税理士にリーガルマインド(法的思考力)を優しく教えてあげる、という感じの本。
頑張って優しく説明しようとしてくれてるのは分かるんですが、如何せん、著者の木山先生が、税務訴訟を専門的に扱う弁護士事務所の弁護士であり、主戦場が裁判所ということからか、「中小企業」の税務顧問や調査対応をしている大多数の税理士にとっては、自分たちの扱っている実務からにはちょっと遠いなあ、と感じるんじゃないでしょうか。
実務に活かすには、自分で頑張って応用していかないといけない感じ。で、その応用力を養成してくれる本もさらに必要、みたいな。
木山先生も、税理士の「実務」というものがある、こと自体は認識されているみたいなんですが、それもあくまで「法の下」にあるはずだということで、法の側からの説明がメインになってしまっています。
弁護士さんからしたら、そう論じることが当たり前といえば当たり前なんでしょうが、税務調査における調査官との交渉のルールと、審判所・裁判所でのルールとの間にそびえ立つとてつもなく大きな壁の存在が意識されてないんじゃないかなあと。
調査 ←そびえ立つ壁→ 審判所 ←そびえ立つ壁→ 裁判所
もちろん、調査における交渉においても、類似事案の裁決例・裁判例を念頭におきつつ、ということはあるにはあるんですが、「じゃない」世界のルールというのがかなり幅をきかせています。
ので、ただ審判所・裁判所でのルールはこうですよ、と説明するだけではなく、そのルールをいかに「じゃない」世界に持ち込めるか、逆に、場合によっては、持ち込ませないことが実務的には重要になってくるわけです。
じゃない世界(納税者不利) ← 裁決例・裁判例(納税者有利)
持ち込む
じゃない世界(納税者有利) ← 裁決例・裁判例(納税者不利)
持ち込ませない
この「持ち込む/持ち込ませない」という戦略をいかに立てるかが、税務調査を主戦場とする通常の税理士にとっては大事で、そういった視点で裁決例・裁判例を目的的に読む必要があります。
ちなみに、「持ち込ませない」といっても、文字通りの持ち込ませないというだけでなく、本件とは事案が違うってことで射程をずらすとかも含みます。
税理士向け、を強く謳うんであれば、同じ内容を完全トレースしたものを、中小企業税務の経験豊富な税理士に「実践編」て感じで肉付けしてもらったら、いい本ができあがるんじゃないですかね(素材はいいのでより税理士向けに仕上げたら、というポジティブ評価)。
○
あの、「実践編」も出版されてるみたいなんですが、「税務判例の読み方」の本らしく。
もちろん、上に書いたとおり、実務で判例を参照することもあるにはありますが、どちらかといえば、最高裁判例がでるような大論点よりも、参照すべき判例がないような細かい領域が問題になることのほうが多いです。
ので、「実践」というならば、そういう領域でどうやってリーガルマインドを活かしていくか、のほうが多くの税理士にとって関心が高い気がします。
私も昔、法学の教科書とか読んで勉強していたときのことを思い出すに、その教科書に含まれる成分て、たとえば、「甲と乙が丙に向けて同時に拳銃撃って丙が死亡したが、どちらが死因かが不明な場合、甲乙に殺人罪が成立するか」みたいな教科書事例とか、あるいは、最高裁まで争いになるようなややこしい論点だったり、要するに『アブノーマル』な処理についての記述がメインなんですよね。
でも、世の中の大多数の事案は、たとえば刑事法であれば、有罪であることに争いはなくってスムースに処理されていく事案なのであって、まずは『ノーマル』な事案の処理を一通り学ぶべきじゃないかと思うんです。
いきなり「不条理系」のストーリーを展開するよりも、最初の数話は「日常系」のストーリーから入ったほうがいいんじゃないの、みたいな。
そのほうが、より強いカタルシスを得られるでしょうし。
○
話は変わって、この本の中の「立証責任」に関する記述を読んでて私の頭に浮かんだのが、次のような、税理士と国税調査官との会話。
調査官:これ仮装隠蔽にあたるから重加算ね。
税理士:え、違うと思いますけど。
調査官:違うというならその根拠となる裁判例なり審判例を出しなよ!
税理士:承知しました!探してきます!
こんな感じの。
調査官に吹っ掛けられてるのに、全く気づかないという。
立証責任を知らないのか、あるいは、自分で探すつもりはなくってどうせ自分の事務所の職員に探させるから安請け合いしてるだけなのか、分かりませんが、まあアレですよね。
こういう場合は、
・その場では「仮装隠蔽の事実を証明するのは調査官側なんだからまずはそちらで仮装隠蔽にあたるとする根拠を示してください」と反論しつつ、
・納税者側に立証責任がないからといってそこに胡座をかかず、先回りして調査官が出してきそうな判例・審判例を探し、その射程は本件には当てはまらないことを固めておき、
・さらに仮装隠蔽にあたらないことの根拠となる判例・審判例を探しておく、
までやるのがあるべき調査対応ですよね。
単に、「立証責任は国税側にありますよ」とだけ言っても、上記「仮想例」レベルの人には意味があるかもしれませんが、実際の調査対応ではそこから先のほうが重要だと思います。
○
仮想ついでに徴収場面での事例も。
徴収官:国税の滞納がありますので、今後財産差押えますよ。
税理士:待ってください、資金繰り苦しいので猶予してもらえないでしょうか。
徴収官:どちらのほうですか?
税理士:???
徴収官:換価か納税か、ということですが・・・。
税理士:もちろん納税に決まっています!!!
(心の声:納付を待ってくれっていってんだから、納税に決まってんだろうが)
徴収官:納税の猶予のどの要件満たしていますか?
税理士:承知しました!調べてきます!
こんなん。
徴収官も、この人、猶予制度ちゃんと知らなそうだな、と思ってわざとこういう意地悪な対応してるんでしょうが、それに見事に引っかかるという例。
・徴収手続きには、督促⇒差押え⇒換価⇒配当、という段階がある。
・「換価の猶予」はすでにされた差押えの換価を待ってもらうもの。
・「納税の猶予」はこれからの差押えを待ってもらうもの(+すでにされた差押えにも影響有り)。
・これからの差押えを猶予してもらうのであれば「納税の猶予」なのは当然であってわざわざ聞くことでもない。
・でも、単に資金繰りが苦しいだけではふつう「納税の猶予」の要件は満たさない。
といった前提知識があれば、こういう会話の流れにはならないはずですよね。
これはリーガルマインド云々といった高尚な話しではなくって、徴収官と交渉に行く前に、付け焼き刃でもいいから、国税通則法なり国税徴収法の知識を仕入れておきなさいよ、という単純な話です。
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