法学書の中では類書のあまり無い、かなりユニークな本。
手形や小切手に関わったことなくても、クレジットカードや電子マネーなんかは使ったことあるはずなので、それらがどういう法の仕組みなのか、知っておくといいと思いますよ。
本書で扱っているのが、次のような制度。
・電子マネー
・仮想通貨
・銀行振込
・デビットカード
・収納代行
・小切手
・為替手形
・約束手形
・電子記録債権
・クレジットカード
身近なものからそうでないものへ
決済機能のみのものから信用機能が備わったものへ
という流れなので、無理なく前から順番に読んでいけます(親切設計)。
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で、何が「ユニーク」かというと、支払決済に関する法制度を横断的に扱っている、という「記述対象」の点ではなく。
法制度や判例に対する記述が、徹底して「機能的」な側面からの説明になっているところ。
それら結論が、どのようなリスク分配が望ましいと判断した結果か、という説明なので、とても理解しやすい。
どういう価値基準に基づいているか分からない、融通無碍な「利益衡量論」とは違って、結論に至る判断過程が明確なわけです。
(ジャンルは違いますが、田村善之先生の「インセンティブ論」が同様の説明の仕方なので、こちらも同じように理解しやすいです。)
田村善之「知的財産法 第5版」(有斐閣2010)
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また、この手の、新しめの法制度を扱った概説書だと、どうしても「条文引き写し」になりがちなところ、そうではなく、十分噛み砕いた記述になっています。
微に入り細に入りな感じの今どきな条文を、そのまま貼り付ける系の記述にはなっていないので、読みやすい(ただし、「電子記録債権」の章が、他の章に比べてどうも条文引き写し感強めな気が)。
「正確には逐条解説ものでどうぞ」という、理解しやすさ優先の割り切りがいいですね。
【新しめの法律が条文引き写しな】
近藤光男「商法総則・商行為法 第8版」(有斐閣2019)
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と、全力で褒めておいて。
機能的な観点からの説明といった点では一貫しているのですが、そこに統一的な理論体系があるわけではないです。
というか、むしろ「そんなものいらねえ」というのがこの本のバックボーンにある考えだと思います。
が、かつて前田理論に魅せられながら判例通説に日和った身からすると、未だに、こういった制度に共通する基礎理論・体系のようなものがないのだろうか、という夢を夢想する。
あえての「馬から落馬する」系の文法。それだけの「儚い夢」という自覚。
【統一理論体系への憧憬】
前田庸「手形法・小切手法入門」(有斐閣1983)
もちろん、ガチムチの理論体系というよりは、「ムーバブルフレーム(Movable Frame)(wiki)」のようなイメージですよ(伝わらない)。
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ちなみに、「クレジットカード」のところ読んでてふと思ったのが、刑法各論の教科書の「詐欺罪」のところに出てくる「クレジットカード詐欺」の論点。
その論点であげられている事例が、この本でいう「基本形」(カード会社・加盟店・カード保有者の三角関係)だけな気がします。
アクワイアラ・イシュア・決済代行業者などがでてくるパターンの事例を、刑法の教科書で見かけた記憶がない(あくまで私の観測範囲)。
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