森田宏樹「契約責任の帰責構造」(有斐閣2002)
結果債務:
一定の結果を実現すべきことを内容とする債務
例:売買契約
手段債務:
ある結果の達成自体ではなく、それに向けて最善の処置を行うことを内容とする債務
例:診療契約
たとえば、「売買契約」なら、特定の物を給付できなかった以上、原則として債務不履行になるのであって、給付できるように最善を尽くしたからといって、それを理由に免責されるわけではありません。
他方で、「診療契約」なら、患者が完治しなかったからといって直ちに債務不履行と評価されるのではなく、完治に向けて最善の努力を払ったかどうかで評価されることになります。
もちろん、これは図式的な説明であって、売買契約でも、なかなか市場に出回らないレア物を手に入れてくれたら買うよ、という契約をした場合、手に入れるために最善の努力を払ったか、が債務不履行の成否に影響を与えるとか、診療契約でも、簡単な病気であれば完治させることが債務の内容になることもありうるでしょう。
売買契約:結果債務(通常) 手段債務(稀に)
診療契約:手段債務(通常) 結果債務(稀に)
このように、売買契約だから必ず結果債務、診療契約だから必ず手段債務、ということではないにしても、契約当事者が当該契約において何を引き受けたか、どのような場合に契約違反となるか、を分析するための道具として、「結果債務・手段債務」概念は有用だと思います。
○
で、なんでこんな民法学上の概念の説明をしたかというと、前回の記事で「親族」にまつわる税法と民法の関係に触れたときに、「印紙税法」のことを思い出したからです。
たとえば、印紙税法別表第一の第2号では「請負に関する契約書」が課税文書とされています。ここでいう「請負」は民法上の請負と同義とされています(借用概念の統一説)。
印紙税法て、税法の中でもさらに特殊な領域で、この「請負」にあたれば課税文書だけど、請負にどんなに近くても請負「そのもの」と判断されないかぎりは不課税、となります。でも、今どき、請負は課税されるが委任は課税されない、とすることに合理的な根拠はないと思います。
しかも、文書に書かれざる当事者の意思を探求する、などということはせず、あくまでも文書の記載内容から判断することになっています。もちろん、タイトルに「委任契約書」と書いてあれば請負でない、と判断するわけでなく、本文の記載内容に請負の要素を含んでいるかどうかで判断します。
この請負に近い契約類型が「委任」です。印紙税法の調査でも、この請負/委任の違いが課税/不課税の分かれ目になるので、よく問題になります。
請負:
当事者の一方(請負者)がある仕事の完成を約し、相手方(注文者)がその仕事の結果に対して報酬を支払うことを内容とする契約(民法632条)
委任:
当事者の一方(委任者)が法律行為をすることを相手方(受任者)に委託し、相手方がこれを行うことを内容とする契約(民法643条)
印紙税法のほうでは定義規定を用意せず、もっぱら民法上の概念に頼っているんですが、従前、民法学上では契約類型の役割というものがあまり重視されていませんでした(典型契約論のお話し)。
というのも、たとえば、ある契約が「請負」と性質決定されたからといって、民法632条以下の「請負」の規定だけが適用されて他の契約類型の規定が全面的に排除されるわけではなく、個別の条項については当該契約の趣旨やら当事者の意思によって、一部「委任」や「雇用」の規定の適用もありうる、という考えが主流だったためです。
最近は契約類型の役割を重視する見解もでてきてますが、印紙税法が頼りにできるほどの議論の積み重ねはそれほど無いかと思います。
で、この請負/委任の区別をするのに、結果債務/手段債務概念が有用ではないかと思って、実際、印紙税の調査でもわざとらしく大々的に論じたことがあります(印紙税法なので代理権限ないのに)。
つまり、
・請負 仕事の完成が目的 ⇒結果債務
・委任 仕事の完成が目的ではない ⇒手段債務
・本件文書は仕事の完成が目的ではないから請負ではなく、課税文書ではない。
といった感じのことを長々と。
とはいえ、調査官も、軽い気持ちで課税文書じゃね、といっただけでそんな本気で争われると思ってなかったんでしょう、すぐに主張を引っ込めてしまいましたが。
もちろんこの理論も万能ではなくって、そもそも、当該契約において何を結果とし何を手段とするか、ということ自体、判断が難しい場合があります。「そういう手段をとることが結果として求められているんだから全ての債務は結果債務だ」みたいな理屈も言えますし。だからこそ、課税文書かどうかが争われるんでしょうけど。
森田先生の本でもフランスにおけるそういった議論を紹介されているところです。
とはいえ、何の道具立ても無しに、闇雲に請負か委任かを論ずるよりは、軸ができるので論じやすいはずです。
以上、こういうのが、私の思う「実践的税務リーガルマインド」というものです。
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