2019年05月20日

松澤伸「機能主義刑法学の理論―デンマーク刑法学の思想」(信山社2001)

 先日、トロペール先生の「リアリズムの法解釈理論」について記事を書きました。

ミシェル・トロペール(南野森訳)「リアリズムの法解釈理論」(勁草書房2013) 

 こういう「法原理論」とか「法解釈論」に関する本、私のような素人が中途半端な知識で手を出すとドツボに嵌まります。
 ので、なるべく避けていたんですが、ちょっと読んでみて面白そうだったので、まあ読んでしまったわけです。

 ただ、こういう方向に進んでしまうと、業務上優先して読むべき実務書が後回しになってしまって、実務家的にはあまりよろしくはない。

 なんですが、同書に、アルフ・ロス先生のお名前を見かけてしまって、そういえば、松澤伸先生の著書がロス理論について紹介されていたなあ、と思い出し、そして結局、こちらの本も読むことに。



松澤伸 機能主義刑法学の理論―デンマーク刑法学の思想(信山社2001)

 例によって、私が要約するなどおこがましいってことで、ご興味ある方は、まずは松澤先生ご自身が「再論」と題してまとめられている、こちらの論文をご覧になるのがよいかと。

松澤伸 機能的刑法解釈方法論再論(早稲田法学2007)

 ちなみに、「現状認識重視型」の法解釈論ということでいうと、戸松秀典先生の著書が同じ方向性かなと思いました。

戸松秀典『憲法』(弘文堂 2015)


 ということで、いつもの、個人的にいいなと思った記述の引用。
 刑法学に限らず、ここで批判されているような論述の仕方、私も常々疑問に思っていたんですよね。

254頁
「従来の伝統的刑法学の議論を見てみると、そこでは、『構成要件は違法有責類型だから折衷的相当因果関係説が妥当』とか、『行為は主観と客観の統一体であるから折衷的相当因果関係説が妥当』というような議論が行われることが多いが、この議論は一定限度での説得力しか持たない。というのは、この議論は、最初に打ち立てられた原理、すなわち構成要件は違法有責類型であるという教義や、行為は主観と客観の統一体であるという哲学的な表明に賛成する者には説得的であるが、その前提となる教義や哲学的表明そのものに疑念を抱く者には何ら説得力を持たないからである。」

「また、『因果関係が認められる範囲を考えると、主観説では狭すぎ、客観説では広すぎる、したがって折衷説が妥当』という議論にも説得力はない。結論の妥当性を全面に押し出すだけでは、単なる価値観の押し付けになってしまうからである。」

256頁
「不能犯論においても、『定形的な実行行為が欠ける場合を不能犯とする』とか、『行為は主観と客観の統一体であるから、行為者の主観面だけでなく社会一般の通念にしたがって実行行為が欠ける場合を不能犯としなければならない』というような体系からの演繹による議論が説得力を持たないのは、因果関係の議論と全く同様である。」

337頁
「故意犯と過失犯は違法性の段階ですでに質的に異なると考えた方が常識的な感覚にあうとか、厳格責任説は正当化事由の錯誤すべてを故意犯として処理する点で常識的な感覚にあわないとか、価値観を全面に押し出したあいまいな議論がなされていることにも注意すべきであろう。」

posted by ウロ at 09:43| Comment(0) | 刑法
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