2019年02月25日

中里実ほか「租税法概説 第4版」(有斐閣2021)

※以下は「第3版」(2018)の書評です。

中里実ほか「租税法概説 第4版」(有斐閣2021)

 初版がでた当時(2011年)に買ったものの、理解できなすぎて積読していました。
 第3版がでたということで再チャレンジ。

 私個人としては、それなりに実務経験を積んでいるおかげで、自分なりにイメージをしながら読めたので、かなり理解できるようになっていました。
 が、やはり初学者が独学用に使うのは無理だなあ、という感想。

 タイトルに「概説」とありますが、概説書としては詳しめ、独学書としては記述不足、といった微妙な立ち位置。
 文字数制限あるなかで、幅広い領域を万遍なくカバーしようとすると、そうならざるをえない(よくあるパターン)。

 やはり、大学の講義のお供用というのがメインの利用方法なんでしょうね。


 共著なせいで、どうも記述が一定しない。
 所得税・消費税あたりは具体的な数字を使った説明が多めなので、理解しやすいです。
 が、それ以外の箇所は抽象的な記述が多め。

 専門用語も、しっかり定義づけが書かれていないのが、独学書としてはイタイ。
 第二次納税義務とか保税地域とか、その他諸々。

 みんな大好き『法律学小辞典』をご購入ください、ということですか。

 「法律学小辞典 第5版」(有斐閣2016)

「法律学小辞典」の『小』は「小スキピオ」の『小』


 「タックスプランニング」と題するコラムがあって、法人が合弁会社から抜ける方法として、株式譲渡、配当、自己株式取得といった手法の税務上のメリット・デメリットを、具体的な事例・数字を使って比較しています。

 これ、私も今なら理解できるんですが、初学者が理解するには難しすぎる。
 しかもですけど、この本の法人税法の(特に「資本等取引」の)箇所をいくら読んでも、この事例を理解できるようにはなっていない。


 このブログでは、基本的に中身の当否について書くことはないんですが、どうしても違和感バリバリな記述があったので、指摘しておきます。

 「組織再編税制」における適格要件で、支配継続要件は再編時の「見込み」で判断されることになっています。
 この要件について、この本では

 「事後の事情を考慮しないという意味で、法的安定性を重視した結果として評価できる」

と書いてあります(202頁)。

 けども、支配関係が継続する見込みがあるか、というのは将来予測なので、「事後の事情」を考慮していないわけではないですよね。
 考慮する「時点」は再編時ですが、そこで考慮される「事情」は現時点からみた事後のものです(判断する「事情」と「時点」の混同)。

 また、再編してから数年後に、事情がかわって支配関係が継続できないことになった場合でも、再編時には継続の見込みがあったわけなので、《適格神》(God of Tax-qualification?)の視点から見れば適格要件満たすと判断できます。
 が、税務調査が入れば、「はじめからそのつもりだったんでしょ」と否認される可能性が当然あるわけです。

           再編時    数年後
  ○適格神の目→ 継続見込みあり  終了 ←調査官の目×

【神シリーズ】
 後藤巻則「契約法講義」(弘文堂2017)

 再編時に継続見込みがあればその後の事情に左右されない、と形式的にはいえるものの、「見込み」という表現のせいで、実際の運用はそうすっきりとはいかないということ。

 さらにいうと、ここでは「数年後」と書きましたが、一体何年あければ支配関係終わらせていいのかも不明確です(更正期間終わるまでですかね)。
 たとえば、「合併して事業立て直して、10年後には分割して他所様に売る」みたいな再編計画だった場合はどう判断されるのか。10年継続の見込みをもって適格要件満たすといえるのか、10年後だろうが継続しないことになっているということで満たさないことになるのか、謎なんですよね。

 また、上記事例とは逆に、

           再編時    数年後
  ×適格神の目→ 継続見込みなし 継続中 ←調査官の目○?

と、再編時は継続予定なかったのに、事情がかわって継続することになった場合、適格要件満たさない、という結論になってしまいますが、これでいいのかどうか。
 結果的に含み損益実現すべき状態にならなかったわけで。

 ということで、適格組織再編を実行する際には、「再編時点ではそのつもりがない」ことを示す資料をしっかり揃えておく、という余計な作業が発生します(通常の再編計画に、そういう視点からの資料を付け加えないといけない)。

 もしこの要件が、

  「再編後5年間は継続必須。ただし、特別の事情がある場合はこの限りでない。」

とかなっていてくれれば、とにかく5年まてばあとは自由ということで、「法的安定性」が保たれるわけです。
 で、どうしてもはやく支配関係終わらせたい人だけ、但書で勝負かければいいと。

 「法的安定性」てこういうことだと、私は思うんですけど、「日常系組織再編税制」を扱っている我々のような者とは、見ている景色が違うんですかね。
 少なくとも、「見込み」のような、事情と時点をずらすときにでてくるテクニカルタームを使った要件をみて、「君、法的安定性あるね」なんて、よっぽどのことがないかぎり言えないと思うんですけど。

【イリュージョン法的安定性】
金子宏・中里実『租税法と民法』(有斐閣2018)


【不確定概念追放運動】
加算税をめぐる国送法と国税通則法の交錯(平成29年9月1日裁決)


 以上、これはあくまでも独学者が独学書として使えるか、という立場からのもの言いです。
 
 私が、「税法学」の個別領域で、独学者でも頑張れば読める本としておすすめしているのは、以下のもの。
 うち、国際租税法は、扱っている問題自体が難しいので、他の領域をしっかり理解してからになりますが。

  ・所得税 佐藤英明「スタンダード所得税法」
  ・法人税 渡辺徹也「スタンダード法人税法」
  ・資産税 なし
  ・消費税 佐藤英明・西山由美「スタンダード消費税法」
  ・地方税 なし
  ・国際税務 増井良啓,宮崎裕子「国際租税法」

 佐藤先生の本が出るまでは適切な教科書がなかったですし、渡辺先生の法人税法の本にしても最近でたばかりなわけで、どなたか早急な穴埋めお願い申し上げます。
 特に、消費税法のわかりやすい理論書の誕生が強く望まれる(※追記:埋まりました)

渡辺徹也「スタンダード法人税法 第2版」(弘文堂2019)
佐藤英明「スタンダード所得税法 第3版」(弘文堂2022)
佐藤英明,西山由美「スタンダード消費税法」(弘文堂2022)

 なお、増井先生の「租税法入門」は、タイトルに「入門」とあるものの、なかなか読み応えのあるものなので(私は初見殺しだと思う)、佐藤先生の所得税法、渡辺先生の法人税法を読んで、しっかりベースを作ってから挑むのが望ましい。

増井良啓「租税法入門 第3版」(有斐閣2023)
posted by ウロ at 12:42| Comment(0) | 租税法の教科書
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