2020年10月05日

佐藤英明「スタンダード所得税法 第4版」(弘文堂2024)

※以下は「第2版補正2版(2020)」の書評です。

 「税法学」学習の入口として、今のところの最有力。

佐藤英明「スタンダード所得税法 第4版」(弘文堂2024)

 「租税法」の教科書、分かりやすい風の教科書がいくつか出ていますが、あくまでも「風」なことがほとんど。
 二色刷り、図表豊富、ですます調であることが、必ずしも分かりやすいわけではない、という罠。

税法思考が身につく、理想の教科書を求めて 〜終わりなき旅

 版を重ねている、というのも一般書籍であれば信頼性に繋がります。
 が、大学の教科書の場合は、毎年学生に買わせているだけ、というパターンもありうる。

法学研究書考 〜部門別損益分析論


 他方で、本書は正しく分かりやすい。

 「租税法」という名前の教科書で、複数税法を散開的に勉強するよりも、まずは、所得税法なら所得税法だけを一通り勉強したほうがいいと思う。
 特に個別法の勉強が進んでいない段階で「総論」的な記述を読んでも、よく分からないでしょうし。

 構成として、1頁目から「総論」的な記述が長々と続く教科書は、それだけで不親切設計だと看做しても、おおよそ間違いではないと思う。


 本書が特に優れているところは、逐一事例をあげることで具体的に理解できることと、個々の制度の理由付けが記述されていてなぜそのような制度があるのかを理解することができること。

 図表も豊富で、本文の説明を視覚的に理解することに繋がっている。
 そんなの当たり前、と思うかもしれませんが、図表と本文が一致しない書籍もあるんですよ。

三木義一「よくわかる税法入門 第17版」(有斐閣2023)


 珍しいのが「手続法」の記述もあること。
 通則法の説明が、ちゃんと所得税法向けにカスタマイズされていて。

 通則法の側から勉強しても、所得税法に限った記述になっていないので、どうしても理解しにくいところ。
 それが所得税法に適用されるかぎりでの記述になっているので、非常にイメージしやすい。

 「所得税法を一通り勉強する」という観点からしても、実体法だけでなく手続法まで触れているのは、とてもよい。


 ただし、私が本書を読んでいてどうしてもなじめないのが、事例に出てくる人物の名前が「アユミ」「イサム」からはじまって、カタカナ五十音順で続々と登場してくるところ。
 事例がでてくるたびに、キャラクターのイメージをセットしなおさないといけない。
 
 これはアレです、ロシア文学読んでて、登場人物の名前をさっぱり覚えられない現象に近しい。

ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」(光文社2006)

 や、長編なら、読んでいくうちに名前とキャラクターのイメージが出来上がっていくのでまだましかも。
 絶望的にキャラクター描写が下手な短編集を次々読まされる感じですかね。

 所得税法でたくさん事例をあげるのであれば、登場人物を絞ってもいけるはず。

 たとえば、

  仕事:学生⇒サラリーマン⇒個人事業主⇒会社経営⇒会社売却⇒投資家
  家庭:同棲⇒結婚⇒出産⇒離婚

などといった感じで人生を展開させれば、一人でも相当な範囲をカバーできますよね。

 ちなみに、大垣尚司先生の会社法の教科書であげられている事例は、会社の立ち上げから始まって会社の発展にあわせたひと繋ぎの事例になっています。

大垣尚司「金融から学ぶ会社法入門」(勁草書房2017)

 親切にも、冒頭に「登場人物一覧表」もあげてくれていて、非常にイメージがしやすい。


 なお、本書にかぎらず、租税法・所得税法の教科書にかならず書いてあるのに、私がいまだによく理解できないもの。

 それが「包括的所得概念」。

 現行所得税法が「包括的所得概念」を採用しているかのようなことが最初に書いてあるものの、個々の規定の解説の段階では、「包括的所得概念」とはそぐわないものがそこかしこに出てくる。

 これって、そもそも「包括的所得概念」を採用していないってことなんじゃないのかと。

 これがたとえば、藤田宙靖先生の行政法の教科書のように、「法律による行政の原理」を『ものさし』としてそれとの偏差で行政法学の展開を記述する、という使い方ならまだ分かります。
 あくまでも、現行所得税法の立場を理解するための『ものさし』としてならば。

藤田宙靖「新版 行政法総論 上巻」(青林書院2020)
藤田宙靖「新版 行政法総論 下巻」(青林書院2020)

 が、「現行所得税法は包括的所得概念を採用している」とか書くから、実際の規定との折り合いをどうつけるというのか、逐一疑問が残ってしまう。
 単なる抽象概念で無益なだけならともかく、そのような先入観があるせいで、現行所得税法のあるがままの姿を理解することの妨げになるというのなら、それは有害概念でしょう。

 もしかしたら、シャウプ先生の呪いで、租税法の教科書を書く人は必ず冒頭に「包括的所得概念を採用している(キリッ)!」て書かないと爆散する、のだとしたら、外野があれこれ批判するべきでないのかもしれません。
 が、そうだとしても、(人生の、ではなく教科書の)最後にこれまでの記述をちゃんと振り返って、適合率を正確に測定するくらいはできますよね。

【本書よりさらに手前の入門書】
佐藤英明「プレップ租税法 第4版」(弘文堂2020)

【法人税法の教科書】
渡辺徹也「スタンダード法人税法 第3版」(弘文堂2023)

【コラボもの】
窪田充見「家族法 第4版」(有斐閣2019)
posted by ウロ at 09:25| Comment(0) | 租税法の教科書
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