冗談みたいな記事に仕上がってしまったので、一旦4月1日に公開したのですが、加筆修正したものを再掲いたします。
◯
判例解説の解説なんて、ある種の禁忌かもしれません。
が、「あまりにも対象判決の解説になってなさ過ぎ!」と逐一ツッコミを入れながら読んでしまったので、以下、一部をお裾分け。
解説の対象となっている判決は東京地裁令和3年2月26日判決です(以下「本判決」といいます)。
争点は「外注のつもりで支払って仕入税額控除を適用したのに、給与認定されて否認された」という、実務ではお馴染みのやつにすぎません。ので、本来であれば、本ブログが取り上げる(イジる)タイプの判決ではありません。
が、本記事のイジり対象は、本判決そのものではなく下記「判例解説」です(以下「本解説」といいます)。
新・判例解説Watch 租税法 No.169(TKCローライブラリー)
「消費税法における事業者概念」というタイトルからして外しまくっているのですが、中身のほうからツッコんでいきます。
◯
まず、解説の書き出しから。
P.2 一 本判決の特徴
本件で争われているのは、Aらに対するX社の外注費支払いが仕入税額控除を定める消費税法(以下「法」という。)30条1項にいう「課税仕入れ」となるかどうかであるから、その「課税仕入れ」の定義規定である法2条1項12号に該当するか否かが検討されるべきであった。
しかしながら判決は、「およそ役務の提供の対価として支払われる金員が所得税法上の『給与等』に該当するか否かを判断するに当たっては……」に始まり、Aらが受領した金員について「所得税法28条1項の『給与等』に該当する」という結論に至り、あたかも、本件が所得税法の事業所得か給与所得かが争われている事案であるかのような様相を呈している。
このような論理構成にするのであれば、その前提として、所得税法の事業者概念と消費税法の事業者概念が同一に解釈されるべきであることの言及が必要であった。
→
いきなりこんな感じ。どうもここに書かれている「法2条1項12号」の定義規定を読んでいない疑いがあります。
同規定は以下の通り。
消費税法 第二条(定義)
1 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
十二 課税仕入れ 事業者が、事業として他の者から資産を譲り受け、若しくは借り受け、又は役務の提供(所得税法第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等を対価とする役務の提供を除く。)を受けること(当該他の者が事業として当該資産を譲り渡し、若しくは貸し付け、又は当該役務の提供をしたとした場合に課税資産の譲渡等に該当することとなるもので、第七条第一項各号に掲げる資産の譲渡等に該当するもの及び第八条第一項その他の法律又は条約の規定により消費税が免除されるもの以外のものに限る。)をいう。
「あたかも」とか難癖をつけているのですが、本判決は同号に書かれている「所得税法第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等」に該当するかどうかを判断しているだけです。何かアクロバティックな珍解釈をかまして、特殊な「論理構成」を取ったわけでもありません。
ただ、本判決の書きぶりだと、「事業所得か給与所得か」の二択で判定するかのように誤読される感じではあります。が、課税要件事実論的にいえば、あくまでも「給与等に該当するかどうか」(以下、「給与該当性」といいます。)を判定すればよいのであり。事業所得であることは積極的に認定する必要はありません(このあたりは、高裁判決(東京高裁令和3年8月24日判決)で表現の調整が入っているところ。ちなみに、高裁でも納税者敗訴→からの上告不受理)。
そもそも、所得税法における所得分類の構造上、
1 給与所得か事業所得か
2 いずれでもなければ雑所得
という順序で検討することになるので、一旦は「給与所得か事業所得か」という問いの立て方をせざるをえないところがあります。
実際のところ、1で「給与所得ではない」と判定されたからといって、直ちに「事業所得」に該当するのではなく。「事業所得か雑所得か」は別途判定が必要となります。
このあたり、おそらくですが「雑所得はバスケットカテゴリー」という通念が、誤解のもととなっているように思われます。
【雑所得はバスケットカテゴリーか?】
一時所得がキモいのだが。
・
また、同号では「当該他の者が事業として当該資産を譲り渡し、若しくは貸し付け、又は当該役務の提供をしたとした場合に」とされていることで、A側の事業者性については、不問とされています。
それゆえ、仕入先が消費者だろうが免税事業者だろうが、そのことを理由に「課税仕入れ」から除外されることはありません(この穴をせっかくインボイス制度で塞いだにもかかわらず、《インボイスいらない特例》及び国税庁Q&Aが再度穴を拡げているという様相は、本ブログでも記事にしてきました)。
そのため本件においても、作業員側が「消費税法上の事業者」に該当するかどうかを判定する必要はないということです。
・
確かに、給与該当性の判断の中で、本件作業員が「消費税法上の事業者」かどうかを判定するという判断枠組みがありうるかもしれません。
が、消費税法は「事業として」と「事業者」を明確に使い分けているところであり。
【消費税法における「事業/事業者」】※先頭の記事も関連記事です
白石忠志「法律文章読本」(弘文堂2024)
消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編46)
消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編47)
消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編48)
他の法領域だと、同じ人が、場面によって事業者になったり消費者になったりすることがあるようです(法的概念の相対性)。
ところが消費税法では、なにかしら(消費税法上の)事業をやっていれば「事業者」となってしまいます。で、取引ごとの課税する/しないについては、「事業として」のほうでコントロールするという建付けになっています。
そのため、百歩譲って法2条1項12号のカッコ書きをガン無視し、作業員側の「事業性」を問題とするにしても、それはあくまでも本件取引が「事業」に該当するかどうかを判断することになるのであって。各作業員が「事業者」に該当するかという形で論じられることはありません。
・
また、消費税法がなぜ「給与等」を課税仕入れから除外しているのか、その制度趣旨にからめて「消費税法上の事業者性」を持ち込む、という手法がありうるかもしれません。が、「所得税法第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等」などと、お手本のような借用概念のハードルを超えるだけの、説得力のある根拠が必要になるでしょう。
【さよなら借用概念論】
非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その11)
非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その12)
「付加価値税」的な説明をせざるを得ないと思いますが、インボイス施行後において、付加価値税的要素はかなり希薄になっている、というのが私の見立て。
【さよなら付加価値税】
さよなら付加価値税 〜消費税法の理論構造(種蒔き編6)
・
上記のとおり、所得税法の側でも「給与/雑/事業」という分類となっているのであり。給与該当性を判断するためだけであれば、雑か事業かを区別する必要はありません。
それゆえ、給与該当性を判断するにあたって「その前提として、所得税法の事業者概念と消費税法の事業者概念が同一に解釈」される必要なんてないのであり。決めつけの角度がキツすぎる。
所得税法 消費税法
給与 = 給与
雑 ? 事業
事業 事業
同一であることを前提にしていることが分かるとしたら、具体的な判断の中で「所得税法上の事業者にあたらないから消費税法上の給与等に該当する」などと、消去法的な判断をした場合だけでしょう。
・
このように、本件のような課税仕入れ該当性の判断において「消費税法上の事業者」なんて概念を闖入させる必要はありません。消費税法=所得税法の給与該当性の問題を、事業該当性にすりかえ、さらに事業該当性を事業者該当性にすりかえるという、《二重の論点ずらし》をしなければ、到達しようがない高み(低み)。
【二重の論点ずらし】(以下「ふたえのずらし」といいます)
1 消費税法=所得税法の給与
↓
2 消費税法の事業
↓
3 消費税法の事業者
本判決を素材とした事例問題が出題されたとして、答案の書き出しで「本件では、作業員Aらが消費税法上の事業者に該当するかが問題となる。」などと問題提起をしたら、それだけで大減点されるはずです(下手すると0点か)。
にもかかわらず、なぜ本解説者が「事業者」の問題にしたがるのか。この点は後述します。
◯
P.3 二 消費税法における「事業者」
本判決で問題となっているX社による仕入税額控除の可否の前提として、AらのX社に対する役務提供が「事業者が行った資産の譲渡等」(法4条1項)に該当するかどうかが判断されなければならない。
→意味不明。
Aが「消費税法上の事業者」に該当するかどうかを判断する必要がないのは上記の通り。
仕入税額控除は仕入側の要件に従って判断すれば足りるのであり。わざわざ売上側の条文を持ち出す必要はありません。「仕入税額控除の可否の前提として」というのは、どういう条文解釈から導かれるものなのか、全く分かりません。
P.3 二 消費税法における「事業者」
(ただし、令和5(2023)年10月からの適格請求書等保存方式への移行により、個人が消費税の事業者になるためには、適格請求書発行事業者登録をしなければならない。)
→意味不明。
インボイス登録しようがしまいが、個人が事業を行えば事業者です。
消費税法 第二条(定義)
1 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
三 個人事業者 事業を行う個人をいう。
四 事業者 個人事業者及び法人をいう。
・
なお、消費税法においては、なにかしら事業をやっていれば事業者に該当してしまうことから、「事業者」要件が「事業として」要件と切り離されて単体で機能する場面なんて、ごくごく限られたものでしかありません。
その限られた場面の一つである「古物商特例」ですら、帰結がおかしいとして、業界誌&運営FAQにより空文化されてしまっているのであり。
「反制定法的解釈について」 〜問d(フリマアプリ等により商品を仕入れた場合の仕入税額控除)
また、消費税の課税要件として
1 事業者が
2 事業として
と並べられがち。ですが、要件事実論の観点からすれば1は過剰であり。
1 個人が
2 事業として
と主張すれば足りるでしょう(a+bの理論)。
法人の場合はさらに、
1 法人が
まで省略できます。
「課税要件事実論」なるものを展開したいのであれば。
実体法レベルの課税要件を個々の条文から抽出した上で、それらを一つ一つ、租税訴訟における立証命題として使える形に翻訳していく、という地道な作業から始めるべきであって。いきなり混み合った論点に飛び込んでいって小難しい議論を展開するようなものではない。と、私は思っています。
伊藤滋夫編「租税訴訟における要件事実論の展開」(青林書院2016)
ちなみに,下記の構成するシリーズ、所得税法、相続税法と出ており。『所得税法』に対する評価は下記記事のとおり(『相続税法』は未読)。
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)
もし『消費税法』が『所得税法』と同じノリで出版されたら、きっとはちゃめちゃな内容となることが予想されるので、楽しみにしておきます。
◯
P.3 三 通達4基準の検討
通達4基準の中身につき、それぞれ検討されていることそれ自体は参考になるものです。
が、問題は、本判決が「参考」といいながら、結局のところ通達に全面的に依存していることにつき、「租税法律主義」の観点からの批判がないことです。
「参考」にするまではよいとして。司法機関なんだから、ちゃんと自分のところで規範定立しなさいよと。
【通達の文言解釈】
解釈の解釈を解釈する(free rider) 〜東京高裁平成30年7月19日判決
解釈の解釈の終わり? 〜さらば東京高裁平成30年7月19日判決
解釈の解釈は終わりました。〜最高裁令和2年3月24日判決【判例速報】
◯
P.4 四 事業者の定義のありかた
令和5(2023)年10月からは、適格請求書発行登録事業者(課税事業者)以外からの課税仕入れの税額控除は認められないため、本件のAらのように、課税事業者になる意思も売上げもない者に支払う外注費の仕入税額控除の可否が問題になることはないであろう。
→
「意思も売上げもない」とか、すいぶん侮辱的な言い草だなあと感じるものの。ここに本解説全体を支配しているナニカがあるような気がします。
というのはさておき、経過措置(8割控除・5割控除)があるのだから、給与該当性はまだしばらくは問題となります。
【8割控除・5割控除】
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版補遺
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版余滴
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 確定版
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 決定版
◯
P.4 四 事業者の定義のありかた
消費税の母国であるEUにおける共通ルール(2006年付加価値税指令)では、納税義務者(事業者)を「独立して、あらゆる場所で、あらゆる経済活動を行う者をいい、当該活動の目的または結果を問わない」と定義する(指令9条1項)。このように付加価値税の事業者は、まずは課税事業者登録(付加価値税番号登録)をしていることを前提として、「独立して経済活動を行っている」という活動実態に着目する。
→さて種明かし。
本解説。要は、EU付加価値税指令では「事業者」の定義があるのに、日本の消費税法にはそれがない(だから日本はダメなんだ)、ということが言いたかっただけなんじゃないでしょうか。
「登録しなけりゃ消費税の事業者になれない」とか、完全にここの記述に引っ張られていますよね。
本判決がきちんと日本の消費税法の条文に従って「給与該当性」を判断しているというのに、どうにかして「事業者」性の問題に引きつけようとしていたのではないかと。
タイトルの「消費税法における事業者概念」というのも、本判決が論じてもいないことをミスリードする気満々だということが、よくわかります。
・
なお、指令レベルで定義規定を設けたとて。各国の国内法に反映され、各国の裁判所が個別事案ごとに解釈適用していくわけですよね。
このことと、日本のような国で、通達で判断基準が示され、裁判所がそれを「参考」として解釈適用していくことと比べて、「法的安定性」という意味ではどれほどの差があるというのでしょうか。
◯
もちろん私だって、本解説一本読んだくらいで、こんな角度のきめつけをするほど、粗忽ではありません。
が、下記書籍のChapter1,4を、初版、第2版とも読んだうえでの本解説でしたので、完全にトドメを刺されてしまいました。
佐藤英明,西山由美「スタンダード消費税法 第2版」(弘文堂2025) Amazon
佐藤英明,西山由美「スタンダード消費税法」(弘文堂2022)
上述した「法2条1項12号を読んでいない」という評価も、同書の第2版で、居住用賃貸建物の調整規定は「転用」に適用されるが「売却」の場合には適用されない(P.287)などといった記述を見たことから、「あ、こっちもか!」と思ったことによるものです。
法35条の2第1項(転用)は読んでおきながら第2項(譲渡)は読まないなんて、そんな雑な条文の読み方をするやつはいないはずであって。はじめから「日本の」消費税法の条文を読んでいない、とでも考えないかぎり、こういう記述にはならないだろうと。
◯
最後にいっておきますが。
私自身は、同書のChapter1,4がそういう感じなお陰で、上記書評記事から始まって、「消費税法の理論構造」という仰々しいサブタイトルをつけた記事を書くこととなりました。
結果、「日本の」消費税法について、薄ぼんやりとしかわかっていなかったことが、だいぶ理解できるきっかけとなりました。
それゆえの、あくまでも恩返しのつもりでやっているのであり。決して意趣返しなどではありません(いや、本当に)。
・
消費税法を学習するにあたっての導入ルートとして、私個人は
1 「スタンダード消費税法」のChapter2,3
2 「消費税法の実務詳解」
というルートをおすすめしているところなんですが。
藤枝純,遠藤努「消費税法の実務詳解」(中央経済社2021) Amazon
これを「表ルート」としつつ、アクティブ・ラーニング用の「裏ルート」として、
1 「スタンダード消費税法」のChapter2,3
2 同書のChapter1,4
3 本解説者が「日本の」消費税法につき書かれたもの
と、あえて茨の道を突き進むことで、より深く日本の消費税法について理解できるようになるかもしれません。
いずれにしても、「日本の」消費税法について何事かを語りたいなら、「日本の」消費税法の条文はきちんと読みましょうね、というただそれだけのお話し。
【アクティブ・ラーニング】
後藤巻則「契約法講義 第4版」(弘文堂2017)
「新 実務家のための税務相談(民法編) 」(有斐閣2020)
金井高志「民法でみる法律学習法 第2版」(日本評論社2021)
2025年04月07日
「判例解説」の解説という禁忌(新・判例解説Watch 租税法 No.169(TKCローライブラリー))
posted by ウロ at 08:53| Comment(0)
| 消費税法