2020年11月09日

太田勝造「AI時代の法学入門 学際的アプローチ」(弘文堂2020)

 ※以下は、タイトルに釣られて買ったことと私の理解力のなさを自白する文章で構成されています(予め予防線)。

太田勝造「AI時代の法学入門 学際的アプローチ」(弘文堂2020)

 タイトルに「AI」が入り込んでいるものの、テーマを「AIと法」に絞っているわけではありません。

 用法としては、「縄文時代」とか「ダルビッシュ世代」などと同じ意味合い。
 あくまでもその時代を代表するもののひとつをあげているだけ。
 土器だけがあの時代の文化的特徴ではないし、あの世代がみなダルビッシュ投手のような選手ではないし。
 
 散開感という意味では、一昔前の『現代法学入門』などといったお堅めの本と同じ風。
 『現代』の部分を今様の流行りワードに入れ替えてみた、といった感じの。

 が、法学入門で「税込2,860円」という価格設定はお高め。
 もちろん、これだけ高度な内容からすればこれでも安いくらいだ、という自己評価はあるかとは思います。
 ですが、そもそも高度な内容であること自体、法学にほんのり興味をもった人が読めるものではない。

 昨今のリモート学習環境ならば、指定教科書として買わざるを得ないであろうことを見越してなのか、そうなのか(先輩お下がり市場及び図書館コピー文化の壊滅的状況を想起せよ)。

法学研究書考 〜部門別損益分析論


 本書は、従来の法学を「条文と判例の丸暗記」とサゲて、他分野の成果を取り込むべきだというところから始まります。
 これ、かつての《法と経済学》が流行りだしたころのノリを彷彿とさせる(以下、従来の法学を「従来型」といいます)。

 そのノリというのは、従来型を不合理だとサゲた上で、経済学内の道具立てで説明できない法制度は間違い!という勢いだったかと。
 私自身は最初からリアルタイムで体験したわけではないですが、出始めの頃を述懐した文章などを読むと、そういう印象を受けました。

 で、そのうち両分野を内在的に理解できる頭のいい人が現れてくると、そのような一方的な主張が緩和されてきて、従来型を活かしつつうまく取り入れられるようになると。
 結果、今となっては会社法などいくつかの分野で経済学の道具立てが取り入れられつつも、未だ、従来型の根幹の部分がごっそり入れ変わったわけではない。

 また、サブタイトルにある『学際的』という旗振り用語で私が思い出すのは、かつての「システム論」「システム理論」を法学に取り入れようという試み。
 個人的には、とてもおもしろそうだと思ったんですが、今どうなっているんですかね。

T.エックホフ、 N.K.ズンドビー 「法システム―法理論へのアプローチ」(ミネルヴァ書房1997)

 という感じで、他分野の成果を取り入れよう、という試みは過去何度も繰り返されているものの、従来型の枠組みが大幅に影響を受けることはなかった、というのが私の見立て。

 「法政策学」なんて、いまだに平井宜雄先生の教科書にとってかわるような教科書が出てきませんし。

平井宜雄「法政策学 法制度設計の理論と技法」(有斐閣1995)

 もちろん、個別論文のレベルでは展開されているのかもしれません。が、「教科書」レベルでどれくらい出てくるか、というのが一つの目安ではあろうかと思います。
 まさに、会社法だと教科書レベルでも「法と経済学」のアプローチが結構な割合で展開されているわけで。


 本書でも、あれこれ他分野のご紹介がされているのですが、現状の法実務の運用にどのように関わってくるのかがあまり見えてこない。

 すでにできあがっている建物を目の前にしながら「これよりも他にこんなに素晴らしい『建材』があるんですよ!」と、次々と建材の性能だけのセールストークを聞かされている感じ。 
 どんなに既存の建材よりも優れていたとしても、それを従来の建物に組み込むには一部修繕だけですむのか、それとも全面的な建替えが必要なのかといった、従来の建物との関係を説明してもらえないと、実際にそれを採用するかの判断ができないですよね。

 もちろん、それが専門業者の集まる建材見本市での話ならばそれで全く問題はないでしょう。
 が、一般消費者向けのフェアでそんな売り方してたらどうなるのさ、という話です。

 突飛な例え話をもって、私が何を問題視しているかといえば、タイトルに『法学入門』と冠していること。
 従来型の入口に擬態して、全く違う方向に連れて行こうとしている。

 この手の本は、あくまでも『アナザー』であって、法学入門者がいきなり読むものではない、というのが私の見立て。
 FFのXをやらずにいきなりX-2からやらせるかよ、という話。

ファイナルファンタジーX/X-2 HD Remaster

 今ならセットで買えるので安心。


 従来型を「海外の法制度・法学者の議論の紹介どまり」とディスりながら、本書でも同じようなノリで他分野のご紹介が展開されている(と私は感じました)。
 法学の内か外かの違いはあれど、《ご紹介感》が強いのは共通。

 また、従来型を「条文と判例の丸暗記」だと批判するものの、それ以上に詳しく説明しないまま「学際的」のほうのご紹介へ進んでしまいます。
 『守破離』でいうところの、いきなり『離』からはじめるやつ。
 あるいは、具象画から始めずにいきなり抽象画を描き出すみたいな。

 が、従来型に問題があるのならば、一旦はそれを内在的に理解するというプロセスが必要でしょう。
 でないと、従来型の何が問題で、そして「学際的」の何が優れているのかも理解できない。

 従来型がどんなにイケてないにしても、みんながそれに倣って長いこと実務運用をしてきたわけです。
 そのような積み重ねによる実績があること、それ自体に法的安定性という価値があるわけで。

 「王様は裸だー!」と暴露したとして、そもそも裸でいることが問題である、という共通理解が存在していなければ、その暴露は成り立ちません。
 さすがに裸だと喩えとして適切でないとすれば、「王様はお焦げ好きだー!」でもいいです。
 お焦げをどれだけ食べると体に悪いのか、そして王様はどれだけお焦げを食べているのか、といった前提事実が分からなければ、それがどれだけ問題なのか明らかになりません。

 もし仮に問題があるということで王様を失脚させたとして、そのあとの統治をどうするのか、ということも問題になります。
 お焦げ好きでもさしあたり統治がうまくいっているのならば、わざわざ現状をひっくり返す必要もないだろうと。
 
 「自然権」なるものの実在を証明できなくても、そのほうがみんなが納得できるというならば、そういう説明も残しておく、という戦略的判断もあるわけだし(王様の喩えが突飛なので、法学っぽい話に戻しました)。

【インセンティブ論×自然権論】
田村善之「知財の理論」(有斐閣2019)

 過去これまでの「学際的アプローチ」によるチャレンジが、法学の根幹を突き崩すところまでいっていないのは、既存の価値を捨ててまで取って代わるだけのメリットがみえていないからではないのか。


 従来型の法学入門をディスっているものの、この浅く広くの紹介の仕方、憲法・民法・刑法〜といった感じで代表的な法分野を概観していく概説書とあまり変わらないじゃん。

 今どきは、ポイントを絞って初学者に興味を持たれるような構成にしている法学入門もあるわけです。
 のに、わざわざ従来型の法学入門の構成に倣うという謎の所作。

 やはり共著は避けたほうが無難、という知見がまたしても積み重なっていく。


 以上、ここまでの論難は、あくまでもタイトルに「法学入門」を入れ込んだことに対するものです。
 中身はそのままで、アナザー、オルタナティブであることがわかるタイトルになっていてくれれば、我々《入門書警察》が出動することはありませんでした。

 専門書が売れない昨今だからこそ、売らんがな系のタイトルや宣伝文句には厳しい目を向けざるをえない。

【宣伝文句問題】
税法思考が身につく、理想の教科書を求めて 〜終わりなき旅
高木

 他方で、団藤重光先生のようにタイトルロンダリングしておいてくれれば、入門書警察的にはセーフ。

団藤重光『法学の基礎』(有斐閣2007)


 皆様が本書のタイトルをみて期待したことをそのまま実現したいならば、小塚壮一郎先生の新書を読むことをオススメしておきます。

小塚荘一郎「AIの時代と法 (岩波新書) 」(岩波書店2019)
posted by ウロ at 09:40| Comment(0) | 法学入門書探訪
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