確かにそういう場面もあるのでしょうが、必ずしも書き込み一辺倒でいいわけではない、という例証を以下に。
【条文】
租税特別措置法69条の4
租税特別措置法施行令40条の2
【タックスアンサー】
No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)
【小規模宅地の特例】
パラドキシカル同居 〜或いは税務シュレディンガーの○○
イタチ、巻き込み。 〜家なき子特例の平成30年改正
ヤバイ同居 〜続・家なき子特例の平成30年改正
関場修 山口暁弘「小規模宅地等の評価減の実務 第4版」(中央経済社2018)
タックスアンサーの中の譲歩と抵抗 〜小規模宅地等の特例を素材に
オーバーホール租税法・序論 〜小規模宅地等の特例を素材に
白井一馬「小規模宅地等の特例」(中央経済社2020)
僕たちは!出戻り保護要件です!! 〜家なき子特例の趣旨探訪1
ぼくたちは出戻り保護ができない。 〜家なき子特例の趣旨探訪2
あの日見た特例の趣旨を僕達はまだ知らない。 〜家なき子特例の趣旨探訪3(完)
○
イメージ作りのため、一つの事例をあげてみましょう。
《事例》
・被相続人:A、相続人:子B(兄)、子C(弟)
・土地 A所有
・建物 A所有
・同建物にAC同居
Bはすでに就職していて自己所有の分譲ワンルームマンションに住んでいる。
CはAと同居していたが、大学に進学するため大学近くのBの家に同居させてもらうことにした。
Cは大学を卒業したら、A宅近くに就職先を見つけて、Aと同居するつもり。
ところが、CがA宅を出た直後にAが亡くなってしまった。
さて、A宅に小規模宅地の特例を適用することはできるでしょうか。
【家なき子の取得者要件】
(原則要件)
1 被相続人に配偶者・同居法定相続人がいない
2−1 相続前の3年間に
・自分と自分の配偶者
・三親等内の親族
・特別の関係がある法人
の持ち家に住んでいない
2−2 相続開始時に住んでいる家を過去所有したことがない
3 相続から申告期限まで継続保有
(除外要件)
2−1 「相続開始直前に被相続人の居住の用に供されていた家屋」は除く
まず、Bは自分の持ち家に住んでいるので適用不可です。
では、Cはどうか。
Cも「三親等内の親族」であるBの持ち家に住んでいるから適用不可だと。
「除外要件」は2−1しかないので、この事例では機能しない。
仮に、CがAから仕送りを受けてAと「生計一」だったらどうか。
本事例では、CがA宅に住んでない以上、生計一でも適用しようがない。
○
「居住の保護」という抽象的な制度趣旨を措定するならば、どう考えてもCの居住を保護してあげたほうがいいと思いますよね。
B宅は東京、A宅は片田舎のどこか、なんて事情を加えたら、ますますそういう結論に傾く。
が、Bの持ち家に住んでいるかぎり駄目だと。
本事例でどうにか適用するためには、Cは、Bではなく他人の家に住むしかない。
せっかく大学近くにB宅があるというのに。
少しでもAの仕送り負担を減らそうと考えた、Cの好意が台無しよ。
○
法の規定が不明確な場合は制度趣旨から解釈論を展開する、というのが法解釈の定石です。
が、ここではそれが通用しない。
その原因は、特定の場面を想定して、やたらと細かい要件を条文に書き込んだせい。
特定の場面というのは、名義は違うが実質は自己所有と同等な場合のこと。
であれば素直に「実質判断」をすればいいはずなんですが、なぜか実際の判定は親族関係や支配関係での形式判断によります。
そのため、この事例のように通学期間中だけ一時的に親族の持ち家に住まわせてもらっていた、という場合まで制限がかかってしまう(巻き込み事故)。
立法担当者的には「お前らが明確性とか予測可能性とかうるせえから、実質判断をしないですむよう、細かく条件書き込むことで形式判断のみにしてやったんですけども。」とおっしゃるのかもしれません。
確かに、これが本人・配偶者・未成年の子・これらの者が支配する法人あたりまでなら(本人等で総称できる感じの)、形式のみで判断してもいい気がします。
が、そこから先の者まで形式判断だけでいいのかどうか、極めて疑わしい。
ア 本人等 形式アウト
イ 三親等 形式アウト (←実質を要求すべきでは)
ウ 四親等 形式セーフ
ちなみに、この逆パターンが適格要件における支配関係継続の「見込み」。
「○年継続したら制限解除」のような形式要件ではなく、継続の「見込み」といった実質のみで判定。
不安定極まりない。
中里実ほか「租税法概説 第4版」(有斐閣2021)
○
このように、やたらと要件を書き込んだせいで、制度趣旨が当該制度をあまねく覆い尽くすことができなくなっています。
制度趣旨にそって原則要件を制限したり除外要件を拡張したり、といったことも、規定が明確すぎてやりようがない。
解釈の余地があるのは、いろんな同居のうちのcとdぐらい(ただし本件では無関係)。
【いろんな同居】
a どの範囲で特例の適用を受けられるかを判定するときの同居
⇒一棟の建物で判定 (令40条の2第4項)
b 同居親族が適用を受けるために、同居しているかを判定するときの同居
⇒一棟の建物で判定 (法69条の4第3項2号イ)
c 家なき子が適用を受けるために、他の相続人が同居していないかを判定するときの同居
⇒独立部分で判定 (通達69の4-21)
d 家なき子が適用を受けるために、被相続人が居住していたかを判定するときの居住
⇒???
Cの居住は「実質的には」B宅ではなくA宅にあるんだ、みたいな《心のふるさと理論》を持ち出すアクロバティック解釈をやるわけにもいかないでしょう。
ただし、国税庁の質疑応答事例では、単身赴任事例で相続人の居住を拡張しているものがあります。
【国税庁 質疑応答事例】
単身赴任中の相続人が取得した被相続人の居住用宅地等についての小規模宅地等の特例
まるで射程の不明な場当たり的な回答ですが、おそらく可愛い妻と子を実家に残している、というのがポイントなんでしょう。「いずれ戻ってくる」だけでは、家なき子との違いがありませんので。
ので、本件の独身大学生Cにまで拡張するのは難しいのではないかと。
○
ある程度解釈の余地がある規定ならば、解釈レベルで妥当な結論を導くことも可能なわけですが、ここではそれがやりにくいと。
というか、もとの制度趣旨とそぐわない要件が設けられてしまった以上、むしろ制度趣旨のほうを修正しなければならないのでしょう。単純な「居住の保護」ではない何か。
× 制度趣旨 ⇒ 要件創設
○ 要件一式 ⇒ 制度趣旨
が、私には、現行の要件一式を整合的に説明できる制度趣旨が思いつかない。
○
要件をやたらと書き込みたいのであれば、制度趣旨の出番を完全に無くすよう、当該要件のみで完結できるようにしておかなければならない。
そうしておかないと、解釈によって勝手に課税拡張要件を付け加えられかねない。
【「基本的な考え方」から勝手に要件を創造する禁忌】
横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)
しかしまあ、要件書き込み書き込みで制度を徒にガチガチに固める所作、「裁判官は判決自動販売機」勢力の復権かよ。
でも、租税法律主義・租税法規の明確性・予測可能性などを最大限突き詰めていったら、行き着く先はそうなるってことですよね。
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