まあ社名に法務ってあるんだから、税務がそれほどでも、意外でも何でもないのかもしれませんが。
井上康一・仲谷栄一郎「租税条約と国内税法の交錯 第2版」(商事法務2011)
本書は「国際租税法」の中でも、国内税法と租税条約の絡み具合に絞って徹底的な分析をしたもの。
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ちなみに、私の中では書籍のジャンルとしての「国際課税、国際税務」と「国際租税法」とは便宜的に使い分けています。
一般的な使い分けではありませんが、次のとおり大きく二方向に分かれること自体はイメージいただけるかと。
・国際課税、国際税務(実務書)
とにかくそういう制度になっている、ということばかりが書いてあるもの。
法令・通達・国税庁のサイトに書かれていること以外には踏み出さない。
書かれていること以外にはさっぱり応用が効かない。
・国際租税法(理論書)
法解釈論が展開されているもの。
なぜなに、といった理由づけがしっかり書かれている。
なので書かれていない論点にも応用が効く。
あくまでも、書籍のタイトルではなく中身を読んでの判断です。
後者(理論書)の代表が本書であり、あるいは増井先生・宮崎先生の下記教科書。
制度の説明に終止しがちなところ、きっちり理論を展開しています。
増井良啓・宮崎裕子「国際租税法 第4版」(東京大学出版会2019)
両書とも、実務でも応用可能な理論書、という評価ができるかと思います。
前者(実務書)については名指しはしませんが、読んでいて「無味乾燥でつまんねー」と感じたら前者だと思っていいのではないでしょうか。
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本書は残念ながら、改訂が2011年の第2版で止まってしまっています。
総合主義⇒帰属主義への改正が反映されていないなど、ちょっとつらい。
が、上記の通り応用が効く理論書なので、「国際課税」な実務書とは違っておよそ使い物にならねえ、ということにはなりません。
そもそもこの領域、あれやこれやの租税条約に応用して当てはめていく必要があります。
書籍で全ての租税条約を網羅しているはずもなく。だいたいネタになる租税条約の規定は、お馴染みのメンツばかりです。
国内税法 ←租税条約(いろいろ)
それが今度は国内税法のほうがかわりました、ということなので、応用の延長線上の話です(共時的な応用が通時的な応用へ)。
国内税法(旧法⇒新法) ←租税条約(いろいろ)
しかも、本書の場合、国内税法⇔租税条約の関係をメインに論じたものなので、個別の規定に改正が入ったとしても、そこまで露骨に影響を受けたりしない。
これが「実務書」だと、制度が変わった時点でその記述はまるごと参考にならなくなる、という事態に陥ります。
まあ、さすがにちょっと古いかなあ、とは思いますが。
そうはいっても、このレベルの類書がないので代替がきかない。
○
以前の記事における私の問題関心の中心は、税法における著作権の「準拠法」はどのように決まるかという点にありました。
非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(まとめ)
本書には、「準拠法選択」という観点が意識された分析はありませんでしたが、その手前までは書かれていたので敷衍してみます。
なお、本書では「日本法人が韓国法人に韓国での特許権の譲渡対価を支払った」という事例で検討されていますが、下記事例に引きつけて論じます(という応用ができるのが、本書の優れたる所以)。
《事例》
日本法人A社が甲国法人B社(日本にPEなし)に対し、B社の著作権を甲国内で利用するための利用料を支払った(日本・甲国租税条約の使用料条項は債務者主義)。
所得税法 第百六十一条(国内源泉所得)
この編において「国内源泉所得」とは、次に掲げるものをいう。
十一 国内において業務を行う者から受ける次に掲げる使用料又は対価で当該業務に係るもの
ロ 著作権(出版権及び著作隣接権その他これに準ずるものを含む。)の使用料又はその譲渡による対価
161−35(使用料の意義)
法第161条第1項第11号ロの著作権の使用料とは、著作物(著作権法第2条第1項第1号((定義))に規定する著作物をいう。以下この項において同じ。)の複製、上演、演奏、放送、展示、上映、翻訳、編曲、脚色、映画化その他著作物の利用又は出版権の設定につき支払を受ける対価の一切をいうのであるから、これらの使用料には、契約を締結するに当たって支払を受けるいわゆる頭金、権利金等のほか、これらのものを提供し、又は伝授するために要する費用に充てるものとして支払を受けるものも含まれることに留意する。
まずは一般的な実務書の記述。
【普通の実務書】
・国内税法 税率20.42%
しかし使用地主義なので課税なし
・租税条約 税率10%
債務者主義なので課税あり
・国内税法 租税条約で源泉地が置き換わるので課税あり
とにかくこうなる、という結論だけが書かれていると。
対して本書では、この結論に至る根拠が詳細に分析されています。
【本書による目地埋め】
・国内税法における所得の定義自体は、租税条約による変更は受けない。
・源泉地の置き換えは租税条約の「使用料条項」の働きによる。
このことは下記の第一文で確認されている(確認的規定)。
・租税条約上の使用料が国内源泉所得となっても、自動的に11号所得になるわけではない。
下記第二文により、使用料条項に対応する11号所得に決定される(創設的規定)。
所得税法 第百六十二条
(第一文)
租税条約(第二条第一項第八号の四ただし書(定義)に規定する条約をいう。以下この条において同じ。)において国内源泉所得につき前条の規定と異なる定めがある場合には、その租税条約の適用を受ける者については、同条の規定にかかわらず、国内源泉所得は、その異なる定めがある限りにおいて、その租税条約に定めるところによる。
(第二文)
この場合において、その租税条約が同条第一項第六号から第十六号までの規定に代わつて国内源泉所得を定めているときは、この法律中これらの号に規定する事項に関する部分の適用については、その租税条約により国内源泉所得とされたものをもつてこれに対応するこれらの号に掲げる国内源泉所得とみなす。
(以下、それぞれ「第一文」「第二文」といいます。)
所得税法162条の、特に第二文に重要な役割をもたせる、というのが特徴的ですね。
なお、第一文について、本書では租税条約の置き換えを確認しただけ(確認的規定)という理解を示されています。
が、租税条約段階では「課税できる」とされるだけで「課税すべき」とはなっていません。
私としては、この第一文が「租税条約にしたがって課税しますね」と宣言しているように読めるのですが(創設的規定)、まあ大した話ではないですかね。
租税条約: 債務者所在地で課税してもいいよ。
第一文: 債務者所在地で課税するよ。
ここまではなるほどそうなんですね、というところですが、私の最大の関心事である著作権の準拠法がどう決まるかがはっきりしません。
本書の記述によると、国内税法上は日本の著作権法を前提としている、租税条約で源泉地が置き換えられることで甲国の著作権法が取り込まれる、と考えているように読めます。
が、租税条約には源泉地の置き換えのことしか書かれていないのであって、著作権の準拠法については特に何も書かれていません(もちろん全租税条約をチェックしたわけではないですが)。
使用地が日本か甲国のいずれかならまだしも、第三国の場合にはどうなるのか。
この点、私見では、国内税法上の著作権も租税条約上の著作権も、日本の通則法上の「条理」にしたがって使用地の著作権法が準拠法となる、と考えることは以前の記事通り(法適用通則法説。以下、条理なので明文はないものの、便宜的に「通則法によれば」などと表現します)。
同説によれば、11号ロにいう著作権には、通則法により外国の著作権が含まれることになります。
日本の著作権が外国の著作権に「置き換わる」わけではありません。
・外国法置換説
11号ロの著作権 ⇒ 日本の著作権 ⇒(置換)外国の著作権
・法適用通則法説
11号ロの著作権 ⇒ 使用地国の著作権
結局取り込まれるんだから同じじゃねえか、と思うかもしれませんが、この後に述べる「取込み方」に違いがでてくる可能性があります。
なお、租税条約に関しては、次のような条項があるのが通常です。
「一方の国においてこの条約を適用する場合には、この条約において特に定義されていない用語は、文脈により別に解釈すべき場合を除くほか、この条約が適用される租税に関するその国の法令上有する意義を有するものとする。」
準拠法選択について租税条約が何も述べていない以上、租税条約上の著作権は国内税法の著作権と同義に解することになると。
本書の分析に、「準拠法選択」という視点を加えた場合の《事例》のあてはめは次のとおり(制限税率は考慮外)。
・国内税法
「著作権」は使用地である甲国の著作権(条理)。
「国内において」とあるので国外源泉所得となる。
・租税条約
「著作権」は使用地である甲国の著作権(条理)。
A社の所在地でも課税できるとあるので国内源泉所得となる。
・国内税法 第一文(確認的規定?)
租税条約による源泉地の置き換えを容認。
・国内税法 第二文(創設的規定)
租税条約の「著作権」は11号の「著作権」に対応するので11号所得となる。
○
さて、使用地国の著作権法により判断するとして、具体的に外国著作権法の何がどのように国内税法に取り込まれるのでしょうか。
第二文でいうところの「対応」というのをどう考えるかです。
たとえば、日本の著作権が支分権aとbからなるとして、使用地国の著作権法が次のような場合はどう判断されるか。
A 支分権がa、cの場合
B 支分権がc、dの場合
C 著作権があらゆる使用行為に及ぶとされている場合
D 著作権が「著作者が利用できる権利」として構成されている場合
E 出版権にも著作隣接権にも該当しない権利が規定されている場合
F 著作者人格権が著作権に含まれて規定されている場合
G 独自の権利制限規定が設けられている場合
外国著作権法を11号ロにどのように代入するか、ということです。
11号ロ 「著作権(出版権及び著作隣接権その他これに準ずるものを含む。)」
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「法適用通則法説」によれば、それぞれの権利を使用地国の著作権法で判断することになります。
・著作権 ⇒使用地国の著作権
・出版権 ⇒使用地国の出版権
・著作隣接権 ⇒使用地国の著作隣接権
・その他これに準ずるもの ⇒使用地国のその他これに準ずるもの
A〜Dは、外国著作権法上「著作権」として扱われているのであれば、すべて著作権に含まれることになるのでしょう。
Eも外国著作権法上「出版権」「著作隣接権」として扱われているのであれば、やはり該当するとの判断になるのでしょう。
ただし、厄介なのが「その他これに準ずるもの」です。
日本の著作権法上もこれが何なのかよく分からないのに、外国の著作権法でこれが何にあたるのかを特定するの難しそう。が、これは国内税法の定め方の問題。
Fも、外国著作権法で著作権として扱われている以上、該当することになるのでしょう。
Gは、準拠法が日本の著作権法でも問題となることであって、外国著作権法特有の問題ではありません。
権利制限規定が適用されるにもかかわらず使用料を支払った場合に、「著作権の使用料」となるか。
私は該当しないと思うのですが、どうでしょうか。
このように、それぞれの権利の内容はあくまでも外国の著作権法によって判断すべきことであって、日本の著作権法にあわせて改変すべきでないと。
で、もしもこれら結論がおかしい場合は通則法上の「公序」で排除することになるのでしょう。そして、排除後にどうするかは国際私法学で論じられているところに倣うと。
法適用通則法 第四十二条(公序)
外国法によるべき場合において、その規定の適用が公の秩序又は善良の風俗に反するときは、これを適用しない。
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これに対して「外国法置換説」によれば、何らかの形で日本の著作権法も考慮に入れることが考えられます。
外国の著作権を日本の著作権で絞りをかける場合のあてはめは、次のようになると思われます。
A すべて一致を要する or 当該事案で一致(a)していればよい?
B 完全不一致なので非該当?
C 日本の著作権法に対応する利用があれば該当?
D 日本の著作権法に対応する利用があれば該当?
E 国内法に列挙されていないので非該当?
F 国内法に列挙されていないので非該当?
G 日本の著作権法に規定されていないので考慮外?
このように判断がややこしくなるのはさておき、日本の著作権法によって外国法の取込みを制限するの、租税条約どおりに課税すると定めた第一文に反していると思います。
第二文にしても、課税される前提で何号所得に該当するかの帰属を決定しているだけで、課税されないという結論は導けないはずです。
そうすると、外国法置換説によったとしても、日本の著作権法による絞りはかけずに、外国の著作権法がそのまま適用されると解すべきなんでしょう。
そうだとして、11号ロの「著作権+出版権+著作隣接権+その他これに準ずるもの」という枠組みを維持した上でそれぞれの権利に上書きをするのか、それとも、完全に外国の著作権法に取って代わるのか、そのあたりはどう判断することになるのか。
また、法適用通則法説における「公序則」のようなセーフガード条項無しに無条件で取り込むの、大丈夫なんだろうかとやや心配になる。
排除するにしても、何らの道具立てもないわけで。
ということで、外国法の取込みに関しては信頼と実績のある「法適用通則法」さんを頼りにする、というのが当ブログの推し取込み。
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