたであろう休職者の扱いにつき、定額減税の闖入により、真面目に考えなければならなくなったということです。まあ、定額減税さえ終われば、また運用レベルでなんとなく処理できる状態に戻れるでしょうか。
2024年12月09日
リーガルマインド年末調整 〜休職者と年末調整
posted by ウロ at 09:27| Comment(0)
| 年末調整
2024年12月02日
内川毅彦「フローチャート消費税」(法令出版2022)
法制度を何でもかんでもフローチャート化することに対して、私自身は極めて懐疑的。
内川毅彦「フローチャート消費税」(法令出版2022) Amazon
下記記事では、専門家なのだから平文で書けば間違えなかったであろうことを、(共著の執筆方針に従ってか)無理にフローチャート化しようとしたことで間違ったチャートとなってしまった例と、その改善案を示しました。
法適用通則法5条と35条における連動と非連動 〜法律学習フローチャート各論
下記記事になると、完全におふざけモード(フローチャートイジり)に入っています。
フローチャートで遊ぼう。 〜フローチャート総論
消費税法も、ご多分にもれず複雑怪奇化しているのであり。余すことなくフローチャート化するには、もはや無理がある、というのが私の見立て。
◯
というあたりを意識しながら、本書を眺めてみたのですが・・。
たとえば、「特定新規設立法人」の特定要件や判定対象者につき、どのようにフローチャート化されているかを確認してみると。すでに「特定新規設立法人」に該当することの検討が終わったところから、チャートがスタートしてしまっています(P.20)。
肝心の特定要件・判定対象者については、「用語解説」(P.300)などというかたちで、巻末に平文で書いてあるだけ(ですし、分かりやすく表現しようとしたせいか、不正確な記述になっている)。意図的なのかどうか、難解な部分はフローチャートの外に出されてしまっているわけです。
また、「調整対象固定資産・高額特定資産」のフローチャートについて、ゴールが「3年縛り」が発動するかしないか、で終わってしまっています(P.26,27)。
が、これは途中経過にすぎず。3年縛りが発動するとして、当該3年度において、それぞれ本則/簡易/免税のいずれとなるのかという、肝心の結論部分が書かれていません。
【作用と帰結を取り違えている】
法律解釈のフローチャート(助走編)
・
私が何を意識しているかというと。
本書では、「3年縛り」が発動した場合の効果として、フローチャート外の解説部分に、免税事業者となれないほか「簡易課税制度の適用を受けることもできません」と書かれています(P.25)。が、同制度の(簡易に対する)効果は、簡易届出の提出制限であって、簡易不適用ではありません(厳密にいうと「3年縛り」ではなく「2年提出制限」ということ)。
これが「調整対象固定資産」の場合には、結果的に3年簡易不適用となりますが、それはあくまでも結果論です。「調整対象固定資産」が想定しているパターンだと、ちょうど結論が一致するというだけです。
他方で、「高額特定資産」の場合は、対象資産を限定する一方で、適用パターンを無制限に広げてしまったため、2年の提出制限を受けても、3年度中に簡易が発動する隙が生まれてしまっています。
これが立法の過誤なのか意図的にそうしているのか分かりませんが、そういう構成になっているということです。
ゆえに、「調整対象固定資産・高額特定資産」のルールをフローチャート化するというならば。適用されるパターンを細かく場合分けして、3年度それぞれが本則/簡易/免税のいずれとなるのかを潰していかなければ、正確な理解をすることはできないはずです。
本書のフローチャートは、スタートが遅い、または、ゴールが早いものとなっており。肝心の、難しい部分が省かれてしまっているということです。
・
もし、本書が非専門家向けの「学習書」だというなら、枝葉を切り落とした基本部分だけをチャート化するだけでも十分でしょう。が、本書の「まえがき」には税賠の件数・金額が載せられていて、これら事故の対策本のつもりで執筆したとあります。
基本を知らないなんてのはさておき。こういう枝葉の部分に潜む落とし穴に嵌まり込むのを防ぐことのほうが、税賠回避のためには必要なのではないでしょうか。
本書の記述を信じて、縛り期間中はおよそ簡易の適用なしと思い込んで本則で申告してしまったとしたら、どう対応されるのか。
◯
と、偉そうにいっていますが。
本件に関しては、私がたまたま「特定新規設立法人」「高額特定資産」あたりについて、微に入り細に入り条文を読み込んだ経験があったから気付いたにすぎません。
もし、今から手持ちの知識で消費税法の解説書を書けと言われたら、間違って理解している箇所が、いくつも出てくるのではないかと思います。
・
現行消費税法のような複雑な制度に対して、(手続的側面に限定したとしても)フローチャート単騎で突撃するのは無謀な試みであって。どうしても分かりやすく説明したいというならば、あの手この手の手法でアプローチしていかなければならないのだと、思います。
しかも、「ロジカルシンキング」など他所の道具立てを使うにしても、直輸入するのではなく。法学の特性に合わせて微調整する必要があるでしょう。
いずれにしても、出発点は条文にあるのであって。非効率とのそしりを受けようが、私は今後もひたすら条文読みに勤しむことにします。
・
なお、私が本書のような書籍に目を通すの。決して何か新しいことを学ぼうといったつもりからではなく。
表紙の「→」2つを見て(お気付きだろうか?)、「もしかして・・。」と思ってしまったから、です。
【表紙で気づく系】
道垣内正人「自分で考えるちょっと違った法学入門 第4版」(有斐閣2019)
橋内武・堀田秀吾「法と言語 改訂版」(くろしお出版2024)
「表紙から何かを受信する」なんて、およそ無意味な特殊能力ですが。これも含めて自分ゆえ、付き合っていかざるをえない。
・
あらためて、自分の条文知識を再確認するかぎりでは、まあよかったかなあと思います(強引にフォローする)。
内川毅彦「フローチャート消費税」(法令出版2022) Amazon
下記記事では、専門家なのだから平文で書けば間違えなかったであろうことを、(共著の執筆方針に従ってか)無理にフローチャート化しようとしたことで間違ったチャートとなってしまった例と、その改善案を示しました。
法適用通則法5条と35条における連動と非連動 〜法律学習フローチャート各論
下記記事になると、完全におふざけモード(フローチャートイジり)に入っています。
フローチャートで遊ぼう。 〜フローチャート総論
消費税法も、ご多分にもれず複雑怪奇化しているのであり。余すことなくフローチャート化するには、もはや無理がある、というのが私の見立て。
◯
というあたりを意識しながら、本書を眺めてみたのですが・・。
たとえば、「特定新規設立法人」の特定要件や判定対象者につき、どのようにフローチャート化されているかを確認してみると。すでに「特定新規設立法人」に該当することの検討が終わったところから、チャートがスタートしてしまっています(P.20)。
肝心の特定要件・判定対象者については、「用語解説」(P.300)などというかたちで、巻末に平文で書いてあるだけ(ですし、分かりやすく表現しようとしたせいか、不正確な記述になっている)。意図的なのかどうか、難解な部分はフローチャートの外に出されてしまっているわけです。
また、「調整対象固定資産・高額特定資産」のフローチャートについて、ゴールが「3年縛り」が発動するかしないか、で終わってしまっています(P.26,27)。
が、これは途中経過にすぎず。3年縛りが発動するとして、当該3年度において、それぞれ本則/簡易/免税のいずれとなるのかという、肝心の結論部分が書かれていません。
【作用と帰結を取り違えている】
法律解釈のフローチャート(助走編)
・
私が何を意識しているかというと。
本書では、「3年縛り」が発動した場合の効果として、フローチャート外の解説部分に、免税事業者となれないほか「簡易課税制度の適用を受けることもできません」と書かれています(P.25)。が、同制度の(簡易に対する)効果は、簡易届出の提出制限であって、簡易不適用ではありません(厳密にいうと「3年縛り」ではなく「2年提出制限」ということ)。
これが「調整対象固定資産」の場合には、結果的に3年簡易不適用となりますが、それはあくまでも結果論です。「調整対象固定資産」が想定しているパターンだと、ちょうど結論が一致するというだけです。
他方で、「高額特定資産」の場合は、対象資産を限定する一方で、適用パターンを無制限に広げてしまったため、2年の提出制限を受けても、3年度中に簡易が発動する隙が生まれてしまっています。
これが立法の過誤なのか意図的にそうしているのか分かりませんが、そういう構成になっているということです。
ゆえに、「調整対象固定資産・高額特定資産」のルールをフローチャート化するというならば。適用されるパターンを細かく場合分けして、3年度それぞれが本則/簡易/免税のいずれとなるのかを潰していかなければ、正確な理解をすることはできないはずです。
本書のフローチャートは、スタートが遅い、または、ゴールが早いものとなっており。肝心の、難しい部分が省かれてしまっているということです。
・
もし、本書が非専門家向けの「学習書」だというなら、枝葉を切り落とした基本部分だけをチャート化するだけでも十分でしょう。が、本書の「まえがき」には税賠の件数・金額が載せられていて、これら事故の対策本のつもりで執筆したとあります。
基本を知らないなんてのはさておき。こういう枝葉の部分に潜む落とし穴に嵌まり込むのを防ぐことのほうが、税賠回避のためには必要なのではないでしょうか。
本書の記述を信じて、縛り期間中はおよそ簡易の適用なしと思い込んで本則で申告してしまったとしたら、どう対応されるのか。
◯
と、偉そうにいっていますが。
本件に関しては、私がたまたま「特定新規設立法人」「高額特定資産」あたりについて、微に入り細に入り条文を読み込んだ経験があったから気付いたにすぎません。
もし、今から手持ちの知識で消費税法の解説書を書けと言われたら、間違って理解している箇所が、いくつも出てくるのではないかと思います。
・
現行消費税法のような複雑な制度に対して、(手続的側面に限定したとしても)フローチャート単騎で突撃するのは無謀な試みであって。どうしても分かりやすく説明したいというならば、あの手この手の手法でアプローチしていかなければならないのだと、思います。
しかも、「ロジカルシンキング」など他所の道具立てを使うにしても、直輸入するのではなく。法学の特性に合わせて微調整する必要があるでしょう。
いずれにしても、出発点は条文にあるのであって。非効率とのそしりを受けようが、私は今後もひたすら条文読みに勤しむことにします。
・
なお、私が本書のような書籍に目を通すの。決して何か新しいことを学ぼうといったつもりからではなく。
表紙の「→」2つを見て(お気付きだろうか?)、「もしかして・・。」と思ってしまったから、です。
【表紙で気づく系】
道垣内正人「自分で考えるちょっと違った法学入門 第4版」(有斐閣2019)
橋内武・堀田秀吾「法と言語 改訂版」(くろしお出版2024)
「表紙から何かを受信する」なんて、およそ無意味な特殊能力ですが。これも含めて自分ゆえ、付き合っていかざるをえない。
・
あらためて、自分の条文知識を再確認するかぎりでは、まあよかったかなあと思います(強引にフォローする)。
posted by ウロ at 10:15| Comment(0)
| 消費税法