西村美智子 中島礼子「組織再編税制で誤りやすいケース35」(中央経済社2020)
「税務本」というのは、法令・通達・公式(タックスアンサーなど)に書かれていることメインで構成されていて、「法解釈」の要素が希薄(あるいは皆無)なものをいっています。
念のため、「希薄(あるいは皆無)」というのは決してディスっているのではなく。
専門家特有の法解釈テクニックを用いなくても相当程度運用できる、というのは「租税法律主義」のあるべき姿であって、悪いことではない。
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本ブログで実務寄りの本の記事というと、これくらいですかね。
関場修 山口暁弘「小規模宅地等の評価減の実務 第4版」(中央経済社2018)
当然のことながら、業務の必要から大量の税務本を読んではいます。
ブログで紹介している「法学本」は、余った時間で趣味として読んでいるにすぎません。
しかしまあ、趣味で法学本を読むというのも、なかなかのアレですね。
今は唸り呻きながら下記の体系書を少しづつ読みすすめていますが、こちらは税務とそれほど乖離していないからセーフ。変に実務に寄せたものよりも、徹底的に学理を突き詰めた法学書のほうが実務に効いてくる、というのが私の体感。
中田裕康「債権総論 第4版」(岩波書店2020)
法学本と比べて、税務本はどのあたりをおイジりあそばせばよろしいのかがいまいち掴めていませんでした(ただし、中田先生の上記体系書は隙がなさすぎておイジり不能)。
【隙ありアクティブ・ラーニング系】
三木義一「よくわかる税法入門 第17版」(有斐閣2023)
「新 実務家のための税務相談(民法編) 」(有斐閣2017)
後藤巻則「契約法講義」(弘文堂2017)
ただ、なんとなく税務本の嗜み方がわかってきた気がするので、これから少しずつ開放してみようと思います。
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完全に私見ですが、税務本には「表」バージョンと「裏」バージョンがあるように思います。
当該制度を「表側」から記述するものと「裏側」から記述するもの、といった意味合い。
ただし、このネーミングはいまいち腑に落ちていないです。
本当は、「表本/裏本」あるいは「表モノ/裏モノ」にしようと思ったのですが、裏側がいかがわしい方面に誤解されそうなので却下。
「表側から本/裏側から本」では長いし。
以下では「表/裏」と極端に略すか、あるいは「表本」のほうだけ使います。
○
表裏、おおまかな傾向として、それぞれ以下のような特徴があります。
【表バージョン】
・ほぼ法令、通達、公式情報そのままで構成されている。
・書名が月並み、かぶりがち。
・一通りの情報が並んでいる。
・ヤマなし、オチなし(意味はある)。
・国税庁職員が余暇を利用して書きがち。
・はしがきに「本書の見解はあくまで私見で所属組織の見解ではない」などと書かれていたりするが、実際に私見が披露されることはほぼない。
・制度が新設、改正されてからかなり早めに出版される。
【裏バージョン】
・表バージョンでは見落としがち、理解しにくいところに絞って記述。
・書名が特徴的。
・記述は網羅的でない。
・単体で読んでも理解できない。
・ある程度、実務運用が積み重なってから出版される。
もちろん、一冊の本が必ずどちらかに割り振れる、とはかぎりません。
一冊の中で、表要素が強めとか裏要素が強めといったこともあります。
○
表は信頼できるものが一冊あれば足ります。基本的に誰が書いても内容は同じなので。
ので、漏れなく書かれていることが重要です。
そして何冊読んでも新しい知見が得られることはない。
私のように「同じ本を繰り返し読んでも記憶に定着させにくい」という特殊な癖をもった者もいますので、そういう傾奇者ならば、同じようなことが書かれた別の本、というのも役に立つことはありますが。
他方で、裏は著者の実務での知見が盛り込まれているので、いろんな角度からの本を読んでみるのが有益。
これが、裏っぽい宣伝文句なのに全然実務に響いてこないとなると、「コイツ実務経験なしに空想で書いてやがるな」ということが推測できます。
【宣伝文句問題】
税法思考が身につく、理想の教科書を求めて 〜終わりなき旅
そして、最終的には、条文だけをみて自力で裏読みできるようになるのが理想。
《表裏・三段活用》
1 裏を読んで表本を理解する。
2 表本を読んで自力で裏読みができるようにする。
3 条文から直接裏読みができるようにする。
【参照:三段階学習法】
安田拓人ほか「ひとりで学ぶ刑法」(有斐閣2015)
南野森「ブリッジブック法学入門(第2版)」(信山社2013)
伊藤滋夫編「租税訴訟における要件事実論の展開」(青林書院2016)
○
ちなみに、「質疑応答集」「事例集」「問答式」「Q&A」などをタイトルに冠した書籍、通達とタックスアンサーそのままの事例を載せているだけのものが多い。
もちろん例外はありますが、少数派(個人の体感です)。
どの本読んでも似たような事例が載っているのは、そういうこと。
が、せっかく事例を使うならば、あてはめに悩むようなものをあげてくれないとあまり役に立たない。
当該事例の結論がそうなるとして、ではどうすれば課税されなくなるのかとか、どこまでやったら課税されるかとか、応用をきかせることができないわけで。
当然のことながら、事例の回答が「ケースバイケースですね。」などというのは論外として。
アクティブ・ラーニング租税法【実践編】(実税民6)
○
例によって前置きが長くなりましたが、本書について。
「組織再編税制」、込み入りすぎですよね。
本ブログでも、ピンポイントでネタにすることもありますが。
横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)
「課税要件明確主義」とか「納税者の予測可能性」とか言ってる方々、同税制の条文を目の前にしてもまだそんなこと言うか、と問い詰めたくなるような。
これら条文を納税者に分かりやすく改変するなんて、できるものならやっていただきたい。
条文の読み方だけでプロ向けの専門書が一冊できあがるくらいの領域よ。
中島礼子「そうだったのか! 組織再編条文の読み方」(中央経済社2018)
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本書は、表本を読んだだけでは見落としがちな論点に絞って解説したもの。
決して表本に書いていないわけではありません。
この本読んでから、再度表本を読みかえしてみると、確かに書いてはあるんですよね。
(書いていないとしたら「漏れ本」ということになるので、表本としては失格。)
が、「ヤマなし本」を普通に読んでいるだけでは、そこが落とし穴になっていることを見逃しがち。
表本が「平面図」だとするとそれを「立体視」してくれるようなもの。
もちろん、立体視用のデバイスなので、元となる平面図を理解していないとこの本だけ読んでも組織再編税制を理解することはできません。
他方で、表本のほうに漏れがあったりするとうまく立体視できないので、そちらはそちらで信頼できる本が必要。
立体視することで気づいたことを、表本に「ここ注意!」とか書きためていくと、実務で使える本に仕上がっていくはずです。
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本書の構成は、まず間違った判断を示した上でその間違いを指摘する、という流れになっています。
これがまさに「裏側から」の解説。
表本だと要件がそのまま並んでいるだけで、どうなったら要件を満たさなくなるか、とか、どの要件の検討を見落としやすいか、などといったことは書かれていない。
に対してこの本では、具体的な要件のあてはめ方・検討の仕方を学ぶことができます。
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また、本書では数字を入れた具体例で説明してくれるので、理解しやすい。
類書だと、仕訳は書いてあるけど数字のところが「×××」となっている本があったり(伏字ではない)。
ここにちゃんと数字が入っているので、とてもイメージがしやすい。
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ただし、本書はあくまでも(最初に述べた)「税務本」の範疇におさまっています。
表本で見落としがちなところを強調しているにとどまり、法令等に明記のない「法解釈」が必要な領域までは手を出していません。
比喩的にいえば、表本を「縦方向」にそのまま立体視しただけで、「横方向」にまで拡張はしていないということ。
それが意図的かどうかは分かりませんが、その切り分け自体は一つの見識だとは思います。
まずは、法解釈を展開しないでもすむ領域をしっかりマスターするんだと。
「紛争系」はまた別の本で補えばいいわけで。
私としては、日常系税務においても(紛争系とは性質の異なる)法解釈論を展開すべき領域があるとは思っていますが、あくまでも妄想段階。
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判決・裁決に一切触れないでも「実務書」として成立するの、「税務本」特有の現象なんでしょうか。
弁護士向けの「法務本」で裁判例に触れずに作り上げるのは、ちょっと無理ですよね。
あるとしても特定の分野に限られ、税務みたいに全体として日常系/紛争系に分かれるものはさすがにないんじゃないかと。
こんな曲芸ができるのは「租税法律主義」のおかげ、ではなく、通達をはじめとする運営側(国税庁)の詳細なルール設定のおかげだと思います。
これまでも再三述べているように、法令だけを見て非専門家がその内容を理解できるとはとても思えません。
(結論が正しいかどうかはさておき)運営側がどのように法令を運用するかを事前に公開してくれるおかげで、行動の指針が明確になるわけです。
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法務の世界で、税務における通達ポジション的なものを見出すとしたら、業界団体の自主規制ルールでしょうかね。
いわゆるソフトローの世界。
中山信弘編「ソフトローの基礎理論」(有斐閣2018)
翻って税務における通達の機能というものを考えるに、これもある種の「ソフトロー」といってもよいのかもしれない。
国家によるルール設定ではあるものの、実体法レベルでは「法的拘束力」がないという意味では自主規制ルールと同じなわけで。
のはずなのに、裁判所が通達丸呑みみたいな判決を出したりすると、がっかりさせられる。
○
「リーガルマインド」的なものを学び始めると「通達行政」をやたらとディスる意識高い系になりがち。
が、「予測可能性」という観点からすれば、法令だけでは不十分なのは明らかで、それがどのように運用されるのかを事前に公開してくれるのは有り難い。
もちろん、その運用が法の解釈として適切なものかを検証するには、「リーガルマインド」的なものは必要でしょう。
が、何もかもをゼロベースから検証するのは極めて非効率。
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とかいうことを書きながら、ふと思ったのが「刑法(解釈)学」のこと。
刑法の教科書には、必ず最初のほうに「罪刑法定主義」「刑罰法規の明確性」ということが高らかに謳われています。
国民の行動の自由を保障するため、刑罰を科すには事前に法律で明確に定めておくことが、憲法上要請されているんだと。
それ自体はそのとおりなんですが、それより後ろのページには、およそ国民一般が理解しがたい難解な刑法解釈論が展開されているのがお決まりのパターン。
その難解な解釈論を、我々一般人が行動の基準としうると本気で考えているのかよと。
一応擁護めいたことをいうならば、難解な議論が展開されているのは限られたレアケースについてだけであって、大部分の刑事事件はそんな難解な議論を経由しなくても粛々と処理されているんだと。
税務になぞらえるならば、通達ベースでそのまま処理できるレベルの案件。
擁護のつもりで言ってみたものの、むしろ刑法学の活躍場面を矮小化する結果になっていますか。
本来ならば、常識で判断できるような場面でなく、ギリギリのレアケースでこそ、一義的に判断が導ける理論が必要なはずなんですけども。
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話を税務に戻して。
そうすると、通達は一義的に結論が導けるようにしておくべき、ということになるのでしょう。
現に、大部分の通達はそうなっている(はず)。
で、うっかりそうなっていない通達があると、「通達は文理解釈すべし!」などというクレイジー判決に法解釈を施されちゃう(イジられ判決の一生)。
解釈の解釈を解釈する(free rider) 〜東京高裁平成30年7月19日判決
○
ちなみに、「紛争系」の本についても、理念としての「表と裏」を想定することができます。
表は当該判決の解説に留まるもの、裏はその判決を判例としてどのように使うかを検討したもの。
表を「判決本」、裏を「判例本」と表現してもよいかもしれません。
タイトルに「判例集」とあっても、単なる判決の寄せ集めにすぎないものもあるので要注意。
その判決群から、自力で判例を抽出しないといけない。
そもそも、当該判決は、それ自体で直ちに判例となるわけではありません。
後続判決にて判例として引用されてはじめて、それが判例であることが確定するわけで。
先行判決@
後続判決A(判決@を引用)←この部分が判例
そしてそれは、当該事案で使われたかぎりでしか姿を確認することができないものです。
@がまるごと判例なのでなく、Aの中で利用された部分だけ。
『判例は、引用判決の中でしか生きられない。』
もちろん、出た時点で「規範力強そう」な判決(絶倫系判決)というのはあります。
が、これも法制上はあくまでも、将来めっちゃ判例になりそうなやつ、というにとどまります。
判例の機能的考察(タイトル倒れ)
非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その12)
で、判決本/判例本についても、税務本と同様の段階的学習を想定することが可能です。
《判決⇒判例・三段活用》
1 判例本を読んで判決解説本から判例を抽出できるようにする。
2 判決解説本から自力で判例を抽出できるようにする。
3 判決から直接判例を抽出できるようにする。
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以上、本の紹介の体裁をとっておきながら、全体として脱線につぐ脱線。
書評としてのお作法は完全に無視していますが、今後も税務本の紹介をするとしたらたぶんこういう感じの記事になる気がします。
というか、本ブログの本の紹介記事はイジり倒すか/褒めちぎる/脱線するのいずれかで、まともに書評らしい書評を書いたことがないかも。
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