2019年12月23日

税法・民法における行為規範と裁判規範(その2)

 前回の続き、次は税法が行為規範かつ裁判規範であるという点について検討します。

税法・民法における行為規範と裁判規範(その1)

 それぞれの記述を再掲しておきます。

A 田中二郎「租税法(第3版)」(有斐閣1990) 57頁
 「法規そのものの意義、性質についていえば、私法関係は、原則として、当事者の自主自律に委ねられ、私法法規は、当事者間で問題を解決することができない場合の裁判規範の性質を有するものであるのに対し、租税法規は、それに従って課税が行われるべき行為規範であると同時に裁判規範でもあること(租税法は、元来、当事者の話合いによる取引妥協を許さない)、私法と租税法では、その規律の立場を異にするため、概念の相対性を承認する必要があること、経済取引等の私法上の効力の有無は、直ちに租税法上の課税要件の存否に影響を及ぼすものでないこと等、租税法の独自性を認める必要がある。」

B 三木義一ほか「よくわかる税法入門 第13版」(有斐閣2019) 24頁
 「民法の場合は、当事者が原則として契約の自由を行使して、紛争が生じたときに裁判所に判断してもらう規範(裁判規範)ですから、裁判官が合理的に判断できればいいかもしれません。しかし、税法は税務署と納税者に直接向けられていて、両者ともに税法に定められたとおりにしなければならず(行為規範)、しかも、納税者は申告をしなければならないのです。」


田中二郎「租税法(第3版)」(有斐閣1990)
三木義一ほか「よくわかる税法入門 第13版」(有斐閣2019)


 お題目自体はそのとおりなんでしょうが、記述Bで挙げられている「行為規範」の例に違和感。

 行為規範というのは通常、これから行為をするにあたって「こういう行為をしなさい/してはいけません」と示されるルールのことです。
 が、バリバリ行為規範性のある刑法がそうであるように、「○○したら△△の刑を処する」みたいな書き方をされることがあります。

 こういう書き方だからといって、「これは裁判規範にすぎず行為規範ではない」などと言われることはなく、行為規範としての読み替えが行われます。

 裁判規範:裁判官に対して
  ○○した人には△△の刑を科しなさい。
   ↓
 行為規範:一般人に対して
  ○○してはいけません。

 このあたりを意識して税法規範を抽出すると、「こういう取引をしたら○○税が発生しますよ」というものになるかと。
 でまあ、通常人はなるべく課税を回避したいわけで、これが行為規範として機能することになります。
 たとえば、同じ経済目的を達成するのに、甲契約なら課税される・乙契約なら課税されない、じゃあ乙契約でいくかとなったときに、税法が行為規範として働いた、ということができます。

 ところが記述Bでは、すでに取引が終わった後で、税務署と納税者が、どういう税金が発生するかを判断する場面で働く規範を行為規範だといっています。
 が、これはどう考えても、当該取引を事後的に評価する場面です。

 このようなものを行為規範だというならば、審判官が裁決書を書く「行為」に働く規範も行為規範だし、裁判官が判決書を書く「行為」に働く規範も行為規範だということになってしまいます。

 まあたしかに、「行為/裁判」という概念を言葉のニュアンスで理解するなら、記述Bのような書き方をしてしまうのかもしれません。
 裁判規範のほうは裁判て書いてあるから裁判で働く規範だな、じゃああとは全部行為規範ってことだな、みたいな。
 ここでいう「行為」というのは一体何のことなのか、ということをしっかり詰めていないわけです。

 が、わざわざ規範を二分類する意味がどこにあるか、それぞれの機能を検討することなしに割り振ることはできないはず。


 規範の分類ということで想起されるのが、新堂幸司先生が「当事者の確定」で提唱された「規範分類説」。

 これは、同じ当事者の確定であっても、手続段階によって考慮すべき事情が違う、という考え方かと思います。
 そういった観点から、それぞれの手続段階によってどのような規範が望ましいかを組み立てていくと。



  新堂幸司「新民事訴訟法 第6版」(弘文堂2019)
 (みんな第6版が出たぞー!)

 これが税法だとどうなるんだ、というと、
  ・これから取引する段階でどういう税金が発生するかを判断する規範
  ・すでに行った取引につきどういう税金が発生するかを判断する規範
とで、規範の働き方が違うのではないか、と思います。

 そうだとすると、これらはそれぞれ「事前規範/事後規範」と名付けておくのが望ましい気がします。
 私人の取引行為を軸に「事前/事後」で区分すると。


 また、上記記述では「裁判」規範と書かれていますが、当然のことながら税法上の手続は「裁判」だけではありません(記述Bの書きっぷりからすると、おそらくですが「裁判」どころか「判決」規範しか意識されていないような)。

 税法上の手続をキーワードとともにざっくり並べると、次のような感じ(調査官をどこに入れ込むか考えましたが、修正申告の勧奨をするってことで3アにねじ込みました)。

  1  私法上の取引: 私人
  2  確定申告: 私人
  3ア 税務調査: 私人(+調査官) 修正申告
  3イ 税務調査: 税務署長 更正・決定
  4  再調査の請求: 税務署長 決定
  5  審査請求: 国税不服審判所 裁決
  6  訴訟: 裁判所 判決

 1で働く規範が行為規範、6で働く規範が裁判規範と言えるとして、2〜5は何規範なのか。
 行為/裁判の二分論ではカバーしきれていません。

 ちなみに、田中成明先生は、裁判規範ではなく「裁決」規範という表現を使っています。



  田中成明「現代法理学」(有斐閣2011)

「リーガルマインドとは何か?」

 「裁決」というと、たまたま5と用語がかぶっていますが、それよりも広く、一定の機関による拘束力のある判断くらいの意味だと思います。
 で、この用語を使った場合でも、5はカバーできるとして2〜4はどうなのか。

 実際に規範の働き方をみると、1では私法上の取引をする前の段階で事前に税法規範が働いて、それ以降はその取引をどう評価するかという事後的な判定規範として働いていることになっています。

 1  私人 → 取引
 2  取引 ← 私人
 3ア 取引 ← 私人(+調査官)
 3イ 取引 ← 税務署長
 4  取引 ← 税務署長
 5  取引 ← 審判所
 6  取引 ← 裁判所
(※厳密には、たとえば訴訟であればその判断の対象は課税処分の適法性ですが、実体法上は取引の課税要件該当性の有無を判断することになるので、上記の図式でも許されるかと)
 
 そうすると、前述のとおり、規範を「事前規範/事後規範」とに区分して、1のみが事前規範であとは事後規範と理解するのがよさそう。

 もちろん、1〜3アの場面は「私人」に向けられた規範という意味で、それを「行為規範」と括ることもできるでしょう。
 が、1と2・3アでは規範の働き方が違う、ということは意識しておくべき。

 というか、私人にとって重要なのは、取引前にどういう税金が発生するかが明確であることのほうでしょう。
 実際、税法学者が課税明確主義とか借用概念論でいうところの「納税者の予測可能性」って、1の場面のことを念頭に置いて言っているはずです。
 のに、なぜか記述Bでは行為規範の例で1がでてこない。
 
 確かに、「事故に遭って不法行為債権を取得した」という場合を想定するならば、1を飛ばしていきなり2がくる、というのは分かります。
 そうだしても、行為規範として真っ先にあげるべきなのは、1の場面じゃないのかと。



 この「事前/事後」という時間軸とは別に、それぞれの手続で働く規範の内容は違うのではないか、ということが問題になりえます。

 伝統的な理解ではおそらく、「裁判規範」が法規範の中心的機能として捉えられていたと思います。
 で、それ以外の手続で働く規範は「裁判になったらどう判断されるか」という裁判規範の反映にすぎない、というような理解ではなかったかと。

 これに対して廣田尚久先生が「紛争解決規範」というものを提唱されています。

 

  廣田尚久「紛争解決学講義」(信山社2010)
  廣田尚久「紛争解決学」(信山社2006)

 裁判外の手続あるいは裁判内でも和解で働く規範は、裁判(判決)規範とは違うものがあるのではという問題意識(和解規範、調停規範、仲裁規範などなど)。
 それぞれの手続において、単なる裁判規範の反映としての規範ではなく、独自の規範がある(あるべき)のではないか、ということ。

 この考えを参考にすると、税務上も(1だけでなく)2〜5までで働く規範は6の裁判規範とは内容が違うのか(現状認識)、あるいは違うべきなのか(規範論)ということが問題となっておかしくない。

 特に、税法が「申告課税方式」をとって私人に一次的な判定を委ねていることからすると、1だけでなく2・3アも、4以降とは違った考慮が必要になるのではないか、とか。
 この限りでは、記述Bが2・3アの場面を取り上げているのは理解できます(が、1をあげないのはやはり解せない)。

 私がこのブログで「日常系税務」とかいっているのも、「紛争系」とは異なる税務があるのでは、という問題意識からの造語です。
 落とし所の具合が、審判所・裁判所まで行った場合とは違ったところにある、ということ。

【日常系税務】
税理士だって日常系税務でリーガルマインドを実践したい!

 そしてこれは、弁護士先生の書く税務本が、税務判決中心の記述になっていることへのアンチテーゼでもあります。


 しかしまあ、「租税法規は明確でなければならない」なんてことは、言わずもがな当たり前のことです。

 のに、うかつに民法をサゲたせいで、こんな野良ブログに延々とイジられ倒されることになるとは、大変ですね。

この問題、もう一つ考えなればならないことがありますが、余力があれば続きを書きます。

税法・民法における行為規範と裁判規範(その3)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その4)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その5)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その6)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その7)
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