そんななか、加賀山茂先生の著書は、正面から批判的検討をしている数少ない本です。
加賀山茂「求められる改正民法の教え方―いや〜な質問への想定問答」(信山社2019)
上の本は薄い本で突っ込んだ検討まではされていませんが、成立前に出版されたこちらはもう少し詳細。
加賀山茂「民法改正案の評価 ―債権関係法案の問題点と解決策」(信山社2015)
しかし、これら批判が、全く何にも改正法からは無視されてしまっているのが、如何ともし難いところ。
○
私自身もこのブログで、債権法改正に対してはどちらかといえば批判的な観点からイジってきました。
どんな子にも親に内緒のコトがある。 〜民法98条の2の謎に迫る(迫れていない)
ドキッ!?ドグマだらけの民法改正
時効の中断・停止から時効の完成猶予・更新へ
後藤巻則「契約法講義」(弘文堂2017)
Janusの委任 〜成果報酬型委任と印紙税法
潮見佳男「基本講義 債権各論 第4版」(新世社2021,2022)
私法の一般法とかいってふんぞり返っているわりに、隙だらけ。〜契約の成立と印紙税法
潮見佳男「新債権総論1(法律学の森)」「新債権総論2(法律学の森)」(信山社 2017)
あらためて読み返してみて、その中でドキッ!?ドグマだらけの民法改正(ひどいタイトル。黒歴史現在進行系)で引用した潮見佳男先生の体系書の記述、もしかしてこういうことなんではと思ったので、そのあたりを追記として。
再引用するのもアレなので、内容はリンク先の記事にてご確認ください。
(以下の内容は加賀山先生の著書とは直接の関係もなく、また記述レベルも加賀山先生とは比ぶべくもない低空飛行ですが、批判精神のみは承継しているということで)
○
・民法95条1項柱書(要約)
錯誤が「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるとき」は、意思表示を取り消せる。
・民法412条の2(要約)
債務の履行が「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるとき」は、履行請求権は発生しないが損害賠償請求権は発生する。
潮見先生は、給付の履行が不能であることは「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要」でない(から不能を理由にした錯誤は成立しない)、という主張をされています。
履行が可能かどうかは契約当事者にとって最重要な要素のはずなのに、なんでこんなこというのか正直よく理解できませんでした。
ので、前の記事では、不能の問題を「債務不履行責任」に一本化したかったからじゃね、と邪推しておきました。
今回読み返して思ったのが、これ、「改正民法様が『不能でも契約は有効』と仰っている以上、錯誤ごときに効力をひっくり返されるわけがない!」と言いたかったのではないかと。
なんでかよく分かりませんが、錯誤のうち不能を理由としたものだけは、412条の2に上書きされてしまうと。
それはそれで「何故なのか?」という疑問がありますが、他方で、他に無効事由・取消事由があればそっちが優先される、とも書いてあります。
そうすると、
不能を理由とした錯誤(95条)
< 不能でも有効(412条の2)
< 不能以外の錯誤(95条)、その他の無効事由・取消事由
という、優先劣後関係が構築されることに。
一体、どういうポリシーなんですかこれは。
不能が「重要」かどうかは契約当事者が決めること(で、裁判官が、当事者が重要とみていたかを評価する)だと私は思うんですが、そうではなく、412条の2によって、「当然に」重要でないとされてしまう(いわゆる法規からのアプローチ)、ということでいいのかどうか。
なんとなくですが、さっくん(錯誤くん)が、改正民法様に「動機の錯誤」という重石を担がされた上、412条の2によって海に沈められる様が思い浮かんで悲しいよ(沈むのか浮かぶのか)。
○
そもそも、412条の2には「不能でも契約は有効」なんて一言も書いてないんですよね。
同条からその意味を引き出すには、
・契約が有効 ⇒損害賠償責任が発生する
・契約が無効 ⇒およそ損害賠償責任は発生しない
という見えないドグマ(Invisible Dogma)をどこから持ち込まないといけないわけで。
で、
・412条の2は不能の場合でも損害賠償責任を認めている。
・損害賠償責任が発生するのは契約が有効の場合で無効の場合は発生しない(ドグマ)。
・とすると、412条の2は不能でも契約が有効であることを前提としているはずだ。
と、ドグマ繋ぎで逆算していかないと、この結論にはたどり着けない。
○
まあそのドグマが正しいという前提にたったとします。
が、よくよく考えてみると、改正民法で錯誤の効果を無効⇒取消しに落っことしたってことは、錯誤の場合も契約はとりあえず有効なわけです。
とすると、
・有効な契約を、不能を理由とする錯誤で取り消す。
・有効な契約を、不能を理由として損害賠償責任を請求する。
と並べて書けるように、契約が有効であることと同時に錯誤要件も満たしている、という状態はありえます。
錯誤が無効だったときのように「不能でも有効なんだから、当然無効である錯誤は成立しえない」とは言えなくなったはず(これはこれで概念チックすぎますが)。
ので、412条の2を「不能でも契約は有効」と読み込んだとしても、不能を理由とした錯誤が「当然に」排除される、という結論には直結しない。
・不能による錯誤は当然無効 − 不能でも有効 ←両立しない。
・錯誤でも取り消すまでは有効 − 不能でも有効 ←両立する。
もちろん、結論として「不能を理由とした錯誤は排除される」という見解になるのはいいんですが、412条の2を持ち出すだけでは単に「矛盾していない」ということしかいえず、それ以外の実質的な理由付けが必要になる、ということです。
○
ちなみに、錯誤の効果が取消しになったことについては加賀山先生も触れているところです。
【改正前】
・意思の欠缺 − 無効 − 心裡留保・虚偽表示・錯誤・(意思能力)
・意思の瑕疵 − 取消 − 詐欺・強迫・行為能力
と、改正前は表向きは綺麗に揃っていました。
で、無効だと不都合なところを「相対的無効」「取消的無効」とかいって取消に効果を近づけていました。
【改正後】
・意思の欠缺 − 無効 − 心裡留保・虚偽表示・意思能力(←明文化)
・意思の欠缺 − 取消 − 錯誤(1号)
・意思の瑕疵 − 取消 − 錯誤(2号)・詐欺・強迫・行為能力
改正後では、錯誤が2号の「動機の錯誤」を押し付けられた上で、欠缺と瑕疵にまたがって股裂きの刑にあっているような状態に。
ほんと錯誤かわいそう。
これ、一体どういうポリシーで無効と取消を使い分けているんだ?、と思いますよね。
改正前は、「意思ドグマ」をベースにした理屈の側からの使い分けだったわけですが、改正後はどうにも説明がつかない。
「表意者保護」という機能を重視するのであれば、列挙した制度全部「取消」にしておかないとおかしいし。
○
この一覧みてて思うのが、『意思ドグマぶっ壊してやったぜ、いえ〜い!』とかドヤってるくせに、心裡留保と虚偽表示は無効のままだし、さらにいえば、「意思ドグマ」界の裏ボス的存在たる「意思無能力⇒無効」様を、わざわざ「節」まで新設して無防備に迎え入れちゃってるわけですよね。
「意思能力がないから無効」なんて、ゴリゴリ「意思ドグマ」だと思うんですけど、なんで平気な顔していられるんだろうか。
本当にただ、さっくん(錯誤くん)一人だけがぶっ壊されただけじゃんか。
…「ドグマ狩り」の強襲にひとり犠牲となる錯誤
…その陰で迫害を逃れた心裡留保と虚偽表示
…残されたふたりの願いにより、亡くなった錯誤の魂が意思能力に転生して蘇る
そんな「テイルズ・オブ・イシドグマ(TAILS OF ISYDOGMA)」
ついでにいうと、意思表示の「受領能力」という点では、意思能力と行為能力とは全くの並列になっているんですけど(第98条の2)、無効/取消という効果との整合性はどうなっているのか。
なお、同条そのものについては、以前の記事でイジり済みです。
どんな子にも親に内緒のコトがある。 〜民法98条の2の謎に迫る(迫れていない)
○
話はもどって、私としては、不能が「重要」かどうかは、個々の契約当事者の意思表示ごとに判断すべきことであって、契約内容を見ないで判断できるものではないと思っています(まあ普通は重要だと思いますが)。
不能な場合に、錯誤取消ルートでいくか契約責任追及ルートでいくかなんて当事者の選択に委ねればいいと思うんですが、なぜにわざわざ錯誤取消ルートを排除しようとするのか。
最近あまり流行らない、契約責任が成立するなら不法行為責任は成立しない、とか、意思能力欠如で無効なら行為能力取消しはできない、といった「非競合説」を復活させようという試みでしょうか。
【請求権競合については】
多層的請求権競合論と、メロンの美味しいところだけいただく感じの。
なんか、このへんから、新しい『概念法学』(概念法学Neo)が始まりそうな予感がします。
第三条の二(意思能力)
法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。
第九十五条(錯誤)
1 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
4 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
第九十八条の二(意思表示の受領能力)
意思表示の相手方がその意思表示を受けた時に意思能力を有しなかったとき又は未成年者若しくは成年被後見人であったときは、その意思表示をもってその相手方に対抗することができない。ただし、次に掲げる者がその意思表示を知った後は、この限りでない。
一 相手方の法定代理人
二 意思能力を回復し、又は行為能力者となった相手方
第四百十二条の二(履行不能)
1 債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない。
2 契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは、第四百十五条の規定によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない。
加賀山茂「契約法講義」(日本評論社2007)
加賀山茂「債権担保法講義」(日本評論社2011)
加賀山茂「現代民法学習法入門」(信山社2007)
加賀山茂「担保法」(信山社2009)
加賀山茂「求められる法教育とは何か」(信山社2018)
【加賀山茂先生のサイト】
仮想法科大学院
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