2018年08月20日

ここがヘンだよ所得拡大促進税制 〜委任命令におけるゆらぎとひずみ

 平成30年度改正の所得拡大促進税制について、2本ほど記事を書きましたが、実は正面から記事に書くのを避けた部分があります(で、この記事のあとにもう1本書きました)。

【措置法イジり(所得拡大促進税制編)】
 税務における事前判断と事後判断 〜所得拡大促進税制の適否判定(また改正するので)
 武器としての所得拡大促進税制 〜労働者にとっての。
 ここがヘンだよ所得拡大促進税制 〜委任命令におけるゆらぎとひずみ
 さらば所得拡大促進税制(Arrivederci) 〜評判良ければ続くやつ

 でも、なんかそのままだと気持ち悪いので、そういうレベルのものとご理解頂いた上で、書いてみます。

 それらの記事であげた具体例の前提条件として「当月末〆当月末払」と事例を単純化しておいたのが、そのことに関わります。


 以下、次の略称を使います。

 法 ⇒租税特別措置法42条の15の5第3項のこと
 令 ⇒租税特別措置法施行令27条の15の5のこと

 また、条文の引用については、適宜省略要約入れてますので、正確には原文をご確認ください。

 今回の記事では『継続雇用者』要件のうち、雇用保険の「一般被保険者」であることや「継続雇用制度」の対象になっていないことなどは満たしているものとして記述を進めます。

 なお、私の疑問点をそのままはき出しただけの記事ですので、実際にこの制度をご利用される際には、各自でよくよくご検討いただければと思います。


 法6号では、『継続雇用者』のことを

 「適用年度と前年度の期間内の各月において給与の支給を受けた国内雇用者として政令で定めるもの」

と定義し、詳細を政令に委ねています。

 で、委任を受けた令13項では、法人の国内雇用者のうち、

 「適用年度と前年度の期間内の各月分の当該法人の給与等の支給を受けた者」

を『継続雇用者』だと規定しています(両年度が同じ月数の場合)。

 これ、法律と政令で違うこと書いているように思うんですが、どうでしょう。

 ポイントを抜きだすと、

  法:各月において支給を受けた
  令:各月分の支給を受けた

と、法は「支給」ベースで記述しているのに、政令では「発生」ベースで記述しているように読めませんか。
 つまり、法は、その月に支給を受けたかを問題としているのに対して、政令は、その月分の支給を受けたかを問題にしていてそれをいつ受けたかは問題としていない、というふうに読めるのではないかと。

【(参考)発生ベースと支給ベース】
支払調書における「支払金額」(支払の確定した金額)について

 法律と政令でたまにこういうズレがあるんですが、これは委任の範囲を逸脱してるってことにならないのかどうか。


 政令は逸脱してない、って読もうとするならば、法律と政令の『もの』を介した入れ子構図を忠実に再現し、

  法:各月において支給を受けた者で、
 しかも、
  令:各月分の支給を受けた者

が継続雇用者なんだと、法によって「支給」ベースで絞った上で、さらに政令によって「発生」ベースで絞る、と読み込まざるをえないのでは。

 図式的にいうと、

  法:継続雇用者はA(支給24月判定)で、政令で定める『もの』
  令:法でいう『もの』は、B(発生24月判定)

とあってAとBがオーバーラップしているように読めるときに、

 ・上書説:継続雇用者はB(政令で法を上書き)
 
と解すると、委任の範囲を逸脱しているように読めてしまうので、

 ・追加説:継続雇用者はA+B

と解釈するということ(説の名前は私が勝手につけました)。
 が、法と似たような要件追加するというのも、委任の趣旨にそぐわない気もしますが。

 法律と政令の優劣に関する一般論からすれば「追加説」のほうが望ましい解釈に思えますが、この規定については、実務的には「上書説」のほうの結論で理解されるものと思います。

 もちろん、逸脱ってことを正面から認めるわけにはいかないので、法は必ずしも支給ベースに限定しているわけではない、みたいな読み方をすると。
 で、決して「上書き」ではなく、法が支給とも発生とも読めるところを、政令で発生と明確にしたんですよ、という言い方になるんじゃないですか。


 この「各月分」絡みの説明として、『平成30年度改正税法のすべて』(大蔵財務協会2018)408頁では、

 「支給日が月末の場合において、曜日の関係でその支払が翌月となるようなときであっても、各月に給与の支給があるものと考えます。」

とあり、政令もあくまで「支給」ベースであって、休日の関係でたまたま翌月にずれた場合だけ例外的に当月分支給としてカウントしてあげる、と解釈しているように読めます。

【参照】
平成30年度税制改正の解説(財務省)
「租税特別措置法等(法人税関係)の改正」のところ

 他方で、中小企業庁作成の『中小企業向け所得拡大促進税制 よくあるご質問 Q&A集』の「28」には、

  支給月が支給対象月の翌月となっている場合には、支給対象月のほうで判定する

と、たまたま翌月にずれ込んだ場合とか関係なく「発生」ベースで判定すると書かれているように読めます。

積極的な賃上げに取り組む企業を応援します(中小企業向け所得拡大促進税制)
中小企業向け所得拡大促進税制 よくあるご質問Q&A集(PDF)

 いやどっちだよ、と。

 そもそも、前者の「たまたま説」のほう、その前提が労働基準法24条2項の「毎月一回以上払の原則」におもいっきり違反しちゃってるんですけども、そんなの「著者の個人的見解」とはいえ財務省のサイトに載っけておいて大丈夫なんですかね。

 あれですか、「違法所得にも課税するぜ」と同じノリでしょうか。課税と税額控除で向きは逆ですが、要するに相対性というか独立性というか、税法世界の独立宣言。

労働基準法(e-Gov)
労働基準法24条2項
 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。

 まあ、なんのこっちゃよく分かりませんが、実務的には「発生」ベースで考えておけばいいんでしょう、身も蓋もないけれど。


 この法律(支給とします)と政令(発生とします)の関係、次の事例で検討してみましょう。

(例)
 ・前年度: x1.01.01〜X1.12.31
 ・適用年度:x2.01.01〜X2.12.31
 ・給与は当月末〆翌月末払
 ・入社はずっと昔。x2.11月分に退職

  x1.01月〜x2.12月 給与支給   ⇒24ヶ月支給 支給ベースでは○
  x1.01月分〜x2.11月分 給与発生 ⇒23ヶ月発生 発生ベースでは×

 この場合、法だけなら継続雇用者にあたるように読めるところ、政令によって継続雇用者にあたらなくなるわけです(この事例では上書説、追加説いずれでも結論は同じ)。


 『継続雇用者』という『もの』にあたるかどうかを判定する場合のルールが、令13項(だけ)のとおり「発生」ベースだとして、では『金額』のほうはどうかというと、こちらは法6号から令14項に委ねられています。

 で、令14項では、

  法4号の『雇用者給与等支給額』のうち『継続雇用者』にかかる金額

だと規定しています。
 そして、法4号をみると『雇用者給与等支給額』は「損金算入」された額だと。

 つまり、継続雇用者に該当するかどうかは「発生」ベースで判定しつつ、金額が前年比1.5%(or2.5%)増してるかどうかは「損金算入」された金額で判定すると(それぞれ比較すべき前年度の金額も同じルールに従います。)。

 これ、場合によっては集計期間がずれますよね。


 このことを具体例であてはめしてみます。

  A 雇用者給与等支給額    (損金算入)
  B 比較雇用者給与等支給額  (損金算入)
  C 継続雇用者の判定     (発生)
  D 継続雇用者給与等支給額  (損金算入)
  E 継続雇用者比較給与等支給額(損金算入)

  ・前年度: x1.01.01〜X1.12.31
  ・適用年度:x2.01.01〜X2.12.31
  ・給与は当月末〆翌月末払

 ・前々年度 00 x0.12月分 (⇒x1.01月末に支給。以下同じ)
 ・前年度  01 x1.01月分 
         (〜略)
       11 x1.11月分
       12 x1.12月分
 ・適用年度 13 x2.01月分
         (〜略)
       23 x2.11月分
       24 x2.12月分

○会社が「発生」ベースで損金算入している場合(損金算入=発生)

 A 雇用者給与等支給額     ⇒13〜24の給与集計
 B 比較雇用者給与等支給額   ⇒01〜12の給与集計
 C 継続雇用者の判定      ⇒01〜24の全月分の給与支給受けてるか
 D 継続雇用者給与等支給額   ⇒A(13〜24)のうち継続雇用者の給与集計
 E 継続雇用者比較給与等支給額 ⇒B(01〜12)のうち継続雇用者の給与集計

 この場合は、Cの判定で使った金額をそのままD適用年度とE前年度に分ければ済みます。
 なので、01〜24発生の給与を月ごとに出力して、全月に金額が入ってればそれが継続雇用者だってことでそのままその金額を使えばいいわけです。

○会社が「支給」ベースで損金算入している場合(損金算入≠発生)

 A 雇用者給与等支給額     ⇒12〜23の給与集計
 B 比較雇用者給与等支給額   ⇒00〜11の給与集計
 C 継続雇用者の判定      ⇒01〜24の全月分の給与支給受けてるか
 D 継続雇用者給与等支給額   ⇒A(12〜23)のうち継続雇用者の給与集計
 E 継続雇用者比較給与等支給額 ⇒B(00〜11)のうち継続雇用者の給与集計

 ところが、会社が支給ベースで損金算入している場合には、Cの判定期間(01〜24)と、DEの集計期間(00〜23)がずれることになります。

 この場合は、

1 継続雇用者の判定
 01〜24発生の給与を月ごとに出力して、全月に金額が入ってれば継続雇用者にあたる(または、便宜的に入社日と退職日で判定)。

2 前年比増の判定
 1で継続雇用者と判定された人の00〜23発生の金額を集計して、00〜11と12〜23を比較する。

 と二段階の集計・判定が必要となります。


 法律・政令に書かれていることをそのままあてはめてみましたが、そこはかとなく感じる、CとDE間の『ゆらぎ』『ひずみ』みたいなの、とても気持ち悪いんです。

 前回の記事で、「我々税理士は法律・政令・省令をしっかり読み込むべし」なんて建前書きましたけど、こういうすんなり理解できないズレが出てくると、心が消耗する。
 税法条文が徒に読みづらいのは仕方ないとして、変なバグ仕込むのやめてほしい。


 以上、平成30年度改正の所得拡大促進税制、3つ記事書きましたけど、やっぱなんか変ですよね。
 措置法だものドンマイ、てことで呑み込むしかないですか。

 ということで、所得拡大促進税制に関する記事、私の中では法人税(+所得税)関連の記事ではなく、いわゆる「措置法イジり」のジャンルに属してます。ので、以前書いた「小規模宅地の特例」がらみの記事と同じノリで書いています。

【小規模宅地の特例がらみの記事】
 パラドキシカル同居 〜或いは税務シュレディンガーの○○
 イタチ、巻き込み。 〜家なき子特例の平成30年改正

 とはいえ、本法で規定されてるか措置法で規定されてるかなんて、税法マニアにしか関わりのないことなので、ブログ上では、あっちは「相続税法」、こっちは「法人税法」にカテゴリってます。

【参照条文】(はげしく省略要約してます)

○租税特別措置法42条の15の5第3項

四 雇用者給与等支給額
 法人の各事業年度(「適用年度」)の所得の金額の計算上損金の額に算入される国内雇用者に対する給与等の支給額をいう。

五 比較雇用者給与等支給額
 法人の適用年度開始の日の前日を含む事業年度(「前事業年度」)の所得の金額の計算上損金の額に算入される国内雇用者に対する給与等の支給額をいう。

六 継続雇用者給与等支給額
 継続雇用者(法人の適用年度及び当該適用年度開始の日の前日を含む事業年度(「前事業年度等」)の期間内の各月において当該法人の給与等の支給を受けた国内雇用者として政令で定めるものをいう。)に対する当該適用年度の給与等の支給額として政令で定める金額をいう。

七 継続雇用者比較給与等支給額
 前号の法人の継続雇用者に対する前事業年度等の給与等の支給額として政令で定める金額をいう。

○租税特別措置法施行令27条の12の5

第13項
 法6号に規定する政令で定める『もの』は、法人の国内雇用者のうち、
 当該法人の国内雇用者として当該適用年度及び当該前事業年度等の期間内の各月分の当該法人の給与等の支給を受けた者

第14項
 法6号に規定する政令で定める『金額』は、法4号に規定する雇用者給与等支給額のうち法6号に規定する継続雇用者に係る金額とする。
posted by ウロ at 00:01| Comment(0) | 法人税法
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