平井宜雄「債権各論I上 契約総論」(弘文堂2008)
「本物の」と形容した理由を、少し敷衍してみます。
○
民法典の編成と、民法学(財産法)における講学上の編成を対比すると、次の通り(講学上のほうは、あくまで最大公約数的な)。
(民法典 ⇒ 民法学)
第一編 総則 ⇒民法総則
第二編 物権 ⇒物権法
第三編 債権
第一章 総則 ⇒債権総論
第二章 契約
第一節 総則 ⇒債権各論(契約総論)
第二節 贈与〜 ⇒債権各論(契約各論)
第三章 事務管理 ⇒債権各論(事務管理)
第四章 不当利得 ⇒債権各論(不当利得)
第五章 不法行為 ⇒債権各論(不法行為法)
並べてみて、いくつか疑問が思い浮かぶんですけど、
・物権法というなら、「債権法」ではないのか。
・不法行為だけ「法」がつく(つきがち)のはなぜか。
(穿った見方をすると、『事務管理・不当利得・不法行為法』をそのまま分解しただけのような。
が、『手形・小切手法』を「手形」と「小切手法」に分けたら明らかにおかしいわけで。)
・民法総則というなら、債権総論は「債権総則」、契約総論は「契約総則」ではないのか。
こういった法典との微妙なズレ、なにか明確な理由があるならいいんですが、そういった説明をちゃんとしてくれているもの、見かけたことないです。
で、3つ目の疑問が、今回の主題になります。
○
実際のところ、債権総論や契約総論で扱われている事項って、それぞれの総則に規定されている制度の説明にとどまることがほとんど。
総則規定とは区別された「総論」なるものが、正面から論じられているわけではない。
もし、総論ぽいことがちょっとでも書いてあれば「総論」と名乗っていい、というなら、逆に「民法総則」を「民法総論」と呼ばずに、頑なに「民法総則」であり続けている理由はなぜなのか。
むしろ「民法総則」こそ、最初に勉強する領域ってことで総論ぽいことをそれなりの分量やるはず。
なのに、あくまでも「民法総則」なんですよね。
○
という前置きがあって。
平井宜雄先生のこの本は、契約法の『基礎理論』というものを正面から扱っていて、これこそ「契約総論」と名乗るのに相応しい教科書です。
契約とは何かということやその機能がしっかり論じられていたり。
普通の教科書だと、民法総則の「意思表示の解釈」に依存しがちの「契約の解釈」についても、「契約の」ということを意識的に正面に出して、かなり詳細に論じられています。
ここは、普通の教科書だと意思表示の項目の中で論じられてしまっているせいで、契約法理論との結びつきがいまいち理解しずらくなっているところ。
この関連が明確になっているわけです。
【イケてない代表例として思い浮かんでしまう、同じ出版社なのに。】
後藤巻則「契約法講義」(弘文堂2017)
(せっかくの1冊本なんだから、単なる制度の羅列でなく、こういうことしっかり書けばいいのに、と切に思う。)
○
平井先生のこの本読んでて思い出したのが、前に書いた記事で引用した記述。
三木義一ほか「よくわかる税法入門 第17版」(有斐閣2023)
24頁
「民法の場合は、当事者が原則として契約の自由を行使して、紛争が生じたときに裁判所に判断してもらう規範(裁判規範)ですから、裁判官が合理的に判断できればいいかもしません。しかし、税法は税務署と納税者に直接向けられていて、両者ともに税法に定められたとおりにしなければならず(行為規範)、しかも、納税者は申告をしなければならないのです。」
こういった切り分けにしっくりこないものを感じたわけです。
たぶんですけど、民法における契約理論というものを、
・売主「売ります」(申込)
・買主「買います」(承諾)
・申込と承諾が一致したから契約成立
みたいな、素朴な理論枠組みとして捉えているから、こういう物言いになるのかなと。
が、実際にはそう単純な話ではない、ということが、こういう本を読むとわかりますよね。
○
ちなみに、この本の書評、梅本吉彦先生が書かれたものがネットにPDFで上がっていたはずなんですが、いつの間にか読めなくなっていました。
梅本 吉彦
「契約法における民法と民事訴訟法の交錯:平井宜雄著『債権各論・I上 契約総論』について」
(専修大学法学研究所所報40巻20頁)
専修大学学術機関リポジトリ
これとは直接関係ありませんが、ロースクールの廃止にともなって、そこのロー・レビューとかが見られなくなる可能性があるわけですよね。
明治学院大学法科大学院における加賀山茂先生の論文だったり(加賀山先生の場合はご自身のサイトに掲載されていますけども)。
仮想法科大学院
速やかにダウンロードしておかないといけない。
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