2019年08月12日

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その5)

 租税条約の使用料条項の教科書事例として、「第三国」が出てくる事例もあります。

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その4)


《教科書事例》
 日本のA社は、乙国内で甲国のB社の著作物を利用するため、著作権の使用料を支払った。

 で、教科書的な解答は次のとおり。

  ・国内法  税率20.42%
        しかし使用地主義なので課税なし
  ・租税条約 税率10%
        債務者主義なので課税あり
  ・国内法  租税条約で源泉地が置き換わるので課税あり

といった感じ。
 (その3)で書いた二国間の場合と同じですね(使用地がどこだろうと支払った人の住所で決める、というのが「債務者主義」の趣旨なので、同じなのは当然といえば当然)。


 が、著作権の「属地性」を意識すると、上記事例は正確には次のとおりとなるはずです。

《事例》
  日本のA社は、乙国内で甲国のB社の著作物を利用(支分権d)したい。
  利用行為dは、日本・甲国では著作権に含まれないが、乙国の著作権法では支分権dに該当する。
  そこで、AはBに対し、乙国法上の著作権dの利用料を支払った。

   各国の支分権のズレ
    日本法:ab
    甲国法:bc
    乙国法:de
  (著作権の条約加盟国同士なら、ここまでの支分権のズレはないかもしれませんが)

 なぜ「乙国法上の」かといえば、乙国内でBの著作物を利用するためには、乙国内上の著作権法に従う必要があるからです。

 もちろん、AB当事者間だけの問題なら、何国法の著作権だろうが「契約」で取り決めておけばすむ話なんでしょう(著作権の問題を「契約」で上書きできるか、という実質法+抵触法上の問題はありますが)。

 が、税法の立場からは、それが国内源泉所得に該当するかどうかを判断しなければならない。


 で、この事例、課税できるの当たり前みたいに書かれていることが多いのですが、日本でも甲国でも著作権でない支分権dに対する支払が、日本の所得税法や租税条約における「著作権の使用料」に該当しないのではないか、といった問題があることがわかります。
 (しかもこれ、乙国の国内法や乙国との租税条約(日本−乙、甲−乙)も検討しないといけないような気もします。が、さしあたりこの点は省略しておきます。)


 では、日本の所得税法上の「著作権」をどの国の著作権法で判断するのか。
 ありうる組み合わせとしては、

  1 日本(ab) 《国内法説》《支払者国説》
  2 甲国(bc) 《受領者国説》
  3 乙国(de) 《利用地国説》

  4 日本∨甲国(abc)
  5 甲国∨乙国(bcde)
  6 日本∨甲国∨乙国(abcde)

  7 日本∧甲国(b)
  8 日本∧乙国(なし)
  9 甲国∧乙国(なし)
  10 日本∧甲国∧乙国(なし)

といった感じ。

 さらに思い切って、

  11 創作者に付与される何らかの権利 《抽象的権利説》

と抽象化しまくる、という考えもありえます。

 実務書とかで当たり前に課税と書いているのは、おそらくですけど、属地性とか気にせずに、日本で著作権ならどこでも著作権だろ、くらいの捉え方しているんじゃないかなあと。
 日本で食パンなら海外でも食パンだろ、くらいのノリ。


 この事例において、属地主義×債務者主義のもとで国内課税するためには、何らかのかたちで利用地国の著作権法を取り込まざるをえないです。
 あくまでも乙国法上の著作権に対する支払いしかしていませんので。

 が、そうすると、所得税法上の『著作権』が「借用概念」だというのは、全世界の著作権が借用先になっている、ということになります。
 「借用」といっても暗黙のうちに国内法を前提としていたはずで、全世界の著作権にまで及んでいると考えていいのかどうか。

 しかも、そこでいう「著作権」にどこまでの権利を含めるのか。
 条約ネットワークによってある程度共通化しているとはいえ、当然保護範囲にずれがあるわけです。そのずれをそのまま受け入れるのか、あくまでも日本法を通して反映させるのか。

 「著作権」などという、平気で国境を飛び越えるくせに属地主義とかいっている概念をお借りした時点で、そういう悩みをかかえる宿命なんだと諦めるしかないですか。


 以上は「支分権のズレ」で代表させて書いていますが、権利制限規定の有無とか保護期間の長短とか、要するに各国著作権法の保護範囲のずれがある事項なら、同じ問題が生じます。

所得税法 第百六十一条(国内源泉所得)
 この編において「国内源泉所得」とは、次に掲げるものをいう。
十一 国内において業務を行う者から受ける次に掲げる使用料又は対価で当該業務に係るもの
 ロ 著作権(出版権及び著作隣接権その他これに準ずるものを含む。)の使用料又はその譲渡による対価

所得税基本通達 161−35(使用料の意義)
 法第161条第1項第11号ロの著作権の使用料とは、著作物(著作権法第2条第1項第1号((定義))に規定する著作物をいう。以下この項において同じ。)の複製、上演、演奏、放送、展示、上映、翻訳、編曲、脚色、映画化その他著作物の利用又は出版権の設定につき支払を受ける対価の一切をいうのであるから、これらの使用料には、契約を締結するに当たって支払を受けるいわゆる頭金、権利金等のほか、これらのものを提供し、又は伝授するために要する費用に充てるものとして支払を受けるものも含まれることに留意する。


非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その6)
posted by ウロ at 10:02| Comment(0) | 国際租税法
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