2019年07月16日

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その1)

 サブタイトルは『所得税法&所得税基本通達による著作権HACK!』になります(JACKでも可)。


 Windows機でUSB機器を取り外す際に「ハードウェアの安全な取り外し」を実行するか否か、のように、

  ・初級者 ⇒やらない
  ・中級者 ⇒やる
  ・上級者 ⇒やらない

と、初級者と上級者において結論が一致する、という現象が生じることがあります。

 税務の分野でも、たとえば報酬等の支払調書の集計方法について、

  ・初級者 ⇒支払ベース
  ・中級者 ⇒発生ベース
  ・上級者 ⇒支払ベース

というものがあったりします(あくまでも個人の観測範囲で、です)。

支払調書における「支払金額」(支払の確定した金額)について

 これら現象から読み取れることは、中途半端な勉強ではむしろ正しい判断ができなくなる場合がありうる、ということかと思います。


 で、今回の題材(以下、超絶私見なので全く自信がありません)。

 非居住者が「著作権の使用料」を得た場合、それが国内源泉所得に該当すれば所得税の納税義務(≒源泉徴収)が生じます。

 これに関する所得税法の条文と所得税基本通達の規定は次のとおり(適宜省略)。

第百六十一条(国内源泉所得)
 この編において「国内源泉所得」とは、次に掲げるものをいう。
十一 国内において業務を行う者から受ける次に掲げる使用料又は対価で当該業務に係るもの
 ロ 著作権(出版権及び著作隣接権その他これに準ずるものを含む。)の使用料又はその譲渡による対価

161−35(使用料の意義)
 法第161条第1項第11号イの工業所有権等の使用料とは、工業所有権等の実施、使用、採用、提供若しくは伝授又は工業所有権等に係る実施権若しくは使用権の設定、許諾若しくはその譲渡の承諾につき支払を受ける対価の一切をいい、同号ロの著作権の使用料とは、著作物(著作権法第2条第1項第1号((定義))に規定する著作物をいう。以下この項において同じ。)の複製、上演、演奏、放送、展示、上映、翻訳、編曲、脚色、映画化その他著作物の利用又は出版権の設定につき支払を受ける対価の一切をいうのであるから、これらの使用料には、契約を締結するに当たって支払を受けるいわゆる頭金、権利金等のほか、これらのものを提供し、又は伝授するために要する費用に充てるものとして支払を受けるものも含まれることに留意する。


 これ読んで最初は、まあそうなんだ、くらいの感想でした。
 が、よくよく考えてみて、「著作権法」との整合性がどうなっているのか疑問がでてきました。

 ということで、詳しく検討してみます。
(以下、所得税法にいう国内業務を行う者の当該業務に係るもの、という要件は満たすものとします)


 まずは、「著作権」について整理。

 なにせ、著作権についても、憲法のように『ぼくのかんがえたさいきょうのちょさくけんほう』みたいなものが、しばしば観測されがち。

【『ぼくのかんがえたさいきょうのけんぽう』とは】
 戸松秀典『憲法』(弘文堂 2015)

 ので、著作権について書くのであれば、この法概念に対する正確な理解をする必要があると。

 著作権法について真面目に勉強するなら、たとえばこういう本。
 特に『著作権法入門』のほうは、タイトルに「入門」とあるものの、かなりハイレベルなところまで論じられています。

 島並良ほか「著作権法入門 第4版」(有斐閣2024) Amazon
 平嶋竜太ほか「入門知的財産法 第3版」(有斐閣2023) Amazon


 今回の主題に関連するかぎりで、自分なりに「著作権」について要点のみまとめると、

・著作権は、自己の著作物を他者が利用するのを制限できる権利(禁止権)であって、自己が著作物を利用できる権利ではない。
・著作権によって制限できる「利用」は限定列挙されており、すべての使用行為が禁止されているわけでない。
 「支分権の束」と言われるとおり、個々の支分権の集まりにすぎず著作権なる抽象的な概念が実在するわけではない。
 これはグループ名、と捉えればいいんですかね。安室奈美恵とSUPER MONKEY'SではなくMAX、みたいに。

といったあたり。


 そして、著作権法が定める著作権(等)の権利内容は次のとおり。

1 著作権(著作者財産権)
 複製権、上演権・演奏権、上映権、公衆送信権等、頒布権、譲渡権、貸与権、二次的著作物の利用に関する権利、展示権、口述権、翻訳権・翻案権

2 著作者人格権
 公表権、氏名表示権、同一性保持権

3 出版権

4 著作隣接権
 実演家、レコード製作者、放送及び有線放送事業者


 と、著作権について整理したところで、次に税法側へ。

 この、著作権が行使できる利用行為が限定されている、ということからすると、税務上も国内源泉所得に該当しうるのはこれらの利用行為だけだ、該当しなければ国内業務に係るものでも国内源泉所得にならずにすむ、と解釈できそうです。
(人的役務の提供とか別のカテゴリーに入るかどうか、というのは考慮外とします)

 が、このように素直に読んでいいのか一旦立ち止まって考えないといけないのが、税法の怖いところ。

 税法の条文は、学説上「明確性の原則」などといったお題目が一生懸命唱えられているわりに、かなり広く適用範囲がとられていることが多いです。

 今回の161条でいうと、一見すると、著作権法上の「著作権」に依拠している(借用概念)かのように読めます。
 が、カッコ内に『その他これに準ずるもの』と書かれています。
 そして、通達でこれを敷衍する、という連携プレイ。


 まず法を展開してみると、

 ・著作権
 ・出版権
 ・著作隣接権
 ・その他これに準ずるもの

が含まれていることになっています。

 ここでの曲者が「その他」の使い方。
 つまり、著作権、出版権、著作隣接権とは「別に」ここに含まれるものがある、ということを言っています。
 これが著作隣接権だけにかかっているのか、著作権にも及んでいるのか。

 で、通達では「複製」やら何やらと、あたかも著作権法に依拠しているかのように見せかけて、ここでも「その他」を使って、適用範囲を広げているように読めます。


 このことをバラすために、通達と著作権法の利用行為を並べてみます(通達⇒著作権法)。

1 複製 ⇒複製権
2 上演、演奏 ⇒上演権・演奏権
3 放送 ⇒公衆送信権等
4 展示 ⇒展示権
5 上映 ⇒上映権
6 翻訳、編曲、脚色、映画化 ⇒翻訳・翻案権
7 その他著作物の利用 ⇒∞(無限大?)
8 出版権の設定 ⇒出版権

 明らかに7が異常。

 並べてみて気づくのが、

・譲渡権、頒布権(譲渡)がない
 ⇒この通達自体は「使用料の意義」についてで譲渡対価は別ものなので、ここに書いてないのはセーフ。

・貸与権、頒布権(貸与)と、法にある著作隣接権がない
 ⇒結論的には7に入れるんでしょうけど、他のものがずらずら並んでいる中で、これらだけ抜いているのが謎。
 引用のとおり最終改正は「平28」となっているわけで、どこかのタイミングで追加できたはずですよね。
 「利用」という用語に自然に含められるから、あえて明記していない、ということですか?

・著作者人格権もない
 ⇒これも7に含めるってことになるんですかね?
  あるいはそもそも「使用料」に含まれないのかどうか。


 で、連携プレイというのが

   法「その他これに準ずるもの」
  ⇒通「その他著作物の利用につき支払を受ける一定の対価」

のところ。

 「著作権の利用料」だったら、著作権法に列挙されている利用行為に係る利用料だけに限定されていたわけです。
 著作を利用する、ということは論理必然的に法定利用行為によらなければやりようがないわけで。

 が、法と通達とで「その他」と「その他」を重ねがけしたうえ、通達では「著作物の利用につき支払を受ける対価の一切」と言い換えています。
 ので、一旦著作権が発生したもの(著作物)であれば、その著作物の利用行為が支分権等に該当しなくても、その行為に対する使用料はここに該当する、と読みくずすことも可能になっています。
 なんかしおらしく著作権法2条1項1号を引用したりして、著作権法に対して従順な態度をとっているかと思いきや、著作権の及ばない領域にまで及ぼそうという雰囲気を感じる。

 というか、「著作権×使用」(法)と「著作物×利用」(通達)のカップリングが、どうもねじれているような気がしてしょうがない。
 これは必ずしも、通達が税法を逸脱して好き勝手に暴れている、わけではないです。

   著作権法:著作権+出版権+著作隣接権 
     ↓
   所得税法:著作権+出版権+著作隣接権+準ずるもの の使用料
     ↓      
   基本通達:著作物(著作権+出版権+その他) の利用料

 通達が法に書いていないことを勝手に付け加えている、のではない。


 ということで、ここでの中級者の罠というのは、「著作権は支分権の束にすぎない」というのを知ってしまったせいで、税法を著作権法に引き寄せて読んでしまう、というものになります。

 学説上「固有概念/借用概念」などという概念が唱えられているのも、ダメ押しの一要因のような気もします。「著作権」は著作権法からの借用概念なんだから著作権法にのっかって解釈すべきだ、といった方向に思考が行きがちになるので。

【借用概念についてはこちらも】
金子宏・中里実「租税法と民法」(有斐閣2018)

 これらのことからすると、税法解釈のスタートラインはあくまでも税法側にあって、私法の解釈を所与の前提とすべきではない、といえるのでは。


 以上、あたかも自分が上級者であるかのような書きぶりですが、実はさらに上があってまた結論がひっくり返る、なんてことがあったとしても、驚きはしない。

【追記1】
 と予告したとおり、さらなる上級職があったので、続編書きました。
 まさしく自分自身が「中途半端な勉強ではむしろ正しい判断ができなくなる」状態だったわけです。

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その2)

【追記2】
 そして租税条約の解釈にまで手を出して、収拾がつかないことに。

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その3)
posted by ウロ at 13:16| Comment(0) | 国際租税法
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