解釈の解釈は終わりました。〜最高裁令和2年3月24日判決
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さて、最近は本一冊を読み通す集中力も減退ぎみですが、この本は面白くて一気読みできました。
タイトルだけみると、うす味のビジネス書風。
ですが、中身はガチガチの租税法学もの。
浅妻章如「ホームラン・ボールを拾って売ったら二回課税されるのか」(中央経済社2020)
ある意味タイトル詐欺よ。
表紙イラストに野球ボールを書いたりとか、いかにもユーザーフレンドリーな雰囲気出してますけども(このボール、飛んでるっぽいんですが全く躍動感ないの。これは時間停止ものか?)。
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このブログで中央出版社さんの書籍を取り上げるのは初。
どちらかというと実務書メインの出版社なので、学術書イジりを主食とするこのブログとはあまり交わらない。
なお、学術書イジりが過ぎて、各学術書出版社からはガン無視されているような気がするこのブログ。
この記事も、著者及び出版社から禁忌として扱われる気がしないでもない。
この本はタイトルから受ける雰囲気に反して、ガチ目の学術書といっていいと思います。
メインテーマが「二重課税」とか、もうね。
ということで、このブログで取り上げてみることに。
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ちなみに、この本自体の問題ではないのですが、「二重課税」という用語には要注意。
というのも、「二重課税」と表現すると、課税するのが不当だという結論を先取りしているように読めてしまいます。
が、たとえば、法人税と法人事業税(所得割)は、同じく法人の課税所得に課税されるわけですが、これが二重課税だから不当だとは一般的に考えられていません。
また、地方法人税や法人住民税(法人税割)は法人税額を課税標準とするわけですが、これは税金に税金をかけるもので二重課税だから不当だとも考えられていません。
あるいは、不動産取得税と固定資産税は同じく不動産にかかる税金ですが、取得と保有で違うとかいうことで、これも二重課税で不当だとはされていません。
要するに、同じようなものに同じような課税をすることそれ自体では不当だという評価はでてこない。
(ただし、これらはあくまで一般的には、ということで、当たり前を疑う必要はあるでしょう。)
極端な話、たとえば、あるひとつの不動産の売却益に対して、譲渡年と翌年の2回にわたって課税したとしても、それが直ちに不当かというと必ずしもそうはならない。
というのも、仮に、現行法では譲渡年に分離で税率20%のところを譲渡年は分離10%、翌年も分離10%という制度に改正する、としてもおかしくないわけです。
この場合、ある種の(一部)納税猶予になってむしろ納税者有利ですし(ので、割引価値を考慮して合計20%超の税率(10%+10%+α%)というのも許容されうる)。
ということで、二重課税らしきものがあっても、不当なものとそうでないものがある、ということは、この用語を使う際には念頭においておいたほうがよいです。
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ここでは「不当」という法的に曖昧な用語を使いましたが、二重課税が問題となりうるレベルは一つではないです。
【問題となりうるレベル】
1 憲法解釈論: 2つの課税が憲法解釈上許されるか。
2 法律解釈論: 2つの課税が法律解釈上許されるか。
3 立法論・政策論: 2つの課税は租税政策上望ましいか。
それぞれのレベルで「不当」とか「許されない」というのは、
1 違憲(法令違憲/適用違憲)
2 違法
3 妥当でない、望ましくない
などと表現されることになります。
そして、実際に二重課税が問題になるとしたら、ほぼほぼ3のレベルが主戦場かと。
というのも、2(法律解釈)のレベルで二重課税が問題となるのは、あくまでも課税を排除する旨の個別規定がある場合に限られるからです。
たとえば、所得税法9条1項16号のような。
所得税法第九条(非課税所得)
1 次に掲げる所得については、所得税を課さない。
十六 相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの
そういった個別規定がないかぎり、二重課税それ自体は法律レベルで問題とはなりにくい。
じゃあってことで、一つレベルをあげて1(憲法解釈)だとどうか。
やはり憲法解釈レベルでも、二重課税を問題とするのは難しいと思います。
憲法問題にできるとしたら、複数課税を合計したら税率100%近くになっちゃった(財産権の侵害)とか、本人が任意に選択しえない属性でもって追加的な課税がされる(平等原則違反)などといった場合でしょうか。
が、それはまさにそのこと自体が憲法違反となるのであって、あえて「二重課税」という迂路を経由させる必要はないような。
ということで、二重課税問題の主戦場は3(政策論)のレベルだろうと。
課税は常に被課税者(納税者)の効用を損ねるわけで、効用を損ねることだけから課税は望ましくないという結論は導けません(納税気持ちイイッ!とかいうアブノーマリティは考慮外)。
課税パターンがA・Bとある場合に私人+国家の効用の総量がもっとも多くなる課税をすべき、とか、私人の効用が異常に減少してしまうから課税すべきでない、などといった議論をするのが政策論のレベル。
と、ここまでひたすら文章でつらつらと書いてきたようなことを数理的に説明してくれているのが本書となります(当然ながら、本書のほうが段違いにレベルが高い)。
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浅妻先生といえば、下記教科書の「第4章 個人の所得課税」を執筆担当されています。
中里実ほか「租税法概説 第4版」(有斐閣2021)
以前この本の書評を書いていますが、改めて読み返してみて第4章はイジりを入れていないのでセーフ(何が?)。
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章タイトルは次のとおり。
第1章 ホームラン・ボールを拾って売ったら二回課税されるのか?
第2章 生命保険年金受給権に相続税を課すのに、さらに所得税も課すのか?
第3章 公平と中立性との違い
第4章 所得税があるのに相続税も課すのはおかしいのではないか?
第5章 家族を扶養したら、寄附金と同じように所得を分割できるのか?
第6章 【利子に課税しないほうが中立・公平である】という考え方は金持ち優遇とは別
第7章 資産課税も利子課税と同様の二重課税を含んでいる
第8章 法人所得課税と個人所得課税の二重課税を調整する方法はない
第9章 今年黒字なのに税金を納めない輩がいるのは、けしからん?
第10章 消費税(付加価値税)の納税義務者を規定しても負担者は分からない
第11章 外国で納めた税額について日本で二重課税を救済する
第12章 貧しい人に低価格で保育や教育を提供すべきか?
第13章 才能を測定できるなら才能に課税すべきか?
どうにかキャッチーにしようと頑張っているのでしょうが、そこはかとなく漏れいづるガチ感。
実際、第1章からフルスロットルよ。
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全面にわたって数理的な説明をしてくれているので、自分でエクセルイジりながら読み進めれば、言わんとすることはなんとか理解できるはず。
そういう意味では、はしがきにも記載のとおり、法学的素養がなくても読めます。
が、一貫した数理的な説明が仇となって、その主張が「解釈論」なのか「政策論」なのか、油断しているとどちらを論じているのか分からなくなります。ここまでが「解釈論」、ここからが「政策論」といったラベルが貼られているわけではないので。
もちろん、そのことを自分で強めに意識しながら読めばいいんでしょうが、少なくとも非・法学学習民には無理ですよね。
確かに、そのへんの法学入門書にかかれているような「法的三段論法」などというものは、額面通りに受け取れるものではないと、私も思います。
「大前提(規範)⇒小前提(事実)⇒結論」の順番どおりに解釈するなんて、現実的ではなかろうと。
極端な場合には、
結論⇒事実・規範
と、結論を決めてから、事実認定や規範定立を調整するとか、そこまでではないにしても、
規範⇔事実⇔結論
と、3つの間をいったりきたりしながら、全体をかためていく、というのが現実だろうと思います。
ので、表向きの着飾った理由付けに惑わされることなく、背後にある本当の理由付けを探る、ということが重要となります。
が、そうはいっても、やはり定石通りの法解釈お作法についても一度手順を踏んで理解しておくべき、とも思います。一応、業界の共通言語なわけですし。
【法とフィクション】
来栖三郎「法とフィクション」(東京大学出版会1999)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その5)
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ということで、この本を先に読むとしても、その後に定石通りの法解釈お作法を身につけてから再度読み直してみるといいと思います。
共通言語、ということでいうと、解釈論/政策論のラベルはないものの、当該主張が租税法学の共通了解なのか異説なのかといった区別は逐一書いてくれていますので、そういう点では安心して読めます。
なお、二重課税とはちょっとズレますが、刑事罰を課すこととの「二重処罰」の問題は、数理的に一元化して分析することはできるんでしょうかね?
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はしがきに「良い入門書が既に複数ある」と書かれているんですが、そんな入門書があるなら教えてほしい。
初学者がいきなり読んでも大丈夫な入門書だと私が思えるのは、今のところ佐藤英明先生の「プレップ租税法」くらい。
佐藤英明「プレップ租税法 第4版」(弘文堂2021)
税法思考が身につく、理想の教科書を求めて 〜終わりなき旅
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二次元にしか興味がないといいながらも、そちら系の喩えとかが全くでてこないのは、さすが学者としての自制心ですかね。
初めての単著、とかいったら浮かれて自分の趣味をふんだんにぶち込みそうなものですけど。
これは、それにも劣らず二重課税問題も大好きだから好きなもの同士を混ぜ込みたくない、ということでしょうか(何の話?)。
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さて最後に、徹底した数理による説明を尽くしたこの本に、例の記述をぶつけてみましょう。
三木義一ほか「よくわかる税法入門 第17版」(有斐閣2023)
初版はしがき
「この本を読んだ方が、税法の中に数式ではなく、人々の生活の息吹や社会の動きを感じ取って、税法の面白さを少しでも理解してくれたら」
この記述、以下の記事でも引用していて(しつこい)、自分の考えに対するアンチテーゼとしてフル活用中。
数理的な説明と、息吹を感じるなんてスピリチュアルな説明とで、どちらに説得力があるかということです。
窪田充見「家族法 第4版」(有斐閣2019)
横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)
【租税法の教科書の最新記事】
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