伊藤滋夫編「租税訴訟における要件事実論の展開」(青林書院2016)
のはずなんですが、要件事実論の持ち込み具合が、各執筆者によりまちまち。
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要件事実論を論ずるにあたっては、前提として、たとえば次のような概念の違いを正確に理解しておく必要があります。
・解釈/評価/事実/証拠
・主要事実/間接事実
・本証/反証
・要件事実論/事実認定論
伊藤滋夫「要件事実の基礎 新版」(有斐閣2015)
伊藤滋夫「事実認定の基礎 改訂版」(有斐閣2020)
(ついに事実認定本も改訂版が!)
執筆陣の中で、ガチガチの要件事実論研究者は伊藤滋夫先生だけで、それ以外の方は租税法側からのアプローチ。
上記概念を正確に使えているのだろうかと、疑問に思わないでもない箇所がちらほら(ただの反証を抗弁と言っているのではないか、とか)。
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ところで、要件事実論の学習者が辿る一般的なプロセスは、次のような感じ(私見)。
1 序
民法内部で争われている解釈論を立体的に理解できることにカタルシスを感じる
2 破
要件事実論に配慮していない民法の教科書類をディスりだす
3 急
要件事実論を論じる前に実体法レベルでの議論を詰めておくことが大事だと気づく
こんなイメージを持っています。
【三部構成】
安田拓人ほか「ひとりで学ぶ刑法」(有斐閣2015)
要件事実的思考を租税法に導入するとかいうので、1のカタルシスが得られればいいな、と思って読んでみたのですが、残念ながら。
たとえば、「推計課税」とか租税法内部では錯綜した議論が展開されています。
ここに要件事実的思考を導入することで、租税法内部の議論が立体的に理解できるようになるかなあとか思ったんですが、そういうこともなく。
もちろん、私の感度があまりにも低レベルすぎるってだけの可能性もありますが。
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租税法の中では重要論点である「借用概念」とかも論じられています。
が、借用概念を要件事実論の観点から論ずべきことなんて「何もない」というのが私の見立て。
というのも、借用概念論は、税法上の概念を民法からお借りして解釈するかという問題です。
つまり、裁判所が当該概念をどのように「解釈」すべきか、ということ。
他方で、要件事実論は、あくまでも当事者が主張立証すべき「事実」が何かを論ずるものです。
借用概念なのか固有概念なのかが決まった後に、ようやく登場してくる。
ので、両者が交わることはない。
あえて交わらせようとするなら、「原則は借用概念として解釈されるから、固有概念であることを主張したい側がそのことを証明すべき。」みたいなことを言うか。
が、これはむりやり要件事実風に仕立て上げているだけで、そこに要件事実論の知見が生かされることは、まあないでしょう(傀儡感・脱殻感強い)。
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あるいは、たとえば『住所認定に租税回避の意思を含めるべきではない』という言明について、少なくとも当該意思が住所の「主要事実」とならないことを含意していることは分かるとして、さらに「間接事実」としても用いてはいけないといっているのかどうかを分析するとか。
主要事実を認定するための一要素としてなら考慮していいのか、あるいは、それすら許されない(法定証拠法則)ということなのか、みたいな。
まあこれは「事実認定論」に片足突っ込んでいる気がしますけども。
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完全に私の邪推ですけど、編集段階で『要件事実論の観点から論ずべき租税法の論点』についての洗い出し・絞り込み、というのをやっていないように思います。
論ずべき内容を、各執筆者にお任せした感じの。
だからといって、ガチガチに執筆方針を固めてしまうと不具合が生じることもあるでしょう。
【悲劇のパンデクテン】
「新 実務家のための税務相談(民法編) 」(有斐閣2017)
アクティブ・ラーニング租税法【実践編】(実税民まとめ)
が、要件事実論を租税法に導入する、なんて慣れないことをさせるのならば、事前に伊藤滋夫先生が要件事実マインドを各執筆者に叩き込んでおいたほうがよかったんじゃないですかね。
また、ちらっと上述したとおり、要件事実論のみならず事実認定論も交えたほうがいいような気もします。
私法側では分離して論じられていますけども、租税法で展開する際には一体として論じたほうがよさそう。
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租税法に要件事実論を導入することに否定的な立場の人もいるらしく。
本書は「租税法でも要件事実論大事だよ」側からの論文しかないので、否定論者の具体的な論拠はわかりません。
が、おそらくこういうことを問題視しているんだろうな、と思われる記述が本書の中にあったので、検討してみます。
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P.467
「取消訴訟の請求原因として、上記@の賦課期日における事務所等の存否に係る誤認が争点とされている場合には、被告地方団体は、抗弁として、納税義務者たる法人等が賦課期日において当該地方団体の区域内において事務所等の登記登録がなされていたという具体的事実(ここでは、台帳や登記簿等の形式的な登記登録事実が要件事実となる)を主張・立証しなければならない。これに対して、原告法人等の側で、賦課期日において事務所等を廃止し又は売却して、転出していたにもかかわらず、天変地異や事故等のやむを得ない事情により、登記登録抹消の手続きをすることができなかったことや建物等の所有権移転登記をすることができなかったような事実があるとするならば、再抗弁として、当該具体的事実を障害事実として主張・立証する必要がある。」
これは、法人住民税均等割についての、立証責任の分配に関する記述。
(地方税法で「事務所等」が使われているものはいくつかありますが、ここでは「法人住民税均等割」で代表させます)
この記述では、均等割が課税される「事務所等」の主張立証責任を
(抗弁)地方団体:
形式的な登記登録事実があること
を主張立証すべき
(再抗弁)納税者:
実質的な事務所実態がないこと、および
やむを得ず登記登録の移転・抹消ができなかったこと
を主張立証すべき
と分配することが書かれています(以下、主張立証責任は単に「立証責任」といいます)。
※抗弁から始まるのは、債務不存在確認訴訟と同じく更正処分取消訴訟の構造上の都合です。
が、これ率直にいって「要件事実ロンダリング」。
すなわち、正面から租税法律主義を潜脱することはできないので、立証責任の分配経由で条文を書き換える仕草(もちろん私の造語)。
【参照:趣旨ロンダリング】
横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)
以下、ロンダリングっぷりを敷衍します。
(登記登録の移転抹消は「登記抹消」で代表させます。また地方団体は「課税庁」といいかえます。)
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上記立証責任の分配によれば、納税者が立証に失敗した場合には、登記だけで均等割を課税できることになります。
確かに、「固定資産税」はそんな感じにみえる構造になっています。
地方税法 第三百四十三条(固定資産税の納税義務者等)
1 固定資産税は、固定資産の所有者に課する。
2 前項の所有者とは、土地又は家屋については、登記簿又は土地補充課税台帳若しくは家屋補充課税台帳に所有者として登記又は登録されている者をいう。この場合において、所有者として登記又は登録されている個人が賦課期日前に死亡しているとき、若しくは所有者として登記又は登録されている法人が同日前に消滅しているとき、又は所有者として登記されている第三百四十八条第一項の者が同日前に所有者でなくなつているときは、同日において当該土地又は家屋を現に所有している者をいうものとする。
第2項第一文で「台帳課税主義」をとりつつ、同項第二文で「じゃない場合」を認めると。
もちろん条文構造からだけで直ちに、第二文の立証責任を納税者側に負わせていいとはなりません。
「本文+但書」形式にもなっていませんし。
が、台帳課税主義という原則の例外、ということで、納税者に例外事由の立証責任を負わせることは不当ではない、という結論もありうるかと思います。
他方で、納税者に本証レベルの負担までは要求すべきではない、とか、反証レベルの負担は納税者に負わせるべき、などといった見解もありえて。
【租税実体法】
登記あり+第二文の事由なし ⇒課税する
登記あり+第二文の事由あり ⇒課税しない
実体法レベルでは、第二文の事由が存否不明の場合に課税できるのかどうかは分かりません。
これを明らかにするのが要件事実論のお仕事。
【要件事実論の展開】
A説:
課税庁 登記あり(本証)
納税者 第二文の事由があること(本証)
⇒納税者が「あること」の立証責任を負う。
B説:
課税庁 登記あり+第二文の事由がないこと(本証)
⇒課税庁ははじめから「ないこと」の主張立証をしなければならない。
C説:
課税庁 登記あり(本証)
納税者 第二文の事由がある可能性があること(反証)
課税庁 第二文の事由がないこと(本証)
⇒課税庁はさしあたり「登記あり」のみ主張立証すればよい。
納税者が「あることの可能性」を主張立証してきたら、「ないこと」を主張立証すべきことになると。
といった感じの議論をするのが「租税訴訟における要件事実論の展開」なんでしょう。
で、「台帳課税主義」というものをどれくらい重く見るのか、なぜ第二文の場合に登記名義人に課税しないのか、といった法の趣旨から結論を導き出すと。
とはいえ、第二文の事由は極めて限定されているので、その存否で争いになるとは考えにくい。
あくまで要件事実論手習いとして記述してみたまでです。
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翻って均等割。
地方税法 第二十四条(道府県民税の納税義務者等)
1 道府県民税は、第三号に掲げる者に対しては均等割額及び法人税割額の合算額によつて課する。
三 道府県内に事務所又は事業所を有する法人
条文構造は立証責任を課税庁・納税者に分配するような形にはなっていません。
また、下記の通知をみても、形式があればとりあえず課税、などとは考えられていません。
地方税法の施行に関する取扱いについて(道府県税関係)第1章 一般的事項
6事務所又は事業所
(1) 事務所又は事業所(以下6において「事務所等」という。)とは、それが自己の所有に属するものであるか否かにかかわらず、事業の必要から設けられた人的及び物的設備であって、そこで継続して事業が行われる場所をいうものであること。この場合において事務所等において行われる事業は、当該個人又は法人の本来の事業の取引に関するものであることを必要とせず、本来の事業に直接、間接に関連して行われる附随的事業であっても社会通念上そこで事業が行われていると考えられるものについては、事務所等として取り扱って差し支えないものであるが、宿泊所、従業員詰所、番小屋、監視所等で番人、小使等のほかに別に事務員を配置せず、専ら従業員の宿泊、監視等の内部的、便宜的目的のみに供されるものは、事務所等の範囲に含まれないものであること。
(2) 事務所等と認められるためには、その場所において行われる事業がある程度の継続性をもったものであることを要するから、たまたま2、3か月程度の一時的な事業の用に供する目的で設けられる現場事務所、仮小屋等は事務所等の範囲に入らないものであること。
課税庁側でも、実態のあることが課税要件だと捉えられています。
意外なことは、ここに登記登録といった事情が一切含まれていないこと。
便宜に流れがちな課税実務としては、前記のC説的な判断をするなり、そこまでいかないにしても判断要素の一つくらいにしていてもおかしくない。
のに、そのような内容になっていない。
【租税実体法】
実態あり ⇒課税する
実態なし ⇒課税しない
にもかかわらず、上記記述では、通知にすらない登記のみによって事務所あり認定してもいいんだと。
てっきりなにか別の税目のことを論じているのかと思ったんですが、間違いなく法人住民税均等割の箇所に書いてあります。
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上記記述のさらなる鬼っぷりは、納税者が実態がなくなったことの立証に成功したとしても、登記抹消できなかったことに「やむをえない事情」があったことの立証に失敗したら課税されてしまうということ。
「および」を太字にしたのは、その点を強調するためです。
(抗弁)地方団体:
形式的な登記登録事実があること
を主張立証すべき
(再抗弁)納税者:
実質的な事務所実態がないこと、および
やむを得ず登記登録の移転・抹消ができなかったこと
を主張立証すべき
考慮要素ですらない登記で課税するにしても、実態がなければ課税なしとするのであればまだましと言えなくもない。
ところが、実態がなくても登記抹消できなかったことにやむを得ない事情がなければ(あることが証明できなければ)課税するんだと。
これ、完全に地方税法を拡大解釈してますよね。
【要件事実ロンダリング】
(課税庁)登記あり ⇒課税する
+(納税者)実態なし ⇒課税する
+(納税者)登記抹消してないことのやむを得ない事情あり ⇒課税しない
租税実体法レベルでは実態が要件だったはずなところ、いつのまにかそれが登記にすり替わり、実態のほうは、それが無いことが再抗弁事実(のうちの一つ)に左遷されると。
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租税実体法を正しく理解した上で、その実体法を踏まえて立証責任の分配を行う、という手順を守るならば、以下のような流れになるはずです。
・まずは実体法上の「要件」を確認。
【租税実体法】
実態あり ⇒課税する
実態なし ⇒課税しない
が、実体法レベルでは、実態が存否不明の場合に課税できるかどうかが不明。
・そこで「要件事実論」を導入。
【要件事実論の展開】
実態あることを課税庁が立証 ⇒課税する
課税庁が立証失敗(実態なしor実態不明) ⇒課税しない
要件事実論により決定できるのは、実体法の要件である実態をどちらが主張立証すべきか、ということであって、そこで要件事実論のお仕事は終了。
要件事実論の領分は、あくまでも実体法の要件を主張立証用に翻訳することであって、実体法に存在しない要件を創設することではないはずです。
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「形式があれば課税」なんて立論、どれほど課税庁寄りな論者であっても、そこまで極端なこという人いないんじゃないですかね。
ところが、要件事実的思考を導入することで、そんな極論も臆面なく言えてしまうと。
要件事実論、魔法のクスリですか(カタカタで書く感じの)。
まあ、論者自身も「主観的」にはそんなつもりはなかったんだと思います。
要件事実論を絡めないで、単純に「事務所等ってどうやって判定するの?」と質問されたら、「実態で判断するよ」て答えると思うんです。
が、要件事実論を通すことでこんな暴論が出てきてしまうと。
あるいは、「10秒以内に立証責任を分配しないと人質に危害を加えるぞ!」とでも脅されたとか。
「分配」と言われてしまったので、どうにか課税庁・納税者に分けなければ、ということで反射的に形式と実態に分離させてしまったんだと。
ひでえ妄想書きやがるな、と思うかもしれませんが、これくらいの妄想事変がなければ優秀な学者先生がこのような記述を書いたことの説明ができなくないですか。
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導入否定論者が危惧するところは、こういうところにあるんじゃないですかね。
生半可な知識で要件事実論を導入してしまうと、こんな事態に陥ってしまうと。
「生兵法は大怪我のもと」の教科書事例。
編者の伊藤滋夫先生くらいガチガチの要件事実論研究者ならともかく、租税法学者が軽い気持ちで手を出すものではないと。
少なくとも、前記「3 急」段階まで進んでからはじめて、『さて、租税要件事実論の話をしよう』とやってくれと。
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そんな中で、宮崎裕子先生の『国際租税法における要件事実論−租税条約における立証責任の転換という手法の採用について−』という論文が別格。
ざっくり内容をいうと、PPT条項により支払者(源泉徴収義務者)に条約目的適合性の立証責任を負担させるのまずくないか、という問題意識で書かれたもの。
非居住者である受領者側の事情を支払者に証明させるとか悪魔かよ、と(もちろん、そんな表現はされていない)。
要件事実論を「導入」するかしないかなんて入口の議論は秒で通り過ぎて、本書籍のタイトルどおり、きちんと要件事実論が「展開」されています。
単純に、私が宮崎節に心酔している、というだけかもしれませんが。
解釈の解釈の介錯 〜最高裁令和2年3月24日判決
この論文を読めただけでも成果はあったといえるでしょう。
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