2019年10月14日

内田勝一「借地借家法案内」(勁草書房2017)

我妻榮『民法案内』という超絶名著がありまして。

我妻榮「民法案内1 私法の道しるべ(第2版)」(勁草書房2013)

 もし、何の条件も無しに「法学の本でなんかお勧めない?」と聞かれたら、問答無用でお勧めするのがこの本。
 この本読んでみて、法学って面白そうと思えれば、その先に進んでみると。


 で、今回紹介する本なんですが、同じ出版社でタイトルに「案内」とあって、しかも「勁草法学案内シリーズ」とかいうシリーズ名が付けられています。

 内田勝一「借地借家法案内」(勁草書房2017)

 ので、我妻先生の名著のコンセプトをなにがしか受け継いでいるのかと思うじゃないですか。
 が、そういう感じでもなく。

 語尾が「ですます調」で、一応入門書風にはなっています。
 でも、語尾を全部「である」に入れ替えても違和感のない、お硬めの文章。
 いわゆる「語尾だ系」。

 そもそも我妻民法案内は「ですます調」じゃないし。
 それでも読者に語りかけてくる筆致が、名著たる所以なわけです。


 アマゾンの「内容紹介」には以下のようなことが書いてあって、ものすごい良さげじゃないですか。

 規定の内容を断片的に書き並べるのではなく、法制度の趣旨、背景等の本質的なしくみに重きを置き、法が織りなす全体像を縦糸(歴史的沿革)と横糸(比較法、社会的実態)から立体的にわかりやすく解きほぐす。相互の法令を有機的に連関させ、法的・論理的な思考方法をも習得できる。学生、各種国家試験受験生等、はじめて学ぶひとたちへ。

 実際のところは、「条文+判例紹介」が記述のほとんどを占めています。

 この手の本にしては、判例の紹介が多めなので、判例の動向を把握するにはいいのかもしれません。
 が、入門書ポジションだとしたら、あまり望ましくない。
 そういう役割は、判例付き六法でもこなせることで、入門書の役割ではない。

 有斐閣判例六法Professional 令和6年版(有斐閣2023)
 有斐閣判例六法 令和6年版 (有斐閣2023)


 次々と判例の紹介がされていくんですが、判例から判例へつないでいく感じの記述なので見通しがよろしくない。
 「賃料債権と物上代位」のところとか、あれこれ判例の展開が書かれているんですが、で、結局どういうルールなの?ということが読み取りにくい。
 色々パターンがある中で、どのパターンにまだ判例が無いのかとか、これまでの判例からすればどのような帰結になりそうか、とか、そういったことが検討しにくいわけです。


 判例になるような事案て、要するにイレギュラーな事例です。
 そういう事例ばかり並べられても、断片的な理解になってしまいがち。

 判例を沢山知っている、じゃあ借地借家法を日常使いできるか、というと、まあ無理ですよね。

 もちろん、紛争予防のために判例を勉強する、というのは有りですが、判例で問題になった事案なんて世の中にある借地借家問題のうちの一部分にすぎません。
 どれだけ大量に判例を勉強したところで、それは実務のうちの一部分にとどまるわけです。
 
 判例にならない領域というのが確実にあって。
 このブログでもよく対比しているように、「紛争系」に対する「日常系」の領域。

 判例を詳述するならするで、あわせて「判例の読み方」も書いていてくれていればいいんですが、そういう方法論が書かれているわけでもなく。


 ちなみに、このあたりのこと、下記の本で「通常事例思考」と言われているものと同じものだと、私は勝手に思っています。

 フリチョフ・ハフト「レトリック流法律学習法」(木鐸社1993)

 この本、『法学学習本』として私の中では最高峰の本なので、しっかり読み直してからちゃんと紹介したいところ。
 タイトルの「レトリック流」というのが、「ビームサーベ流」ぽくてアレなんですが。


 話は戻って、いろいろ気になる記述はあるんですが、主なものだけ。

・「定期借地権」のところ、事業用が二種類(10〜30年と30〜50年)あるのなんで?と思ったんですが、それぞれの制度の内容が並列的に書かれているだけで、そういう視点からの記述がありません。

・民法(債権関係)改正(案)を反映しているとあるんですが、あくまでも601条以下の「賃貸借」の改正箇所がメイン。
 たとえばですが、「根保証」の改正のような、保証人条項に大きく関わる改正については触れられていません(同じことを下記の記事でも書きました)。

 後藤巻則「契約法講義」(弘文堂2017)

 「担保責任」の改正については、改正内容だけは書かれているのですが、この改正が借地借家関係にどのような影響を及ぼすのか、といったことが書かれていない。売買の条文をなぞっただけ。

 実務本でもない、民法学者の書く「借地借家法」単独の本に期待するとしたら、「賃貸借」の箇所の改正のみならず、それ以外の箇所の改正も含めて、改正法を借地借家関係に当てはめたときにどのように投影されるか、ということではないかと思います。
 ある特定の契約類型を前提になされた改正が、借地借家関係とうまく接合するのか気になるわけですが、まあそういう視点では書かれていない。

・立退料の支払と物件明渡しの関係が先履行か同時履行かって話で、執行文付与とか強制執行開始の要件とかってことがちらっと書いてあります。これだけ書かれたって初学者は理解できませんよね。

 すでに「手続法」も一通り勉強していることを前提としてしまっているんでしょう。

 が、上記記事でも書いたとおり、手続法について書くならそれだけ読んで理解できるように書いてほしい。
 入門書のつもりならば。

 「民事執行法」などで一般的に議論されていることが、借地借家関係に当てはめたときにどうなるか、というのは、「民事執行法」側でも正面から論じられているわけでもないですし。

紙幅の関係云々いうなら、はじめから書かなければいいし。


 ここまで書いてきてふと思ったのが、米倉明先生の『プレップ民法』のこと。

 米倉明「プレップ民法(第5版)」(弘文堂2018)

 こちらは「民法を勉強したい」と言われた場合に必ず勧める本です。

 この本では1つの売買契約を軸に、民法の財産法全体を解説しています。

 私が民法の教科書に対して常々不満に思っている、パンデクテン方式の編別順に学習していくことの理解しにくさや、論点ごとに想定されている契約類型があれこれ変わってしまうといった問題点が、見事に解消されています。

 今回の本も、借地借家法の解説をメインにするのではなく、借地借家契約を軸にして民法全体を解説する、という本にすればよかったのに、と思いました。

 売買の場合は売主と買主の力関係は場合によって入れ替わりますが、借地借家の場合は、例外はあるにせよ一般的には、貸主(強い):借主(弱い)という力関係が多いはず。
 ので、利益衡量の手習いをするには、売買よりもやりやすいでしょうし。

 また、不動産売買をしたことがなくても不動産賃借はしたことがある、という人は多いと思うので、自分の身におきかえて想像することもしやすいでしょうし。


 ということで、借地借家法の「入門書」に期待するとしたら、

・民法の知識を前提とせず、むしろ(借地借家にかかわる)民法の知識も身につけることができる。
・手続法の知識を前提とせず、むしろ(借地借家にかかわる)手続法の知識も身につけることができる。
・民法や手続法で議論されていることを、借地借家関係に投影したときにどうなるか具体的に検討している。
・借地借家法の勉強をしながら、法学の学び方や判例の読み方も勉強することができる。

といった感じ。
posted by ウロ at 15:10| Comment(0) | 民法
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