2018年01月24日

前田庸『手形法・小切手法入門』(有斐閣 1983)



前田庸 手形法・小切手法入門(法学教室全書)(有斐閣 1983)

 さしあたって手形法や小切手法を学問的に深く学ぶ必要性はないんですが、学生時代に一生懸命読んだ本で、あらためて読み返してみました。
 昔に比べると、頭の働きが落ちているのは間違いないんですが、当時読み込んでた本を読み返すことで、かつての頭の動かし方をなぞる感じになって、脳の働きが活性化するような気がします。

 私が受験生だった当時でも、すでにこの本で勉強する人はだいぶ減ってて、私自身も最終的には無難に判例・通説をベースに勉強することになりました。

 本試験でも、今までは会社法と手形法・小切手法の2問というのが多かったのが、会社法と商法総則・商行為法の2問という組み合わせもちらほら出てきてました(たぶん)。
 なので、手形法・小切手法の勉強だけにあまり時間を使えない、という状況でもありましたし。

 この本1983年刊ですが、今読んでもあまり古さを感じませんでした。
 それは手形法・小切手法というジャンルの特性か、あるいは前田理論の特性か、両方かもしれませんが。

 前田理論というのを説明しておくと、手形取引の安全を強く保護すべきという「価値判断」を前提に、

・創造説:
 手形書いたら手形債務が発生する
・二段階手形行為論:
 手形行為を「手形債務負担行為」と「手形権利移転行為」に分解する
・手形権利移転行為有因論
 手形権利移転行為は原因関係に影響を受ける

という一連の理論から構成されています。

 ものすごい大雑把に説明していますので、なんのこっちゃ分からないかもしれませんが、要するに、手形取引の過程に多少の問題があってもなるべく手形取得者を保護できるようにする、ための理論構成になっています。

で、この本の特徴というのが、

 1 とある論点につき、まず事例をいくつかあげる
 2 それぞれ、こういう結論をとるべきだという「価値判断」を示す
 3 それらの結論の導くための「理論構成」をする

という流れで書かれているという点です。

 理論構成それ自体が正しい、という主張ではなくって、このように理論構成すればこれら価値判断を整合的に導くことができる、のでこのような理論構成をとるべきだ、という主張になっています。

 普通の本だと、こういう価値判断をあらかじめはっきり書かないで、いきなり理論構成のほうに入ってしまうことが多いのですが、この本だとそのような誤魔化しがありません。

 普通の本でも、本当は、価値判断が先にあった上で理論構成しているはずなのに、あたかも価値判断抜きの条文解釈から理論構成が導かれたかのような書き方をしがちなので、いまいち理解しにくいところがあります。
 これに対して、この本だと、先に前田先生自身の価値判断をはっきり書いてくれているので、どうしてそのような理論構成をとるのかが、はっきりと理解できます。

 ちなみに、個人的な見解ですが、学生にとって法律書が理解しにくいのは、決して理論的な部分が難しいからではなく、社会経験が乏しい中で、(特に複雑な事例において)どのような価値判断をしたらいいのかが分からないから、ではないかと思うんです。

 なので、こうやってきちんと価値判断を示してくれると、とても読みやすくなると思うんです。

 で、理論構成のほうですが、価値判断を導くための理論構成と書くと、いかにもその場その場の結論を導くためだけの理論構成であるかのように思ってしまうかもしれませんが、そうではなく、他の事例でも同じ価値判断に基づく結論を導くことができるような、周到な理論構成になっています。

 なので、読み進めていくうちに、次の論点がでてきたときに、前田理論だとどのような結論が導けるかが予測できるようになります。

 この前田理論に対しては、手形取引の安全を保護するためとはいえ、手形を作った時点で手形「債権」が発生するより前に、独立して手形「債務」だけが発生するなんて技巧的、みたいな批判がありました。
 でも、批判者が前提としている、売ります買いますの意思が一致したら債権債務が同時に発生する、とかいう「普通の」契約理論だって、決して自然現象というわけでもなんでもなく、ある一定のお約束事にすぎないのであって、あんまり批判にはなっていないと思うんです。

 実際にこれが問題になるのも、手形取得者が誰かしらに手形に基づく請求をしようとする場面であり、手形取得者から遡って誰が手形債務を負担するかを検討すればいいのであって、なんの争いのない場面では、まず手形債務が発生して、それから・・・、なんてことを考える必要はないですし。

 ちなみに、いまどき流行りの「信託ちゃん」だと、一旦「委託者=受託者=受益者」で信託成立させてから受益権を売り出す、みたいなことが認められています。
 手形・小切手のようなオールドタイプには理論を振りかざしておきながら、信託のようなハイカラなものには実務の側にすり寄って認めてしまう。なにその理論、と思わなくもない。

 前田理論を批判するとしたら、手形取引の安全を強烈に保護しようとする、その価値判断にあると思います。
 現実には手形が転々流通するなんてことほとんど無くて、あったとしてもそんな取引を強く保護すべき、なんて現実的な要請は存在しない、手形が転々流通するなんてのはもはやナニワ金融道の世界にしかないんだ、という点だと思います。



 なので、理論的には完全無欠の前田理論も、現在の手形法・小切手法の解釈論としては通用しない、ということになるのではないかと。

 そういうことからすると、手形・小切手には通用しないとしても、今後、「財産的価値をのっけて転々流通させるもの」が開発されて、その取引の安全を強烈に保護すべき、という要請がある場合には、前田理論をまるごと輸入してくればいいんじゃないかと思うんです。
 そういう汎用性のある理論ですので。
 条文解釈からかけ離れてる、みたいな批判もあったので、じゃあ書いちゃおう、という話。

 『入門』とは別に「体系書」もあって、ぜひ読み通したいんですが、ちょっと余裕ないです。



前田庸 手形法・小切手法 (法律学大系) (有斐閣1999)

 全くの余談ですが、この「法律学大系」というシリーズ、いいラインナップだったし、文字組みや装丁、紙質なんかがもの凄く好みのタイプだったんですが、いつの間にかしれっと無くなってました。
 「創立○周年記念!!」みたいなやつの企画だった気がするんですが。

【好きがこじれるとこうなる。タチが悪い】
「法律学大系」(有斐閣) 〜或るstalk。
posted by ウロ at 17:54| Comment(0) | 会社法・商法
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