前回の記事からゆるーく引き続いて、民法×印紙税法の話しをします(どちらが受け×攻めかは、以下を読んで各自お考えください)。
ふと思ったのが、たとえば、AB間で、本当は売るつもりもないのに、Aはもう甲土地持ってないとかBが甲土地持ってるってことを見せかけるために、A所有の甲土地の売買契約書を作ったら、印紙税課税されるんだろうかと。
これ、民法94条の「虚偽表示」の典型例なので、契約は「無効」なわけです。
他方で、印紙税法とか同基本通達をみると、契約の「成立」を証明する目的で作成される文書が契約書(=課税文書)だといってます。
さて、契約が「無効」な場合、契約は「成立」しているんでしょうか。
普通の日本語的な感覚からすれば、無効なんだから成立してない、そんなの当たり前、てなりそうなところですが、残念ながら法律学って普通の人の素直な感覚が通用しなかったりします。
この契約の「成立」と「無効」の関係について民法学上どういわれているかというと、外形的に意思表示が合致している場合に契約が「成立」するが、その意思表示の中身に問題がある場合に「無効」になる、というように、二段階に分けた整理がされています。
そうやって、二段階に分けたほうが、契約の成否判断しやすいでしょ、ということらしく。
成立要件: (成立/不成立)
意思表示が外形的に合致しているかどうか
効力要件: (有効/無効)
意思表示の内容に問題がないかどうか
ということで、虚偽表示の場合でも契約は「成立」してるから、印紙税法上の課税文書になる、という結論になるわけですね。
じゃあってことで、中学生同士がふざけて自分が持ってもいない甲土地の売買契約書作ったらどうなんでしょうか。
この場合、他人物売買でも有効だし(民法560条)、未成年者による契約も取り消しうるにすぎないわけです(民法5条)。
また、未成年者には意思表示の受領能力がないと言われているんですが、条文上は「対抗することができない」(民法98条の2)となっていて、効力は生じているけどその効力を受領者に主張できない、というのが、この対抗できないの意味なはずです(でも、この条文あまり厳密に検討されてない気がします)。
だとすると、契約は「成立」してるとして、課税文書になりそうです。
でもこの場合は、「ふざけて」とあることからすると、契約の成立を「証明する目的で作成される文書」ではない、ということで課税文書にはならない、といえそうです。
でもこれは、あくまで印紙税法の問題。
だとすると、翻って、そもそもこの場合に契約が「成立」しているんだろうか、という疑問もでてきます。
意思表示の合致を「外形的」に判断する、ていうのが曲者で、形式が整った契約書さえあれば「外形的」に合致、ということでいいのかと。「未成年者」「ふざけて」「他人物」といった事情は、およそ契約の「成立」には関わってこないんでしょうか。
赤ちゃんが契約書に判子押しても(もちろん記名押印)、一応契約は成立して、あとは無効なり取消になるってことでいいのか。成立のためには、何がしかの行為をすることの認識程度は必要なのかどうか。
通説的な発想からすると、契約の不成立が問題になるような事案ていうのがいまいちイメージできません。
その話は置いておいて、じゃあ、17歳のゴリゴリの男子高生が、おじいちゃんから遺贈かなんかでもらった土地について、美人局みたいな女性に唆されて売買契約書をつくった場合はどうでしょう(本人は至って真剣とする)。
この場合は、契約は成立してるし、至って真剣だし、てことで、さすがに課税文書にならざるをえないんでしょうか。
念のためいっておくと、一旦課税文書となった後は、その契約が取り消されても解除されても、印紙税が還付されることはありません。厳しい。
印紙税が還付されるのは、課税文書じゃないのに貼っちゃった、とか、課税文書だけど金額多く貼っちゃったとか、そういう場合です。
No.7130誤って納付した印紙税の還付
「金額多く」というのは、たとえば、代金100万円の契約書なのに代金1000万円に対応する印紙貼っちゃった、という場合とかです。
代金100万円のつもりだったのに買主が契約書に間違えて1000万円と書いちゃって、売主は承諾しちゃった、で1000万円に対応する印紙を貼っちゃった、という場合には、民法学上の理屈でいうと、契約は1000万円で成立した上で「錯誤」(民法95条)の問題になる、ので、錯誤の要件を満たしても満たして無くても、課税文書は1000万円で成立し還付はできない、ということになります。
・還付できる場合
契約書の表示 100万円
・還付できない場合
契約書の表示 1000万円
内心の意思 売主:1000万円、買主:100万円(錯誤)
契約の「成立/不成立」と「有効/無効」について、民法学のほうでは、要するに契約が駄目になるかどうかという意味では同じであって、ただ判断がしやすいから二段階に分けたにすぎないように思えます。
確かに、「原則:表示主義」(外形)ベースで契約成立としつつ、「例外:意思主義」(内心)ベースで契約無効にする、という、(取引の安全保護寄りな)意思表示理論の構造から来てるのかもしれませんが、別にそれ、契約の成立の中の問題として全部やったっていいわけだし。
成立要件:
その1 意思表示が外形的に合致しているかどうか
その2 意思表示の内容に問題がないかどうか
「二段階手形行為論」(こちらの記事参照)のように、2つに分ける必然性ないし。「二段階手形行為論」だって、手形権利の「発生」と「移転」といったレベルが違うものを二段階にわけているんであって、「発生」と「発生」のように同じレベルのものを分けているわけではありません。
ところが、印紙税法のほうでは、民法学が契約に関する障害事由をごっそり成立後の有効要件のほうに持っていってくれたおかげで、これ幸いと、自分ところの「課税/不課税」の区分を契約の「成立/不成立」に対応させちゃってるわけですよね。
民法学的にはそんなつもりなかったはずなのに、印紙税法にいいように使われている感じ。
成立要件:(軽い)
意思表示が外形的に合致しているかだけみる
効力要件:(重い)
意思能力、行為能力(未成年、後見、保佐、補助)
公序良俗、心裡留保、錯誤、詐欺、強迫
無権代理、表見代理
不法条件、不能条件
などなどに該当しないかをみる
不成立 〔課税しない〕
--------- ←この間に印紙税法の課否ラインを差し込む。
成立 〔課税する〕
無効 〔課税する〕
有効 〔課税する〕
印紙税法的には、
『いや、本当は契約書の形式整った書面作っただけで課税したいところだけど、民法様に配慮して「契約の成立」とか「を証明する目的で作成される」で限定してあげたのよ。』
て感じかもしれませんが。ずるい。
民法学:『ちょっ!障害事由重たいから一旦外形で見よ、外形で!』
とか言って一休みしてる間に、印紙税法がその隙間に課税スイッチ挟み込む、みたいな。
プロの手口のような鮮やかさ。
そんな場面、キャッツ・アイで観た気がします。トシ(民法に対応する)と瞳(印紙税法に対応する)のおなじみの感じで。
ところで、「契約の成立」については今まで民法に明文がありませんでした。当たり前のことは書かない、という例の方針で。
それが今回の民法改正で明記されることになりました(改正民法522条)。
ここまで「民法」といわずに「民法学」と記述してきたのは、条文に記載がなく、あくまで学説上の概念だったからです。
今回の改正で明記はされましたが、成立/不成立をどのような事情をもって判断するか、ということは依然として問題にはすべきかと思います(通説的には解決済み、なんでしょうが)。
他方で、印紙税法基本通達14条では、改正民法よりもずっと前から「契約の意義」て観点から定義づけがされていました。
こちらのほうは、成立、更改、変更、補充に共通する用語として「契約」を括りだしているので、民法改正後も、まるっと削除されることはないと思いますが、言い回しの調整は入るかもしれませんね。
しかしまあ、今まで印紙税法の、しかも通達レベルでしか書かれてなかった「契約の成立」の意義について、本家民法で明記されてしまったわけです。
民法的には『当然の前提を明文化しただけですけど、なにか問題でも?』て呑気な気持ちかもしれませんが、印紙税法側からすれば、棚ぼた感いっぱい。
なお、改正民法522条の第2項が、なんか印紙税法ディスっている気がするのは、気のせいですかね。あるいは租税回避を煽っている。
今までいいように使われてきたことの仕返しなのかもしれませんが、成立/不成立の中身がうすーいままなのだとしたら、無駄な抵抗な気がしますが。
【続編】
続・契約の成立と印紙税法(法適用通則法がこちらをみている)
続々・契約の成立と印紙税法(代理法がこちらをみている)
さよなら契約の成立と印紙税法 (結局いつもひとり)
○印紙税法
別表第一 課税物件表(第二条―第五条、第七条、第十一条、第十二条関係)
課税物件表の適用に関する通則
5 この表の第一号、第二号、第七号及び第十二号から第十五号までにおいて「契約書」とは、契約証書、協定書、約定書その他名称のいかんを問わず、契約(その予約を含む。以下同じ。)の成立若しくは更改又は契約の内容の変更若しくは補充の事実(以下「契約の成立等」という。)を証すべき文書をいい、念書、請書その他契約の当事者の一方のみが作成する文書又は契約の当事者の全部若しくは一部の署名を欠く文書で、当事者間の了解又は商慣習に基づき契約の成立等を証することとされているものを含むものとする。
○印紙税法基本通達
(契約書の意義)
第12条 法に規定する「契約書」とは、契約当事者の間において、契約(その予約を含む。)の成立、更改又は内容の変更若しくは補充の事実(以下「契約の成立等」という。)を証明する目的で作成される文書をいい、契約の消滅の事実を証明する目的で作成される文書は含まない。
なお、課税事項のうちの一の重要な事項を証明する目的で作成される文書であっても、当該契約書に該当するのであるから留意する。
おって、その重要な事項は別表第2に定める。 (昭59間消3−24改正)
(注) 文書中に契約の成立等に関する事項が記載されていて、契約の成立等を証明することができるとしても、例えば社債券のようにその文書の作成目的が契約に基づく権利を表彰することにあるものは、契約書に該当しない。
(契約の意義)
第14条 通則5に規定する「契約」とは、互いに対立する2個以上の意思表示の合致、すなわち一方の申込みと他方の承諾によって成立する法律行為をいう。
○民法
(未成年者の法律行為)
第5条 未成年者が法律行為をするには、その法定代理人の同意を得なければならない。ただし、単に権利を得、又は義務を免れる法律行為については、この限りでない。
2 前項の規定に反する法律行為は、取り消すことができる。
3 第一項の規定にかかわらず、法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は、その目的の範囲内において、未成年者が自由に処分することができる。目的を定めないで処分を許した財産を処分するときも、同様とする。
(虚偽表示)
第94条 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
2 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。
(錯誤)
第95条 意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。
(意思表示の受領能力)
第98条の2 意思表示の相手方がその意思表示を受けた時に未成年者又は成年被後見人であったときは、その意思表示をもってその相手方に対抗することができない。ただし、その法定代理人がその意思表示を知った後は、この限りでない。
(他人の権利の売買における売主の義務)
第560条 他人の権利を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。
○改正民法
(契約の成立と方式)
第522条 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
2 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。
2018年05月01日
私法の一般法とかいってふんぞり返っているわりに、隙だらけ。〜契約の成立と印紙税法
posted by ウロ at 14:02| Comment(0)
| 印紙税法
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