私法の一般法とかいってふんぞり返っているわりに、隙だらけ。〜契約の成立と印紙税法
そのときは、他に書くことがあれこれあったので、さらっと流してしまいました。
が、この条文、よくよく考えるとどういう場面で機能するのかがよくわからないんですよね。
以下、「未成年者」が「契約」する場合を想定し、かつ「改正民法」前提で整理してみます。
(意思表示の受領能力)
第98条の2 意思表示の相手方がその意思表示を受けた時に意思能力を有しなかったとき又は未成年者若しくは成年被後見人であったときは、その意思表示をもってその相手方に対抗することができない。ただし、次に掲げる者がその意思表示を知った後は、この限りでない。
一 相手方の法定代理人
二 意思能力を回復し、又は行為能力者となった相手方
○
民法98条の2については、一般的な『民法総則』の教科書だと、「意思表示」の章の後ろの方にちょろっと、
・未成年者は意思表示を受領する能力がない
・「対抗することができない」だから、未成年者側から効力を主張するのはいい
てことだけが書いてあるくらい。
で、最近まで、まあそうなんですね頑張ってください、くらいにしか思ってませんでした。
他方で、「行為能力」の章には、未成年者の法律行為は取り消すことができる(5条2項)、とあって、こちらは結構詳しめに書いてあります。
ちなみに、大学の授業でも、民法の編成どおりの順番で進めると「行為能力」の章は最初のほうにやります(大学1年の4月中)。
ので、授業でない系の法学部生さんでも、「未成年者は取り消すことができる」というのはほぼ知っているんじゃないかと。ストレートに入学してれば自身未成年者なわけだし。
【が、成年年齢改正】
民法の一部を改正する法律(成年年齢関係)について(法務省)
で、この98条の2の受領能力と5条の取消権との関係なんですが、私にはよくわかりません。
どの教科書みても、別々の章に書かれてて、その関係まで触れたものが見当たりませんし。
○
取消権があるんだったら、わざわざ受領能力なんて概念を作り出す必要があるのでしょうか。
また、98条の2には「対抗することができない」(以下「対抗できない」と略します)と書いてあるんですが、これはそもそも契約が「成立」していないことになるのか(成立要件)、それとも「成立」はしているが「効力」が生じないというのことなのか(効力要件)もはっきりしません。
後者については、素直に考えれば、契約が成立しなくなる、でいいはずです。
が、前の記事でも書いたとおり、民法は契約の障害事由のほとんどを「効力要件」のほうにまわしてしまっています。
・成立要件:(これだけ)
意思表示が外形的に合致しているかだけみる
・効力要件:(盛り沢山)
意思能力、行為能力(未成年、後見、保佐、補助)
公序良俗、心裡留保、錯誤、詐欺、強迫
無権代理、表見代理
不法条件、不能条件
などなどに該当しないかをみる
未成年者の法律行為は取り消しうるにすぎないし、意思能力がない場合ですら「無効」になるにすぎません(3条の2)。
ちなみに、デューク東郷氏に例の依頼をした場合でも、契約は成立した上で無効になる、という建付けになります(132条)。
ので、ここでいう「受領能力」というのも、未成年者に事実として到達した時点で意思表示としては成立し、ただ効力が生じない、と理解することも可能です。
「対抗することができない」という文言も、成立はしているが特定の相手には主張できない、という意味で、成立要件よりは効力要件と理解したほうが整合しますし。
もっといえば、効力要件ですらなく、対抗要件といってもいいかもしれません。
○
と、どうにもよく分からないので、実際に98条の2がどうやって機能するのか、具体例をあげてイメージづくりをしてみます。
A: 買主(成年者) 申込 「甲を買いたい」
B: 売主(未成年者) 承諾 「甲を売ります」
C: Bの親権者(法定代理人)
この場合に98条の2をそのままあてはめると、「AがBにした申込は、Bに対抗できない」ということになります。
この意味が
・申込が対抗できないから契約は「不成立」(成立要件)
になるのか、
・申込と承諾は一致しているから契約は「成立」しているが、
申込の効力が対抗できないから「無効」(効力要件)
となるのか、いずれであるかがわかりません。
その問題は置いておくとして、98条の2の1号2号(以下「1号」「2号」と略します)によれば、Cが知った後やBが成年になった後は、Aは対抗できるようになります。
で、ここから先が5条2項の取消権の問題になる、ということだと思います。
○
と、それらしいことを書いてみましたが、「対抗できない」が、現実世界のどの局面で機能するのかが、やっぱり想像ができません。
ちょっと外堀から埋めていきます。
先に、民法の教科書に「Aが対抗できないだけで、Bの側からは効力を主張できる」と書いてある、といいました。
が、実際これ誰が主張するんだと。
というのも、たとえば法定代理人であるCが効力を主張しようしても、その場合は前提として1号に該当してしまってるわけです。
ので、98条の2本文に基づいて効力を主張するとかしないとかいった選択肢はもはやCにはありません。
では、B自身はどうかというと、自分が成年になった後は2号によって上のCと同じ状態になってしまいます。
そうすると、Bが未成年の間しか主張しようがない、ということになるのですが、未成年者が法定代理人の意向を無視して勝手に効力を主張する、ということを認めてもいいんでしょうか。
もちろん、Cには取消権があるから効力を否定することは可能ですが。とはいえ、未成年者にそんな主張ができることを認める必要があるのかどうか。
必要がないとすれば、「B側からは効力を主張できる」なんてことをわざわざ認めなくていいわけです。
○
と、外堀を埋めた上で「対抗できない」が働く場面ですが、
まず、AがCに請求してきたら、1号によって98条の2ルートは潰れます。
また、Aが成年になったBに請求してきた場合は、2号によって98条の2ルートは潰れます。
とすると、Aが未成年Bに請求した場合にしか、「対抗できない」が働かないということになります。
頑張って具体例を想像してみると、
・中学生男子が親に内緒で契約しちゃった
・けど、やっぱり無かったことにしたい
・でも、積極的に成人だと嘘ついて契約したので「詐術」にあたって取り消せない
というシチュエーション。
いったい何を買ったかは、各自ご自分の胸に手を当ててお考えください。
でも、どうしてもなかったことにしたいどうしよう、と思った民法(たみのり。キラキラネーム。実在していたらすみません)は思いつくわけです、
「そうだ、98条の2ルートを使おう!」と。
なんなの民法、中学生男子の救世主!? 子どもに寄り添う系!?
ていうか、枝番つけてまで、そんな思春期にしか働かない条項置いておく必要あります?
が、よくよく考えると、親バレした途端、98条の2ルート潰れてしまいます(中学生男子の浅知恵)。
期待させやがって。
そもそも、親バレする前なら、21条無視して98条の2ルートで叩き潰せるってことでいいのかどうか。
これ認めてしまったら、21条死にますよね。
とすると、未成年者が詐術った場合は、98条の2使えません、と解釈しないとまずいのではないかと。
○
ということで、さしあたりの結論は「こんな98条の2いらない」です。
取消権ルールだけあれば、適切に制御できるように思います。
もし、取消権ではカバーできないシチュエーションあるよ、ということがあれば、ご教示いただければと。
○
なお、改正民法では、3条の2で「意思能力」のこと追加したのにあわせて、98条の2にも意思能力のことが追加されました。
が、肝心のこの規定の意味あいについては、よくわからないまま。
巷の改正解説本も、意思能力追加されたよ、というだけで、この条文の機能については詳しく書いてないです。
○
以上、疑問を抱いたきっかけは印紙税法からの逆噴射だったんですが、今回は印紙税法の話はしませんでした。
98条の2が「成立要件」なのか「効力要件」なのかが分からないと、結論だせないところです。
仮に「成立要件」だとしても、たとえば、未成年者が契約した場合でも、書面上からは当事者が未成年者だと分からない場合には、印紙税法上は「契約書」に該当することになってしまうのか。
契約書に生年月日と契約日が書いてあって未成年者であることが書面上から算出できる場合には、印紙税法上の「契約書」に該当しないことになるのかどうか。
民法プロパーの問題が解決しても、印紙税法は印紙税法で、解決すべき特有の問題がありそうです。
【参照条文(改正民法)】
(意思能力) ←章名をつけました
第三条の二 法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。
(未成年者の法律行為)
第五条 未成年者が法律行為をするには、その法定代理人の同意を得なければならない。ただし、単に権利を得、又は義務を免れる法律行為については、この限りでない。
2 前項の規定に反する法律行為は、取り消すことができる。
3 第一項の規定にかかわらず、法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は、その目的の範囲内において、未成年者が自由に処分することができる。目的を定めないで処分を許した財産を処分するときも、同様とする。
(制限行為能力者の詐術)
第二十一条 制限行為能力者が行為能力者であることを信じさせるため詐術を用いたときは、その行為を取り消すことができない。
(意思表示の受領能力)
第九十八条の二 意思表示の相手方がその意思表示を受けた時に意思能力を有しなかったとき又は未成年者若しくは成年被後見人であったときは、その意思表示をもってその相手方に対抗することができない。ただし、次に掲げる者がその意思表示を知った後は、この限りでない。
一 相手方の法定代理人
二 意思能力を回復し、又は行為能力者となった相手方
(不法条件)
第百三十二条 不法な条件を付した法律行為は、無効とする。不法な行為をしないことを条件とするものも、同様とする。
(契約の成立と方式)
第五百二十二条 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
2 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。
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